目標設定という「未知の領域」:プライマリ・ケア診療における多疾患併存患者との新たな相互交流活動を調整する

-文献名-
J Murdoch et al. The “unknown territory” of goal-setting: Negotiating a novel interactional activity within primary care doctor-patient consultations for patients with multiple chronic conditions. Social Science & Medicine. 2020

-要約-
背景:
目標設定は、複数の慢性疾患を持つ患者を支援するにあたって広く推奨されている。その実践のためには、診療においてこれまでとは異なる’proactive approach’を用いる必要がある。その中では医師と患者が共同作業を行い、患者の中での優先順位・価値・望むアウトカムを目標設定の材料として確認しなければならない。そうなった時に、医師と患者は共に、例えば様々な情報からの目標抽出(elicitation)、目標設定、行動計画、などのような古典的な診療におけるやり取りとは大きく離れた活動を行う必要が出てくる。
つまり、目標設定(という出来事)は、診療の中に、不平等が引き起こされうる、不確実な相互交流の場を作り出すとみなすことができる。例えば、どんな種類の会話が起こっているのか、医師と患者の役割、患者の目標設定に際しての優先事項が実際にどう目標に組み込まれうるのかについての目線や期待についての不平等が起こりうる。そのような場を分析することによって、目標設定という原則論が診療の中でどのように実現されているのかを明らかにできる可能性がある。
方法:
 Goffmanが提唱した”フレーム”(注1)という概念に着目して、医師と患者が元々もっている目標設定に対する意味付けが、診療中のやり取りをどのように引き起こすのかを調査した。別のクラスターランダム化比較試験 (https://bmjopen.bmj.com/content/9/6/e025332:複数疾患合併患者における目標設定を重視した診療の実行可能性を検討した研究)に参加した診療所のうち、3つの診療所において、介入群となった22の複数の慢性疾患を抱える患者とGPの診療をビデオにて撮影し、Interactional sociolinguistics(相互作用社会言語学?)を踏まえた会話分析を用いて分析した。
(元の研究は、UKにおける6つのGP診療所で、対象患者はその診療所に通院している患者のうち入院リスクが上位2%に入る者で、かつ認知症や急性の精神病などの理由で目標設定の会話が困難だとGPが判断した場合は除外された。また、介入にあたって、GPは目標設定について3時間の患者中心アプローチの面接技法について訓練を受け、SMARTゴールなどの考え方を教育されていた。更には患者側もA4 3ページの目標設定シートを渡され、診療前に自分なりに目標を3つ考えて来るよう説明を受けた上で診察を開始している。参加した患者は平均して5つの慢性の健康問題を持っており、診療は概ね20分程度だった。)
分析は、録画した映像をJeffersonの会話分析の体型に基づいて非言語も含めて逐語録を作成し、診療中の言語・非言語的な行動から、GPおよび患者が診療中の活動に対して持っているFrameの顕れ(Evidence)を探索し、それがその後の目標設定にどのようにつながっていくのかに焦点を当てて行った。(注2) まずは診療全体の大まかな構造を記述し、そこから逸脱した事例を分析することでコミュニケーションの複雑さを探索した。
結果
以下の3つの大きなパターンが見出された。
1.GPによる患者による診療へのフレームの確認および診療が目標設定をする場であるというフレームに近づけようとする試み
1.1患者が既に明確な目標を持って診察に入った場合:タスクが順序よく行われていく、というストレートなものだった。
1.2患者が事前に明確な目標を準備していなかった場合:患者が目標を設定していないあるいは診療がそういう場であるという理解を持っていない場合に、GPはそもそもの診療を行う理由や個別性の高いケア、なぜ目標設定をするのか、そしてそのためにはどのようなコミュニケーションが必要なのか、ということそのものを診療が始まる前に様々な方法で働きかけていた。

2.目標というものに対する患者のフレームに対するGPの積極的なすり合わせ(aligning)
2.1患者が設定した目標にGPが合わせる:診療の中でGPがwhat matters to youと尋ねること自体が、どの問題や目標が診療の中で扱われるのが正当なのか、に干渉する強力な影響を持っていた。しかし、その後のGPの反応は、患者がどんな問題や目標を持ち出すかや、その後に続く相互作用に依存していた。
2.2患者が設定した目標にGPが、医学の権威を用いてnegotiateする
 例えば、患者が設定した目標について、GPは単純に従うというやり方を取らない例もあった。その際に、診療の場にいない第三者の医学の権威やGP自身の臨床判断に見合ったものなのかを確認するようなやり取りを控えめに挟み込むことによって、(患者が持っている目標を提示してGPがそれに合わせるというlinearなプロセスから、より双方向的に調整が必要な場であるというフレームへ)診療という場に対するフレームの調整が行われていた。その挟み込みのやり方は、「患者に伺いを立てる(do you mindのように)」形態を取っていた。この背景には、潜在的に患者が持ち込んだアジェンダを却下しうる行いを始める時には、患者の許可を取らなければならないというフレームがあると見て取れた。この例では、医師が、診療における患者主導・患者中心、というフレームに合わせるのは、患者が設定した目標が医学的に許容範囲の中にあると判断してからであった。

3.GPによる患者の優先事項を測定可能な目標に落とし込もうとする試みに対する患者の受動的・積極的抵抗
 GPが患者の優先事項とのすり合わせに難渋し、患者が医師による目標設定のフレームに抵抗する事例も見られた。
3.1GPによる患者の目標のFramingに対する受動的抵抗:患者による抵抗は、”mm”や”yeah”を弱い調子で話すという「受動的抵抗」の形で表されていた。
3.2GPによる目標設定に対する患者の能動的抵抗から受動的抵抗への移行:時に患者は明確な提案や代替案を示すという「能動的な抵抗」を表現していた。GPはそうした状況では、かたや患者主導・患者中心であるべきという目標設定の原則、もう一方は臨床のエビデンスが決断に反映させられるべきという原則の間でジレンマに陥っていた。そうしたジレンマを表現しつつ、患者を(やや臨床側に)引き寄せようとするが、そこには受動的抵抗が続くという構図が見られた。

Discussion:今回の研究の限界、残された課題などを記載する。
・目標設定というタスクが診察の会話に織り込まれることで、既存のGPの診療中に行われる活動に対する慣習が保留され、どのような規則に則って振る舞えばよいのかがわからない”未知の領域”がたちあらわれていた。
・その結果、医師・患者間での目標設定に関するやり取りは、今何が行われているか?についての理解のすれ違いにさらされやすくなっていた。例えば、目標設定とは何について行うのか、どのような目標が正当なものなのか、目標は測定されるべきか、どうやって測定するべきか、そして診療中においてどんな医師・患者の言動がより正当なのか、といったことに対するスタンスの違いが見えやすくなっていた。
こうした難しさは、既存の研究で指摘されている他の診療領域における困難さ(患者が設定した目標よりも臨床上推奨される目標を優先してしまう、つまり、患者中心の原則を残ってしまう)と合致していた。
本研究は、生物医学的な効果的な慢性疾患の管理と予防、慣習的な医師患者関係、そして患者主導であるべきという目標設定という考え方の三つの間の緊張関係を具体的に示した典型例だと言える。この緊張関係の結果として、GPと患者には、相手の診療のフレームとの間での調整だけでなく、それより広いヘルスケアにおける言説との間での調整が求められていた。

このデータからは、目標設定の原則である、患者主導、患者中心、GPが協働スタンスを取る、という特徴を診療現場に落とし込むのは時に難しいことを示している。例えば、患者が診察が目標設定の場だという目線を持っていない場合は、GPがそういう目線に患者が合わせるように積極的に促したり、患者にとって切実かつGPが支援できそうな目標をGPが診療中に探し回るという試みを誘発する。
 患者が診療は目標設定の場だという目線を持っている場合であっても、GPの持つ目標とすり合わせできない、あるいは、臨床的に他の疾患の経過に悪影響を与える場合、GPは目標を患者主導・患者中心にするという原則を守るか、代替の目標を提示するかの間の岐路に立たされ、通常は後者を選択していた。また、患者が目標というよりは優先事項(元気でいる、などのように)しか準備していない場合は、GPはこの「診察の場は目標設定のためにある」というフレームで続けるのか、目標設定のフレームをやめて患者の相談に乗るだけにするのかを決める必要が出ていた。

目標設定という活動を診療の中に取り入れた場合、「患者の目標を達成する方略は、生物医学における個々の疾患への治療の視点の中で許容できるものでなければならない」という暗黙のルールが課されていた。この暗黙のルールを明示した上での調整や合意点の探索がなければ、目標設定という活動は難航し、患者の抵抗を生むといえる。
こうした抵抗は、古典的な医師患者関係における分断を反映している。(患者の目標とエビデンス/許容される医療実践/医師自身の経験の間に本質的にある緊張、さらにはより広いレベルで存在する「人口レベルのエビデンスを個別の患者に適用してよいのか」という倫理的な論争が医師患者の交流に持ち込まれている)
この分断の裏には、目標設定や患者中心性という理念の背景にある二元論が影響していると言えよう。つまり、患者に目標を選んでもらうためには、患者の価値観を確認するという行いが、ケアを実施するよりも「手前に」かつ「独立して」行われなければならない、という前提である。その結果、ケアを提供するとは全く異なる活動である、「目標設定」というものが診療から切り離されて、先行するものとして形作られ、人工的な順序関係を作ってしまうため、確認した価値を慢性疾患における治療を決める議論の中に埋め込むという難しいタスクに医師も患者も巻き込まれることになる。

強みと結論
・この研究によって、目標設定という原則を診療の中に埋め込もうとした時に、どのような難しさが生じるのかを示すことができた。
・今回の研究はRCTという人工的なセッティングの中ではあるが、中で起きたことは、医学の世界と生活世界が、目標設定という新たな活動の中でどのように関わり合うのかを示していると考える。
・目標設定において最終的に至った目標は、権力がどこにあるか、患者の優先事項はどのように理解されたか?についての調整を通り抜けた産物であるとみなすことができる。患者の優先順位がどう扱われるかは重要な鍵だが、そもそも患者は目標設定という活動に対してどんな理解を持っているのかを分析する必要がある。この研究では目標設定慣れしていない患者は、目標設定を診療の中で行おうとしても生活にとって意味のある目標は設定されにくいことを示していた。
 より根本的な懸念は、目標設定と患者中心性という理念の根幹にあるジレンマである。GPはどんな時に、患者の目標や優先事項を追求するというやり方をやめるのか、そして、ただ患者の懸念について、介入を行わず聞き続ける医師の価値は何か、そして、こういった視点はどうすれば、GPの技術と知識を慢性複数疾患の治療に展開する効率的なやり方を目指すというあり方と両立可能なのだろうか?

【開催日】2020年7月1日(水)