医師の燃え尽きと、キャリアエンゲージメント、患者ケアの質との関係

―文献名―
Associations of physician burnout with career engagement and quality of patient care: systematic review and meta-analysis
BMJ 2022;378:e070442 | doi: 10.1136/bmj-2022-070442

―要約-
Introduction
・ バーンアウトはemotional exhaustion(感情的疲労), depersonalization(脱人格化), a sense of reduced personal accomplishment(個人的達成感の低下の感覚)の3要素を含む症候群
・ USでは10人中4人の医師がバーンアウトの症状を1つ以上有すると言われ、UKでは1/3の研修医が高いレベルでバーンアウトを経験しているという
・ 医師は、他の医療従事者を含む他の労働者よりもバーンアウトを経験する可能性が2倍高いとの報告も
・ Covid-19パンデミック下でそれらは更に広がったとも言われている
・ バーンアウトした医師はワークライフバランスが悪く、キャリアの満足度が低いことは指摘されていたが、キャリアエンゲージメントとの関連は未検討であった
・ また、医療従事者のバーンアウトが患者ケアの質の低下につながることは指摘されていたが、対象の異質性が高かった
・ バーンアウトとキャリアエンゲージメント、患者ケアの質の関連を調べることは、医療期間の効率性の側面からも重要であり、ひいては行政・政策立案期間がバーンアウトに度の程度資本を投入するかの判断にも重要である

Method

・ 登録されたプロトコル(Reporting Checklist Observational Studies (MOOSE))にしたがってシステマティックレビューを実施
・ Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses (PRISMA) guidanceに準拠
・ あらゆるセッティングにおいて働く医師を含んだ定量的観察研究を対象とした
・ バーンアウトと、キャリアエンゲージメント(仕事満足度、キャリア選択後悔、離職意思、プレゼンティズム(疾病就業=心身の不調を持ったまま出勤すること)や欠勤で示される生産性の低下、キャリア開発)の関連を報告した
・ さらに、バーンアウトと患者ケアのアウトカムの質(投薬エラーを含む患者安全インシデント、確立した定義に基づく低いプロフェッショナリズムによる最適ではない患者ケア、患者満足度)の関連についても検討した
・ データベース開設から2021年5月までのMedline、PsycINFO、Embase、CINAHLを検索し、英語の引用文献を調べた。
・ 各研究のStudy characteristics、physician characteristics、バーンアウト(測定項目)、報告方法を含むアウトカム指標に関するデータを抽出。The outcomes of interestは総合的なバーンアウトと感情的疲労、脱人格化、個人的達成感を含むバーンアウトの3つの尺度のいずれかについて評価されたものであった
・ 総合的なバーンアウトのスコアが報告されていない場合は、3つの解釈度のスコアをプールすることでburn outを算出した
・ ログオッズをプールしながらDerSimonian-Lairdランダム効果を使用し、これらの結果を指数化してオッズ比とし、フォレストプロットでデータを表示した。10以上の研究を含むメタアナリシスでは、出版バイアスを評価するためにファネルプロットとEggerのテストを用い、異質性の量を表すために、予測区間を算出した。
・ その後地域、セッティング、デザイン、年齢、性、専門分野、バーンアウト尺度等の変数を用いてメタ回帰を行った。
Results

・ 239,246名のphysicianを含む170のstudyが適格基準を満たした。
【Study characteristics】
・ 170の研究の内77件(45%)が米国、48件(28%)が欧州
・ 107件(63%)は病院を拠点、プライマリ・ケアのセッティングは29件(17%)
・ 研究全体の医師数の中央値は312人、年齢中央値は42歳、112件(66%)の研究ではほとんどが男性医師であった

・ 医師の専門は、42(25%)が様々なspecialtyの混合、32(19%)が内科、21(12%)が外科(外傷、形成、神経外科)、19(11%)が救急・集中治療、11(6%)が一般開業医、8(5%)がインターンまたは研修医
・ 最も一般的なburn outの測定法は、22項目のMaslach Burnout Inventory完全版であった

【Meta- analysis of association of burnout with career engagement and quality of patient care】
<キャリアエンゲージメント>
・ 仕事満足度:burn outは、満足している場合と比較し、満足度低下と約4倍(3.79, 95%信頼区間3.24~4.43, I2 =97%, k=73 study, n=146,980 physicians) 関連していた(=burn outを有すると、満足度低下する可能性(リスク)が3倍高い)
・ キャリア選択後悔:burn outは、キャリア選択への満足と比較して、その後悔と約3倍関連(3.49, 2.43~ 5.00, I2 =97%, k=16,n=33,871 )
・ 離職意志:バーンアウトは、現在の職にとどまる意向と比較して、離職意向と3倍の増加と関連(3.10, 2.30 to 4.17, I2 =97%, k=25, n=32,271, figure3)
・ 生産性の低下:バーンアウトは、生産性の持続と比較して、小さいながらも有意な生産性の低下と関連(1.82, 1.08~3.07, I2 =83%, k=7, n=9,581)
・ キャリア開発:2つの研究だけが、良いキャリア開発と比較して、全体的なバーンアウトとキャリア開発の懸念との間に有意なプールされた関連を報告した(3.77, 2.77 to 5.14, I2 =0%, k=2, n=3,411)
<患者ケア>
・ 患者安全インシデント:バーンアウトは、患者安全インシデントを起こさない場合と比較して、患者安全インシデントのリスクが2倍になることと関連していた(オッズ比 2.04, 95%信頼区間 1.69 to 2.45, I2=87%, k=35, n=41 059; figure 5)
・ プロフェッショナリズム:バーンアウトは、プロフェッショナリズムの維持と比較して、プロフェッショナリズムの2 倍以上の低下と関連していた(2.33, 1.96~2.70, I2 =96%, k=40,n=32,321)
・ 患者満足度:バーンアウトは、患者満足度の最大3倍の低下と関連していた(2.22, 1.38~3.57, I2 =75%, k=8,n=1,002)

<メタ回帰>
・ 単変量回帰の結果、全体的なバーンアウトと低い仕事満足度との関連は、プライマリケアセッティングと比較して病院勤務医(1.88,0.91~3.86,P=0.09)、より具体的には一般内科と比較して救急医療と集中治療(2.16,0.98~4.76,P=0.06)、31~50歳の人と比較して50歳以上の医師でより強い関連が見られた(2.41, 1.02~5.64, P=0.04 )。この関連は、開業医で最も弱かった(0.16、 0.03~0.88、 P=0.04)。 しかし、これらの関連は多変量回帰では有意性を保てなかった
・ 単変量回帰の結果、バーンアウトと患者安全インシデントの関連は、若い医師(20~30歳、1.88、1.07~ 3.29、P=0.03)、救急や集中治療の現場で働く医師(2.10、1.09~3.56、P=0.02)または研修中の医師で大きいことが判明した
・ バーンアウトとキャリア選択の後悔との 関連を単変量回帰で調べた結果、救急医療・集中治療を専門とする医師(2.89, 0.97~14.89, P=0.10)、神経内科(2.52, 0.82~7.80, P=0.10)で最も大きいことが判明した

※参考:22項目のMaslach Burnout Inventory完全版の測定項目

(https://www.researchgate.net/figure/Maslach-Burnout-Inventory-Item-Stems-and-Frequency-With-Which-Items-Load-on-Expected_tbl1_200010233)

Discussion
<研究の限界>
・ 対象国や性別の多様性の少なさ
・ アウトカムの定義にばらつきがあったためか、患者安全、プロフェッショナリズム、仕事への満足度など、いくつかのアウトカムで大きな異質性が見られた
・ これらのアウトカムを評価するために使用されたツールやアンケートはかなりばらつきがあり、このばらつきによって意味のあるサブグループ分析や感度分析を行うことはできなかった
・ 最大限データの標準化を行ったものの、集計データのばらつきによって、プールされた効果量にある程度の不正確さが存在する可能性はある
・ メタ回帰においては、医師の専門領域など、一部のグループでは参加者が少なかった

【開催日】2023年3月8日(水)

宗教的な話題の特徴

―文献名―
McCord G, Gilchrist VJ, Grossman SD, et al. Discussing Spirituality With Patients: A Rational and Ethical Approach. The Annals of Family Medicine. 2004;2(4):356-361. doi:10.1370/afm.71

―要約―

Introduction
 医療におけるスピリチュアルな問いかけについては、議論の余地がある。患者のスピリチュアリティや宗教性は、罹患率や死亡率の低下、身体的・精神的健康の向上、より健康的なライフスタイル、必要な医療サービスの減少、対処能力の向上、幸福感の向上、ストレスの減少、病気の予防などと相関することが示されている。これらの研究の多くは批判されているが、ほとんどの医師はスピリチュアリティが患者の身体的・精神的幸福にプラスの影響を与えると考えている。患者は医師とのスピリチュアルな話し合いを望み、スピリチュアルな健康は身体的な健康と同様に重要であると考えているが、スピリチュアルな話し合いはほとんど行われていないと報告されている。外来患者を対象とした研究では、13%から73%の患者が、自分のスピリチュアルな信念や宗教的な信念を医師に知ってもらいたいと考えていることが分かっている。医師の問題点としては、確立された専門分野を離れて非医学的な課題を推進すること、スピリチュアリティに関するトレーニングの欠如、医師がパストラル・カウンセラーとして活動することの倫理性、危害を加える可能性、時間的制約、プライバシーの侵害、どの患者が話したいのかを判断することの難しさなどが挙げられる。本研究では、医師がスピリチュアルおよび宗教的信念の全体的な評価を患者中心に行えるようにするため、(1)幅広い臨床場面でのスピリチュアルな話し合いの受け入れ、(2)患者が自分の信念について医師に知ってほしいと思う理由、(3)患者がこの情報を使って医師にしてほしいこと、(4)スピリチュアルな話し合いを望む可能性の高い患者を予測するモデルについて調査した。

※パストラルケア=スピリチュアルケア+宗教的ケア(スピリチュアルケアを広義におこなっていて宗教的ケアを含む場合はほぼ同じ意味)

Method
 訓練を受けたリサーチアシスタントが、オハイオ州北東部にある4つの家庭医研修施設と1つの民間グループ診療所の待合室で、同意した患者と同伴の成人を対象に質問票を実施した。人口や地域の情報、本人と家族の一般的な健康状況、SF-12、医療に関するスピリチュアルな信念、宗教の状況、および医師がスピリチュアルな信念や宗教的信念について議論する際の適切な状況、理由、および期待に関する参加者の評価をアンケート調査で得た。
 可能な限り多くの人を対象とするため、本調査ではスピリチュアリティの定義は特に回答者に伝えなかった。スピリチュアリティに関するすべての質問は、”精神的または宗教的な信念 spiritual or religious beliefs”という言葉で表現された。Koenigによるとアメリカ人の多くがスピリチュアリティと宗教を区別していないと考えられる。

RESULT
 921名(患者798名、付添い人123名)がアンケートに答え、492名が拒否し、回答率は65%だった。回答者のベースラインはtable1に示す。SF-12の身体的要素のサマリースコア(平均値=47.0)および精神的要素のサマリースコア(平均値=48.0)は、回答者の健康状態が米国の一般人口の平均値(身体的50.1、精神的50.0)と比較して有意差はなかった。リサーチアシスタントは、参加を拒否した人の年齢を推定した。この推定によると、60歳以上の方の参加拒否率が高くなった
回答者の17%は自分のスピリチュアルな信念について質問されたくないと答え、63%は状況に応じて質問されたいと答え、20%は常に自分の信念について医師に知ってもらいたいと答えた。また、以前に医師から質問を受けたことがあると答えた人はわずか9%で、18%は質問されずに医師に伝えたと答えました。
 自分の信念について「いつも」もしくは「ときどき」医師に知ってもらいたいと思うと答えた回答者には、医療場面のリストを提示し、スピリチュアリティに関する会話が歓迎されるかどうかを尋ねた(table2)。スピリチュアルな話が最も歓迎される状況は、命にかかわる状態、重篤な病気、愛する人の死であった。歓迎されない場面としては、健康診断や検診の際の問診、軽い病気の受診などが挙げられた。
 信仰について「いつも」もしくは「ときどき」医師と話し合いたいと答えた人は、スピリチュアルな信念について医師に知ってもらいたい理由として、87%が自分の信仰が病気への対処法にどのような影響を与えているかを医師に理解してもらいたいと考えており、85%が自分を人としてよりよく理解してもらいたいと考えており、83%が自分の意思決定を医師に理解してもらいたいと考えていた(table3)。思いやりの提供、現実的な希望の奨励、病気になったときのケアの仕方のアドバイス、治療法の変更、スピリチュアル・カウンセラーの紹介などは50%以上が支持した。医師と一緒に祈る(33%)、医師に「ただ聞いてもらう」(22%)は、好まれない行動であった。
 ロジスティック回帰モデルの結果をtable4に示す。スピリチュアルな話し合いを望む傾向が強かったのは、30〜64歳の回答者(オッズ比[OR]=2.1)、スピリチュアルな信念が医療上の決定に影響すると評価した回答者(OR=3.0)、病気の時に信念が希望を与えると答えた回答者(OR=4.5)、1〜5のスケールで自分をよりスピリチュアルだと評価した回答者(このスケールが1ポイント上がるごとにOR=1.3)であった。
 アンケートには3つの自由形式の質問があった。「あなたの宗教的・スピリチュアル的信念が、あなた自身やあなたの身近な人が関わる医療上の決定に対処する方法に影響を与えた経験や状況を思い浮かべることができますか」という質問に対して、377名の回答者ができると答え、340名(41%)が例を挙げました。これらの回答の大部分は、スピリチュアルな信念からのサポートを見つけたという側面がありました。また、85人の回答者が「祈り」を具体的に挙げています。避妊、中絶、出生前検査などの治療法の決定については、22人が言及しており、手術は8人、投薬は5人、輸血は5人でした。死に直面したときの信仰の役割については、多くの回答者が言及していますが、生命維持装置を導入するか見送るかの判断については、46人の回答者が具体的に言及しています。2つ目の自由形式の質問、「あなたの医療上の決定に影響を与えるようなスピリチュアル的、宗教的な信念がありますか?267人の回答者が「はい」と答え、235人(88%)が例を挙げました。回答のほとんどは、「常に神の導きを求める」などの一般的なコメントでしたが、中絶反対の意見が46件、終末期の決断について38件、祈りについて26件、輸血を拒否すると答えた人が9件ありました。3つ目の自由記述の質問は、アンケートの最後に、質問やコメントを求めるものでした。その結果、13件の回答がありましたが、いずれも重要な情報はありませんでした。

DISCUSSION
 今回の結果は先行研究ともよく一致する。
 今回の研究では、人々がスピリチュアルな情報を医師にどのように伝え、それが医療にどのような影響を与えるのかを明らかにしたことが大きな貢献である。最も重要なテーマは、「理解」、「思いやり」、「希望」であることがわかった。この研究のもう一つの貢献は、話し合いを望む人の予測因子を検討したことだ。以下の4つの予測因子が見つかった。(1)病気の時に希望を与える信念を持っている、(2)医療上の決定に影響を与える信念を持っている、(3)年齢が30〜64歳である、(4)自分をよりスピリチュアルであると評価している。これらの要素に基づいた簡単なアンケートが、スピリチュアルな評価を構成する可能性がある。
 今後の研究では、受診時に日常的に質問を行うことが患者と医師の双方にどのような影響を与えるかを調査し、その受け入れ可能性を判断することが考えられる。
 この研究では60歳以上の人は参加を拒否する傾向があることが示唆されたが、先行研究も含めて参加を拒否する、つまりスピリチュアルな話し合いを避けうる理由は分かっていない。

【開催日】
2021年8月11日(水)

家庭医が患者からの要求を妥当ではないと感じ、そのまま受け入れるのも、拒否するのもいずれも難しい時にどう対応するか -フォーカスグループ研究-

―文献名―
Jørgen Breivold, Karin Isaksson Rø, Stefán Hjörleifsson, Conditions for gatekeeping when GPs consider patient requests unreasonable: a focus group study, Family Practice, 2021;, cmab072, https://doi.org/10.1093/fampra/cmab072

―要約―
Background: 患者からの要求を家庭医が妥当ではないと考えるような場合、それは、家庭医と患者の間での衝突のもとになりうる。そうした時に、ゲートキーピングは難しいものとなる。なぜなら、家庭医は、医師患者関係を保つことと、医療の過剰利用による害から患者を守ること、そして、有限なヘルスケアリソースの管理者として振る舞うことの間のせめぎ合いの中で折り合いをつけなければならないためである。そのような困難な診療を家庭医がどうやってうまく収めているのかについて、更なる知識が必要である。

Objective: ノルウェーの家庭医が、妥当ではないと考えるような患者からの要求を受けた際に、どのような状況があれば、その中でもゲートキーパーとしての役割を果たす能力がひきだされるかを探索する

Methods: 2019年に、3回のノルウェーの家庭医のフォーカスグループに基づいた質的調査を行なった。その中で、患者が一見妥当ではない要求をしてきたが、家庭医が臨床的に適切な形で診療を収めることができたような外来について調査した。Thematic crosscase analysisを、Systematic Text Condensationを用いてそのフォーカスグループの逐語録をもとに行なった。

Results: 家庭医が患者の妥当ではない要求に直面した時に助けになる状況として以下の三つのテーマが見出された。
(i) communication skills for mutual understanding and trust
・患者の要求が妥当でないと感じるのは、家庭医がその背景の事情や文脈を理解していないサインであると考える
・家庭医がそう感じるだけでは不十分で、診療の中で、患者がその要求の背後にある懸念を家庭医に理解してもらえたという土台が必要である。よって、家庭医は、患者側の視点に対して尊重を示し、患者がやりとりにより関わるよう促す必要がある
・患者から信頼を得るための戦略は家庭医によって異なったていた:
例:自身の過去の医療経験を強調して示す、診察を丁寧に行うことでその後の主張に箔をつける、など
・患者の視点に共感しつつも、的確な説明を行うことで誤解があればそれがどこなのかはっきりさせることではじめて、患者が当初要求していた内容とは違う結末に診療がなってもそれを受け入れることができる可能性が出てくる

(ii) a long-term perspective
・時間が経つことでお互いがお互いの視点に寛容になり、協調できるようになっていくプロセスを研究参加者は話していた
例えば、患者側は、この家庭医は最後まできっちり面倒をみることや、フォローが必要になってもしっかり対応してくれることを経験することで、医師側は、患者の置かれた状況の具体性・固有性に詳しくなることではじめは妥当でないと感じた要求についても何らかの対応ができるようになっていく
・患者との諍いを避けすぎると、医師としての一貫性は保てない一方で、医学的視点にこだわると、診療全てでよい結果を出していくことができないため、柔軟な姿勢で問題解決に臨むことが信頼につながるし、厳密すぎると患者と衝突するだけである。交渉の余地はケースごとに異なり、時には受け入れ可能な範囲での妥協が必要となる(外科には紹介できないが、理学療法ならできる、など)

(iii) Support of the gatekeeper function
ゲートキーピングの役割は、医療サービスへの要求が高くなり、患者の消費者主義的な態度を促進する社会的な力のために、ますます困難になっている。患者はゲートキーピングの役割を認識し、それがGPに求められていることを前提として知る必要がある。専門職としてのコミュニケーション技術および関係性の継続性に重点をおくことによって、家庭医はゲートキーパーとしての役割を維持することが可能となる。
(それだけでなく)専門職の中および社会から、そうしたゲートキーパーの役割を支えるような視点も必要である。これは、GP自身の責任でもあると研究参加者は述べていた。GPは、患者が医師に期待して然るべきことを伝えるべく公の議論に参加すべきであり、GP間で、意見の割れる医療問題についてより意見を統一できるよう努力すべきとした。しかし、GPのゲートキーピングの役割は、公的機関からの公式情報でも説明されるべき(例:抗生物質の過剰利用を避ける広報活動によって風邪への抗生物質の使用を避けることを説明しやすくなった)であり、それによってGPの役割には医療の過剰利用から患者を守ることや、共有資源の管理者としての役割が含まれることが正当化される。

Discussion
内容について:
患者からの妥当ではない要求に対処するためには、患者の視点を探り、その妥当性を認め、信頼を築くための特定のコミュニケーションスキルが必要であるというこれまでの研究結果に合致するものだった。
本研究では、GP側の柔軟な態度や関係性の継続性が重要であり、先行研究におけるGPがゲートキーパーの役割を果たすために、競合する要素の間で妥協をしているという結果と合致するものだった。
また、プライマリケアにおける関係性の継続性は、死亡率や、専門家の利用を減らしつつ、スタッフと患者の満足度をあげるという研究もある。
本研究の本質は、家庭医が、非現実的な医療に対する期待に由来する患者との意見の不一致を解消するには、社会からゲートキーパーの役割を認められている必要があるという点である。プロフェッショナリズムの理論によると、ある専門職の権威は、そのメンバーが公共の利益のための特定のタスクを実行するために自分のスキルを採用すべきであり、専門職が非専門家よりもこれらのタスクを管理するのに適しているという合意に依存している(25)。さらには、専門職の正当性は、その実践の土台となる間主観的な規範についての幅広い合意に依存している。医療サービスの商品化や商業化、医療情報や医療技術の普及は、何が患者の利益になるかという医師の判断に対する患者の信頼をある程度損なっているように思われる(29)。先行研究によると、拒否の交渉をする際に、長年の患者と医師の関係を維持するためにGPが用いる戦略の一つは、責任をプライマリ・ケア組織やガイドラインなどの遠く離れた第三者に負わせることである(28)。よって、ゲートキーピングは、個々の臨床の場ではなく、社会的な文脈で理解されるべきである。
近年、医療の過剰使用に対処するためのさまざまな専門的な取り組みが国際的に開始されていますが(32.35)、GPが医療の過剰使用による害から患者を守る能力を支援する上で、このような取り組みの有効性はまだ調査されていないため、更なる調査が待たれる。

Conclusion:GPがゲートキーパーとしての役割を維持するためには、専門的なコミュニケーションスキルと人間関係の継続性が優先される必要があります。しかし、theory of professionsで予測されるように、ゲートキーパーとしての役割は、医療専門職の中だけでなく、社会や公的機関からのサポートが必要である。

【開催日】
2021年7月7日(水)

医師-患者関係が機能的健康に及ぼす長期的なインパクトを評価する

-文献名-
Olaisen RH, Schluchter MD et al. Assessing the Longitudinal Impact of Physician-Patient Relationship on Functional Health. Ann Fam Med. 2020; 18: 422-429.

-要約-
【目的】
日常的なケアリソース(プライマリ・ケア)へのアクセスは、健康アウトカムの改善と関連しているが、医師-患者関係が患者の健康にどのように影響するかについて,特に長期な研究は限られた数しか存在しない。本研究の目的は、医師-患者関係の変化が機能的健康に及ぼす長期的な影響を調べることである。
【方法】
(研究デザイン)
Medical Expenditure Panel Survey(MEPS〜 米国国民の代表的な健康支出,利用,支払い現,健康状態,健康保険範囲の推定を提供することを目的とした一連の調査、AHRQが運営.2015-2016年)を用いた2年間のプロスペクティブコホート研究。
(対象)
18歳以上で2015年,2016年の双方で1回以上医療機関を受診した住民が解析の対象とした.
(アウトカム)
アウトカムは機能的健康の1年間の変化(12項目のShort-Form Survey: SF-12 https://www.qualitest.jp/qol/sf12.html).
(予測因子)
予測因子は医師-患者の関係の質、医師と患者の関係の変化であり、MEPSのデータから抽出し作成し既に信頼性と妥当性が過去の研究から評価を受けている,MEPS Primary Care (MEPS-PC) Relationship subscaleを用いて利用した。
参加者は研究開始時にMEPS-PCのスコアが人口のmedianをカットオフにlowとhighの2群に分けられ,2年後のスコアの変化を3群に分けて評価した(変化なし,悪化,改善).
(交絡因子)
年齢、性別、人種/民族、学歴、保険の有無、米国の地域、multi morbidity
(解析)
我々は、調査による重み付け、共変量の調整を行い、予測限界平均解析を行い,群間の違いを測定するために,効果推定値としてCohen dを利用した.
MEPS-PC Relationship subscaleの軌跡(例:high⇒same, low ⇒ betterなど)の違いによるSF-12については、multiple pairwise comparisons with Tukey contrastを用いて検証した。
【結果】
(demographic characteristics)
Table 1の右のカラム.
(サブグループごとの医師-患者関係)
Multimorbidityの高いグループは低いグループと比較して優位に医師・患者関係のスコアが低かった.(Table 2)
無保険の患者は健康保険加入患者と比較してスコアが低かった.
ベースラインの機能的健康が低い患者は高い患者と比較して医師-患者関係のスコアも低かった.
(ベースラインの医師-患者関係とフォロー後の機能的健康)
ベースラインの医師-患者関係とフォローアップ後(2016年)の機能的健康の間の survey-weighted correlation は0.20(P<0.01)であった.
(医師-患者関係の軌跡と機能的健康) Table 3
患者のベースラインの医師・患者関係のhigh, lowに関わらず,2015年から2016年の間に医師-患者関係が改善している場合,機能的健康は改善していた.医師・患者関係に変化がない場合,悪化した場合は,機能的健康が悪化する傾向にあった.
【結論】
医師と患者の関係の質は、機能的健康と正の関連がある。これらの知見は、患者中心の健康アウトカムの改善を目的とした医療戦略と医療政策に情報を与える可能性がある。

【開催日】2021年2月10日(水)

アタッチメント理論(愛着理論)と継続性(医師患者関係)

-文献名-
Frederiksen, Heidi Bøgelund, Jakob Kragstrup, and Birgitte Dehlholm-Lambertsen.
“Attachment in the doctor–patient relationship in general practice: A qualitative study.”
Scandinavian journal of primary health care 28.3 (2010): 185-190.

-要約-
【目的】なぜ主治医とのinterpersonal continuityは患者にとって有用なのかを探索する

【デザイン・セッティング・対象】
22名の患者にインタビューを用いた質的研究をした。そのうち12名は毎回同じGPに診てもらっており、10名は馴染みの薄いGP(専攻医)に診てもらっていた。診察を観察後にインタビュー対象者を選択し、主訴(受診理由)、年齢、性別によって合目的に対象者を抽出した。研究テーマは心理学的理論を用いて対応した。

質的分析の方法論:*解釈的現象学的分析
「主治医との関係性を患者はどのように経験しているか?」
インタビュー逐語録の読み込み、テーマを注釈し、各テーマを連結させ、最後に、それらのテーマと
主観的な記述の理論的な意味を解釈するための適切な社会心理学的理論を結びつけた。その過程で、Attachment理論が、役立つ枠組みとして立ち上がってきた。

*Attachment理論とは:John Bowlby,1907―1990
主に幼少期における養育者などとの関係性,ことにアタッチメントattachment(愛着)が,人間の生涯にわたるパーソナリティや社会的適応性などにいかに影響を及ぼすかを問う発達理論。 愛着理論ともいう。

【結果】
患者のinterpersonal continuityの有用性の理解にとって中心的問題は、attachmentの必要性であった。患者はGPとの人間的な関係性の構築をより好み、大多数の患者は医師患者関係の中にある、ある程度の脆弱性を述べた。病気が重症だったり心配が強いほど、患者は脆弱であり、毎回同じGPをより必要としていた。更に、たとえ医師患者関係が好ましくない状況であっても、GPを変えることは困難であると述べていた。

【考察 *抜粋記載】
病気になると、自動的に医師はアタッチメントの対象となる。アタッチメント理論では、安全になることよりも、安心感を得ることへの関心が述べられているが、医師はケアを提供するためのより賢く強い個人として認識される。またアタッチメント理論は、合理的な判断が個人の関係性で説明つかないことも説明することができる。患者は弱い立場(脆弱性)なので、好ましくない医師患者関係の場合も医師を変えるに至らないのだ。

【結論】
Attachment理論は、毎回同じGPに診てもらいたい患者ニーズの原理の説明を提供するかもしれない。患者という弱い立場は、ケア提供者へのattachmentの必要性を作り出す。この欲求は根本的なものであり、病いや怖さを感じる時に活性化される。

【開催日】2020年11月11日(水)

言語コミュニケーションと患者の安全性について

-文献名-
Rick Iedema, Trish Greenhalgh,et al.Spoken communication and patient safety: a new direction for healthcare communication policy, research, education and practice? BMJ open quality.2019.8.16.

-要約-
背景:NHS(イギリスの国民健康サービス)では36時間毎に約100万人の患者に医療サービスを提供しています。この過程において、数百万以上の口頭でのやり取りが行われます。これらの数字を考えると、話し言葉のコミュニケーションの失敗による事故が壊滅的な影響を与える可能性は十分にあります。実際、世界中のインシデント調査では、不適切または効果のないコミュニケーションが予期しないケアイベントや望ましくないケアの結果に最も関わる要因であることを示しています。
2017年NHS改善委員会は、患者の安全のため医療従事者のスタッフ-患者コミュニケーションをどのように改善するかを明確化するため、医療専門家の外部ワーキンググループに委託し、問題と課題の概念マップを作成し、これを基にレポートを作成しました。その結果は6つの重要なコミュニケーションドメインを示していました。
方法:ワーキンググループは10ヶ月かけて、ヘルスケア環境での音声コミュニケーションに関する既存の学術文献および非市販文献の調査をしたこと、定期的に収集されたNHSデータ(苦情通知および重大なインシデントレポートの代表数)を調査し、そのオンラインリソース(患者のフィードバックなど)のウェブサイトにアクセスしました。私達はこれらの二次情報源に、4つのフォーカスグループの患者と、合計100人のNHS患者とスタッフで行われた2つの半日相談イベント(NHSIが組織し、ワーキンググループのメンバーが共同進行)から得た情報を加えています。データはテーマ別に分析され、合成されました。以下の6つのドメインが発見されました。
①コミュニケーション環境
音声コミュニケーションの理想的な環境は、「思いやりのある環境」によって特徴付けられます。良い例としては外観がキレイでスタッフも親切で、清掃が行き届いている環境です。悪い例としては発電機が診察室のすぐ外にあり騒音があるなどの環境です。良い環境はケアの安全性と患者の心理的および生理学的安全感に貢献し、臨床医と患者とのコミュニケーションをサポートします。
②情報交換
音声コミュニケーションは、適切な人が適切なタイミングで正確かつ適切な情報を交換するときに効果的です。専門用語の使用など明瞭性の欠如がある場合、情報が過度にスクリプト化(漠然とわかる状況)されている場合、技術的でその場のコミュニケーション相手に十分に適合していない場合、競合する情報が混在する場合、情報が不十分またはない場合に問題が発生します。
良い例としては手術室でオペ室の看護師に「私の右手にステッチとはさみをお願いします」とその場にあって明瞭であること。悪い例としてはBIPAPで救急室から病棟へ移動する際に、事前の報告もなく準備についても確認しないまま移動し、酸素が用意されていないなど。
③聞き取りと態度
文献では、効果的なコミュニケーションを、敬意、コミットメント、前向きな考え、共感、信頼、受容性、誠実さ、およびケアに関する継続的かつ協力的な焦点に関連付けています。親切で援助的であれば良い一方で、配慮がないことは悪く働きます。患者の期待と理解は、より多様で明確になりつつあります。患者が自身のケアに寄与すべきことに積極的かつ敬意を持って耳を傾けることは、ケアの質と安全性にとって重要です。
④調整と対応
情報のネゴシエーションを最適化するには聞き取りと態度が重要ですが、この4番目の領域である調整と対応は、臨床医と患者の関係を育む上で重要です。臨床医は患者の気分やユーモアに合わせてコミュニケーションを調整する必要があります。これは、相互の信頼、およびデリケートでプライベートな問題の議論のための「共通基盤」を開発します。 この育成は1回限りの「チェック」ではなく、継続的なプロセスとなります。患者に対する発話を調整することにより、GPは関係を育み、それによってケアの質と安全性を向上させます。信頼関係が相互理解とオープン性を必要とする状況では、関係を構築することが最重要です。病気や治療がより長期的で複雑になり、不確実性にさらされつつある今、これは特に当てはまります。
⑤効果的なチームコミュニケーションのための前提条件の作成
チームは上記の①~④を実現することで効果的にコミュニケーションを取ります。それは「心理的に安全」であると感じ、懸念を提起したり問題を指摘したりすることが十分に価値があり、恐れずに言って良いとメンバーが感じるからです。
チームのコミュニケーションは、チームのすべてのメンバーの知識、感情、洞察を尊重する必要があることは明らかです。
⑥特徴のあるグループとのコミュニケーション
子どもや若者、話し言葉の英語を理解できない人(例:英語が話せない人、聴覚障害、学習障害、認知障害など)や苦しんでいる人、精神疾患がある人などのグループとのコミュニケーションには、通常よりも注意が必要です。このような特徴のある患者とコミュニケーションをとるためには病院のパスポート(名前、民族、宗教などの患者に関する基本的な詳細と、患者や介護者が「やりたいことや話したいこと」をリストできるセクションがある。また、写真、ポイントボード、読みやすい文書などの理解に役立つ「コミュニケーション方法」に関するセクションも含まれている)を作ることを推奨します。
結論:これらの6つのドメインは、安全なコミュニケーションのいくつかの側面を確認し、情報交換を超えた医療コミュニケーションの理解を拡大し、一般的なケア環境の質、聴力、対人関係を追求する関係のダイナミクスを含んでいます。さらに、チームコミュニケーションの多次元性、および患者のユニークなグループとのコミュニケーションの特徴を強調しています。適切な条件を作成する上で組織のリーダーシップの重要な役割を認識し、安全性が重視されるコミュニケーションをするためにすべきことは、上記の各ドメインに対処し、スタッフをさらに理解する必要があります。3つのせめぎ合いに対処する必要があります。(1)良好なコミュニケーションの狭い定義(正確、関連する情報の交換)およびより広い定義(状況認識、感情を必要とする社会的、感情的、文化的行為)の間(2)理想的なコミュニケーションビジョン(冷静、プライベート、中断なし)と、NHSで話されたコミュニケーションが行われる実際の、そしてしばしば準最適な状況の間(3)ツール、テクノロジー、チェックリストによってサポートされる構造化、スクリプト化、標準化されたアプローチと、複雑な状況の中で働く個々の臨床医の適応性、創造性、コミットメントを称賛しサポートするアプローチの間。
会話によるコミュニケーションを改善するという挑戦は簡単ではありません。少なくとも、このような改善には、ケアの複雑さのレベルの上昇を管理するための専門家の学習能力と反射能力の強化に役立つ行動的介入が必要になります。

【開催日】2020年3月4日(水)

儀式としての身体診察

-文献名-
Costanzo, Cari, and Abraham Verghese. “The physical examination as ritual: social sciences and embodiment in the context of the physical examination.” Medical Clinics 102.3 (2018): 425-431.

-要約-
Introduction:
検査技術の発達により、身体診察は軽視されている潮流にあり、診察時の見逃しによる不必要であった医療過誤に対するコストも指摘されている。身体診察は医師患者関係を維持するものとしての位置付けもあるが、これについての研究は乏しい。しかし患者の不満として「私の主治医は触ってすらくれなかった」と言った事はよく話題になる。

医学と社会科学における身体診察
2016年に身体診察と医師患者関係のレビュー文献があるが、その肯定的な評価については質的研究結果よりもむしろ持論を元にしたものが殆どであった。またエスノグラフィーによる報告では、身体診察はむしろ侵襲的であるという否定的な評価であった。

Embodiment:
身体とは、mind/bodyの2つから成り立つのではなく、歴史・文化・政治的力も不可分であるという考え方。個人の歴史だけではなく、社会や政治背景が身体的な差異に対してプラスやマイナスの評価を与え位置付けている事も含まれる(例:植民地政策における皮膚の色によるヒエラルキー)。

儀式としての身体診察
筆者の考える儀式性)
a.特異で象徴的な場所で身体診察は行われる(診察室は非日常的な空間である)
b.聴診器や打腱器など象徴的な道具が用いられる
c.上記場所や道具を用いた独自性や実践は、普遍的である
衣服を脱いだり、触ったりすることを許容することは、患者本人が脆弱性を示す(患者役割を身にまといそれを保持したい事を暗に意味している)ことであり、臨床医が注意深く思いやりを持って身体診察に取り組むことが強く求められている。

プラセボ効果と身体診察
well-administered身体診察はinferior身体診察と比べて、患者の気持ちを安らかにさせて、神経生物学的効果が、研究されている。

診療の喜びと身体診察の意味
臨床医の燃え尽き予防として、身体診察のような医師患者関係を強めるプロセスになるような儀式を意識する事も1つであろう。

【開催日】2020年3月11日(水)

TV会議や電話による診察と直接面談による診察の内容と質の比較

-文献名-
Victoria Hammersley, et al. Comparing the content and quality of video, telephone, and face-to-face consultation: a non-randomised, quasi—experimental, exploratory study in UK primary care. BJGP. 2019; DOI:

-要約-
【背景,イントロダクション】
英国のプライマリ・ケア現場では直接面談による診察(face to face consultation,以下FTFC)の代替/補完として電話による診察(telephone consultation,以下TC)の利用が広がっており,働く人や家事で忙しい人にとって時間の節約とプライマリ・ケアサービスへのアクセス改善に役立っている.一方ではTCは時間が短く,扱われる健康問題の幅が狭く,十分な情報収集やアドバイス,ラポール形成が難しく,比較的単純な診察においてのみ有用であり,余り安全ではないとする研究もあり,全身状態や非言語コミュニケーションなど視覚的な情報が欠落することも指摘されている.インターネットを利用したTV会議(video consultation,以下VC)はこういった課題を解決し,身体所見を必要としないある種の診察においては有用かも知れないことから,NHS(National Health Service)がVCの利用可能性について言及している.
【目的】
スコットランドでパイロットとして使用されているAttend Anywhereと呼ばれるVCのシステムを用いて,プライマリ・ケアの診療における医師や患者の受け入れの良さ,VCがFTFCやTCとどのように異なるのかを探索する.
【セッティング】
スコットランドのGeneral Practice(GP)のクリニック.
【方法】
GPクリニックで診療を受け,フォローアップの必要な患者にフォローアップの方法としてVC,TC,FTFCの3つから選択してもらった.診察は録音されその内容と質を分析した.また,診察後,医師(GP)と患者双方にアンケート調査を行った.VCの流れはFigure2 .診察の内容と質の分析に用いられた指標はBox.1.

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【結果】
13名のGP(男性8名),162名(FTFC 54名,TC 56名,VC52名)が参加.データを全て収集できた患者は149名.
・ 患者特性
VCを選択した患者は相対的に若く平均42歳(TC 54.3歳,FTFC 52.3歳).VCを選択した患者は女性の方が多かった(54%.FTFC 39%,TC 55%).英国の白人が大部分を占めた(87%).FTFCを選択した患者は過去1年間でより診察の回数が多かった(中央値10回.TC 6回,VC 5回).
VCの患者でスマートフォンを利用したのが49%,PCを利用したのが35%であった.
・ 技術的な障壁
WiFi環境整備,GPのAttend Anywhere利用への習熟などが障壁となったが,3名の患者しか「VCは有用ではない」と回答しなかった.診察を他の方法に切り替えた患者が複数名いた(詳細は原著).
・ 患者アンケート(Table2,3)
全体的に患者のかかえるプロブレムがよく取り扱われ有用であったが,FTFCの患者が「very good」と回答する頻度が高かった.
・ GPアンケート
患者のプロブレムをマネジメントするために非常に有用(very useful)と回答したGPは FTFCで86%,TCで78%,VCで65%.VCを利用したGPの10%が「VCを再び診察に用いたいと思うか?」の問いに「思わない」と回答した.その理由の多くが技術的な問題であった.
・ 診察内容と質に関する分析(Table5,Table6)
全般的にVC,TCではFTFCと比較すると取り扱われた健康問題が少なかった(VC 1.5,TC 1.8,FTFC 2.1).
FTFCはより時間が長かった(VC 5.94分,TC 5.56分,FTFC 9.61分).
全般的にRCGPの指標による診療の質評価はほぼ同様であった.VCとTCではFTFCに比較して「patient’s own health understanding」「Places problems into psychosocial context」の2項目が低い結果であった.生活習慣へのアドバイスを与える頻度はFTFCの方がより高かった.RIASの指標による分析では是パン的にFTFCの方が患者教育とカウンセリングに時間が割かれており,患者が提供する情報が多かった.VCとTCの間に差はなかった.

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【結論】
VCはTCと同様,扱われる健康問題はFTFCと比較すると少なく診察時間も短かった.診察の内容,質に於いてもFTFCがより豊かな診療であった.患者経験においてもFTFCの方が良好であった.VCは主に若く,ITになじみのある人に選択され,普段は診察を受ける頻度の少ない人が選択した.患者の価値感が利便性にある場合,身体診察が不要な場合,VCにはアドバンテージがあるだろう.

【開催日】2019年12月11日(水)

プライマリケアにおけるタイムマネージメント:「時間がない」のはホント?

―文献名―
Tanner J Caverly, Rodney A Hayward, James F Burke
Much to do with nothing: microsimulation study on time management in primary care
BMJ 2018;363:k4983 | doi: 10.1136/bmj.k4983

―要約―
【目的】『総合診療医は決断の共有や予防医学に割く時間がない』という主張の信頼性を調査する
【デザイン】Monte Carlo microsimulation study
【セッティング】米国のプライマリ・ケア
【参加者】National Health and Nutrition Examination Surveyから導き出された、米国の年間労働時間と
患者パネルサイズ(2000人の患者)を代表する1000人の総合診療医
【主要アウトカム】予防的介入において決断を共有する際に、必要な時間と実際に利用可能な時間
(prevention-time-space-deficit)
【結果】総合診療医は平日、予防的ケアを話し合う時間を平均29分有する(各受診者には2分少々のみ)が、
彼らは予防に関する決断の共有を全て終わらせるのに6.1時間必要である。全ての参加者は
prevention-time-space-deficit(平均5.6時間の欠如)を経験している。しかし、この時間の欠如は
個人的な時間を減らして仕事にシフトすれば簡単に克服しうる。例えば、入浴の頻度を1日おきに減らす、
彼らのことをあまり好きでない年長の子供達との時間を削る、などである。
【結論】この研究では、総合診療医が個別のケアのための価値ある時間を浪費しているという疑惑を確認している。
プライマリ・ケアの権力者は、ひとたびこの個人的な時間の多さについて情報提供されたなら、総合診療医が
個人的な時間をもっと臨床的な需要へ再分配することを説得する方法を試し始めることが出来るだろう。

【開催日】2018年12月19日(水)

急性期小児疾患における意志決定

―文献名―
‘So why didn’t you think this baby was ill?’ Decision-making in acute paediatrics.
Arch Dis Child Educ Pract Ed. 2018 Mar 1. pii: edpract-2017-313199. doi: 10.1136/archdischild-2017-313199.

―要約―
Introduction:
小児の急性疾患の診療の核については不明な点が多いです。重篤な疾患に出会う確率は低いですが、見逃すと致命的となります。今まで有効なバイオマーカーとスコアリングシステムの探索を行っていたにも関わらず、小児の重篤な疾患を鑑別するための診断ツールに大きな変革はありません。
詳しく調べるか、経過観察するか、治療するかの判断は医師の経験に基ついています。
不要な入院を防ぎ、安全にかつ効果的に子供たちに介入する意思決定はどのように作られるか?
この記事では小児急性疾患における意思決定のアートと化学について臨床医と教育者が無意識に
使っているプロセスを理解し、概念化させることを目的とします。
A common problem:遭遇する可能性は低いが、重篤な急性疾患の鑑別は重要である。急性小児疾患の見逃しは責任が大きいにも関わらず、診断のプロセスを複雑にする4つの要因があります。
1小児生理学の性質:小児の生理学的評価(バイタル)は複雑です。バイタルの基準値が設定され、それを知っていることは重要です。しかし専門家の意見に基つかれて作成されているため正常範囲内に異常な子供が含まれていることも多々あります。つまり基準値は普段の状態や診察内容などの他の一連の流れも含めた傾向が確立された際に有用となるものです。これは流れが確認出来ない可能性があるプライマリケア医、救急医には困難なことがあります。
大事なのは病気の全体の程度を裏つけるためにバイタルを利用することです。
2コミュニケーションの多様性:小児の診療で重要なのは病歴です。ここで注意として、病歴を保護者から聞く際に、保護者の不安(主観)によって、プレゼンテーションが強く影響することを知っておく必要があります。
また検査、診察の難しさもあります。(例:4歳児の脳波の検査が正しいのか?2歳児の腹部診察での号泣の意味など)。どの情報を取り入れるか理解するためには経験が必要です。また、意思決定に関しては患者のプレゼンテーション
を分析し統合的に判断する必要があり、その際には「リスク」についても適切に説明されなければなりません。
病気の診断に関しては医師の努力が依然に必要ではあるが、意思決定を行う際の最適な方法については今後決められるべきである。
3臨床医の経験則:ヒューリスティックは完璧ではないが、十分に実用的な問題解決アプローチです。経験豊富な臨床医が膨大な病歴と検査から得られた情報を融合させて無意識に行います(table1)。トラップを回避するためには直観的思考よりも分析的思考が重要ですが、緊張性気胸のように直観的思考が必要な場合もあるし、分析的思考が過度だと親に混乱を与えてしまう可能性があります。この中でバイアスに対する1つの対策がベイズの定理の適用です(figure1).事前確率を見積もり、検査を行い、検査後確率から診断に至る方法です。
4外的因子の影響:医師と保護者の病気に対するアジェンダが異なることが多々あります(table2)。例えば頭部外傷では親は被曝のリスクから子供を守るよりもCTスキャンをとることを優先することがあります。また、有熱者では安全に帰すために髄膜炎を否定する医師と咳を治して欲しい保護者のようなアジェンダのズレも影響しています。
病気の発生の影響:小児における一貫した課題は重大疾患になる確率が低いことです。医師は安心のために過度に検査をするか直観に基つくのかに直面します。有病率が非常に低い疾患で所見がない場合は検査の意義は低い一方で、特定のプレゼンテーションを持つ疾患では検査の意義は高い。小児の診断決定ツールはあまり有でない。英国で使用されているNICEの有熱のガイドラインは感度、特異度ともに乏しい。頭部外傷ガイドラインは感度を犠牲にすることなく特異性を達成した稀なツールである。疾患の発症は年齢でも異なる。例えばアトピー性の喘息は5歳未満では稀であり、3歳の子供の喘鳴の再発はウイルスに起因するものと誰もが考えるだろう。しかし年齢が変わるとその確率も変化してくる。喘息のリスク因子として確定したものもなく最近の英国呼吸器学会でもアトピーの家族歴は貧弱な指標と示しています。
まれな疾患と一般的な疾患を区別するための明確なツールはなく、一般的な疾患の方が明らかに多い。稀な疾患のネガティブを証明できないことは小児診療の意思決定における最大の課題の1つです。
上級意思決定と直観の利用:小児急性疾患の診断は、テストや意思決定ツールに頼ることが出来ないので上級意思決定への道をガイドラインは示しています。上級意思決定とは子供を安全で正確な臨床評価を受けるプロセスである。仮説を確認するか否か検証するテスト(hypothetic-deductive technique)やベイズの定理のような教育的、数学的アプローチに沿うことは、正しいという本来の感覚です。このゲシュタルト(どちらにもとれる感覚)と直観の両者の利用は上級意思決定の中核的な実践です。スクリーニングツールは未経験者を助けるが、すべての患者に適応するものでもない。臨床的な直観を発達させる能力は、患者経験が最も大事である一方でフィードバックプロセスやエラーから学ぶことも重要である。その教育戦略についてbox1に記載があります。子供を見る臨床医の間では多くの暗黙の知識が存在します。これはエビデンスベースの外にあり、ガイドラインには含まれません。デルファイ法(熟練の意見を集約する)などのツールを使用することで知識を有効な方法で抽出することが可能になります。
これによって患者経験から生まれる重要な要素が明らかになる可能性があります。これは今までグレーの領域を解明するかもしれない。経験から生まれる大規模なコンセンサス・オピニオンの発表は意思決定プロセスの重要な要素の開発に大きく関わるだろう。
結論:小児診療の意思決定はいくつかの要因によって影響されます。子供/親に依存するもの、臨床医に依存するものがあります。認知バイアスを意識し上級意思決定者へのアクセスを行い、臨床実践における直観の役割を理解することは急性小児科診療の転機を改善する上で重要です。医師は最良の決定を行うために可能な限り公表されたエビデンスを利用すべきです。暗黙の知識の開発と適応は、現在は理解不十分な部分ではあるが、意思決定における最も重要な要素の1つとなる可能性がある領域です。

【開催日】2018年12月19日(水)