HCFMに生かせる「組織における幹部養成のコツ」

―文献名―
松尾睦.成長する管理職.東洋経済新報社 2013

―要約―
 この本でのマネジャーの定義とは「組織全体あるいは組織内の明確に区分できる一部分(部署)の業績について責任を持つ人物」。そのマネジャーに到るための「経験と能力のつながり」「経験の決定メカニズム」の調査を実施

 調査はある会社A社の部長・事業部長クラスのマネジャー914名を対象にした調査で、担当者時代・課長時代・部長時代それぞれにおいて「どのような経験から、いかなる能力を獲得してきたのか」「どのような目的で仕事に臨んだか」「上司からどのような支援を受けたか」の自由記載をしてもらい292名から回答を得た。同時にA社の人事部に回答したマネジャーのうち「優れた業務遂行能力を有し、特に高い成果を上げ続けてきたエース人材」を抽出してもらい、このエース人材の自由記述を基に質問表を作成。
作成された質問票を用いて再び上記の914名に調査を実施し、「どのような経験から、いかなる能力を獲得してきたのか」「どのような仕事で仕事に臨んだか」「上司からどのような支援を受けたか」について5段階の測定尺度を用いて回答を求め、315名から回答を得た。
A社の分析結果を検証するために、別の11社の課長クラスのマネジャー209名に同様の調査を実施し、全員から回答を得た。

<マネジャーの経験の分類> 1章
 マネジャーの仕事経験は「変革に参加した経験」「部門を超えて連携した経験」「部下を育成した経験」の3つに集約された。変革と連携は先行研究で指摘されている「発達的挑戦」と対応するものであったが、育成の経験はこの研究で指摘されたものである。また変革、連携、育成の経験をキャリア段階ごとに見て行くと育成の経験は増えるものの、変革の経験が少ないままであった。

<マネジャーの能力の分類> 2章
 上記の経験から、「目標共有力」「情報分析力」「事業実行力」3つの能力が抽出された。
 今回出たマネジャーの能力の類型は、ミンツバーグの「対人」「情報」「意思決定」の次元から説明出来るもので、その役割モデルとフィットしていた。
 また様々な考察から事業実行力(単なる意思決定や行動ではなく、事業活動において新しい価値を生みだす意思決定や行動)は目標共有力と情報分析力と密接に関連していたが、事業実行力は目標共有力や情報分析力と比べて獲得スコアが低かった。

<マネジャーはどのような経験からいかなる能力を獲得しているのか> 3章
 調査の結果、『部門を超えた連携、変革への参加、部下育成』という3つの経験が複合的に『情報分析力、目標共有力、事業実行力』という能力を高めていた。
 上記のうちで特に強い関係が見られていたのが『部門を超えた連携⇒情報分析力』『部下育成⇒目標量有力』『変革への参加⇒事業実行力』という対応であった。

<何がマネジャーの経験を決定するか> 4章
 「経験の決定メカニズム」では、『過去の経験、自身の持つ目標の性質、上司の支援』が経験に影響を与え、特に『過去の経験』が最も強く影響していた(経路依存性:path dependence)。
 つまり早い時期に上記の3つの経験を積んでおくほど、その度も同様の経験を積みやすくなる「経験の好循環」に入り、逆にこれらの循環に入れないと成長はしにくくなる。
 この循環に入るためには、挑戦や好奇心を重視する「学習志向の目標」と、新しい知識やスキルを獲得したいという「成果志向の目標」を持ち、上司の支援(特に通常は会うことが難しい社内外の上位者やキーパーソンと対話する機会)を得ることであった。マネジャーのもつ「学習志向の目標」は変革や連携の経験を促し、「成果志向の目標」が部下育成の経験を後押ししていた。

<マネジャーの成長メカニズム> 6章
 優れたマネジャーを育成するために情報系の学習(部門連携⇒情報分析力)、目標系の学習(部下育成⇒目標共有力)、実行系の学習(変革参加⇒事業実行力)の3つを連動させて積ませることが大切となる。
 また若いころから挑戦的な経験に身を投じることで「経験の好循環」に入ることができ、その後に経験する同じような挑戦的課題で更にその能力を成長させることが可能となる。
 経験の好循環に入るためには学習志向と成果志向の目標を両立し、社内外の上位者との対話機会を持つことが重要となる

―考察―
 情報系、目標系、実行系という経験学習の類型は面白かった。
 特に日本で少ないと言われている実行系(変革参加の経験⇒事業実行力)の経験をHCFMでどのように提供できるかを考えてみると、レジデントや一般スタッフの時代から変革活動に参加するチャンスを提供することがあげられる。
 経路依存性という考え方も印象的で、一度ある経験をするとその次にも類似の経験学習をする傾向があるという指摘は、マネジャーになってからの経験学習を意識化するのではなく、レジデントや一般スタッフの時から情報系、目標系、実行系の経験学習を意識したほうがいいという考えになった。
 おそらく目標系の学習は家庭医療専門医になる過程である程度担保はされているものの、実行系の学習と情報系の学習の両者は意図的に積まないと漏れ落ちるであろうと考えられた。
 また通常は会うことの難しい上位者との対話の機会が成長を後押しすると言う指摘からは、FMSのみならず、様々な機会で各サイト長や上級スタッフ、また日本の様々なリーダーと出会うチャンスを組織的に提供する必要性も感じた。

【開催日】
2015年5月20日(水)