プライマリケア教育診療所(内科・家庭医)における指導医の働き方の3つのモデル

-文献名-
Bodenheimer Thomas MD; Knox Margae MPH; Kong Marianna MD. Models of Faculty Involvement in Primary Care Residency Teaching Clinics. Academic Medicine. In press.

-要約-
三つのモデルとその具体例
レジデンシーは二つの同等に重要なミッション、つまり、未来のための医師を要請することと今の患者をケアすることがあるが、プライマリ・ケアの教育診療所ではこの二つはよく衝突する。
レジデントは他サイトでの業務があるし、指導医は入院担当、教育業務の準備、管理業務、研究といった他の責務があるので、常に患者の対応ができるわけではない。
結果として多くの教育診療所は複雑な指導医・レジデントのスケジュールを’juggle’する必要がある。
著者らは、2013-2018年に行なった42の内科あるいは家庭医の教育診療所へのサイトビジット(2日ずつで診療所長・プログラム責任者、レジデント、指導医、診療所スタッフへのインタビューを実施+その診療所の業務の直接観察)を通して、指導医の業務への参与のあり方にスペクトラムがあることを見てきた。
そこでそれを3つのFaculty involvement modelsとして記述し、具体例を示す。 (詳細レポートはAAMCからpublishされている様子:参考文献1)

1.The focused model
・少数の指導医がそれぞれ少なくとも5コマ/週以上を診療またはレジデントのプリセプティングに費やすモデル
・17/42=40%で、コミュニティ基盤型(=非大学型)レジデンシーによく見られる。
例:Program A:コミュニティ基盤型で11人の指導医、すべての指導医が6-8コマを診療所で診療あるいはプリセプティングで過ごすProgram B 後述のDispersed modelから移行した例。
以前は多数の指導医が週に1コマ診療、2コマ指導だったが、患者が待つ状況などを踏まえて、体制を移行し、プログラム内の指導医を入院対応のホスピタリストと外来のphysician educatorsに分かれるようにした。
結果、12人の指導医による6コマ診療、2コマプリセプティングの体制となり、レジデントの学習経験も、ケアの継続性も改善した。
Program C 大学基盤型で4つの小サイトでそれぞれが5-8人の指導医・4-5コマ診療、2コマプリセプティング。ただ、近年academic responsibilitiesが増したことでこの指導医たちが診療のコマ数を減らさざるをえなくなっている

2.The dispersed model
・多くの指導医が1-2コマ/週を診療所での臨床または教育業務に費やす
・9/42=21%で、大学基盤型のレジデンシーにしか見られない
例:Program D:大学基盤型の内科レジデンシー:100人レジデント、50人の指導医がいる。指導医は個
々の診療所では1-3コマしか費やさない。チームでのミーティングもなく、継続性は乏しいし、患者も担当医を待たなければならない。
Program E:大学基盤型の家庭医療レジデンシー。30人の指導医がいるが、臨床のコマは2-3コマと少ない。24人のレジデントも1-2コマずつで多くの診療所を回って診療をしている。(詳細あるが省略) 診療所の問題についてレジデントが指導医の働き方がFocusedになるように提言中。
Program F: 指導医たちは週に7コマを外来や教育に費やしているが、診療のほとんどがレジデントのいない診療所で行なっており、レジデントのいるサイトには週に1-2コマしかいかない。教育のための診療所配置の観点から、この状態はdispersed modelである。

3.The hybrid model
・1.と2.の融合型で、少数の5コマ以上費やす指導医と、1-2コマ/週の指導医の両方が務める
・16/42=38%が占めていた。
例:Program G: 大学基盤の内科レジデンシーで、ほとんどの指導医は週1-3コマを診療とプリセプティングに割り振っているが、2人の指導医がそれぞれの診療所で5コマ/週以上を診療・教育に費やしている。
が、リサーチグラントや他のアカデミックな業務の影響で指導医が診療所を離れるような圧力が働いており、診療所長はdispersed modelのような状態にならないようにするにはどうしたらよいか、懸念を抱いている。
Program H: 大学基盤型の家庭医療レジデンシー、小さい教育診療所が4つ、4コマ診療・1-3コマがプリセプティングとなるような指導医が診療所ごとにおり、それに加えて、community preceptorが週に1回レジデントの指導に携わっている。

上記のモデル以外の指導医の働き方に影響する因子
・それぞれの指導医が自分の診療スケジュールを決められる程度が重要
・あるレジデンシーではそれぞれの指導医がきめるため、ある日は2人の指導医が次の日が8人ということが起きていた
・診療所側が医師がいる人数を調整するために規則を持つパターンもある:例としては
・level loading: コマごとに同じ数の医師がいるように調整する
・Access-centered rule (Program D): 指導医が会議などの理由で診療をキャンセル可能なシステム。以前は許可なしに買おうだったが、今は診療所が十分な医師数が予約患者に対してあることを確認してキャンセルが可能になっている。

Focused Facultyの利点と実現するための障壁
利点:診療所チームの安定、継続性の維持、外来診療/教育者としてのロールモデルを示せる、その診療所のリソースや紹介先を熟知しており、より効果的なプリセプティングが可能、診療所の機能不全を看過しないのでチームのAnchorとなり、質改善、ポピュレーションアプローチ、継続性、レジデントへの対応などを主導的に行う
障壁:大学基盤の場合は特に、指導医の多重の、特にリサーチなどの業績評価の重圧との間で葛藤が起こる。大学組織では入院診療の方が外来診療より重んじられる、臨床教育者は研究者よりも大学では昇進しにくいなど。大学ではなくても入院診療との間のジレンマはある。

【開催日】2019年9月11日(水)

アカデミックコースセッションの授業の評価は、クッキーに影響される

-文献名-
Availability of cookies during an academic course session affects evaluation of teaching MEDICAL EDUCATION 2018 52 : 1064–1072

-要約―
背景と目的:
コース終了時の授業評価(SETs:student evaluations of teaching)の結果は、教員の採用や資金配分、カリキュラム変更のための基準として用いられている。しかし、コースの内容やそれが伝わっているのかを正確に測定できているかどうかには疑問がある。内容には関係のない介入としてチョコレートクッキーの提供がSETの結果に影響するかどうかを検討した。

方法:
ドイツのミュンスター大学の救急医学コースでのRCT
118人の医学生(3年生)を20のグループ(最大6人の小グループ)に無作為に割り当て、半分の10のグループにのみセッション中に500gのチョコレートクッキーを提供した。セッションの内容はACSについてのケースディスカッション。授業の内容と教材は両グループで同じとし、授業の終了後に38の質問(教員、コースの内容、学習環境、教材、学生の自己評価など)からなるアンケートで評価した。

講師は同じ内容で担当したことのある経験豊富な二人が選ばれ、これに学生が無作為に割り当てられた。授業は全て14−16時の間に実施。授業開始時に提供し「私はチョコレートビスケットを買ってきました」と言う。みんなが取りやすいようにまず講師が一つ食べて良い、というルールとした。

201907大西1

201907大西2

201907大西3
(参考:カントリーマアムは1個10g 写真はイメージです)

結果:
112人(95%)の回答あり。グループ間の年齢(p=0.173)・性別(p=1.000)・体重(p=0.424)・BMI(p=0.895)に差はなかった。
→クッキーグループは対照グループよりも教員への評価が有意に優れていた。
(113.4±4.9 vs 109.2±7.3; p = 0.001, effect size 0.68)
学生がしたコメントを分析すると、54%のコメントがクッキー関連であった。クッキーグループの学生はコントロールグループと比較して有意に高評価をつけており、コース全体の合計スコアは有意差をもって優れていた。(224.5±12.5 vs 217.2±16.1; p = 0.008, effect size 0.51)。また、サブグループ解析では教師または教材に関する質問項目により良いと評価され有意さがあることが明らかになった(10.1±2.3 vs 8.4±2.8; p = 0.001, effect size 0.66)。

201907大西4

重回帰分析の結果のまとめ:
質問の合計スコアのばらつきがどのくらい各項目(クッキーの有無、教師AorB、性別、BMI、年齢)に影響したかを示している。重回帰モデルは全ての質問において合計スコアの統計的に有意な差を予測した。標準化されていない係数の回帰係数、標準語さ、95%信頼区間を以下に示す。

201907大西5

「クッキーの追加のみ」が評価結果の合計スコアの予測に寄与していると示されている。しかし、クッキーの提供の結果としてのグループの違いは、クッキーのチョコレートの内容かもしれない。チョコレートは血圧にプラスの影響としてだけでなく、体への効果、鎮痛効果、不安減少効果など、感情の変化を生じさせる。過去のRCTでは、口当たりの良いチョコレートの消費後の気分の即時効果を解説されている。

結論:
チョコレートクッキーの提供という単純な介入はコースの評価に大きな影響を与えた。
この影響の大部分がクッキー自体に起因するのか、もっと広い社会変数の相互関係に影響するのかは結論が出ない。
これらの調査結果は、SETの有効性とその利用に関しては疑問が残った。

【開催日】2019年7月24日(水)

家庭医療の後期研修中に学術活動を増やすための持続可能なカリキュラムとは?

―文献名―
Sajeewane Manjula Seales et al.
Sustainable Curriculum to Increase Scholarly Activity in a Family Medicine Residency.
Fam Med. 2019;51(3):271-5.

―要約―
背景と目的
学術活動(以下SA)は,家庭医療の後期研修プログラムのためにACGMEの準拠要件である。しかし専攻医に学術活動に参加させることは困難である。しかし2010年にジャクソンビル海軍病院の家庭医療レジデンシー(NHJ―FMR)は、専攻医のSAのアウトプットを劇的増加させるリサーチカリキュラムを開発した。この研究の目的は,そのアウトプットが経時的に持続可能かどうかを測定することである。
方法
NHJ-FMRプログラムにおける2012~2013の学年から2016~2017の学年(N=185)の間のレジデントのSAについての後ろ向き記録レビューを実施した。リサーチカリキュラムへの以下の介入が2010~2012年度に実施された:
・研究コーディネートの指導医ポスト(FRC)
 →理想的には研究の経験が豊富でリーダシップスキルがある人材だが、我々のFRCは限られた研究経験であり、准教授レベルでFRCのポストは0.1FTEであった。
・SAポイントシステム(Table1参照)
・同僚支援を行う研究コーディネーターのポスト
 →PGY2やPGY3で特に研究への関心が高い人材で、同僚の研究の動機付けやメンタリングを行う役割。
  彼らは半日の研究日をもつ
・SAのアウトプットは、専攻医の年間のプロジェクトの合計、年間の質プロジェクト(地方会や全国学会での発表もしくはピアレビュー雑誌への投稿)もしくはピアレビューのプロジェクトを計算し、回帰分析とマン・ホイットニーのU検定(ノンパラメトリック検定)を行った。

結果
専攻医一人あたりのプロジェクトの年間件数は、2012~2013年度の0.34件から、2016~2017年度の1.05件に増加した(Fig1)。また専攻医一人あたりの質改善プロジェクトは、統計的に有意な経時変化を示した。(F(1,9)−18.98,P<0.05,R2 of 0.6784:Fig3)介入前の年数と介入後の年数を比較すると、専攻医の平均の質プロジェクトでは統計的有意はなかった(P<005) 結語 このカリキュラムのモデルは、研修プログラムで実施できる学術活動の成果を高めるために独自性かつ信頼性の高い介入を重視している。 毎年の研究コーディネーターの異動にもかかわらず,SAの量と質は5年間で増加している、介入後に増加している。 この研究は専攻医主導の(教育)文化の変化を実証し、他のプログラムへの適応性に関する今後の研究の証拠となる。 ディスカッション ピアレビューのメンターシップは専攻医の文化を変え、研究が修了のためのチェックボックス項目から、それぞれの専攻医にとっての教育的な経験となった。この研究の限界は、記録に基づいているデザインであることと、単一プログラムであること。そして軍隊のプログラムであるが、軍隊であることの特徴はなく、ACGMEに準拠してAMFMの要件を満たす非軍隊のプログラムにも応用しやすい。  JC(松井0522)

JC(松井0522)1

JC(松井0522)2

【開催日】2019年5月22日(水)

Top 20 POEMs of the Past 20 Years

―文献名―
Mark H. Ebell, et al. Top 20 POEMs of the Past 20 Years: A Survey of Practice-Changing Research for Family Physicians. ANNALS OF FAMILY MEDICINE. 2018; VOL. 16, NO. 5 SEPTEMBER/OCTOBER: p436-439.

―要約―
1994年に、Slawson, Shaughnessy, and Bennettにより発表された論文によって、the key concepts of “information mastery”が確立された。従来のevidence-based practiceでは、研究のinternal validityの評価が重要視され、relevanceやapplicationは置いていかれていた。Information masteryによってpatient-oriented outcomesに注目が集まった。relevant clinical questionについての研究で、patient-oriented outcomesを出してpracticeを変えうるような論文は、POEM(patient-oriented evidence that matters)と呼ばれるようになった。
1998年に、筆者らはPOEMの定義に当てはまる論文を同定するために毎月100以上のclinical medical journals を集めたsystematic reviewを始めた。それぞれの論文は、primary care expertによってフォーマットに従って要約され、簡潔なbottom-line recommendation for practiceを提供した。それらはEssential Evidence Plusの購読者にメールされたりAFPに掲載されたりポッドキャストで配信されたりした。1998〜2017の20年間で、5,664のPOEMs (mean=283/y, range=230-368)が集まった。20週年を記念して、各年のPOEMsを選んだ。

201811松島1

They can be broadly divided into 3 groups:
(1) POEMs that recommend a novel, effective intervention,
(2) those that recommend abandoning an ineffective practice, and
(3) those that recommend abandoning a potentially harmful practice.

We observed greater challenges in choosing the best POEMs in recent years, largely because it is difficult to know whether a 3-year-old study will withstand the test of time and the rigors of replication in real-world settings. This judgment is even more difficult because of the increasing amount of industry-sponsored research published in journals and the relatively small amount of public funding for research to support the study of real-world problems in real-world settings.

It would be difficult for any clinician in any specialty or discipline to read all of the journals publishing studies of potential importance, not to mention critically evaluate the validity of individual relevant articles. Clinicians regularly reading POEMs can confidently change practice with the knowledge that they are using the very latest, most relevant, and valid information to provide for the very best care for their patients. The current POEMs are oriented toward primary care, including obstetrics and general hospitalists. We hope to encourage the development of POEMs for other specialties and disciplines in medicine, as well as such other health care disciplines as dentistry and veterinary medicine.

【開催日】2018年11月21日(水)

「教育的関係」を枠組みとして医学教育におけるフィードバックを捉え直す

-文献名-
Telio, S., Ajjawi, R., & Regehr, G. (2015). The “educational alliance” as a framework for reconceptualizing feedback in medical education. Academic Medicine, 90(5), 609-614.

-この文献を選んだ背景-
 北海道家庭医療学センターではカリキュラム開発の枠組みとして5+1モデルを採用している。5つの構成要素については教育学の理論・研究に基づいてフェローへの教育や現場の実践が行われている一方で、+1の部分については家庭医療学の文脈から理解が主であり、教育学との関連が明確ではなかった。
 この文献は+1の中の「学習者教育者関係」という部分について、教育学からはどのように捉えられているかを理解する助けになると思われたため、紹介したい。

-要約-
【医学教育分野におけるフィードバックの歴史】
 フィードバックの重要性は幅広く認識されているが、フィードバックの実態や経験というのは十分に描写されてはいない。例えば、フィードバックへの受け止めには学習者側と教育者側で解離があるという研究が多くある。更には、フィードバックを行いさえすればよいわけではなく、状況によっては不利益に繋がることもわかってきた。そこで、良い・悪いフィードバックの特徴が研究され、結果として文脈を考慮していない、「唯一解」(Best practice)的な、処方箋的な推奨がなされてきた(PNPのようなサンドイッチやPendleton rulesはその例である)。しかしそれでも思ったような成果は出ていない。

【フィードバックにおける枠組みを拡げる】
 このようにうまくいかないのは、医学教育分野においてフィードバックを「教育者が情報を届ける・学習者に受け入れてもらう」と捉えすぎる余り、何を言うか・どうやって言うか、ばかりが推奨され、それを受け取る学習者や、それを取り巻く関係性・コンテクストが無視されてきたからという視点が広がってきている。実際にいくつもの研究から、学習者がフィードバック行った人をどう理解しているか、学習者と教育者の関係性、学習者が判断するフィードバックの信憑性が、フィードバックの受け止めに影響していることが示されてきた。しかし、フィードバックにおける関係構築やコンテクストへの理解・探索を深めるための理論的枠組みはまだ提示されていない。この点について、心理療法の分野での研究が、分析や探索を進めてくれる可能性がある。その中でも治療的関係、という概念をここでは理解のための枠組みとして提案したい。

【心理療法における治療的関係’Therapeutic alliance’の考え方とその有用性】
 実はこうした理解の変遷は心理療法の分野での変遷と似ている。つまり、治療者が患者に情報を与えるという枠組みから、関係性へと視点が移ってきた。Greensonは、患者が治療者と共に変わっていこうとする能力を強調する為に、’Working alliance’という言葉を作り、Bordinが1治療者と患者の相互理解、2目標や課題に向かうための方法についての合意、3患者の治療者への好み・信頼の3つの要素がその中にあると提唱した。この言葉が受け入れられるにつれ、Therapeutic allianceと呼ばれるようになった。
 後の研究では、治療的関係は治療者の解釈よりも患者の解釈が重要であることや、心理療法の方法よりも治療的関係が心理療法の結果により影響することが示されてきた。

【治療的関係を教育的関係に置き換える】
 治療者患者関係と教育者学習者関係は、変化を促す為のフィードバックの提供という点において非常に類似していると言える。よって、上記の心理療法における知見で捉え直すことで、教育におけるフィードバックも捉え直すことが可能である。例えば、以下のようなことが示唆される。

 ・治療的関係においては、治療者の認識よりも患者の認識の方が重要である。よって、教育者学習者関係も学習者の視点からの判断が重要となる。
 ・フィードバックプロセスも学習者の目標とパフォーマンスに対する共通の理解基盤の構築、アクションプランの合意形成、目標に向けた共同作業の実践と捉えることが可能である。
 ・フィードバックの「方法」(PNPや5microskillsなどのようなもの)も、唯一解(best practice)的な「踏むべきステップ」と捉えるのではなく、効率的な教育的関係を構築し、維持する為に利用できる、(しかも複数の中から選択できる)道具にすぎない、と捉えるべきである。
 ・FDにおいてもこの枠組みに乗っ取るのなら、フィードバックを学習者の実践を変えるためのものではなく、教育的関係の構築の道具として伝える形になりうる。
 ・更には、教育的関係の枠組みを踏まえると、効果的なフィードバックを行うためには、いざフィードバックを行う時だけに着目するのは不十分だということが示唆される。学習者は、教育者について情報収集と解釈を積極的に行っており、教育者が学習プロセスにどのようにコミットしているのかを初対面の時から考えていると捉えられる。

【限界と今後の方向性】
 もちろんこういった治療者患者関係が医学教育に当てはまらない部分もある。(関係性の長さや境界線の保ち方など)
 また、ここで述べたことの多くは推論にしか過ぎず、答えというよりは新たな問いを生み出すものであるが、今後の研究によって更に理解を深められる可能性がある。

-考察とディスカッション-
 5+1モデルという形では学習者との関係性を意識していると、この文献で述べられていることの一部は自分の実践とも合致しており、納得感があるものであった。その一方で、中には、関係性の構築の視点を踏まえることで、フィードバックや指導医養成がどう変わるかについてははっとさせられる内容もあった。そういった意味では、我々が日常臨床で使い慣れた枠組みを教育へ丁寧に適用することで、教育実践に対する新たな理解・研究の視点が得られる好例だと思われた。更には、家庭医療学は医師患者関係についての枠組みを豊富に持っており、それを適用したリサーチを行うことで、この分野への貢献も可能だと思われた。

【ディスカッションポイント】
<学習者教育者関係について>
 1.これまで関わった学習者を思い出して、その学習者とはどのような関係性を構築していたでしょうか?
  自由に述べて頂いても構いませんし、家庭医療における医師患者関係の枠組みを参考に振り返って頂いても構いません。
  (例:パターナリスティック-決断の共有の関係-消費者主義)

<フィードバックについて>
 2.医学教育において、唯一解的なフィードバックの方法論を教えることがしばしばありますが、そういった手法は教育的関係にどのような影響を
  与えていると思いますか?皆さんの実体験を元に振り返ってみて下さい。
  例:批判のサンドイッチ、5micro skill、SNAPPSなど

【開催日】
 2016年10月19日(水)

なぜポートフォリオは成功と失敗をはらむのか?

-文献名-
Erik Driessen, Jan van Tarwijk, et al. Portfolios in medical education: why do they meet with mixed success? A systematic review: Med Edu 2007; 41: 1224-1233

-要約-
Introduction:
 直近の20年以上にわたり、知識を身に着けることからコンピテンシーへと医学教育のカリキュラムは大きな転換期を迎えている。10-15年前に医学教育のすべての段階でPFが紹介され、PFは学習者がいかにタスクを実施し、コンピテンシーを身に着けていくかのエビデンスのある教育として使用されている。1990年代初期に医学教育の世界で紹介されて以降、PFは教育研究の対象となっているが、部分的な失敗も含めた成功となっている。

Method:
 PubMed(1966-2007)、EMBASE(1989-2007)からportfolをキーワードに用いて検索を行った。Psych InfoとERICではPortfolおよびmedical educationをキーワードに検索を行った。検索は英語とドイツ語の出版物に制限した。
選択基準として、以下の3点を満たすものとした。1.医学教育を目的としたポートフォリオの利用に焦点が当てられている。2.卒前、卒後、生涯教育を対象。3.経験的データである。また看護などの他の専門職、管理者、経営、教育のためのポートフォリオやログブックといったポートフォリオにまつわる道具、評価されたデータのない文献は除外した。
データ抽出には修正版BEMECのコーディングシートを使用し、介入の結果はKirkpatrickの階層で評価した。評価者間の信頼性は、平均化したドメイン準拠の信頼係数ないしκ係数で推定した。複数の評価者間の信頼性はスピアマン-ブラウン公式を用いて推定された。

Results:
 1939の文献が検索され、適格基準を満たしたものは30件だった。内訳は臨床に入る前の卒前医学教育が9件、卒前のクリニカルクラークシップに関するものが7件、卒後医学教育が9件、生涯学習に関するものが5件だった。
 19の文献での評価はKirkpatrickのlevel1の結果であり、level3のパフォーマンスの改善を評価したものは2件だけだった。患者のアウトカムを評価した文献はなかった。
 ポートフォリオの目標をLearningとAssessmentの2つが挙げられた。
上野先生図①

Goal 1. Learning
 生涯教育でのPFの利用は成功と失敗を含んだ結果となっている。いくつかの文献ではPFはreflective learningを刺激する可能性が報告され、生涯教育の計画や推移を見守るうえで助けになる。
 日々の仕事の負荷が課される中で、PFを維持していくには時間がとられるという側面もあり、かけられる時間の欠如は生涯教育、卒後教育において問題となっている。
 MathersらはPFに関して、実現可能性を高めるために書類を減らして「よりスマートにする」よう提言している。
 PFの書式も重要で、明確でありながら個々の学習者のユニークな学びを描写できる柔軟な構造が有効である。多くの学習者はどのような種類の情報を記載することが求められているかを知りたがっていた。
 多くの研究でメンターによる十分な支援が不足していることを報告していた。また準備と導入の不足に関連する問題も報告されている。

Goal 2. Assessment
 PF評価の妥当性を調査された研究では、確かに振り返る能力の妥当な試験と証明されていた。6つの研究ではPFの評価者間信頼性を推定しており、その平均は0.63だった。評価者が増えると上昇する傾向にあり、2,3,4名の評価者でそれぞれ0.77、0.84、0.87となった。小集団で評価したり、実際の評価の前後に評価者間で議論したり、ルーブリックを使用することを提案している。

Discussion:
この文献はPFに関する最初のシステマティックレビューである。評価者間信頼性は、PFが主観的である性質から予測されたものと矛盾した結果であった。PFは総括的評価と形成的評価を目的に使うことができるだろう。
効果的に扱うため、適切な導入とメンタリング、背景と方略を結びつけ、学習者と教育者の双方に情報提供を行い、学習者の自由を損なわない明確なガイドラインを提供し、学習者とメンターの限られた時間の中で使い勝手の良さが求められる。
今後はPFの有効性や使い勝手の良さ、全人的評価に用いることができるか、メンターに求められるコンピテンシーについてさらなる研究が求められる。

【開催日】
 2016年10月5日(水)

困難な学習者へのアプローチ

―文献名―
AMEE2015におけるワークショップ“Managing Trainees in Difficulty”より
Managing Trainees in Difficulty (version 3) -Practical Advice for Educational and Clinical Supervisors- Oct 2013 NACT UK: Supporting Excellence in Medical Education

―この文献を選んだ背景―
 「困難な学習者」はいつの時代も世界のどこでも、教育実践をする者にとって、最も困惑させ、最も教育的である。今回、AMEE2015で「Managing Trainees in Difficulty」というWSを受講し、アプローチとして学ぶべき点が多くあった。今回この学びを共有させていただき、教育経験豊富な指導医陣から、実戦的な対応方法についての交流できたらと考えた。

―要約―
General Principles
1)早期の問題の同定と介入が必要不可欠である
患者の安全や教育担当者の脅威になるような案件を取り上げる事は、指導医とそのチームの責任である。

使い勝手のよい「早期の警告サイン」は「Understanding doctors’ performance」から引用している。
  1.The “ disappearing act”:コールに出ない、姿を消す、遅刻する、病欠する
  2.Low work rate:段取り(患者に赴き、説明し、決定する)が遅い。早く出勤し、帰宅も遅いわりに、納得できる仕事量をこなしていない
  3.Ward rage:感情の爆発、相手を怒鳴る、現実ないし想像での軽蔑
  4.Rigidity:不確実性に耐えられない、妥協を許さない、優先順位をつけられない、不適切な「内部告発」をする
  5.Bypass syndrome:後輩や看護師が、当事者の意見やヘルプを避けている
  6.Career problem:試験に受からない、キャリア選択が曖昧、医学へ幻滅している
  7.Insight failure:建設的批判を拒絶する、自己防御する、言い返す
  8.Lack of engagement in educational processes:評価できない、事例から学ぶ事が遅い、ポートフォリオ作成にモチベーションが低い、
   振り返りが乏しい

  9.Lack of initiative/appropriate professional engagement:確固たるヒエラルキーのある文化で医学教育を受けてきたような学習者に
   よくみられる。そのような学習者は、上級医が決めた患者のマネジメントについて疑問を投げかけることや、健全な自己主張をしない

  10.Inappropriate attitudes:男性主導型の文化的背景があり、学習者は女性と同等の立場で働く事に慣れていない

2)環境や事実を出来るだけ素早く明らかにし、多くの情報を取り寄せる
 多くの案件は早期に、教育担当者と学習者の間で、現実的な学習プランを作成する中で、述べられている。オープンで支援的な文化であれば、臨床チームは、学習者のスキルを伸ばすように教育するし、改善すべきパフォーマンスや現状の困難さに建設的なフィードバックをするだろう。
 全ての情報を集めて照合し、判断を形成する。
 患者や当事者の安全に関わる問題は他の全てに優先する

3)パフォーマンスが低いのは症候であって、診断ではない。その根本の原因を探索する事が必要不可欠である
 1.臨床能力の問題(知識、技術、コミュニケーション技量)
 2.個人的、人格的、行動上の問題(プロフェッショナリズム、モチベーション、文化的宗教的背景も含む)
 3.病気(個人もしくは家族のストレス、キャリアに対する不満、経済的問題)
 4.環境の問題(組織、業務負担量、ハラスメント)

4)確実で詳細な診断によって、効果的な再教育ができる:異なる問題は異なる解決方法がある
 糖尿病やメンタルヘルスの問題を抱えた医師は、個人の力量や洞察力が欠けている医師とはまた違ったアプローチが必要である。前者は、産業医や総合診療医の助けが必要になる。後者は、支援的なモニタリング、頻回の臨床的アドバイス、望ましくない行動の裏にある信念を変えるフィードバックが必要であろう。

5)明文化する
 学習者に対する全ての議論や介入は、文書化され、学習者とキーパーソン(信頼、学校長ないしGMC)とのコミュニケーションツールとなる。また教育担当者、プログラム責任者、学校長のような重責のある者にフォローアップされ、このプロセスが適切に管理できているか、きちんと結論づけられるかを確認する必要がある。

6)不安は伝えるべきである、記録はつけるべきである、改善策を探るべきである
 問題が解決されるまで進化は止まったままであろう

銘記する事:適切で同時並行の文書化は必要不可欠である。

宮地&長図

―考察とディスカッション―
考察
 このワークショップでは、実際に、このフレームワークを用いて、困難な学習者とおぼしき4名が例示され、その学習者が本当に困難な学習者なのか診断の後で、困難な学習者について「非公式なおしゃべり」「360度評価」「患者からの苦情」「MiniCEX」などの様々な情報が提示され、対応策を考えるものであった。情報の中には、同僚医師からの妬みを表現しているものも含まれており、多様な情報を集めることが重要だというtake home messageもあった。また記録をし続けることも重要だと説明された。

ディスカッションポイント
 ・早期発見において10の警告サインがありますが、自身の直感・経験を踏まえて、納得できる点と納得できない点はありましたか?
 ・対応経験とフローチャートのフレームワークを比べて、うまくいっていたところ、こうすればよりよかったと感じるところはありますか?

【開催日】
2016年1月20日(水)

認知・発達・関係性を統合してみる「self-authorship theory」

―文献名―
Sandars, J., & Jackson, B. (2015). Self-authorship theory and medical education: AMEE Guide No. 98. Medical teacher, (0), 1-12.

―この文献を選んだ背景―
 診療所での家庭医療教育を行う際に、学習者の個別性を評価して(学習者診断)、教育目標や方略をそれに合わせて変えていくことが重要である。我々の持つ学習者診断の枠組みの幅広さや深さが教育の幅広さ・深さに影響すると言えよう。今回は学習者を統合的に見る視点について解説した文献に出会ったため、紹介する。

―要約―
【背景】
 未来の医療職には、技術の進歩、疾患の複雑性、患者中心性、他職種連携などの背景から、知能的成長(cognitive maturity)だけでなく、文化的・心理的・社会的発達(development)が求められるが、competency基盤型教育だけではこうした側面の成長に対処することは容易ではない。知的成長の最も本質的な側面は、「意味を形成すること」、つまり、自分の周辺の様々な情報を受け取り、それを踏まえて自分が持っている前提を批判的に理解し、変えていくことである。個人としての発達は定義しにくいが、「Fully functioning person」に近づくための道のりと言える。Fully functioning personとは、自らの信念・価値を自覚しながら、それを用いて自発的な自己決定ができる人物と言える。こうした知的発達・個人的成長を統合してみる際の視点としてself-authorship theoryを紹介する。

【self-authorship theoryの特徴】
constructive-developmentalな視点からの理論である。Constructiveなので、学習に対しては「学習者が積極的に意味を作り上げる」という見方をするし、developmentalなので、時間経過を重視した見方をする。
実際の10代後半から成人期の学習者の観察に基づいた理論である
他の発達理論と比べるとより、統合的な複数の次元で学習者を分析した理論である

【self-authoshipの段階】
①Keganがはじめにself-authorshipを段階的に記述している。
 ・幼少期は人間は衝動的な感情を用いて、物事を分類する
 ・思春期早期になると、他人の影響を受けて形成した社会化した考えを用いて行動し、しばしば自分の行動を他人の影響のせいにする。
 ・思春期後期から20代早期には殆どの人が自分の意思決定や行動に個人として責任を持つようになる。こうした人たちはもはや他者に頼らない知識・信念・価値を持つようになっている。この段階をself-authoshipと呼ぶ
 ・最後に30-40代になって達成される段階として、自分自身がより広い世界の要素であるという理解を持つ段階がある。
②Magoldaが20代前半から30代後半までの追跡的な研究を行って、上記の段階の変容を研究している。
 ・特に、self-authoringのプロセスを進行させる刺激となるようなエピソードがあった。
 ・それを彼女は「crossroads」と呼び、自らが持つ世界観に対する内省を惹起し、未来に向けた新たな世界観を得るような刺激とした。こうしたcrossroadsは学生にとっては「驚き」の瞬間であり、例えば、他の文化圏からの人物と直面するとか、研究を実践に当てはめる困難さについての文献を読んだ、といった例があった。

【self-authorshipの3つの側面】
 Magoldaは、self-authorshipには三つの相互に影響する側面があるとした。人がself-authorshipを構築するまでの道のりの中でこの3つの側面それぞれにおいてどんな段階にいるかは、一人一人違うが、ある程度のパターンがあるということも記述した。
①cognitive dimension;how do I knowについての側面であり、知識の性質・限界・確実性についての認識を表している。人はまず知識を絶対的なものと見なすところから始まり、徐々により知識を不確実・グレーなものと見なす方向へ発達する。Self-authoredになると、様々な相反する多様な視点を理解しつつも、意思決定のために必要な「自分が取るスタンス」も選択できる。
②intrapersonal dimension;who am Iについての側面であり、他者の評価から形成した自己認識がよりそれに依存しない、内面化した信念・価値体系に基づいたアイデンティティの構築に至る。自己の現在のアイデンティティだけでなく、未来の専門家としてのアイデンティティまで形成することが必要となる。
③interpersonal dimension;how do I want to construct relationships with othersについての側面であり、他者が持っている多様性の理解から始まり、その多様性に対する許容性が有効な関係性には必要であると認識する方向へ発達する。それに基づいた成熟した関係性を構築するようになる。

―考察とディスカッション―
 この文献では、教育に適用するためのモデルとして、learning partnerships modelを取り上げており、以下の3つの教育経験を学習者に積ませることが学習者の知的成熟・人間的発達に重要としている。
 ・知識が(白黒・絶対的ではなく)複雑であること
 ・知識を構築する上で中心となるのは他ならぬ自己であること
 ・有効な学びには、多様な視点を共有して許容する必要があること
 この三つを伝えるための基盤として、学習者が安全にself-authorshipの段階を超えられるようなサポートと、超える必要性を生むようなchallengeの二つがあるとしている。

①上記の三つの要素を教える上で家庭医療の考え方はどのような関係があるだろうか?
②上記の三つの要素を伝えるために、皆さんは教育の上でどんな工夫をしているだろうか?

【開催日】
2015年6月17日(水)

人はどうやって認知発達をしていくのか?

―文献名―
大澤真也:ピアジェとヴィゴツキーの理論における認知発達の概念 -言語習得研究への示唆-.2008

―要約―
ピアジェの理論
 ピアジェは認知機能の発達を4つの段階として提唱している。
 第一の段階が、0歳から2歳までの時期に対応する「感覚運動期」。これは、自分の感覚と運動だけで世界を知ることを特徴とした時期である(自分の五感のみで単純に世界に働きかける)。
 第二の段階は2歳から7歳に相当する「前操作期」。この頃には、子どもは「言葉」という道具を持ち始めて思考することが可能になる。またこの頃から子どもは「象徴的な遊び」に着手するようになる。象徴的な遊びというのは、言わばフィクションの遊び、つまり「ごっこ」の遊びである(自分の五感で単純に世界に働きかけるだけでなく、自分の頭の中で様々な計画を立てられるようになる。しかしまだ世界を主観的な視点でしかみることができない)。
 第三の段階は7歳から11歳になると、子どもたちは「具体的操作期」を迎える。この時期は、子どもたちの認知発達が激変する時期である。それは、具体的操作期を迎えた子どもたちは、論理的な思考能力を発達させるためである。(具体的な概念は理解できるが、抽象的な概念になると他者の力を借りるなどして言葉を理解する)
 しかし、具体的操作期の子どもたちには未だ著しく劣る能力がある。それは仮説演算的な推理の能力である。ピアジェはこの推理を特に「形式的操作」と呼んだ。とりわけ形式的操作能力が高まるのは、11歳以降の「形式操作期」である。この時期になると、子どもは仮説演算や抽象的な概念を形式的に思考できるようになるとピアジェは考えた(抽象的あるいは仮説的な状況を取り扱うことができる)。

ヴィゴツキーの理論
 ヴィゴツキーの理論は、人は社会的状況の中で他人の助けを借り、また言葉という道具を媒介にして認知を発達させていく、というものである。
 ヴィゴツキーによれば、個人の発達は社会的に共有された認知過程を「内部化」することによって可能になると考えた。例えば言語で概念を形成するというのは、人間の精神の内部で実行されている。しかし言語や概念を造り上げたのは、社会や集団の相互作用である。今我々の精神の内部にあるように思える言語や概念も、もともとは精神の外部にあったということになり、単純化して言えばヴィゴツキーの言う「内部化」とは、精神の外部にあったものを内部に取り込むことを指す。
ヴィゴツキーが提唱した最も重要な概念の一つである「発達の最近接領域」は、この内部化の概念を前提としている。ヴィゴツキーは、子どもが独力で解決することのできる問題と、教師の指導や仲間の援助を受けることで解決できるようになる問題に着目した。前者の問題にどれくらい太刀打ちできたのかを評価してみると、今現在の子どもの生身の「実力」を知ることができます。この実力のことをヴィゴツキーは「現下の発達水準」と呼びました。
 「現下の発達水準」が指し示すのは、昨日までの学習によって子どもの中で成熟している精神機能の度合いである。一方、後者の問題にどれくらい太刀打ちできたのかを評価すると、今度はその子どもが「今指導や援助を受けることでどの程度実力を高めることができるのか」を知ることができる。自分一人の現段階の実力ではできないことでも、人の手を借りればできるようになることがある。それが行く行くは将来における子ども自身の「現下の発達水準」になる可能性がある。
 そして今現段階における「現下の発達水準」と、近い将来新たな「現下の発達水準」となり得る未定の発達水準との間の境界のことを、「発達の最近接領域」と呼びます。この概念が意味するのは、今はまだ完全には成熟していないが成熟の途上にある機能が存在するということである。ヴィゴツキーの学習論に倣うなら、この成熟の途上にある機能を育て上げることが、教育の役目だということになる。彼の学習論は、今現段階で「伸ばすべき能力」、「伸ばせば伸びるであろう能力」を特定できるという点で、教育的に有用であると言える。

ピアジェの理論とヴィゴツキーの理論
 ピアジェとヴィゴツキーにおける大きな違いの一つは知識の習得方法である。ピアジェの考え方では学習は個人から社会的なものへと進んでいくと考えられた(他者が期待しているものと自身の既存のスキーマの間に違いが生じたときに、人はスキーマを更に同化させたり調整させたりすることで均衡化の状態にしようと試みる)のに対し、ヴィゴツキーは社会的なものから個人的なものへと進んでいく(「最近接領域」を他者の助けを用いてその人の実際の発達レベルとの溝を埋める)と考えた。

【開催日】
2015年6月3日(水)

HCFMに生かせる「組織における幹部養成のコツ」

―文献名―
松尾睦.成長する管理職.東洋経済新報社 2013

―要約―
 この本でのマネジャーの定義とは「組織全体あるいは組織内の明確に区分できる一部分(部署)の業績について責任を持つ人物」。そのマネジャーに到るための「経験と能力のつながり」「経験の決定メカニズム」の調査を実施

 調査はある会社A社の部長・事業部長クラスのマネジャー914名を対象にした調査で、担当者時代・課長時代・部長時代それぞれにおいて「どのような経験から、いかなる能力を獲得してきたのか」「どのような目的で仕事に臨んだか」「上司からどのような支援を受けたか」の自由記載をしてもらい292名から回答を得た。同時にA社の人事部に回答したマネジャーのうち「優れた業務遂行能力を有し、特に高い成果を上げ続けてきたエース人材」を抽出してもらい、このエース人材の自由記述を基に質問表を作成。
作成された質問票を用いて再び上記の914名に調査を実施し、「どのような経験から、いかなる能力を獲得してきたのか」「どのような仕事で仕事に臨んだか」「上司からどのような支援を受けたか」について5段階の測定尺度を用いて回答を求め、315名から回答を得た。
A社の分析結果を検証するために、別の11社の課長クラスのマネジャー209名に同様の調査を実施し、全員から回答を得た。

<マネジャーの経験の分類> 1章
 マネジャーの仕事経験は「変革に参加した経験」「部門を超えて連携した経験」「部下を育成した経験」の3つに集約された。変革と連携は先行研究で指摘されている「発達的挑戦」と対応するものであったが、育成の経験はこの研究で指摘されたものである。また変革、連携、育成の経験をキャリア段階ごとに見て行くと育成の経験は増えるものの、変革の経験が少ないままであった。

<マネジャーの能力の分類> 2章
 上記の経験から、「目標共有力」「情報分析力」「事業実行力」3つの能力が抽出された。
 今回出たマネジャーの能力の類型は、ミンツバーグの「対人」「情報」「意思決定」の次元から説明出来るもので、その役割モデルとフィットしていた。
 また様々な考察から事業実行力(単なる意思決定や行動ではなく、事業活動において新しい価値を生みだす意思決定や行動)は目標共有力と情報分析力と密接に関連していたが、事業実行力は目標共有力や情報分析力と比べて獲得スコアが低かった。

<マネジャーはどのような経験からいかなる能力を獲得しているのか> 3章
 調査の結果、『部門を超えた連携、変革への参加、部下育成』という3つの経験が複合的に『情報分析力、目標共有力、事業実行力』という能力を高めていた。
 上記のうちで特に強い関係が見られていたのが『部門を超えた連携⇒情報分析力』『部下育成⇒目標量有力』『変革への参加⇒事業実行力』という対応であった。

<何がマネジャーの経験を決定するか> 4章
 「経験の決定メカニズム」では、『過去の経験、自身の持つ目標の性質、上司の支援』が経験に影響を与え、特に『過去の経験』が最も強く影響していた(経路依存性:path dependence)。
 つまり早い時期に上記の3つの経験を積んでおくほど、その度も同様の経験を積みやすくなる「経験の好循環」に入り、逆にこれらの循環に入れないと成長はしにくくなる。
 この循環に入るためには、挑戦や好奇心を重視する「学習志向の目標」と、新しい知識やスキルを獲得したいという「成果志向の目標」を持ち、上司の支援(特に通常は会うことが難しい社内外の上位者やキーパーソンと対話する機会)を得ることであった。マネジャーのもつ「学習志向の目標」は変革や連携の経験を促し、「成果志向の目標」が部下育成の経験を後押ししていた。

<マネジャーの成長メカニズム> 6章
 優れたマネジャーを育成するために情報系の学習(部門連携⇒情報分析力)、目標系の学習(部下育成⇒目標共有力)、実行系の学習(変革参加⇒事業実行力)の3つを連動させて積ませることが大切となる。
 また若いころから挑戦的な経験に身を投じることで「経験の好循環」に入ることができ、その後に経験する同じような挑戦的課題で更にその能力を成長させることが可能となる。
 経験の好循環に入るためには学習志向と成果志向の目標を両立し、社内外の上位者との対話機会を持つことが重要となる

―考察―
 情報系、目標系、実行系という経験学習の類型は面白かった。
 特に日本で少ないと言われている実行系(変革参加の経験⇒事業実行力)の経験をHCFMでどのように提供できるかを考えてみると、レジデントや一般スタッフの時代から変革活動に参加するチャンスを提供することがあげられる。
 経路依存性という考え方も印象的で、一度ある経験をするとその次にも類似の経験学習をする傾向があるという指摘は、マネジャーになってからの経験学習を意識化するのではなく、レジデントや一般スタッフの時から情報系、目標系、実行系の経験学習を意識したほうがいいという考えになった。
 おそらく目標系の学習は家庭医療専門医になる過程である程度担保はされているものの、実行系の学習と情報系の学習の両者は意図的に積まないと漏れ落ちるであろうと考えられた。
 また通常は会うことの難しい上位者との対話の機会が成長を後押しすると言う指摘からは、FMSのみならず、様々な機会で各サイト長や上級スタッフ、また日本の様々なリーダーと出会うチャンスを組織的に提供する必要性も感じた。

【開催日】
2015年5月20日(水)

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