マダニ刺咬症によるライム病の予防

―文献名―
橋本 喜夫, 宮本 健司, 飯塚 一.北海道のマダニ刺咬症とライム病:皮膚病診療:25(8); 926-929, 2003

―要約―
【対象】
1995-2000年に旭川医大および関連施設を受診した全てのマダニ刺咬症患者700名

【方法】
マダニに刺された患者の年齢・刺咬部位・刺咬推定場所・刺咬日付・治療や処置方法を記載
虫体と皮膚を別々に採取し6週間BSKⅡ培地で培養。6週間後にボレリアの有無を同定

【結果】
年間で700例。男女比 1:1.08, 年齢層 3ヶ月~89歳で9歳以下の小児と40-60歳台に好発
 罹患部位:頭頸部 34.8%, 体幹部 34.2%, 上肢 22.5%, 下肢 7.0%。9歳以下の小児は79.3%が頭頸部
 月別:5-7月に多い。特に6月は44.3%
 マダニ虫体:シュルツェマダニ 82.8%
 地理的特徴:シュルツェマダニ(ライン病発症多い) …道央~道北, ヤマトマダニ(ライム病発症少ない)…道南
 レリア陽性:シュルツェマダニ 12.2%, ヤマトマダニ 8.7%
 ライム病発症:700例中56例(8%):Ⅰ期 94.6%, Ⅱ期 3.6%, Ⅲ期 1.8%
 受診までの期間:ライム病発症群 平均20日, ライム病非発症群 平均4日
 処置:マダニ自己抜去群 ライム病発症率 16.1%(53/330)
     マダニ非自己抜去群 ライム病発生率 0.81%(3/370)
    ⇒自己抜去群の非自己抜去群に対するライム病発症の相対危険度 19.81

【考察】
医療圏の人口を50万として試算すると罹患率は1.86。
米国では平均4.0-6.7。発生が多い地域では30を超える。オーストラリアでは300
山野に入る人が増えた・森林再開発でマダニが住宅近くの草木の葉に住み着くことが増えた・皮膚科医のマダニ媒介感染症への関心が高まった、などが増加した原因か。

ダニに刺されたら自己抜去せずに早期に皮膚科専門医のいる医療機関を受診する。

【開催日】
2014年6月18日(水)

ヘルスメンテナンスは必要か?

―文献名―
Lasse T Krogsbøll, Karsten Juhl Jørgensen, Christian Grønhøj Larsen et al.General health checks in adults for reducing morbidity and mortality from disease: Cochrane systematic review and meta-analysis.BMJ 2012;345:e7191

―この文献を選んだ背景―
2014年6月のBMJの、「Effect of screening and lifestyle counselling on incidence of ischaemic heart disease in general population: Inter99 randomized trial」という研究では、「一般市民に対する基本的なカウンセリングや生活指導は、心血管イベントの予防において何の効果もなかった」と結論づけられた。家庭医は、風邪で来院した患者にも、禁煙の取り組みをすすめたり、高血圧のスクリーニングを行なったりして生活介入する場面が多いが、こうした行為自体の意義を考える時期に来ているかもしれない。今回、血圧測定や血液検査といった、スクリーニングについて否定的な見解を示すコクラン・システマティック・レビューを把握し、改めてヘルスメンテナンス、健康増進について深める機会にしたいと考えたため。

―要約―
【目的】
主に、代理アウトカムよりも、合併症発症率や死亡率に注目して、一般的な成人に対する健康チェック(table3参照:血圧測定、血液検査、心電図検査など)の効果と弊害を評価する。
PICO
P:高齢者を除く成人(特に病気やリスク要因で選別していない)
I:健康チェックした群
C:健康チェックしなかった群
O:死亡率、合併症で違いがあるか

【方法】
・デザイン
 コクラン・システマティック・レビューとメタアナリシスである。死亡率については、変量効果モデルを用いて解析し、他のアウトカムについては、質的統合を行なった。
・データベース
MEDLINE EMBASE CENTRAL、CINAHL, EPOC register, ClinicalTrials.gov, and WHO ICTRP, supplemented by manual searches of reference lists of included studies, citation tracking (Web of Knowledge), and contacts with trialists
・データ抽出
2人の観察者が独立して、適応、抽出されたデータ、バイアスリスクを評価した。必要時には著者にも連絡をとった。

【結果】
今回の研究に合致するスタディが16件あり14件が利用できるデータであった(182880人の参加)。9件の試験が総死亡率について分析しており、相対リスクは、0.99(95%CI 0.95−1.03)であった。8件の試験において、心血管イベントによる死亡率について分析されており、相対リスクは1.03(95%CI 0.91−1.17)であった。また、8件の試験において、癌死における死亡率が分析されており、相対リスクは1.01(95%CI 0.92−1.12)であった。サブグループ解析、感度分析を行なっても、この結果は変わらなかった。一般的な健康チェックで、死亡率、入院率、機能不全、患者の心配、他院受診、欠勤などにおいて、何の効果もなかった。ただ、全ての試験においてこれらのアウトカムには言及されてはいない。1件の試験では、健康チェックをした群では、6年以上の追跡の中で、コントロール群に比較して、新しい診断名が20%増加しており、慢性疾患の状態を自己報告する患者の数が増えた。また1件の試験では、健康チェック群では、コントロール群と比較し、高血圧と高脂血症の有病率が増えたとしている。

140618

【結論】
一般的な健康チェックは合併症を減少させず、総死亡、心血管イベントによる死亡、癌死においても死亡率を下げる事はなかった。ヘルスチェックによって新たな診断名のついた患者が増えた。重大で害のある結果については、研究されていない、または言及されていないことが多かった。

―考察とディスカッション―
自身のプラクティスとして、米国予防医学専門委員会(USPSTF)のスクリーニング項目を参考に、健康増進を考えることが多い。今回の論文では、ヘルスチェックをされた時期が1970年代であり時代遅れであったり、介入方法、アウトカム設定がバラバラでフォロー期間も短いという点から、現在とマッチしていない可能性もあり限界もある。ただ、全体として、ヘルスチェックを行った場合に、あまり効果がないという結果や、Inter99といった現代的な手法でも、心血管イベントに対して、予防的な意味がないという結果を受けて、比較的高い妥当性がありそうな、「禁煙」に力を注ぐだけでいいとも考えられた。高齢者を除いた成人のヘルスメンテナンス、皆様ならどう考えられますか?

【開催日】
2014年6月18日(水)

リハビリテーションをめぐる多職種連携

―文献名―
「知ってるつもりのリハビリテーションの常識非常識」 三輪書店 2009年 安保雅博、橋本圭司 編著

―要約―
連携・教育における常識非常識 より抜粋

1.リハビリテーション医から
 1 リハビリテーション科医の視点
 リハ医の治療目標は、目の前の患者を、その方が到達しうる最も高い生活機能レベルに、いかに早く到達させるかにある。そのためには専門科目の枠を超えて、全ての医学知識と医療技術が動員されなければならない。一方、原因疾患の治療で消耗した患者は、自ら起き上がる気力に欠けており、主治医の積極的な声かけが必要である。これはリハ医や療法士がいなくても、主治医が決意し実行すれば簡単にできることである。リハビリテーションの始まりは主治医自ら働きかけることであり、その効果は患者さんのより速い回復として実感することができる。

3.作業療法士から
 1 連携に必要とされる基本的能力は「振り分け能力」である
 予防医療も含め近年の医療は急速に高度化・専門分化している。福祉制度も目まぐるしく変更されている。このような現状の中で利用者(患者)は、どの専門職が何を専門とするか知らない、どんなサービスがあるか知らない、どのサービスを利用すればよいかわからない、時には問題を抱えていることすら気がつかず悩む、そして一人で悩み、極端な場合には発見さえされない。利用者自らが昨今の変化を理解し、うまく利用していくことは困難なのである。利用者の立場に立ち、利用者の視点から問題を把握し、適切な専門職に依頼していくこと、つまりは「振り分け能力」を有していることが連携するときに各専門職に要求される基本的能力であるといえる。

 2 連携の出発点は各職種間の「相互理解」である
 上述したように、連携のために各専門職に必要とされる基本的能力は「振り分け能力」であるといえる。その前提となるのは、各専門職がお互いの職務内容を熟知していることであるが、果たして他職種の職務内容を十分に理解し、把握しているだろか。あるいは、他職種に自らの専門性や職務内容を知らせる努力をしているだろうか。この一見すれば当然と思われる事項が効果的な連携を進めるときの出発点であるといえる。

5.心理士から
 3 よりよいカウンセリングのあり方
 患者が問題に直面し、解決の糸口を見出しかねている時、問題解決へのさまざまな可能性をスタッフと共に考え、共に探ることをカウンセリング過程という。カウンセリング過程を遂行する際には、次のような基本的態度が大切である。
1)患者をあるがままに受け止める(受容する)
 患者の言動が一見理解しがたくても、患者にとってはそれは一番バランスのとれる行動であることが多い。スタッフは、患者の訴えを退けたり、諭したりせず、そのまま受け止めることが大切である。なぜなら、患者は自分の訴えを受け入れてもらえないと、気持ちの一歩が踏み出せないからである。スタッフの接し方によっては、患者の不安を増幅させることも多いので、その影響を理解し、患者に対する接し方を振り返る必要がある。
2)共感する心をもって接する(共感する)
 「共感する」とは、患者の問題を患者の立場から理解すること、温かい支持的態度をとること、相手の立場を理解したということを伝えることである。患者は「自分のことをわかってくれる」「気持ちが通じる」と感じると、訴えは少しずつ軽減する。この場合、患者の言動に振り回されず、「症状の背景にある患者の気持ち」を考えながら、余裕のある対応が大切である。
3)患者自身の負う責任をスタッフが引き受けない
 患者は自分で問題を解決する能力を持っている。スタッフが指示したり、価値観を押し付けたりすると、患者自らが解決するチャンスを奪ってしまうことになる。また、家族への援助についても、患者を理解するための知識や情報の提供、実生活での援助活動は大切なことであるが、家族の関係性から生じている問題への安易な介入は避けるべきである。

―考察とディスカッション―
これまで家庭医として勉強する中で触れてきたことや、普段の診療の中で何となく気付いていたことが言語化されており、しかもそれが様々な職種の視点で記載されていることが印象的だった。他職種が、それぞれどのような考え方で動いて専門性を発揮しているのか、またそれぞれの職種が「他の職種のスタッフにも知っておいてほしい」と感じていることは何なのか、といったことの理解に繋がると思われた。今回紹介した部分以外はもっと各論的なものも多く、読み物としてお勧めしたい書籍だと思う。

【開催日】
2014年6月11日(水)

検査が陰性でも患者は安心しない

―文献名―
Diagnostic testing does not reassure patients with low probability of serious disease. Systematic Review and Meta-analysis JAMA Intern Med. 2013;173(6):407-416

―この文献を選んだ背景―
 「頭痛なので脳腫瘍が心配」「咳が出るので肺癌が心配」などに代表される、臨床的に事前確率が低い状況における、重篤な疾患への懸念は医師が最も頻繁に経験するillnessのひとつであろう。研修医時代は検査で陰性を確認しても、時間が経つと同じ不安で受診する患者に閉口していた覚えがあるが、家庭医として研鑽を積むにつれ、患者のIllnessを深く理解する術を知ることで検査を行う以外のオプションで安心して頂いたり、対応する幅も広がっているが、その一方で検査をすれば簡単に解決するケースもあるのではないかという疑問があった。今回はそうした疑問に答えるタイトルのメタアナリシスを見つけたため、共有したい。

―要約―
【背景と目的】
臨床医は、とある疾患の事前確率が低い状況でも、しばしばその疾患を除外して患者を安心させるために診断的検査を実施する。
そうした診断的検査が、重篤な疾患の事前確率が低い状況にある患者の疾患への懸念や、不安、症状の持続、その後の医療機関・医療資源の利用にどのような影響を与えるのかを調査した。

【エビデンスの調査方法】
システマティック・レビューとメタアナリシスを行った。目的に見合ったランダム化比較試験を探すために、MEDLINE, the Cochrane Central Register of Controlled Trials, EMBASE, PsychINFO, CINAHL, and ProQuest Dissertations electronic databasesを2011年12月31日分まで調査した。我々は別々に、研究を検索し、データを抽出した。(研究者間の)不一致があった場合は、議論によって解決した。Heterogeneityが低いあるいは中等度の場合(つまり、カイ二乗検定が50%以下)は、メタアナリシスを行った。

【結果】
14のRCTが見つかり、3828人の患者が参入基準に当てはまり、アウトカムを分析した。アウトカムは3ヶ月以内と3ヶ月以上に分けて分析した。3つの研究から、診断的検査は、疾患への懸念に影響がない(改善しない)ことが3つの研究から分かり(OR 0.87 95%CI, 0.55-1.39))、更に非特異的な不安への影響もないことが二つの研究から示された(standardized mean difference, 0.06 [-0.16 to 0.28])。10の研究から、症状の持続にも影響がないことがわかった(odds ratio, 0.99 [95% CI, 0.85-1.15])。11の研究がその後のプライマリケアの受診を評価していたが、研究間の異質性が高かった(I^2=80%)。外れ値である研究を取り除いて行ったメタアナリシスからは、わずかに受診回数が減ることが示唆された。

【結語】
重篤な疾患の事前確率が低い状況での診断的検査はその後の受診を減らす可能性はあるが、殆ど患者を安心させず、不安も解消せず、彼らの症状を改善させないことがわかった。医学的に必要な検査で得られる安心を最大限にし、検査で異常がある可能性が低い時に、検査をせずに患者をマネジメントする安全な戦略を開発するためには、更なる研究が必要である。

―考察とディスカッション―
「単純に患者の希望で検査をして陰性を伝えても、患者は結局安心しない」という自分の経験則に合致する研究結果であったが、それ以上に著者の考察は興味ぶかかった。

(考察より要約して引用)
 心理学的には、安心には①感情的な安心と②認知の変化による安心があり、前者は短期的な安心を作るが、長くはもたないため、長期的な安心を得るためには②が必要であると言われている。単純に検査を行い、その陰性を伝えるだけのアプローチは感情的な安心しか与えていないことになる。実際に、検査の陰性を伝えるだけでは数時間で患者の不安は再度出現するという結果を示した研究もある。長期的な症状に対する安心を患者に得てもらうためには、症状に対する患者の認知の枠組みそのものを変えていく必要があり、実際に検査結果が陰性であることの意味付けを患者により受け入れてもらうための心理的介入を追加することで、患者の安心が増したという研究も複数存在するとのことであった。(ここまで)

 つまり、著者は検査を行うか、行わないかだけでなく、行った時に、陰性の結果を患者の中で適切に意味付けしてもらうことが重要だと述べている。
 家庭医が日々の医療面接で用いているPatient centered clinical methodは、患者の症状への認知の構造をillnessという形で引き出し、検査が持つ意味を患者と共有するアプローチだが、これは言い換えれば、患者の症状に対する認知の枠組みを確認し、検査が陰性だった時に患者の認知の枠組みの変化を促すことに当てはまる。まさに、上記の②にあたる、認知の変化に基づく安心を促すために有用な手段の一つであると考えられる。
 「○●が心配なので検査してほしい」という患者、皆さんはどうアプローチしているでしょうか?

【開催日】
2014年6月11日(水)