地域包括ケアの社会理論

【文献名】

猪飼周平:地域包括ケアの社会理論への課題. 2010

【背景】

以前、山田(HCFM)を中心としたインタレストグループ『「地域・コミュニティをケアする」ためのガイドを作りたい!』にて紹介された文献であり、2012年3月14日に「地域包括ケア」のシンポジストを頼まれたことをきっかけに読んでみたところ、地域包括ケアの理論的背景としてかなり共感できる部分があったため、一読をお勧めしたくこの文献を選んだ。

【要約】

<背景>
  現在、「地域包括ケア」という言葉は、日本の保健・医療・福祉関係の間では、次代のヘルスケアシステムを指し示すものとして広まっている。しかし、それらの取り組みが、より大きな文脈においていかなる位置を占めているかという知識に欠けている。たとえば、様々な事例集はそれ自体として単なる道具的知識であり、それぞれの道具が何のための道具なのかも、道具を使って何を制作すべきかも、道具には指示されていない。
  社会理論は、これらの活動を社会の大きな文脈のどこに位置しているかを示す。そしてそれは、実践家に「現在地」を知らせる「地図」のような存在である。本稿はやがて本格的に構築されるべき地域包括ケアの社会理論のためのたたき台を提供することである。

<地域包括ケアを必然化する健康概念の転換>
  現在、ヘルスケアシステムにとっての目標概念である「健康」の常識が、過去と現在で転換が生じてきている。
過去の「健康」とは20世紀初頭に治療医学が発展することによって概念づけられた。そして、その「健康」とは医学的な意味において「病気ではないこと」を意味していた(「医学モデル」)。そのために「健康」を損ねた時の回復手段も医学的治療であり、社会のヘルスケアシステムも医学的に最も病気ではない状態の可能性を追求できるヘルスケアシステムとなった。
しかし、現在の「健康」は徐々に治療医学的な観点ではなく、QOLの高さによって定義されはじめてきた。つまり、「健康」になるためには健やかな生活がもたらされることが目標となってきたのである(「生活モデル」)。そのために、社会のヘルスケアシステムもQOLを向上させることが目標となるヘルスケアシステムに転換してきた。
そのため、今日的状況がヘルスケアへの「生活モデル」浸透の途中段階であると理解することを踏まえると、きたるヘルスケアシステムが地域性と包括性を帯びることが必要となってくる。

<地域包括ケアの特徴>
(1) 地域包括ケアシステムの両極性
  興味深いことに、治療医学の進歩が健康システムに与える影響は、健康概念の転換による影響と干渉しあうというより、補完的な関係にある。というのも、病院がもっぱら急性期患者に対応する傾向を強めていけば、濃厚な治療サービスを必要としない患者は急性期病院の外側(=在宅方向)に押し出されていくことになるが、それは患者を在宅方面に引っ張ろうとする包括ケアシステムの引力と基本的に同じ方向を向いているからである(それぞれの目的は異なっているが)。いずれにせよ、総じて地域包括ケアシステムの形成は、上記の両極における2つの磁場を軸に行われる。
(2) 目的を外部に依存するシステムとしての地域包括ケアシステム
 地域包括ケアシステムは、健康というヘルスケアシステムの目標の定義をシステムの外部に依存するシステムとなる。つまり、健康概念の定義が治療医学から生活の質に換していくことは、医療社会学が警戒してきた医師による患者に対する搾取(ex.医師-患者関係が患者にとって従属的な関係)、医療における社会に対する搾取の可能性の構図から解放されることを意味する。
 他方で、地域包括ケアシステムが生活の質に基づいて健康を定義するということは、強度に自己決定に依存するヘルスケアシステムになると考えられる。つまり、人々の「生存権」よりも「自由権」に基づくヘルスケアシステムとなり、望む、望まないにかかわらず、システム自体が人々に自己決定を要請することになる。
(3) 高級なヘルスケアシステムとしての地域包括ケアシステム
  地域社会では、施設ではカバーできないニーズに対応することが可能であるので単純には比較できないが、少なくとも、あえて効率性の低い場所でケアが展開されるという側面があることは否定できない。したがって、より大きな経済的・社会的コストの負担が発生することは否めないという特徴がある。

【開催日】
2012年3月14日












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