

患者中心の医療。この言葉にどんなことを連想されますか? 顧客第一主義、「患者さんが全て」、「患者さんのことをまず第一に」など、いろいろなイメージが思い浮かぶことかと思います。しかし、ここで説明する「患者中心の医療の方法」は、実はそうした抽象的な概念とはやや異なる意味を持つ、家庭医にとって大切な臨床技法です。
本輪西ファミリークリニック 草場鉄周
医師の臨床技法は実に多様です。内科医は薬剤による治療に長けており、外科医はさまざまな器具を用いた手術法に習熟しています。しかし、その根底に有るのは「症状→身体診察→検査→診断→治療(薬物、手術など)」というプロセスです。しかし、現代の医学が持つ、こうした科学的な思考プロセスは、一人一人の人間を個性豊かな存在と捉えていてはなかなか発展しません。
例えば、胃潰瘍という病気を例にとって考えてみましょう。みぞおちの痛みやもたれで苦しんでいるAさんとBさんの胃の中をのぞいてみると、胃の表面にある粘膜の傷は2人とも同じような形をしています。それに対して<胃潰瘍>という病名をつけることによって、病気が誕生します。この病気に対して、最初は胃を切り取る手術を実施していました。しかし、その後、ある薬が非常に効くことがわかり、胃潰瘍の薬が誕生します。更に時が経ち、胃潰瘍の患者の胃の中にピロリ菌という細菌が発見され、この菌を抗生物質で消してしまう治療も開発されました。もし、今回の症状をAさんの痛み、Bさんの胃のもたれと別々に理解していては、2人に共通する治療を次々と開発することは難しかったでしょう。
つまり、患者さんの症状や体の徴候、検査結果に応じて、先人が用意してくれた病気のラベルを患者さんにはっていく作業が診断に他ならず、そのラベルに対応した対処法を文献や経験に基づいて提供する作業が治療という訳です。
胃カメラで胃潰瘍の診断がついたAさんとBさんには、胃薬や最新のピロリ菌除菌治療をお勧めするのが現代医学の正解でしょう。
さて、ここまでのお話で次第に薄れていったものにお気づきでしょうか? そうです。AさんとBさんという「個人の違い」です。
実は、Aさんは最近仕事が忙しく、いつもイライラしており、そうしたストレスが胃潰瘍に影響したのだろうと感じていました。以前、抗生物質で体中に発疹が出たこともあり、除菌治療には乗り気でありません。それよりも、ストレス解消の良い方法を見つけた方が良いだろうなと思っています。
Bさんは胃潰瘍だった父親が1年後に胃がんの診断を受けて亡くなったことを思い出し、本当に胃潰瘍なのかと不安を感じていました。今は治療よりも胃がんがないかをはっきりさせてほしいという気持ちでいっぱいです。仕事にも集中できず、上司からも注意されることが多くて困っています。
このように、同じ胃潰瘍といってもAさんとBさんにとっての意味合いは大きく異なります。こうした意味の違いは、決して診療内容と無関係ではなく、Aさんの場合は除菌治療でなく、胃薬による治療とストレス解消法の発見が良い対応になりそうですし、Bさんの場合は治療より先にまず精密検査をすることが良い対応になりそうです。
このように、現代医学の科学的な診断・治療に加えて、病気を持った一人一人の患者が抱える諸々の事情を考慮した上で、それぞれにオーダーメイドの検査や治療の方針を立てていき、医師と患者の双方が納得いく治療を展開する臨床技法が「患者中心の医療の方法」です。
これは決して患者さんの望み通りの医療を無批判に提供するということではありませんし、「・・様」と患者さんをお客様扱いするだけの医療でもありません。むしろ、患者さんの個別事情と医師の臨床判断が鋭く対立する場合には、どこでお互い妥協するかの議論を重ねていくような厳しい作業も時にあります。どちらかというと、医師と患者の共同作業で医療を作り上げていくというイメージが近いかもしれません。
ここまで概略を説明してきましたが、この臨床技法は図に示すような6つのコンポーネントで構成され、そのコンポーネントには更に習得すべき項目があり、実践する上の大切な指針となっています。家庭医療の研修では、この枠組みを実践の中で理解し、自分のものとしていきます。
この臨床技法はカナダのウェスタン・オンタリオ大学家庭医療学講座にて1980年代から開発されたもので、同大学医学部はもちろんのこと北米、ヨーロッパ、東南アジアの多くの医学部の医学教育カリキュラムに採用されています。また、この概念に基づいた研究も近年増加しており、患者満足度のみならず糖尿病の改善などの結果も得られています。
また、この考え方は、家庭医療のみならずあらゆる臨床分野に適応することが可能です。ただ、家庭医療が本来持っている、患者への近さと長い信頼関係がもたらす深い患者理解は、最もこの概念にマッチしています。逆に言うと、家庭医はこの技法を駆使することで、より家庭医らしい良質な診療が可能になるわけです。
Patient-Centered Medicine: Transforming the clinical method
(Stewart M, Brown JB, Weston WW, McWhinney IR, McWilliam CL, Freeman TR. 2003)