金銭的インセンティブは会社の業績を上げるか?

― 文献名 ―
 ジェフリー・フェファー.ロバート・I・サットン.「事実に基づいた経営」.155-190.東洋経済新報社.2006.

― この文献を選んだ背景 ―
  先日のFMS-EoでのHCFMを高機能組織とするためのハード面整備の議論の中で,人事考課の話題が言及された.医療の分野では人事考課という考え方について,どのような判断材料をもっているべきなのか.この点についての組織知を拡張したいと考え本文献を選択した.

― 要約 ―

【事例の紹介】
(事例の要約)「金銭的インセンティブは,単純で,明確で,誰もが納得し,ズルができない指標があって,どんなやり方をしてもその指標を上げることだけを考えればよい」という局面でこそ有効である.
1.サフェリテ・グラスの実践(アメリカの自動車用ガラスの最大手)
 金銭的インセンティブシステムで44%生産性が向上した.サファリテのいくつかの特徴はインセンティブシステム成功の重要な鍵と思われる.ⅰ)仕事は定型の作業として覚えることができ,独立して作業できる.チームワークは必要なく,個人ベースのインセンティブでチームワークが損なわれることはなかった.ⅱ)品質をモニターすることが容易であったため,従業員は仕事の質を犠牲にして早さを求める分けにはいかなかった.ⅲ)従業員のゴールは単純明快で一元的だった.ガラスを落とさないように気をつけながら,できるだけ早く組み込めばよかったのである.「出来高が簡単に測れ,品質の問題もすぐわかり,誰がやったか明確」ということが,個人のインセンティブを使うのに適していた.インセンティブシステムの失敗は,インセンティブが機能しなかったのではなく,機能しすぎた場合が多い.

2.ゴミ回収ドライバーにインセンティブシステム導入(ニューメキシコ市アルバカーキ市)
 「5時間で回収を終わったドライバーは,5時間分の時給と,3時間分のインセンティブ報酬を受け取ることができる」というもの.結果は,2002年に最もインセンティブ報酬を受け取った24人のドライバーのうち,15人は埋め立て場にいつも重量制限をこえたトラックで現れていた.また,気をつけていれば予防可能な事故が頻発するようになった.予想外の結果として,「安全性の低下,オペレーションコスト,法的責任,顧客不満の上昇」が認められた.

【金銭的インセンティブが行うこと】
1.インセンティブによる動機付け効果
 やる気が高まったとしても,上がるのは努力量であって,少なくとも短期的には能力まで向上するわけではない.努力量を上げさせようとする仕組みは,基本的に努力をすればするほど良い結果が得られることを前提としている.この仕組みは従業員がどうしたら仕事を効果的にできるかが分かっており,会社の仕組みや技術が業績の本当の問題ではない時に初めて機能する.
 金銭をやる気の源泉にする仕組みは,仕事の成果は個人次第であり,個人の行動が組織の業績につながることを前提としている.しかし,ある電力会社の幹部は報酬が会社の業績とリンクしていたのだが,電力会社のコストや単価は気温で決まり,フロリダの夏はあつければあついほど電力が消費された.この幹部はフロリダにやってきた夏に報酬が大幅アップした.彼は「フロリダの気候をコントロールできるならインセンティブシステムは有効だろう」と皮肉を漏らしていた.このように,もし業績が社員のせいでなかったり,社員の努力が業績につながらなかったりというように前提が成り立たなければ,金銭的インセンティブによってやる気が上がったとしても,業績には何の結果ももたらさないし,もたらしようがない.逆に,金銭的インセンティブを目指して一生懸命働いたのに,結果が出ないのを見た社員は,逆に欲求不満となりやる気をなくす.

2.社員に組織の価値感を示す情報効果
 社員は評価制度をみて経営が何を本当に重要と考えているのかを知る.インセンティブによって行動が協力にコントロールできるという面ではよいのだが,経営層がその行動の意味するところや,微妙な影響をよく理解していなければ裏目に出る.問題は,企業のビジネスモデルが,1つか2つの行動だけが重要だというような大変シンプルなものでない限り,典型的な金銭的インセンティブは何が重要かを伝えるには,単純すぎる限られたツールであるということだ.かといって,複数の基準があるインセンティブシステムは,複雑すぎて行動をうまくコントロールできない.個人の成績が複数の相互に絡み合った面を持ち,組織の業績を上げるために知恵と判断が必要な場合には,単純なシグナルは往々にして間違う.例え仕事が複雑でないとしても,社員がどのようにして目標を達成するか,すべての可能性を考えることは不可能である.仮にそれができたとしても,長くて分かりにくいルールや条件のリストができ,システムはあちこちが抜けて機能しなくなる.

3.正しい人材をひきつけ,間違った人材を排除する選別効果
 同僚と競争して勝つことに興味を感じる人材は,高い業績が高い報酬に繋がる会社を選ぶ.しかし,自社のインセンティブシステムにひかれて応募してきた者が本当に採りたかった人材かどうか別問題である.「金に釣られて入社する奴は,金に釣られて辞める」(タンデム・コンピュータ 元CEO トレイビッグ).また,インセンティブシステムは報酬格差を生むが,これは人間関係を壊すかもしれない.報酬や評価に格差をつけることは,成績が客観的に測定でき,かつ成績が共同作業でなく個人だけの努力の結果であるときに意味がある.正しい人材は必要な協力を行うべきであるという考えに基づけば,ちょっとした協力が不可欠な仕事の場では報酬格差はほとんどいつもマイナスの影響を与える.大学教員の調査では,学部内の給料の格差は,仕事の満足度の低下,協力の低下,研究生産性の低下に繋がっているとの結果もでている.29チーム,延べ1500人のプロ野球選手の調査では,基本給,過去の成績,年齢,経験の全てを勘案しても,選手間の格差が大きいチームほど選手の成績が悪いことが分かっており,格差の大きいチームほど勝率が低い.野球はメンバー間の調整や協力が比較的少ないにも関わらずである.

全ての組織でこの3つのメカニズムが働いている.しかし同時に,動機付け,情報を与え,ひきつけようとした社員に対して,予想外に業績を下げる効果が働くことも多い.金銭的インセンティブが業績を上げるというのは,危険な「半分だけ正しい」常識である.間違った報酬システムは,社員が「自分は公平に扱われているか」「組織が自分を本当に大切に考えているか」を理解するシグナルとなることを考えると,大変危険である.

― 考察とディスカッション ―

 医療には,①多職種による協力が不可欠,②目指すべき目標が複数あり複雑(経営指標,患者の健康,安全性,倫理的要素など),③これらにおいてやる気と目標指標達成の間に直線関係が必ずしも成立しない,④各職種の業務量が単純に医療機関の売り上げにつながるという関係にない,などの特徴がある.インセンティブシステムが人間関係を壊し,間違った行為(非倫理的,コンプライアンス低下)を誘発するリスクについて,十分検討しておかなければならないだろう.また,インセンティブシステムを各職種に適用しても医療機関の売り上げに直接結びつく構造にないため(i.e.診療報酬は医師の医療行為によって規定されているし,患者の動員は外部環境にも依存する),システムの原資を獲得する土台がないことにも留意が必要である.

開催日:平成26年2月19日












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