理事長メッセージ

北海道家庭医療学センター 理事長/草場鉄周(くさば・てっしゅう)

変わらないために、
変わり続ける。

社会の「要請」に耳を傾けてきた。

北海道家庭医療学センターの設立から25年余りたち、今あらためて〝身近な医療〟である家庭医療に光が当たっていると感じています。

人間は70歳、80歳と年を重ねるうちに、心臓だけじゃなく、腎臓や関節など同時に複数の不調を訴えるようになります。治せない病気を抱えることもあるでしょう。そうした中で医療に求められるのは、いかに痛みを和らげ、どのように病気とつきあい、最終的にどういった死を迎えるのか。それに対して医療がどう貢献できるのかが問われているのではないでしょうか。つまり、死を絶対に避けるものとしてとらえるのではなく、人生の延長線上にあるものとして医療を提供する。当たり前のことではありますが、現代医療の中で見過ごされてきた、もっといえば目を背けてきた部分に、社会全体が気づいてきたといえます。それが「終活」や「Advanced Care Planning」という言葉に表れているのでしょう。

こうした社会の要請に対して、わたしたちがこれまで繰り返し訴えてきた家庭医療の「包括性」や「個別ケア」、あるいは「協調ケア」の必要性が、ようやく認識されつつあることを、ここ5年の間に強く実感するようになりました。従来はどちらかというと、行政や他の医療機関を巻き込もうと私たちから一生懸命声を掛けてきたわけですが、現在は逆に、さまざまな自治体や医療機関から「力を貸してほしい」と声を掛けていただく機会が多くなっています。家庭医療への理解が深まることにより、わたしたちが実践できることの幅も広がってきました。

一つの例は在宅医療です。北海道家庭医療学センターの拠点がある室蘭市では、在宅医療を行える医療機関はわたしたちの診療所を除けば、以前はほとんどありませんでした。それが今では在宅医療を実践したいという開業医の先生が増え、思いを共にする医療関係者がネットワークを築き、互いに連携しながら在宅医療を実践する仕組みが形になりつつあります。看護師や理学療法士、ケアマネージャーなど他職種の方々に加え、医師がこの輪に入ってきたことで、従来は「点」でおこなってきた在宅医療を、「面」で行えるようになってきました。今後もこうした動きは北海道各地で広まっていくでしょうし、北海道家庭医療学センターは全道での在宅医療普及にも貢献しています。

このように家庭医療への認識が変化した要因としては、2018年度にスタートした新専門医制度も無関係ではありません。これにより19番目の基本領域として総合診療専門医が位置づけられました。厚生労働省や日本の主たる医療団体が総合診療(家庭医療)を一つの専門領域として認めた。いうなれば「旗」が立ったわけです。これまで総合診療(家庭医療)の存在すら意識していなかった医療関係者も少なからず関心を示すようになりました。もちろんポジティブな意見ばかりではなく、ネガティブな意見を持つ方もいますが、20年前に私が北海道家庭医療学センターに来たときにはほとんどの医師が家庭医療という言葉すら知らなかったことを考えれば、総合診療(家庭医療)があるという前提で議論ができること自体、本当に隔世の感があります。ですが、わたしたちはこの「変化」をもろ手を挙げて喜んでいればよいわけではありません。まだまだ総合診療専門研修に飛び込む若手医師は少なく同学年の2%に過ぎません。今こそ、家庭医養成に20年以上愚直に取り組んで来た本センターのノウハウをもっとアピールし、多くの若手医師が家庭医療の世界に飛び込んでくれるように努力を積み重ねていくつもりです。

日本の家庭医療の発展に寄与していく。

北海道家庭医療学センターでは、日本型家庭医療の土台を築くために「良質な家庭医療の実践」「良質な家庭医の養成」「北海道および日本の家庭医療の発展に対する貢献」の3つのミッションを掲げ、この20年余りの中でさまざまな家庭医療診療所のモデルを提供してまいりました。札幌や室蘭、旭川といった都市部、更別・寿都・上川などの郡部、さらには千歳の向陽台ファミリークリニックのように郊外型クリニックの開設を通して、地域それぞれのニーズに応じた家庭医療を実践してきました。また、ここ数年では帯広協会病院総合診療科の運営を手がけ、総合病院において家庭医療を実践するための新たな形の模索も進めつつあります。

こうした医療の提供のみならず、医師が生涯を通じて学べるための教育体制づくりや、さまざまなタイプの診療所経営についても十分なノウハウを蓄積してまいりました。言い換えれば、家庭医(総合診療専門医)一人ひとりが活躍できる組織のあり方を20年かけて積み上げてきたわけです。ですから、たとえば家庭医療診療所の開設に興味のある方が、北海道家庭医療学センターのさまざまなモデルの中からどれが自分の地域や経営形態の実情に即しているのかを見て選び、ノウハウを取り入れるといったように、どんどん真似をされる組織でありたいと願っていますし、それを通して日本の家庭医療の発展に寄与していきたいと考えています。

2020年初めより我々の組織もコロナ禍の中でプライマリ・ケアのあり方を問われてきました。未知の感染症への不安が強い段階でもできる限りの感染防御体制を取りながら積極的に発熱・有症状患者の診療に取り組み、入院ができず自宅療養を迫られた患者への電話・オンライン診療、そして往診にも取り組み、クラスターが発生した施設への医療支援にも汗をかきました。もちろん、ワクチンについても積極的に接種に取り組み、郡部では全住民へ、札幌では歓楽街ススキノの皆さんへの集団接種も担当しました。災害時こそ、普段からの家庭医療提供の足腰の強さが問われましたし、この苦境でも地域住民に精一杯の貢献ができたことを誇りに思っています。

いま一度、原点を見つめ直し、日本の総合診療を築いていく。

そしてまた、家庭医療のモデルづくりをさらに深化させていきたいとも考えています。大学医学部の「地域枠」をはじめ、地域で働くことを義務づけられた若い医師を北海道家庭医療学センターでもお預かりしています。彼らの行く末に、行政も、地域の人びとも非常に高い期待を寄せています。わたしたちの組織としては、地域社会の期待を背負って総合診療(家庭医療)の領域に入ってきた彼ら若い医師が、地域のみなさんの目に見える形で地域に貢献していくようなモデルづくりを展開していきたいと考えています。

北海道の自治体をはじめ、行政との連携はますます必要不可欠なものとなります。あるいは地域の病院と、得意分野が異なるわたしたちの診療所との連携も今後はカギになるでしょう。2021年度からは中札内村立診療所の運営もお引き受けし、北海道内初の更別村との広域連携型地域医療モデルの実践をスタートしました。20年、30年先の地域社会を見据え、人口が減少しても地域医療を維持できるような医療のあり方を、関係者のみなさまと一緒に模索していかなければなりません。

家庭医療・総合診療が分野として認知され初め、コロナ禍を経てプライマリ・ケアの重要性が様々な専門家から指摘されている今こそが正念場だといえます。総合診療(家庭医療)がそのコンセプトに値する質の高い医療かどうかを国民、他の専門家から認めていただくためには、これまで以上に質にこだわった家庭医療を都市部、郡部を問わず提供していかなければいけません。また、その担い手である家庭医、さらにはプライマリ・ケアを専門とする看護師等の養成は社会から強く期待されるところでありますが、決して安かろう悪かろうでなく、誇りを持って診療にあたることのできる質の高い医療者の養成に専念しなければなりません。また、現場での診療から得られる実践知を、臨床研究や学会発表を通じて社会に広く還元することも忘れてはいけない大切な使命です。

1996年に産声を上げて二十五余年。現在は68名の医師(2024年4月現在)が北海道家庭医療学センターで働いています。センターの今があるのも、地域に住む一人ひとりに寄り添った診療を実践し、同時に質の高い医師の養成に努め、家庭医療の土台を築くための組織づくりに実直に取り組んできたからであると自負しています。

正念場の今、北海道家庭医療学センターがいかに輝けるか。若い医師が学びに励み、なおかつ地域に業績を残す。そうした元気な姿を見せていくことが、日本の家庭医療・総合診療の明日を築いていくのだと信じています。

北海道家庭医療学センター理事長 草場鉄周
2024年4月

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