~平穏死のすすめ~

【文献名】
 石飛幸三: 「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか 講談社,2010.

【要約】
  90歳の認知症患者で、一般に誤嚥を防ぐために胃瘻の手術を勧めるが、本人は意思表示できず、家族も迷う。しかし、迷った挙句に「しなければいけないの では…」と胃瘻を選択。すると、そこからは毎日計算されたカロリーの栄養補給が行われるようになる。長年にわたり人生の苦難を乗り越えてきたのに、さらに 経管栄養を受け続けなければならない。しゃべれず、寝返りを打つことすらできない方は、どんな思いでいるのか。
 胃瘻を造設すると、時に内容物が逆流して誤嚥性肺炎となり、膀胱機能の衰えからたびたび尿路感染も起こしやすくなる。いったいなんのための栄養補給なのか。
 医師の責任は生かすことばかりでなく、どのように死を迎えさせるかにもある。
 例えば栄養補給。90歳を過ぎても点滴で1日当たり1,000kcalが投与されるが、しばしば食道への逆流が見られる。老いた体が死を迎える準備をしているため、栄養を必要としなくなってきている。元気な人ならば「今日は食べたくない」と言える。
 5年前に勤務し始めたころは、胃瘻や経鼻胃管の栄養補給が必要な人に、1日に平均1,000kcal,1,400mLの水分を入れていたが、今思えば多すぎ。そのせいで、肺炎の発生率が高かったと思う。量を減らしてからは、肺炎による死亡は3分の1程度に減少。
  104歳の女性では、心不全を疑ったので2年前に1,200kcal/1,400mLだった1日の経管栄養を800kcal/1,000mLに減らした。 家族は「別の病院で最低1,000kcalは必要と聞いた。少なすぎる」と言ったが、減らしたままにし、それでもあえぐ気配があり、さらに600kcal まで落とした。すると心不全の徴候がおさまり、笑顔が見られた。
 女性は2か月後に経管栄養注入後に嘔吐し,呼吸困難で病院搬送され,亡くなった。
  一般の人に対する医療は、看取りが必要な高齢者に当てはまらない。これまでの経験から、寝たきり高齢者には提唱されているエネルギー量よりはるかに少なく ても大丈夫ではないかと思うようになった。96歳で身長146cm,体重36kgの女性には通常計算で810kcalが必要とされるが、誤嚥を繰り返すた め600kcalに減らしても、元気な状態が1年以上続いている。
 認知症患者に対する胃瘻造設はその有用性をむしろ否定する論文も出ている。
 老衰のために限界が来て、徐々に食が細くなって、ついに眠って静かに最後を迎えようとしているのを、どうして揺り起こして、無理矢理食べなさいと口を開けさせることができるのか。もう寿命が来た。静かに眠らせてあげよう。これが自然というもの。これが平穏死。

【開催日】
2010年6月23日(水)