家庭医療とは

目次


第1章 家庭医療とは 総説と各論

・家庭医療とは 概念と哲学的基盤|草場 鉄周
・世界の歴史と世界的な潮流|草場 鉄周
・日本の歴史|松井 善典
・家庭医の基本姿勢・医療面接の側面から|堀 哲也
・長期的な全人的関係に基づくケアの側面から|加藤 光樹
・家族ケアの基本的な視点と考え方|佐藤 弘太郎
・在宅医療における家族ケア、高齢者・緩和ケアの事例を元に|村井 紀太郎
・地域をみるとは|山田 康介
・医師会や行政と連携した地域保健活動|中川 貴史
・未分化な健康問題|中島 徹
続きを読む ・複数の健康問題・multimorbidity|松井 善典
・脆弱な集団のケアとアドボカシー・SDHとアクセス|柏﨑 元皓
・病院での家庭医チームの役割と活動|堀 哲也
・多職種連携と包括的な統合ケア|加藤 光樹

第2章 家庭医療を基盤とした組織活動

・都市部診療所の取り組みと実践の過程(室蘭)|佐藤 弘太郎
・郡部診療所の取り組みと実践の過程(寿都)|今江 章宏
・病院の取り組みと実践の過程(京都伏見)|松島 和樹
・相互に学ぶ学習する組織づくり|高橋 宏昌
・理想の診療所を追い求め続ける|中川 貴史
・HCFMで得られる学び_専攻医|安藤 高志
・専門医取得後のキャリア支援を根底においた医師養成|宮地 純一郎
・現場の役割から学問を実践し学び直す生涯教育モデルとそのコミュニティ|宮地 純一郎


第1章 家庭医療とは 総説と各論



【 家庭医療とは? その概念と歴史 】

〈 家庭医療とは 概念と哲学的基盤 〉

家庭医療とは 概念と哲学的基盤 | 草場 鉄周

1.家庭医療とは?

家庭医療については多くの国や機関で様々な定義が提唱されています。ここでは、日本プライマリ・ケア連合学会の家庭医療専門医制度における定義を示しつつ、その背景にある考え方を文献に基づいて説明します。

まず家庭医療が目指すものは「個々の患者の健康だけでなく、その家族や地域、コミュニティの健康及びQOL、幸福の効果的、効率的な向上」にあります。健康とはそもそも「病気がないこと」ではないということが前提であり、医療の果たす役割も住民の健康やQOL、更には幸福にフォーカスしていることがお分かり頂けるでしょう。そして、家庭医の能力として「近接性と継続性に基づく信頼関係と個別性を重視しつつ、ケアにかかわるさまざまな職種や家族と緊密に連携して、年齢・性別・疾患の種類や病期・社会背景・診療の場などを問わない包括的・統合的ケアなどで代表される良質なプライマリ・ケアを提供する」とあります。次に、この定義をかみ砕いて説明します。

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2.家庭医の9つの行動原理

英国で家庭医として活躍し、カナダで家庭医療学を確立したMcWhinneyは家庭医の行動原理を9つ示しています。

① 家庭医が関わるのは、特定の知識体系や疾患群や特殊な技術ではなく、人間です。その関わりは健康問題の種類によって制限されず、性別や年齢に関わらずあらゆる健康問題に対応します。「専門外」はありません。また、その関わりには終点はなく、健康時でも病気が治癒しても続きます。関係性そのものが専門性の中核にあります。【包括的ケア・継続性】

② 家庭医は病気のコンテクスト(Context)を理解しようと努めます。コンテクストには家族、生活状況、コミュニティ、社会などが含まれ、そのコンテクストの中で病気がどのように患者に受け止められるのかを理解します。【統合的ケア・個別性を重視】

③ 家庭医はあらゆる機会を活かして、疾患の予防や健康増進を提供します。【健康増進・予防】

④ 家庭医は個人の患者を診療すると同時に、その患者を「リスクを持った住民」の一人として捉え、地域住民全体を診療対象とする視点を常に持っています。【地域・コミュニティへの視点】

⑤ 家庭医は自分自身を、地域社会のヘルスケアネットワークの一部とみなし、病院、保健所、訪問看護、ソーシャルワーカとの連携を惜しみません。【地域との連携】

⑥ 理想的には家庭医は自分の患者たちと同じ地域社会に住むべきです。もちろん職住分離で通勤する家庭医が認められないわけではありませんが、住む地域を同じくすることで様々な地域固有の健康問題や社会課題を共有しやすくなります。【近接性】

⑦ 家庭医は診療所だけでなく、患者宅に出向いて、訪問診療も提供します。入院医療や外来診察では見えない患者の生活を訪問診療で知ることは、病気がどのような場でどのように生じるのか、またどのように治癒していくのかを理解する上でも重要です。【在宅医療】

⑧ 家庭医は医学の主観的側面を重視します。病歴・身体診察・検査所見などの客観的データはもちろん必須ですが、同時に病気を持つ患者の感情や医療への期待などを踏まえ、主観的情報と客観的情報をバランス良く診療にいかす必要があります。【個別性を重視】

⑨ 家庭医は医療資源をマネジメントする役割を持ちます。病院の専門医への紹介、検査や薬剤の利用などの際に、限られた人的、物的、金銭的な医療資源を効率良く利用する責任を持ちます。【社会への責任性】

こうした行動原理一つ一つは他の専門領域の医師も担いうるものですが、家庭医はこの9つの行動原理を一体のものとして展開することが特徴であり、それが専門性の本質となります。

3.家庭医療の理論的基盤

こうした家庭医療の理論的基盤は下記のようにまとめられます。

(1)科学のパラダイムシフト
トーマス・クーンは科学が細かい知見やデータの積み重ねで緩徐に進歩するという考え方に異を唱えました。ある時代に支配的なモデルが現実世界のデータや状況との間に不一致や矛盾を抱え初め、あるタイミングで新たなモデルがそれに取って代わることが科学の進歩の本質であるという考え方です。コペルニクスの天動説から地動説への移行、アインシュタインの相対性理論による時間と空間の概念の変化などがその例に挙げられます。医学においても生物医学モデルが19世紀より支配的なモデルとして確立しているわけですが、その中に幾つかの説明できない現象があります。一つは多くの症状について最終的な診断がつかないこと、二つ目はあらゆる病気に対して特定の病因だけが関与しているとは言えないこと、三つ目は心身症や身体表現性障害と称される心身相関を論理的に説明できない事実です。例えば、慢性頭痛に対して生物医学モデルが提供できることには大きな限界があります。

(2)新しい哲学的・科学的基盤
こうした、生物医学モデルの限界に対応して、1970年代にエンゲルらが生物―心理−社会モデル(Bio-psycho-social model、以下、BPSモデル)を唱えました。それは更にGoldsteinによって全人的アプローチとして昇華されました。このパラダイムの本質は患者を〝全体として〟捉えることで以下のような特徴を持ちます。

・人は歴史、現在、未来を持つ一つの統合された存在であり、遺伝的性質を背景として、多様な心理的・社会的環境の中に座する
・症状は病気や事故がもたらす環境に適応しようとする生物の表現である
・混沌とした状態から平衡状態(健康)を取り戻そうとする患者を支えるために医師は患者の細部を観察する必要がある
・疾患を人と切り離すことはできず、人を周囲の環境と切り離すこともできない

家庭医療学はこうした新しいパラダイムに合致した医療分野と考えて良いでしょう。家庭医は疾患や医療技術よりも患者との「関係性」を基軸にしており、病因が明確でなく診断もつかないことの多い未分化で多様な健康問題に無条件に対応し、患者に固有のものがたりや人生についても関心を持って耳を傾けつつ、心身にまたがる複合的で複雑な健康問題に自然体でアプローチします。また、患者と医師の感情的な交わりも重視し、患者の置かれた状況を想像豊かに把握することで、彼らに対して身体からにじみ出る共感を示します。

21世紀の中期から後期にかけて人工知能(AI)によって臨床推論や画像診断などが人間からコンピューターに委ねられる時代が近づきつつありますが、患者が人間であり続ける限り、こうした新しいパラダイムに合致した家庭医療の役割は最後まで失われることはないでしょう。人間の複雑な意識や感情に二進法で迫ることはできず、やはり複雑性を持つ人間にしかアプローチできません。

そして、こうしたパラダイムを実践するための具体的な診療モデルが「患者中心の医療の方法」であり、別項で詳しく説明されています。一見抽象的に思える概念や理論的基盤が、確かな方法論を用いながら日々の日常診療で展開されることは、家庭医療の最大の醍醐味であり、数十年かけても尽きることのない発見と喜びがあることの理由とも言えます。

〈 家庭医療の世界的潮流と日本の歴史 〉

世界の歴史と世界的な潮流 | 草場 鉄周

1.家庭医療の誕生から西欧での確立

そもそも医療とは人類にとってどのような位置づけだったのでしょうか? 現代医学で当然とされている薬物治療や医療技術がない時代、病気の原因がはっきりしていない時代、病気は家族・コミュニティー・自然環境の中で生じる人知を越えた苦しみだったでしょう。その頃は、多くの人々は薬草や祈りを提供するシャーマン(呪術師)や僧侶などの力を頼ることしかできず、疫病などで多くの住民が亡くなることも避けられませんでした。

そうした時代が長く続きましたが、ルネッサンスを経て科学が進歩する中、19世紀には急速に医学も発達します。病気の原因が微生物、悪性腫瘍、血管の障害、栄養素の欠乏などと次第に解明され、原因に対するアプローチが可能となりました。その頃は北米や英国を中心に一般医(General Practitioner)が医師の代名詞で、患者の訴えるあらゆる健康問題に対応していたわけですが、その診療の質は実に多様だったようです。

20世紀初頭、北米を中心に科学に基づく医学教育が唱えられ、急速に医療の質は高まっていきます。それに伴い、20世紀前半は内科学、小児科学、外科学、産婦人科学と臓器に基づく専門分化が次第に進み、一般医を進路として選択する医師の数は激減していきます。しかし、そうした医療の細分化がもたらす医師―患者関係の崩壊は、再度ジェネラリストの必要性を一般国民に認識させることになり、米国において1966年にMills Report「医師の卒後教育」やWillard Report「家庭医療の挑戦に応える」という政府に家庭医療の確立を期待する報告書が提案されるに至ります。この動きに連動しながら、西洋各国で新たなジェネラリストを養成する機運が高まっていきます。

米国ではかつての専門研修や認定制度を欠いていた「一般医」と区別した専門医として「家庭医」が正式に位置づけられました。ここで重要なのは「一般医」と「家庭医」の関係です。一般医の中にも自己の努力や研鑽で家庭医と同じレベルの診療を提供する医師も当然いるわけですが、提供すべき医療の内容や質は定義されていません。一方、家庭医は一定の研修と認定制度を通じて、提供すべき医療の内容と質は公的な団体が管理しています。上下の関係ではないことがお分かり頂けるでしょう。大学に家庭医療学講座が設置され、家庭医の養成に取り組む体制も急速に広がっていきました。

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2.家庭医療の潮流の拡大

米国の動きと同時期にカナダ、英国、オランダ、オーストラリアなどでも大学に家庭医療学講座が設置され、家庭医療が新たな専門領域として認められていきました。1972年には18カ国の家庭医療関連学術団体を母体にして世界家庭医機構(WONCA)が設立され、全世界で普及していく基盤ができました。

この時期に特筆すべきもう一つの動きは、世界保健機関(WHO)が1978年に発出したアルマ・アタ宣言です。この中では、プライマリ・ヘルスケアの重要性が指摘され、「健康とは身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病のない状態や病弱でないことではない。」と明記されました。これにより、全人的なアプローチや地域への包括的なアプローチを重視するジェネラリストの役割に更なる期待が寄せられることとなりました。

当初は西欧を中心にスタートした家庭医療のムーブメントは、ヨーロッパや英連邦諸国を中心に拡大し、1980年代に入ってアジア・太平洋地区で各国に拡大、更に、1990年代にはアフリカ、南アジア、2000年代には中南米や中東へと広がって行き、現在WONCAには118カ国の団体が加盟するに至っており、加盟する家庭医の数も約50万人で世界人口の90%をカバーする状況になっています。

とは言え、各国における家庭医療の発達段階には大きな相違もあり、国によって異なる医療制度のもとで「家庭医療」という言葉が意味する医療は実に多様です。英国、オランダ、デンマークのように医療制度の基盤に位置付けられ、電子カルテや診療報酬も家庭医療に合致した形で運用され、国民にとっても家庭医の存在は当然のものとなっている国もあります。その一方で、いまだに臓器別専門医療が医療制度のほとんどを占めており、家庭医療を専門的に提供する医師のグループはマイノリティーでしかなく、国民も含む社会的認知も乏しい上に医療提供体制や診療報酬上の位置づけもない国もたくさんあります。

2015年、地球上の誰1人として取り残さないという合い言葉のもとに国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で示された持続可能な開発目標(SDGs)では、Universal Health Care(全ての人に健康と福祉を)の実現が提唱されています。また、WHOはこれを実現するためにプライマリ・ヘルスケアを更に改革する必要があると2008年に提唱しており、改革すべき医療提供体制の課題として「専門領域の医療への偏重」「機能分化に伴うケアの分断化」「自由放任の医療提供体制がもたらすひずみ」を指摘しています。そして、そのために必要な改革の一つが家庭医療を中心とした医療提供体制の構築であると明記しています。更に、2018年にアルマ・アタ宣言の40周年の記念会議が開催され、アスタナ宣言が採択されました。そこでは、改めて持続可能なプライマリ・ヘルスケアの確立の重要性が指摘され、全ての人々、国、組織が取り組むべき姿勢とされています。日本においてはその存在はまだまだ小さい家庭医療は、世界レベルでは医療提供体制の中核と位置付けられ、持続可能で質の高いプライマリ・ヘルスケアに欠かせない医療領域だいうコンセンサスがあることを、私たち日本人も心に刻んで医療のあり方を思い描く必要があるでしょう。

日本の歴史 | 松井 善典

日本の歴史

日本の家庭医の源流をたどると、1963年に「実地医家のための会」が設立されたことが大きな始まりと言えます。内科が分化しながら専門医の学会が生まれている最中、開業医同士が集まって日常臨床における疑問や学問を追求した原点がこの会です。その15周年にあたる1978年に「プライマリ・ケア学会」が設立されました。当時は臨床研修のあり方の議論やモデルとなる総合診療部の設立などで、プライマリ・ケア研修や指導医養成の必要性から制度化を目指した時代でした。修了試験を中心とした専門医制度も始まり、日本医学会への加盟を目指した活動も大きな歴史の布石になっています。

さらに大きな出来事となったのは1985年の家庭医に関する懇談会です。日本医師会からの1978年の提案でしたが、「家庭医制度の創設」という議論が開業医療への国家統制だという反対にあったことで「家庭医に関する懇談会」とう穏当な名称になったようです。しかしこの懇談会から日本版のSTFM(米国の家庭医の指導医協会)を目指す動きが生まれ、1986年に「家庭医療研究会(のちの家庭医療学会)」が誕生します。そして現在の中堅から若手の家庭医・総合診療医の拡大期に繋がるイベント「学生・研修医のための家庭医療学夏期セミナー」が1989年から始まりました。最初は人数の少ないセミナーでしたが、学生主体の学ぶ場として重要な意味と位置をもつセミナーとして今も継続されています。

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教育の場は地域と大学に1990年代に広がっていきます。1995年に奈義ファミリークリニック、1996年に北海道家庭医療学センター、1998年に北西部地域医療センターが開設や設立されました。日本における家庭医療・地域医療の老舗と言われる教育拠点が生まれた時期がほぼ一致しています。また大学においては主に自治医科大学と川崎医科大学出身の教員が全国に散らばり、それぞれを源流として札幌医科大学や高知大学、名古屋大学や三重大学に総合診療部や家庭医療講座が開設されました。大学での教育や臨床を共有する日本総合診療医学会もこのような母体を中心に活動が活発になりました。

このように幾つかの学会の誕生と、当時様々な議論を巻き起こした制度化の試みの失敗、その後の学生の学ぶ場と指導医の養成、そして教育の現場としての診療所拠点と大学拠点から日本の歴史は展開していきました。

家庭医療学会で始まった後期研修プログラムは、その後3つの学会(日本プライマリ・ケア学会、日本総合診療医学会、日本家庭医療学会)が2010年4月に合併した「日本プライマリ・ケア連合学会」でも基本的な設計が引き継がれ「家庭医療専門医」としての養成が続きました。修了試験は日本プライマリ・ケア学会の実績やノウハウが活かされたようです。

結果として年間10名ほどだった日本プライマリ・ケア専門医は、今や年間150名〜200名弱の家庭医療専門医の輩出となり、家庭医療学会当時では70ほどだったプログラムが、日本プライマリ・ケア連合学会の認定プログラムは300ほどに増えました。このように全国各地での養成拠点が拡大し、それぞれの地元の医学部との連携や卒前教育への関わりなどが増えたことで全国的な裾野が広がり今日に至っています。

【 家庭医療における重要な概念 】

〈 生物心理社会モデルと患者中心の医療の方法 〉

家庭医の基本姿勢・医療面接の側面から | 堀 哲也

A.生物心理社会モデルについて

1977年にEngelが生物医学モデル(biomedical model)に対比する疾患モデルとして、生物心理社会モデル(biopsychosocial model;BPS model)を提唱しました。1)これは、純生物医学的な疾患(disease)としてではなく、病い(illness)をもっと大きな枠組みでとらえようというものです。疾患の成り立ちを考えるうえで、すべての疾患は、生化学的あるいは神経生理学的プロセスで説明できるという概念を生物医学モデルと言いますが、不確実性と複雑性をはらむ医療の現場においては、生物医学モデルを適用しただけでは解決困難な問題がたくさんあります。例えば、気管支喘息という疾患は、生物医学モデルでは、可逆性のある気管支の狭窄により喘鳴や咳嗽が生じる疾患と説明されますが、気管支喘息の患者さんをケアするには、気管支を拡張させる治療薬を使用するのはもちろんですが、心理社会的な側面として仕事や学業への影響、日常生活で不安に感じることへの配慮、また家族や職場の喫煙の問題などにも目を向ける必要があります。そこでBPSモデルでは、生物医学的な理解ともに、個人としての側面、かかわる他人、家族、コミュニティとの相互関係やそれらがどのように患者の疾患、症状、感情、生活などに反映されているかを含めて理解しようとするものです。2)

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B.患者中心の医療の方法3)について

1980年代からカナダのウェスタン・オンタリオ大学家庭医療学講座で開発された臨床技法で同大学医学部はもちろんのこと北米、ヨーロッパ、東南アジアの多くの医学部の医学教育カリキュラムに採用されています。またこの概念に基づいた研究も近年増加しており、患者満足度のみならず、糖尿病の改善などの結果も得られています。この考え方は家庭医療のみならずあらゆる臨床分野に適応することが可能です。患者中心の医療の方法は家庭医療の基盤を形成しているとも言える概念であり、家庭医はこの技法を駆使することでより家庭医らしい良質な診療が可能になります。患者中心の医療の方法では、診療の要素を大きく4つの枠組み(コンポーネント)に分けて整理します。それぞれのコンポーネントにはタイトルが付けられていて、①疾患(disease)・病い体験(illnesss)・健康観(health)を探る、②全人的に理解する、③共通の理解基盤を見出す、④医師ー患者関係を強化するとされています。このような枠組みで整理することで患者さんの背景も含めた多様な情報を整理することができ家庭医・総合診療科の医師同士の情報共有も容易になります。また、医学生や研修医に具体的にわかりやすく教えることが可能になります。

C.医療面接の側面から

私たち家庭医・総合診療医は外来診療や病棟での診察において日常的に生物心理社会モデルを用いて患者さんを理解しようと努め、患者中心の医療の方法を基盤とした医療面接を行っています。生物心理社会モデルや患者中心の医療の方法を日常診療に適応するには、それなりのトレーニングが必要です。医療面接では、患者さんが話す内容を、それぞれの要素に分けて整理し、問題解決が必要と思われる課題を明らかにする必要があります。また、患者さんが言葉にしない仕草や表情にも重要な情報が含まれていることが多く、非言語的メッセージとして受け取り、医療面接の重要な要素として取り扱います。そのような患者さんとの対話の中で明らかになった課題に優先順位を付けて、継続的にひとつずつ問題解決を行っていく診療を私たちは行っています。この医療面接のスタイルは一見すると単なる雑談をしているように思われることもありますが、趣味や家族の話題、日常生活の出来事などに潜む重要な情報に耳を傾け、より良い医療面接の時間を提供できるように心がけています。

参考文献

1)Engel G. The need for a new medical model: a challenge for Biomedicine. Science. vol.196, no.4286; p.129-136. 1977
2)横谷省治, 生物心理社会モデル, 日本プライマリ・ケア連合学会基本研修ハンドブック, 日本プライマリ・ケア連合学会 編, 南山堂, p.57-62, 2012
3)Moira Stewart, Thomas Freeman, et al. Patient-Centered Medicine: Transforming the Clinical Method, Third Edition. CRC Press. 2013

長期的な全人的関係に基づくケアの側面から | 加藤 光樹

Well-beingとは

医療の発達や疾病構造の変化により、人々が感染症などの急性疾患で命を落とすことが少なくなり、現在高齢者は何らかの慢性疾患を有しているのが当たり前となりました。慢性期の医療では患者さんは疾患とともに過ごしており、それは完治するものではありません。つまり現代医療においては、これまで以上に「疾患」という側面から「患者さんのwell-being」という側面への視点の転換が重要になってきていると言えます。well-beingとは「良く過ごせている(The state of doing or being well in life)」(Oxford English Dictionary, 2nd ed., electronic)と感じる状態です。「目の前の患者さんのwell-beingとは何なのか」を知ることなしに、良いケアを提供することはできません。

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Well-beingを取り戻すために

患者さんは何らかの病気を抱えているはずですが、それに伴って主観的な病体験を経験しています。それは、a. 感情:病気についてどんなことが不安・心配か、b. 考え:なぜ自分が疾患を患うことになったか、c. 影響:疾患に伴って生活上のどんなことに支障が出ているか、d. 期待:現在の状況がどうなっていくことを望んでいるか、といったことです。そして、患者さん独自の健康観をもっています。患者さんにとって健康とはなんなのか(意味)、どう過ごすことがよりよく生きるということなのか(目標)。他にも私たちが知らなければならないことがあります。患者さんを全人的に理解するためには、これまで述べてきた患者さん個人のことに加え、患者さん置かれている環境について理解する必要があるのです。例えば、家族、経済状況、教育、仕事、余暇、社会的支援、属しているコミュニティ、土地の文化、周囲のヘルスケアシステム、メディアとの付き合い方などがそれに当たります。こうしたことを知ることで、初めて患者さんにとってのwell-beingの意味が見えてくるのではないでしょうか。そのためには、長期的な全人的な関係が必要になってきます。患者さんへの共感、信頼される対応、継続性、患者さんの苦悩を認めること、こうしたことが医師患者関係を強め、その強められた関係性は診療をさらに質の高い癒しに満ちたものにしてくれるのだと思います。こうしたケアを提供するために、家庭医は訓練を受け、自らを磨くのです。

参考文献

・Cassell EJ. The Nature of Suffering and the Goals of Medicine. New York, Oxford University Press, 2004, 336p
・Stewart M, et al: Patient-Centered Medicine: Transforming the Clinical Method 3rd Edition. Boca Raton, CRC Press, 2013, 442pp
・加藤光樹. プライマリ・ケアの理論と実践 第2回 患者中心の医療の方法 〈総論〉.日本医事新報, 2019;4944:10-11.

〈 システム思考と家族型志向型のケア 〉

家族ケアの基本的な視点と考え方 | 佐藤 弘太郎

イ|家族をシステムと捉える

家族を、本人も含めた1つのシステムと考えます。そのようにすることで患者中心の医療医療の方法のcontextの1つである家族を、単に一個人ではなくダイナミックに捉えて診療に活かすことができるのです。システムとは、“何かを達成するように一貫性を持って組織されている、相互につながっている一連の構成要素”1)のことを言います。そしてこのシステムは、3種類のものからなっており①目的、②要素、③相互のつながりと言われています。以下の表の例を参考にしてシステムについて理解を深めてみてください。

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この表からシステムのイメージが湧いたことかと思います。家族メンバーそれぞれが相互のつながりを持ちながら、明示されていたりいなかったりする目的に沿って動いている集団なのです。患者本人のみを捉えるのではなく、家族システムの中での本人の役割や相互のつながりを考えてみていくことがここでは重要となります。
1)ドネラ・Hメドウズ:世界はシステムで動く. 英治出版, 東京, 2015. pp32-43

ロ|なぜ家族ケアか

たいていの健康信念や健康態度(食事、喫煙、運動など)は家族との生活を通じて発達し、維持されています。夫婦関係や家族関係は、生物医学的な要因と同等の健康への影響力が報告されており、様々な健康問題に対して家族への介入は、健康度を改善するという研究結果が多くでています。2)また家庭医療は個別ケアを達成するための医療の1つの形と言うことができると私は思っておりますが、そのような意味で個別ケアのゴールを各患者さんの幸せ、としてみましょう。以下の図表をご覧ください。

図表5 幸福度を判断する際に重視する項目(男女別年齢階層別上位5位)(備考)内閣府「平成22年度国民生活選好度調査」による

内閣府による幸福度を判断する際の重視する項目の調査結果として、健康・家庭・家計が重視されていることがわかります。健康は医師が扱う主たるテーマだとして、目の前の患者さんの幸せをゴールに診療を進めた時に、家庭(家族)についてもアプローチできたら、より引き出しが広がることになります。

ハ|いかに家族を見るのか

では、家族をどのようにみていけば良いのでしょうか?いきなりシステムで捉えるといっても難しいので、まずは家族を構成しているメンバーを家族図に書いて把握します。以下のように丸が女性、四角が男性、線で囲まれている範囲を同居範囲としています。これは家族の解剖図のようなもので、そのメンバーを把握した後は、それぞれの家族メンバーが持つ役割、親子関係や夫婦関係、兄弟姉妹関係など家族内のつながりの強さや弱さ、力関係などを把握していきます。また家族図は、本人から三世代ほど遡って記載することも推奨されており、前の世代で起きていて問題(例えばアルコール依存症など)が、今の家族世代で起きている、などのパターンが見てとれることもあります。

また家族ライフサイクルといって、家族の現在の状況に応じた解決すべき課題が既にわかっており、それについて順調に乗り越えてきているのかいないのか、といった点から家族機能を判断することもできます。詳細は以下の参考テキスト2)をご覧ください。

2)草場鉄周:家庭医療のエッセンス.カイ書林, 東京, 2012. pp160-197

在宅医療における家族ケア、高齢者・緩和ケアの事例を元に | 村井 紀太郎

家族ケアと緩和ケア

在宅医療において自宅で過ごされる終末期患者のケアには家族ケアと緩和ケアの両方のコンピテンシーを要します。日本の社会保障制度上、自宅患者の多くは家族介護なしに自宅療養することが難しいことが多く、患者自身のケアとともに患者の介護をする家族のケアも必要となります。特に終末期は患者の病状が急激に悪化することがあり、その際の家族の身体的、心理的負担は大きく家族ケアをする能力が必須となります。

在宅患者の終末期は癌疾患と非癌疾患(心不全、腎不全などの臓器不全や認知症、脳梗塞などの神経疾患)に分類されます。いずれの疾患も身体的・心理的・社会的苦痛を和らげる緩和ケアが必要となります。痛みや呼吸苦、吐き気、倦怠感といった身体的苦痛を和らげるため、各疾患や病態に合わせた薬物の選択と調整を行う能力、適切に予後を予測し患者と家族に共有する能力、抑うつ・不安・焦燥・否認といった心理的苦痛に対して適切な薬物を選択する能力と患者の話を傾聴し共感する能力、高齢独居・経済的な問題・介護力の問題などの社会的苦痛に対して社会的処方を行う能力が求められます。

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患者から「もう生きていても仕方がない、早く死にたい」と伺うことがあります。これは霊的苦痛(スピリチュアルペイン)という自身の存在意義を揺がすほどの苦痛と言われています。スピリチュアルペインへの対応は前述で述べた身体的・心理的・社会的苦痛に対する十分な対応が求められますが、それだけでは不十分です。スピリチュアルペインは日常生活の自由や未来の希望など自分自身の自己決定権が失われる苦痛、自身の心の支えとなる人と別れる苦しみなどによって起こります。こういった苦しみに患者とともに向き合い、傾聴し理解する能力が重要になります。

またスピリチュアルペインは心の支えとなる人との関係性が崩れた際に起こることがあります。病状の進行に伴い患者自身の日常生活動作が低下すると家族に身体的な介護負担がかかります。また患者が衰弱していく姿を間近で看ることは精神的な介護負担が大きい状況です。終末期で急激に病状が悪化する時期は患者、家族ともに非常にストレスを抱えやすい時期で患者と家族が衝突し関係性が壊れスピリチュアルペインが出現するという状況になりやすい時期です。この時期には身体的苦痛を迅速に取り除き、速やかにケアマネージャーや訪問看護と連携し介護サービスの調整を行うことは必須ですし、医療者が患者と家族の心の支えとなるとともに、患者と家族の関係性を修復し強化する能力も必要となります。

高齢者ケアと緩和ケア

在宅医療で過ごしている認知症患者が徐々に食事が取れなくなり看取りになるケースは比較的多く見られます。こういったケースを患者と家族がともに満足のいく最期を迎えるためには、適切な時期に家族会議(アドバンスケアプランニング)を開催し本人と家族の意見を調整し、医療者を含め全員が納得する方針を決めていく能力が求められます。認知症の経過と予後を本人と家族に共有する能力、心肺停止時の蘇生処置や終末期の人工栄養に関して本人、家族の希望を引き出し、倫理的な側面も考慮しながら意思決定を纏めていく能力が必要となります。

参考文献

・在宅医療の技とこころシリーズ チャレンジ!在宅がん緩和ケア(第2版)【編著】梶原診療所在宅サポートセンター 平原佐斗司【編著】 東芝病院緩和ケア科 茅根義和【編著】
・緩和ケアマニュアル―ターミナルケアマニュアル(改訂第4版) 淀川キリスト教病院ホスピス【編】 柏木 哲夫【監修】
・終末期がん患者のスピリチュアルペインとそのケア 村田 久行著

〈 地域志向のプライマリ・ケアとのリーダーシップ 〉

地域をみるとは(住民すべてを対象としたケア、地域包括ケアシステム構築の実践)| 山田 康介

はじめに

「生物心理社会モデルと患者中心の医療の方法」「システム思考と家族志向型のケア」につづき「地域志向のプライマリ・ケアとそのリーダーシップ」についてお話します。健康問題を抱える患者さんは生物医学的な存在ではなく、心や家族という背景(コンテクスト)をもち、その影響も受けて今、私たち家庭医の診察室にいる。それを丸ごと受け入れて患者さんのケアにあたる家庭医の姿をお伝えしました。ここではさらに視野を広げてさらに患者さんの暮らす地域(コミュニティ)に視点を広げていきたいと思います

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患者さんを通して気づく地域の健康課題

患者さんの健康問題の背景に地域の風習、文化や気づかれていない健康リスクが存在して影響を及ぼしていることがあります。雪の降る冬期間、多くの高齢者が転倒を恐れて屋外を歩くことを避け自宅で過ごす時間が長くなり結果として足腰の筋力を衰えさせてしまい逆に転倒の危険が高まってしまうといった問題が一例でしょう。家庭医は定期的に受診する高齢患者さんが診察室に歩いて入ってくる姿をみて「気づき」ます。「この患者さん昨年の秋にはしっかりとした足取りで足早に診察室に入ってきていたのにずいぶん時間がかかるようになったな」聞いてみると夏は自宅に小さな菜園を作っていて毎日のように体を動かしていたのに冬期間は週に1回、近隣に住む娘に買い物に連れて行ってもらう程度だとおっしゃいます。もちろんこの患者さんには冬の間も運動を継続することの重要性を説明し具体的な方法について話し合います。同時に家庭医は「きっと他の高齢者も同じ状況にいるのでは…」と想像します。視野を広げて、目の前の患者さんを同様の健康リスクを共有する地域の一員であるととらえるのです。1)そうすることでこの地域の高齢者の転倒や骨折を減らそうとするなら、診察室で高齢者1人1人に指導を行っていくことに加えて地域全体でこの問題に取り組むことも重要であることに「気づく」ことができるのです。このように日常の診療で地域に存在する様々な健康課題にも目を向け解決すべく行動を起す姿は家庭医のもつ特徴といえるでしょう。

地域の健康課題の解決に乗り出す家庭医 2)3)

たくさんの「気づき」の中から前述の「高齢者の冬期間の運動不足」という課題に取り組むことにしましょう。この「気づき」は本当にこの地域の重要な健康課題なのでしょうか?家庭医なら高齢者の転倒とその予防は重要な健康問題、近年はサルコペニアという概念も登場し高齢化の進む日本においてホットなトピックであることは知っているでしょう。この地域での実態はどうなのでしょうか?行政から発表されているたくさんのデータの中に高齢者の日常生活に関するアンケート調査を見つけることができました。「冬期間の外出頻度について」という今回の「気づき」にぴったりの項目がありました。やはり夏期間と比較すると外出頻度が顕著に減る傾向があるようです。このデータを公表している市役所の福祉課に電話してみたところ担当の保健師さんが会いに来てくれました。今回の「気づき」について話をしてみたところ、このアンケート調査を受けて各地域の地域包括支援センターや民間事業者の力を借りて高齢者の冬期間の運動プログラムを展開する事業が始まったところであることを教えてもらいました。自宅からの送迎付きなのだそうです。この家庭医の診療所のある地域の事業所を紹介してもらい、その事業所と連携して診療所の患者さんを紹介するシステムを整えることにしました。冬期間の運動不足と転倒について地域の高齢者について知ってもらうための講演会を保健師さんと事業所と協力して行うことになったのです。

この事例のように家庭医は「気づき」を気づきで終わらせることなく、この地域の実態をデータを元に調べともにこの地域に働く多職種と対話、連携して地域に存在する健康問題にも取り組んでいくのです。読者の皆さんは家庭医がこういったプロセスを通じて新たに地域の保健師さんや事業所さんとつながりが生まれたことにも気づかれたと思います。家庭医が自身の医療機関を飛び出し様々な人と対話することで地域に生きた「連携の輪」が広がっていき、真の意味での地域包括ケアシステムが作られていくのです。患者さんの「心、家族、地域」に目を向け(志向し)、ケアする。これは他の専門診療科にはない私たち家庭医のもつ専門性といってよいでしょう。

地域には家庭医にもとめられるニーズがたくさんある

この項では家庭医の日常診療における「気づき」から地域の健康課題の解決へ向けた事例を紹介しましたが、地域には医師に求められる既存のニーズがたくさんあります。産業医、学校医・園医、医師会活動などがその典型例といってよいでしょう。こういったニーズにも家庭医は貢献します。既存のニーズに家庭医がどのように答えているのか、次項で紹介しましょう。

参考文献

1)Freeman TR. Chapter 2 Principles of Family Medicine. :New York: Oxford University Press; 2016. 17-35. (Freeman TR. McWhinney’s Textbook of Family Medicine. 4th ed. )
2) 山田康介 地域・コミュニティを視野に入れた包括的なアプローチ.:東京:カイ書林:2012.205-246.(草場鉄周 家庭医療のエッセンス)
3)筧裕介 ソーシャルデザイン実践ガイド.:東京: 英治出版株式会社:2013

医師会や行政と連携した地域保健活動 | 中川 貴史

地域のニーズに家庭医としてどのように答えていけるか?

医師が医療機関で診療を行うことは当然ですが、前項でもお話ししましたが地域やコミュニティが有している健康問題に対して行う活動もまた大切な役割です。しかも、その活動は地域住民に直接働きかける活動もありますが、様々なシステムや仕組みを作っていく活動も重要となります。地域の人口規模にもよりますが、一家庭医が地域で貢献できる範疇には限界があります。そのため、システムや仕組みを構築していくことでより多くの住民に対して質の高いケアを提供することができるようになるのです。

地域のニーズを感じ、分析し、行政等の保健師らや医師会等に提案し、政策や活動に反映してもらっていくことも重要です。しかし、忙しい家庭医にとってそのような現場発信の活動はそう容易なことではありません。また、地域の規模が大きくなると様々なステイクホルダーが存在しますし、よりシステムが複雑化しているのでどこに働きかけるのが効率的なのか、どのような方々に協力してもらうとよりスムーズにことを進められるかなどを慎重に検討することが大切です。

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まずは、自らが所属する各種団体の会合に参加してみて、そこで行われている様々な活動に協力することから始めてみましょう。また、医師会や行政、町内会などから求められたらフットワークよく引き受けてみてください。そうすることで地域を深く知るきっかけとなりますし、相互の信頼関係が築かれ、その後の様々な活動がスムーズに行えるようになっていくことでしょう。

以下のようにWHOは2018年にケアの継続性とコーディネートの統合によりケアの質を向上させるべきであると提唱していますが1)、その中がでヘルスケアシステムを以下のレベルに分け、それぞれのレベルでどのような活動をしていくべきかを述べています。本項に照らし合わせて記載しますのでご参照ください。

家庭医が得意とするケアの継続性とコーディネート機能が影響を与えうる
ヘルスケアにおける3つのレベル

具体的な活動例

1.地域における医師会活動の例

ある街では行政から医師会が依頼を受けて在宅医療の推進を目的としたタスクフォースを発足し、様々な活動を行っています。日々それぞれの医師が単独で診療し、孤立しがちな各診療所の在宅医・家庭医らが気軽に相談できる体制を作ることにより質の向上を図る取り組みを行っています。また、互いに患者を紹介しやすくするための病院と診療所との連携体制を整備する活動や在宅看取りを支援するための医師対象とした研修会、さらには多職種連携を推進するための職種の壁を超えた研修会などを開催しています。そこに一家庭医として企画の段階から関わり、実施、評価、さらには次への改善などに協力しています。

2.地域における認知症患者に対する活動の例

ある街で家庭医をしていると、認知症患者の家族が日々悩み、不安を抱えていることが診察に付き添ってくる場面や、地域の保健師らから聞こえてくることがあります。まだ、認知症患者を家族に持つ方々が集う会がその地域にはなかったため、保健師、社会福祉協議会の方々と共に発足させました。そこで行われる講演会に講師として参加したり、スタッフで寸劇をして認知症への理解を図る活動などもしています。また、認知症サポート医の資格を取得後、認知症初期集中支援チームの一員として保健師、作業療法士、社会福祉士など複数の専門職で家族の訴え等により認知症が疑われる人や認知症の人及びその家族を訪問し、アセスメント、家族支援などの初期の支援を包括的、集中的に行い、自立生活のサポートを行っています。

地域の中でのリーダーシップ、フォロワーシップ

医療機関のみならず、地域にて様々な活動をする家庭医にとって、その時々で適宜どのような立ち居振る舞いをするべきかを考えることはとても重要です。地域の住民や多職種からリーダーとしての振る舞いを求められることもあるでしょう。一方、医師会や行政などの専門家集団の中ではそれらの歴史や自らの知識や経験などを勘案し、適宜リーダーをサポートするフォロワーとしての役割が求められることも少なくありません。もちろん、それぞれ役割が入れ替わることもよくあります。その中でいつも忘れてはならないことは、最終的な目的は何かということです。我々はきっと、患者や家族、その地域の住民が少しでも健康で幸せな日々の活動ができることを目指しているのではないでしょうか。そこがぶれなければきっと良いチーム作りに我々家庭医は貢献できることでしょう。

今後の課題

我が国におけるこのような地域保健活動は様々な良い結果を生み出しています。しかし、なかなかそれらを系統だって実施していくための指針は示されていません。というのも、地域は多様であり、そこに住む住民の志向性、習慣、文化などの背景・コンテクストは一つとして同じところはないからです。A地域で成功した活動が、必ずしもB地域でも同様の結果を得るとは限りません。しかし、だからと言ってやりっぱなしではなく、検証し、地域で良い意味で批判的に吟味し合い、質の向上を図っていくことが求められています。2)

参考文献

1)Continuity and coordination of care: a practice brief to support implementation of the WHO Framework on integrated people-centred health services.World Health Organization 2018
2)OECD Reviews of Health Care Quality: Japan – Assessment and Recommendations OECD 5 November 2014

【 家庭医療で扱う健康問題と地域活動・社会的なテーマ 】

未分化な健康問題 | 中島 徹

はじめに

患者さんが訴える症状に対し、決まった診察や検査をして、ただ一つの解決方法にたどり着く……そのように簡単にはいかないのが医療の世界です。特に、家庭医は病気の初期でまだ病気の経過としてもはっきりしていないタイミングを診ることが多く、さらに個別ケアを行う上では患者さんの心理・社会的な背景が絡み合い、複雑な状況になっていることも多いため、未分化で不確実な問題を扱うことが少なくありません。こういった曖昧さを扱う時、医師は心理的ストレスを感じやすいと言われています。また、どんなに医学が進歩しても、こうした不確実性はなくなることはないだろうと言われています。そのため、患者さんの訴えに適切に対処していくには、不確実性を認識し、不確実性に耐えながらマネジメントしていく必要があります。

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不確実性の分類

医療の不確実性は、①技術的不確実性、②人的不確実性、③概念的不確実性の3つに分類されます。不確実な問題に対応していると気付いた時は、まずそれがどのような種類の不確実性に当てはまるのかを分類することから始めます。

① 技術的不確実性 不適切な医学知識から生じるもの、予後や治療効果を適切に予測する情報不足から起こるもの

② 人的不確実性 医師・患者関係から生じるもの、患者の意思や解釈が分からないために生じるもの

③ 概念的不確実性 一般的な基準を個々の患者に適応できない時、過去の経験を現在の患者に適応できない時に生じるもの

不確実性の種類によっては、学習によって解決するものや、患者さんとのコミュニケーションをより密にとることで解決の糸口が見えるものもあります。また、問題を不確実なままでも適切に患者さんと共有することで、より深い医師・患者関係を築くチャンスにもなります。

不確実性への対応

家庭医になる過程で、不確実性との遭遇は頻繁に生じます。不確実性との出会いに対して一つ一つ丁寧に対処し、それらを内省することは成長の糧となります。不確実性への対応は、医師個人のワークと、患者さんとの共有方法に分けられます。個人のワークとしては、①状況が本当に不確実なのかについての内省・考察を行う、②指導医などからの臨床の知恵の吸収、③ストレスマネージメント、の3点が挙げられます。患者さんとの共有方法としては、まずは診断の定義を明確にし、症状や徴候と疾患の関連性を説明します。患者さんが懸念する疾患がある場合はそれを強調したり、可能なら除外するように努めます。そして、その時点で分かっている範囲で、可能性のある経過と必要な治療について説明します。このように、医師と患者の双方が重視する問題点を定義して交渉を行います。経過を見ていく上で、症状の変化があった場合は速やかに鑑別診断を行うことを強調し、そういった変化を評価するためにフォローアップの予定を立てます。患者さんが十分に理解でき、治療計画に納得されたかどうかを丁寧に確認します。こうした、不確実性の中で繰り返し提供される質の高いケアを通じて、より深い医師・患者関係を築くことができます。不確実性を適切に対処することで家庭医としての能力が磨かれ、家庭医療がより楽しいと感じられるかもしれません。

参考文献

1)Hall. K.H. Reviewing intuitive decision-making and uncertainty: the implications for medical education. Medical Education. 2002; 36(3), 216-24.
2)Ghosh. A.K. Understanding Medical Uncertainty: A Primer for Physicians. J Assoc Physicians India. 2004 Sep;52:739-42.
2)草場鉄周:家庭医療のエッセンス. 東京:カイ書林:2012. p92-97

複数の健康問題・multimorbidity | 松井 善典

複数の健康問題・multimorbidityとは何か?

複数の健康問題は医学的な疾患以外にも、不安や生きづらさといった心理面や課題の傾向、また貧困や独居など健康に関わる社会面の評価や介入が必要な幅広い問題も含まれているため「健康問題」という定義の広い言葉になっています。Multimorbidityについても「2つ以上の長期にわたる健康問題」と定義されており、身体的や精神的な健康問題以外にも生涯継続する障害や視力や聴覚の問題、高齢者における虚弱性なども含まれた、まさに複数の健康問題とほぼ同義と理解できます。

家庭医の診療では日常的なケアの対象である複数の健康問題・multimorbidityは、一つの症状や疾患に対応することとは違った思考方法や能力を求められます。つまり生物医学的な視点のみでは複数の健康問題には対応できず、生物心理社会モデルの視点で捉えることではじめて複数の健康問題の評価が可能となり、ケアの優先順位づけができ、それを患者との関係性や対話を通して実践できるようになります。

このテーマでの学習や経験を積むことで、日常診療でのヒントや家庭医的なものの見方が鍛えられますし、必須のスキルと考えています。

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複数の健康問題・multimorbidityにどう対応するか?

具体的な一つの評価法がcynefinフレームワーク(図1)で、これは健康問題を4つに分けています。

臨場現場では対応に正解があるパターンは限られており、手探りで対応することで何かが見えてくるパターンもあります。この時、複数の健康問題があまり影響せず存在しているときはただ数が多いという「複数性」ですが、複数の健康問題が相互に影響しており個別性の高い要素が加わっているときは「複雑性」と表現できます。複数の健康問題への対応は、この「ケアの複雑性」への対応となる事例に出会うことで相当鍛えられますので、そんな事例に出会ったときは学ぶチャンスです。

いくつか4つのヒントをお伝えします。

・視点・立ち位置を変えて認識を複数つくっておく
・患者さんの日常生活を想像する、関わっているチームのウェルビーイングを考えるなど患者のケアの力を最大化する
・ヘルスリテラシーを高め、薬やタスクをシンプルにし、自信や自己効力感を高める
・ケアの協調性を高める
・多職種連携や家族との関係を深める、ケアのプロセスや目標に患者やチームを参加してもらう
・部分最適にならないように、過度にコントロールしないように注意するという自覚や世界観を持って、複数の健康問題に対応するようにしましょう。

ケアの複雑性の際に正しいケアは部分最適に陥る罠の可能性があります。一つ一つにベストを尽くすのではなく、全体をみて一番介入できるところ、患者の自信や安心に繋がる入り口などから入っていきましょう。また無理なパワーは裏目に出ることがあり、相互に影響するという自覚や世界観を持って、複数の健康問題に対応するようにしましょう。

<参考文献・参考図書>

・Christiane Muth et al. The Ariadne principles: how to handle multimorbidity in primary care consultations.BMC Med.2014:12: 223.
・Caroline Farmer Clinical assessment and management of multimorbidity: summary of NICE guidance BMJ 2016; 354
・Stewart W. Mercer. ABC of Multimorbidity (ABC Series). Wiley. 2014

脆弱な集団のケアとアドボカシー・SDHとアクセス | 柏﨑 元皓

1.健康の社会的決定要因とそれに対する家庭医の取り組み

世界保健機関(以下WHO)は、健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health:以下SDH)に取り組み、健康の公平性の達成に向けた世界的運動を前進させようとしています。SDHとは所得や学歴、仕事、居住地、性別、国籍/人種など、様々な健康に影響を及ぼす社会的要因を指しており、このような社会的状況の違いによって健康状態に差が生まれることは健康格差として問題視されるようになってきました。また、社会的要因だけではなく、医療・社会・経済の制度そのものが健康格差を生むことも様々な研究により指摘されてきています。こうした状況を踏まえて、医療分野においては、「公平性、疾患予防、健康増進の原則に基づいた保健医療システムを築く」「プライマリヘルスケアに重点を置いた良質の保険医療サービスをすべての人々に提供する」「保健医療関係の従事者を育成、強化し、健康の社会的決定要因に働きかける能力を拡充する」ことなどに取り組むよう求めています(文献1)。

日本では、1950年の生活保護制度、1961年の国民皆保険制度、1997年の介護保険制度に代表されるような制度整備の取り組みはあるものの、現実にはSDHに由来する健康格差は存在します。例えば高齢者では所得が低いほど、その後の死亡や要介護認定を受けやすいことが明らかになっています(文献2)。災害や危機時には特定の集団が大きな被害を受けやすく、より困難な状況に陥り、健康への悪影響が生じます。世界的に見ても自然災害の多い本邦においては今後も自然災害による健康被害が避けられません。自然災害による被害や、経済危機等の社会的な危機時にも健康格差が拡大することが知られています。

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(図1は文献3から引用)

2.現場のレベルで患者個人の脆弱性に気づく

SDHは個々の患者よりは集団に向けた概念ですが、日々の診療ではその影響を受けている人のケアの機会は(医療者自身が気づいているかどうかは別として)必ずあります。その際に、目の前の患者が、社会的因子や制度の影響を受けやすい人であることに気づくことは、医療職がその人の状況に合わせたケアが必要かもしれないと気づき、計画できるという観点からは非常に重要です。そのような患者を見つけ出すための様々な取り組みが探索されていますが、その一例としてStructural vulnerability assessment toolをここでは取り上げます。(他の例としてはSocial Vital signなどがあります。)

<Structural vulnerability assessment tool>

Structural vulerability(構造的脆弱性)とは、個人あるいはある集団が、社会的要因、経済的状況、政治的な位置付け、文化的特徴、社会の規範がうむヒエラルキーによって健康が損なわれやすい、あるいは、適切なヘルスケアへのアクセスや健康的な生活習慣の実行が制限される状況にあることをさします(端的に言えば、上述したSDHの影響を受けやすい位置付けにある人をさした言葉、と理解してよいでしょう)。そして、この疾病や障害などのアウトカムが悪くなりやすい社会的状況に置かれた患者を同定するための評価方法として、Bourgoisらは、Structural vulnerability assessment toolを提唱しています(表1参照)。まだまだ現場での実用は進んでいない、提唱段階のツールではありますが、医療者が日常診療の中でどのような特徴を持った患者について特に注意が必要かを確認したり、ケアに行きづまっている時にこうした脆弱性が影響していないかを考える際には有用と思われます。

社会的要因や制度と健康状態の絡み合いが判明してきた中、脆弱性を持つとされる人たちに医療従事者がプライマリヘルスケアに携わる場合には、多面的な対応が求められます。個別の患者レベルでは、社会的側面の影響を被りやすい人を同定し、その特有の状況を踏まえて対応したり、既存の制度枠組みでは十分なケアを受けられない人についてその狭間を担うような役割が求められます。また、より集団のレベルの対応としては、前述した個人のケアの経験の集積に基づいて制度の不備にフィードバックをしたり、研究を行い発表したり、あるいは災害や危機時におけるSDHに基づく健康格差の拡大の緩和を試みたり、などが当てはまります。このように、教育・経済を含めた幅広い領域について、個人レベルから集団、制度のレベルまで非常に広範な内容が含まれますが、本稿では、そういった現状に対し、家庭医ができることの中でも、現場で一人一人の患者のケアに役立つと思われる一つの切り口として、アドボカシーについて解説します。

3.アドボカシー

<アドボカシーとは>

本来個人がもつ権利をさまざまな理由で行使できない状況にある人に代わり、その権利を代弁・擁護し権利の実現を支援する行為・またはその行為者をアドボケート(advocate)と呼び、権利を代弁・擁護し支援する機能をアドボカシー(advocacy)と呼びます。患者は、医療現場では、情報面でも治療を受ける身としても、立場上弱者となりやすいです。疾患、症状により既に弱っている上に、さらに無力感を感じます。また、医療者や家族が、自分の希望に沿わないケアを行おうとすることもありますが、それに反対の声を上げるのも容易ではないことがよくあります。しかし、患者は、どういう検査や治療方針が最も自分の利益になるかを自分で決める権利を持っています。その権利を医療現場で行使するためには、十分な情報と力が必要になります。そこでアドボカシーが必要となります。

<擁護者の役割>

今の社会通念の中では、自分のケアは自分で行うべき、とされることが多いです。しかし、脆弱性を抱える人々の多くは、認知や動機づけにおける限界、身体機能における限界、判断や決定を下す場合における限界、自己管理における限界など様々な機能の限界〜すなわちセルフケア不足〜を抱えています。加えて、適切な社会支援もしくは家族の助けを受けられないこともあります。擁護者の目的は、患者のセルフケア機能を維持もしくは回復させることです。そのために擁護者が果たすべき役割は、患者の代理人、心配を和らげ自立と自己管理を回復させるカウンセラー、患者の個人的な価値観や目標と生物医学的介入とを結びつける専門家、情報提供者、ケアの質のモニタリングをする人、代弁者など、多岐にわたります。そして、アドボカシーを遂行するには、下記の4つの心構え・能力に代表されるような多様な技術(その他、専門知識、コミュニケーション能力、問題解決能力など)も必要となります。

こうして擁護者は、患者の価値観と希望を受け入れ、ケアの環境を整えます。アドボカシーは患者を力づけ、情報を得た上での意思決定を促します。患者は、ケアの受け手にとどまらず、健康に関わるニーズと資源の適切な利用を明らかにする過程に積極的に参加します。擁護者は生物学的ニーズに応えるのみならず、患者の安寧に影響を及ぼす社会経済的状況に応答するのです。

こうしたアプローチを行うためには、患者の状況を生物医学的視点だけではなく、生物心理社会システムの中で捉えることが前提になります。また、患者の価値観や希望を探り、置かれている状況を把握し、妥当な方針決定を支援するためは、PCCMで重視される「決断の共有」というプロセスを患者と行うに止まらず、そこで得られた患者の状況や決定をケアに関わる周囲の関係者に意訳しながら伝えつつ、様々な視点から見て妥当な案を見つけ出すことが求められます。患者との二者関係が前提にあるPCCMのアプローチを、更に社会の中の様々な人間関係や権威勾配の中で位置付けを探りつつ、ケアを行うプロセスであるという意味では、本稿で述べた内容は生物心理社会モデルに基づく患者理解やPCCMの実践を更に応用した領域と言えるかもしれません。(「家庭医療とは」の別項「PCCM」、「BPS」参照)

(ここでは概略の提示に留めますが、より詳細に知りたい方は、アドボカシーについては、参考文献1を、また、患者と医療者を取り巻く社会・構造的状況に対応する能力をStructural competencyとまとめて教育しようとする流れが北米にありますので参考文献2もご参照下さい。)

引用文献

1)「健康の社会的決定要因に関する委員会 最終報告書 要旨」https://extranet.who.int/kobe_centre/sites/default/files/pdf/JA_Closing_the_Gap_Executive_summary.pdf
2)近藤克則, 芦田登代, 平井寛, 他. 高齢者における 所得・教育年数別の死亡・要介護認定率とそ の性差 AGES プロジェクト縦断研究 . 医療と社会. 2012;22(1):19–30.
「日本プライマリ・ケア連合学会の健康格差に対する見解と行動指針」https://www.primary-care.or.jp/sdh/fulltext-pdf/pdf/fulltext.pdf
4) Bourgois, P., Holmes, S. M., Sue, K., & Quesada, J. (2017). Structural vulnerability: operationalizing the concept to address health disparities in clinical care. Academic medicine: journal of the Association of American Medical Colleges, 92(3), 299.

参考文献

1)クロニックイルネス 人と病いの新たなかかわり アイリーン. モロフ. ラブキン、パマラ D. ラーセン 医学書院 第15章 アドボカシィ
2) Metzl, J. M., & Hansen, H. (2014). Structural competency: Theorizing a new medical engagement with stigma and inequality. Social Science & Medicine, 103, 126-133.

病院での家庭医チームの役割と活動 | 堀 哲也

A.はじめに

北米やヨーロッパの家庭医は、基本的には診療所で診療を行っています。しかし、医療制度や専門医制度の違いから、日本では病棟での総合診療研修が必須となっており、国内には家庭医・総合診療医が活躍している病院がいくつもあります。日本における病院の定義は、20床以上の入院施設を有する医療機関となっており、各地域やそれぞれの病院によって病床数の規模や、必要とされる役割は大きく異なります。そのため、ここでは帯広協会病院を一例に病院での家庭医チームの役割や活動について説明したいと思います。私が働いている帯広協会病院は、北海道家庭医療学センターで研修を終えた指導医と総合診療研修の専攻医によって総合診療科が運営されています。

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B.帯広協会病院とその役割

帯広協会病院(以下、当院)は、北海道の十勝地方の中核都市である人口約17万人の帯広市にあります。病床数は300床(一般病床252床、地域包括ケア病棟48床)で、地域の中核病院として救急、外来、入院の診療を行っています。その中で、私たちの総合診療科は、救急、外来、入院のすべてに携わっています。当院は、いわゆる総合病院として機能していますが、すべての専門診療科が揃っていないため、総合診療科は不足する診療科の一部機能を補完する役割も担っています。近年は入院患者の多くが高齢者であり、複数の健康問題を抱えていたり、他の専門診療科との線引きが難しい症例もありますが、それぞれの専門医と連携しながら、統合されたケアを提供できるように調整することも大事な役割のひとつです。

C.家庭医・総合診療医の役割や活動について

病院の診療では、診療所と同様によくある疾患(Common Disease)に対応していますが、診療所と比較すると疾患の重症度が高い傾向にあります。また、救急外来の診療も担っていることから、緊急度の高い症例を診察したり、各専門診療科との連携を通じて稀な疾患に対応する機会もあります。しかし、どのような疾患であっても私たち家庭医・総合診療医は、患者中心の医療の方法を基盤とした診療を行っており病院と診療所では機能や役割は異なりますが、基本的な診療の姿勢に変わりはありません。その他、私たちが大切にしている協調性や包括性というプライマリ・ケアの原則は、病院内の様々な多職種連携を基盤としたチーム活動との親和性が高く、褥瘡ラウンド、栄養サポートチーム、院内感染対策チーム、抗菌薬適正使用支援チームなどの取り組みに参画しています。そして、福祉や介護との連携を通じた退院支援活動は私たち家庭医・総合診療医の得意とする領域のひとつと言えます。

多職種連携と包括的な統合ケア | 加藤 光樹

なぜいま多職種連携なのか

なぜいま多職種連携がこれほど叫ばれているのでしょうか。人口の高齢化に伴い、疾病構造はかつてと比べ大きく変化しました。かつては急性期疾患が医療の中心でしたが、現在は病気があるのが当たり前で、慢性の疾患を抱えながら生きる時代になっています。これに伴って、必要とされるケアも医学的なケアから、生活を支えるための包括的なケアと変化してきています。例えば、高齢独居で複数の疾患を抱えている患者さんが暮らしていくためには、どのようなケアが必要になるのか考えてみましょう。もちろん肺炎などになれば入院治療といった急性期のケアが必要になるかもしれませんが、そうでない場合は高血圧、過活動膀胱、変形性腰椎症といった病気を抱えながら家で暮らせるような包括的なケアが必要になってきます。では、その包括的なケアとは例えばどのようなものなのでしょうか。それは、孤独に対する心理的なケア、食事の支度をするための支援、入浴するための、褥瘡の予防など、多岐に渡ります。こうしたケアを提供するためには医師、看護師、介護士、リハビリスタッフ、ケアマネジャーなどの様々な職種が関わる必要が出てきます。

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包括的な統合ケア

では、そうした連携があった上で、統合的なケアとはどのようなケアになるのでしょうか。統合的ケアでは、上述の様々な職種同士が密に情報を交換し合い、協調的な一体的なケアを提供していきます。例えば、この方の腰痛が強くなった場合、何が重要と考え、どのような対応をしてくのがよいのでしょうか。転倒の危険があるから自宅ではなく施設での生活を進めるべきでしょうか。こうしたケアの優先順位を考える歳に中心にあるのは、もちろんご本人の意向です。しかし、その意向をどうやったら実現できるのかについては、多職種の緻密な情報交換が必要になってきます。転倒のリスクはどれくらいか、歩行機能はどれくらいあるのか、どうすれば転倒は予防できるのか、どんな薬が助けになるのか、その薬は他の疾病に影響は出ないか、家で暮らすために必要なサービスはどのように変化するか、家族はどう考えているか。こうした様々なことを、多職種の視点でとらえながら、最良のケアを提供していくところに、統合的なケアの意味があるのだと思います。そして、こうしたケアを提供する上で継続性、包括性、協調性を大切にしながらケアを提供していくことが、家庭医に求められいることなのだと思います。

参考文献

Junji Haruta, Ikuko Sakai, Mariko Otsuka, Hisashi Yoshimoto, Kazue Yoshida, Michiko Goto & Toshinori Shimoi (2016) Development of an interprofessional competency framework in Japan, Journal of Interprofessional Care, 30:5, 675-677, DOI: 10.1080/13561820.2016.1192588

大夛賀 政昭, 筒井 孝子, 日本における医療介護連携の課題と展望, 保健医療科学, 2016, 65巻, 2号, p.127-135

第2章 家庭医療を基盤とした組織活動 

【 地域ニーズに応える質の高い家庭医療の実践 】

都市部診療所の取り組みと実践の過程(室蘭)| 佐藤 弘太郎

クリニックの歴史

日鋼記念病院のサテライトクリニックという位置付けで、1996年に北海道家庭医療学センター初の診療所として設立されました。当初から若手医師の家庭医療教育を目指しており、患者さんや地域住民の皆さんの理解も徐々にえながら外来診療、訪問診療を行って来ました。また町内会への健康講話や本輪西神社祭への医務班としての参加など地域に根ざしながら身近な診療所として歩みを続けています。

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地域のニーズ

室蘭市は人口8万4000人(2018年度時点で高齢化率37.1%)ですが、本輪西地区は高齢化率41.7%と更に高率になっています。ここは開拓者が室蘭市内で初めて入った地域として神社やお寺が多く、古くからの人と人との繋がりが強い地域で町内会や民生委員の方々も活発に動いています。ただ平地が少ない町に一時的に人口が爆発的に増えた歴史もあり、坂の上の路地に家があったりと容易に通院難民になってしまう脆弱性があるため、在宅医療のニーズは高い地域です。また都市の規模の割には総合病院が多く、精査するも原因が分からずDr.ショッピングを繰り返してどこに通院すれば良いか分からなくなった方、まとめて1つの医療機関で見てもらいたい方など臓器的な包括性や生物心理社会医学的にもバランスよくみる家庭医療を専門とする当院に受診する利点の大きい方も多くおられます 。

地域のニーズへ応える質の高い家庭医療の取り組み例

・Medical Social Worker (MSW)の存在
在宅医療ニーズの増加に伴い、2014年度から当法人で初めてMSW(社会福祉士)を配置し、急性期病院、地域包括支援センター、ケアマネジャーなどから在宅医療の相談を受ける窓口を一本化しました。それまでは診療所看護師が行なっていたのですが、看護師は外来看護や訪問看護ステーションとのハブ、訪問診療同行などの業務に専念することができるようになりました。また他施設ともソーシャルワーカー同士でよりスムーズな情報のやりとりができるようになり、在宅医療のニーズに細やかに対応・調整が可能となっています。他にもMSWが持つ成年後見人制度や権利擁護といった福祉領域の知識なども診療所のケアする幅の広がりに貢献しています。

・在宅医療における多職種連携→在宅数の広がり→医師会での医師連携体制
2011年ごろより在宅ケアに携わる縦割りの職能団体はあるも、在宅ケアに携わる専門職の横のつながりの必要性を感じるケースが数件ありました。そこで札幌市西区の例を参考にして、2012年度、室蘭登別在宅ケア連絡会(2013年度から西いぶり在宅ケア連絡会と名称変更)の立ち上げをして、定期的に在宅ケアに関わる研修会の開催、近隣のショッピングセンターでの市民対象の在宅ケア広報イベントの開催をしています。その結果、専門職間の顔の見える関係が徐々に構築され、在宅医療につながる方も増えてきました。その中で在宅医療を受け入れる医師側のキャパシティを地域で増やしていくニーズも高まり、2015年度、室蘭市医師会在宅システム検討委員会を立ち上げ、医師内での連携を深めることを初めました。この委員会は北海道庁の在宅医療推進の予算も使いながら、主治医—副主治医制で待機医師の負担の軽減をしたり、医師と他の職種をつなぐ懇談会を企画して現場のニーズを吸い上げたりなど活動してます。

郡部診療所の取り組みと実践の過程(寿都)| 今江 章宏

寿都

寿都町は北海道の日本海沿いに位置する人口約2,900人の小さな漁師町で、公共交通機関は1日数本のバスのみ、高次医療機関まで車で1-2時間かかります。2005年の旧道立病院から町立診療所(有床診療所)への移管と同時に、私たちHCFM家庭医の複数医師体制により地域の第一線の医療を担ってきました。

① 包括性(comprehensiveness)

診療所というと外来診療あるいは在宅医療のイメージが強いかもしれませんが、当診療所はそれに加え入院・救急医療も担っており、まさに家庭医としての診療能力の幅広さが試されるセッティングです。外来診療は、赤ちゃんからお年寄りまで、地域のかかりつけ医として、日常的によくある疾患を中心に、とくに高齢者では臓器に関わらず複数疾患合併(例えば、糖尿病、高血圧症、心房細動、COPD、変形性膝関節症、足白癬、アルツハイマー型認知症の合併)を一括して診療することが多いです。在宅医療は複数医師体制により24時間対応を行っており、最近ではがん末期の緩和ケアに関して積極的に連携することで、がん診療連携拠点病院や緩和ケア病棟からは遠く離れたこの地域においても、住み慣れた自宅で最期まで過ごされる患者さんが少しずつですが増えています。その際に、入院医療も当診療所で担っていることで、よりシームレスで柔軟な対応を実現できるのは、この規模ならではの強みです。肺炎や尿路感染症などよくある疾患の急性期治療から、腰椎圧迫骨折後のリハビリ、町外医療機関での急性期治療後の在宅調整目的の転院など、そしてがん・非がん疾患を問わず緩和ケアのニーズは在宅と同様に高まるばかりです。いずれも普段から外来や在宅で診ている患者さんで、ご家族や介護福祉関係者も気軽に訪れることのできる身近な病棟ですから、より質の高い入退院支援やACP(advance care planning)が自然と可能になります。救急医療は、時間外の外来診療に加え、地理的事情から町内で要請されたすべての救急車は当診療所へ一旦搬送されるため、脳卒中・心筋梗塞や多発外傷など緊急性の高い状況においても、初期対応を行いつつ適切に高次医療機関へ転院搬送する必要があります。広大な北海道ならではのドクターヘリも時に活用します。

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② 協調性(coordination)

診療所だけで全てを抱え込もうとするのではなく、遠方ではありますが各領域別専門医・高次医療機関と積極的に連携・併診し、gate keeperというよりgate openerとして、より適切な専門医療との橋渡しを行い医療資源が限られた地域においてもケアの質を最大化することは、家庭医にとって重要な役割です。日々の紹介・逆紹介はもちろん、医師会活動等を通じて紹介先の医師・医療機関と顔の見える関係づくりを積極的に行い、病診連携を充実させています。その結果、患者さんは診療所が各医療機関との窓口を担っていることを実感し、より安心・信頼して受診していただけるようになります。また、多職種連携においては、診療所内では医師の他に看護師・理学療法士・放射線技師といった医療専門職が勤務していますが、大病院のようにすべての専門職が揃っているわけではなく、各々が自身の専門性を超えて互いに補い合う文化が醸成されています。診療所外の院外薬局・介護福祉関連・学校・保育園・救急隊・行政等も、人的資源が豊富かつ多様な都市部と違い、限られた「いつもの」メンバーであることによる信頼関係や助け合い、連携のしやすさがあります。さらには、各種町内行事やボランティア活動、さらには学校や保育園に通う自身の子供等を通じたプライベートな付き合いにより、医療介護福祉分野以外の方々とも交流する機会が多く、地域・コミュニティの緩やかな人と人の繋がりの中に私たち診療所や医療があることも実感します。

③ 継続性(continuity)

家庭医はいわゆる「かかりつけ医」として、地域で一人一人の患者さんと長くお付き合いしていくため、自然と様々な情報(患者さんが抱える疾患はもちろん、検査や治療・専門医への紹介など医療に求めるニーズや好み、家族関係、住居、仕事、健康観など)が蓄積され、より患者さんの個別性に配慮したケアを提供しやすくなります。さらに、主治医以外の医師や他職種もそれぞれが同じ患者さんと長く関わり、情報共有を日頃から密にしているため、結果として「チームとしての継続性」が深まっていきます。診療所内外において「〇〇さん」と名前を言えば皆がその患者さんのことを具体的にイメージでき、様々な調整や介入がスムーズに行えるのが特徴です。最後に、寿都町のような北海道の人口過疎地域において、診療と教育の両立により家庭医の複数医師体制を維持することは、誰か一人の医師がいなくなると破綻してしまうような脆い医療体制ではなく、将来にわたり地域で安定した医療を確保するための貴重な投資です。また、経営面でも町立診療所へ移管後から大幅な改善を実現しています。今後も人口減少・少子高齢化や医療機能の集約化など変わりゆく時代を見据えながら、10年先20年先を見越した地域の医療のあり方を、行政との密接な連携のもと模索し続けることも私たちの責務です。

病院の取り組みと実践の過程(京都伏見)| 松島 和樹

私たちの病院は、設立から40年近くが経つ151床の地域に密着した病院です。京都市伏見区という都会にありながらも、大きな川や工業地域によって地理的に閉ざされた地域です。周辺には数軒の開業医と療養病院が一つだけですので、地域の一次救急は当院が担っています。もともとは医局からの派遣医師に頼って診療を行っていたのですが、2015年より家庭医が赴任し、少しずつ活動の幅を広げていきました。現在、この病院で家庭医がどのように働いているのか、ご紹介いたします。

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「春望三川合流」(志村正)
桂川、木津川、宇治川の3つの川が交わって淀川となるところです。

外来診療

当初は、撤退した小児科や皮膚科の診療をカバーすることから始まりました。そして年度が経つにつれ人員も増え、今では外来の初診患者の大多数を家庭医療外来でカバーしています。定期的に受診する患者さんも増えています。特に、心理的な問題・社会的な問題を抱えておられる方や、複数の健康問題を抱えている方を積極的にフォローしています。また今年度は、産婦人科医の協力を得て子宮頸がん検診も行うようになりました。他のサイトと比べると、当院は比較的都会に近い場所にあります。適切に診断し大病院に紹介したり、特徴のあるクリニック(静脈瘤手術やペインクリニックなど)へ紹介したりする、協調性がより重要となっていると思います。院内にも眼科や耳鼻科、整形外科の先生方がおられますので、持ちつ持たれつの連携を意識しています。

救急診療

前述したように、近隣の一次救急を担っています。救急搬送受け入れは年間600件ほどで、24時間対応しています。院内の常勤医だけでは賄いきれないため、夜間・休日対応の一部は非常勤医に依頼しています。ありがたいことに放射線技師が常駐しているため、血液検査やCT・MRIはいつでも行うことができます。発熱、意識障害などの内科系はもちろん、軽度の交通外傷や転倒・転落による骨折なども受け入れています。しかし、夜間・休日は医師1名体制であったり緊急内視鏡検査ができないなどの制約がありますので、自院のリソースと地域の救急医療体制を理解した上での搬送受け入れ・転送の判断が重要となります。

病棟診療

当院は、一般急性期病床、地域包括ケア病床、障害者病棟、療養病棟のケアミックス病院です。基本的に主治医制ですが、外来の間などは対応が難しいため、病棟当番医を配置しています。家庭医が受け持つのは後期高齢者がほとんどで、感染症や心不全などの急性疾患の治療や、その後のリハビリ・社会調整が主な役割です。長期入院が必要な人もいらっしゃいます。CGA、ポリファーマシーの対応などの基本的な高齢者ケアをベースに、家族や後見人、ケアマネージャーや在宅で関わっているスタッフなどを交えた意思決定のスキルが非常に重要となります。

在宅診療

小規模ながら、訪問診療も行っています。外来や入院で担当した患者さんが通院困難となった際に、そのまま自分で訪問に行けることが病院の強みです。また、訪問診療ではありませんが、今年度は特養の嘱託医を引き受けることになりました。

予防医療

小児のワクチン外来を行っています。定期接種だけでなく任意接種も勧めたり、親のヘルスメンテナンス(風疹ワクチンの確認、次の妊娠時の葉酸摂取の推奨など)も同時に行っています。

地域活動

淀地域は、大阪と京都のちょうど中間地点にあります。高齢者が多いのは他の地域と同様ですが、若い世代も増えています。古くからの歴史もあって、地域との交流は盛んです。毎年、各自治体や社会福祉協議会からの講演依頼があります。最近では、げんキッズ広場という子育て世代向けのイベントにも参加させていただいています。そうした場所に家庭医も参加することで、住民の方々に病院をより身近に感じていただき、気軽に相談に来てもらえるように働きかけています。

教育

当院では、北海道家庭医療学センターの姉妹プログラムである関西家庭医療学センターの研修施設として、毎年、専攻医を受け入れています。また、北海道家庭医療学センターが提供している専門医資格を取った後の追加研修=フェローシップを、京都にいながら遠隔で受講することができます。他にも、京都大学病院や京都府立医科大学病院の初期研修医や、京都大学の学生の地域医療研修を受け入れています。大病院では学びにくいプライマリケアの診療や、多職種連携について学んでいただいています。

まとめ

当院のミッションは「わたしと家族のかかりつけ この町の病院」です。家庭医はプライマリケアの専門家として、「この町」で暮らしたり働いている人々の健康を支えるのが使命です。このような医療に興味がある方は、ぜひお越しください。

【 多様性と学びを重視した活力ある組織づくり 】

相互に学ぶ学習する組織づくり | 高橋 宏昌

働きやすい環境整備、職員が相互に学ぶ”学習する組織づくり”について

皆さん、こんにちは。北海道家庭医療学センター事務局です。北海道家庭医療学センターでは、北海道のみならず毎年日本全国各地から多くの専攻医を受け入れています。初期研修医から専攻医へと新たなチャレンジに胸をワクワクさせる一方、環境変化に大きな不安を抱える専攻医もおられるのではないでしょうか。私達事務局では、そんな専攻医の方々の不安を少しでも和らげ、研修に専念することが出来るよう、専任スタッフによる様々な支援を行っています。ここでは、その取り組みの一端を紹介させていただきます。

研修及び研究サポート

北海道家庭医療学センターでは、専攻医やフェローの先生方に学びに集中できる環境を整備するため、専任スタッフにより様々なサポート体制を整えています。例えば入職前の住居手配や引越しの手配、引っ越し時の立会いから始まり、研修プログラムの提出や病棟研修協力施設との受入れ調整、学会や研修会に参加する際の出張手配、外部研修のアナウンスと申し込み、資格更新に伴う単位の管理や研修受講のリマインド、医師会入会手続き(すべての医師は法人費用負担で日本医師会に加入します。)ママさんDRには研修参加時の保育手配など、そのサポートは多岐にわたります。新入専攻医のためのオリエンテーションや専攻医企画の勉強会、あるいは修了式などのイベントも多く開催されますが、そのスムーズな運営には陰日向に専任スタッフによるサポート体制が存在します。また、慣れない生活や職場の人間関係でストレスを感じた時には、外部のメンタルヘルス専門家による電話相談窓口を設けており、職場では相談しにくい問題でも気軽に相談することが可能です。研修に集中するためには生活面でのサポートも欠かせません。ぜひとも道産子の先輩たちによる親切丁重なアドバイスに耳を傾けてみてください。意外と雪国北海道の生活も工夫次第で楽しく快適に過ごすことが出来ます

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学術活動サポート

専攻医ばかりではなく、指導医養成コースであるフェローシップの学術的サポートも徐々に充実させていきます。2019年度からは、北海道家庭医療学センター全体の学術的活動の推進及び支援を目的に、アカデミックサポートユニットを立ち上げました。スタッフは指導医との兼任1名と専任スタッフ1名によるユニットです。専任スタッフは、放射線技師の資格を有し、医療分野での修士号と経営学分野での修士号 いわゆるダブルマスターを有し研究活動でも実績のあるスタッフを配置し、実務的な学術支援、創造発信活動、学術にまつわる初期相談など、初めての臨床研究活動に取り組む際にも、スタッフのサポートを得ながら不安なく研究活動に取り組むことを可能とします。

自己研修サポート

北海道家庭医療学センターに所属する全ての職員は、年間20万円を上限とする自己研修制度の利用が可能です。(別法人より主たる給与支払いのある非常勤職員や契約職員を除く)この制度は、外部の医療機関もしくは外部の団体等が開催する研修会や講習会等で、業務と関連した学習だけではなく、自己啓発も含めた幅広い学習を支援することを目的としています。また、研修等の参加費だけではなく、遠隔地での開催にともなう交通費や宿泊費も補助の対象となります。エコー技術研修などの臨床実務的な研修はもちろん、家族療法学会や在宅医療学会などの関連領域の学会参加や臨床とは異なるビジネススキルやコーチングなども含めた幅広い分野で多くの職員に対し自己研修制度を活用した個性的な学びの実現をサポートしています。

専攻医修了後のキャリアとフェローシップ・プログラム

最後にフェローシップ・プログラムについても触れていきたいと思います。北海道家庭医療学センターでは、指導医としてのキャリアをサポートするため、家庭医療専門医研修修了者を対象とした2年間のフェローシップ・プログラムを提供しています。フェローシップ・プログラムは、臨床研究、医学教育、家庭医療コア、診療所経営の4つの専門領域にてカリキュラムを構成する家庭医・総合診療医のための指導医養成コースです。特徴的なのは、それぞれの領域において、センター内外の専門家の講師を有していることです。研究においては、臨床研究デザインの分野で日本をリードする健康医療評価研究機構(iHope)による様々な講義や研究サポートを受けることが出来ます。経営については、経営学修士号(MBA)を有する医療経営の専門家による実践的講義による学習と、実際にセンター内で生じたケースを題材に、問題解決のフレームワークを活用した人材マネジメントに関するケーススタディなど、診療所の院長などの経営職に就任した際の実践的マネジメントに生かせる知識を学んでいきます。フェロー修了後は北海道家庭医療学センターの指導医としてのキャリアのほか、センター直営施設の院長就任や実家の診療所を継承するなど様々ですが、修了生としてのネットワークを通じて学びは継続していきます。

理想の診療所を追い求め続ける | 中川 貴史

はじめに

ローマは一日にして成らず、理想の診療所はすぐには出来あがるわけはなく、いつまで経っても追い求め続けるものだということをまずはじめにお伝えしておきます。医療機関の規模にかかわらず、絶えず大小さまざまな問題が出ては解決に向けて対応し、少しずつ前進していくイメージです。あるべき姿を設定し、そのゴールに向かうために必要な工程を細分化し、思い描いた道標に沿って一直線に歩みを進めていく目標設定型のチーム作りは理想ではあります。しかし、現実は様々な想定外の課題が出現し、その都度解決に明け暮れる問題解決型のチーム作りを強いられることも必至です。「曲がりまっすぐ」、一見遠回りをしているように見えても、少しずつかもしれませんが着実に前進しているものです。その前進しているのだというポジティブな気持ちをチームの仲間たちと分かち合いながら歩みを進めていきましょう。

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チーム作りは手段?目的?

ビジョナリーカンパニー、すなわち理想的で力強く存続し続けられる企業のリーダーやメンバーにとって、究極のアウトカムはクライアントに提供する素晴らしい「製品」ではなく、その素晴らしい製品を生み出し続ける「企業そのもの」であり、彼らはそういった企業を作り上げることに最大限の力を注ぎ続けているそうです。1)我々のような診療所を運営する家庭医にとっての使命は質の高い患者ケアを提供し続けることです。しかし、その患者ケアという前述でいう製品にだけ気をとられ、今回のケアはうまくいった、あまりうまくいかなかったといった具合に一喜一憂しているだけではいつまでたってもケアの質はある一定レベルを超えることはできず、ことあるたびにチーム内では衝突が絶えず、達成感がなかなか得られにくいものです。重要なのは患者ケアが我々にとっての最重要事項ではあるものの、それを達成するための前段にあるチーム作り自体を我々の目的と据えて取り組むことで、リーダーのみならずスタッフが皆自然体で困難なケースにもストレスをそう強く感じることなく仕事そのものを楽しめるようになるのではないでしょうか。

大切にしていること

我々にしかできないことがあるという使命感は、我々医療専門職集団にとっては重要な感覚だと思います。例えば、生物医学的に多疾患併存で、心理社会的にも一筋縄ではいかない患者、もしくは地域住民がいたとしましょう。そういった時こそ、我々の出番であるという漠然とした共通理解を得られるようにチームを形作っていくことが一つのゴールだと思っています。ポジティブな人材、どちらかというとネガティブな人材、孤高な人材、チームプレイを重んじる人材など様々なタイプのスタッフがいるのがチームです。もともと持っている性格があったとしても、他のチームメンバーがいるがゆえに別の表現型になっていることもあるでしょう。一人一人の人材は相互に影響を及ぼし合い、まるで生き物のように変化し続けます。リーダーはそこに敏感である必要があると思います。今は良い方向に向かっているからもう少しこのままでよいだろうとか、ちょっと良くない傾向が全体に波及しそうなので早めに一手を打っておこうなどとその時々で適宜チームの潮流を読んで的確に手当てをしておくとよいと思います。

心身ともに働きやすい環境づくり ~One for All, All for One~

職場環境や給与などといった衛生要因と言われる部分を整えることは重要です。しかし、もっと重要な環境はスタッフが皆、安心、安全な職場である、ずっと所属していたいチームである、と感じられる環境ではないでしょうか。診療所に限ったことではありませんが、医療機関は非常に緊張感が高い職場です。間違いはあってはならず、失敗はイコール患者への不利益、医療機関としてのあるまじき行為とされる文化は容易に形作られます。しかし、失敗は起こるもの、失敗をカバーできなかった、フォローできなかった自らをお互い悔いながら、失敗をしてしまった仲間を思いやり、より良いシステムを作っていくことが大切であるという文化が根付いたチームに所属するスタッフはどれほど救われることでしょうか。もちろんおかしてもよい失敗とそうでないものはあるでしょう。しかし、大半はそこまで大きな問題とはならず、皆で振り返り、改善をしていけばよい問題ではないでしょうか。そういった失敗事例を皆で安心して開示でき、フォローし合える、フォローしてもらったという個人の/チームの経験は、個人だけではなくチームをさらに強くしていきます。2019年ラグビーワールドカップで脚光を浴びる前から私のクリニックにとって大切なフレーズとして位置付けてきました。

チームのEIを高め、進捗を管理する ~スタッフの職業に対する気持ちを高めるには~ 2)3)

スタッフの感情がポジティブで、モチベーションが高く、家庭医療そのものや仲間たちが良いものである(認識)と思えたら、診療所としては創造的な仕事ができ、スタッフ一人一人がコミットしてくれ、仲間を思いやれるチームができ、最終的には患者ケアの質が向上することでしょう。そのためには職員一人一人が大切にしている仕事に対して毎日少しでもいいので進捗しているという実感を持ってもらえるように惜しみないサポートをするように心がけることが大切です。そして、チームをファシリテートすることも求められ、時々で最近のスタッフの心理社会的側面にも気配りをしたいものです。「最近、どう?」、大切な仲間に敬意を表し、問いかけてみてください。

無意識に壁を作らないように ~セルフチェック、振り返りの重要性~ 4)

リーダーとして、あいつはだめだ、こんなんじゃ大変なことになる、などと自分自身ではない外的なヒト、モノ、カネに対して不満を感じるようになったら、それは自分自身のメンタルモデルの問題ではないかと一度は振り返ってみることをお勧めします。問題は他者ではなく自分の中にあるのかもしれません。いくら不満の矛先にある事象を変化させようと躍起になっても、相手も同時に壁を作り、いやこちらが相手に壁を作らせてしまう結果になり自体はさらに悪化するものです。

最後に

自分を大切にできない者は相手も大切にできないと思います。自分が幸せであることがまずは大前提です。House keeping、自己を内面から整えること、例えば家族と共に時間を使うこと、普段できない整理をすること、趣味に時間を使うことなど幸せ度を上げておきましょう。そすることで自然と回りにも幸せが伝播していくのではないでしょうか。少しでも皆様の診療所づくりのご参考になれば幸いです。

参考文献

1)ジム・コリンズ.ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則. 1995.日経BP社
2)テレサ・アマビール.マネジャーの最も大切な仕事―95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力.2017.英治出版
3)ハーバード・ビジネス・レビュー チームワーク論文ベスト10 チームワークの教科書.2019. ダイヤモンド社
4)アービンジャー インスティチュート.自分の小さな「箱」から脱出する方法.2006.大和書房

【 キャリア支援を根底においた医師養成 】

HCFMで得られる学び_専攻医 | 安藤 高志

ここでは、HCFMで得られる「学び」についてご紹介します。

成長の源

みなさんが『勉強になった』『成長した』と感じるのはどのような時でしょうか?医師としての成長はどこから得られるでしょうか?その答えは……現場にあります。「学び」「成長」と聞くと、教科書や研修会などで知識や技術を得ることをイメージする人もいらっしゃるかもしれませんが、それだけで患者さんの診察をサラサラと出来るようになるでしょうか?おそらく、それだけでは難しさを感じるのではないでしょうか。教科書や研修会で知識を得るだけでは、患者さんの診察に適用できる「生きた知識」にはなりません。「生きた知識」にするためには、目の前の患者さんの症状や不安を聴き、得た知識や技術をどのように適用すればよいだろうかと現場で考え悩む経験が不可欠なのです。このようにして医師は成長していきます。

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研修の目標

特に私たち家庭医は、多種多様な症状や疾患への対応力が試されます。ベテランの家庭医であっても、診たことのない症状に初めて出会うこともあります。そのため、そのような場合でも患者さんに何が起こっているかを考え対処できるような力、つまり、現場の経験から「生きた知識」を自分自身で見出し個々の患者さんに適用する力をつけていくことが家庭医の研修です。研修修了までに、家庭医として一人で切り抜けていく力をつけることが、HCFMの目標です。

教育の特徴

HCFMの指導医は、上述したように、現場の経験からの成長を第一に考えます。忙しい臨床の現場では、「バタバタと数多く患者さんは診たが、何を学んだか、どう成長したかがわからない」ということはよく起こります。そのため、経験から「何が出来るようになったか」「何が出来なかったか」「今後行うべきことは何か」を専攻医と指導医とで丁寧に確かめながら研修を進めていきます。そうすることで、みなさんが現場の経験から成長を実感する日々を送れるよう、後押ししていきます。

研修の一幕

例えば、外来診療の事例をみてみましょう。ある専攻医が、軽度の感冒症状で受診した患者さんを上気道炎と考え『お薬を出しておきますね。お大事に』と診察を終えました。診察室を出ていく際、その患者さんは何か浮かない顔をしていました。夕方、外来終了後のカンファレンスでそのことを指導医に相談したところ、「その患者さんって普段風邪ひいても受診しないのに、なんで今日に限って受診したんだろうね?」という質問があり、次回の定期受診の際にその理由を聞いてみることにしました。後日それを聞くと、「最近、知り合いが肺炎で入院したから、自分も肺炎になっていないか心配だった。肺炎の心配がないと分かったら、特に薬はもらわなくても良かった」との答えがかえってきました。再度、指導医とカンファレンスで振り返り、『軽い風邪症状の患者さんでも、何らかの不安や期待を抱いて受診している。薬を出してさっと診察終了……でなく、短い時間でも不安や期待がないかを患者さんに確認してみることで、それに応えることが出来るかもしれない』という学びを得ました。早速、翌日からそのことを診療に取り入れ、少しずつ患者さんの不安や期待に応えられるようになっていきました。

まとめ

HCFMでは、このような経験からの振り返りを日々行っています。この繰り返しにより、医師として、家庭医としての成長が得られることを、指導医も実感しています。文章だけでは実感しづらいと感じた方は、是非短期間でも見学研修に来ていただけたらそれが実感できると思います。みなさんと一緒に学び成長できる日を、指導医一同お待ちしております。

専門医取得後のキャリア支援を根底においた医師養成 | 宮地 純一郎

ここでは、2019年12月時点における、HCFMの指導医要請プログラムであるフェローシップの概要と実績を紹介します。

HCFMフェローシップの歴史とこれまでの実績

2008年から始まったフェローシップは、家庭医療学を含めた診療・教育・診療所経営・研究の4領域について、現場における実践とWeb上・現地参加型の学習機会の両方を組み合わせ、統合しながら学び続けるプログラムです。当初は2年間で4領域の全ての内容を学ぶことを必須とし、診療所に特化した形で提供してきましたが、総合診療・家庭医療領域に進む次世代の担い手のキャリアの形が多様化することに合わせて、変化してきました。具体的には、期間は2年に限らずより個人のペースに合わせた形での受講を可能とし、内容についても教育・経営・研究の3領域については、関心に合わせて1つあるいは2つを集中選択してもよい形とし、最後に診療所だけではなく、総合診療病棟におけるプログラムも徐々に展開しつつあります。2019年3月時点で、20名を超える修了生を輩出し、それぞれ、HCFM・他組織を問わず、HCFMのサイト責任者としてのサイト運営、実家の医院継承、教育プログラム責任者・教育専任者、研究者などの立場で幅広く活動しています。

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フェローシッププログラムにおける学びの特徴 - 現場と理論の間の板挟み -

フェローシップにおける学び方の最大の特徴は、フェロー自身が診療所や病棟部門という現場において求められる役割や直面する課題に向き合いながら、現場に即した自分なりのやり方を模索するプロセスにあります。このような現場の活動で、専門家は「理論」と「現場」の間の板挟みに合う経験をします。コンテンツとして座学で提供する各領域の理論(エビデンスと呼ばれたり、フレームワークと呼ばれたり、理論・枠組みなどと言われるもの)は、直接解決策の考案に結びつくこともありますが、殆どの場合は、そのままでは通用しないため現場の複雑さや個別性を踏まえた修正や工夫を要します。時にはあえてエビデンスや理論が示すところからやや脱却して、ゼロベースで現場で起きていることを捉え直す必要性にかられることもあります。つまり、フェローにおける実践の中では、理論は、(医学校や研修においてしばしば伝えられるような)「正解を教えてくれるもの」では決してなく、むしろ現場の状況を鑑みながら、批判しつつ用いる必要があるものです。一方で、現場の側も人が営んでいるものであるがゆえに正解がその中にあるとは限りません。取り巻いている医療制度・教育カリキュラム・市場原理に欠陥があることもしばしば経験します。よって、家庭医指導医として診療・経営・教育を実践することは、理論と(取り巻いている制度を含めた)現場という、いずれも必ずしも正しいとは限らないものの間に挟まれる中に身を置くことだと言えます(※1)。その中で、理論の使い方(あるいは使わないやり方)について様々なレパートリーの習得と、現場との付き合い方についての自分なりの型の両方を身につけていく、この探索のプロセスがフェローシッププログラムにおける最大の学びにつながっていると考えています。

キャリア支援としてのフェローシップ

HCFMにおけるフェローシップが設立された当初、家庭医療診療・経営・教育・研究といった4領域を自由に行き来しながら統合できるような中核となる診療所指導医の養成に重点をおいたカリキュラムになっていました。しかし、設立されて10年が経過する中で、家庭医療・総合診療を実践する中堅以上の医師が働く場は以前よりもずっと多様性をおびてきました。また、実践の中核を担う人たちにも厚みと専門性が増してきています。それに伴って、フェローシップの時間を、キャリアを支援するという側面から見直す必要があると感じています。例えば、既に進路・深めたい領域が決まっている人については、例えば病棟での実践に向けたコース・教育により特化したフェローシップのように、その領域を深めるような機会があったり、一方で、深めたい領域が決まっていないが中堅以降の道を探すにあたって基盤となる部分を作りながら、様々な領域がどのようなものなのかを経験したい人には幅広く関心を探すような時間をデザインする、というように。具体的にどのような仕組みを用意すればよいのか、用意できるのかについては現在計画中ですが、今後はフェローシップがただ幅広く学ぶだけでなく、自分の関心を探し深めるような意味も持たせられることが更にできれば良いと思っています。

(※1) 専門職種が、現場と理論の間の板挟みの状況の中で、エビデンスや制度に盲目的に従わず、探索的に判断を下すことの重要性は医療の内外で指摘されています。代表的ではないかもしれませんが、例としては、複雑性・慢性疾患のケアにおける(家庭医に限らず)医療職の専門性(Engestrom, 2018)、家庭医療におえる個別性を重視したケア(Reeve, 2010)、教育における指導者の役割(Biesta, 20)などがあります。

【 現場からのアカデミアモデルの発信 】

現場の役割から学問を実践し学び直す生涯教育モデルとそのコミュニティ | 宮地 純一郎

現場の専門職が経験する「板挟み」に内在する学術的ポテンシャル

フェローシップの紹介の項目で述べた「板挟み」の中での探索のプロセスは、フェローシップの中ではカリキュラムの一部としてフェローが指導医と対話を重ね、学んでいくものという位置付けですが、フェローに限らず多くの現場の専門家が経験する実践のジレンマです。(※1)そして、その中には、既存の学問の中にある知見や理論だけでは説明しきれないような実践が埋め込まれていると言われています。よって、そのような実践を詳細に調査することを、例えば家庭医指導医のフィールドに関して行うことで、新たな家庭医指導医としての実践の基盤となる知見を見出すことに繋がるかもしれません。この点は、フェローシップの中ではまだ十分に繋げられてはいませんが、この現場の中にある実践に目を向け、それを観察・記述するプロセスそのものは、家庭医療領域の次なる研究の形の一つになりうるものとしてより着目していきたいと考えています。また、実際に現場で経験を積み重ね続けている修了生によるコミュニティの構築についても、これまでは具体的な場を作れていませんでしたが、修了生が20名を超えている状況を踏まえて、現在そのあり方を検討中です。そうした集まりは、生涯学習のサポートになるだけでなく、時には新たな知見の創出のタネを見つけることにもなるかもしれません。いずれにせよ、フェローシップに関わった人が生涯繋がりを創り続けられるような力強いリソースになってくれたらと考えています。

(※1) このジレンマについては、省察的実践家の提唱者であるドナルド・ショーンの著作に詳しいです(ショーン, 2007)

参考文献

・Biesta, G. J. (2012). Giving teaching back to education: Responding to the disappearance of the teacher. Phenomenology & Practice, 6(2), 35-49.
・Engeström, Y. (2018). Expertise in transition: expansive learning in medical work. Cambridge University Press.
・Reeve, J. (2010). Interpretive medicine: supporting generalism in a changing primary care world. Occasional Paper (Royal College of General Practitioners), (88), 1.
・ドナル ド・A ・ショーン著,柳沢昌一・三輪建二監訳 『省察的実践とは何か-プロフェッショナルの行為 と思考-』鳳書房,2007年
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