
我々、家庭医は、家族志向型ケアを提供しています。診察の中で、家族の話を聞き、家族図を作成し、家族の病気への影響やファミリーライフサイクルを考え、患者さんのケアに生かしています。
北星ファミリークリニック 八藤英典

家庭医は、患者さんの診察をするとき、目の前の患者さんのことはもちろん、その患者さんに関わる人々のことも考えています。それは、その人々が、患者さんが診察室で語る物語の登場人物だからです。例えば、風邪をひいたといって受診された20代の女性が、実は、幼稚園の先生で、園児にうつしてはいけないので、早く治したいという希望があったということがわかったり、また、頭痛を訴えて受診された40代の女性が、実は、脳卒中を患った母を介護していて、自分も脳卒中を起こしたのではないかと心配していたといったことがあります。このように、診察の中で、園児や脳卒中の母のように、必ず、他の登場人物が出てきます。
このような患者さんの物語の中で、主人公である患者さんの次に最もよく出てくる登場人物は、家族です。そして、家庭医療の中では、家族に関わる分野は、家族志向型ケアとして家庭医療のたくさんある特長の一つに位置づけられており、診療・教育・研究が行われています。
それでは、家庭医が、どのようにして、家族志向型ケアを行っているのか、ご紹介していきましょう。
まず、家庭医が大切にしているのは、家族図です。ドストエフスキーの小説のような登場人物がたくさん出てくる難解な物語をお読みになった際に、登場人物を紙にメモをしながらお読みになった経験はありませんか。家族図というのは、まさに、それです。図のように、誰と誰に血縁関係があり、誰が一緒に住んでいるのか、また、誰と誰が親密なのか、などを記載します。この家族図を診察の際に見ることで、家庭医は、患者さんの物語の登場人物を把握し、診察室にいない家族のことも考えながら、診察を進めることができます。

次に、患者さんの診察をします。32歳の男性の方で、Aさんとしておきましょうか。Aさんは、今日は、頭痛を主訴に来院されています。お話を聞くと、父方の祖母がくも膜下出血で亡くなっており、父親は、脳動脈瘤の手術を受けておられました。このように、Aさんのご家族の病気についてお聞きすることで、高血圧症のような遺伝性疾患を考えるきっかけになることもあります。
診察が進むと、どうも、Aさんは、自ら、我々の診療所を受診したわけではなく、母親に強く進められて、受診したということがわかってきました。どうも、夫の母親のくも膜下出血や夫の脳動脈瘤が、Aさんにも起きるのではないかと心配で、Aさんに受診を進めたようです。このように、患者の症状に最初に関わるのが家族であることが多く、家族が患者の受診行動に影響を与えるということがわかっていますので、家庭医は、患者さんが受診された真の理由に、家族が関わっていないか、注意深く耳を傾けます。
そして、Aさんの頭痛が、職場で転勤を命じられたのを契機に始まったことがわかってきました。転勤先では、主任を任されることになっており、Aさんにとっては出世なのですが、まだ、自分の能力に自信がなく、ストレスに感じていることもわかってきました。このように、患者さん自身が、人生の中で、どのような段階(Aさんの場合は出世)にいるのかということが、患者さんの症状に影響する可能性があることがわかっています。
さらに、Aさんと母親との関係について聞いてみました。Aさんの転勤が決まってから、母親は落ち着きがなくなっているように思えると、Aさんは話してくれました。弟が結婚をして家を出て、妹が一人暮らしを始めて、家には、長男であるAさんが残っていました。そのAさんも、転勤で、数か月後には、家を出ることになっています。帰りが遅くなると、母親から電話が来るようになったのも、最近のことだそうです。Aさんは、母親の心配が嬉しい反面、もう子供ではないのだからとうっとうしく思う気持ちもあったそうです。ここで、家庭医は、この家族の家族としての人生の段階(ファミリー・ライフサイクル)を考えます。長らく一緒に過ごしていた長男(Aさん)が家を出ることになり、Aさんの母は、子供達が巣立っていく巣立ちの時期を迎えることになります。そして、Aさんの母は夫との二人の生活になり、これまでの子供達がいた家族システムとは、異なる家族システムで生活することになります。このような家族のシステムの変化が、ファミリー・ライフサイクルの中で起こるときに、家族のメンバーが不安定になり、場合によっては、何らかの症状が出ることがわかっています。ですので、お母さんも、何らかの症状を有しているかもしれないと予想できます。
これは、ほんの一例ですが、このような家族指向型ケアの内容を以下にまとめます。
家族志向型ケア:family-oriented care
最後になりましたが、家庭医は、先ほどまとめたような理論としての家族志向型ケアを身につけた後、それを実践していく中で、多くのご家族と出会い、その経験を深め、成長していきます。理論を学ぶのに、以下の参考文献をご参照下さい。そして、その実践を我々のところで見て頂ければと思います。
葛西龍樹(2002)『家庭医療』ライフメディコム
松下明(2006)『家族志向のプライマリ・ケア』シュプリンガー・フェアクラーク東京