古代医学と家庭医療



草場鉄周
北海道家庭医療学センター 理事長
  現代の医学、いわゆる西洋医学の起源はヒポクラテスで有名な古代ギリシャの医学であります。ただ、その内容は哲学的なものが多く、いくつかの学派に分かれていたようです。その中に現代の医学につながるコス派とクニダス派と呼ばれる2つの流派がありました。前者は、病気を一人ひとりの個性ある患者に宿るものと捉えて、周囲の様々な環境とのつながりで発症することを重視し、全人的な医療を展開しました。後者は、病気を患者の中の臓器に存在する異常と捉えて、抽象的に分類し、特定の治療を施す方向へ展開しました。
GPの誕生と発展




 さて、その後のローマ時代、中世を経て改めてギリシャ時代の知が見直され、ルネッサンスが花開きます。しかし、当時は様々な病いの癒し手のごく一部が医師(内科医)であり、17~18世紀には限られた大学で育成される少数のエリートという位置づけで、富裕層に対して都市部で医療を提供していたようです。その一方で外科医は徒弟制度のもと育成される職人、薬剤師は薬を調合し販売する商人とみなされていました。

 そうしたヨーロッパの動きの一方で、18世紀、北米にイギリスの植民地が増大していきますが、植民地では医師の養成が困難であり、ヨーロッパで学んだ医師が特権的地位についていました。しかし、その数は少なくて到底住民のニーズに応じることができず、ついに外科医や薬剤師とも一体となって垣根なく住民に身近な幅広い診療を展開することとなりました。

 それと同時に18世紀には、イギリス本国でも外科医や薬剤師の地位が向上し、19世紀初めには正規の教育課程が整えられます。この2領域に加えて産科学を習得した医師が、著名な医学雑誌Lancetにて"General practitioner(幅広く、総合的な診療を行う医師という意。以下、GPと略)"と名付けられました。これはまさに北米で自然発生的に生じた臨床分野が、一つの分野として確立したことを意味します。つまり、GPは、18世紀の北米で誕生し、19世紀にイギリスで命名されたというわけです。

 19世紀はGPの世紀でした。「医師=GP」という構図がヨーロッパでも北米でも浸透し、各医師の機能にほとんど相違はなかったようです。しかし、19世紀末には科学の発展による化学や細菌学の進歩が目覚ましく医学にも大きな影響を与えます。従来の医学教育は科学的基盤が乏しい徒弟制度の色合いが強いため、こうした時代の潮流から取り残される医師が増えていきました。  そこで、1889年に米国Johns Hopkins大学が創設され、科学の基盤にのっとった医学教育をスタートしました。教員は全て専門医で構成するという徹底ぶりでした。 1910~1930年にはこのJohns Hopkins大学とドイツの医学校をモデルに全米で医学校の改革が行われ、次の時代の道を開いていきます。

新たなGPを目指して




  20世紀前半は、主要な専門分野が次々と枝分かれしていく時代でした。そうした中、専門医に対して高まる名声と、患者へのケアよりも技術や研究の技能が高く評価される現実を目にして、GPという進路選択は北米では人気がなくなっていきます。そして、GPの数は着実に減少していき、1960年代には、GPによる継続的な幅広いケア、専門医による特定の疾患へのケア、高度専門医療と3層の医療構造が完成します。
 
 しかし、こうした変化の裏側で、医師の専門分化と技術偏重が、医師ー患者関係の悪化と言う深刻な問題を引き起こしました。医療が持つ個別ケア(人としての患者を大切にする医療)の側面が失われ、医療訴訟の増加や技術への幻滅などが社会現象となってきたのです。

 今や、古典的なGPとは異なる新たなgeneralist(総合医)の存在が求められるようになり、明確な役割と知識・技能を備えて、なおかつ専門的な訓練と認証システムが設定されるべきという声が大きくなってきました。これは、1966年に相次いで発表された米国のMillsレポート、Willard レポートに明確に述べられています。そして、米国同様に、カナダ、英国、オランダ、オーストラリアなどの先進諸国では一様に同様の動きが見られました。

 次第に専門的訓練のカリキュラムや試験が設定され、英国・カナダ・オランダ・米国では講座が開設され、family medicine(家庭医療)が医学部の教育にも導入されました。そして、1972年にこうしたいくつかの国の学会が集まってWONCA(世界家庭医機構)が設立され、新たなgeneralistの時代が始まりました。

 ギリシャ時代からの専門分化医療と総合的な医療のバランスが、時代とともに振り子のように揺れ動き、ここ30年ぐらいは両者が上手に共存できる医療モデルを目指していくのが世界の先進国医療の趨勢であります。

GPから家庭医療へ




  さて、general practiceがいつの間にかfamily practiceに置き換わってしまったのにお気づきでしたか? 実はこの移行は、1970年代の変革期に北米で行われました。理由は2つあり、1つは GPには時代遅れの医療のイメージが伴っているので廃止したかったこと、もう一つは家庭医療にGPとは違う新しいイメージを持たせたかったことでした。しかし、GPでも立派な診療をする医師はもちろんいるため、家庭医療はGPの良質な部分を代表する分野という理解の方が正しいかもしれません。  GPの反発も有りましたが、その新しい名称が与える斬新な印象、つまり家族を初めとする患者を取り巻く生活背景全体を視野に入れる医療というイメージは、一定の社会的な理解を得ているようです。米国やカナダでは家庭医療という呼称が普及している一方、英国ではGPという呼称が主に使用されており、伝統を重んじる英国らしさが伺われます。もちろん、今日においてはGPと家庭医療は全く同一の概念と欧米では理解されています。

参考文献:「A Textbook of Family Medicine」Ian R. McWhinney(Oxford Univ. press、1997)
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