-文献名-
Traditional Chinese medicine Jia Wei Gui Pi Tang improves behavioural and psychological symptoms of dementia and favourable positive emotions in patients. Tatsuya Nogami. Psychogeriatrics. 2023 May;23(3):503-511.
-要約-
1. INTRODUCTION
日常臨床において、漢方薬「加味帰脾湯(かみきひとう)」がBPSDと肯定的感情の両方を改善するように見受けられることが見出された。本処方は14種類の生薬から構成されている。日本において加味帰脾湯には「貧血、不眠症、精神不安、神経症」の4つの公式な効能・効果が認められている。日常臨床で不安の治療によく用いられるが、高齢の認知症患者における不安に対する有効性はこれまで研究されていなかった。
そこで本研究では、認知症患者のBPSD治療および肯定的感情の増進に対する加味帰脾湯の有効性を評価するため、評価者盲検無作為化対照試験を実施した。
2. 方法(METHODS)
**研究デザインと概要**
本研究は、アルツハイマー型認知症(AD)および混合型認知症(脳血管障害を伴うAD)患者を対象とした多施設共同・評価者盲検無作為化対照試験である。参加者は加味帰脾湯を投与する治療群と、漢方薬を投与しない対照群に無作為に割り付けられ、BPSD、好ましい肯定的感情、および認知機能が追跡・観察された。データは2021年10月から2022年1月にかけて収集された。
**対象者および群分け**
福岡県、大阪府、宮城県の4つの長期療養・介護施設から参加者を募集した。DSM-V基準に基づき認知症と診断され、過去1年間の身体状態が安定している63名の患者が登録された。
選定基準は以下の通りである:
1. 65歳〜100歳
2. NPI-NH合計スコアが3点超
3. NPI-NHの「不安」または「夜間行動障害」の項目が陽性
4. MMSEスコアが25点未満
除外基準は、過去1年以内に大うつ病や双極性障害を発症した者、抗うつ薬や他の漢方薬を使用している者、過去2年以内に悪性腫瘍や生命を脅かす疾患を患った者とした。抗うつ薬の服用者は除外されたが、コリンエステラーゼ阻害薬やメマンチン(3ヶ月以上使用)、抗不安薬、睡眠薬、抗けいれん薬の使用は継続が許可された。
**無作為化と盲検化**
NPI-NHスコア(妄想、幻覚、興奮、うつ症状、不安、多幸、無為、脱抑制、易刺激性、異常行動の基本10項目に、「睡眠異常」と「食行動異常」を加えた合計12項目)に基づき、コンピュータ生成の乱数を用いて各群へ1:1の割合で階層化無作為割り付けを行った。患者や研究者に対する盲検化を行わないオープンラベル形式で実施されたが、評価(観察)は処方内容を知らされていない介護スタッフが担当した。
**投与プロトコル**
治療群には「ツムラ加味帰脾湯エキス顆粒」を1日7.5g(1回2.5gを1日3回)、28日間経口投与した。対照群には漢方薬を投与せず、治療群も加味帰脾湯以外の漢方薬は投与しなかった。既存の非漢方薬の投与は継続され、環境調整や介護サポートは全参加者に提供された。
**評価項目**
主要評価項目は、28日間の介入前後におけるBPSDの評価指標であるNPI-NH合計スコアの変化量とした。主要な副次評価項目は好ましい肯定的感情を反映するDEI(Delightful Emotional Index)スコアの変化量とし、その他の副次評価項目として認知機能を測定するMMSEスコアの変化量を設定した。
DEIは以下の10項目(各0〜9点、合計0〜90点)で構成される:
(1) 適切な挨拶、(2) 豊かな表情、(3) 物事への関心、(4) 会話の継続、(5) 歓喜の提示、(6) 感謝の表明、(7) 拍手への反応、(8) 不安の提示(逆付け)、(9) ユーモア、(10) 美悪の識別。また、月次の生化学検査(肝・腎機能、血清カリウムなど)も安全性の副次評価項目として測定された。
**統計解析**
NPI-NHスコアの8.0ポイント(最小臨床的意味のある差:MCID)の改善を検出するため、各群30名(計60名)で検出力80%(両側有意水準5%)となるよう算出された。脱落を見越して治療群33名、対照群30名を登録した。解析には群間比較に一元配置分散分析(ウェルチの検定)、群内前後比較に対応のあるt検定を使用した(P < 0.05を有意とした)。
3. 結果(RESULTS)
**対象者背景**
計63名(男性18名、女性45名、平均年齢:83.3 ± 6.0歳)が登録された。DEIスコアのみベースラインで有意差が認められた(治療群 23.3 ± 22.9 vs 対照群 37.0 ± 27.3, P = 0.037)。
**NPI-NHスコア:**
NPI-NH合計スコアの変化量は両群間で有意差を示した(P < 0.001)。治療群では、スコアがベースラインの29.8 ± 17.3から13.2 ± 9.4へと有意に改善した(P < 0.001)。一方、対照群では29.0 ± 20.4から24.6 ± 23.1への変化であり、統計的有意差は見られなかった(P = 0.056)。
**DEIスコア:**
DEIスコアの変化量も両群間で有意差を示した(P < 0.001)。治療群では、スコアがベースラインの24.3 ± 23.0から32.5 ± 21.2へと有意に改善した(P = 0.001)。一方、対照群では37.0 ± 27.3から34.6 ± 28.8への変化であり、統計的有意差は見られなかった(P = 0.105)。
4. 考察(DISCUSSION)
本研究において、加味帰脾湯の投与により認知症患者のBPSDおよび好ましい肯定的感情の両方が改善した。対照群ではDEIスコアの改善が見られなかったのに対し、加味帰脾湯群ではDEIスコアが著しく向上した。
BPSDは不安と強く関連している。本研究において加味帰脾湯は、アルツハイマー病患者のBPSDに伴う興奮、抑うつ、不安、脱抑制、いらだちを明確に改善した。先行研究において加味帰脾湯が軽度認知障害(MCI)を改善することや、アミロイドβ誘発性のタウ蛋白リン酸化・軸索萎縮の抑制、記憶障害モデルマウスでの記憶改善作用などが報告されている。本研究ではMMSEスコアに変化が見られなかったことから、加味帰脾湯が認知機能を低下させないことが示唆される。また、加味帰脾湯に含まれる生薬の抗不安・抗うつ作用が、好ましい肯定的感情の向上に寄与したと考えられる。
本研究にはいくつかの限界が存在する。
1. 適切なプラセボが用意できなかったため、プラセボ対照二重盲検試験ではない点。
2. 28日間という短い期間では、MMSEでわずかな認知機能変化を検出できない点。
3. ベースライン時のDEIスコアに両群間で有意差が存在した点。
4. サンプルサイズ計算をNPI-NHのみに基づいて行った点。
5. DEIの統計的妥当性検証がまだ完了していない点。
5. 結論(CONCLUSION)
伝統漢方薬「加味帰脾湯」は、認知機能を低下させることなく、BPSDと好ましい肯定的感情の両方を改善させた。したがって本処方は、単にBPSDを抑制・緩和するだけでなく、認知症患者の支援とケアにおいて極めて重要な「喜びや歓喜といった感情的側面」を向上させる潜在力を有している。
【開催日】2026年9月9日(水)




















