プライマリ・ケアにおける適正なパネルサイズは,チームへの権限委譲のあり方によってどう変化するか?

-文献名-
Altschuler J, Margolius D, Bodenheimer T, Grumbach K. Estimating a reasonable patient panel size for primary care physicians with team-based task delegation. Ann Fam Med. 2012 Sep-Oct;10(5):396-400.

-この文献を選んだ背景-
 プライマリ・ケア医は周辺の地域住民をケアの対象とするが、外来患者数が多いと診療の質が落ちることも懸念され、どの程度の患者数が適正なキャパシティなのかを把握しておく必要がある。また、外来患者数が多い場合は、どういった形なら診療の質を落とすことなく対応可能なのかについての知見が必要である。この度、以上の内容に一つの見解を示すような研究を発見したので、紹介する。

-要約-
目的:
 プライマリ・ケア医が少ない地域では、過剰なパネルサイズの患者に対応しなければならない。この研究では、プライマリ・ケア医が擁する医師以外のスタッフへの業務委譲の仕方に応じて、適切なパネルサイズがどのように変化するかを推定する。
方法:
 プライマリ・ケア医が2,500人のパネルサイズの集団に対して予防、慢性のケア、急性のケアを提供した場合に要する時間に関する先行研究を用い、これらのケアの一部を非医師のスタッフに業務委譲した場合に適切なパネルサイズがどのように変化するのかをモデル化した。
結果:
 業務委譲の程度に関して3つの仮定(予防/慢性ケア:77%/47%、60%/30%、50%/25%)を用いたところ、プライマリ・ケアチームが適切にケアできるパネルサイズはそれぞれ1,947人、1,523人、1,387人と推定された。
結論:
 非医師に予防と慢性ケアの一部を委譲することができれば、プライマリ・ケアにおいて推奨される予防と慢性ケアを、業務遂行力に応じた適切なパネルサイズに提供することができる。

【要旨】
(導入)
●先行研究によると、2,500人のパネルサイズに対して必要な予防、急性ケア、慢性ケアを提供しようとした場合、一人のプライマリ・ケア医は1日に
 21.7時間業務しなければならない。アメリカの平均的なパネルサイズは2,300人である。55%の患者しか、適切な予防、急性ケア、慢性ケアを
 受けていない。
●パネルサイズを小さくすれば適切なケアが提供できるようになるが、その方針でうまくやれるほどアメリカには十分なプライマリ・ケア医がいない。
●非医師やICTを活用したチームモデルを適用すれば、医師の業務量を押さえたまま、推奨されるケアを、適切なパネルサイズに提供することが
 できるようになる。
(方法)
予防・急性ケア・慢性ケアに要する時間の推定
●Duke大学の研究によると、USPSTFのGrade AとBの予防を2,500人のパネルサイズに提供しようとすると、年間1,773時間必要となる。
●同様のパネルサイズに、10のコモンな慢性疾患への対応、かつ5つの疾患には適切なコントロールがなされている状態を達成しようとすると、
 2,484時間必要となる。
●同じく急性期ケアには888時間必要となる。
委譲可能な時間の推定
●予防に関するルーチンのカウンセリングの全てと、予防接種、化学的予防の説明以外の部分を非医師に委譲すると、プライマリ・ケア医師が予防に
 費やす時間の77%を節約できる。
●10のコモンな慢性疾患のうち、1/3はコントロール良好、2/3はコントロール不良とすると、委譲によりプライマリ・ケア医が慢性ケアに費やす時間は
 前者で75%、後者で33%節約でき、計47%の時間を節約できる。
●この予防77%/慢性ケア47%の委譲をモデル1とする。これが最大限の委譲と仮定して、より穏やかなモデル2(予防60%/慢性ケア30%)、
 モデル3(予防50%/慢性ケア25%)も作成した。
パネルサイズの計算
●AAFP(American Academy of Family Physicians)の推定によると、家庭医は年間2,025時間働いている。これを患者一人当たりに予防・慢性ケア・
 急性ケアを提供するために、年間必要になる時間数の合計で割り、適切に診療できるパネルサイズを計算した。また、それぞれのモデルによる
 パネルサイズの変化を調べた。
(結果)
●プライマリ・ケア医が年間2,025時間時間働くとすると、委譲なしで適切な予防・慢性ケア・急性ケアを提供できるパネルサイズは983人となった。
 同様に、モデル1は1,947人、モデル2は1,523人、モデル3は1,387人となった。
加藤先生図

(議論)
●この推定は、なぜプライマリ・ケア医が日々の診療に圧倒される感覚を抱くのか、なぜ慢性ケアの治療指標を達成できない患者が多いのかを説明する
 材料と考えられる。今回のパネルサイズは、他の実際の報告の内容とも合致している。
●限界について。慢性ケアについては10の慢性ケアに要する時間しか検討しておらず、委譲で節約できる時間もタイムスタディに基づくものではない。
 非医師の訓練時間を組み込んでいない。また、プライマリ・ケアの診療は多様性に富むので、一人に要する時間は様々であることが反映されて
 いない。
●医師、ケアチーム、患者の3つの関係性の変化が、プライマリ・ケアの現場で起きている大きなパラダイムシフトである。
●プライマリ・ケア医が少なく、過剰なパネルサイズへの対応を求められる現場では、医師のみによるケアからチームによるケアへの移行が
 求められる。

-考察とディスカッション-
この研究の結果を日本の環境に合わせると、月に1回ケアすべき対象がクリニックを受診するという仮定を置き、稼働日数を21日/月とした場合、従来のケアモデルでは50人/日、モデル1では90人/日、モデル2では75人/日、モデル3では65人/日が、適切なパネルサイズということになる。

ディスカッション)
 1.この数字は皆さんの診療の感覚と一致していますか?
 2.この数以上の診療をしているサイトでは、どの程度の委譲を実践していますか?委譲するにあたって、どのようなルールづくり、訓練などを
  行っていますか?
 3.この数以下の診療をしているが手一杯のサイトでは、手一杯になっている原因はどこにありますか?

【開催日】
 2016年8月3日(水)