CKDを有する後期高齢者へのスタチン投与

ー文献名ー
Wanchun X,Yuk KY,Yanyu P,et al.Effectiveness and safety of using statin therapy for the primary prevention of cardiovascular diseases in older patients with chronic kidney disease who are hypercholesterolemic: a target trial emulation study(https://syleir.hatenablog.com/entry/2024/04/21/134347).Lancet Healthy Longevity.2025; 6:1-12.

‐要約-
Introduction
慢性腎臓病は世界中で蔓延している疾患であり、その有病率は年齢とともに上昇することが知られている。 英国では、75歳以上の個人の32.7%が慢性腎臓病に罹患している。 米国では、65歳以上の人々に慢性腎臓病が一般的である(34%)。 香港では、2型糖尿病患者における慢性腎臓病の有病率は29.7%と報告されており、高血圧患者における慢性腎臓病の発生率は1000人年あたり約22人である。スタチンは、慢性腎臓病患者における心血管疾患のリスクを軽減するために広く使用されている。しかし、75歳以上の慢性腎臓病患者における一次予防のためのスタチン療法の使用に関してはコンセンサスが得られていない。2018年の米国心臓病学会および米国心臓協会のガイドラインは、40~75歳で10年間の心血管疾患リスクが7.5%以上の慢性腎臓病患者へのスタチン使用を推奨しているが、75歳以上の成人については言及していない。2023年の英国国立医療技術評価機構のガイドラインは、慢性腎臓病患者の心血管疾患の一次予防としてアトルバスタチン20mg/日を年齢制限なく推奨している。 Kidney Disease: Improving Global Outcomesの臨床実践ガイドラインも、50歳以上の慢性腎臓病患者にスタチン治療を推奨しているが、高齢患者(75~84歳)および超高齢患者(85歳以上)に関する具体的な推奨はない。本研究は、慢性腎臓病を有する高齢者(75~84歳)および超高齢者(85歳以上)における心血管疾患の一次予防のためのスタチン療法の有効性と安全性を評価することを目的とした。

Method
 香港の公的な電子健康記録を利用して、2008年1月から2015年12月まで、条件を満たすCKD患者を毎月抽出することにした。香港の国勢調査報告によると、人口の約90%が中国系であり、非中国系人口には主にフィリピン人、インドネシア人、南アジア人が含まれる 。組み入れ対象は、CKDと診断された60歳以上で、脂質異常症(LDLコレステロール2.6mmol/L(100mg/dL)以上(mg/dL=mmol/L✕38.67))もある患者とした。スタチンによる予防投与を開始した人と、スタチンを使用しなかった人に分類して登録し、これを96カ月分のデータに適用した。ベースラインで既にスタチンや脂質異常症治療薬の使用歴がある患者は除外した。スタチン療法は、シンバスタチン、アトルバスタチン、フルバスタチン、ロスバスタチン、ロバスタチン、ピタバスタチン、またはプラバスタチンによる治療と定義した 。患者の年齢に基づいて60~74歳、75~84歳、85歳以上に層別化し、患者死亡または終了予定日(2018年12月)まで追跡した。3つの年齢群のエミュレートされたターゲット試験において、心血管疾患および全死因死亡の予防に関するintention-to-treat効果とper-protocol効果を推定した 。主要評価項目は、あらゆる心血管疾患の発症率とした。副次評価項目は心筋梗塞、心不全、脳卒中、総死亡率、主要な有害事象とした。

Results
 96カ月分のデータから抽出した4万5460人の患者を分析対象とした。内訳は、60~74歳が1万9423人、75~84歳が2万2565人、85歳以上が8811人だった。追跡期間の中央値は5.3年(四分位範囲3.8-7.1)になった。(図2)
 Intention-to-treat解析において、スタチン非使用者と比較したスタチン使用者のあらゆる心血管疾患のハザード比は、60~74歳が0.92(95%信頼区間0.86-0.97)、75~84歳は0.94(0.89-0.99)、85歳以上が0.88(0.79-0.99)だった。総死亡のハザード比は、60~74歳が0.89(0.83-0.94)、75~84歳は0.87(0.82-0.91)、85歳以上が0.89(0.81-0.98)だった(いずれもintention-to-treat解析)。スタチン非使用者と比較した使用者の、あらゆる心血管疾患の推定5年絶対リスク差は、60~74歳が-1.3%(-2.1から-0.4、検出力は0.827)、75~84歳は-1.5%(-2.7から-0.4、0.802)、85歳以上では-4.0%(-7.0から-1.0、0.846)だった。5年間に心血管疾患の発症を1件回避するための治療必要数(NNT)は、60~74歳が77(46-224)、75~84歳は67(38-295)、85歳以上では25(14-101)だった。ミオパチーと肝機能障害のリスク増加は、どの年齢層でも観察されなかった。(Per-protocol解析は割愛)

Discussion
 我々の研究は、スタチン療法が高コレステロール血症を伴う高齢者(75歳以上)の慢性腎臓病患者において、心血管疾患および全死因死亡の一次予防に有効であることを示唆している 。さらに、我々の知見は、この集団におけるスタチン療法に関連する主要な有害事象の有意なリスク増加がないことも示している 。
 我々の参照年齢群(60~74歳)での結果は、JUPITER試験の結果と類似しており、推定糸球体濾過率が60 ml/min/1.73 m²未満の高齢患者(年齢中央値70歳)において、心血管疾患(0.55 [95% CI 0.38-0.82])および全死因死亡(0.56 [0.37-0.85])のリスク減少が示された 。この知見の類似性は、我々の解析の妥当性と結果の信頼性を示している 。
 我々の知る限り、本研究は、高齢の慢性腎臓病患者の2つの異なる年齢群(75~84歳と85歳以上)における一次予防のためのスタチン療法の有効性を調査した最初の研究である 。ターゲット試験エミュレーションを用いた米国の先行コホート研究では、75歳以上の慢性腎臓病患者のサブグループ解析で、スタチン使用と主要心血管疾患発生との間に潜在的な関連性が示されたが(HR 0.93、0.86-1.01)、全死因死亡では有意なリスク減少が認められた(0.89、0.82-0.97) 。我々の研究は、より大きなサンプルサイズを用いることで、統計的検出力を高めて一次予防のためのスタチン使用の有効性を検証することができた 。さらに、我々の研究は、超高齢者(85歳以上)の慢性腎臓病患者におけるスタチン療法の有効性に関するエビデンスも提供した 。注目すべきことに、我々の研究におけるper-protocol解析での75~84歳および85歳以上の高齢者で心血管疾患イベントを1件防ぐための5年間のNNTは、ベンチマーク年齢群や、慢性腎臓病患者(ステージ1~3に限定)の高齢者(平均または中央値年齢50~70歳)において心血管イベントを1件防ぐためのNNTが32(95% CI 23-50)であったメタアナリシスで示されたNNTよりも低かった 。これらの知見は、高齢の慢性腎臓病患者におけるスタチン使用の有益な効果を示している 。我々の研究はまた、主要な有害事象に関して、高齢者および超高齢者に対するスタチン療法の安全性を確認した 。人口ベースの実臨床データを用いることで、スタチンを開始した慢性腎臓病患者においてミオパチーおよび肝機能障害のリスク増加がないことを検証し、高齢者および超高齢者におけるスタチン療法の安全性に関する既存のエビデンスを拡張した 。
 我々の研究にはいくつかの限界がある。第一に、我々の結果は、食事や身体活動などのライフスタイル要因を含む測定されていない交絡因子の影響を受ける可能性がある 。第二に、我々の研究におけるアウトカムイベントの特定は、電子医療記録のICPC-2およびICD-9-CMの診断コードに基づいており、誤分類バイアスを引き起こす可能性がある 。第三に、スタチンの用量に関するデータは解析に利用できなかった 。第四に、ベースライン共変量の欠損値に対処するために完全ケース解析を採用し、パーソントライアルの約34.5%が解析から除外されたため、ベースラインでの選択バイアスが生じる可能性がある 。第五に、我々の研究結果はすべての集団に一般化できるわけではないかもしれない 。

【開催日】2025年10月8日

結婚生活の破綻は心不全リスクを高める:前向き研究

ー文献名ー
Marital Failure and Subsequent Heart Failure: A Prospective Study
Xia R, Lin L, Li Y, Zhang Z, Peng Y, Yang W, Huang Y, Chen S, Wu S, Gao X. Marital Failure and Subsequent Heart Failure: A Prospective Study. J Am Heart Assoc. 2025 Sep 16;14(18):e040791. doi: 10.1161/JAHA.124.040791. Epub 2025 Sep 4. PMID: 40905653.

‐要約-
Introduction (はじめに)
心不全(HF)は世界的に公衆衛生上の大きな課題となっており、世界で推定6,430万人が診断されています。安定した夫婦関係は死亡リスクの低下と関連することが以前から分かっていますが 、離婚などの親密な関係の喪失は心血管疾患の発症に寄与する可能性がある有害なライフイベントです。
先行研究では、不安定な婚姻状態が虚血性心疾患や脳卒中などの心血管疾患リスクの上昇と関連することが示されていますが、夫婦関係の破綻がその後の心不全の発症リスクと関連するかどうかについては、限定的なエビデンスしかありませんでした。したがって、著者たちは大規模な前向きコホート研究(Kailuan Study IおよびII)のデータを利用し、夫婦関係の破綻とその後の心不全リスクとの関連を調査しました 。
Method (方法)
この研究は、中国のKailuan Study IおよびKailuan Study IIのデータを利用したコホート研究です 。
対象者とデザイン
ベースライン時に婚姻状況が記録されていた166,042人の参加者から、40歳未満、がんまたは心不全の既往がある参加者を除外し、最終的に125,042人を解析に含めました 。
参加者の中央値追跡期間は13.5年でした 。
婚姻状態の評価
婚姻状態は、複数回の自己申告によるアンケートを通じて収集・更新されました 。
参加者は以下の3つのグループに分類されました:
夫婦関係の安定(Marital stability): 既婚を報告し、離婚・死別・再婚の記録がない者、または未婚から既婚に移行した者 。
夫婦関係の破綻(Marital failure): 既婚から未婚、離婚、または死別に移行した者。
その他の婚姻状態(Other marital status): 上記以外(例:一貫して未婚のまま)の参加者。
心不全(HF)の特定
心不全の症例は、隔年インタビュー、病院記録、社会保険、死亡登録の4つの情報源を相互参照して特定され、2人の経験豊富な心臓専門医によって確認されました 。
統計解析
夫婦関係の破綻と心不全リスクとの関連は、Cox比例ハザードモデルを用いて分析されました 。
分析モデルは、社会人口統計学的および生活習慣因子、生化学的パラメーター、病歴を調整しました(モデル4)。
サブグループ解析として、教育レベルやライフスタイルスコア(喫煙、飲酒、身体活動、塩分摂取、BMIに基づき0~5点で評価)との交互作用も検討されました 。
婚姻破綻後の短期から長期にわたる影響を調べるため、1年、2年、5年のラグ解析も実施されました 。
Results (結果)
基本特性
参加者125,042人中、**6,042人(4.83%)**が夫婦関係の破綻を経験していました 。
中央値13.5年の追跡期間中に、3,779件の新規心不全症例が記録されました 。
夫婦関係の破綻と心不全リスク
夫婦関係の安定と比較して、夫婦関係の破綻は心不全のより高いリスクと関連していました 。
社会人口統計学的および生活習慣因子、生化学的パラメーター、病歴を調整した最終モデル(モデル4)では、夫婦関係の破綻における心不全のハザード比(HR)は1.30(95%信頼区間[CI], 1.14–1.49)でした。
その他の婚姻状態(一貫して未婚など)のハザード比は1.00(95% CI, 0.77–1.30)で、心不全リスクとの有意な関連は認められませんでした。
時間経過による関連の減衰(ラグ解析)
夫婦関係の破綻と心不全リスクとの関連は、時間とともに
減衰する傾向が見られました 。
この結果は、結婚の破綻による潜在的な影響が短期的な心不全リスクに対してより強いことを示唆しています 。
サブグループ解析 (教育とライフスタイル)
夫婦関係の破綻と心不全リスクとの関連は、以下のグループでより顕著でした 。
教育レベルが高い個人:
大学以上: HR 1.69(95% CI, 0.87–3.28)
高校: HR 1.54(95% CI, 1.30–1.82)
小学校以下: HR 0.95(95% CI, 0.73–1.22)
交互作用のP値は0.001で、有意でした。
ライフスタイルスコアが低い個人(不健康な生活習慣):
低スコア(0-2):HR1.59(95% CI, 1.24–2.04)
高スコア(5):HR0.98(95% CI, 0.65–1.48)
交互作用の**P値は0.01**で、有意でした。
健康的な生活習慣は、夫婦関係の破綻が心不全リスクに及ぼす潜在的な悪影響を緩和する可能性があることが示されました 。
Discussion (考察)
本研究は、夫婦関係の破綻がその後の心不全リスク上昇と関連することを特定した、初めてのコミュニティベースの前向き研究です 。
関連性の背後にある機序
夫婦関係の破綻は、低い社会的支持と高い社会的孤立リスクに関連しており、これが行動的および生物学的経路を通じて心血管系の脆弱性を悪化させます 。
持続的な心理社会的ストレスは、交感神経系の活性化、コルチゾールの上昇、炎症性サイトカインの増加を引き起こし、これらすべてが心血管の健康に悪影響を及ぼします 。
配偶者からのケアや経済的サポートの喪失は、医療の利用を制限し、高血圧や糖尿病などの修正可能な心血管リスク因子の早期介入の遅れにつながる可能性があります 。
教育レベルに関する知見
高い教育レベルを持つ参加者で関連がより顕著であったという発見は、先行研究とも一致しています 。
この層の個人は、配偶者に深い感情的・実質的なサポートを期待しているため、夫婦関係の破綻がより広範囲な心理的・感情的苦痛を与える可能性があります 。
研究の限界と残された課題
婚姻状態の誤分類の可能性: アンケートに基づく婚姻状態の分類では、安定した非婚の同棲を単身と区別できず、誤分類バイアスが生じる可能性があります。ただし、中国における同棲の有病率が低いことで、このバイアスの影響は軽減されると予想されます 。
心不全発生率の過小評価: 軽度で無症候性の心不全で医療機関を受診していない個人の症例は記録されていない可能性があり、心不全の発生率が過小評価されているかもしれません 。
心理的要因の欠如: Kailuan Studyでは2016年以前の心理的・感情的な幸福度に関するデータが収集されておらず、社会的孤立や抑うつなどの心理的要因が観察された関連の根底にあるかどうかを検証できませんでした 。
女性の少ないサンプルサイズ: 性別と婚姻状態の関連を評価する統計的検出力が不足しており、性差に関する結果を解釈する際には注意が必要です 。
一般化可能性の限定: Kailuan Studyは全国的に代表性のあるコホートではないため、研究結果の一般化可能性が限定される可能性があります 。
結論
本研究は、夫婦関係の破綻が心不全のより高いリスクと関連しており、特に教育レベルが高い個人や不健康な生活習慣を持つ個人でこの関連が強いことを示しました 。
夫婦関係の破綻は、リスクの高い集団を特定し、それに応じた支援戦略(特に健康的なライフスタイルの促進)を策定する上で、注目すべき社会経済的要因である可能性を強調しています 。今後の研究では、この関連の根底にある心理社会的メカニズムに焦点を当てるべきです 。

【開催日】2025年10月1日

高齢者の心房細動のマネジメント

‐文献名-
Parks AL, Frankel DS, Kim DH, Koh D, Kramer DB, Lidstone M, Fang MC, Shah SJ.
Management of atrial fibrillation in older adults. BMJ. 2024;386(e076246):1-12.
doi:10.1136/bmj-2023-076246

‐要約-
長いのでポイントを列挙
1.心房細動患者の80%は65歳以上で、加齢に伴い指数関数的に増え、65歳の人の1/3はいつか心房細動は細動を発症する(図1 ここでは省略)。
2.高齢の心房細動患者の39〜51%がフレイル。多疾患併存やポリファーマシーもよくある。
3.高齢者への心房細動のケアは個別化するアプローチが必要(図2)
4.高齢者にはガイドラインをそのまま適用できないことも多い
5.多疾患併存のある患者の治療負担や望まないケアを減らす効果的な方法として、 Patient Priorities Careがある。
6.予後が短い場合や、治療の害が利益を上回ると思われる場合には、治療の縮小も必要。
7.脳梗塞やTIAの既往のない一般住民への心房細動のスクリーニングの効果は不明(図3省略 図4)。
8.ライフスタイルへの介入がフレイルや多疾患併存のある高齢心房細動患者に有用かどうかは不明。予後が短い患者にはしないほうがよさそう。(図5)
9.高齢者の心房細動の症状は、若年者と異なり、疲労感や倦怠感が主症状になることもある。
10.ACC/AHA/ACCP/HRSによる2023年のガイドラインでは、レートコントロールよりもリズムコントロールの方が推奨されている。フレイルや多疾患併存のある人への一般化はまだ考えなくてはならないが、高齢者も比較的研究されている。
11.リズムコントロールの方法として、カテーテルアブレーションの方が抗不整脈薬よりも良く、元気な高齢者には推奨できる。フレイルや多疾患併存がある場合には個別に検討。(図6)
12.HFrEFが併存する場合は、早期のリズムコントロールによる洞調律の維持が推奨される。抗不整脈薬よりもカテーテルアブレーションの方が良い。
13.75歳以上のすべての心房細動患者は脳梗塞リスクが高いと考えられ、抗凝固療法が推奨されるが、高齢者、フレイルでポリファーマシーの患者、認知機能障害がある人などへの抗凝固療法についてのエビデンスは十分ではない(図7省略)。
14.出血リスク予測スコア(HAS-BLED、HEMORR2HAGES、ATRIAなど)は使用しないことを推奨。
15.抗凝固療法にはワーファリンよりもDOACを推奨。アスピリンは避けるべき。
16.重度のCKD、出血リスクが高まる薬剤の併用、低体重、重度の出血の既往がある高齢者への、低用量エドキサバンは有用そう。
17.eGFR30-59mL/minまたはstage3aや3bのCKDがある患者への抗凝固療法は有益だが、末期腎不全患者への抗凝固療法の有益性を示した研究はない。
18.抗凝固療法に関連する出血リスクを減らす方法として、抗血小板薬の併用を中止すること、高血圧やNSAIDsなどの出血リスク因子を減らす、複数の抗血栓薬を使うときはPPIを併用することがある(図8 省略)。
19.心房細動に関連する脳梗塞を予防するために高齢者に抗凝固療法を導入したり維持したりするには、注意深く個別化した意思決定が必要(図9)。
20.左心耳閉鎖は、元気な高齢者にはガイドラインに則って推奨、フレイルや多疾患併存の患者は個別に検討、終末期患者には適応なし。
21.アップルウォッチでのスクリーニング、第Ⅺa因子や第Ⅻa因子を標的にした抗凝固療法、カテーテルアブレーション後の抗凝固療法、適切なshared decision makingの方法について、現在も研究中。

<Introduction>
心房細動は高齢者に多いですが、ほとんどのRCTやガイドライン、レビューは他と切り離した単独の心房細動に焦点を当てています。心房細動だけに罹患している高齢者には適しますが、心房細動患者の多くはフレイルで、少なくとも1つの老年症候群や、複数の疾患を持ち、治療の優先順位も変わります。こうした高齢患者に、既存のエビデンスやガイドラインを、コンテクストを無視してそのまま当てはめることは、利益より害が上回るかもしれず、患者にとって最も問題になるものを扱っていないかもしれません。このレビューは、心房細動と多疾患併存の高齢者のマネジメントにおける主要な進歩を扱い、目的を指向するアプローチを使います。まず、心房細動患者が持つ併存疾患や老年症候群を特徴づけます。続いて心房細動のケアの領域のエビデンスを調査しました。

<Method>
私達は、特に高齢者に関連する入手可能な心房細動の文献を包括的に含むように文献調査をしましたが、現存するすべての文献は調べませんでしたし、効果を見積もるためのメタアナリシスもしませんでした。このレビューはPRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)2020ガイドラインに沿って作成しました。医学司書が、Ovid MEDLINE(1946年から現在まで)、Embase.com(1947年から現在まで)、Web of Science Core Collection(1900年から現在まで)、Cochrane Central Register of Controlled Trials(CENTRAL) via Ovid(1991年から現在まで)、ClinicalTrials.gov(1999年から現在まで)を使って、2023年5月に文献検索しました。検索方策には、高齢者、RCTs、心房細動の統制語彙およびフリーテキストの同義語を組み込みました。言語による制限はしませんでした。2010年以降の文献に絞り込み、方法や年齢でのフィルターを使用しました。同定された研究はすべて EndNoteとEPPI-Reviewerを使用して重複を排除して組み合わせ、Covidence systematic review softwareにアップロードしました。少なくとも2人の研究者が抄録を調査し、それぞれの章の著者が全文を読んで関連性を調べました。2024年8月にESCのガイドラインが改定されており、私達も2021年のESCガイドラインに代わって新しいものを参照しました。

<高齢者における心房細動と多疾患併存の疫学>
心房細動は加齢と関連していて、心房細動患者の80%は65歳以上です。心房細動が高齢者に多いというだけでなく、様々な危険因子で調整した後でも、心房細動の発症率は年齢とともに指数関数的に増えています。Framingham Studyの分析では、65歳の人の心房細動の生涯有病率は33%でした。
他の高齢者に集中する多くの疾患同様に、心房細動も老年症候群と併存しています。たとえば、心房細動をもつ高齢アメリカ人のコホートでは、20%が転倒で外傷を受傷し、25%がなんらかのADLで介助が必要でした。フレイルは高齢の心房細動患者によくあります(39〜51%)。心房細動をもつ高齢患者は、多疾患併存やポリファーマシーの強い負担も負っています。
病気の累積的な負担は、心房細動を新規に診断された高齢者の診断後1年以内の死亡率が20〜25%になるとの複数の疫学研究に示されています。これらを踏まえると、心房細動をもつ高齢者のケアには、複数の慢性疾患をもつ高齢者の、疾患のすべての負担や個々の健康目標を考慮した、全人的アプローチが必要です。

<高齢者の心房細動マネジメントの個別化>

高齢者での心房細動の増加やケアの複雑さは多くの人に馴染みのあるものとなっていますが、臨床ケアを最適に適応させる方法は依然として課題です。最新の心房細動ガイドラインはこれらの複雑さを認めていて、統合された多職種からなる医療機関、「個別化されたケアのパッケージ」、患者の価値観を探ること、shared deci- sion makingを推奨しています。しかしこれを実装するのかは難しいままです。図2に心房細動の高齢患者のマネジメントを、多疾患併存、フレイル、予後によって個別化するアプローチの提案を示します。
Fig 2 | Proposed approach to tailor clinical management of atrial fibrillation (AF) to older adults
<ガイドラインを高齢者に外挿することの問題点>
心房細動ガイドラインは心房細動の症状を減らしたり、合併症を予防したりすることを目的とする臨床試験から得られたエビデンスに基づいて推奨が作られています。一般に疾患のガイドラインは、同じ健康目標を共有する単一の疾患をもつ患者に適しています。
多疾患併存やフレイルのある高齢者がRCTには組み込まれていないので、高齢者全員にガイドラインの推奨を単純に外挿することは困難です。高齢者を含んだ研究でも、雑多な健康状態を捉えきれていないでしょう。高齢者の多疾患併存や関連する治療負担は、生活機能やQOLにマイナスの影響をおよぼし、心房細動の治療薬や手術によって害が生じる危険性もあります。多疾患併存やフレイルのある高齢者は、健康上の優先課題が競合することが多く、健康目標にも大きな個人差があります。

<個別化されたケアを実践するアプローチ>
心房細動での全人的な個別化されたケアを実践するエビデンスに基づいた方法の1つに、患者の健康問題の優先事項を考慮して治療を組み立てることがあります。適切な意思決定をするために、臨床家はそれぞれの患者の機能やフレイルの状態を把握するべきです。身体機能やフレイルさを評価する方法には、Clinical Fraility ScaleやComprehensive geriatric assessmentがあります。予後を推定することは難しいですが、    ePrognosisは多疾患併存のある高齢者の予後を推定するためのツールとして使えます。こうした情報で、個別の特定の目標による最適の治療計画は決められます。こうしたアプローチの一例として、Patient Priorities  Careがあります。これは今までのところ、多疾患併存のある患者の治療負担や望まないケアを減らす最も効果的な方法です。

<治療の縮小>
死期が近い高齢者では、症状やQOLや快適さに焦点を当てた緩和ケアが適切です。治療関連の害の方が利益よりも上回ると考えられるときや、病気が進行して治療の利益がよくわからなくなった時には、治療の縮小を検討すると良いです。抗凝固薬の中止は、患者の予後や出血リスクと塞栓リスク、QOLに影響する要素、患者や家族の意向を考慮して個別に考えるべきです。

<住民レベルの計画的なスクリーニング>
脳梗塞やTIAを起こした患者に心房細動のスクリーニングをする有用性は明らかですが、一般住民に対するスクリーニングのエビデンスはわかっていません。スクリーニングによって心房細動の診断率が上がることはRCTで示されていますが、それによって脳梗塞が減少したり健康状態がより良くなったりするかどうかは、まだわかりません。

Fig 4 | Summary of recommendations for atrial fibrillation screening in older adults. ESC=European Society of Cardiology; USPSTF=United States Preventive Services Task Force

<2次予防のためのライフスタイルへの介入>
元気な患者の心房細動を予防したり治療したりするために、肥満の予防、体重を減らすこと、中等度の運動、血圧のコントロール、そしてもしかしたら禁酒も有用であることがわかっています。これらの知見を多疾患併存やフレイルのある高齢者にどのように適用するかは、さらなる研究が必要です。余命が短い人にとって、生活習慣を変えることは目的にかないそうもありませんし、得られる利益も限られたものになりそうです。

Fig 5 | Summary of recommendations for atrial fibrillation (AF) lifestyle interventions
<心房細動の症状と臨床的特徴>
心房細動の症状は非特異的で間欠的なものかもしれないし、高齢者は若年者と異なって出現するかもしれません。動機、めまい感、息切れ、胸部不快感はすべての年齢で見られますが、高齢者では疲労感や全身倦怠感を主な症状として自覚しやすいです。失神は他の伝導疾患が合併していなければ稀です。多疾患併存がある高齢者では、こうした症状の原因を心房細動に求めることが、より難しくなります。
症状を緩和することは多くの心房細動患者にとって主要な目標です。様々な治療戦略がQOLに与える影響について、医師や患者が報告したものが、多くの臨床研究で使われてきましたし、患者が有効であると報告した方法は臨床的にも使われています。患者が報告する心房細動に特有のアウトカムを長期にわたって臨床実践に統合したところ、点数が悪いほど心房細動の負担や医療利用の頻度が高く、レートコントロールよりもリズムコントロールを使用することが多いことに相関していました。患者の経験を体系的に測定することで、心房細動の症状とQOLへの幅広い影響を把握し、治療目標を明確にし、推奨される治療法を導き出し、進歩し続けることに役立ちます。
心房細動やその治療による症状がある患者は、専門医に紹介することが有益な可能性があります。

<レートコントロールとリズムコントロール>
ACC/AHA/ACCP/HRSによる2023年の心房細動の診断と治療のガイドラインは、発作性および持続性心房細動の両方に対して、以前のガイドラインと比較して、リズムコントロールの方をレートコントロールよりも多く、そしてより早く使用する方向に大きく動き出すことを推奨しました。これらのガイドラインに影響を与えている研究では、リズムコントロールは幅広い臨床指標を改善し、安全性も確認されています。フレイルや多疾患併存のある人への一般化はまだ考えなくてはなりませんが、高齢者も比較的研究されています。
これらのガイドラインは高齢者のリズムコントロールを、心不全がある場合は強い推奨、症状があったり診断後1年以内であったりする場合には中等度の推奨としています。ガイドラインは現代の技術を活用した厳格な臨床試験を引用していて、それらの試験は一貫してレートコントロールよりもリズムコントロールの方を臨床結果が良いため支持しています。例えば、レートコントロールに比べて、リズムコントロールの方が、心血管死や脳卒中、心不全増悪による入院や急性冠症候群が顕著に少なかったため(3.9vs5.0/100人年;ハザード比0.79,95%CI0.66~0.94)、平均5年の追跡期間で試験が中途終了となったものもあります(EAST-AFNET4)。ただし、QOLは両群間で差がありませんでした。
EAST-AFNET4はリズムコントロールに抗不整脈薬とカテーテルアブレーションの両方を含みましたが、他の研究では、カテーテルアブレーションの方が洞調律を維持でき、治療合併症頻度が少ないという点で優れていることがわかりました。例えばCABANA試験です。
早期のデータでは、カテーテルアブレーションが心房細動のある高齢者の認知機能を改善するかもしれないということが示唆されました。観察研究では心房細動と脳容量の減少や認知機能の低下、認知症発症リスクの上昇に関連していることが示されていました。洞調律に回復するとこれらのリスクを減らすことができるのかどうかは、活発に調べられる分野になっています。96人の抗不整脈薬を使用している心房細動患者を、薬剤継続とアブレーションに無作為に割り付けた研究では、アブレーション群は治療後に14%で認知機能が低下していましたが、これは主に麻酔や無症候性の脳塞栓によるもので、1年以内に回復しており、さらに、1年後には14%に認知機能の改善が見られました。一方薬剤群では1年後の認知機能の改善は見られませんでした。
これらの研究の平均年齢は、70歳だったり68歳だったりするので、65歳以上の元気な心房細動患者には早期のリズムコントロール、とくにカテーテルアブレーションを提案するのが良いでしょう。しかし、カテーテルアブレーションにするか抗不整脈薬にするかは、多疾患併存やフレイルな高齢者には個別に考えるべきです。抗不整脈薬は他の薬剤と広範囲な相互作用がありますし、肝障害や腎障害のある場合には薬剤代謝が変動します。これらの危険性は、特に多疾患併存やフレイルな患者では、短期的な麻酔やアブレーション治療合併症と注意深く比較する必要がありますし、個別の状況に応じた治療を検討する必要があります。併存疾患が多かったり、予後が短いと想定されたりする患者では、早期リズムコントロールによって、寿命やQOLへの利益はあまりないと考えるかもしれませんが、必ずしもそうではありません(例えば心不全などについては)。多疾患併存によって心房細動のある高齢者でのリズムコントロールは難しくなりますが、心房細動による負担を減らすことは大きな影響をもつものかもしれません。人生の最終段階では、リズムコントロールが症状緩和以外の重要性をもつとは、あまり考えられません。

Fig 6 | Summary of recommendations for rate and rhythm control in older adults with atrial fibrillation (AF). AAD=anti-arrhythmic drug; LVEF=left ventricular ejection fraction

<心不全と心房細動>
心不全のある患者の心房細動の治療は特別な考慮を必要とします。というのは、心不全と心房細動は相互に影響しあい、心不全があると心房細動の頻度は増え、心房細動は心不全の予後を悪化させるからです。心房細動と心不全が併存することは多いです。この状況での推奨される治療は、主に若い世代のデータから外挿されたものです。HFrEFが併存する場合は、早期のリズムコントロールによる洞調律の維持が推奨され、しかも、長期の抗不整脈薬の使用よりはカテーテルアブレーションの方を検討すべきです。HFrEFでは非ジヒドロピリジンCa拮抗薬(ジルチアゼムやベラパミル)や、ドロネダロンは、医原性の悪影響があるので禁忌です。フレカイニドやソタロールは、催不整脈作用によって禁忌です。ポリファーマシーや副作用症状を減らすもう一つの方法は、ペースメーカーの挿入を行い、房室接合部のアブレーションを検討するものです。

<塞栓予防のための経口抗凝固剤の利害のバランスをとること>
経口抗凝固薬は心房細動に関連する脳梗塞を減らしますが、出血が増えるという代償もあります。加齢は利害評価、もしくは「真の臨床的利益」の多くの面に影響します。加齢とともに脳梗塞のリスクは高まりますが、抗凝固による出血リスクも高まります。心房細動が多い層であるのに、塞栓予防の抗凝固療法のRCTは80歳以上の人をあまり入れていません。さらに、人が年をとって平均寿命に達するにつれて、抗凝固療法による脳卒中の予防の潜在的利益は、それと拮抗する脳梗塞以外に関連する死亡や障害の危険によって減ってしまいます。最近のコンセンサスガイドラインでは、75歳以上のすべての患者を、心房細動関連脳梗塞の高リスク群で抗凝固療法が推奨されるとしています。しかし最近出されたESCガイドラインでは、「高齢者、フレイルでポリファーマシーの患者、認知機能障害がある人などへの抗凝固療法についてのエビデンスは十分ではない」と明白に述べています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインで、出血する人としない人を識別できないことや、可逆的な出血の危険因子を軽く見積もることなどを理由に、出血リスク予測スコア(HAS-BLED、HEMORR2HAGES、ATRIAなど)を使用しないことを推奨していることは重要です。ガイドラインは一般に、ワーファリンよりもDOACを推奨しています。効果が同等で、全般的に出血率が低く、薬物相互作用が少なく、モニタリングの必要性が少ないからです。妥協案として抗凝固薬の代わりにアスピリンを使おうとするのは避けるべきです。出血リスクは同等なのに脳梗塞予防効果は劣っており、心房細動にアスピリンを使用するのはClassⅢの危険であると考えられているからです。2023年に更新されたアメリカ老年医学会のBeers Criteriaでは、抗凝固療法を始めるならワーファリンよりもDOAC、さらにその中でもアピキサバンが出血リスクが低いので推奨されています。抗凝固薬同士の比較はまだ進行中です。
すべての高齢者に抗凝固療法は真の利益があるというパラダイムに異を唱えた研究もあります。平均寿命を超えた人には、抗凝固療法の利益は、拮抗する心房細動以外の原因による死の危険のために大幅に減っていくことを示した研究もあります。これらの研究から、最近のガイドラインを適用するには、加齢や多疾患併存の負担を考慮にいれるもっと微妙なアプローチが必要と言えます。

<フレイルや多疾患併存の高齢者での抗凝固療法>
最近の研究から、多疾患併存やフレイルの高齢者での抗凝固療法についてのガイダンスが得られています。重度のCKD、出血リスクが高まる薬剤の併用、低体重、重度の出血の既往がある日本人高齢者への、低用量エドキサバンの研究(ELDERCARE-AF)では、低用量エドキサバンは出血リスクや全死因死亡を増やさず、脳卒中や全身の塞栓症を減らすことがわかりました。メディケアのデータを調査した結果、あらゆるフレイルのグループで、アピキサバンはワーファリンと比べて、死亡、脳梗塞、大出血を1/3減らすことがわかりました。ダビガトランやリバロキサバンはフレイルではない患者にのみ、イベント発生率を減らしました。出血リスクの少なさからはアピキサバンが推奨されていますが、Beersクライテリアではワーファリンを使用している患者には、DOACに切り替えないことを推奨しています。ワーファリンからDOACに切り替えたら、出血合併症が増加し、塞栓合併症の減少が見られなかったとするFRAIL-AF研究によるものです。

<慢性腎臓病>
eGFR30-59mL/minまたはstage3aや3bのCKDがある患者への抗凝固療法は有益な可能性があります。末期腎臓病の心房細動患者に対して抗凝固療法が本当に有益だと示したRCTはありません。透析療法中の患者に抗凝固薬を使うと、出血率や死亡率が高くなります。末期腎臓病患者への抗凝固療法とプラセボを比較する試験がいくつか行われている最中です。末期腎臓病に対しては、DOACはワーファリンに代わる許容可能な選択肢であると示した研究はありますが、DOACが良いのかワーファリンが良いのかはまだ不明です。ガイドラインでは、軽度から中等度のCKD患者にはワーファリンやDOACの使用を支持し、重度のCKD患者にはワーファリンまたはアピキサバンの使用を弱く推奨しています。

<抗凝固療法に関連する出血>
抗凝固療法に関連する出血リスクを減らす方法がいくつかあります。ひとつは抗血小板薬の併用を中止することです。抗血小板薬を併用しても塞栓リスクは減りませんが、出血リスクは1.5―2倍に上がるのです。専門家のコンセンサスガイダンスでは、心血管疾患予防のためのアスピリンを避けること、高リスクの状況のごく短期間(最近PCIしたばかりなど)を除いて3剤療法(DAPT+抗凝固)を避けること、抗血小板薬と抗凝固薬の適応となる患者(虚血性心疾患でACSやPCI後6−12ヶ月経過しているなど)への抗凝固薬単剤療法とすること、頸動脈ステントを留置していない脳血管疾患の患者に抗凝固療法単剤とすることを推奨しています。他の方法として、高血圧やNSAIDsなどの可逆的な出血危険因子は減らし、複数の抗血栓薬を使用する場合には消化管出血を予防するためにPPIを検討します。
結局、心房細動に関連する脳梗塞を予防するために高齢者に抗凝固療法を導入したり維持したりするには、注意深くて個別化した意思決定が必要となります。余命が長い患者には抗凝固療法は最大限の効果があり、その利益は年とともに減っていきます。フレイルや多疾患併存を含めて多くの患者にはワーファリンよりはDOACの方が好まれますが、意思決定には値段や患者の好みや服用回数なども考慮して意思決定をしなくてはなりません。終末期の患者、つまり抗凝固療法の利益が見込めないくらい余命が短かそうな患者や害に苦しみそうな患者は、抗凝固薬をやめるよう努力すべきです。

<左心耳閉鎖>
左心耳閉鎖の合理性は、心房細動患者の左房内血栓のほとんどが左心耳にできるという観察研究に由来します。左心耳閉鎖にはワーファリンと同等の脳塞栓予防効果があり、出血合併症を避けられます。左心耳閉鎖とDOACの比較にはしっかりしたデータがなく、さらなる研究結果に注意することが求められます。
左心耳閉鎖の効果と安全性は、ワーファリンと比較した非劣性試験が2つ行われています。当初はこれら2つの結果は相反するものでした。PROTECT AF試験では、脳梗塞、全身の血栓症、心血管死に非劣性が示されましたが、それより高齢で、もっと多疾患併存の患者を組み込んだPREVAIL試験では、非劣性は示せませんでした。これらの相違はその後5年間の患者レベルでのメタアナリシスで弱められ、プライマリアウトカムで2.8/100人年(左心耳閉鎖)vs3.4/100人年(ワーファリン)でした。さらに、左心耳閉鎖群に割り付けられた患者は、脳出血や脳卒中後遺症が少なかったのです。
左心耳閉鎖がワーファリンと比較して研究されたことは重要です。アピキサバンなどもっと脳梗塞予防に効果的で出血リスクも低いものが好まれるようになって、ワーファリンの使用頻度は減っています。DOACと比較しても左心耳閉鎖の有効性は非劣性であるとするエビデンスも前に出されましたし、いまもRCTが進行中です。
あらゆる処置と同じように、合併症は高齢者で特に考えなくてはいけないことです。PREVAIL試験では4.2%の合併症発生率でした。左心耳閉鎖装置の認可後の観察分析では、この割合は2.2%まで下がっています。80歳より高齢の患者では、入院中の有害事象がもう少し高くなっていました。入院中の転機を超えて、フレイルな高齢者には、顕著に高い有害事象が退院後に生じていました。
左心耳閉鎖から最も利益を得られそうな患者を選ぶことに関しては、実践とエビデンスに大きな溝があります。経口抗凝固療法なしと比べると、左心耳閉鎖がもっとも確実に塞栓リスクを減らしそうですが、出血リスクを考慮して経口抗凝固療法を受けそうもない患者は、認可前の研究からもっとも除外されていそうです。老年症候群が併存している患者は、経口抗凝固療法を受けることが少なそうですが、重大な処置合併症が起きる頻度が増しそうですし、左心耳閉鎖後に永続するアスピリンでの抗血小板療法による出血合併症の頻度も増しそうです。
メディケアやメディケイドは、長期の経口抗凝固療法が禁忌の患者にのみ、左心耳閉鎖を認めています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインでも、左心耳閉鎖は、不可逆的な原因によって長期の抗凝固療法が禁忌の患者に中等度推奨、出血リスクが高い患者に弱い推奨となっています。
高齢患者も左心耳閉鎖を支持するRCTに多く組み込まれました。だから元気な患者は、65歳以上であってもガイドラインの推奨に従って左心耳閉鎖を提案されるべきです。多疾患併存やフレイルな高齢患者は、リスクへの耐性や、処置合併症、長期的な抗凝固療法以外の抗血栓療法の利益を考慮して、個別に意思決定するとよいでしょう。終末期の患者は、左心耳閉鎖の適応にはなりません。

<新しい治療法>
新しい治療戦略は、高齢の心房細動患者のケアに影響するかもしれません。スクリーニングでは、消費者のデバイスによって心房細動の発見を強化して治療することが脳梗塞を減らすかどうかという基本的な疑問が、アップルウォッチでのスクリーニングに無作為割付するHEARTLINE研究が行われています。出血リスクを減らしつつ血栓リスクを減らすと仮定される、これまでと異なる凝固カスケード蛋白(第Ⅺa因子、第Ⅻa因子)を標的にした新規抗凝固薬について行われているRCTでは、高齢の心房細動患者が主要な被験者層になっています。カテーテルアブレーション後の最適な抗凝固療法については、抗凝固療法が中止可能なのかどうかも含めて調べられています。また、持続的なリズムモニタリングに並行して間欠的に抗凝固療法を行う方法も調べられています。最後に、Shared decision makingは高齢者に対しては賞賛される目標ですし、ガイドラインで推奨もされますが、最適なフォーマットや、それが臨床結果を改善するかどうかについてはいくつかの研究が行われています。

<ガイドライン>
心房細動のマネジメントについてはいくつかの臨床ガイドがあります。このレビューを編集している最中、2024年8月にRSCガイドラインが更新されました。これらのガイドラインは、認知機能障害のある心房細動の高齢患者の抗凝固療法についての性を設けていて、今回報告したエビデンスやガイダンスに概ね一致しています。2024年のESCガイドラインでは、フレイルや認知症を含む多疾患併存のある高齢患者について、抗凝固療法を支持するエビデンスが欠如していることを新たに強調しています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインでは、Shared decision makingについての短い議論を組み込みましたが、主にそれが臨床的な良い結果につながるというデータが欠けていることに焦点が当てられていました。2021年に更新された英国からのNIHのガイダンスでは、心理的サポート、社会的サポート、つながりを作る情報、教育的な情報を含む、「個人化されたケアのパッケージ」を求めています。最後に、2020年のCanadian Cardioligy Societyのガイダンスは、心房細動ケアの多職種モデルも提案しています。

‐結論-
心房細動を何十年も研究して臨床現場でケアしてきたので、罹患率や死亡率は劇的に減ってきました。ですが、心房細動は加齢に伴う典型的な疾患のままですし、疾患に焦点を当てたアプローチだけを使うと、木を見て森を見ないことにつながってしまいます。私達は現存するエビデンスを雑多なニーズをもつ高齢者に適用する枠組みを提示しました。そうする中で、増え続ける心房細動の高齢患者に対して個別化されたケアを行うためのエビデンスを強化することに努力する必要性にも焦点を当てました。複雑でフレイルな患者を組み込み、高齢者にとって認知のような重要な結果を調べる、実践的な研究が増えているので、励まされます。今後の臨床研究では、厳格な除外基準を設けず、私達の現場で出会う患者を反映した患者を組み込んで行うべきです。患者の主観的結果を使う事が増えており、臨床研究のプライマリアウトカムやセカンダリアウトカムも、狭い臨床的イベントから抜け出して患者の優先項目に基づくべきです。エビデンスに基づくshared decision makingは、抗凝固療法についてもっとも進んでいますが、心房細動のマネジメントのあらゆる面に広げるべきです。ほとんどの心房細動患者は、他にも複数の悩ましい慢性疾患のガイドラインに従わなくてはならないことを認識して、私達は患者の目標を思考したケアに基づいた枠組みを受け入れなくてはなりません。

【開催日】2025年9月3日

GLP-1受容体作動薬は魔法の薬なのか?-目の前の患者へ適用する際に注意すべきこと,メンタルヘルスの観点から-

‐文献名-
Ueda P, Söderling J, Wintzell V, Svanström H, Pazzagli L, Eliasson B, Melbye M, Hviid A, Pasternak B.
GLP-1 Receptor Agonist Use and Risk of Suicide Death.
JAMA Intern Med. 2024 Nov 1;184(11):1301-1312. doi: 10.1001/jamainternmed.2024.4369. Erratum in: JAMA Intern Med. 2024 Nov 1;184(11):1396. doi: 10.1001/jamainternmed.2024.6163.
PMID: 39226030; PMCID: PMC11372654.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39226030/

‐要約-(Abstract)
重要性・背景 グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬の使用と,自殺念慮および自傷行為のリスク増加との関連について懸念が提起されている.肥満手術後にGLP-1が増加することが知られていることもあって(Ann Surg 2009; 250: 234-241),GLP-1受容体作動薬で自殺念慮が増加する可能性が懸念されていた.2型糖尿病の治療および減量のために使用されるGLP-1受容体作動薬と自殺念慮との関連に関する懸念は,米国食品医薬品局(および欧州医薬品庁)に提出された症例報告に続いて提起された.
目的 日常的な臨床現場におけるGLP-1受容体作動薬の使用と自殺死のリスクとの関連を評価すること.
デザイン,設定,参加者 この実薬対照・新規使用者コホート研究では,2013年から2021年までのスウェーデンとデンマークの全国的な登録データを使用した. GLP-1受容体作動薬または比較薬であるナトリウム・グルコース共輸送体-2(SGLT2)阻害薬による治療を開始した18歳から84歳の成人を対象とした. データは2024年3月から6月にかけて分析された.
曝露 GLP-1受容体作動薬またはSGLT2阻害薬による治療の開始.
主要アウトカムと測定項目 主要アウトカムは,死因登録に記録された自殺死であった. 副次アウトカムは,自殺死と非致死的自傷行為の複合,およびうつ病と不安関連障害の新規発症の複合であった. 傾向スコア重み付けを用いて,ハザード比(HR)と95% CIを両国で個別に計算し,メタアナリシスで統合した.
結果 合計で124,517人の成人がGLP-1受容体作動薬を,174,036人がSGLT2阻害薬を開始した. GLP-1受容体作動薬使用者の中で,平均(SD)年齢は60(13)歳であり,45%が女性であった. 平均(SD)2.5(1.7)年の追跡期間中に,GLP-1受容体作動薬使用者で77件,SGLT2阻害薬使用者で71件の自殺死が発生した.重み付け後の発生率は,1000人年あたり0.23件対0.18件(HR, 1.25; 95% CI, 0.83-1.88)であり,絶対差は1000人年あたり0.05(95% CI, -0.03~0.16)件であった. 自殺死と非致死的自傷行為のHRは0.83(95% CI, 0.70-0.97)であり,新規発症のうつ病および不安関連障害のHRは1.01(95% CI, 0.97-1.06)であった.
結論と関連性 主に2型糖尿病患者を含むこのコホート研究では,GLP-1受容体作動薬の使用と自殺死,自傷行為,または新規発症のうつ病および不安関連障害のリスク増加との関連は示されなかった.GLP-1受容体作動薬使用者における自殺死は稀であり,信頼区間の上限は,1000人年あたり0.16件以下の絶対リスク増加と矛盾しないものであった.

‐結果-

Discussion(本文中のものを抜粋)
•測定されていない交絡因子: 精神障害や社会経済的地位など,多くの潜在的な交絡因子を調整したが,測定されていない交絡 
が結果に影響を与えた可能性は否定できない.
•一般化可能性の問題: この研究の対象は主に2型糖尿病患者であった.そのため,糖尿病ではない肥満患者にこの結果をその
まま当てはめることはできない可能性がある.
•薬剤ごとの影響: 使用された薬剤は主にリラグルチド(ビクトーザ)とセマグルチド(オゼンピック,ウゴービ,リベルサ
ス)であった.個々の薬剤ごとに自殺念慮との関連が異なる可能性はあるが,イベント数が少なかったため,薬剤ごとの詳細
な分析はできなかった.
•追跡期間: GLP-1受容体作動薬使用者の平均追跡期間は2.7年だった.より長期間使用した場合にリスクが現れる可能性は残
っている.
•アウトカムの誤分類と過少報告:
 o一部の自殺死が誤って分類されている可能性がある.
 o特にデンマークでは,致死的でない自傷行為は過少報告される傾向があり,このアウトカムの絶対リスクは過小評価されて
いる可能性が高い.
 o自殺死や医療機関での診断に至らなかった自殺念慮や自傷行為は評価できていない.
•統計的検出力の限界: 自殺死のリスクが低かったため,研究の検出力には限界があり,より小さなリスクの差を検出すること
はできなかった.

【開催日】2025年8月13日

不十分なエビデンスに基づき商業化されたがんのスクリーニング検査とどう向き合うか

-文献名-
Juntaro Matsuzaki, et al. Prediction of tissue-of-origin of early stage cancers using serum miRNomes. JNCI Cancer Spectrum, 2023, 7(1), pkac080.

-要約-

【背景】
悪性新生物(がん)は本邦の死因順位の第1位であり、全死亡者の25%以上を占めており、がん死亡を減少させるために、簡便ながんの早期診断技術の開発が待望されている。各臓器に特化した様々な診断技術が着実に進歩している一方、単一の低侵襲検査システムによって多種の悪性腫瘍を一度にスクリーニングできる「多がん早期検出(multi-cancer early detection: MCED)」技術の実用化が検討されている。MCEDの検出対象物として最も有望なのは血液であり、そこに含まれる細胞外DNA(cell-free DNA:cfDNA)、細胞外RNA、エクソソームなどの細胞外小胞、血小板(tumor-educated platelet)中のRNAなどによる検査技術開発が進行している。血中の細胞外RNAのうち、最も量が多く含まれているものがマイクロRNA (miRNA)です。miRNAは細胞外小胞に包含されるなどの様式で細胞外へ分泌され、他の細胞に取り込まれることによって、細胞間コミュニケーションツールとしての役割を担うことがある。腫瘍サイズが小さい段階から、腫瘍細胞やその周辺の細胞などが通常とは異なるmiRNAの分泌を自律的に開始することから、従来の腫瘍マーカーよりもその変化が早く血中に現れやすく、がん早期診断に適しているのではないかと考えられている。
2014年より国立研究開発法人日本医療研究開発機構の次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業の支援を受け、『体液中マイクロRNA測定技術基盤開発プロジェクト』が実施された。
【方法】
国立がん研究センターバイオバンク、国立長寿医療研究センターバイオバンク等を活用し、固形がん9,921例[乳がん675例、膀胱がん399例、胆道がん402例、大腸がん1,596例、食道扁平上皮がん566例、肺がん1,699例、胃がん1,418例、肝細胞がん348例、膵がん851例、前立腺がん1,027例、卵巣がん400例、骨軟部肉腫299例、脳腫瘍241例]と非がん対照5,643例、および各種良性疾患626例の血清miRNAプロファイルを解析した。

【結果】
全体の5分の4に相当するサンプル数で機械学習モデルにmiRNAデータを学習させ、残りの5分の1のデータによってがんの種類を予測したところ、診断予測精度は全ステージで0.88(95%信頼区間:0.87-0.90)、特に早期診断の意義が高いステージ0からIIに限っても精度0.90(95%信頼区間:0.88-0.91)と高い性能が得られた(Figure2)。数字は正しく診断された割合(%)を示す。診断ステージ0からIIにおいても、ステージIII~IVと同等の性能がみられ、早期診断ツールとしての活用が期待できる。胆道がんは他がんに比べて診断難易度が高いことも判明した。(BR: 乳がん、BL: 膀胱がん、BT: 胆道がん、CR: 大腸がん、ES: 食道扁平上皮がん、GA: 胃がん、GL: 脳腫瘍、HC: 肝細胞がん、LU: 肺がん、OV: 卵巣がん、PA: 膵がん、PR: 前立腺がん、SA: 骨軟部肉腫)

Figure2


なお、この性能は機械学習アルゴリズムによって大きな差異があり、機械学習の最適化の重要性も明らかとなった。研究グループでは、血中miRNA診断に最適なアルゴリズムとして、深層学習を含む階層的アンサンブルアルゴリズム (the Hierarchical Ensemble Algorithm with Deep learning: HEADモデルと命名)を構築し、上記の診断予測精度を達成したが、用いる機械学習アルゴリズムによっては、HEADモデルよりも診断性能が大きく劣っていた。さらに本研究で作成したデータベースに加えて、公開されているmiRNA情報も活用することで予測精度を向上させる「転移学習」が活用できることや、この統合情報より、がんの種類を予測するために重要なmiRNAの絞り込みを行った結果も報告した。

【考察】
本研究の成果は、バイオバンクに保管された血清を用いて得られたものである。新たに収集した血清検体でもこの結果が再現されるかどうか、検証を進めています。また本研究で見出した、特に注目すべきmiRNAの血中での含有量が、どのようなメカニズムで調節されているのかを引き続き追究している。本研究で得られたmiRNAデータと、解析に用いた機械学習コードはすべて公開しており、この研究領域のさらなる活性化を促進するためのリソースとしての活用が期待される。

【開催日】2025年7月9日

慢性腎臓病におけるSGLT2阻害薬の長期効果

-文献名-
W.G.Herrington.et al. Long-Term Effects of Empagliflozin in Patients with Chronic Kidney Disease. The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE. Oct 25, 2024

-要約-
●Abstract
【Background】
 EMPA-KIDNEY試験において、ナトリウムグルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬であるエンパグリフロジンは、病勢進行リスクのある慢性腎臓病患者において心腎系に良好な効果を示した。試験後の追跡調査は、試験薬中止後にエンパグリフロジンの効果がどのように進展するかを評価するために計画された。

【Methods】
 本試験では、慢性腎臓病患者をエンパグリフロジン(10mg、1日1回投与)またはプラセボのいずれかに無作為に割り付け、中央値で2年間追跡した。全患者は、推定糸球体濾過量(eGFR)が体表面積1.73m2あたり毎分20ml以上45ml未満、またはeGFRが1.73m2あたり毎分45ml以上90ml未満で、尿中アルブミン/クレアチニン比(アルブミンはミリグラム、クレアチニンはグラムで測定)が200以上であった。その後、同意を得た生存患者はさらに2年間観察された。試験後の期間にはエンパグリフロジンやプラセボは投与されなかったが、地域の開業医は非盲検のエンパグリフロジンを含む非盲検のSGLT2阻害薬を処方することができた。プライマリアウトカムは腎臓病進行または心血管死であり、有効試験開始時点から試験終了時点までに評価された。

【Results】
 EMPA-KIDNEY試験で無作為化を受けた6609例のうち、4891例(74%)が試験後の追跡調査に登録された。この期間中、オープンラベルのSGLT2阻害薬の使用は両群で同程度であった(エンパグリフロジン群43%、プラセボ群40%)。試験期間中および試験後を合わせた期間において、プライマリアウトカムイベントはエンパグリフロジン群3304例中865例(26.2%)、プラセボ群3305例中1001例(30.3%)に発現した(ハザード比、0.79;95%信頼区間[CI]、0.72~0.87)。試験後期間のみ、プライマリアウトカムイベントのハザード比は0.87(95%CI、0.76~0.99)であった。期間中、腎疾患進行リスクはエンパグリフロジン群で23.5%、プラセボ群で27.1%、死亡または末期腎疾患の複合リスクはそれぞれ16.9%、19.6%、心血管死リスクはそれぞれ3.8%、4.9%であった。非心血管死(両群とも5.3%)に対するエンパグリフロジンの影響はみられなかった。

【Conclusion】
 進行リスクのある広範な慢性腎臓病患者において、エンパグリフロジンは投与中止後最大12ヵ月間、心腎系への追加的な有効性が継続した。
(Boehringer Ingelheim社他より資金提供)

【開催日】2024年11月13日

オーストラリアにおける腰痛再発予防のためのウォーキングの教育介入効果と費用対効果

-文献名-
Natasha C Pocovi, Chung-Wei Christine Lin, Simon D French,et al.Effectiveness and cost-effectiveness of an individualised, progressive walking and education intervention for the prevention of low back pain recurrence in Australia (WalkBack): a randomised controlled trial.Lancet.2024; 404:134–44

-要約-
Introduction
 腰痛の再発は一般的であり、腰痛の疾病的・経済的負担の大きな要因となっている。腰痛は2020年には世界で6億1,900万人が罹患していると推定され、2050年には8億4,300万人に増加すると予測されている。腰痛から回復した人のほぼ10人に7人は、その後1年以内に再発を経験するともいわれる。運動と教育を組み合わせることで、腰痛の再発、それに伴う障害、欠勤を予防できることが示されているが、これまで検討されてきた運動ベースの介入は、集団でのプログラムを含んでおり、臨床医による綿密な監督と器具の使用を必要とし、高額な費用がかかる可能性がある。ウォーキングのような身近で低コストの介入の有効性と費用対効果はまだ確立されていない。

Method
 この試験は2群間無作為化比較試験であり、オーストラリア全土の25の民間理学療法クリニックで実施。特定の診断に起因しない非特異的腰痛エピソードを少なくとも24時間自覚し、痛みがない日が7日以上続いている成人(18歳以上)を募集した。非特異的腰痛のエピソードとは、特定の診断(例えば、椎体骨折、感染症、がん)に起因しない第12肋骨と臀部のしわの間の領域の痛みが少なくとも24時間持続し、痛みの強さが0~10の数値疼痛評価スケールで2以上であり、「腰痛は日常生活にどの程度支障をきたしましたか?」という質問において、日常生活に少なくともやや支障をきたすか、それ以上の支障をきたすものと定義した。除外基準は、ウォーキングプログラムへの参加を妨げる併存疾患、週3回以上の運動(1日30分以上)のためのウォーキング、腰痛再発予防のための運動プログラム(ピラティスなど)への定期的な参加、週150分以上の中等度または強度の身体活動(週3日以上)、過去6ヵ月間の脊椎手術、妊娠中、質問票を記入するのに不十分な英語力。
 参加者は、6ヵ月間にわたる理学療法士による6回のセッションが行われた。個別化された漸進的な歩行・教育介入に割り付けられた群と、無治療の対照群(1:1)に無作為に割り付けられた。理学療法士と参加者は割り付けについてマスクされなかった。プログラムの目標は、6ヵ月後までに週5回、1日30分以上のウォーキングを行うことであった。初診時には、ウォーキングプログラムの初期用量を決定するために、病歴聴取と身体診察が行われた。参加者の現在の歩行レベル、年齢、BMIに基づいて、ウォーキングプログラムの適切な開始量と適切な進行度を提案するための処方ガイドが作成された。重要なことは、個人中心のアプローチを用いて、参加者個人の特徴(例えば、併存疾患や自己効力感)、環境的障壁(例えば、安全性、照明、路面)、時間的制約、嗜好、参加者の目標に基づいて、参加者との話し合いの中で最初の処方と進行が個別に設定されたことである。また、参加者には歩数計とウォーキングダイアリーが配布され、プログラムの最初の12週間を通してウォーキングを記録した。理学療法士とのフォローアップセッションは、アドヒアランスのチェック(ウォーキング日誌のチェックを含む)必要に応じてウォーキングプログラムの調整を行うために実施。これらのセッションは、当初は2回の対面セッション(無作為化4週後と3ヵ月後に30分間)と3回の電話セッション(2週と6週に15分の相談、6ヵ月に強化セッション)の組み合わせで行われる予定であった。COVID-19の流行により、対面での診察が一時的に制限され、多くの参加者が遠隔医療(ビデオ診察)を通じて介入を受けた。ウォーキングプログラムと並行して教育も行われた(appendixp5)。この教育は、現代疼痛科学の基本的な理解を提供し、腰痛に伴う恐怖を軽減することを目的とした。腰痛の再発リスクを減らすための簡単な戦略や、軽度の再発であれば自己管理する方法についての説明が行われた。両グループの参加者は、必要に応じて腰痛の他の治療を受けることを制限されなかった。
 参加者の追跡期間は、登録日により最低12ヵ月、最長36ヵ月であった。主要アウトカムは活動制限のある腰痛が再発するまでの日数であり、intention-to-treat集団において毎月自己申告により収集された。費用対効果は社会的観点から評価し、獲得した質調整生存年(QALY)あたりの増分費用で表した。試験はプロスペクティブに登録された。

Results
 2019年9月23日~2022年6月10日の間に、3206人の参加者の適格性をスクリーニングし、2505人(78%)を除外し、701人を無作為に割り付けた(介入群351人、無治療対照群350人)。ほとんどの参加者は女性で(701人中565人[81%])、参加者の平均年齢は54歳(SD 12)であった。参加者は、腰痛の既往回数が多く(中央値33回)、今後12ヵ月間の再発リスクを高く認識していた。ベースライン特性は介入群と対照群でバランスが取れていたため、どの分析においても調整は行われなかった。中央値7年(範囲1~35)の経験を有する24名の理学療法士がウォーキングプログラムのヘルスコーチを務めた。介入群では、345人の参加者が理学療法士による6回のセッションのうち少なくとも1回に参加した(参加した理学療法セッションの平均数は5回[SD 1.6])。介入は活動制限性腰痛のエピソードの予防に有効であった(ハザード比0.72[95%CI 0.60~0.85]、p=0.0002)。再発までの日数の中央値は、介入群で208日(95%CI 149-295)、対照群で112日(89-140)であった。また介入群は対照群と比較して、腰痛のあらゆる再発およびケアを必要とする腰痛の再発リスクを減少させた(HR 0.80 [95%CI 0.68~0.94]、p=0.0066およびHR 0.57 [95%CI 0-44-0-74]、p<0.0001;図2Bおよび2C)
支払い意思額閾値(本来かかる費用)28,000豪ドルにおいて1QALYあたりの増分費用は7802豪ドルであり、介入は94%の確率で費用対効果に優れていた。12ヵ月間に少なくとも1つの有害事象を経験した参加者の総数は、介入群と対照群で同程度であったが(それぞれ351例中183例[52%]、350例中190例[54%]、p=0.60)、下肢に関する有害事象は介入群の方が対照群よりも多かった(介入群100例、対照群54例)。

Discussion
・個人に合わせた漸進的なウォーキングと教育介入は、それまで定期的な身体活動を行っていなかった成人において、無治療の対照群と比較して腰痛の再発を大幅に減少させた。この所見は、主要アウトカムと2つの副次的再発アウトカムで一貫していた。また、介入群では腰痛に関連する障害が最長12ヵ月間減少し、介入は無治療の対照群と比較して社会的観点から費用対効果が高い可能性が高かった。
・今回の参加者は女性が多く、一般集団への適応は注意が必要。
・すでに定期的にウォーキングを行っている、または中程度から強度の身体活動を週150分以上行っている潜在的な参加者(n=429)を相当数除外したため、この結果は活動的な成人に一般化されるものではない。
・本研究の注目すべき所見は、介入群の歩行量(週当たり分数)が最初の3ヵ月で約2倍になったが、12ヵ月時点では同程度であった。さらに、介入群は3ヵ月時点では対照群より多く歩いていたが(51分[95%信頼区間22.32~79.87])、12ヵ月時点ではこの差はなくなっていた(0.67分[-30.90~32.23])。1つの要因として、対照群で報告された歩行が時間の経過とともに増加したことが挙げられるが、これはマスキングの欠如の結果であり、治療効果が希釈された可能性があり、あるいはCOVID-19の流行が歩行への取り組みに影響を与えた結果かもしれない。12ヵ月の時点で歩行に差がなかったのは、臨床医からの継続的なサポートがなかったこと、12週間後に歩行日誌を継続しなかったこと、介入群に下肢の障害があったことなどに起因する可能性もある。
・なぜウォーキングが腰痛予防に効果的なのか、正確な理由は不明。

【開催日】2024年8月7日

日本におけるガイドライン推奨睡眠薬の治療失敗と長期処方リスク

-文献名-
Takeshima M, Yoshizawa K, Ogasawara M, et al.
Treatment Failure and Long-Term Prescription Risk for Guideline-Recommended Hypnotics in Japan. JAMA Network Open. 2024;7(4):e246865.

-要約-
Introduction
ガイドラインが推奨する睡眠薬を直接比較するランダム化比較試験は、これまでのところわずかしか行われていない。また、ベンゾジアゼピン受容体作動薬の睡眠薬としての長期使用は有害になり得るため、ガイドラインは短期使用を推奨しているが、世界中で長期処方が行われている。著者らは、ガイドラインが推奨する睡眠薬のうち、単剤で用いた場合の治療失敗リスクが低いのはどれか、また長期にわたって処方されやすいのはどれかを明らかにするために本研究を実施した。

Method
この後ろ向き観察コホート研究は、Japan Medical Data Center Claims Database(発表者注釈:2005年より複数の健康保険組合より寄せられたレセプト(入院、外来、調剤)および健診データを蓄積している疫学レセプトデータベース JMDC Claims Database – 株式会社JMDC)を利用した。
2005年4月1日から2021年3月31日までに、不眠症の薬物療法として睡眠薬の単剤を初回投与された成人患者を同定して、治療開始から6カ月後まで追跡した。
薬は、スボレキサント(ベルソムラ®)、ラメルテオン(ロゼレム®)、エスゾピクロン(ルネスタ®)、ゾルピデム(マイスリー®)、トリアゾラム(ハルシオン®))であった。
● 主要アウトカムは単剤療法の失敗(6ヶ月以内に睡眠薬の変更または追加)
● 二次アウトカムは単剤療法の中止(6ヶ月以内に2ヶ月連続で睡眠薬の処方がない)
と定義された。

Results
239,568人が含まれ、年齢の中央値は45歳(四分位範囲34〜55歳)、50.2%が女性だった。
56.6%がゾルピデム、15.7%がスボレキサント、14.2%がエスゾピクロン、7.5%がトリアゾラム、6.1%がラメルテオンを処方されていた。

6カ月の追跡期間中に、24,778人(10.3%)が単剤治療の失敗を経験した。
失敗の割合は、ゾルピデム(8.9%)で、トリアゾラム(9.4%)、エスゾピクロン(11.9%)、スボレキサント(12.7%)、ラメルテオン(15.1%)だった。
エスゾピクロンと比較した失敗リスクは、ラメルテオン(調整ハザード比 1.23)が高く、ゾルピデム(0.84)およびトリアゾラム(0.82)は低く、スボレキサントとは有意差がなかった。

単剤治療で失敗しなかった患者の84.6%は、6カ月以内に治療を中止した。
治療中止の割合は、ゾルピデム(85.2%)、ラメルテオン(84.9%)、スボレキサント(84.0%)、トリアゾラム(83.7%)、エスゾピクロン(82.9%)となっていた。
エスゾピクロンと比較した場合は、ラメルテオン(調整オッズ比 1.31)とスボレキサント(1.20)は有意差を持って中止されており、薬物依存による長期処方が起こりにくいと考えられた。ゾルピデム1.00(0.97-1.04)とトリアゾラム1.02(0.97-1.07)は有意差を示さなかった。

Discussion
本研究の強みは、大規模な日本の医療データベースを使用し、239,568人のデータを長期間(2005年~2021年)にわたって分析した点である一方で、いくつかの限界がある。 第一に、データが会社従業員およびその家族に限定されているため、一般の集団を代表しているとは限らない。 第二に、社会経済的要因、副作用、単剤療法の中止理由、不眠症や精神症状の重症度などの重要な因子が含まれていない。 第三に、追跡期間が6ヶ月と短く設定されており、長期使用による依存や耐性のリスクを完全には評価できていない。 本研究では交絡因子がコントロールされていないため、これらの結果に基づいて、ガイドラインで推奨されている睡眠薬の薬理学的特性に関する結論を導き出すことはできない。慢性不眠症と急性不眠症の診断、不眠症および精神症状の重症度、睡眠薬処方に対する医師の態度などの交絡因子を考慮したさらなる研究が必要である。

このコホート研究では、単剤療法の失敗はエスゾピクロンよりもラメルテオンで多く、ゾルピデムやトリアゾラムでは少なかった。さらに、本研究で長期使用リスクの代用指標として設定した単剤療法の中止は、エスゾピクロンよりもラメルテオンやスボレキサントなどの新規睡眠薬で少なかった。しかしながら、これらの結果は、いくつかの交絡因子を説明することができなかったため、ガイドラインで推奨されている睡眠薬の薬理学的特性によるものなのか、不眠症患者の臨床的特性によるものなのか、あるいは処方医の睡眠薬に対する考え方によるものなのかは不明であるため、慎重に解釈すべきである。どのガイドライン推奨睡眠薬が最も有用であるかを決定するためには、これらの睡眠薬を直接比較するRCTが必要である。

【開催日】2024年6月12日

駆出率の低下を伴う心不全の薬物治療の系統的レビューとネットワークメタアナリシス

―文献名―
Tromp J, Ouwerkerk W, van Veldhuisen DJ, Hillege HL, Richards AM, van der Meer P, Anand IS, Lam CSP, Voors AA. A Systematic Review and Network Meta-Analysis of Pharmacological Treatment of Heart Failure With Reduced Ejection Fraction. JACC Heart Fail. 2022 Feb;10(2):73-84

―要約―
Introduction: アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEi)、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬(BB)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRAスピロノラクトン,セララ,ミネブロ)が駆出率低下型心不全(HFrEF)の薬理学的治療の基礎として確立された。この10年間で、サクビトリル/バルサルタン(ARNi アーニー®️エンレスト)とイバブラジン(®️コララン)が追加され、HFrEFに対する治療の選択肢が増えた。過去1年間に発表された試験の結果では、ナトリウム-グルコース共輸送体2阻害薬(SGLT2i)であるエンパグリフロジン(®️ジャディアンス)およびダパグリフロジン(®️フォシーガ)、可溶性グアニラーゼシクラーゼ刺激薬であるベリシグアト(®️ベリキューボ)、心筋特異的ミオシン活性化薬であるオメカムチブメカルビルによる治療がHFrEFの予後をさらに改善できることが示された。
最近の臨床試験の結果は、治療の順序を決めたり、最も有益な薬物療法の組み合わせを決定したりすることはできない。ネットワーク・メタアナリシスでは、治療効果の総和の差を比較するために、異なる治療法の組み合わせ間の比較が可能である。治療の最適な累積効果に関する情報は、医師と患者が共有する治療方針の決定に役立つ。基礎となる仮定は、治療には相加効果があるということである。ARNi、SGLT2i、ベリシグアト、オメカムチブメカルビルについては、潜在的に異なる疾患経路を標的としているため、これはもっともらしい。そこでわれわれは、HFrEFに対する薬物療法の治療効果を推定し比較するために、系統的レビューとネットワークメタ解析を行った。

Method:EDLINE/EMBASEとCochrane Central Register of Controlled Trialsを用いて、1987年1月~2020年1月に発表されたランダム化比較試験を対象に系統的ネットワークメタ解析を行った。アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、β遮断薬(BB)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、ジゴキシン、ヒドラジン-硝酸イソソルビド、イバブラジン、アンジオテンシン受容体-ネプリライシン阻害薬(ARNi)、ナトリウムグルコース共輸送体-2阻害薬(SGLT2i)、ベリシグアト、オメカムチブメカルビルを対象とした。
心不全を有する成人集団(18歳以上)に限定された。転帰に大きな影響を与える可能性が高い診断を併発している患者が集団全体に含まれている場合(例、心筋梗塞後の左心室機能障害のある患者、または糖尿病患者のみを含む試験)、研究は除外された。心不全の急性期の患者を治療する研究や、同じ薬剤グループ内の薬剤を比較する研究は除外された。(Figure 1)
主要アウトカムは全死亡であった。さらに、心血管(CV)死亡と心不全(HHF)による入院、CV死亡のみ、および何らかの理由による薬物中止の可能性の複合転帰を分析した。二次解析では、2つの心不全集団(BIOSTAT-CHF [BIOlogy Study to TAilored Treatment in Chronic Heart Failure]およびASIAN-HF [Asian Sudden Cardiac Death in Heart Failure Registry])で得られた生命年を推定した。

Results:95,444人の参加者を対象とした75の関連試験を同定した。ARNi、BB、MRA、SGLT2iの併用が全死亡の減少に最も有効であり(HR:0.39、95%CI:0.31-0.49)、次いでARNi、BB、MRA、ベリシグアト(HR:0.41、95%CI:0.32-0.53)、ARNi、BB、MRA(HR:0.44、95%CI:0.36-0.54)であった(Central Illustration A)。心血管死またはHFによる初回入院の複合アウトカムについても結果は同様であった(ARNi、BB、MRA、SGLT2iのHR:0.36、95%CI:0.29-0.46、ARNi、BB、MRA、オメカムチブメカルビルのHR:0.44、95%CI:0.35-0.56、ARNi、BB、MRA、ベリシグアトのHR:0.43、95%CI:0.34-0.55)(Central Illustration B)。
ARNi、BB、MRA、SGLT2iを投与された70歳の患者において、二次解析で無治療と比較して追加的に得られると推定された生命年数は5.0年(2.5~7.5年)であった(Figure 3)。

Discussion:異なるHF試験が実施された期間はかなり長く、バイアスが生じた可能性がある。しかし、主要アウトカムと多くの副次的アウトカムにおける異質性のP値は有意ではなく、このことが結果に有意な影響を及ぼさなかった可能性を示唆している。中止に関する結果は、ランダム効果モデルを用いたにもかかわらず、かなりの異質性を示した。これは中止の定義の違いによるものかもしれない。したがって、これらの結果は慎重に解釈すべきである。最後に、治療効果の推定に影響を及ぼす可能性のある非薬理学的装置の使用は考慮していない。

Figure 1. Overview of Study Selection Schematic overview of study selection.

Central Illustration. Relative Risk Reduction of Different Pharmacological Treatment Combinations for Heart Failure
Combination of treatment effect on all-cause mortality (A), cardiovascular (CV) death or heart failure (HF) hospitalization (B), or CV mortality (C). ACEI = angiotensin-converting enzyme inhibitor; ARB = angiotensin receptor blocker; BB = beta-blocker; Dig = digoxin; H-ISDN = hydralazine–isosorbide dinitrate; HF = heart failure; IVA = ivabradine; MRA = mineralocorticoid receptor antagonist; PLBO = placebo; SGLT2 = sodium glucose cotransporter-2 inhibitors.


Figure 3. Estimated Average Lifetime Graphs

【開催日】2024年3月13日(水)

肥満のある駆出率が維持された心不全患者におけるセマグルチド

※この時期のUpToDateにある”What’s new in family medicine”のTopicで参考にされている文献です。
-文献名-
Semaglutide in Patients with Heart Failure with Preserved Ejection Fraction and Obesity. Kosiborod MN, Abildstrøm SZ, Borlaug BA, et al. N Engl J Med. 2023;389(12):1069-1084. (STEP-HFpEF試験)

-要約-
【Introduction】
・肥満(脂肪組織)がHFpEFの発症や進行に関与している可能性が示唆されている。
・肥満の治療によりHFpEF患者の症状や機能を改善できるかは明らかにされていない。
・セマグルチド(GLP-1作動薬)は大幅な体重減少をもたらすことが示されている。セマグルチド2.4mgの週1回皮下注射により、体重減少のみならず心不全(HFpEF)の症状や身体機能制限が改善できるかを検討した。
・COI:Novo Nordisk社による研究助成(STEP-HFpEF ClinicalTrials.gov)

【Method】
・無作為化ランダム比較試験(二重盲検法)アジア・ヨーロッパ・南北米の13か国96施設(うち83施設)
・対象患者:BMIが30以上のHFpEF(EF 45%以上、NYHA Ⅱ以上)患者529人
(主な除外基準:90日以内の5kg以上の体重変化、糖尿病の既往)
・介入群:週1回セマグルチド皮下注(最初4週間は0.25mg、16週目までに2.4mgへ増量するよう漸増)
・対照群:プラセボ投与
・アウトカム:52週時点での下記エンドポイントの評価
・主要エンドポイント:KCCQ-CSS(0-100点、スコアが高いほど症状・機能制限が少ない)、体重変化
・副次エンドポイント:6分間歩行距離の変化、全死亡、心不全イベント、KCCQ-CSSと6分間歩行距離の
変化の差を含む複合エンドポイント、CRP値の変化
・安全性評価:重篤な、または特に注目すべき有害事象(少なくとも1回投与を受けた患者で解析)

【Results】
・セマグルチド群263人、プラセボ群266人。
→白人が95.8%。中央値:年齢69歳、BMI 37.0、NT-proBNP 450.8pg/mlなど。
・セマグルチド群はプラセボ群と比較して、症状や身体機能制限の減少、運動機能の改善、体重減少が大きかった。
・セマグルチド群35人(13.3%)、プラセボ群71人(26.7%)で重篤な有害事象が報告された。セマグルチドの投与中止に至った有害事象は胃腸障害が多く、プラセボ群の有害事象としては心臓疾患が多かった。
・結果のまとめ(表:田尻作成)

52週までの平均変化(率) セマグルチド群 プラセボ群 群間の推定差(95%信頼区間)
(主)KCCQ-CSS +16.6点 +8.7点 +7.8点(+4.8~+10.9;P<0.001)
(主)体重 -13.3% -2.6% -10.7%(-11.9~-9.4;P<0.001)
6分間歩行距離 +21.5m +1.2m +20.3m(8.6~32.1;p<0.001)
複合エンドポイントの勝利 60.1% 34.9% 勝利比1.72(1.37~2.15;P<0.001)
CRP値 -43.5% -7.3% 治療比0.61(0.51~0.72;p<0.001)

【Discussion】
・セマグルチド群はプラセボ群よりもKCCQ-CSSの平均点を8ポイント近く上昇させたことは極めて大きな差である。
(SGLT-2阻害薬、ARNI、バルサルタン、スピロノラクトンなどの過去研究では0.5~2.3ポイントの差であった)
・セマグルチドは肥満のあるHFpEF患者に対する重要なアプローチとなりうる。またセマグルチドの効果は、単に体重減少のみによるものではなく、他の病態生理的な機序(抗炎症作用など)にもよる可能性が示唆される。
・セマグルチド以外による減量との比較や、HFrEF患者への適用については、追加の試験が必要である。
<限界>
・非白人参加者数が少なく、一般化可能性に制限がある。
・臨床的イベント(心不全による入院や緊急受診など)を評価するのに十分な検出力を有さなかった。
・1年間(52週間)以降の効果については確認できていない。
・HbA1c値がフォローされていない(ただし、本研究における効果が血糖値低下によるものとは考えにくい)。
・SGLT2阻害薬を投与されている患者の割合が低い(試験期間と、糖尿病患者を除外するデザインによる)。
考察とディスカッション
肥満症治療ガイドライン2022(http://www.jasso.or.jp/contents/magazine/journal.html
)ではGLP-1製剤の体重減少作用について記載があります。
またセマグルチドについてはオゼンピック®(糖尿病用/皮下注)、リベルサス®(糖尿病用/経口)に加えてウゴービ®(肥満症用/皮下注)が2023年11月に薬価収載されました(週1回製剤、2.4mgキットは10740円)。
本文献は肥満のあるHFpEF患者へのセマグルチドの有用性についての文献でした。循環器界隈でSGLT-2阻害薬の推奨が確立したように、今後はGLP-1製剤についての推奨が出されていくように感じています。

【開催日】2024年2月7日(水)