禁煙のための電子タバコ

-文献名-
Reto Auer, Anna Schoeni, Jean-Paul Humair, et al. Electronic Nicotine-Delivery Systems for Smoking Cessation.N Engl J Med. 2024;390(7):601-610.

-要約-
Introduction
無作為化試験および無作為化比較試験の系統的レビューでは、電子タバコはニコチン代替療法よりもタバコの禁煙に有効であることが示されたが、標準治療の禁煙カウンセリングと比較した電子タバコの有効性、および電子タバコの使用に関連する有害事象および重篤な有害事象の発生率で測定した電子タバコの安全性に関するエビデンスは限られている。喫煙者が禁煙すると、咳や痰などの喫煙に関連した呼吸器症状が軽減される可能性が高いが、電子タバコを使用して禁煙すると、これらの呼吸器症状も軽減されるかどうかは不明である。
そこで、禁煙補助としての電子タバコの有効性、安全性、毒性についてランダム化比較試験を実施し、標準治療に電子タバコを追加した場合の有効性と安全性を、標準治療単独と比較し、6ヵ月後の禁煙に関して評価した。

Method
スイスの5施設で非盲検無作為化対照試験を実施した。2018年7月から2021年6月にかけて、一般紙やソーシャルメディアでの無料・有料広告、医療施設や公共交通機関での広告によって参加者を募集した。
18歳以上の成人で、1日5本以上の喫煙を12ヵ月以上継続し、登録後3ヵ月以内に禁煙を希望する者を参加対象とした。妊娠中または授乳中の者、過去3ヵ月間にニコチン代替療法または他の禁煙補助薬を使用したことのある者、過去3ヵ月間に電子タバコまたはタバコ加熱システムを定期的に使用したことのある者は除外した。
介入群は無料の電子タバコと電子リキッド、(認知行動療法、動機づけ面接、ニコチン代替療法や禁煙補助薬などの禁煙をサポートする薬剤の使用に関する共同意思決定などを含む)標準的な禁煙カウンセリング、任意(無料ではない)のニコチン代替療法が提供された。対照群は標準的なカウンセリングと、ニコチン代替療法の購入を含めどのような目的にも使用することができる50スイスフラン(米ドルで50ドル)相当のバウチャーが提供された。
主要アウトカムは、生化学的に検証された(定義:呼気一酸化炭素濃度が9ppm以下であること)6ヵ月時点での継続的禁煙であった。
副次的アウトカムは、参加者が自己申告した6ヵ月時点のタバコおよびあらゆるニコチン(喫煙、電子タバコ、ニコチン代替療法を含む)からの禁煙、呼吸器症状、重篤な有害事象などであった。

Results
2027人の喫煙者をスクリーニングし、1246人を一次解析に組み入れ介入群622人、対照群624人に無作為に割りつけた。
参加者の多くは中年で、47%が女性であった。ベースライン来院から禁煙目標日までの平均(±SD)日数は、介入群6.0±3.6日、対照群6.0±3.9日であった。<Primary Outcomes>
(検査で)検証された継続的禁煙の参加者の割合は、介入群で28.9%、対照群で16.3%であった(相対リスク、1.77;95%信頼区間、1.43~2.20)。<Secondary Outcomes>
・(自己申告で)6か月時点でのタバコ、電子タバコ、ニコチン代替療法の使用状況
6ヵ月の時点で介入群では59.6%(552人中329人)、対照群では38.5%(504人中194人)が「禁煙者」(6ヵ月目のフォロー日前7日間にタバコを使用しなかった)であった。一方,介入群では20.1%,対照群では33.7%がニコチンを一切控えた(タバコ,ニコチン入り電子タバコ,ニコチン代替療法を禁忌)。
・有害事象
対照群では、1人が試験中に死亡した。ベースラインから6ヵ月の追跡調査までの間に、介入群では25人(4.0%)、対照群では31人(5.0%)に重篤な有害事象が発生した(相対リスク、0.81;95%CI、0. 48~1.35;未調整P=0.49)。
介入群の参加者のうち、272人(43.7%)が425件の有害事象を報告し、対照群の参加者のうち、229人(36.7%)が366件の有害事象を報告した(相対リスク、1.19;95%CI、1.04~1. 37;未調整P=0.01)。
(詳細はサプリメントにあり)

・呼吸器症状
COPD Assessment Testの平均総得点は、介入群4.8±3.9点、対照群5.7±4.5点であった(平均総得点の多変量調整差、-0.66;95%CI、-1.13~-0.18)。咳がなかったと回答した参加者の割合は、介入群41%、対照群34%、痰がなかったと回答した参加者の割合は、介入群62%、対照群51%、胸のつかえがなかったと回答した参加者の割合は、介入群73%、対照群72%であった; 息苦しさを感じない」34%、「息苦しさを感じない」30%、「自宅での活動に制限がない」95%、「自宅を出る自信がある」96%、「自宅を出る自信がある」95%、「熟睡感がある」92%、「熟睡感がある」90%、「元気がある」40%、「元気がある」39%であった。
(詳細はサプリメントにあり)

Discussion
ニコチン代替療法を使用できる標準的なカウンセリングに電子タバコを追加したところ、標準的なカウンセリングのみよりも禁煙が進んだが、禁煙者の多くは電子タバコを使用し続けた。
禁煙した参加者の割合は介入群で高かったが、ニコチン入り電子タバコの継続使用も高かった。電子ニコチン送達システムと標準的なカウンセリングの併用は、必ずしもニコチンを断たずに禁煙を望むタバコ喫煙者にとっては実行可能な選択肢かもしれないが、タバコとニコチンの両方を断ちたい喫煙者にとってはあまり適切ではないかもしれない。

<今回の研究の限界>
第1に、参加者は自分のグループ割り当てを認識していたため、対照群の参加者が自分のグループ割り当てに失望するリスクがあった。
第2に、介入群には無料の電子タバコと電子リキッドを提供したが、対照群には以前の試験で行われたような無料のニコチン代替療法は提供しなかった(電子タバコvsニコチン代替療法を比較するためではなかったため)。
第3に、治療終了評価を実施する前に、参加者に6ヵ月間無料の電子リキッドを提供した。
第4に、参加者の報告データよりも生化学的検証データの欠落が多く、介入群よりも対照群で欠落データが多かった。
第5に、スイスの外来医療環境で介入を試験したため、読者は他の環境でも同様の結果が得られると仮定することには慎重であるべきである。
第6に、われわれは副次的アウトカムについて信頼区間の幅を多重性のために調整しなかったので、これらの信頼区間は仮説検定に取って代わるものではない。

現在の結果では、主要転帰がその後の来院期間にわたって持続するかどうかは予測できないので、12ヵ月、24ヵ月、60ヵ月の追跡調査を継続する予定である。

【開催日】2024年9月11日

非小細胞性肺がん患者の食欲不振におけるミルタザピンの効果

※この時期のUpToDateにある”What’s new in family medicine”のTopicで参考にされている文献です。
-文献名-
Arrieta O, Cárdenas-Fernández D, Rodriguez-Mayoral O, et al. Mirtazapine as Appetite Stimulant in Patients With Non-Small Cell Lung Cancer and Anorexia: A Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol. 2024;10(3):305-314.

-要約-
・メキシコの3次がんセンターでのランダム化比較試験
・がん性食欲不振の標準治療はなく、ミルタザピンは一つの選択肢として示唆されている。
・先行論文では食欲を評価されていたが、今回は摂取エネルギー及びサルコペニアの割合も評価した
・対象者は、進行したNSCLCで癌治療薬を使用、Anorexia Cachexia Scale(ACS)スコアが32以下の患者
・プラセボvsミルタザピン。ミルタザピン群は15日間15mg投与したのち、30mgに増量した。両群とも栄養指導を行った
・追跡期間は8週間で、4週目と8週目に評価を行った。評価はanorexia cachexia scaleとエネルギー摂取量

・2018年8月から2022年5月に134人をスクリーニングし、条件を満たした86例をミルタザピン群とプラセボ群にランダムに割り付け。
・食欲スコアは、4週目と8週目に両群で有意に増加し、 両群間に有意差は認められなかった。
・4週後、ミルタザピンはタンパク質(22.5g;95%CI、11.5-33.4;P = 0.001)、炭水化物(43.4g;95%CI、13.1-73.8;P = 0.006)、脂肪(13.2g;95%CI、6.0-20.4;P = 0.006)を含むエネルギー摂取量(379.3kcal;95%CI、1382.6-576.1;P < 0.001)を有意に増加させた。脂肪摂取量は8週後、ミルタザピン群の患者で有意に多かった(14.5g vs 0.7g;P=0.02)。ミルタザピン群では、8週後にサルコペニアを示す患者の割合が有意に減少した(82.8% vs 57.1%、P = 0.03)。 ・対象者はうつ病と診断されない人であったが、抑うつを測るHADS-スコアはミルタザピン群で有意な改善を認めた
・悪夢が上昇した、疲労は改善 傾眠はなかった

ディスカッション:
・これまでの研究は15mg投与に留まり、食欲のみを評価していた
・ミルタザピン30mgに増量したが、うつ病のスコア改善もあり、安全性に問題はなかったと考える。傾眠などの有害事象も出現しなかった。
・今回は体重に差が出なかった。対象患者は「食欲不振があるか」であり「体重減少しているかどうか」は考慮しなかった。またサンプルサイズが少なかった。
これらのことから体重変化には差がなかったのでは

・がんの食思不振の標準治療はまだない
例えばオランザピンの低容量の報告はあるが、それらは低体重患者での研究報告だった。今回は正常体重患者が対象である。

リミテーション:
・単一施設での研究
・サンプルの少なさ
・治療中の患者 嘔気に対して少量ステロイドが入っていたケースもあった

【開催日】2024年9月4日

心房細動をもつフレイルな高齢者における、VKA(vitamin K antagonists)からNOAC(Non-Vitamin K Antagonist Oral Anticoagulant)への切り替えの安全性: FRAIL-AFランダム化比較試験の結果から

-文献名-
Linda P T Joosten, et al. Safety of Switching From a Vitamin K Antagonist to a Non-Vitamin K Antagonist Oral Anticoagulant in Frail Older Patients With Atrial Fibrillation: Results of the FRAIL-AF Randomized Controlled Trial. Circulation. 2024; 149(4): 279-289.

-要約-
●Introduction
・Afに対する抗凝固療法を新規に導入する際は、VKAよりも、これまでの研究から出血リスクの少ないとされているNOACが選択されることが多い。
・一方で、高齢Af患者では30-40%がVKAで管理されているとされる。
・VKAで管理されている心房細動のフレイルな患者において、NOACに切り替えるべきかどうかは定まった見解がなく、これまでの研究は観察研究にとどまっていた。

●Method
・多施設共同(オランダ)、非盲検、pragmatic randomized controlled superiority trial
・フレイルで高齢の(75歳以上+Groningen Frailty Indicatorスコア*3以上)心房細動の患者を、INRガイド下のVKA治療からNOAC治療に切り替える群(VKA中止後INR 1.3未満となったらNOAC開始。NOACの種類は主治医の裁量に委ねられた)と,VKA治療を継続する群(INR 2.0-3.0で管理)に無作為に割り付けた。
・GFR 30未満または弁膜症性心房細動の患者は除外された。
・追跡期間は12ヵ月であった(1,3,6,9,12か月目に電話によるインタビューを実施した)。
・死亡を競合リスクとして考慮し、主要アウトカムである大出血(*定義:致死的出血、Hb 2以上の低下を伴う出血、赤血球輸血2単位以上を要した出血)または臨床的に関連性のある非大出血合併症(*定義:次回受診を早める必要があった出血、何らかの医学的介入を要した出血、入院やケアのレベルを高める必要があった出血)のどちらか先に発生した場合の原因特異的ハザード比を算出した。
・解析はintention-to-treatの原則に従った。
・副次的アウトカムには血栓塞栓症のイベントが含まれた。

*訳者注:Groningen Frailty Indicatorとは:日常活動(買い物、外出、更衣、トイレ移動)、健康問題(身体的健康、視力、聴力、体重減少、4剤以上の服薬、記憶)、心理機能(空虚感、孤独、見捨てられ感、落胆、不安)といった3ドメイン、15項目を検討し、4項目以上問題を抱える場合、フレイルと判定する。(参照:公益財団法人長寿科学振興財団『総論 フレイルの全体像を学ぶ 2. フレイルの評価方法と最新疫学研究』(https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/gyoseki/frailty-yobo-taisaku/R2-2-2.html) 2024/7/16閲覧)

Supplement S1 (Supplemental Materialのうち、一番上のpdfファイル内)
https://www.ahajournals.org/doi/suppl/10.1161/CIRCULATIONAHA.123.066485

●Results
<概要>
・2018年1月から2022年6月の間に実施
・合計2621例の患者が適格性をスクリーニングされ、1330例が無作為に割り付けられた(平均年齢83歳、Groningen Frailty Indicatorスコア中央値4。除外患者は、フレイルの基準を満たさなかったものが大半)。
・無作為化後、除外基準の存在によりVKA→NOAC群の6例とVKA継続群の1例が除外され、intention-to-treat集団ではVKAからNOACに変更した662例とVKAを継続した661例が残った。

(各群の特徴)

-出血リスクのスコアである、CHA2DS2VAScスコアは各群で同等だった。

・163例の主要転帰イベント(切り替え群101例、継続群62例)の後、事前に規定した無益性解析により試験は無益のため中止された。
・主要転帰のハザード比は1.69(95%CI、1.23-2.32)であった。血栓塞栓イベントのハザード比は1.26(95%CI、0.60-2.61)であった。

(primary, secondary outcomeの結果のまとめ)

(最初の出血までの、各群のcumulative incidence curve)
(サブグループ解析)-NOACの種類によりHRに違いはみられるものはあるが、post hocで非ランダム化解析のため解釈には注意が必要。

<結論>
心房細動を有するフレイルな高齢患者において、INRガイド下のVKA治療からNOAC治療に切り替えることは、VKA治療を継続することと比較して出血性合併症の増加と関連したが、血栓塞栓性合併症の減少は関連しなかった。

●Discussion
・オランダではPT-INRによるビタミンK拮抗薬の用量管理の質が高く、Federatie van Nederlandse Trombosediensten(オランダ血栓症サービス連盟)の年次報告書によれば,INR の至適範囲内時間(TTR)は65.3~74.0%である。
→INRガイド下VKA管理で安定している(TTR≈70%)患者をNOACに切り替えるかどうかは、大出血または臨床的に関連性のある非大出血のリスクが高まるという本論文の結果から、慎重に検討すべきである。(本文に記載あり)
→一方で、TTR が低い患者では、状況に応じてDOAC への切り替えが許容できる例が存在する可能性はあると思う。(訳者が記載)

・NOACの選択は治療医の裁量に任されていた点は、結果に影響した可能性はある。観察研究では、リバーロキサバン(本試験で最も処方されたNOAC)は他のNOACよりも出血性合併症が多く、特に消化管出血が多く、高齢者ではアピキサバンの安全性プロファイルが最も優れている。とはいえ、処方されたNOACの種類は非ランダム化であったため、このフレイルな集団において一方のNOACが他方のNOACよりも優先されるべきかどうかについては、本試験では答えることができない。

・デザイン上、試験手順は盲検化されておらず、さらに、NOAC群では患者がVKAを(まだ)服用している間にいくつかの出血イベントが発生し、その逆もまたしかりであった。しかし、これらの出血イベントのうち、無作為に割り付けられた抗凝固薬の投与中以外に発生した割合は、両治療群とも少なかった:NOAC群では101例中7例(6.9%)、VKA群では62例中5例(8.1%)であった。

【開催日】2024年8月14日

オーストラリアにおける腰痛再発予防のためのウォーキングの教育介入効果と費用対効果

-文献名-
Natasha C Pocovi, Chung-Wei Christine Lin, Simon D French,et al.Effectiveness and cost-effectiveness of an individualised, progressive walking and education intervention for the prevention of low back pain recurrence in Australia (WalkBack): a randomised controlled trial.Lancet.2024; 404:134–44

-要約-
Introduction
 腰痛の再発は一般的であり、腰痛の疾病的・経済的負担の大きな要因となっている。腰痛は2020年には世界で6億1,900万人が罹患していると推定され、2050年には8億4,300万人に増加すると予測されている。腰痛から回復した人のほぼ10人に7人は、その後1年以内に再発を経験するともいわれる。運動と教育を組み合わせることで、腰痛の再発、それに伴う障害、欠勤を予防できることが示されているが、これまで検討されてきた運動ベースの介入は、集団でのプログラムを含んでおり、臨床医による綿密な監督と器具の使用を必要とし、高額な費用がかかる可能性がある。ウォーキングのような身近で低コストの介入の有効性と費用対効果はまだ確立されていない。

Method
 この試験は2群間無作為化比較試験であり、オーストラリア全土の25の民間理学療法クリニックで実施。特定の診断に起因しない非特異的腰痛エピソードを少なくとも24時間自覚し、痛みがない日が7日以上続いている成人(18歳以上)を募集した。非特異的腰痛のエピソードとは、特定の診断(例えば、椎体骨折、感染症、がん)に起因しない第12肋骨と臀部のしわの間の領域の痛みが少なくとも24時間持続し、痛みの強さが0~10の数値疼痛評価スケールで2以上であり、「腰痛は日常生活にどの程度支障をきたしましたか?」という質問において、日常生活に少なくともやや支障をきたすか、それ以上の支障をきたすものと定義した。除外基準は、ウォーキングプログラムへの参加を妨げる併存疾患、週3回以上の運動(1日30分以上)のためのウォーキング、腰痛再発予防のための運動プログラム(ピラティスなど)への定期的な参加、週150分以上の中等度または強度の身体活動(週3日以上)、過去6ヵ月間の脊椎手術、妊娠中、質問票を記入するのに不十分な英語力。
 参加者は、6ヵ月間にわたる理学療法士による6回のセッションが行われた。個別化された漸進的な歩行・教育介入に割り付けられた群と、無治療の対照群(1:1)に無作為に割り付けられた。理学療法士と参加者は割り付けについてマスクされなかった。プログラムの目標は、6ヵ月後までに週5回、1日30分以上のウォーキングを行うことであった。初診時には、ウォーキングプログラムの初期用量を決定するために、病歴聴取と身体診察が行われた。参加者の現在の歩行レベル、年齢、BMIに基づいて、ウォーキングプログラムの適切な開始量と適切な進行度を提案するための処方ガイドが作成された。重要なことは、個人中心のアプローチを用いて、参加者個人の特徴(例えば、併存疾患や自己効力感)、環境的障壁(例えば、安全性、照明、路面)、時間的制約、嗜好、参加者の目標に基づいて、参加者との話し合いの中で最初の処方と進行が個別に設定されたことである。また、参加者には歩数計とウォーキングダイアリーが配布され、プログラムの最初の12週間を通してウォーキングを記録した。理学療法士とのフォローアップセッションは、アドヒアランスのチェック(ウォーキング日誌のチェックを含む)必要に応じてウォーキングプログラムの調整を行うために実施。これらのセッションは、当初は2回の対面セッション(無作為化4週後と3ヵ月後に30分間)と3回の電話セッション(2週と6週に15分の相談、6ヵ月に強化セッション)の組み合わせで行われる予定であった。COVID-19の流行により、対面での診察が一時的に制限され、多くの参加者が遠隔医療(ビデオ診察)を通じて介入を受けた。ウォーキングプログラムと並行して教育も行われた(appendixp5)。この教育は、現代疼痛科学の基本的な理解を提供し、腰痛に伴う恐怖を軽減することを目的とした。腰痛の再発リスクを減らすための簡単な戦略や、軽度の再発であれば自己管理する方法についての説明が行われた。両グループの参加者は、必要に応じて腰痛の他の治療を受けることを制限されなかった。
 参加者の追跡期間は、登録日により最低12ヵ月、最長36ヵ月であった。主要アウトカムは活動制限のある腰痛が再発するまでの日数であり、intention-to-treat集団において毎月自己申告により収集された。費用対効果は社会的観点から評価し、獲得した質調整生存年(QALY)あたりの増分費用で表した。試験はプロスペクティブに登録された。

Results
 2019年9月23日~2022年6月10日の間に、3206人の参加者の適格性をスクリーニングし、2505人(78%)を除外し、701人を無作為に割り付けた(介入群351人、無治療対照群350人)。ほとんどの参加者は女性で(701人中565人[81%])、参加者の平均年齢は54歳(SD 12)であった。参加者は、腰痛の既往回数が多く(中央値33回)、今後12ヵ月間の再発リスクを高く認識していた。ベースライン特性は介入群と対照群でバランスが取れていたため、どの分析においても調整は行われなかった。中央値7年(範囲1~35)の経験を有する24名の理学療法士がウォーキングプログラムのヘルスコーチを務めた。介入群では、345人の参加者が理学療法士による6回のセッションのうち少なくとも1回に参加した(参加した理学療法セッションの平均数は5回[SD 1.6])。介入は活動制限性腰痛のエピソードの予防に有効であった(ハザード比0.72[95%CI 0.60~0.85]、p=0.0002)。再発までの日数の中央値は、介入群で208日(95%CI 149-295)、対照群で112日(89-140)であった。また介入群は対照群と比較して、腰痛のあらゆる再発およびケアを必要とする腰痛の再発リスクを減少させた(HR 0.80 [95%CI 0.68~0.94]、p=0.0066およびHR 0.57 [95%CI 0-44-0-74]、p<0.0001;図2Bおよび2C)
支払い意思額閾値(本来かかる費用)28,000豪ドルにおいて1QALYあたりの増分費用は7802豪ドルであり、介入は94%の確率で費用対効果に優れていた。12ヵ月間に少なくとも1つの有害事象を経験した参加者の総数は、介入群と対照群で同程度であったが(それぞれ351例中183例[52%]、350例中190例[54%]、p=0.60)、下肢に関する有害事象は介入群の方が対照群よりも多かった(介入群100例、対照群54例)。

Discussion
・個人に合わせた漸進的なウォーキングと教育介入は、それまで定期的な身体活動を行っていなかった成人において、無治療の対照群と比較して腰痛の再発を大幅に減少させた。この所見は、主要アウトカムと2つの副次的再発アウトカムで一貫していた。また、介入群では腰痛に関連する障害が最長12ヵ月間減少し、介入は無治療の対照群と比較して社会的観点から費用対効果が高い可能性が高かった。
・今回の参加者は女性が多く、一般集団への適応は注意が必要。
・すでに定期的にウォーキングを行っている、または中程度から強度の身体活動を週150分以上行っている潜在的な参加者(n=429)を相当数除外したため、この結果は活動的な成人に一般化されるものではない。
・本研究の注目すべき所見は、介入群の歩行量(週当たり分数)が最初の3ヵ月で約2倍になったが、12ヵ月時点では同程度であった。さらに、介入群は3ヵ月時点では対照群より多く歩いていたが(51分[95%信頼区間22.32~79.87])、12ヵ月時点ではこの差はなくなっていた(0.67分[-30.90~32.23])。1つの要因として、対照群で報告された歩行が時間の経過とともに増加したことが挙げられるが、これはマスキングの欠如の結果であり、治療効果が希釈された可能性があり、あるいはCOVID-19の流行が歩行への取り組みに影響を与えた結果かもしれない。12ヵ月の時点で歩行に差がなかったのは、臨床医からの継続的なサポートがなかったこと、12週間後に歩行日誌を継続しなかったこと、介入群に下肢の障害があったことなどに起因する可能性もある。
・なぜウォーキングが腰痛予防に効果的なのか、正確な理由は不明。

【開催日】2024年8月7日

「家庭医療ものがたり、その5」治療的自己を磨く思考法

-文献名-
Ventres, William B., et al. “Storylines of family medicine V: ways of thinking—honing the therapeutic self.” Family Medicine and Community Health 12.Suppl 3 (2024)

-要約-
「ストーリーライン・オブ・ファミリー・メディスン」 は、アメリカや世界の家庭医や医学教育者が解説する家庭 医療のさまざまな側面を、テーマごとにリンクさせた12部構成のエッセイと、それに付随するイラストからなるシリーズである。V:「治療的自己を磨く思考法」では、著者が 以下のセクションを紹介している:
家庭医が、患者のwell-beingを支えるためには、患者との出会いの場(診療現場)を治療手段とする必要があり、以下の3点が必須である。①診療における思いやりとヒューマニズム(人道主義)の重要性を理解すること ②医師-患者間の関係性の場という診療のありようを認識し、観察すること ③単に興味深いやり取りの列挙ではなく、常に注意を払いながら、思慮深く塾考することを通じて、家庭医自身の「治療の引き出し」を向上するため、前述の①②を省察すること
読者がこれらのエッセイを振り返ることで、自らの治療的主体性をより深く感じることができますように。

「行為の中の省察」 以下のことを実践することで、そのスキルを高めることができる(Fig.1)。

患者を世界で最も大切な人であるか のようにケアする意図を持つ。
診察中、患者の感情、言葉、非言語的コミュニケーションを常に意識する。
個人的な考え、感情的な反応、身体的な反応に注意する。
診療を終了し、他の要求に移ろうと思っているときでも、思い込みや偏見、先入観がないかチェックする。
来院の流れを管理し、患者の懸念や見解を引き出し、必要な情報を収集し、 適切な検査を行い、 時間を管理し、その他の重要な仕事に取り組む 。
患者や自分ではどうすることもできない状況、リソース、事情に注意しながら、患者に何を勧めるかを評価し、見極め、交渉し、説明する。

患者や医師が経験する感情は、臨床的な気づきを高めたり、損なったりするものであることを認識することが重要である。目標は患者の感情を無視することでも、自分の感情を抑制することでもない。むしろ、診察室に流れる感情の流れを認識し、認め、好奇心を持つことで、そして同時に、それらと強く同一視しすぎないことで、医師は否定的な感情を和らげ、落ち着かせ、空間を開き、共感と思いやりの表現を促進することができる.

「薬物としての医師-バリント・ グループ」 患者との感情的に困難な出会いを振り返るピア主導のグループディスカッション ある臨床医が、悩みの種である患者の症例を、現実には悩みの種である患者との関係を、グループの仲間に提示する。グループは定期的に会合を開き、1人か2人のグループリーダーが、症例提示に対する感情的な反応を明確にするようグループメンバーに促しながら、続くディスカッ ションを導く。グループメンバー間の信頼が深ま るにつれて、しばしば人間的な関心の深い部分が浮かび上がってくる。

「思いやりの醸成」心理学的には、医療において思いやりを持つということは、(1)病気と苦しみのつながりを理解すること、(2)個々の患者や集団の苦しみを認識することを意味する。
「医師としてヒューマニステックなアプローチ」家庭医学の教育と実践に人文科学を取り入れることは、様々な形で可能である。文学、演劇、詩 、オペラ、映画、そして音楽でさえも、人生の困難に直面したときの個人的価値観の考察を促すのに役立つ。23–26物語、つまり個人的な語りは、感情豊かな議論や倫理的推論の出発点として役立つ。 27芸術は、そのあらゆる感覚的な形態において、 感情と想像力の両方を刺激することができ、内省と対話を通して、意識を研ぎ澄まし、共感を高め、患者ケアの感情的側面と認知的側面をひとつの賢明な治療プロセスを促進することができる。

「家庭医療における親密さ」家庭医療の仕事は、しばしば親密なものである。なぜか?患者とともに働くということは、精神的な親密さ、希望、そして必然的に喪失を意味するからである。
例)コロナ禍でのオンライン診療をしていたリンパ腫で治療していた80歳男性。妻が膵臓癌でホスピスに入院して独居となり喪失体験を抱えていた。その後、対面診療となり、直接接することができて両者で喜んだが、男性患者は喪失体験を抱えたまま自宅で突然死した。家庭医は死亡診断書に、死因不明と書く前に、本当の死因は妻の喪失、だったのでは、と省察した。また患者が亡くなる度に、家庭医はさまざまな感情でいっぱいになるが、亡き患者たちの主治医になれたことに感謝している。

「苦しみのさまざまな顔」 医学の最大の目的は苦しみを和らげることである。患者の苦しみを認識することで、私たちはケ アと希望を提供することができる。それは治療への希望であることもあるが、症状のコントロール 、苦痛の緩和、精神的なサポートへの希望であることもある。苦しみを理解することで、私たちは患者が意味を再発見し、受容を獲得し、全体性を再構築するのをよりよく助けることができる。

苦しみは、生活のあらゆる領域、あるいは複数 の領域に現れる。それは、(1)厄介な症状、(2)機 能の喪失、(3)役割や(4)人間関係への脅威、(5)苦 悩に満ちた思考や(6)感情、(7)患者のライフストーリーの物語の混乱、(8)患者の精神的あるいは知的な世界観との葛藤などから生じる。これらの苦しみの8つの領域は、臨床ケア、教育、研究のために、生物医学的、社会文化的、心理行動学的、 実存的という4つの軸で整理することができる。この包括的なモデルは、調査を整理するのに役立つ。臨床医にとっては、「システムのレビュー」で はなく、より深い「苦しみのレビュー」として役立つ。
「苦しみを乗り越える」 医学の基本的な目標は、可能な限り治療し、常に慰め、苦しみを和らげ、患者を癒すことである。治癒に関する生物医学的な議論の大半は、組織の修復と病気の診断、治療、治癒に焦点を当てている 。病気とは病気以上のものであり、理解とは診断以上のものであり、ケアとは治療以上のものであ る。 ナラティヴ・メディスンのスキルを用いれば、患者が自分の物語を編集し、人生に新たな意味を見出し、受容を見出し、全体性の感覚を再構築できるよう、対話を導くことができる. このように患者をケアすることは困難なことである。しかし、患者の重病体験を探求し、彼らの心の傷の物語を編集する手助けをする医師は、しばしばこのケアが自分のキャリアの中で最も充実した仕事であることを発見する。
「物語を聴くことの力」 家庭医が、語りを聞き、語ることは、患者から 患者へと奔走し、人々の苦しみや喜びを目の当たりにする中で、普段は処理できない感情を解放するのに役立つ。それは、家庭医自身を「なぜ」、つまり私の診療の目的に根付かせ続ける治療的プロセスであり 、私自身の職業上の物語における本当の主役が誰であるか(もちろん、患者である)を常に思い出させてくれる。

【開催日】2024年7月10日

社会的処方から利益を得る道筋

-文献名-
Steps to benefit from social prescription: a qualitative interview study
Kirsty Payne, Elizabeth Walton and Christopher Burton
British Journal of General Practice 2020; 70 (690): e36-e44.
DOI: https://doi.org/10.3399/bjgp19X706865

-要約-
【Introduction】
社会的処方は、個人や集団におけるさまざまな病い、苦悩、健康関連行動に対処する手段として広く推奨されてきました。これは一般的に、さまざまな社会的、実際的、感情的なニーズを持つ患者を、医療関係者から非公式またはボランティアの組織に紹介することと理解されています。そうすることで、特にプライマリケアの場で、従来の医学的治療に付け加わるものを提供します。
社会的処方には、友達作り、福祉給付の助言、健康行動の促進、グループ活動、ボランティアなど、幅広い活動が含まれます。活動が多様なので、社会的処方の有効性に関する量的エビデンスは少なく、システマティックレビューでも社会的処方の客観的な有効性に関する絶対的な結論が得られていないことも、当然かもしれません。それでも、社会的処方が有益になるかもしれない多くのありうるメカニズムがあります。これらには、弱みの逆転や強みの増進が含まれます。対処される弱みには、自尊心や自信の低さ、メンタル不調や気分の悪さが含まれます。個人の強みには、社会的能力やコミュニケーション能力の向上、希望や楽観性や人生の意味を増強して未来の目的に向かう意欲を増すことが含まれます。
この研究の目的は、社会的処方された活動を行う人に、社会的処方が助けになりえる道筋を探ることです。

【Method】
社会的処方された活動を行う人に面接を行い、社会的処方から得た利益をどのように認識しているかを同定するよう、質的研究を行いました。同時に、社会的処方された活動についての出版されている質的データを体系的に調べ、この研究で明らかになったテーマやモデルを公開されている研究結果に照らし合わせて検証しました。
<設定・参加者・サンプリング>
参加者は全員、シェフィールドを拠点とする社会的処方を行う組織であるSOARから、2017年11月から2018年4月までの間に、意図的に抽出されました。SOARを利用する成人を、利用期間、主な紹介理由、SOAR内で利用したサービスの種類によって意図的に抽出して、研究への参加を募りました。主なテーマについて飽和状態に達するまで、研究への募集は続けられました。飽和状態とは、2回の連続する面接で、新しい大きな発見が何も得られなくなった状態と定義しました。
<データ収集>
面接は半構造化されていて、トピックガイドに従って行われました。トピックガイドは、研究期間中に進めている分析に基づいて新しい項目を含められるようにしました。面接は録音され、分析するために文字起こしされました。
<分析>
解釈的現象学的分析(interpretive phenomenological analysis)に基づくアプローチを使いました。分析は、文字起こしされた全体を読み、テーマごとにコーディングし、二次的にコーディングし、テーマをまとめ上げるという段階を経て行われ、新たに出現したコードは過去の記述に照らし合わせてチェックされる反復的手法も用いて行われました。文字起こしは2人の研究者が読み、他の2人の研究者が毎週ミーティングを行なってコーディングについて議論し、修正しました。既に出版されている社会的処方された活動に参加した人の体験についての質的研究を参照することによって、分析は影響を受けています。
<Systematic review>
9つ(Medline, PubMed, Cochrane Library Reviews, Scopus, Open Grey, CINAHL,
ASSIA, Web of Knowledge, Social Care Online)のデータベースを、4つの検索語(social
prescribing, community referral, socially prescribed activity, non-clinical referral)で検索しました。4749個の文献が見つかり、そのうち17個が社会的処方された活動に関する参加者の見解を、質的手法を使って明らかにした物でした。これらの研究の結果に提示された社会的処方された活動への参加者の言動は、面接の文字起こしと同じ方法で内容やテーマを分析しました。

【Results】
合計で17人に面接が行われました。参加者の年齢は45〜84歳で、男性6人、女性11人、15人が白人の英国人でした。参加者の郵便番号から、大多数が社会経済的に恵まれない地域に住んでいて、そのうち9人は英国で最も恵まれない10%の地域、14人は最も恵まれない30%の地域に住んでいることがわかりました。
参加者は、さまざまな理由で社会的処方を利用し始めましたが、一般的なのは生活環境の変化や精神的な変化に対応するためでした。
社会的処方の組織に参加している期間は6か月から5年で、参加している活動は、アドボカシー(福祉給付の助言など)、身体活動(健康トレーナーやエクササイズや水泳など)、ウェルビーイング(ヨガや散歩や痛みのマネジメントコースなど)、スキル(アート、工芸、モデリング、調理など)、社会(ソーシャルカフェ、他のグループ)、ボランティア活動でした。
テーマ分析では、5つの主要なテーマが作られました。社会的問題に対する専門家のサポートを受けること、社会的処方された活動に参加することで他者と関わること、他者と関わるさまざまな方法を身につけて新しいスキルを身につけること、個人的な強みを認識したり新たな将来の可能性に心を開いたりすることによって認識を変えること、将来の目的とより良い健康を追求して前進しながら現在についての前向きな見通しを育むこと、です。これらのテーマは、参加者の報告の中で一貫した順序で生じていて、最初の紹介からサービス後の進展までの見通しに役立ちます。
SPA:socially prescribed activities

<社会的問題に対する専門家のサポートを受けること>
福祉やライフスタイルに基づく問題に対する1対1のサポートと、SOARのトリアージワーカーやグループコーディネーターやアドボカシーワーカーによる活動への個別化されたリンキングがあります。利用者は「親しみやすく、熱心な」個性と、「信頼できて、誠実な」専門性のある初期サポートを高く評価しました。
利用者がもつ問題に対する良い結果や解決に関連するだけでなく、専門家の良い特性によって利用者が普段の社会的環境以外で他者と関わることができるようになりました。一部の利用者には、これが孤立からグループでの社会的交流への足がかりとなり、社会的処方された活動に取り組むのに必要な励ましや自信やモチベーションをもたらすものとなりました。
初期サポートは通常、実際的で社会的な問題に対するものでしたが、1対1の問題解決からもっと社会的な活動に「橋渡し」することに役立つサポート資源にも、利用者は価値を見出しました。だから、専門職によって利用者が社会的処方された活動を紹介されるだけでなく、社会的処方された活動チームのメンバーが初回のセッションに同行することもあります。多くの利用者は、この段階でこのようなサポートがなければ、社会的処方された活動にたどり着けなかったり、さらなる発達段階に進めなかったりするかもしれないと感じていました。この橋渡しに引き続き、必要な時にはサポートを受けられると知ることも大切なことだと、参加者は思いました。
スタッフは、地域のグループや活動やサービスの情報も提供し、利用者が自発的に参加できるようにしました。
既存の質的研究でも、社会的処方をする人やリンクワーカーの役割に関して似たようなテーマが見つかりました。

<社会的処方された活動に参加することで他者と関わること>
このテーマは、利用者が目的を持って楽しい活動に参加し、他の人と新しいつながりを作ることが組み込まれています。
活動は主に、利用者に「すること」を提供し、利用者の時間にルーチンと構造を生み出します。退職後の利用者の中には、在職中に感じていた目的意識を回復したと感じる人もいました。
参加することで得られる集中力、方向性、喜びも、困難な過去や現在の状況から気を紛らわせるものとして、価値を認められました。また、活動を通じてできることについての認識が変わったと述べた参加者もいました。
出版されている研究でも、社会的処方された活動が、社会的孤立を減らす機会であることと同様に、普通の日常生活を補完する新しい機会として価値を持つことに関連するテーマが含まれていました。これは、社会的処方された活動が退職者や無職の人にとって「何かすること」として有益であるという言説によく表されています。
一方で、参加者の多く、特に他者をケアする大きな責任を持つ人は、社会的処方された活動を息抜きの資源として評価していました。他者と交流することは、環境を心地よいものにするのに役立つとともに、活動を楽しくて目的のあるものにする主要な部分として認識されています。

<新しい技術や他者と関わる方法を身につけること>
利用者が活動や他者との関わりを続けるにつれて、社会的に学んだり発達したりすることができ、新しい創造的で実践的な技術を身につけることもできました。利用者は過去の経験を共有することを通じて、グループの他者とより良い関係性を作ることができたと述べました。このことで、自分自身の経験や、それに対応する他者の経験について、利用者が新しい認識に達することも可能になります。グループ内で相互支援のネットワークが発展し始め、共有することで多くの利用者が自分だけが困難を抱えているのではないことを理解できるようになり、状況を適正化し、コミュニティの中での立ち位置を再確認しました。
利用者は、他者から自信や対処法を学んで、より強く、よりレジリエンスを持つ人になりました。体系化された学習機会によって、利用者はさまざまな興味のある分野で技術を身につけることができました。ある活動や人々のグループに参加することで、利用者はコミュニティに参加したり経験を広げたりする機会についても学びます。
これらの利用者の経験は、他の研究で述べられた社会的処方された活動を通じた学習の認識に類似していました。さまざまな研究で、個人的で実践的な技術と、共有された経験の価値の両方が発展することが示されています。

<個人的な強みを自覚したり新しい未来の可能性に心を開いたりすることによって認識を変えること>
社会的、そして個人的に発達すると、利用者の自分自身の強みや未来についての認識の変化が促進されました。改善したり前向きに強くなったりすると、利用者の自信や自尊心や個人の強みの認識が高まり、社会的処方された活動自体がそれらの強みを利用したり新しい強みを生み出したりする機会をもたらしていました。これらの過程を通じて新しい自己認識を作り、生活が以前よりも建設的で充実したものであると感じる参加者もいました。こうした変化によって、自尊心を向上させ、潜在的能力を自覚して、新しい目的や未来への野望に向かうことが促がされました。
新しい社会的つながりの支援を受けて利用者の自己認識が改善すると、日常生活で直面し続ける困難はあっても利用者はもっと自信を持ち、自立し、レジリエンスを持つことができるようになりました。コミュニケーションやソーシャルスキルを改善することで、利用者は自信を持ち、自己主張できるようになり、実践的で生活に基づいたスキルによってレジリエンスや自立の度合いが増しました。
新しいスキルの学習や開発によって、利用者が自分自身を向上させ、将来の可能性を洞察することが可能になりました。これらの開発は、自信、自尊心、将来の発展のための新しい意欲や機会を前向きに見通すことを強めます。人によっては、目的のある活動は、「朝ベッドから出る理由」になっていました。
同じような体験をしている他者に触れ合うことで、利用者は自分自身の進歩や自分が関わった他者の進歩を振り返ることができました。利用者は同じような状況からさらに前進してきた人と体験を共有し、そうすることで今とは異なっていたり、よりマシだったりする未来の可能性に心を開くようになりました。言い換えると、利用者は現在の状況について、より希望を持った見通しを持つようになりました。これは、グループ内でも、もっと一般的な日常生活でも、将来の機会に対する利用者の期待を反映していました。
自信、新しい自己認識、自尊心、目的意識を増やすことなど、このテーマのさまざまな面は、出版されている研究にも見出されました。とはいっても、これらが他の社会的処方された活動の面とどのように関連するのかは、常に明らかなわけではありません。

<将来の目的とより良い健康を追求して前進しながら現在についての前向きな見通しを育むこと>
希望の感覚と個人的な強みの認識によって、利用者は人生が以前より楽しくて充実させられるものになったと思うようになりました。精神的にも身体的にも健康を改善することとともに、これは目標達成への障害を減らし、利用者が将来の目的やより健康になるように前進できる基盤を形成しました。
自信、自尊心、独立性、モチベーションの改善によって、利用者は新しい目標を設定できるだけでなく、積極的にその目標を追求することができるようになりました。これは、利用者の成功の可能性に関する未来に対する期待や楽観主義によっても促進されました。
一部の利用者にとって、社会的処方された活動は、運動、禁煙、健康的な食事などの健康を改善する行動への取り組みを促進しました。運動をベースにする活動に取り組んだ利用者は、減量や血圧低下など身体的健康が改善しました。そこまで公式ではない活動でも、利用者は「家から出て」、活動量が増えて痛みが減ったという点で、良い結果が見られました。
しかし、健康の目的を追求するためには、自己と将来への肯定的な認識が必要です。利用者は健康教育を社会的処方された活動の価値ある部分であると認識していましたが、適切な程度の自尊心や、自分の可能性の認識や、将来が今と違う可能性を受け入れることがなければ、前向きの健康行動に取り組む可能性は低いでしょう。利用者の健康の結果や、自分自身や将来の認識の変化は、このように、健康改善の更なる目的に影響していました。

<段階の順序>
17人中7人の参加者に、5つすべての段階が生じていました。6人は最初の段階をとばして、GPをはじめとする医療専門職に勧められて、自分で社会的処方された活動に応募しました。社会的処方された活動に一度参加すれば、こうした利用者はこのモデルの次の段階に進みました。第1段階から始めた参加者と比較すると、これらの参加者は社会的、医学的、精神的な問題が少ない傾向がありました。
ある段階から他の段階への移行を明確に述べた人はほとんどいず、その順序は面接での説明から推察されました。2人の参加者は最初の取り組みとアドボカシーから進まず、3人はソーシャルカフェについてだけを語り、残りの12人の参加者は2〜6個の活動に参加したことを述べました。
すべての参加者が最初の段階から最後の段階まで進んだわけではありません。
より早期の段階の参加者は、ウェルビーイングの改善を専門家の支援と活動への参加の結果として語りました。しかし、これらの改善は一時的なもので、利用者がサポートなしで継続的に前に進んでいく自信や希望やレジリエンスを促進するには不十分でした。

【Discussion】
<まとめ>
社会的処方された活動に参加した人は、わかっている利益につながる一貫した一連の段階について述べました。これらは、個人的に特定された問題への専門家のサポートを受けることから、他者と関わる新しい技術や方法の開発を通じて、将来の認識や意向を変えることまで、一連の流れを形成していました。この一連の流れによって、社会的処方を受けた人がどのように利益を得るのかについて、もっともらしく、本質的に社会的な説明を作り出しています。

<強みと限界>
募集はたった一つのセンターからのみ行いましたが、SOARは、健康の社会的決定因子が大きく影響する、慢性疾患が多い伝統的な労働者階級の地域で、大規模にサービスを提供しています。この地域は文化的多様性が富んでいるにも関わらず、参加した人の中に45歳未満の人はいず、白人の英国人が多かったですが、SOARの利用者を広く代表していました。募集時点では、参加者はさまざまな活動に取り組んでいましたが、アドボカシー活動にだけ取り組んでいたのは2人だけで、社会的処方された活動全体から得られるより幅広いメカニズムのいくつかにアドボカシーがどのように関連しているのかを探る可能性は限られました。ただ、何人かは最初の問題解決の段階としてアドボカシーサービスに取り組み、それが他の分野での更なる関わりと活動への足がかりとなりました。
コーディングの過程は、定期的なミーティングでのコーディングと、最初のコーディングを終了した後に再度すべての文字起こしを読んでより良いコード化がないかを探すことで、厳格になるように設計しました。
面接と分析は、出版されている文献のテーマと統合しながら実施しました。バイアスが生じる可能性はありますが、他の研究に結びつけることで、調査結果に強度が加わりました。個々の質的研究の統合や、社会的処方が効果的であるかもしれないメカニズムの包括的なモデルについての既存の研究は、見つけられませんでした。
何人かの参加者は、コミュニティの組織が直面する資金確保の困難さを強く意識していて、組織やグループが閉鎖された場合に起こることについて比較的悲観的な見方を示しました。これにより、サービスが参加者にとってどれほど有益なものであったかについて、説明が誇張されていた可能性はあります。

<既存の文献との比較>
それぞれの主要なテーマは、社会的処方についての既出の研究に反映されていて、そのことは結果の欄に記述しています。しかし、今回の研究で特定したすべてのテーマに触れている研究はこれまでなく、その段階の順序を特定したものもありませんでした。だからこの研究は、社会的処方が有益でありそうな道筋についての知識を拡張するものです。

<研究と実践への影響>
この研究からの重要な結果が2つあります。1つ目は、社会的処方された活動に取り組む人が利益を得る妥当な一連の過程を概説したことです。これはサービスや、サービスを依頼する人に情報を提供するために使用できます。2つ目は、社会的処方の社会的要素が強調されていることです。今回概説した過程は本質的に社会的で、個人自身よりも個人間の相互作用の方に関連しています。
これらを合わせると、GPや依頼者は、社会的処方の重要な個人間の内容や社会的な内容を自覚している必要があります。これは社会的処方を大規模に行ううえで3つの意味を持ちます。
1つ目は、社会的に孤立している人を巻き込む仕事が重要であるということです。2つ目は、今回の研究で得られた一連の過程はあるものの、参加者は非常に個別性の高い説明をしており、サービスを標準化しようとするとこうした個別性が失われる危険があるということです。利益を生み出すと思われる社会的交流は、プロトコール化も厳密な管理もできません。3つ目は、健康的な行動や職場復帰のような「下流の」目標に焦点を当てると、この研究で参加者が述べたような、良い生活を送るための重要な改善を見逃してしまう可能性があることです。これらに焦点を当てると、人々が自分のペースや自分のレベルで成長していくことを許容するよりも、むしろ人々を遠ざけてしまう危険があるかもしれません。
更なる研究という点では、この研究は一連の過程を見出しましたが、社会的処方が機能するメカニズムを完全に理解するためには、できればもっと長い期間個人を前向きに追跡して、更なる研究をすることが必要です。
現時点では、社会的処方が有益であるメカニズムを記述したり概説したりすることによって、この研究をもとにした研究を行うべきです。社会的処方は、専門家の関与や個人的問題を扱うサポートから、より幅広い社会的関与を通じて、個人や社会の強みや機会を特定することまで、一連の段階の中で患者に有益なものとなります。これらの段階は、社会的処方のサービスを立ち上げたり評価したりする有益な枠組みを生み出します。

【開催日】2024年7月3日

日本におけるガイドライン推奨睡眠薬の治療失敗と長期処方リスク

-文献名-
Takeshima M, Yoshizawa K, Ogasawara M, et al.
Treatment Failure and Long-Term Prescription Risk for Guideline-Recommended Hypnotics in Japan. JAMA Network Open. 2024;7(4):e246865.

-要約-
Introduction
ガイドラインが推奨する睡眠薬を直接比較するランダム化比較試験は、これまでのところわずかしか行われていない。また、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の睡眠薬としての長期使用は有害になり得るため、ガイドラインは短期使用を推奨しているが、世界中で長期処方が行われている。著者らは、ガイドラインが推奨する睡眠薬のうち、単剤で用いた場合の治療失敗リスクが低いのはどれか、また長期にわたって処方されやすいのはどれかを明らかにするために本研究を実施した。

Method
この後ろ向き観察コホート研究は、Japan Medical Data Center Claims Database(発表者注釈:2005年より複数の健康保険組合より寄せられたレセプト(入院、外来、調剤)および健診データを蓄積している疫学レセプトデータベース JMDC Claims Database – 株式会社JMDC)を利用した。
2005年4月1日から2021年3月31日までに、不眠症の薬物療法として睡眠薬の単剤を初回投与された成人患者を同定して、治療開始から6カ月後まで追跡した。
薬は、スボレキサント(ベルソムラ®)、ラメルテオン(ロゼレム®)、エスゾピクロン(ルネスタ®)、ゾルピデム(マイスリー®)、トリアゾラム(ハルシオン®))であった。
● 主要アウトカムは単剤療法の失敗(6ヶ月以内に睡眠薬の変更または追加)
● 二次アウトカムは単剤療法の中止(6ヶ月以内に2ヶ月連続で睡眠薬の処方がない)
と定義された。

Results
239,568人が含まれ、年齢の中央値は45歳(四分位範囲34〜55歳)、50.2%が女性だった。
56.6%がゾルピデム、15.7%がスボレキサント、14.2%がエスゾピクロン、7.5%がトリアゾラム、6.1%がラメルテオンを処方されていた。

6カ月の追跡期間中に、24,778人(10.3%)が単剤治療の失敗を経験した。
失敗の割合は、ゾルピデム(8.9%)で、トリアゾラム(9.4%)、エスゾピクロン(11.9%)、スボレキサント(12.7%)、ラメルテオン(15.1%)だった。
エスゾピクロンと比較した失敗リスクは、ラメルテオン(調整ハザード比 1.23)が高く、ゾルピデム(0.84)およびトリアゾラム(0.82)は低く、スボレキサントとは有意差がなかった。

単剤治療で失敗しなかった患者の84.6%は、6カ月以内に治療を中止した。
治療中止の割合は、ゾルピデム(85.2%)、ラメルテオン(84.9%)、スボレキサント(84.0%)、トリアゾラム(83.7%)、エスゾピクロン(82.9%)となっていた。
エスゾピクロンと比較した場合は、ラメルテオン(調整オッズ比 1.31)とスボレキサント(1.20)は有意差を持って中止されており、薬物依存による長期処方が起こりにくいと考えられた。ゾルピデム1.00(0.97-1.04)とトリアゾラム1.02(0.97-1.07)は有意差を示さなかった。

Discussion
本研究の強みは、大規模な日本の医療データベースを使用し、239,568人のデータを長期間(2005年~2021年)にわたって分析した点である一方で、いくつかの限界がある。 第一に、データが会社従業員およびその家族に限定されているため、一般の集団を代表しているとは限らない。 第二に、社会経済的要因、副作用、単剤療法の中止理由、不眠症や精神症状の重症度などの重要な因子が含まれていない。 第三に、追跡期間が6ヶ月と短く設定されており、長期使用による依存や耐性のリスクを完全には評価できていない。 本研究では交絡因子がコントロールされていないため、これらの結果に基づいて、ガイドラインで推奨されている睡眠薬の薬理学的特性に関する結論を導き出すことはできない。慢性不眠症と急性不眠症の診断、不眠症および精神症状の重症度、睡眠薬処方に対する医師の態度などの交絡因子を考慮したさらなる研究が必要である。

このコホート研究では、単剤療法の失敗はエスゾピクロンよりもラメルテオンで多く、ゾルピデムやトリアゾラムでは少なかった。さらに、本研究で長期使用リスクの代用指標として設定した単剤療法の中止は、エスゾピクロンよりもラメルテオンやスボレキサントなどの新規睡眠薬で少なかった。しかしながら、これらの結果は、いくつかの交絡因子を説明することができなかったため、ガイドラインで推奨されている睡眠薬の薬理学的特性によるものなのか、不眠症患者の臨床的特性によるものなのか、あるいは処方医の睡眠薬に対する考え方によるものなのかは不明であるため、慎重に解釈すべきである。どのガイドライン推奨睡眠薬が最も有用であるかを決定するためには、これらの睡眠薬を直接比較するRCTが必要である。

【開催日】2024年6月12日

プライマリ・ケア診療所と家庭医の継続性が患者の健康アウトカムに及ぼす影響

-文献名-
Terrence McDonald, et al. The Impact of Primary Care Clinic and Family Physician Continuity on Patient Health Outcomes: A Retrospective Analysis From Alberta, Canada. Annals of Family Medicine. Vol. 22, No. 3 May/June 2024.

-要約-
【背景と目的】
プライマリ・ケアの理想的な提供は、患者と家庭医(FP)との長期的な関係性(longitudinal relationship)、いわゆる関係の継続性(relational continuity)に基づいている。関係の継続性は、より良い患者ケア、過剰な処置や入院、救急外来(ED)の受診の減少、コストの削減、患者満足度の向上と関連することが研究で示されている。
家庭医療におけるパートタイム診療(part-time practice)の傾向は、米国でもカナダでも20年以上前から高まっている。その結果、患者は同じ診療所内で複数のFPからケアを受ける可能性が高い。Atlasらは、小規模な学術的ネットワークにおいて、診療所ではなく特定の医師とのつながりが有益であることを見出している。しかし、全体として、個々のFPの継続性とは別に、地域のプライマリ・ケア診療所の継続性の効果についてはほとんど知られていない。Bazemoreらは最近の継続性に関する文献の広範なレビューの最後に、この疑問に関する研究を呼びかけている。
本研究では、カナダ・アルバータ州において、プライマリ・ケア診療所の継続性(primary care clinic continuity)(FPの関係の継続性とは異なる)が患者の健康アウトカムに及ぼす影響について検討した。この分析結果は、増大するプライマリ・ケアの不足に対処するための政策決定に役立てることを目的としている。
この後方視的観察研究では、かかりつけの診療所ではあるが、異なる家庭医に診てもらっている患者を対象に、ケアの継続性の影響を検討した。

【方法】
カナダ・アルバータ州の2015~2018年のリンクされた医療行政データを分析し、患者の複雑さのレベルの違いによる、医師および診療所の継続性と救急外来(ED)受診率および入院率との関連を検討した。
医師の継続性は、KPC(Known Provider of Care)指数を用いて計算された。3年間の期間を設定し、その間に3回の受診があることを条件とした。KPC指数は連続変数としてもカテゴリー変数としてもコード化した。低継続性を0%~40%、中等度を41%~80%、高継続性を81%~100%とした。
診療所の継続性についても同様に、患者が同じ診療所で主治医の同僚医師にかかった割合(対するものとして、別の診療所、救急外来など)として算出され、グループケア率(GCR)と呼ばれた。GCRに基づき、各患者の診療所の継続性をNA(KPC指数100%でグループ診療の機会がないため該当なし)、なし(0%、 低(1%~50%)、高(51%~99%)、完全(100%、自分の主治医にかからない場合は必ず自分の主治医の同僚医師にかかる)に分類した。)
患者の複雑性は、CRG(Clinical Risk Grouper)法を適用して決定した。CRG法は、先行する疾患の診断と医療システムの利用に基づいて、患者を9段階の複雑度(1が最も複雑度が低く、9が最も複雑度が高い)のいずれかに分類するものである。本研究では、臨床的に類似した複雑性のレベルを捉えるために、これらのレベルを3つのグループに分類した:複雑性が低い(CRGが1-2)、中程度(3-4)、高い(5-9)。
負の二項回帰モデルを作成し、それぞれと全原因による救急外来受診および入院との関連を評価した。

【結果】
患者の44%が男性、56%が女性であった。年齢の中央値は50歳であった。ほとんどの患者は、1人のFPとの継続性が中等度(45.6%)または高レベル(47.9%)であり、残りの6.5%は低レベルであった。

表1には、患者の特徴を医師の継続性(KPC指数)別に示した。医師の継続性が高い患者は、より複雑(CRG=5-9)で高齢(年齢中央値=55歳)である傾向があったが、継続性が低い患者はより健康であった。医師の継続性が高いほどED受診が少ないという予想された傾向が観察されたが、入院件数はKPC指数のレベル間で同等であった。医師の継続性の絶対値では、農村部は継続性の高い群にやや多く含まれていたが、全体として、医師の継続性は、大都市圏、都市部(町/小都市)、農村部の間で顕著な差はなかった。

表2は、患者の特徴を診療所の継続性(GCR)別に示したものである。この継続性は、表の1行目に明らかなように、二峰性に分布していた。常に主治医を受診している患者(NA群)と、受診していないが常に同僚医師を受診している患者(完全群または100%群)は、いずれも年齢が高い傾向にあった。診療所の継続性がない患者(GCR0%)は、複雑性が低い傾向にあった。アルバータ州の大都市圏であるゾーン2(カルガリー市とその周辺)とゾーン4(エドモントン市)の患者は、町や小都市の患者よりも診療所の継続性がない傾向にあった。農村部の住民は診療所の継続性が高い傾向にあり、特に100%のGCRカテゴリーでは農村部の住民が4分の1以上を占めたのに対し、他のGCRカテゴリーでは20%以下であった。診療所の継続性が高い患者は、継続性が低い患者よりも平均してED受診と入院が少なかったが、継続性がない患者は継続性が高い患者と同程度であった。より高いGCRは、より大規模なグループ診療と関連していた。

表3は、多変量解析の結果である(負の二項回帰モデル)。ED受診と入院の両方で、診療所の継続性(GCR)の効果は患者の複雑さ(CRG)によって大きく異なっていた。医師の継続性(KPC指数)が高いほど、患者の複雑性のすべてのレベルにおいてEDの利用が少なく、複雑性の高い患者では病院の利用が少なかった。診療の継続性の効果は直線的ではなく、ED受診と入院についても同様のパターンがみられた。ED受診および入院の減少との関連が最も強かったのは、常に主治医またはその同僚医師のいずれかを受診している患者、すなわち、それぞれNA(KPC指数100%)群および完全(GCR100%)群であった。さらに、常に主治医を受診している患者は、複雑性の低い患者(CRG 1-2)を除き、EDおよび入院の利用が最も少なかった。その効果は、最も複雑度の高い群で最も大きかった。診療所の継続性が低い群(GCR1%~50%)は、診療所の継続性がない群(GCR0%)に比べ、一貫してEDや入院の利用が多いことと関連していた。高い診療所の継続性(51%~99%GCR)は、1つの例外(入院についてはCRG 3-4)を除いて、EDおよび入院の減少に関連していた。

まとめると、医師の継続性の高さは、患者の複雑性のすべてのレベルにおいてEDの利用減少に関連し、複雑性の高い患者では入院の減少に関連した。大まかには、診療所の継続性なし(0%)は利用増加と関連し、診療所の継続性あり(100%)は利用減少と関連し、最も複雑な患者に最大の効果がみられた。診療所の継続性が1%から50%までのレベルでは、一般的に利用がやや増加し、51%から99%までのレベルでは利用がやや減少した。

【考察】
カナダ・アルバータ州を対象としたこの後ろ向き観察研究では、FPとの関係の継続性(KPC指標で把握)が、全原因によるED受診および入院の減少と関連していることが報告された。このような医師の継続性の効果は、過去の文献から予想されていた。重要なことは、この効果は複雑で高齢の患者において最も強かったが、若くて健康な患者においてもEDの利用に有意な影響を及ぼしたことである。
診療所の継続性(GCRによって把握される)は、医師の継続性よりも劇的ではないが、同様の効果を示した。同じ診療所の別のFPに常に診てもらうことは、自分のFPに診てもらうのでなければ、明らかに有益であるように思われた。診療所の継続性の効果を分離することによって、これらの結果は、患者と医療システムの両方の観点からこのケアモデルを支持する新たな証拠を提供するものである。今回の知見から、グループケアを受けた患者のレベルが低かった場合に、わずかながら不利益を被った理由をよりよく理解するためには、さらに焦点を絞った研究が必要である。そのためには、現在入手可能なデータでは、ED受診や入院を、同僚医師や外部の医師のいずれかによるものと確信をもって断定することはできない。したがって、診療所の継続性が低いことによる明らかな不利が、同僚医師を受診したことによるものなのか、同僚医師を受診しなかったことによるものなのかを推測することはできない。次のステップは、この区別をするためのデータへのアクセスを求めることである。
診療所の100%継続性の価値は、質と健康アウトカムを改善することが示されている多くの要因に起因すると思われる。例えば、アルバータ州のFPの大多数は、同じ地域の診療所で一緒に診療を行うことで、担当する患者の電子カルテへのアクセスも共有することになり、情報提供や管理の継続性がもたらされる。同じクリニックで働くFPは、共通の電子カルテで得られる情報よりも豊かで包括的な直接的コミュニケーションを行う可能性が高い。最後に、同じクリニックで異なるFPが診察を受けているにもかかわらず、同じ看護師、医療助手、その他の専門家に診察を受けているというチーム効果があるかもしれない。
医療システムの観点からは、プライマリ・ケアの不足に対処するための州政策立案者の指針となるエビデンスが得られた。一部の政治家が提唱する緊急医療センターという「応急処置」に投資するよりも、少なくとも複数のFPによるクロスカバーと共有診療を提供するプライマリ・ケア診療所のための構造的支援と政策(すなわち、支援スタッフの増員、支払いシステムの改革)に投資する方が、優れたアウトカムとコスト削減をもたらす可能性が高い。これらの知見は、冒頭で述べたプライマリ・ケアにおけるパートタイム診療の増加傾向についても、一定の安心感を与えるものである。
患者の観点からは、患者は自分のFPに一貫して診てもらい、それができない場合は同僚医師に一貫して診てもらうことが最善の方法であることが示唆された。関係の継続性は、世界の一部でFPによって高く評価されていることが示されているが、調査した患者コホートによって異なる。人口が増加する中、FPの供給は限られており、その分布も最適とはいえないため、すべてのカナダ人がこのようなFPとの関係を利用できるようにすることは、現時点では不可能である。しかし、本研究の結果は、診療所の継続性も患者の健康にとって価値があることを示すものである。
今後の研究では、上記の中間レベルのグループケアの効果に加え、クリニックで診療するすべてのFPが担当する患者数、パートタイムFPとフルタイムFPの人数と組み合わせ、クリニックの立地、クリニックチームによる患者のケア期間などの要因を検討する予定である。
われわれの研究にはいくつかの限界がある。KPC指標は、患者がFPやプライマリ・ケア診療所を受診した回数が異なるという事実を考慮していない。われわれはこの欠点に対処するため、3年間のウィンドウの中で3回以上受診した患者のみを対象とし、総受診回数をモデルに組み込んだ。KPC指数は、患者・医師関係の影響や性質、その関係の長さ(よりよいコミュニケーション、信頼関係の構築、患者の健康アウトカムの改善と関連している)を考慮していない。本研究の横断的デザインは、このような状況において患者や臨床医の無作為化を欠くという固有のリスクをもたらす。また、入院という転帰と患者の複雑性という独立変数(CRG)との間には、いくつかの交絡の可能性がある。理想的には、ランダム化比較試験でこれらの問題を解決することである。しかし、それは非常に高価であり、必要な規模での実施も現実的ではなく、少なくともカナダでは倫理的に許されない可能性が高い。明確な関連を証明することはできても、因果関係を証明することはできない。
さらに,モデル内の共変量として,診療所で働くFPの数を詳しく調査しなかった.また、各FPの勤務パターンの背景を明らかにするために、週や季節/年ごとの勤務パターンも調査していない。我々のデータからは、患者へのアクセスを維持するためにFPのロカム・カバレッジ(カナダでは一般的な慣行)が行われているかどうかを明確に特定することはできなかった。われわれのデータでは、例えばスポーツ医学や中毒医学のような特定のタイプの集中診療を完全に除外することはできなかったが、これらは比較的少数であり、われわれの結果に影響を与える可能性は低い。

【結論】
最良のヘルスケアアウトカム(ED受診と入院で測定)は、常に主治医を受診するか、主治医が不在の場合に診療所の同僚医師を受診することと関連している。部分的な診療所との継続性の効果は複雑なようであり、さらなる研究が必要である。これらの結果は、パートタイム診療やグループ診療にとっては安心材料となり、プライマリ・ケア従事者の政策立案者にとっては指針となる。

【開催日】2024年6月5日

駆出率の低下を伴う心不全の薬物治療の系統的レビューとネットワークメタアナリシス

―文献名―
Tromp J, Ouwerkerk W, van Veldhuisen DJ, Hillege HL, Richards AM, van der Meer P, Anand IS, Lam CSP, Voors AA. A Systematic Review and Network Meta-Analysis of Pharmacological Treatment of Heart Failure With Reduced Ejection Fraction. JACC Heart Fail. 2022 Feb;10(2):73-84

―要約―
Introduction: アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEi)、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬(BB)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRAスピロノラクトン,セララ,ミネブロ)が駆出率低下型心不全(HFrEF)の薬理学的治療の基礎として確立された。この10年間で、サクビトリル/バルサルタン(ARNi アーニー®️エンレスト)とイバブラジン(®️コララン)が追加され、HFrEFに対する治療の選択肢が増えた。過去1年間に発表された試験の結果では、ナトリウム-グルコース共輸送体2阻害薬(SGLT2i)であるエンパグリフロジン(®️ジャディアンス)およびダパグリフロジン(®️フォシーガ)、可溶性グアニラーゼシクラーゼ刺激薬であるベリシグアト(®️ベリキューボ)、心筋特異的ミオシン活性化薬であるオメカムチブメカルビルによる治療がHFrEFの予後をさらに改善できることが示された。
最近の臨床試験の結果は、治療の順序を決めたり、最も有益な薬物療法の組み合わせを決定したりすることはできない。ネットワーク・メタアナリシスでは、治療効果の総和の差を比較するために、異なる治療法の組み合わせ間の比較が可能である。治療の最適な累積効果に関する情報は、医師と患者が共有する治療方針の決定に役立つ。基礎となる仮定は、治療には相加効果があるということである。ARNi、SGLT2i、ベリシグアト、オメカムチブメカルビルについては、潜在的に異なる疾患経路を標的としているため、これはもっともらしい。そこでわれわれは、HFrEFに対する薬物療法の治療効果を推定し比較するために、系統的レビューとネットワークメタ解析を行った。

Method:EDLINE/EMBASEとCochrane Central Register of Controlled Trialsを用いて、1987年1月~2020年1月に発表されたランダム化比較試験を対象に系統的ネットワークメタ解析を行った。アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、β遮断薬(BB)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、ジゴキシン、ヒドラジン-硝酸イソソルビド、イバブラジン、アンジオテンシン受容体-ネプリライシン阻害薬(ARNi)、ナトリウムグルコース共輸送体-2阻害薬(SGLT2i)、ベリシグアト、オメカムチブメカルビルを対象とした。
心不全を有する成人集団(18歳以上)に限定された。転帰に大きな影響を与える可能性が高い診断を併発している患者が集団全体に含まれている場合(例、心筋梗塞後の左心室機能障害のある患者、または糖尿病患者のみを含む試験)、研究は除外された。心不全の急性期の患者を治療する研究や、同じ薬剤グループ内の薬剤を比較する研究は除外された。(Figure 1)
主要アウトカムは全死亡であった。さらに、心血管(CV)死亡と心不全(HHF)による入院、CV死亡のみ、および何らかの理由による薬物中止の可能性の複合転帰を分析した。二次解析では、2つの心不全集団(BIOSTAT-CHF [BIOlogy Study to TAilored Treatment in Chronic Heart Failure]およびASIAN-HF [Asian Sudden Cardiac Death in Heart Failure Registry])で得られた生命年を推定した。

Results:95,444人の参加者を対象とした75の関連試験を同定した。ARNi、BB、MRA、SGLT2iの併用が全死亡の減少に最も有効であり(HR:0.39、95%CI:0.31-0.49)、次いでARNi、BB、MRA、ベリシグアト(HR:0.41、95%CI:0.32-0.53)、ARNi、BB、MRA(HR:0.44、95%CI:0.36-0.54)であった(Central Illustration A)。心血管死またはHFによる初回入院の複合アウトカムについても結果は同様であった(ARNi、BB、MRA、SGLT2iのHR:0.36、95%CI:0.29-0.46、ARNi、BB、MRA、オメカムチブメカルビルのHR:0.44、95%CI:0.35-0.56、ARNi、BB、MRA、ベリシグアトのHR:0.43、95%CI:0.34-0.55)(Central Illustration B)。
ARNi、BB、MRA、SGLT2iを投与された70歳の患者において、二次解析で無治療と比較して追加的に得られると推定された生命年数は5.0年(2.5~7.5年)であった(Figure 3)。

Discussion:異なるHF試験が実施された期間はかなり長く、バイアスが生じた可能性がある。しかし、主要アウトカムと多くの副次的アウトカムにおける異質性のP値は有意ではなく、このことが結果に有意な影響を及ぼさなかった可能性を示唆している。中止に関する結果は、ランダム効果モデルを用いたにもかかわらず、かなりの異質性を示した。これは中止の定義の違いによるものかもしれない。したがって、これらの結果は慎重に解釈すべきである。最後に、治療効果の推定に影響を及ぼす可能性のある非薬理学的装置の使用は考慮していない。

Figure 1. Overview of Study Selection Schematic overview of study selection.

Central Illustration. Relative Risk Reduction of Different Pharmacological Treatment Combinations for Heart Failure
Combination of treatment effect on all-cause mortality (A), cardiovascular (CV) death or heart failure (HF) hospitalization (B), or CV mortality (C). ACEI = angiotensin-converting enzyme inhibitor; ARB = angiotensin receptor blocker; BB = beta-blocker; Dig = digoxin; H-ISDN = hydralazine–isosorbide dinitrate; HF = heart failure; IVA = ivabradine; MRA = mineralocorticoid receptor antagonist; PLBO = placebo; SGLT2 = sodium glucose cotransporter-2 inhibitors.


Figure 3. Estimated Average Lifetime Graphs

【開催日】2024年3月13日(水)

救急医療におけるトラウマインフォームドケア介入 システマティックレビュー

―文献名―
Brown T, Ashworth H, Bass M, Rittenberg E, Levy-Carrick N, Grossman S, Lewis-O’Connor A, Stoklosa H.
Trauma-informed Care Interventions in Emergency Medicine: A Systematic Review.
West J Emerg Med. 2022 Apr 13;23(3):334-344.
doi: 10.5811/westjem.2022.1.53674. PMID: 35679503; PMCID: PMC9183774.

―要約―
Introduction:
<背景>
 トラウマにさらされることは、救急の患者や医師にとって非常に一般的な経験です。薬物乱用・精神保健サービス局 (SAMHSA) は、トラウマを「個人が経験する身体的または精神的に有害または生命を脅かす出来事、一連の出来事、または一連の状況であり、個人の機能的、精神的、身体的、社会的、感情的、spiritualなwell-beingに永続的な悪影響をもたらすもの」と定義しています。このトラウマの定義には、個人的(例:交通事故、愛する人の死)から、対人的(例:対人暴力[IPV]、差別、虐待)、社会的(例:自然災害、パンデミック、テロ攻撃)な経験まで含みます。新しい出版物では、この定義を、構造的トラウマ (人種差別、性差別など) にまで拡張して明示的に取り上げています。
 患者は、上記で定義したタイプのトラウマを抱えて救急外来を受診することがよくあります。急性のトラウマを患っている患者は、多くの場合、過去のトラウマ体験の生存者です。病院ベースの暴力介入プログラムに参加している、暴力の経験者を対象とした調査では、対象の100%が少なくとも1つのACEs(逆境的小児期体験)を経験していることが判明しました。
 トラウマを経験した人の中には、救急医療の経験が再トラウマになったり、過去の経験のトリガーになったりする人もいます。トラウマの生存者は、感情の調節不全(強い感情を制御するのが困難)、過剰警戒(脅威を感じやすくそれに対し過剰に反応しやすい)を経験する可能性があります。実行機能と感情制御の間の密接な相互作用により、患者と医療チームの両方に影響を与える可能性があります。同様に、過覚醒により、救急医療の多忙な環境や介入処置に耐えがたくなる可能性もあります。

 救急医療環境には、臨床医と多職種にとって、直接的および二次的なトラウマの潜在的要因が複数存在しています。COVID-19のパンデミックは、最前線の医療従事者やスタッフに二次的なトラウマへの曝露による被害が及ぶ可能性があることを実証しました。救急医療で勤務するスタッフも、職場での暴力を高率に経験しています。

<重要性>
 トラウマインフォームドケア(TIC)は、医療現場での再トラウマ化を防ぎ、患者と臨床医の両方の回復力を促進することを目的としたフレームワークです。それは次の 6 つの原則に基づいています。1) 安全性、2) 信頼性と透明性、3)ピアサポート、4) 協力と相互作用、5) エンパワーメント、発言権、選択、6) 文化的、歴史的、ジェンダーの問題。トラウマインフォームドケアは、プライマリケアと救急医療 (EM) を含む専門ケアの両方における臨床ケアへのアプローチとして採用されることが増えています。2012年、米国司法長官の、暴力にさらされた子どもに関する国家対策委員会は、すべての救急医療センターに TIC を提供すること、また、トラウマを経験している患者と接するすべての臨床医に TIC の訓練を受けることを求めました。トラウマインフォームドケアは、患者にとっては臨床上の利点があり、スタッフにとっては仕事の満足感が得られる、費用対効果の高い介入であることが示されています。しかし、救急医療で見られるトラウマの計り知れない負担と患者と臨床医にとっての TIC の利点にもかかわらず、TIC は依然として 救急医療において芽生えの時期のままです。

<目的>
 このシステマティックレビューは、救急医療における TIC 介入に関するエビデンスをまとめ、次の研究目的について述べ、TIC の実施に関する現在の研究のギャップを特定します。
・救急医療セッティングにおいて行われているTIC介入実践の範囲
・救急医療におけるTIC介入が、患者にもたらす潜在的な利益、医療者・多職種にもたらす潜在的な利益

Method:
 この研究は PROSPERO (CRD42020205182) に登録されました。1990年から2020 年 8 月 12 日の、PubMed、EMBASE (Elsevier)、PsycINFO (EBSCO)、Social Services Abstract (ProQuest) および CINAHL (EBSCO) データベースの査読済みジャーナルと抄録を、体系的に検索しました。私たちは、帰納的定性的内容分析を使用して、救急医療環境におけるTIC介入について明示的に述べている研究を分析して、繰り返し現れるテーマを特定し、トラウマに基づいた独自の介入を特定しました。TICについて明示的に引用していない研究は除外しました。それぞれの研究について、ニューカッスル – オタワ基準と重要評価スキルプログラム (CASP) チェックリストを使用してバイアスについて評価しました。

Result:
 合計 1,372 件の研究と抄録を特定し、最終分析の対象基準を満たす 10 件を特定しました。TIC介入内で浮上したテーマには、教育的介入、関連する医療専門家や地域組織との協力、患者と臨床医の安全性の介入などが含まれます。教育的介入には、講義、オンラインモジュール、標準化された患者演習が含まれます。健康の社会的決定要因への取り組みに重点を置いた地域組織との協力について述べた研究もあります。すべての介入は、臨床医または患者のいずれかに対して TIC がプラスの影響を与えることを示唆していましたが、アウトカムに関するデータは依然として限られています。

追加のテーマ
 私たちの分析から判明した追加の介入には、次のものが含まれます。
 トラウマのスクリーニングと評価の実施。
 病院と地域のリーダーの両方からリーダーシップの賛同を確保する。
 脆弱な患者集団のための標準化されたTIC プロトコルおよびプログラムの開発。
 救急医療 の環境分析。

Discussion:
 私たちのレビューでは、現在の介入におけるいくつかのギャップを特定しました。それは、普遍的な予防措置の教育の欠如、アウトカムデータの欠如、スタッフ中心の介入の欠如、そして費用対効果分析の欠如です。
 教育主導型とプロトコル主導型の両方で、すべての介入を通じて、すべての患者に対する普遍的な予防策として TIC が採用されることはほとんどありませんでした。私たちのレビューで捉えられたすべての介入は、特定の集団へのアプローチ(つまり、人身売買、性的暴行、地域暴力の生存者)に依存しています。このアプローチは、特定の集団における外傷に対する臨床医の認識を高める可能性があるが、「危険信号」を呈していない患者、または外傷関連の訴えを呈していない患者のニーズには対応していません。

 臨床医は、どの患者が逆境を経験したかを常に予測できるわけではありません。したがって、今後の教育的およびプログラム的な介入では、患者全員に対する普遍的な予防策として TIC を強調する必要があります。

Conclusion:
 この論文は、救急医療セッティングにおけるトラウマに基づいたケア介入に関する最初の体系的なレビューを表しています。レビューの結果は、TIC が救急医療の臨床実践において小さいながらも成長している分野であることを示しています。しかし、救急医療分野における患者と臨床医にとっての潜在的な利点を評価するための追加研究が緊急に必要とされています。TIC介入の普及により、救急医療は患者と臨床医にとって癒しの場所となり得ます。

【開催日】2024年3月6日(水)