~影響力の原理~

【文献名】

Donald A. Redelmeier, Robert B. Cialdini. Problems for clinical judgement: 5. Principles of influence in medical practice. CMAJ 2002;166(13):1680-1684

医療における「影響力」の7要素-人はなぜ動かされるのか?- 広島大学病院 佐伯俊成




【要約】

心理学における基礎科学は特異的な自動反応(ingrained responses=しみついた反応)を同定した。その反応というのは人の性質の根本的な要素であり、一般的な影響の戦略(influence strategies)を裏打ちするもので、医療の現場において適応できるかもしれない。・人は受けた恩義にこたえようとする義務感を感じる。・少しばかり受け入れがたいお願いを先にすると、(それより条件の良い)要求はより魅力的になる。・一貫性のある活動への意欲というのはたとえ要求が過剰になっても続く。・人は不確実な状態に直面した時、周囲からの圧力(Peer Pressure)は極めて強いものとなる。・要求する人のイメージが要求それ自体の魅力に影響を与える。・権威は専門家としての力量以上の力を持っている。・機会はそれらが得られにくように見える時ほど、より価値あるように見える。これらの7つの反応は何十年も前に心理学の研究により発見され、ビジネスの世界で直観的に理解されているようであるが、医療の文脈ではめったに議論がされていない。臨床家はこれらの原理を意識することで、患者が自分の行動を変える手助けをし、社会における他の人々が時に患者の選択をどの様に変えるのかということを理解するための、一つのフレームワークを提供することが出来る。

【Basic theory:基本的原理】

患者は圧倒的な情報の中で生活しているので、たとえ関係のある出来ごとでも「思慮深い決断」を下すことはほぼ不可能である。これらをうまく処理するためには、患者は自動反応(ingrained responses)と呼ばれる理にかなった近道が頼りになる。人の論理的思考過程において、自動反応というのは大半の影響の戦略の根底にある基本的な経路である。これらの経路を意識することが、患者が習慣を変える手助けを試みるためのフレームワークを臨床家に提供する。(Table1)

【Reciprocation:返報】

他人がその人に提供したものと同様のやり方で報いようとすることである。

<医療における返報性>

患者を心地よくさせることのできる臨床家は、アドバイスをした際により真摯に受け止められる傾向があるようである。これはただ単に医者がより熱心に見えるだけでなく、患者が感謝されているように感じるからだと言われている。患者の都合による突然の予約のリクエストに同意したり、小さな町において有名な地域社会の指導者をサポートしたりするといったような、ちょっとした頼みに便宜を図る臨床家は、生活習慣の変化を提案する際に何らかの優位性を有している。たとえ救急という匿名の状況においてさえ、わずかな思いやりでホームレスが少し違った(好ましい)振る舞いをする原因となり得る。

【Concession:譲歩】

返報の特殊な形で、他の誰かが歩み寄りを申し出ると、その後に譲歩する義務を感じるというものである。

<医療における譲歩>

血圧コントロールに乗り気でない患者に対して、まず追加の物事を提案した後に、最初に血圧に集中すると同意が得られるかもしれない。大腸内視鏡のスクリーニングを拒否している患者はバリウム造影検査については議論してくれるかもしれない。ただし、患者の行動変容の段階に応じてカウンセリングをすることが必要不可欠である。

【Consistency:一貫性】

人はひとたび選び取ると、その制約を維持し続けようとする強い傾向を持つ。
一貫性とみなされる欲求はとても強い力をもっており、自分自身の興味に反しても行動し続ける結果となりうる。

<医療における一貫性>

臨床家は健康の選択を強化するため一貫性に関する患者の欲求をガイドすることが出来るかもしれない。強情な喫煙者に煙草の欠点を2つリストアップしてもらうよう頼むことが出来る。この小さな課題であれば受け入れてくれるだろう。リストを作ってしまうと、患者は次の受診までのもっとそのことについて話したくなっているかもしれない。そののちの受診では、患者は(喫煙を)止める議論をしたくなるかもしれない。

【Endorsement:保証、承認】

自分に関係している他人を真似することによって何が正しいかということを決める。何が正常な習慣を構成しているか決めようと試みている際には、順応に対する圧力というのは特に強く働く。

<医療における保証>

難しい医学的判断というのはしばしば規範へのアピールにより決められる、その中で患者は他人のあいだで何に人気があるかに注意がはらわれる。手術か放射線治療科を選ばなければならない肺癌の男性は、単純な「多くの患者が手術を受けます」という言葉がどんな医学的なデータよりも説得力があるかもしれない。新しい社会的な基盤を打ち立てることが出来るので、それゆえ臨床家は影響力をもっている。先手を打って思いやりを示すと、患者は気恥ずかしい情報を公開することに拍車がかかるのはなぜかということを、この「保証」が説明している。「多くの糖尿病の患者さんは性的不能になるのです、もしかしてあなたもそうじゃないですか?」

【Liking:好意】

自分が好意を持っている人から頼まれると人は了承しやすい。(ハロー効果)

<医療における好意>
 
開業医は尊敬される専門家のイメージがあるので、潜在的にビジネスマンより説得力がある存在になり得る。泣いている患者にティッシュを渡す開業医は人間味のある人に見えるだろう。親切で気さくな臨床家はより多くの患者の心遣いを扱うことが出来るかもしれない。血圧がよくなったことを褒める臨床家は患者がさらなる同意を得るのを力づけ、動機づけるだろう。人に好かれる臨床家は標準化された教材よりも同僚をより効果的に揺り動かすことができる。もちろん専門家は自身の魅力的なイメージを、患者の悪口を言うというような、間違った使用をしないようにしなければならない。

【Authority:権威】

人は権威者の命令に従うという深い義務感を持っている。

<医療における権威>

臨床家は権威であり、それにより権力を持っている。あるケースにおいては、その他の医者以外にはだれもその医者の判断を却下することはできない。アシスタントによるよりも医者によりアドバイスされた方がコンプライアンスは上昇する。具体的に患者の心配を尋ねることで、直接誤解を解消することが出来る。医者による一回の忠告だけで時に患者は禁煙をすることが出来ることがある。この権威への服従はエラーにつながる。たとえば看護師が医師の不適切なオーダーに疑問をさしはさまなかったり、政治的な力を持っている患者を不公平に優先したりする場合である。

【Scarcity:希少性】

まれという理由で機会が価値あるものと思える。

<医療における希少性>

臨床家は助言をより強力な物にするため希少性を思い起こさせるかもしれない。前置きのアドバイスにて「今日見た全ての患者の中であなたが一番心に残っています、なぜなら…」 このような差別化は、この後にどの様なアドバイスが来たとしても重みを与え、彼らの習慣を変えるよう動機づけられるかもしれない。色々な代替案を示されるより、一つの選択肢をしめされたとき、そのままの状態を差し控え、新たな選択を受け入れる傾向になぜあるかということを、この希少性の原理は説明する助けになる。特別な治療を受けているという認識が、なぜ心移植患者が従順であり続けるかということを説明しているかもしれない。

【まとめ】

自由社会において有能な大人の習慣を変えるにはコントロールするのではなく影響力を行使することが必要である。医学の全ての側面にいえることだが、影響力の戦略は狙ったケアによって良いものにも害にもなり得る。社会における力(forces in society)が既にこれらのテクニックを患者に対して使用しているのが現実である。患者が有益な選択をする手助けをするにはどのようにするかを意識することが、効果的なケアを提供するために臨床家に必要なスキルである。



【開催日】
2011年1月19日(水)












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