郡部で働く女性家庭医が健全なワークライフバランスを保つ為の戦略とは?

-文献名-
PHILLIPS, Julie, et al. Rural Women Family Physicians: Strategies for Successful Work-Life Balance. The Annals of Family Medicine, 2016, 14.3: 244-251.

-要約-
【目的】
 女性の家庭医は、郡部の診療に携わる際に、ワークライフバランスの維持に困難に直面する。この研究では、郡部の家庭医診療に携わって実績を挙げている女性が、どのように仕事と個人のニーズを両立させて、長期的に満足できるキャリアを成し遂げているのか、そのための個人的・専門職としての両方の戦略についての理解を深めることを目指す。

【方法】
 アメリカの郡部の診療に携わっている女性家庭医に対して半構造化面接を行った。面接内容は録音し、専門家によって文字起こしされ、immersion and crystallization法によって分析された。そこから創出したテーマについて詳細なコーディングを行った。

【結果】
 25人のインタビュー参加者から、良好なワークライフバランスを取る為の戦略を記述した。1つ目は、個人的役割との両立を達成するために、仕事の時間を減らしたり、柔軟性を持たせたりしていた。二番目に、多くのインタビュイーは配偶者またはパートナー、両親、他の地域の住民からサポートが得られる関係性を持っており、そのため、患者からの要請に応えることを可能にしていた。三番目に、インタビュイーは仕事と生活の周辺について、明確な境界線を維持しており、そのため、育児・趣味・休息の時間を取ることが可能であった。

【結論】
 女性の家庭医は、郡部においても成功したキャリアを構築できるが、雇用者、周りの関係性からのサポートと、両親からのアプローチがこの成功の鍵を握っている。教育者・雇用者・地域・政策立案者にとって、郡部におけるキャリアに積極的な女性家庭医をサポートする際に、こうした女性達の実践が、役に立ちうる。

【詳細】
参加者の特徴(本人だけでなく、家族構成やパートナーの仕事など:Table1参照)
 テーマについて
 ①Variations in work hours and Flexibility
  ・1/3の対象者は、ワークライフバランスやwellnessの改善のためにフルタイムよりも減らした勤務時間で対応していた。
   そういった場合にも育児などの影響から、フルタイムよりも「忙しい」スケジュールになっていた。
  ・スタッフや他の同業者のリクルートを行いながら、時間の調整を達成していることも多かった
  ・郡部診療を行う理由として、幅広い実践を維持できるからという理由がほとんどだが、そうした幅広い実践の多くは救急や出産のように予想
   できない形で来る。そのためか、彼らに週に何時間働いているのか?という質問をしてもすぐに明確な数字で言えないことが多かった。
   あるインタビュイーは40-80時間の間、という答え方をしていた。そうした働く時間の変動に合わせて、彼らは家族や趣味に使う時間を柔軟に
   変えていた。その際に配偶者が柔軟なスケジュールを行うことができるかどうかが鍵となっていた。

 ②supprotive relationship
  ・医学生・研修医の女性にどんなアドバイスをするか?という問いにしばしば支援してくれるような配偶者を見つけることだという答えが
   みられた。
  ・回答者たちはしばしば、郡部に住む為に、配偶者に犠牲を敷いていることを認めており、そうした犠牲が無い限り、彼らの専門業は成り立たない
   としていた。
  ・多くの配偶者は、自営業やパートタイム、あるいは遠隔業務が可能な仕事か、もともと郡部出身者で農業などの郡部の仕事を持っているため
   郡部居住を強く望んでいる、のいずれかであった。
  ・そうしたサポートが難しい何人かの回答者は郡部勤務をやめることを計画していた。
  ・しばしばこうした家庭では男性が育児や家事の主な役割を担っていた。その結果、女性家庭医がより患者ケアに時間を使えるようになっていた。
  ・また、家庭医同士の結婚の場合は、家での家事育児の役割は平等な形を取っているという話もあった。
  ・多くの郡部勤務者は学生のうちかその前から郡部診療に関心を持っており、そうした地域に住みたいというパートナーを見つけていた。
   自分にとって家あるいは故郷のような地域に戻ることである回答者が60%であり、他には、配偶者が郡部との繋がりがあって、お互い話す中で
   郡部に移ることを決めているという場合もあった。また、両親のサポートも重要であった。
  ・回答者が最も難しいと感じるのは緊急時や夜間受診があった際の子供の世話だった。例えばこんな説明もあった。「多くの人が、オンコールでも
   子供といれるからいいよね、と言うが、彼らはこちらの実情を分かっていないと思う。文字通り、ドアをあけて病院に数分以内に行くべき時に、
   子供の外出の準備や用意をさせて誰かの家に預けにいくなどとてもじゃないができない。必ずしもみながこの仕事の困難さ・意味を理解は
   していないからだ。」
 ③Clear boundaries around work
  ・殆どの全ての回答者が、自分の余暇・趣味・育児に十分な時間を取る為に何らかの境界線を設けていた。ほとんどはグループ診療で、
   他のメンバーが自分の患者をカバーできるようにしていた。
  ・医師によっては、患者の期待をリフレーミングして、自分のwellnessを保っていた。公共の場で相談を受けて、仕事中でない時は、
   ちょっと距離を空けることで相手にそれが良く無いことを伝えようとしていたり、アドバイスを簡潔にして別の日にまた連絡するように
   伝えたりしていた。場合によっては、自分が母親でもあり、今はオンコールでないから、他の医師が対応すると明確に伝える、とも述べていた。
  ・しかし、そういった患者ケアと自分の家族ニーズが重複して衝突する時に、罪悪感も感じていた。ある医師は、その子供のケアと
   1日クリニックを閉じることの間で自己決定を続けることに向き合い続けるのが難しいので、勤務地変更を真剣に考えていると述べていた。

【開催日】
 2016年6月22日(水)

脳卒中2次予防の合剤に対する患者、介護者、総合診療医の考え

-文献名-
James Jamison, Jonathan Graffy, Ricky Mullis, Jonathan Mant, Stephen Sutton
Stroke survivors’, caregivers’, and GPs’ attitudes towards a polypill for the secondary prevention of stroke: a qualitative interview study. BMJ Open 2016 6 : doi: 10.1136/bmjopen-2015-010458

-要約-
Introduction
 脳卒中や一過性脳虚血発作を起こした患者では2次予防が必要となるが、それに必要な薬剤は抗血小板薬、抗凝固薬、高脂血症薬や降圧薬などの複数の薬剤を内服することになる。しかし、エビデンスに基づいたガイドラインが存在しているにも関わらず、その治療は推奨される基準を満たしていないことが多い。そのため、この研究では合剤についての患者、介護者、総合診療医の考えについて調べるために、インタビューを行い、質的に研究することを目的とした。

Method
 東イングランドの5つの診療所で質的インタビュー研究を行った。28名の患者、14名の介護者、5名の総合診療医にインタビューを行い、合剤に対する考えや将来の使用について分析した。

Results
 合剤の利点、合剤への心配、内服のための説明の3つのテーマが同定された。患者は合剤に対して肯定的に捉えており、飲み忘れが減って、治療を中断することが減るのと考えていた。介護者は薬を飲ませることが楽になると感じていた。総合診療医は心血管リスクの高い患者への処方には前向きであった。しかし、合剤に同等の治療効果があるのか、薬剤を組み合わせた時の副作用はどうか、ノンアドヒアランスの結果はどうなるのか、容量を調整する時に融通が利かないのではないか、現在の治療が中断してしまわないか、より広く脳卒中の患者に適応できるのかが懸念材料として出てきた。

Discussion
 サンプルサイズが限られているため、今回の結果が脳卒中患者に広く当てはまるかは不明であり、すべての総合診療医の考えを反映できていない可能性がある。 また、今回出てきたような懸念材料を解決するような研究が期待される。

【開催日】
 2016年6月22日(水)

小児の風邪の夜間咳嗽に対するハチミツの効果

-文献名-
Cohen HA, et al. Effect of honey on nocturnal cough and sleep quality: a double-blind, randomized, placebo-controlled study. Pediatrics. 2012 Sep;130(3):465-71.

-この文献を選んだ背景-
 小児の風邪に対して処方される抗ヒスタミン薬・鎮咳薬等のいわゆる風邪薬の効果は証明されておらず、小児科研修で御指導いただいた小児科専門医の先生は、ペリアクチン®はもう処方しないと明言していた。一方で、小児の風邪の鼻汁・咳嗽は一般的に長引くことが多く、就寝中に悪化し親子の睡眠も妨げられ、お互い「何とかしてあげたい・してほしい」との思いを込めて風邪薬が処方されることも実際は多いのではないだろうか。また、薬局で発行される説明書を見て、「鼻汁=抗ヒスタミン薬」「咳=鎮咳薬」という一対一対応で親も認識しており、症状に応じてこれらの処方を指定されることもしばしばある。
 そこで、最近よく教科書や雑誌で取り上げられており、UpToDate®やDynaMed®でも一定推奨されている「小児の風邪の夜間咳嗽に対するハチミツの効果」に関して、風邪薬に頼らない診療・セルフケア指導の一助になると考え、原著論文を一度読んで見ることにした。

-要約-
【背景】
 ハチミツはWHOでも鎮咳薬として推奨されており、181以上の物質が含まれ抗酸化作用やサイトカイン放出により抗菌作用をもたらすと考えられている。これまで2つのRCT施行され、1つはソバハチミツをデキストロメトロファン(メジコン®)と投薬なしとで比較したもので、もう1つは盲検化されていなかった。

【目的】
 小児の急性上気道炎による夜間咳嗽や睡眠困難に対する、3種類のハチミツ(ユーカリ、柑橘系、シソ科)の効果をプラセボ(水酸化ケイ素含有エキス)と比較した。

【方法】
 6箇所の地域の小児科クリニックにおいて、1歳から5歳までの急性上気道炎と診断され、夜間咳嗽があり、罹病期間が7日間未満の小児300名を対象とした(Table.1)。尺度はCough Severity Assessment Questionnaire(Figure.1)を用いた。対象者は二重盲検化のうえ4群(ユーカリ、柑橘系、シソ系、プラセボ)にランダムに割り付けられた(Figure.2)。一次アウトカムは連続する二晩において投薬を行わない日(1日目)と就寝前30分に投薬を行う日(2日目)における咳の頻度の変化、二次アウトカムは咳の重症度、咳の煩わしさ、親子の睡眠の質の変化とした。

【結果】
 プラセボを含む4群すべてにおいて、連続する二晩において咳の頻度は有意に改善した。また、ハチミツ群においてアウトカムの改善度はより高かった(Figure.3)。

【結論】
 親は子供の急性上気道炎による夜間咳嗽や睡眠の妨げに対して、プラセボと比較しハチミツにおいてより高い評価をつけた。ハチミツは小児の急性上気道炎による夜間咳嗽や睡眠の妨げに対して好ましい治療となるかもしれない。

【考察】
 過去の研究による風邪薬の有害性、FDAの推奨、1歳未満の乳児にはボツリヌス菌感染リスクのため推奨されないこと、齲歯の原因にならないよう短期間の投与を推奨、等について触れられている。

【開催日】
 2016年6月15日(水)

災害時における家庭医の役割

-文献名-
JOHN R. FREEDY, M.D., PH.D., and WILLIAM M. SIMPSON, JR., M.D., Disaster-Related Physical and Mental Health: A Role for the Family Physician, Am Fam Physician. 2007 Mar 15;75(6):841-846.

-要約ー
Introduction
 米国赤十字は災害を100人以上巻き込んだもの、10人以上死亡者がでたもの、あるいは救援を養成されたものと定義している。限定的なものとしては自然災害(台風や地震等)、科学技術による災害(原子力や産業災害)、テロなどがあげられ、災害による例年の世界的衝撃は大きい。研究や実践によって災害に対する米国人の脆弱性についてコンセンサスが得られつつあるが、以下の要素が指摘されている。
 (1)災害は翼あるイベントであり、年間100万人に影響を与えている
 (2)災害の多い地域や技術的に発展したな複雑な地域に住んでいる多くの人において、災害の影響は今後数年間で増加することが予想される
 (3)災害は軽度で一過性のものから重大で慢性なものまで様々な身体的、心理的悪影響と関連している。
家庭医は被災者の心身の健康ニーズに対応するために適している。それはイベント後1年以内もしくは1年以上の期間において、被災者はプライマリヘルスケアの利用が増加するからである。さらに重要なのは、一般的に災害後に発生する急性および慢性の身体的・精神的健康問題は、家庭医の診療の範囲内ということである。

一般的な災害後の健康アウトカム
 身体的・精神的健康状態は、災害発生からの時間に応じて変化する:急性期(1ヶ月以内)、亜急性期(1-12ヶ月)、慢性期(12ヶ月以上)。また、災害による身体的・精神的健康への影響はしばしば共存する。いくつかの例では身体的な問題は精神的問題を増大させる可能性がある。例えば災害は鬱病の発症や増悪に寄与し、糖尿病やうっ血性心不全のような慢性の身体疾患を悪化させる。
・身体的健康アウトカム
 身体的健康問題は4つのカテゴリーに分けられる:①急性外傷、②急性疾患、③慢性疾患、④医学的に原因不明の身体疾患(表)
災害後急性期の健康問題の半分以上は、急性上気道炎や胃腸炎などの病気であり、また4分の1が切り傷や擦り傷、捻挫、骨折などの外傷である。そのほかの健康問題は処方や総称チェック、副子などの日常の処置が含まれる。
被災者は慢性的な健康問題(例えば糖尿病、高血圧、心不全)の管理に支援を必要とすることが一般的である。特に災害後の亜急性期から慢性期に、災害が社会インフラに影響を与えた度合いに応じて、そのような支援が部分的に必要になるかもしれない。
また医学的に問題のない身体的症状の訴えは災害後共通してみられる。これらの症状はまた、鬱病やPTSDおよびその他の不安障害など精神的問題と関連している。
・精神的健康アウトカム
 災害後の精神的問題をもつ多くの患者は、災害前に同様の問題を抱えている。そのような場合、家庭医の役割は処方すること、カウンセリングを行うこと、適切に専門家を紹介することなどがある。
災害後急性期の精神的苦痛は情緒不安定を含み、具体的には否定的な感情、認知の機能障害やゆがみ(例えば混乱、変わった記憶など)、身体的症状(頭痛、緊張、疲労、胃腸障害、食欲の変化など)、対人関係への影響(神経過敏、閉じこもりなど)などがある。多くの人は急性の心理的苦痛は数ヶ月に数週間以内に解決するが、1年ほど持続することがある。
より重度である新規発症の精神的問題は、明らかにわかりやすいものからわかりにくいものまで幅を持って現れる。最も一般的な災害後の精神的問題は、うつ病、PTSD、およびその他の不安障害であり、アルコールや薬物乱用、家庭等への暴力の増加も指摘されている。家庭医は、精神的問題、生命の脅威を感じているもの、重度の傷害をうけたもの、死を曝露されたものなどの災害弱者において一般的なスクリーニングを検討する必要がある。

災害対策
筆者は災害が発生したときに、家庭医が柔軟で着実な行動をとれるように4段階の災害準備計画を提案する。この計画には、①他組織との連携、②事前の準備、および③個人の準備、④教育が含まれる。
①教育
 家庭医は、災害に関連した身体的・精神的健康の脅威について自己学習する必要がある。すべての医師はバイオテロやテロリズムなど、多くの人に影響を与える可能性がある脅威について知っている必要がある。また、その地域に特有の自然災害について学んでおく必要がある。
②連携
 多くの災害は地域のヘルスケアの容量を超えることが多いため、家庭医は災害後の地域医療のニーズを満たすために必要とされる可能性が最も高い組織と連携しておくことが重要である。地域または州レベルで病院や地域医療群、災害対策チームなどがあり、また米国家庭医療学会、米国医師会CDCなど国家レベルでの組織や、国家をまたいだ団体もある。
③事前準備
 各組織(例えば、診療所、病院、地域保健センター)において、頻繁に使用されるもの(例えば一般的な身体的・精神的問題のための薬剤や、縫合糸、副子など)は準備されている必要である。災害後数週から1ヶ月間は外部からの援助が使用できないことも多いので、現地の医療資源は不可欠である。
④個人の準備
 被災した中での診療は、家庭医は二重の役割を持っている。被災者として、医師とその家族は、他の被害者が直面していることと同じ身体的・精神的健康問題に対して脆弱になる。一方で医師は利他的な理由のために自らの医療行為を続けることになる。自分自身や自身の家族のケアと患者のケアのバランスを追求することが重要となる。
家庭医は災害後の健康ニーズに対応するため、集団的負荷がかかった場合に共有できるコミュニティ内の他のヘルスケアの専門家と災害前から連携しておく必要がある。また、地域の医師は他の地域で災害が起こった場合に自ら手を差し伸べると同様に、地域の外のヘルスケアの専門家からの支援を受け入れられるよう準備しておくことが必要である。

【開催日】
 2016年6月15日(水)

家庭医の研究関与の生態学

-文献名-
Nicholas Pimlott, Alan Katz. Ecology of family physicians’ research engagement. Canadian Family Physician May 2016 vol. 62 no. 5 385-390

-要約-
 ここ20年での家庭医療学の研究は大きく成長し、研究の時代が来たという状況となっている。1990年以前はほんの数人の偉大な研究者がわずかに行なっていた研究だったが、今は大学の大きな家庭医療学講座の誕生で、その国や国際的な雑誌に高いレベルの投稿を行なう研究グループが出現している。このような状況に際し、我々家庭医は全員が研究に関与するかしないのか?どのように家庭医は研究に参加するのか?なぜそれが重要と考えるのか?などの疑問を以下のように考えて行きたい。

 まず家庭医の研究関与の生態図を作成した。これは何かが欠けていたり、疑問を生じさせるものでもあろう。このモデルは研究との関与方法を様々な言葉やフレームに落として、研究について考えたり、研究スキルや研究者としての訓練する道のりを考えたり、最終的には我々の成長を評価するフレームを生むことになる。

【研究のコアコンピテンシーを開発・維持する】
 最も家庭医としての基本的な研究との関わりは、治療のRCTや正確な診断法の開発、ガイドラインへの推奨など「商品」というべき研究に触れることである。
 批判的吟味やガイドラインの活動は、スキルの維持と継続的な生涯学習の側面も持っている。論文を検索し、見つけて、批判的に評価し、質の高い結果を臨床状況に応用することが重要なコンピテンシーとなる。しかし時間に追われる家庭医は、検索・評価された二次資料の活用に頼っている。より研究に関わる準備として批判的吟味・EBMがあるが、より多くの研修医にとっては標準的ではなく、UpToDateのような二次資料、三次資料に取って代わられている。これは家庭医が他の領域で研修する際に、その領域の医師がそのような学習をしていることに起因する。家庭医のプログラムとしては、エビデンスを探し、批判的に評価し、臨床に適応できるスキルの重要性と妥当性を伝え、それは挑戦でもあるが指導医としてそれをロールモデリングしてもらう必要がある。

【世界がひっくり返る】
 家庭医は生涯学習と患者ケアの改善をガイドラインに主に頼っているが、これには重大な問題を孕んでいる。多くのガイドライン作成とその実行について家庭医が出席の機会を与えられ関与と影響することが求められている。USPSTFでさえ、単一の疾患などは互いに衝突し関心をもつ家庭医ではない専門医で方向付けられている。ガイドラインの作成には家庭医の代表が参加し、経済的側面や効果的な分配など他が気付かない側面を伝えて欲しい。

【質改善】
 継続的な質改善は、家庭医にとってミクロの世界の研究経験となる。研究とは一般的な知識を生成することであるが、患者の改善のために自身の診療や行為を研究することも非常に類似したものである。多くの家庭医のプログラムでは研修医が質改善のProjectを任務とされ、診療のなかで研究プロセスの大いなる洞察を経験している。

【症例報告:核となる活動】
 研究活動とその貢献として症例報告は最も良い方法の一つである。研究の形としては質を落とすが、症例報告は早期だったり特異的な疾患の状態の理解を促し、新しい疾患の発見に繋がる可能性を持つ。
 指導医が研修医に研究についてのトレーニングに苦労するのは、研究計画書から執筆までの一連のプロの研究者の行為を想定するからである。研修医が前もって必要なスキルを持ち合わせ、レジデンシー期間中にそれらを見につけることは難しい。しかし彼らを敏感な臨床の観察者として支援し、興味深い通常ではない経過の事例を報告してもらうことは研究に触れ、臨床かとしてのアイデンティティ形成に寄与する。

【臨床的発見:忘れられた研究の型】
 マクウィニーはそのキャリアの晩年、家庭医がもはや臨床的発見に関与しないことを嘆いていた。新しい疾患の発見や、よく知られた疾患の新しい、通常ではない経過の発見、患者に相互に影響を与える疾患やその治療の独特の方法論のみならず、ケースシリーズや臨床の場での実際的な介入も乏しくなっている。
 RCT全盛の時代によって、その研究の価値が減じられたとマクウィニーは述べているが、現代においても家庭医の行ないやすい研究の型として重要である。

【PBRNs:新しい地平】
 PBRNsは決して新しくないが、カナダではその発展が他の国より遅れている。
 PBRNsの発展の一つの大きな挑戦は臨床家が、現場で働きながらプロの研究者として成長するプロセスであり、そのうちの何人かは臨床を行なう家庭医ではなくなる。また家庭医にとっては重要な臨床的発見の機会となり、規模の大きなPBRNsの活動では研究者の同僚として熟達していくであろう。PNRNsでのITスキルや遠隔観察、クラウドソーシングなどの技術革新が家庭医の研究を拡張し、全く新しいレベルの研究関与を可能にする。

【プロの研究者】
 全ての努力と同じで、鍛錬と経験の組み合わせによって熟達する。研究の熟達のためには臨床の縮小と研究活動の時間の確保が求められる。これを行なう家庭医をプロの研究者と呼んでいる。研究資金を獲得することで“週末の戦士”からプロの研究者となる。また研究者としての成功は、「家庭医の研究室」でもある地域基盤の臨床セッティングとの近い距離の研究が求められる。

【この箱の中の人生】
 研究のかかわりについての今回の記述的なモデルは静的であり限界もある。しかしこのモデルの階層化された箱は様々な研究のレベルや関与を表現している。家庭医はこの中で様々な研究と関わっている、プロの研究者となるものもいれば、違った場所で違った時間で行なうものもいる。この箱は家庭医の半透膜の図である。

【結語】
 家庭医の多くは研究のユーザーとなっている。カナダには3万5千人の家庭医がいるが、プロの研究者はわずかである。
今後このモデルの発展には2つのことを際立たせた。1つは、プロの研究者という存在である。もう1つは研究参加のための様々なコアスキルがありそれを維持発展できることである。

松井先生図

【開催日】
 2016年6月1日(水)

健康な生活習慣へのアプローチ

-文献名-
Robert L, Sandra K, Raymond F, et al. Practical opportunities for healthy diet and physical activity: relationship to intentions, behaviors, and body mass index. Annals of Family medicine. 2016; Vol14:109-124

-この文献を選んだ背景-
 生活習慣病管理を行う際、ルーチン的に食事・運動について聴取していたが、もともと行動変容に関心のない人に対して食事・運動について聞くこと自体が非難するような印象を与え、お互いバツの悪い思いを経験することが多く違和感を抱いていた。そこで文献にあたるなかでAnnals of Family medicineのOriginal researchで取り上げられたこの文献にいきついた。

-要約-
Introduction:
 生活習慣様式の変化によりこの30年で飛躍的に肥満の有病率は増えており、臨床的な介入は避けられる病気や死を減らす大きな可能性をもっている。食事・運動様式の改善のための戦略は、患者によりよい選択ができるよう勇気づけていくことに焦点をあてているが、控えめな成功しか得られていない。
以前の文献で、私たちは「潜在能力アプローチ」※を用いた健康行動を調べた質的、また実証研究を行ってきた。潜在能力アプローチは個人と社会の幸福の指標として実践的な機会を評価する枠組みとなり、実践的な機会の測定には収入や利用可能なサービスに代表される「資源」と、資源を活用するために影響する健康リテラシーや自律性といった「変換因子」があることがわかった。この文献ではその実践的な機会のモデルの検証を行い、行動変容の企図や食事、運動、BMIとの関連を調べることで、この新しいツールによって有用性を評価することを目的とした。
※潜在能力アプローチは厚生経済学の領域において、Sen Aの提唱した人間の幸福についてのアプローチ。能力を評価するうえで以下の5つを提唱し、選択の自由と個人の異質性がいかに重要かを述べた。
  1.人の長所を評価する際での、真の自由の重要性(The importance of real freedoms in the assessment of a person’s advantage)
  2.資源を価値ある活動に変換する能力が、個人によって違うこと(Individual differences in the ability to transform resources into valuable
   activities)
  3.幸せを感じる活動は、多変量な性質をもつこと(The multi-variate nature of activities giving rise to happiness)
  4.人の厚生を評価する上での、物質的なものと非物質的なもののバランス(A balance of materialistic and nonmaterialistic factors in evaluating
   human welfare)
  5.社会における機会分布の考慮(Concern for the distribution of opportunities within society)

Method:
 2012年にTexasにある8つのプライマリケア診療所で英語かスペイン語を話す18歳以上を対象に100人ずつ参加者を登録した。2つの段階で研究を実施した。第一段階では検証的因子分析※で潜在能力測定尺度の構成概念妥当性を評価した。第二段階では潜在能力尺度と測定された食事、運動、BMIとの関連を評価した。
 25項目からなるCapability Assessment for Diet and Activityおよび適切な健康行動、BMI、行動企図(週に何日健康な食事をとることや運動することを計画したか、0-7)について測定した。
※因子分析とは相関関係の背後に潜む構造を研究するための統計学的分析手法。検証的因子分析では構造に関する仮説をデータと照らし合わせて検証していく。

Results:
 食事に関する変換因子が1SD上昇する(5ポイントの尺度で0.6)と、BMIは4kg/m2減少と関連していた。運動に関する資源と変換因子が1SD上昇するとBMIは1.6kg/m2の減少と関連していた。潜在能力と運動との関連では、運動企図は実際の運動時間の強い予測因子となっていた。運動企図は運動に関する資源によって予測され(b=0.29, p=0.05)、運動に関する変換因子はより強い予測因子となっていた(b=0.77, p<.001)。食事に関する変換因子は、健康な食事企図を予測する因子となったが(b=0.42, P<.001)、資源は関連がみられなかった(b=0.2, P=.50)。
上野先生図

Discussion:
横断研究では因果関係を立証できないため、今後の縦断研究での検証が必要である。食事や運動活動の自己報告による測定をプライマリケアの診療場面で行うことの実現可能性は証明されているものの、社会的望ましさによるバイアスによる影響を受けやすく、信頼性に欠ける。食事に関する測定の分配ミスで27%しかサンプルが得られなかったためさらなる研究が望まれる。
 今後は縦断研究を行い、観察期間を通じたCADAの変数間での結果や帰納がどうなるか理解を深める必要があるが、より効果的で重要かつ健康増進において十分根拠のあるアプローチを約束するだろう。

-考察とディスカッション-
Capability approachでの資源とそれを変換する能力という分け方は、個人の異質性に近づくために、通り一遍の食事・運動の活動に触れるだけでは実情に迫りえないことが言語化され自分の中ではしっくりくる考え方だった。
また文献のなかで臨床家は診療するコミュニティのなかで、健康な行動を促進したり阻害したりする状態に気づく必要があり、診療を通じた実際的な契機となる情報の蓄積により、いまだ対応されていない地域ニーズの同定や、公衆衛生機関にとって地域の価値ある知恵を提供する助けになると述べられており、健康増進をはかるうえで地域のなかでの資源や活動をさまたげる障壁について私たち家庭医は理解を深めていかなければいけないことを改めて気づかされた。

ディスカッション
 1.食事・運動改善のためにいままでみなさんはどのようなことを意識して診療していたか?またこの文献を読んで参考になりそうなことはありますか?
 2.個人の健康増進を検討するうえで地域ニーズの発掘と結びついた経験は?

【実施日】
 2016年6月1日(水)

妊婦を含む成人の禁煙に対する行動的・薬物的介入について

-文献名-
U.S. Preventive Services Task Force. Behavioral and Pharmacotherapy Interventions for Tobacco Smoking Cessation in Adults, Including Pregnant Women. American Family Physician. May 15, 2016; 93(10):860A-860G

-要約-
【禁煙に対する行動的介入、薬物的介入のまとめ(Table 1参照)】
 ・妊娠していない成人について
  薬物的介入と行動的介入が推奨される(Grade: A)。
  行動的介入単独、あるいは薬物的介入との併用が禁煙の達成率を上昇させる。

 ・妊娠している成人について
  行動的介入が推奨される(Grade: A)。薬物的介入は推奨されない(Grade: I statement)。
  行動的介入は禁煙達成率を上昇させ、胎児体重を増やし、早産のリスクを減らす。
  薬物的介入(ニコチン置換療法、ブプロピオン、バレニクリン)は禁煙の達成や、周産期の子のアウトカムに対してエビデンス
  不十分あるいはない。

 ・全ての成人について
  電子ニコチン送達システム(電子タバコなど。electronic nicotine delivery systems;ENDS)は推奨されない (Grade: I statement)。
  ENDSは禁煙あるいは周産期の子のアウトカムに対してエビデンスが不十分である。

【臨床での考察】
 妊娠中の女性について
 ・行動的介入(カウンセリング、フィードバック、健康教育、動機づけ、社会的サポート)が効果的である。
  通常ケアやコントロールと比べて、行動的介入は禁煙率を11%から15%へ引き上げる。
 ・行動的介入がうまくいかなかった女性に対して、他の禁煙オプションは有効かもしれない。いくつかの研究で、ニコチン置換療法が周産期の子の
  健康アウトカムに有用だとエビデンスを示している。その結果は主に潜在的な利益を示しており、全体のエビデンスは非常に限られたもので、
  明確に結論づけることはできない。ニコチン置換療法は妊娠カテゴリーDの薬剤であり、治験や販売後の使用経験から胎児へのリスクが
  示されている。
  しかし、妊娠期間中に喫煙を続けるよりは安全かもしれないと言われている。ブプロピオンとバレニクリンについては研究が見つかっていない。
  これらの薬は妊娠カテゴリーCで、動物実験では胎児への副作用が示されているが、ヒトでは十分な研究がない。
 ・妊婦への薬物的介入については、利益と害のバランスについて明らかなエビデンスがなく、臨床医は各患者に喫煙の重症度を考えて、
  意思共有をした上で治療方針を決めていくことが推奨される。

【開催日】
 2016年5月25日(水)

高齢糖尿病患者の管理レビュー

-文献名-
Kasja J.Lipska,MD,MHS, A Review of Glycemic Control in Older Adults with Type 2 Diabetes, JAMA,2016;315(10):1034-1045

-要約-
【重要事項】
 糖尿病高齢者の最適な血糖管理については、まだ未決着である。

【観察】
 4つの大規模ランダム化臨床試験(サンプルサイズ1791〜11440人)で得られたエビデンスの多くが、糖尿病治療のガイドとして使用されてきた。多くのRCTが血糖コントロール強化治療群と標準治療群(80歳以上は除外)を比較したデザインで、微小血管アウトカムの評価のため代理エンドポイントを使用し、どのサブグループで特定の治療に対して最も治療の効果があるのか、あるいは有害事象があるのか、限られたデータしか得られていなかった。RCTのデータでは、より高齢の集団では強化治療群は10年間の大血管イベントの減少を示さなかった。更に、強化治療群は8年間の微小血管アウトカムの改善を示さなかった。RCTのデータは一貫して、強化治療は1.5-3倍の重症低血糖のリスクを即座に増加させた。これらのデータや観察研究に基づくと、65 歳以上の成人の大部分において、 HbA1Cの目標値を7.5%以下にすることとHbA1Cが9%以上になることは、害のほうが大きいようである。しかし患者の要因・治療目標に近づくための使用薬剤・生命予後・患者の治療の嗜好性により目標値は異なる。少ない治療負担や低い低血糖リスクを有する薬剤のみ(例:メトフォルミン)使用するとしたら、より低いHbA1Cの目標値は適切かもしれない。もし患者が注射や頻回な血糖測定を避けたいと強く希望するなら、インスリンを使用しないが故の、高めのHbA1C目標値は適切かもしれない。

【結論と妥当性】
 より高齢の集団における血糖治療の質の高い研究結果は得られていない。最適の判断には、患者と一緒に、利益と不利益の見込と患者の治療に関する嗜好性を組み入れ、治療負担を加味することが必要である。多くの高齢者においては、HbA1C目標値を7.5-9.0の間にすることが治療利益を最大にし、不利益を最小にするだろう。

【開催日】
 2016年5月25日(水)