帯状疱疹およびRSウイルス感染症に対するAS01アジュバントワクチン接種による認知症リスクの低減

ー文献名ー
Maxime Taquet, John A Todd, Paul J Harrison. Lower risk of dementia with AS01-adjuvanted vaccination against shingles and respiratory syncytial virus infections. NPJ Vaccines
. 2025 Jun 25;10(1):130

‐要約-
Introduction(はじめに)
これまでに分かっていること: 帯状疱疹の予防接種、特にAS01アジュバントを含む組換えワクチン(Shingrix)が、認知症の発症リスク低下と関連しているという証拠が蓄積しています 。著者らの先行研究でも、AS01アジュバントを含むShingrixは、アジュバントを含まない従来の生ワクチン(Zostavax)よりも、認知症リスクの低下効果が高いことが示唆されています 。

分かっていないこと: AS01アジュバント添加ワクチンがなぜ認知症を予防するのか、そのメカニズムは不明です 。主な仮説として、以下の2つが考えられています 。

①感染予防仮説:
帯状疱疹ウイルス自体が認知症リスクを高めるため、ワクチンの高い有効性(AS01による)が感染を強力に防ぎ、結果として認知症を予防する。

②アジュバント直接効果仮説:
AS01アジュバント自体が、免疫系を介して(マウスモデルで示唆されているように)認知症に対して直接的な保護作用を持つ。

本研究の目的: これらの仮説を検証するため、本研究では、帯状疱疹ワクチン(Shingrix)と同じAS01アジュバントを含むRSV(呼吸器合胞体ウイルス)ワクチン(Arexvy)に着目しました 。 もし「アジュバント直接効果仮説」が正しければ、RSVワクチンも帯状疱疹ワクチンと同様に認知症リスクを低下させるはずです。そこで著者らは、これら2つのAS01含有ワクチンと、対照としてインフルエンザワクチンを比較し、接種後18ヶ月間の認知症診断リスクを評価しました 。

Method(方法)
研究デザイン:米国の電子健康記録(EHR)データベース「TriNetX」を用いた、後ろ向きコホート研究です 。

対象コホート:2023年5月1日以降にワクチンを接種した60歳以上の人々を対象としました。以下の3つの曝露群を設定しました 。

①AS01 RSVワクチンのみ 接種群 (N=35,938)
②AS01帯状疱疹ワクチンのみ 接種群 (N=103,798)
③両方 接種群 (N=78,658)

比較対照とマッチング:比較対照として、AS01を含まないインフルエンザワクチン接種群を用いました 。 年齢、性別、人種、併存疾患(高血圧、糖尿病、呼吸器疾患など)を含む66の共変量を用いて、曝露群と対照群を1:1の傾向スコアマッチング(Propensity score 1:1 matching)で調整しました。マッチング後、すべての共変量において群間のバランスは良好でした(全SMD < 0.1)。 アウトカムと統計解析: 主要アウトカムは、ワクチン接種後3ヶ月から18ヶ月までの「初回認知症診断」(アルツハイマー病、血管性認知症などを含む)としました 。 統計解析では、比例ハザード性の仮定が満たされなかったため、Coxモデルの代わりに制限付き平均時間喪失(RMTL; restricted mean time lost)を用いて群間比較を行いました 。RMTL比が1未満の場合、アウトカム(認知症診断)を経験せずに過ごした時間がより長いこと、すなわちリスクが低いことを示します 。 Results(結果) AS01ワクチン vs インフルエンザワクチン(対照群):Fig. 2に示す通り、インフルエンザワクチン群と比較して、AS01ワクチンを接種した群はすべて、18ヶ月間の認知症診断リスクが有意に低下しました 。

・RSVワクチンのみ群(RMTL比 0.71 / インフルエンザ群比29%改善)
対照群より平均して 87日間、認知症と診断されずに過ごす時間が長かった 。

・帯状疱疹ワクチンのみ群(RMTL比 0.82 / インフルエンザ群比18%改善)
対照群より平均して 53日間、認知症と診断されずに過ごす時間が長かった 。

・両方接種群(RMTL比 0.63 / インフルエンザ群比37%改善)
対照群より平均して 113日間、認知症と診断されずに過ごす時間が長かった 。

AS01ワクチン間の比較:RSVワクチンのみ群と帯状疱疹ワクチンのみ群の間で、認知症リスクに有意な差は見られませんでした(RMTL比1.15, P=0.077)。また、両方のワクチンを接種した群は、どちらか一方のワクチンのみを接種した群(RSVのみ、または帯状疱疹のみ)と比較しても、リスクに有意な差はありませんでした 。

Discussion(考察)
結果の解釈:本研究により、AS01アジュバントを含む帯状疱疹ワクチンとRSVワクチンは、どちらも認知症リスクの低下と関連していることが示されました 。

重要な点は、両方のワクチンを接種しても、片方だけを接種した場合と比べて追加の保護効果(相加効果)が見られなかったことです。もし、それぞれのワクチンが「RSV感染予防」と「帯状疱疹感染予防」という別々のメカニズムで認知症を防いでいるのであれば、両方接種すれば効果は上乗せされるはずです。

この結果(相加効果の欠如)と、ワクチン接種後比較的短期間(数ヶ月)で効果が見られること を踏まえると、認知症予防効果は、ウイルス感染予防(仮説1)だけでは説明が困難です。 むしろ、両方のワクチンに共通するAS01アジュバント自体が、何らかの免疫学的経路を介して認知症に保護的に作用している(仮説2)可能性が強く示唆されます 。

考えられるメカニズム:著者らは、AS01の成分(MPLやQS-21)がTLR4の刺激などを介して免疫細胞を活性化し 、最終的に産生されるインターフェロンガンマ(IFN-γ)が、アミロイド斑の沈着を抑制するなど神経保護的に働いているのではないかと考察しています 。 1回のワクチン接種(RSVは1回、帯状疱疹は2回接種)でこの免疫学的メカニズムが「飽和」に達するため、両方接種しても追加の効果が見られなかったのではないか、と推測しています 。

本研究の限界(Limitations):
EHRデータ固有の問題(診断の正確性、ライフスタイル要因の欠如など)があります 。
観察研究であるため、未知の交絡因子によるバイアスの可能性は残ります 。

最大の限界点として、EHRデータ上、RSVワクチンがAS01を含む「Arexvy」とAS01を含まない「Abrysvo」を区別できていない可能性があります 。著者らの推定では、RSVワクチン群の約24%がAS01を含まないAbrysvoを接種したと見られ 、この「混入」により、AS01(Arexvy)の真の保護効果は過小評価されている可能性があります 。

残された課題(今後の展望): AS01アジュバントが認知症予防に寄与する可能性が示唆されましたが、そのメカニズムは未確定です 。今後は、この保護効果の強さと持続期間を検証し、具体的な免疫学的メカニズムを解明するための、さらなる臨床研究や基礎研究が必要です 。

【開催日】2025年11月5日

CKDを有する後期高齢者へのスタチン投与

ー文献名ー
Wanchun X,Yuk KY,Yanyu P,et al.Effectiveness and safety of using statin therapy for the primary prevention of cardiovascular diseases in older patients with chronic kidney disease who are hypercholesterolemic: a target trial emulation study(https://syleir.hatenablog.com/entry/2024/04/21/134347).Lancet Healthy Longevity.2025; 6:1-12.

‐要約-
Introduction
慢性腎臓病は世界中で蔓延している疾患であり、その有病率は年齢とともに上昇することが知られている。 英国では、75歳以上の個人の32.7%が慢性腎臓病に罹患している。 米国では、65歳以上の人々に慢性腎臓病が一般的である(34%)。 香港では、2型糖尿病患者における慢性腎臓病の有病率は29.7%と報告されており、高血圧患者における慢性腎臓病の発生率は1000人年あたり約22人である。スタチンは、慢性腎臓病患者における心血管疾患のリスクを軽減するために広く使用されている。しかし、75歳以上の慢性腎臓病患者における一次予防のためのスタチン療法の使用に関してはコンセンサスが得られていない。2018年の米国心臓病学会および米国心臓協会のガイドラインは、40~75歳で10年間の心血管疾患リスクが7.5%以上の慢性腎臓病患者へのスタチン使用を推奨しているが、75歳以上の成人については言及していない。2023年の英国国立医療技術評価機構のガイドラインは、慢性腎臓病患者の心血管疾患の一次予防としてアトルバスタチン20mg/日を年齢制限なく推奨している。 Kidney Disease: Improving Global Outcomesの臨床実践ガイドラインも、50歳以上の慢性腎臓病患者にスタチン治療を推奨しているが、高齢患者(75~84歳)および超高齢患者(85歳以上)に関する具体的な推奨はない。本研究は、慢性腎臓病を有する高齢者(75~84歳)および超高齢者(85歳以上)における心血管疾患の一次予防のためのスタチン療法の有効性と安全性を評価することを目的とした。

Method
 香港の公的な電子健康記録を利用して、2008年1月から2015年12月まで、条件を満たすCKD患者を毎月抽出することにした。香港の国勢調査報告によると、人口の約90%が中国系であり、非中国系人口には主にフィリピン人、インドネシア人、南アジア人が含まれる 。組み入れ対象は、CKDと診断された60歳以上で、脂質異常症(LDLコレステロール2.6mmol/L(100mg/dL)以上(mg/dL=mmol/L✕38.67))もある患者とした。スタチンによる予防投与を開始した人と、スタチンを使用しなかった人に分類して登録し、これを96カ月分のデータに適用した。ベースラインで既にスタチンや脂質異常症治療薬の使用歴がある患者は除外した。スタチン療法は、シンバスタチン、アトルバスタチン、フルバスタチン、ロスバスタチン、ロバスタチン、ピタバスタチン、またはプラバスタチンによる治療と定義した 。患者の年齢に基づいて60~74歳、75~84歳、85歳以上に層別化し、患者死亡または終了予定日(2018年12月)まで追跡した。3つの年齢群のエミュレートされたターゲット試験において、心血管疾患および全死因死亡の予防に関するintention-to-treat効果とper-protocol効果を推定した 。主要評価項目は、あらゆる心血管疾患の発症率とした。副次評価項目は心筋梗塞、心不全、脳卒中、総死亡率、主要な有害事象とした。

Results
 96カ月分のデータから抽出した4万5460人の患者を分析対象とした。内訳は、60~74歳が1万9423人、75~84歳が2万2565人、85歳以上が8811人だった。追跡期間の中央値は5.3年(四分位範囲3.8-7.1)になった。(図2)
 Intention-to-treat解析において、スタチン非使用者と比較したスタチン使用者のあらゆる心血管疾患のハザード比は、60~74歳が0.92(95%信頼区間0.86-0.97)、75~84歳は0.94(0.89-0.99)、85歳以上が0.88(0.79-0.99)だった。総死亡のハザード比は、60~74歳が0.89(0.83-0.94)、75~84歳は0.87(0.82-0.91)、85歳以上が0.89(0.81-0.98)だった(いずれもintention-to-treat解析)。スタチン非使用者と比較した使用者の、あらゆる心血管疾患の推定5年絶対リスク差は、60~74歳が-1.3%(-2.1から-0.4、検出力は0.827)、75~84歳は-1.5%(-2.7から-0.4、0.802)、85歳以上では-4.0%(-7.0から-1.0、0.846)だった。5年間に心血管疾患の発症を1件回避するための治療必要数(NNT)は、60~74歳が77(46-224)、75~84歳は67(38-295)、85歳以上では25(14-101)だった。ミオパチーと肝機能障害のリスク増加は、どの年齢層でも観察されなかった。(Per-protocol解析は割愛)

Discussion
 我々の研究は、スタチン療法が高コレステロール血症を伴う高齢者(75歳以上)の慢性腎臓病患者において、心血管疾患および全死因死亡の一次予防に有効であることを示唆している 。さらに、我々の知見は、この集団におけるスタチン療法に関連する主要な有害事象の有意なリスク増加がないことも示している 。
 我々の参照年齢群(60~74歳)での結果は、JUPITER試験の結果と類似しており、推定糸球体濾過率が60 ml/min/1.73 m²未満の高齢患者(年齢中央値70歳)において、心血管疾患(0.55 [95% CI 0.38-0.82])および全死因死亡(0.56 [0.37-0.85])のリスク減少が示された 。この知見の類似性は、我々の解析の妥当性と結果の信頼性を示している 。
 我々の知る限り、本研究は、高齢の慢性腎臓病患者の2つの異なる年齢群(75~84歳と85歳以上)における一次予防のためのスタチン療法の有効性を調査した最初の研究である 。ターゲット試験エミュレーションを用いた米国の先行コホート研究では、75歳以上の慢性腎臓病患者のサブグループ解析で、スタチン使用と主要心血管疾患発生との間に潜在的な関連性が示されたが(HR 0.93、0.86-1.01)、全死因死亡では有意なリスク減少が認められた(0.89、0.82-0.97) 。我々の研究は、より大きなサンプルサイズを用いることで、統計的検出力を高めて一次予防のためのスタチン使用の有効性を検証することができた 。さらに、我々の研究は、超高齢者(85歳以上)の慢性腎臓病患者におけるスタチン療法の有効性に関するエビデンスも提供した 。注目すべきことに、我々の研究におけるper-protocol解析での75~84歳および85歳以上の高齢者で心血管疾患イベントを1件防ぐための5年間のNNTは、ベンチマーク年齢群や、慢性腎臓病患者(ステージ1~3に限定)の高齢者(平均または中央値年齢50~70歳)において心血管イベントを1件防ぐためのNNTが32(95% CI 23-50)であったメタアナリシスで示されたNNTよりも低かった 。これらの知見は、高齢の慢性腎臓病患者におけるスタチン使用の有益な効果を示している 。我々の研究はまた、主要な有害事象に関して、高齢者および超高齢者に対するスタチン療法の安全性を確認した 。人口ベースの実臨床データを用いることで、スタチンを開始した慢性腎臓病患者においてミオパチーおよび肝機能障害のリスク増加がないことを検証し、高齢者および超高齢者におけるスタチン療法の安全性に関する既存のエビデンスを拡張した 。
 我々の研究にはいくつかの限界がある。第一に、我々の結果は、食事や身体活動などのライフスタイル要因を含む測定されていない交絡因子の影響を受ける可能性がある 。第二に、我々の研究におけるアウトカムイベントの特定は、電子医療記録のICPC-2およびICD-9-CMの診断コードに基づいており、誤分類バイアスを引き起こす可能性がある 。第三に、スタチンの用量に関するデータは解析に利用できなかった 。第四に、ベースライン共変量の欠損値に対処するために完全ケース解析を採用し、パーソントライアルの約34.5%が解析から除外されたため、ベースラインでの選択バイアスが生じる可能性がある 。第五に、我々の研究結果はすべての集団に一般化できるわけではないかもしれない 。

【開催日】2025年10月8日

高齢者の心房細動のマネジメント

‐文献名-
Parks AL, Frankel DS, Kim DH, Koh D, Kramer DB, Lidstone M, Fang MC, Shah SJ.
Management of atrial fibrillation in older adults. BMJ. 2024;386(e076246):1-12.
doi:10.1136/bmj-2023-076246

‐要約-
長いのでポイントを列挙
1.心房細動患者の80%は65歳以上で、加齢に伴い指数関数的に増え、65歳の人の1/3はいつか心房細動は細動を発症する(図1 ここでは省略)。
2.高齢の心房細動患者の39〜51%がフレイル。多疾患併存やポリファーマシーもよくある。
3.高齢者への心房細動のケアは個別化するアプローチが必要(図2)
4.高齢者にはガイドラインをそのまま適用できないことも多い
5.多疾患併存のある患者の治療負担や望まないケアを減らす効果的な方法として、 Patient Priorities Careがある。
6.予後が短い場合や、治療の害が利益を上回ると思われる場合には、治療の縮小も必要。
7.脳梗塞やTIAの既往のない一般住民への心房細動のスクリーニングの効果は不明(図3省略 図4)。
8.ライフスタイルへの介入がフレイルや多疾患併存のある高齢心房細動患者に有用かどうかは不明。予後が短い患者にはしないほうがよさそう。(図5)
9.高齢者の心房細動の症状は、若年者と異なり、疲労感や倦怠感が主症状になることもある。
10.ACC/AHA/ACCP/HRSによる2023年のガイドラインでは、レートコントロールよりもリズムコントロールの方が推奨されている。フレイルや多疾患併存のある人への一般化はまだ考えなくてはならないが、高齢者も比較的研究されている。
11.リズムコントロールの方法として、カテーテルアブレーションの方が抗不整脈薬よりも良く、元気な高齢者には推奨できる。フレイルや多疾患併存がある場合には個別に検討。(図6)
12.HFrEFが併存する場合は、早期のリズムコントロールによる洞調律の維持が推奨される。抗不整脈薬よりもカテーテルアブレーションの方が良い。
13.75歳以上のすべての心房細動患者は脳梗塞リスクが高いと考えられ、抗凝固療法が推奨されるが、高齢者、フレイルでポリファーマシーの患者、認知機能障害がある人などへの抗凝固療法についてのエビデンスは十分ではない(図7省略)。
14.出血リスク予測スコア(HAS-BLED、HEMORR2HAGES、ATRIAなど)は使用しないことを推奨。
15.抗凝固療法にはワーファリンよりもDOACを推奨。アスピリンは避けるべき。
16.重度のCKD、出血リスクが高まる薬剤の併用、低体重、重度の出血の既往がある高齢者への、低用量エドキサバンは有用そう。
17.eGFR30-59mL/minまたはstage3aや3bのCKDがある患者への抗凝固療法は有益だが、末期腎不全患者への抗凝固療法の有益性を示した研究はない。
18.抗凝固療法に関連する出血リスクを減らす方法として、抗血小板薬の併用を中止すること、高血圧やNSAIDsなどの出血リスク因子を減らす、複数の抗血栓薬を使うときはPPIを併用することがある(図8 省略)。
19.心房細動に関連する脳梗塞を予防するために高齢者に抗凝固療法を導入したり維持したりするには、注意深く個別化した意思決定が必要(図9)。
20.左心耳閉鎖は、元気な高齢者にはガイドラインに則って推奨、フレイルや多疾患併存の患者は個別に検討、終末期患者には適応なし。
21.アップルウォッチでのスクリーニング、第Ⅺa因子や第Ⅻa因子を標的にした抗凝固療法、カテーテルアブレーション後の抗凝固療法、適切なshared decision makingの方法について、現在も研究中。

<Introduction>
心房細動は高齢者に多いですが、ほとんどのRCTやガイドライン、レビューは他と切り離した単独の心房細動に焦点を当てています。心房細動だけに罹患している高齢者には適しますが、心房細動患者の多くはフレイルで、少なくとも1つの老年症候群や、複数の疾患を持ち、治療の優先順位も変わります。こうした高齢患者に、既存のエビデンスやガイドラインを、コンテクストを無視してそのまま当てはめることは、利益より害が上回るかもしれず、患者にとって最も問題になるものを扱っていないかもしれません。このレビューは、心房細動と多疾患併存の高齢者のマネジメントにおける主要な進歩を扱い、目的を指向するアプローチを使います。まず、心房細動患者が持つ併存疾患や老年症候群を特徴づけます。続いて心房細動のケアの領域のエビデンスを調査しました。

<Method>
私達は、特に高齢者に関連する入手可能な心房細動の文献を包括的に含むように文献調査をしましたが、現存するすべての文献は調べませんでしたし、効果を見積もるためのメタアナリシスもしませんでした。このレビューはPRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)2020ガイドラインに沿って作成しました。医学司書が、Ovid MEDLINE(1946年から現在まで)、Embase.com(1947年から現在まで)、Web of Science Core Collection(1900年から現在まで)、Cochrane Central Register of Controlled Trials(CENTRAL) via Ovid(1991年から現在まで)、ClinicalTrials.gov(1999年から現在まで)を使って、2023年5月に文献検索しました。検索方策には、高齢者、RCTs、心房細動の統制語彙およびフリーテキストの同義語を組み込みました。言語による制限はしませんでした。2010年以降の文献に絞り込み、方法や年齢でのフィルターを使用しました。同定された研究はすべて EndNoteとEPPI-Reviewerを使用して重複を排除して組み合わせ、Covidence systematic review softwareにアップロードしました。少なくとも2人の研究者が抄録を調査し、それぞれの章の著者が全文を読んで関連性を調べました。2024年8月にESCのガイドラインが改定されており、私達も2021年のESCガイドラインに代わって新しいものを参照しました。

<高齢者における心房細動と多疾患併存の疫学>
心房細動は加齢と関連していて、心房細動患者の80%は65歳以上です。心房細動が高齢者に多いというだけでなく、様々な危険因子で調整した後でも、心房細動の発症率は年齢とともに指数関数的に増えています。Framingham Studyの分析では、65歳の人の心房細動の生涯有病率は33%でした。
他の高齢者に集中する多くの疾患同様に、心房細動も老年症候群と併存しています。たとえば、心房細動をもつ高齢アメリカ人のコホートでは、20%が転倒で外傷を受傷し、25%がなんらかのADLで介助が必要でした。フレイルは高齢の心房細動患者によくあります(39〜51%)。心房細動をもつ高齢患者は、多疾患併存やポリファーマシーの強い負担も負っています。
病気の累積的な負担は、心房細動を新規に診断された高齢者の診断後1年以内の死亡率が20〜25%になるとの複数の疫学研究に示されています。これらを踏まえると、心房細動をもつ高齢者のケアには、複数の慢性疾患をもつ高齢者の、疾患のすべての負担や個々の健康目標を考慮した、全人的アプローチが必要です。

<高齢者の心房細動マネジメントの個別化>

高齢者での心房細動の増加やケアの複雑さは多くの人に馴染みのあるものとなっていますが、臨床ケアを最適に適応させる方法は依然として課題です。最新の心房細動ガイドラインはこれらの複雑さを認めていて、統合された多職種からなる医療機関、「個別化されたケアのパッケージ」、患者の価値観を探ること、shared deci- sion makingを推奨しています。しかしこれを実装するのかは難しいままです。図2に心房細動の高齢患者のマネジメントを、多疾患併存、フレイル、予後によって個別化するアプローチの提案を示します。
Fig 2 | Proposed approach to tailor clinical management of atrial fibrillation (AF) to older adults
<ガイドラインを高齢者に外挿することの問題点>
心房細動ガイドラインは心房細動の症状を減らしたり、合併症を予防したりすることを目的とする臨床試験から得られたエビデンスに基づいて推奨が作られています。一般に疾患のガイドラインは、同じ健康目標を共有する単一の疾患をもつ患者に適しています。
多疾患併存やフレイルのある高齢者がRCTには組み込まれていないので、高齢者全員にガイドラインの推奨を単純に外挿することは困難です。高齢者を含んだ研究でも、雑多な健康状態を捉えきれていないでしょう。高齢者の多疾患併存や関連する治療負担は、生活機能やQOLにマイナスの影響をおよぼし、心房細動の治療薬や手術によって害が生じる危険性もあります。多疾患併存やフレイルのある高齢者は、健康上の優先課題が競合することが多く、健康目標にも大きな個人差があります。

<個別化されたケアを実践するアプローチ>
心房細動での全人的な個別化されたケアを実践するエビデンスに基づいた方法の1つに、患者の健康問題の優先事項を考慮して治療を組み立てることがあります。適切な意思決定をするために、臨床家はそれぞれの患者の機能やフレイルの状態を把握するべきです。身体機能やフレイルさを評価する方法には、Clinical Fraility ScaleやComprehensive geriatric assessmentがあります。予後を推定することは難しいですが、    ePrognosisは多疾患併存のある高齢者の予後を推定するためのツールとして使えます。こうした情報で、個別の特定の目標による最適の治療計画は決められます。こうしたアプローチの一例として、Patient Priorities  Careがあります。これは今までのところ、多疾患併存のある患者の治療負担や望まないケアを減らす最も効果的な方法です。

<治療の縮小>
死期が近い高齢者では、症状やQOLや快適さに焦点を当てた緩和ケアが適切です。治療関連の害の方が利益よりも上回ると考えられるときや、病気が進行して治療の利益がよくわからなくなった時には、治療の縮小を検討すると良いです。抗凝固薬の中止は、患者の予後や出血リスクと塞栓リスク、QOLに影響する要素、患者や家族の意向を考慮して個別に考えるべきです。

<住民レベルの計画的なスクリーニング>
脳梗塞やTIAを起こした患者に心房細動のスクリーニングをする有用性は明らかですが、一般住民に対するスクリーニングのエビデンスはわかっていません。スクリーニングによって心房細動の診断率が上がることはRCTで示されていますが、それによって脳梗塞が減少したり健康状態がより良くなったりするかどうかは、まだわかりません。

Fig 4 | Summary of recommendations for atrial fibrillation screening in older adults. ESC=European Society of Cardiology; USPSTF=United States Preventive Services Task Force

<2次予防のためのライフスタイルへの介入>
元気な患者の心房細動を予防したり治療したりするために、肥満の予防、体重を減らすこと、中等度の運動、血圧のコントロール、そしてもしかしたら禁酒も有用であることがわかっています。これらの知見を多疾患併存やフレイルのある高齢者にどのように適用するかは、さらなる研究が必要です。余命が短い人にとって、生活習慣を変えることは目的にかないそうもありませんし、得られる利益も限られたものになりそうです。

Fig 5 | Summary of recommendations for atrial fibrillation (AF) lifestyle interventions
<心房細動の症状と臨床的特徴>
心房細動の症状は非特異的で間欠的なものかもしれないし、高齢者は若年者と異なって出現するかもしれません。動機、めまい感、息切れ、胸部不快感はすべての年齢で見られますが、高齢者では疲労感や全身倦怠感を主な症状として自覚しやすいです。失神は他の伝導疾患が合併していなければ稀です。多疾患併存がある高齢者では、こうした症状の原因を心房細動に求めることが、より難しくなります。
症状を緩和することは多くの心房細動患者にとって主要な目標です。様々な治療戦略がQOLに与える影響について、医師や患者が報告したものが、多くの臨床研究で使われてきましたし、患者が有効であると報告した方法は臨床的にも使われています。患者が報告する心房細動に特有のアウトカムを長期にわたって臨床実践に統合したところ、点数が悪いほど心房細動の負担や医療利用の頻度が高く、レートコントロールよりもリズムコントロールを使用することが多いことに相関していました。患者の経験を体系的に測定することで、心房細動の症状とQOLへの幅広い影響を把握し、治療目標を明確にし、推奨される治療法を導き出し、進歩し続けることに役立ちます。
心房細動やその治療による症状がある患者は、専門医に紹介することが有益な可能性があります。

<レートコントロールとリズムコントロール>
ACC/AHA/ACCP/HRSによる2023年の心房細動の診断と治療のガイドラインは、発作性および持続性心房細動の両方に対して、以前のガイドラインと比較して、リズムコントロールの方をレートコントロールよりも多く、そしてより早く使用する方向に大きく動き出すことを推奨しました。これらのガイドラインに影響を与えている研究では、リズムコントロールは幅広い臨床指標を改善し、安全性も確認されています。フレイルや多疾患併存のある人への一般化はまだ考えなくてはなりませんが、高齢者も比較的研究されています。
これらのガイドラインは高齢者のリズムコントロールを、心不全がある場合は強い推奨、症状があったり診断後1年以内であったりする場合には中等度の推奨としています。ガイドラインは現代の技術を活用した厳格な臨床試験を引用していて、それらの試験は一貫してレートコントロールよりもリズムコントロールの方を臨床結果が良いため支持しています。例えば、レートコントロールに比べて、リズムコントロールの方が、心血管死や脳卒中、心不全増悪による入院や急性冠症候群が顕著に少なかったため(3.9vs5.0/100人年;ハザード比0.79,95%CI0.66~0.94)、平均5年の追跡期間で試験が中途終了となったものもあります(EAST-AFNET4)。ただし、QOLは両群間で差がありませんでした。
EAST-AFNET4はリズムコントロールに抗不整脈薬とカテーテルアブレーションの両方を含みましたが、他の研究では、カテーテルアブレーションの方が洞調律を維持でき、治療合併症頻度が少ないという点で優れていることがわかりました。例えばCABANA試験です。
早期のデータでは、カテーテルアブレーションが心房細動のある高齢者の認知機能を改善するかもしれないということが示唆されました。観察研究では心房細動と脳容量の減少や認知機能の低下、認知症発症リスクの上昇に関連していることが示されていました。洞調律に回復するとこれらのリスクを減らすことができるのかどうかは、活発に調べられる分野になっています。96人の抗不整脈薬を使用している心房細動患者を、薬剤継続とアブレーションに無作為に割り付けた研究では、アブレーション群は治療後に14%で認知機能が低下していましたが、これは主に麻酔や無症候性の脳塞栓によるもので、1年以内に回復しており、さらに、1年後には14%に認知機能の改善が見られました。一方薬剤群では1年後の認知機能の改善は見られませんでした。
これらの研究の平均年齢は、70歳だったり68歳だったりするので、65歳以上の元気な心房細動患者には早期のリズムコントロール、とくにカテーテルアブレーションを提案するのが良いでしょう。しかし、カテーテルアブレーションにするか抗不整脈薬にするかは、多疾患併存やフレイルな高齢者には個別に考えるべきです。抗不整脈薬は他の薬剤と広範囲な相互作用がありますし、肝障害や腎障害のある場合には薬剤代謝が変動します。これらの危険性は、特に多疾患併存やフレイルな患者では、短期的な麻酔やアブレーション治療合併症と注意深く比較する必要がありますし、個別の状況に応じた治療を検討する必要があります。併存疾患が多かったり、予後が短いと想定されたりする患者では、早期リズムコントロールによって、寿命やQOLへの利益はあまりないと考えるかもしれませんが、必ずしもそうではありません(例えば心不全などについては)。多疾患併存によって心房細動のある高齢者でのリズムコントロールは難しくなりますが、心房細動による負担を減らすことは大きな影響をもつものかもしれません。人生の最終段階では、リズムコントロールが症状緩和以外の重要性をもつとは、あまり考えられません。

Fig 6 | Summary of recommendations for rate and rhythm control in older adults with atrial fibrillation (AF). AAD=anti-arrhythmic drug; LVEF=left ventricular ejection fraction

<心不全と心房細動>
心不全のある患者の心房細動の治療は特別な考慮を必要とします。というのは、心不全と心房細動は相互に影響しあい、心不全があると心房細動の頻度は増え、心房細動は心不全の予後を悪化させるからです。心房細動と心不全が併存することは多いです。この状況での推奨される治療は、主に若い世代のデータから外挿されたものです。HFrEFが併存する場合は、早期のリズムコントロールによる洞調律の維持が推奨され、しかも、長期の抗不整脈薬の使用よりはカテーテルアブレーションの方を検討すべきです。HFrEFでは非ジヒドロピリジンCa拮抗薬(ジルチアゼムやベラパミル)や、ドロネダロンは、医原性の悪影響があるので禁忌です。フレカイニドやソタロールは、催不整脈作用によって禁忌です。ポリファーマシーや副作用症状を減らすもう一つの方法は、ペースメーカーの挿入を行い、房室接合部のアブレーションを検討するものです。

<塞栓予防のための経口抗凝固剤の利害のバランスをとること>
経口抗凝固薬は心房細動に関連する脳梗塞を減らしますが、出血が増えるという代償もあります。加齢は利害評価、もしくは「真の臨床的利益」の多くの面に影響します。加齢とともに脳梗塞のリスクは高まりますが、抗凝固による出血リスクも高まります。心房細動が多い層であるのに、塞栓予防の抗凝固療法のRCTは80歳以上の人をあまり入れていません。さらに、人が年をとって平均寿命に達するにつれて、抗凝固療法による脳卒中の予防の潜在的利益は、それと拮抗する脳梗塞以外に関連する死亡や障害の危険によって減ってしまいます。最近のコンセンサスガイドラインでは、75歳以上のすべての患者を、心房細動関連脳梗塞の高リスク群で抗凝固療法が推奨されるとしています。しかし最近出されたESCガイドラインでは、「高齢者、フレイルでポリファーマシーの患者、認知機能障害がある人などへの抗凝固療法についてのエビデンスは十分ではない」と明白に述べています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインで、出血する人としない人を識別できないことや、可逆的な出血の危険因子を軽く見積もることなどを理由に、出血リスク予測スコア(HAS-BLED、HEMORR2HAGES、ATRIAなど)を使用しないことを推奨していることは重要です。ガイドラインは一般に、ワーファリンよりもDOACを推奨しています。効果が同等で、全般的に出血率が低く、薬物相互作用が少なく、モニタリングの必要性が少ないからです。妥協案として抗凝固薬の代わりにアスピリンを使おうとするのは避けるべきです。出血リスクは同等なのに脳梗塞予防効果は劣っており、心房細動にアスピリンを使用するのはClassⅢの危険であると考えられているからです。2023年に更新されたアメリカ老年医学会のBeers Criteriaでは、抗凝固療法を始めるならワーファリンよりもDOAC、さらにその中でもアピキサバンが出血リスクが低いので推奨されています。抗凝固薬同士の比較はまだ進行中です。
すべての高齢者に抗凝固療法は真の利益があるというパラダイムに異を唱えた研究もあります。平均寿命を超えた人には、抗凝固療法の利益は、拮抗する心房細動以外の原因による死の危険のために大幅に減っていくことを示した研究もあります。これらの研究から、最近のガイドラインを適用するには、加齢や多疾患併存の負担を考慮にいれるもっと微妙なアプローチが必要と言えます。

<フレイルや多疾患併存の高齢者での抗凝固療法>
最近の研究から、多疾患併存やフレイルの高齢者での抗凝固療法についてのガイダンスが得られています。重度のCKD、出血リスクが高まる薬剤の併用、低体重、重度の出血の既往がある日本人高齢者への、低用量エドキサバンの研究(ELDERCARE-AF)では、低用量エドキサバンは出血リスクや全死因死亡を増やさず、脳卒中や全身の塞栓症を減らすことがわかりました。メディケアのデータを調査した結果、あらゆるフレイルのグループで、アピキサバンはワーファリンと比べて、死亡、脳梗塞、大出血を1/3減らすことがわかりました。ダビガトランやリバロキサバンはフレイルではない患者にのみ、イベント発生率を減らしました。出血リスクの少なさからはアピキサバンが推奨されていますが、Beersクライテリアではワーファリンを使用している患者には、DOACに切り替えないことを推奨しています。ワーファリンからDOACに切り替えたら、出血合併症が増加し、塞栓合併症の減少が見られなかったとするFRAIL-AF研究によるものです。

<慢性腎臓病>
eGFR30-59mL/minまたはstage3aや3bのCKDがある患者への抗凝固療法は有益な可能性があります。末期腎臓病の心房細動患者に対して抗凝固療法が本当に有益だと示したRCTはありません。透析療法中の患者に抗凝固薬を使うと、出血率や死亡率が高くなります。末期腎臓病患者への抗凝固療法とプラセボを比較する試験がいくつか行われている最中です。末期腎臓病に対しては、DOACはワーファリンに代わる許容可能な選択肢であると示した研究はありますが、DOACが良いのかワーファリンが良いのかはまだ不明です。ガイドラインでは、軽度から中等度のCKD患者にはワーファリンやDOACの使用を支持し、重度のCKD患者にはワーファリンまたはアピキサバンの使用を弱く推奨しています。

<抗凝固療法に関連する出血>
抗凝固療法に関連する出血リスクを減らす方法がいくつかあります。ひとつは抗血小板薬の併用を中止することです。抗血小板薬を併用しても塞栓リスクは減りませんが、出血リスクは1.5―2倍に上がるのです。専門家のコンセンサスガイダンスでは、心血管疾患予防のためのアスピリンを避けること、高リスクの状況のごく短期間(最近PCIしたばかりなど)を除いて3剤療法(DAPT+抗凝固)を避けること、抗血小板薬と抗凝固薬の適応となる患者(虚血性心疾患でACSやPCI後6−12ヶ月経過しているなど)への抗凝固薬単剤療法とすること、頸動脈ステントを留置していない脳血管疾患の患者に抗凝固療法単剤とすることを推奨しています。他の方法として、高血圧やNSAIDsなどの可逆的な出血危険因子は減らし、複数の抗血栓薬を使用する場合には消化管出血を予防するためにPPIを検討します。
結局、心房細動に関連する脳梗塞を予防するために高齢者に抗凝固療法を導入したり維持したりするには、注意深くて個別化した意思決定が必要となります。余命が長い患者には抗凝固療法は最大限の効果があり、その利益は年とともに減っていきます。フレイルや多疾患併存を含めて多くの患者にはワーファリンよりはDOACの方が好まれますが、意思決定には値段や患者の好みや服用回数なども考慮して意思決定をしなくてはなりません。終末期の患者、つまり抗凝固療法の利益が見込めないくらい余命が短かそうな患者や害に苦しみそうな患者は、抗凝固薬をやめるよう努力すべきです。

<左心耳閉鎖>
左心耳閉鎖の合理性は、心房細動患者の左房内血栓のほとんどが左心耳にできるという観察研究に由来します。左心耳閉鎖にはワーファリンと同等の脳塞栓予防効果があり、出血合併症を避けられます。左心耳閉鎖とDOACの比較にはしっかりしたデータがなく、さらなる研究結果に注意することが求められます。
左心耳閉鎖の効果と安全性は、ワーファリンと比較した非劣性試験が2つ行われています。当初はこれら2つの結果は相反するものでした。PROTECT AF試験では、脳梗塞、全身の血栓症、心血管死に非劣性が示されましたが、それより高齢で、もっと多疾患併存の患者を組み込んだPREVAIL試験では、非劣性は示せませんでした。これらの相違はその後5年間の患者レベルでのメタアナリシスで弱められ、プライマリアウトカムで2.8/100人年(左心耳閉鎖)vs3.4/100人年(ワーファリン)でした。さらに、左心耳閉鎖群に割り付けられた患者は、脳出血や脳卒中後遺症が少なかったのです。
左心耳閉鎖がワーファリンと比較して研究されたことは重要です。アピキサバンなどもっと脳梗塞予防に効果的で出血リスクも低いものが好まれるようになって、ワーファリンの使用頻度は減っています。DOACと比較しても左心耳閉鎖の有効性は非劣性であるとするエビデンスも前に出されましたし、いまもRCTが進行中です。
あらゆる処置と同じように、合併症は高齢者で特に考えなくてはいけないことです。PREVAIL試験では4.2%の合併症発生率でした。左心耳閉鎖装置の認可後の観察分析では、この割合は2.2%まで下がっています。80歳より高齢の患者では、入院中の有害事象がもう少し高くなっていました。入院中の転機を超えて、フレイルな高齢者には、顕著に高い有害事象が退院後に生じていました。
左心耳閉鎖から最も利益を得られそうな患者を選ぶことに関しては、実践とエビデンスに大きな溝があります。経口抗凝固療法なしと比べると、左心耳閉鎖がもっとも確実に塞栓リスクを減らしそうですが、出血リスクを考慮して経口抗凝固療法を受けそうもない患者は、認可前の研究からもっとも除外されていそうです。老年症候群が併存している患者は、経口抗凝固療法を受けることが少なそうですが、重大な処置合併症が起きる頻度が増しそうですし、左心耳閉鎖後に永続するアスピリンでの抗血小板療法による出血合併症の頻度も増しそうです。
メディケアやメディケイドは、長期の経口抗凝固療法が禁忌の患者にのみ、左心耳閉鎖を認めています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインでも、左心耳閉鎖は、不可逆的な原因によって長期の抗凝固療法が禁忌の患者に中等度推奨、出血リスクが高い患者に弱い推奨となっています。
高齢患者も左心耳閉鎖を支持するRCTに多く組み込まれました。だから元気な患者は、65歳以上であってもガイドラインの推奨に従って左心耳閉鎖を提案されるべきです。多疾患併存やフレイルな高齢患者は、リスクへの耐性や、処置合併症、長期的な抗凝固療法以外の抗血栓療法の利益を考慮して、個別に意思決定するとよいでしょう。終末期の患者は、左心耳閉鎖の適応にはなりません。

<新しい治療法>
新しい治療戦略は、高齢の心房細動患者のケアに影響するかもしれません。スクリーニングでは、消費者のデバイスによって心房細動の発見を強化して治療することが脳梗塞を減らすかどうかという基本的な疑問が、アップルウォッチでのスクリーニングに無作為割付するHEARTLINE研究が行われています。出血リスクを減らしつつ血栓リスクを減らすと仮定される、これまでと異なる凝固カスケード蛋白(第Ⅺa因子、第Ⅻa因子)を標的にした新規抗凝固薬について行われているRCTでは、高齢の心房細動患者が主要な被験者層になっています。カテーテルアブレーション後の最適な抗凝固療法については、抗凝固療法が中止可能なのかどうかも含めて調べられています。また、持続的なリズムモニタリングに並行して間欠的に抗凝固療法を行う方法も調べられています。最後に、Shared decision makingは高齢者に対しては賞賛される目標ですし、ガイドラインで推奨もされますが、最適なフォーマットや、それが臨床結果を改善するかどうかについてはいくつかの研究が行われています。

<ガイドライン>
心房細動のマネジメントについてはいくつかの臨床ガイドがあります。このレビューを編集している最中、2024年8月にRSCガイドラインが更新されました。これらのガイドラインは、認知機能障害のある心房細動の高齢患者の抗凝固療法についての性を設けていて、今回報告したエビデンスやガイダンスに概ね一致しています。2024年のESCガイドラインでは、フレイルや認知症を含む多疾患併存のある高齢患者について、抗凝固療法を支持するエビデンスが欠如していることを新たに強調しています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインでは、Shared decision makingについての短い議論を組み込みましたが、主にそれが臨床的な良い結果につながるというデータが欠けていることに焦点が当てられていました。2021年に更新された英国からのNIHのガイダンスでは、心理的サポート、社会的サポート、つながりを作る情報、教育的な情報を含む、「個人化されたケアのパッケージ」を求めています。最後に、2020年のCanadian Cardioligy Societyのガイダンスは、心房細動ケアの多職種モデルも提案しています。

‐結論-
心房細動を何十年も研究して臨床現場でケアしてきたので、罹患率や死亡率は劇的に減ってきました。ですが、心房細動は加齢に伴う典型的な疾患のままですし、疾患に焦点を当てたアプローチだけを使うと、木を見て森を見ないことにつながってしまいます。私達は現存するエビデンスを雑多なニーズをもつ高齢者に適用する枠組みを提示しました。そうする中で、増え続ける心房細動の高齢患者に対して個別化されたケアを行うためのエビデンスを強化することに努力する必要性にも焦点を当てました。複雑でフレイルな患者を組み込み、高齢者にとって認知のような重要な結果を調べる、実践的な研究が増えているので、励まされます。今後の臨床研究では、厳格な除外基準を設けず、私達の現場で出会う患者を反映した患者を組み込んで行うべきです。患者の主観的結果を使う事が増えており、臨床研究のプライマリアウトカムやセカンダリアウトカムも、狭い臨床的イベントから抜け出して患者の優先項目に基づくべきです。エビデンスに基づくshared decision makingは、抗凝固療法についてもっとも進んでいますが、心房細動のマネジメントのあらゆる面に広げるべきです。ほとんどの心房細動患者は、他にも複数の悩ましい慢性疾患のガイドラインに従わなくてはならないことを認識して、私達は患者の目標を思考したケアに基づいた枠組みを受け入れなくてはなりません。

【開催日】2025年9月3日

認知症BPSDに対する第2世代(非定型)抗精神病薬の比較

-文献名-
Lü W, Liu F, Zhang Y, et al. Efficacy, acceptability and tolerability of second-generation antipsychotics for behavioural and psychological symptoms of dementia: a systematic review and network meta-analysis. BMJ Ment Health. 2024;27:1-8.

-要約-
●Abstract(全文)
【Background】
 BPSDは多くの認知症患者に認められる。BPSDの治療には第2世代(非定型)抗精神病薬(SGAs)がよく用いられるが、その有効性や受容性について比較した際の特徴は不明である。
【Methods】
 標準化平均差(SMD、(平均値の差)/(各群の標準偏差の平均値))を用いて、連続アウトカムについての固定効果をプールした。カテゴリ変数に対応するオッズ比と95%信頼区間を算出した。受容性(Acceptability、有効性+安全性の混合)は全ての原因による脱落率として定義され、忍容性(Tolerability)は有害作用による中止率として定義された。治療効果の順位は累積順位曲線下面積(SUCRA:Surface Under the Cumulative Ranking Curves)によって決定した。有害アウトカムには、死亡、脳血管有害事象、転倒、(過)鎮静、錐体外路症状、尿路症状が含まれた。
【Results】
 このネットワークメタアナリシス(NMA)には20件のランダム化比較試験が含まれ、5種類の第2世代抗精神病薬(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾール)について、合計6374人の結果が含まれた。介入期間は6週間〜36週間であった。
 有効性の評価では、プラセボ群と比較してブレクスピプラゾールの有効性が高く(SMD=-1.77、95%CI:-2.80~-0.74)、ブレクスピプラゾールはクエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも有効であった。
 受容性の評価では、アリピプラゾールのみがプラセボよりも優れており(OR=0.72、95%CI:0.54~0.96)、アリピプラゾールはブレクスピプラゾールよりも優れていた(OR 0.61、95%CI:0.37~0.99)。
 忍容性の評価では、オランザピンはプラセボと比較して最も悪く(OR=6.02、95%CI:2.87~12.66)、リスペリドン(OR=3.67、95%CI:1.66~8.11)やクエチアピン(OR=3.71、95%CI:1.46~9.42)と比較しても悪かった。アリピプラゾールはオランザピンと比較して優れていた(OR=0.25、95%CI:0.08〜0.78)。クエチアピンは脳血管有害事象の点で良好な安全性を示した。ブレクスピプラゾールは転倒や(過)鎮静の点で良好な安全性を示した。
【Conclusion】
 ブレクスピプラゾールはBPSDの治療において高い有効性を示しており、アリピプラゾールは最も受容性が高く、オランザピンは忍容性が最も悪かった。この研究結果は意思決定の指針として活用できるかもしれない。

●Introduction
・これまでのランダム化比較試験では、第2世代抗精神病薬はBPSDにわずかな改善をもたらす一方、重篤な有害事象(特に(過)鎮静、錐体外路症状、脳血管イベント、死亡)を引き起こす可能性があると示唆されている。FDAは以前、抗精神病薬の使用に関する警告を出した。
・しかし第2世代抗精神病薬は、未だに患者の12.3~37.5%で使用されている。
・最も有益かつ安全な抗精神病薬を探る際に、一対一の比較研究を基にしたメタアナリシスでは限界があったが、ネットワークメタアナリシス(NMA)は複数の介入試験を比較してエビデンスを生成することで見識を深められる可能性がある。
・本研究ではネットワークメタアナリシスを用いることで、BPSDに関する比較試験を評価し、様々な第2世代抗精神病薬の有効性・受容性・忍容性に関する最初のエビデンスを示すことを目的としている。

●Methods
・適格基準
・本研究はシステマティックレビュー・メタアナリシスに関するPRISMAガイドラインに則って行われた。
・この研究にはアルツハイマー型認知症、血管性認知症、混合型認知症が含まれた(診断は研究著者によって定義された)。
・患者の年齢や認知症の重症度による制限は設けなかったが、パーキンソン病やレビー小体型認知症、認知症に関係のないその他の精神疾患(うつ病、せん妄、統合失調症など)、管理不良な身体疾患(心血管疾患、感染症など)は除外された。
・患者には、何らかの第2世代抗精神病薬によるBPSD治療が行われていた。
・主要アウトカムは有効性と受容性であった。
・有効性は、標準化されたスケール(例:CMAI、NPI、BPRS)で測定されたスコアの変化で定義された。
・受容性は全ての原因による脱落率として定義され、有効性と忍容性を包含した。
・副次評価項目は忍容性で、有害作用による治療中止として定義された。有害作用には死亡率、脳血管有害事象、転倒、(過)鎮静、錐体外路症状、尿路症状が含まれた。
・このシステマティックレビューには、ランダム化比較試験(RCT)のみが含まれていた。
・検索戦略
・第2世代抗精神病薬とBPSDについての研究について、データベースの開始から2023年12月までに、英語で発表された文献について、PubMed、Embase、Web of Science、Cochrane Trial Registerで検索した。
・2名のレビュアーが収集や評価に関与した。
・必要に応じて追加情報や欠損したデータについて著者に連絡を取った。
・データ収集
・論文情報、参加者の情報(年齢、性別、サンプルサイズ、認知症のタイプ、ベースラインのMMSEなど)、介入の特徴(第2世代抗精神病薬の種類と投与量、投与期間など)を収集した。
・データ分析
・Stata/SE(V.15.1)と頻度主義的フレームワークを用いてネットワークメタアナライシスを実行した。
・累積順位曲線下面積(SUCRA:Surface Under the Cumulative Ranking Curves)を用いて、仮想治療と比較した各治療の有効性、受容性、忍容性の確率を計算した。
・コクラン共同計画が推奨する「risk of bias 2」を用いて、選択バイアス、実行バイアス、検出バイアス、減少バイアス、報告バイアス、その他のバイアスを評価した。出版バイアスについてはファンネルプロットで示した。主要アウトカムに関する感度分析は、バイアスリスクが高い研究を除外して実施した。
・各研究の信頼性は、CINeMAアプローチを用いて評価した。

●Results
・一次検索で874件の研究論文が選択されたが、論文の重複やタイトル・抄読の内容などから除外し、20件(→受容性と忍容性の評価)19件(→有効性の評価)のRCTをメタアナリシスに含めた(PRISMAフローチャートは本文参照)。
・研究の特性
・発表期間:1999年から2023年
・サンプルサイズ:各研究40人~652人、合計6374人
・介入期間:6週間~36週間
・用いられた第2世代抗精神病薬:5種類(クエチアピン、オランザピン、リスペリドン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾール)
・主要アウトカム:CMAI、NPI、BEHAVE-AD、BPRS、PANSS
・セッティング:ほとんどが高齢者施設で行われた
・バイアスの評価、非一貫性の評価
 略
・類似性の評価
・参加者の平均年齢は79.90歳、女性が67.32%(4197/6234)を占めていた。
・ほとんどの患者はアルツハイマー型認知症と診断され、MMSEの平均は11.32点であった。
・平均介入期間は11.3週間であった。
・年齢、性別、診断の頻度は各研究間で同等であった(本文Table 1参照)
・有効性の評価(Table 2、Sup. material 10)
・プラセボと比較してブレクスピプラゾールが最も有効性が高く(SMD= -1.77、95%CI:-2.80~-0.74)、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも有意に優れていた。
・累積順位曲線下面積(SUCRA)による解析では、全ての第2世代抗精神病薬がプラセボより有効性に優れていた。5つの第2世代抗精神病薬の中ではブレクスピプラゾールが最も優れており、次いでリスペリドン、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールの順であった。・受容性、忍容性の評価(Table 3:オレンジが受容性、灰色が忍容性を示す)
・受容性の評価では、プラセボと比較してアリピプラゾールのみが優れており(OR=0.72、95%CI:0.54~0.96)、ブレクスピプラゾールと比較しても有意に優れていた(OR=0.61、95%CI:0.37~0.99)。また累積順位曲線下面積(SUCRA)による解析では、アリピプラゾールとリスペリドンがプラセボよりも受容性に優れていた。
・忍容性の評価では、プラセボと比較してオランザピンは最も悪く(OR=6.02、95%CI:2.87~12.66)、リスペリドン(OR=3.67、95%CI:1.66~8.11)やクエチアピン(OR=3.71、95%CI:1.46~9.42)と比較しても不良であった。アリピプラゾールは、オランザピンと比較して忍容性が優れていた(OR=0.25、95%CI:0.08〜0.78)。また累積順位曲線下面積(SUCRA)による解析では、全ての第2世代抗精神病薬がプラセボよりも忍容性が悪かった。・感度分析においてバイアスのリスクが高い2件の研究を削除した後でも、有効性と受容性の結果は概ね上記と一致していた。
・有害作用の評価
・死亡率 
 4研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピンを含む)。NMAではいずれもプラセボと有意差がなく、また互いに有意差がなかった。SUCRAによるとプラセボの安全性が最も高かった。
・脳血管有害事象
 5研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピンを含む)。NMAではプラセボと比較して、リスペリドンは脳血管有害事象を有意に増加させていた(OR=4.01、95%CI:1.48〜10.90)。SUCRAによると(プラセボよりも)クエチアピンの安全性が最も高かった。
・転倒
 15研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾールを含む)。NMAではいずれもプラセボと有意差がなく、また互いに有意差がなかった。SUCRAによると(プラセボよりも)ブレクスピプラゾールの安全性が最も高かった。
・(過)鎮静
 16研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾールを含む)。NMAではプラセボと比較して、クエチアピン(OR=5.04、95%CI:3.24~7.83)、オランザピン(OR=3.68、95%CI:2.43~5.55)、リスペリドン(OR=2.51、95%CI:1.91~3.31)、アリピプラゾール(OR=2.74、95%CI:1.25~6.02)で鎮静のリスクが有意に増加していた。リスペリドンはクエチアピンと比較して鎮静リスクが有意に低下した(OR=0.50、95%CI:0.32~0.79)。SUCRAによると、プラセボに次いでブレクスピプラゾールの安全性が高かった。
・錐体外路症状
 9研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾールを含む)。NMAではプラセボと比較して、リスペリドン(OR=2.35、95%CI:1.62~3.39)やオランザピン(OR=2.57、95%CI:1.43~4.63)は錐体外路症状を有意に増加させていた。SUCRAによると(プラセボよりも)クエチアピンの安全性が最も高かった。
・尿路症状
 13研究で報告された(クエチアピン、リスペリドン、オランザピン、ブレクスピプラゾール、アリピプラゾールを含む)。NMAではプラセボと比較して、クエチアピンは尿路症状を有意に増加させていた(OR=2.73、95%CI:1.34~5.54)。

●Discussion
・本試験の第一の強みは、ブレクスピプラゾールに関する研究を組み入れたことである。
・ブレクスピプラゾールはプラセボ、クエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールよりも有意に有効性が高いと分かった。注目すべきは、ブレクスピプラゾールの有効性が(攻撃的な行動と関係する)CMAIによって測定されていたことであり、介護者や医療システムにとって有益である可能性を示唆している。
・受容性(有効性+忍容性)については、アリピプラゾールがプラセボやブレクスピプラゾールよりも有意に優れていた。興味深いことに本研究は、アリピプラゾールが最高の第2世代抗精神病薬であるとも示しており、BPSD治療におけるアリピプラゾールの可能性が示唆される。
・忍容性については、オランザピンがプラセボ、リスペリドン、クエチアピン、アリピプラゾールと比較して有意に悪かった。
・本研究は、BPSDに対して最も受容性が高いのはアリピプラゾール、最も効果が高いのはブレクスピプラゾール、有害作用が最も多いのはオランザピンであると明らかにした。多くの被験者を対象とした本研究は、これまでの臨床研究・レビューとほぼ一致している。
・本研究の限界として、①解析に薬剤用量を考慮しなかった(できなかった)こと、②アルツハイマー型以外の認知症患者を含む研究がごくわずかであったこと、③ほとんどが高齢者施設で行われた研究であったこと、などが挙げられる。

●Footnotes(脚注)
・Funding:四川大学West China Hospitalの1.3.5プログラム、および中国の国家重点研究開発計画からの助成金により支援された。

【開催日】2024年10月9日

心房細動をもつフレイルな高齢者における、VKA(vitamin K antagonists)からNOAC(Non-Vitamin K Antagonist Oral Anticoagulant)への切り替えの安全性: FRAIL-AFランダム化比較試験の結果から

-文献名-
Linda P T Joosten, et al. Safety of Switching From a Vitamin K Antagonist to a Non-Vitamin K Antagonist Oral Anticoagulant in Frail Older Patients With Atrial Fibrillation: Results of the FRAIL-AF Randomized Controlled Trial. Circulation. 2024; 149(4): 279-289.

-要約-
●Introduction
・Afに対する抗凝固療法を新規に導入する際は、VKAよりも、これまでの研究から出血リスクの少ないとされているNOACが選択されることが多い。
・一方で、高齢Af患者では30-40%がVKAで管理されているとされる。
・VKAで管理されている心房細動のフレイルな患者において、NOACに切り替えるべきかどうかは定まった見解がなく、これまでの研究は観察研究にとどまっていた。

●Method
・多施設共同(オランダ)、非盲検、pragmatic randomized controlled superiority trial
・フレイルで高齢の(75歳以上+Groningen Frailty Indicatorスコア*3以上)心房細動の患者を、INRガイド下のVKA治療からNOAC治療に切り替える群(VKA中止後INR 1.3未満となったらNOAC開始。NOACの種類は主治医の裁量に委ねられた)と,VKA治療を継続する群(INR 2.0-3.0で管理)に無作為に割り付けた。
・GFR 30未満または弁膜症性心房細動の患者は除外された。
・追跡期間は12ヵ月であった(1,3,6,9,12か月目に電話によるインタビューを実施した)。
・死亡を競合リスクとして考慮し、主要アウトカムである大出血(*定義:致死的出血、Hb 2以上の低下を伴う出血、赤血球輸血2単位以上を要した出血)または臨床的に関連性のある非大出血合併症(*定義:次回受診を早める必要があった出血、何らかの医学的介入を要した出血、入院やケアのレベルを高める必要があった出血)のどちらか先に発生した場合の原因特異的ハザード比を算出した。
・解析はintention-to-treatの原則に従った。
・副次的アウトカムには血栓塞栓症のイベントが含まれた。

*訳者注:Groningen Frailty Indicatorとは:日常活動(買い物、外出、更衣、トイレ移動)、健康問題(身体的健康、視力、聴力、体重減少、4剤以上の服薬、記憶)、心理機能(空虚感、孤独、見捨てられ感、落胆、不安)といった3ドメイン、15項目を検討し、4項目以上問題を抱える場合、フレイルと判定する。(参照:公益財団法人長寿科学振興財団『総論 フレイルの全体像を学ぶ 2. フレイルの評価方法と最新疫学研究』(https://www.tyojyu.or.jp/kankoubutsu/gyoseki/frailty-yobo-taisaku/R2-2-2.html) 2024/7/16閲覧)

Supplement S1 (Supplemental Materialのうち、一番上のpdfファイル内)
https://www.ahajournals.org/doi/suppl/10.1161/CIRCULATIONAHA.123.066485

●Results
<概要>
・2018年1月から2022年6月の間に実施
・合計2621例の患者が適格性をスクリーニングされ、1330例が無作為に割り付けられた(平均年齢83歳、Groningen Frailty Indicatorスコア中央値4。除外患者は、フレイルの基準を満たさなかったものが大半)。
・無作為化後、除外基準の存在によりVKA→NOAC群の6例とVKA継続群の1例が除外され、intention-to-treat集団ではVKAからNOACに変更した662例とVKAを継続した661例が残った。

(各群の特徴)

-出血リスクのスコアである、CHA2DS2VAScスコアは各群で同等だった。

・163例の主要転帰イベント(切り替え群101例、継続群62例)の後、事前に規定した無益性解析により試験は無益のため中止された。
・主要転帰のハザード比は1.69(95%CI、1.23-2.32)であった。血栓塞栓イベントのハザード比は1.26(95%CI、0.60-2.61)であった。

(primary, secondary outcomeの結果のまとめ)

(最初の出血までの、各群のcumulative incidence curve)
(サブグループ解析)-NOACの種類によりHRに違いはみられるものはあるが、post hocで非ランダム化解析のため解釈には注意が必要。

<結論>
心房細動を有するフレイルな高齢患者において、INRガイド下のVKA治療からNOAC治療に切り替えることは、VKA治療を継続することと比較して出血性合併症の増加と関連したが、血栓塞栓性合併症の減少は関連しなかった。

●Discussion
・オランダではPT-INRによるビタミンK拮抗薬の用量管理の質が高く、Federatie van Nederlandse Trombosediensten(オランダ血栓症サービス連盟)の年次報告書によれば,INR の至適範囲内時間(TTR)は65.3~74.0%である。
→INRガイド下VKA管理で安定している(TTR≈70%)患者をNOACに切り替えるかどうかは、大出血または臨床的に関連性のある非大出血のリスクが高まるという本論文の結果から、慎重に検討すべきである。(本文に記載あり)
→一方で、TTR が低い患者では、状況に応じてDOAC への切り替えが許容できる例が存在する可能性はあると思う。(訳者が記載)

・NOACの選択は治療医の裁量に任されていた点は、結果に影響した可能性はある。観察研究では、リバーロキサバン(本試験で最も処方されたNOAC)は他のNOACよりも出血性合併症が多く、特に消化管出血が多く、高齢者ではアピキサバンの安全性プロファイルが最も優れている。とはいえ、処方されたNOACの種類は非ランダム化であったため、このフレイルな集団において一方のNOACが他方のNOACよりも優先されるべきかどうかについては、本試験では答えることができない。

・デザイン上、試験手順は盲検化されておらず、さらに、NOAC群では患者がVKAを(まだ)服用している間にいくつかの出血イベントが発生し、その逆もまたしかりであった。しかし、これらの出血イベントのうち、無作為に割り付けられた抗凝固薬の投与中以外に発生した割合は、両治療群とも少なかった:NOAC群では101例中7例(6.9%)、VKA群では62例中5例(8.1%)であった。

【開催日】2024年8月14日

孤独とパーキンソン病リスク

―文献名―
Antonio T,Martina L,Selin K,et al. Loneliness and Risk of Parkinson Disease. JAMA Neurology. 2023;80(11):1138-1144.

―要約―
Introduction
孤独感とは、本人が求める社会的な関係と実際に感じる関係に隔たりがあるために生じる、主観的な苦しみと定義されている。身体的な健康だけでなく脳の健康にも悪影響は及び、精神疾患や神経変性疾患を発症するリスクが増加する可能性もある。実際に、孤独感の強い人はアルツハイマー病などの認知症リスクが高いことが示されている。しかし、孤独感とパーキンソン病の関係について検討した研究はまだ報告されていない。そこで著者らは、パーキンソン病の発症リスクと孤独感の関係を明らかにするために、住民ベースの前向きコホート研究を実施することにした。
Method
対象は、2006年3月13日から2010年10月1日に、UK Biobankに登録された38~73歳の参加者のうち、ベースラインで「あなたはしばしば孤独を感じますか」という設問に回答していた人。ベースラインで既にパーキンソン病と診断されていた人や、設問に「分からない」「答えたくない」と回答した人は除外した。主要評価項目はパーキンソン病の発症とした。追跡は2021年10月9日まで継続し、英国National Health Serviceの電子健康記録を調べて発症を確認した。 共変数として、年齢、性別、学歴、Townsend貧困指数、喫煙状態、身体活動量、BMI、併存疾患(糖尿病、高血圧、脳卒中、心臓発作、PHQのうつ病スコア、精神疾患など)、同居家族の人数、家族や友人との交流頻度、社会活動の参加頻度、ポリジェニック・リスク・スコア(ある個人が持つ、特定疾患の発症リスクを高めるすべての遺伝子バリアントをスコア化して、病気の発症や進展を予測する手法)なども調べた。
Results
50万2505人のUK Biobank参加者のうち、条件を満たした49万1603人を分析対象にした。平均年齢は56.54歳(標準偏差8.09歳)、54.4%が女性だった。設問に対して、孤独を感じると回答した人は9万1186人(18.5%)、孤独を感じていなかった人は40万417人(81.5%)だった。両群の特性を比べると、孤独を感じていた人は、やや年齢が若く、女性が多く、健康に好ましくない習慣(喫煙や不活発など)の人が多く、慢性疾患(糖尿病、高血圧、心筋梗塞、脳卒中など)の保有率が高く、精神的な健康状態も不良(抑うつあり/精神科医受診歴あり)だった。平均値で12.33年(1.80年)、延べ606万2197人・年の追跡期間中に、2822人がパーキンソン病を発症していた。発症率は10万人・年当たり47だった。内訳は、孤独感がなかった40万417人ではパーキンソン病発症者は2273人(10万人・年当たり46)で、孤独を感じていた9万1186人では、549人(10万人・年当たり49)だった。パーキンソン病発症者は、非発症者に比べ高齢で、男性が多く、過去の喫煙者が多く、BMIが高く、PDポリジェニック・リスク・スコアも高かった。さらに、糖尿病、高血圧、心筋梗塞、脳卒中も多く、精神科医受診歴を有する患者も多かった。 孤独を感じていた人のパーキンソン病発症リスクは有意に高く、ハザード比は1.37(95%信頼区間1.25-1.51)だった。人口統計学的要因、社会経済的地位、社会からの孤立(独居、家族や親族と会う頻度が月1回未満、余暇活動と/または社会活動の頻度が週1回未満)、PDポリジェニック・リスク・スコア、喫煙、身体活動、BMI、糖尿病、高血圧、脳卒中、心筋梗塞、抑うつ、精神科医受診歴で調整しても、ハザード比は1.25(1.12-1.39)と引き続き有意差を示した。孤独とパーキンソン病発症の関係は、性別(交互作用のハザード比0.98:0.81-1.18)、年齢(0.99:0.98-1.01)、PDポリジェニックリスクスコア(0.93:0.85-1.02)の影響を受けていなかった。 孤独とパーキンソン病発症の関係は、ベースラインから5年間は有意にならず(ハザード比1.15:0.91-1.45)、5~15年後に有意になった(1.32:1.19-1.46)。
Discussion
 説明のつかない交絡因子や、不正確に測定された共変量による残余交絡によるものかもしれない。遺伝的要因や精神的健康状態のような共有の危険因子による可能性もあるが、ポリジェニック・リスク・スコア(多遺伝子リスクスコア)が関連を減弱させなかったという所見は、観察された関連において共有遺伝因子が実質的な役割を果たしているとは考えにくいことを示唆している。またPDの神経病理学的病態が、PDの前臨床期または前駆期における孤独感の増加と関連している可能性がある(因果の逆転)。実際にPDの非運動症状(例えば、抑うつ、疲労、不安、無気力)はPD患者によくみられ、疾患の初期に出現することがある。しかし、孤独感の増大はPD患者にとって懸念事項であるが、1件の横断研究では、PDの有無による孤独感の差はみられなかった。さらに、われわれの結果は、この逆の因果関係の解釈では関連を完全に説明できない可能性が高いことを示唆している。例えば、この関連はうつ病を考慮した後も残っており、このことは、この前駆症状との重複によるものではないことを示唆している。さらに、逆の因果関係から予想されることとは逆に、孤独感は最初の5年間はPDの発症と関連していなかったが、その後の10年間はPDの発症と関連していた。孤独が様々な経路を通じてPDの危険因子となりうる。しかし本研究では、潜在的な媒介因子となりうる共変量を幅広く検証した。孤独感を経験した人は、運動不足などの有害な行動をとる傾向があるが、2つの顕著な健康行動を加えても孤独感とPDの関連が変わらなかったことから、この経路が主要な役割を果たす可能性は低いと思われる。糖尿病などの慢性疾患を考慮すると関連は13.1%減弱したことから、孤独感は代謝、炎症、神経内分泌経路を通じてPDリスクの上昇に関連する可能性が高いと思われる。孤独とPDとの関連は、メンタルヘルス変数をモデルに含めることで最も減弱した(24.1%)。縦断的な証拠から、孤独とうつ病の間には双方向の関連があることが示唆されており、これらはPDのリスク上昇と共起し、その経路を共有している可能性が高い。それでもなお、我々の所見では、メンタルヘルス変数を考慮した後も孤独感はPDと関連していた。孤独が神経病理学的マーカーと関連しているかどうかを調べることは有益であろう。孤独は神経病理学的リスクと直接関連する可能性があり、PDの発症に寄与する神経変性過程に対する回復力を侵すことによって、PDのリスク増加にも関連する可能性がある。
 この研究の主な長所は、サンプルサイズが大きく統計的検出力が高いこと、追跡期間が長いこと、関連する危険因子を説明するための共変量が幅広いこと、健康記録に基づく診断が独立して確認できることである。限界として、この観察研究では因果関係や因果の逆転が観察された関連を説明しうるかどうかを決定できなかった。孤独感は「はい」か「いいえ」の単一項目で評価した。この尺度は信頼性が高く妥当であるが、多項目尺度と比較すると、単一項目による評価は誤差の分散を増大させ、孤独感とPDの関連を過小評価する可能性が高い。もう一つの限界は、入退院記録や死亡記録を用いていることであり、これは初期段階のPDを見逃す可能性が高い。追跡期間中にPDと診断されたにもかかわらず入院しなかった参加者がいる可能性があり、このような参加者は我々の解析ではPDでないと誤って打ち切られるであろう。これは、孤独とPDリスクとの関連を過小評価する可能性がある。しかし健康記録による確認は研究参加から独立しており、縦断的研究に典型的な減少バイアスを避けることができる。サンプルは比較的若いが、孤独感との年齢的な交互作用はなく、若い参加者を除外しても推定された効果量に影響はなかった。また、UK Biobankは代表的なサンプルではなく、回答率は5.5%であった。しかし、UK Biobankにおける危険因子との関連は、代表的なサンプルで見られたものと同様である。

【開催日】2023年12月13日(水)

高齢者の薬剤処方に関するBeers基準の更新

※この時期のUpToDateにある”What’s new in family medicine”のTopicで参考にされている文献です。
-文献名-
American Geriatrics Society 2023 updated AGS Beers Criteria® for potentially inappropriate medication use in older adults. J Am Geriatr Soc. 2023;71(7):2052-2081.

-要約-
高齢者における潜在的不適切処方(Potentially Inappropriate Medication: PIM)に関する米国老年医学会の基準Beers Criteria®は、1991年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校の故Mark Beersによって開発され、定期的に更新されている。本基準は、ホスピスや終末期医療を除く、外来、急性期、施設入所などすべてのケア環境における65歳以上の成人に適用されることを意図している。
Beers Criteria®の目的は、
(1)薬剤選択を改善することにより、高齢者が不適切な薬剤(PIMs)にさらされる機会を減らすこと
(2)臨床医と患者を教育すること
(3)高齢者のケアの質、コスト、薬剤使用パターンを評価するツールとして機能すること である。

潜在的不適切処方は5つに分類される。(Tableは、添付PDF参照して下さい。)
1. 潜在的に不適切と考えられる薬剤(表2)
2. 特定の疾患または症候を有する患者において不適切な可能性のある薬剤(表3)
3. 慎重に使用すべき薬剤(表4)
4. 不適切な可能性のある薬物-薬物相互作用(表5)
5. 腎機能に基づいて投与量を調整すべき薬剤(表6)

Beers Criteria®は国際的に使用することができるが、特に米国での使用を想定して作成されており、特定の国の特定の薬剤については考慮が必要な場合がある。Beers Criteria®は、臨床上の意思決定を共有することに取って代わるのではなく、それを支援する方法として、思慮深く適用されるべきである。
高齢者への処方は、多くの要因、特に高齢者とその家族の嗜好と目標を考慮する複雑な努力であることが多いため、本基準は懲罰的な方法で使用されるものではない。

<個別の薬剤について特記>
●非弁膜症性心房細動およびVTEの長期治療におけるダビガトラン(プラザキサ®)の推奨は、アピキサバン(エリキュース®)などの代替薬と比較して、消化管出血および大出血のリスクが高いことを示唆するエビデンスがあるため、依然として「慎重に使用すること」としている。
●SGLT2阻害薬については、泌尿生殖器感染症および糖尿病性ケトアシドーシスのリスクが増加するため、慎重に使用するよう助言する新たな基準が追加され、治療中の早期のモニタリングを推奨している。

<減処方deprescribing>
Beers Criteria®に基づく医薬品の処方を成功させるには、臨床医が単に高齢者に服薬中止を指示するだけでは不十分である。コミュニケーションギャップや誤解、患者が服薬中止に消極的で恐怖心を抱くこと、複数の臨床医間の調整、投与量の漸減、離脱症状、薬局への中止指示の伝達などが、起こりうる課題である。

【開催日】2023年10月4日(水)

早期アルツハイマー病におけるレカネマブ

-文献名-
C.H. van Dyck, C.J. Swanson, P. Aisen, et al. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med. 2023;388(1):9-21.

-要約-
【Abstract】
(背景)可溶性および不溶性のアミロイドβ(Aβ)凝集体の蓄積は、アルツハイマー病における病理学的プロセスを開始または促進する可能性がある。レカネマブは、可溶性アミロイドβプロトフィブリルに高親和性で結合するヒト化IgG1モノクローナル抗体であり、早期アルツハイマー病患者を対象に試験が行われている。
(方法)早期アルツハイマー病(アルツハイマー病による軽度認知障害または軽度認知症)で、ポジトロン断層撮影(PET)または脳脊髄液検査でアミロイドが認められた50~90歳の患者を対象に、18ヶ月間の多施設共同二重盲検第3相試験を実施した。参加者は、レカネマブ静脈内投与群(体重1kgあたり10mgを2週間ごとに投与)とプラセボ投与群に1:1の割合で無作為に割り付けられた。主要評価項目は、CDR-SB※注1(Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes;0~18点、スコアが高いほど障害が大きいことを示す)の18ヶ月時点におけるベースラインからの変化であった。主な副次評価項目は、PETによるアミロイド蓄積の変化、アルツハイマー病評価尺度(ADAS-cog14)の14項目の認知機能サブスケールのスコア(ADAS-cog14、0~90点、スコアが高いほど障害が大きいことを示す)、アルツハイマー病複合スコア(ADCOMS、0~1.97点;スコアが高いほど障害が強いことを示す)、Alzheimer’s Disease Cooperative Study-Activities of Daily Living Scale for Mild Cognitive Impairment(ADCS-MCI-ADL;0~53点;スコアが低いほど障害が強いことを示す)のスコアである。
(結果)合計1795人が登録され、898人がレカネマブ投与群、897人がプラセボ投与群に割り付けられた。ベースライン時の平均CDR-SBスコアは両群とも約3.2であった。18ヶ月時のベースラインからの調整最小二乗平均変化量は、レカネマブ群で1.21、プラセボ群で1.66であった(差-0.45;95%CI、-0.67~-0.23;P<0.001)。698人の参加者を対象としたサブスタディでは、レカネマブの方がプラセボよりも脳アミロイド蓄積の減少が大きかった(差-59.1センチロイド;95%CI、-62.6~-55.6 ※注2)。ADAS-cog14スコアでは-1.44(95%CI、-2.27~-0.61、P<0.001)、ADCOMSスコアでは-0.050(95%CI、-0.074~-0.027、P<0.001)、ADCS-MCI-ADLスコアでは2.0(95%CI、1.2~2.8、P<0.001)であった。レカネマブ投与により26.4%に急性注入反応(インフュージョンリアクション)が、12.6%にアミロイド関連画像異常;ARIA-E(頭部MRIでの浮腫性変化)が認められた。 (結論)レカネマブは、早期アルツハイマー病におけるアミロイドのマーカーを減少させ、18ヵ月後の認知機能と機能の測定においてプラセボよりも中等度の低下をもたらしたが、有害事象と関連していた。早期アルツハイマー病におけるレカネマブの有効性と安全性を明らかにするために、より長期間の試験が必要である。(資金提供or研究協力:エーザイ(日)、バイオジェン(米)) ※注1:日本語版CDR(0.5点をMCI、1点以上を認知症として捉えることが多い。各スコアの合計=CDR-SB)
※注2:センチロイドはPETにおけるアミロイド集積量の評価法。若年正常陰性を0、軽度~中等度の典型的アルツハイマー型認知症の平均レベルを100として表現。50センチロイド以上がアルツハイマー型認知症確定診断病理例に相当すると推定されている。

【Introduction】
・アミロイドの除去が認知症の進行を遅らせることが示唆されている。
・抗アミロイド抗体の一つ(アデュカヌマブ、米国商品名:アデュヘルム)は、米国FDAから早期承認を受けている。
・レカネマブ(米国商品名:レケンビ)はヒト化モノクローナル抗体で、可溶性アミロイドβプロトフィブリルに高親和性で結合する。
・早期アルツハイマー病患者を対象に、レカネマブの安全性と有効性を検討する第3相試験を実施した。

【Methods】
・早期アルツハイマー病患者を対象とした18ヶ月間の多施設共同・二重盲検・プラセボ比較試験。
・レカネマブ群(10mg/体重kgを2週ごと投与)とプラセボ群に1:1に無作為割り付けした。
層別化:アルツハイマー病による認知機能障害、抗認知症薬の使用、アポリポ蛋白Eε4キャリアの有無、地理的特性。
・アルツハイマー病および統計学の専門家によるモニタリング委員会が、盲検化されていない安全性データをレビューした。
独立した医療チーム(試験割り当てグループを知らない)がARIA、輸液関連反応、過敏性反応を検討した。
臨床評価者は、安全性評価および試験割り当てグループを知らなかった。
・適格基準:アルツハイマー病によるMCIまたは軽度認知症を有する50~90歳。アミロイド陽性はPETまたは脳脊髄液によるAβ1-42測定により判定した。
・評価項目:省略(Abstract参照)
・統計解析:無益性や有効性に関する中間解析は計画されなかった。有効性の解析は修正ITT解析(レカネマブorプラセボを少なくとも1回投与され、ベースライン評価およびCDR-SB測定を少なくとも1回実施)により実施した。安全性の解析は、レカネマブorプラセボを少なくとも1回投与された参加者集団で評価された。ARIA(アミロイド関連画像異常)は9, 13, 27, 53, 79, 91週目のMRIでモニタリングされた。

【Result(参加者)】 (Figure 1、Table 1参照)
・スクリーニング5967人、無作為化1795人(レカネマブ群898人、プラセボ群897人)、北米・欧州・アジアの235施設にて。
・追跡完了はレカネマブ群729人(81.2%)、プラセボ群757人(84.4%)。修正ITT解析は1734人で実施。
・ベースライン時の参加者の特徴は2群で概ね類似(平均71歳、CDR-SB 3.2/18点、MMSE 25.5点)。非白人が20%強。
【Result(評価項目)】 (Figure 2、Table2参照)※Table2は本ファイルでは省略
・主要評価項目であるCDR-SBはベースラインで約3.2点、18ヶ月後の変化量の補正平均はレカネマブ群で1.21、プラセボ群で1.66であった(-0.45、95%CI、-0.67~-0.23、p<0.001)。 ※「認知症の進行を27%抑制」の数的根拠と思われる。 ・副次評価項目に関して、18ヶ月後の平均変化量は以下の通りであった。  (1) PETでのアミロイド蓄積:レカネマブ群-55.48センチロイド、プラセボ群3.64センチロイド(95%CI:-62.64~-55.60、p<0.001)  (2) ADAS-cog14スコア:レカネマブ群4.14点、プラセボ群5.58点(95%CI:-2.27~-0.61、p<0.001)  (3) ADCOMS:レカネマブ群0.164点、プラセボ群0.214点(95%CI:-0.074~-0.027、p<0.001)  (4) ADCS-MCI-ADL Score:レカネマブ群-3.5点、プラセボ群-5.5点(95%CI:1.2~2.8、p<0.001)

【Result(安全性)】(Table 3参照)
・死亡:レカネマブ群0.7%、プラセボ群0.8%。研究担当医によりレカネマブに関連すると判断された死亡例はなし。
・重篤な有害事象:レカネマブ群14.0%、プラセボ群11.3%。
→急性注入反応(インフュージョンリアクション)(レカネマブ群1.2%/プラセボ群0%)、ARIA-E(浮腫性変化を伴うアミロイド関連画像異常)(同0.8%/0%)、心房細動(同0.7%/0.3%)、失神(同0.7%/0.1%)、狭心症(0.7%/0%)。
・全ての有害事象:両群で発生率は同程度であった。
・投与中止に至った有害事象:レカネマブ群で6.9%、プラセボ群で2.9%。
・レカネマブ群で多かった有害事象は以下の通り。
・急性注入反応(インフュージョンリアクション):レカネマブ群26.4%、プラセボ群7.4%。大部分は軽度~中等度で、初回投与時。
・ARIA-H(出血性変化を伴うアミロイド関連画像異常):レカネマブ群17.3%、プラセボ群9.0%
・ARIA-E(浮腫性変化を伴うアミロイド関連画像異常):レカネマブ群12.6%、プラセボ群1.7%
・頭痛:レカネマブ群11.1%、プラセボ群8.1%
・転倒:レカネマブ群10.4%、プラセボ群9.6%
・ARIA-Eの91%は軽度~中等度で、78%は無症状で、81%は発見後4ヶ月以内に消失した。
ただし参加者の2.8%に症候性ARIA-Eが認められた(症状:頭痛、視覚障害、錯乱など)。

※急性注入反応(インフュージョンリアクション):分子標的薬などの点滴時に一過性の炎症・アレルギー反応が起こされる病態。サイトカイン放出によると考えられている。主な症状は発熱、悪寒、頭痛、発疹、嘔吐、呼吸困難、血圧低下、アナフィラキシーショックなど。
※ARIA(Amyloid-related imaging abnormalities):頭部MRIでのアミロイド関連画像異常のこと。浮腫性変化を伴うものをARIA-E(edema/Effusion)、出血性変化を伴うものをARIA-H(Hemosiderin deposition)と呼ぶ。

【Discussion】
・主要評価項目であるCDR-SBの18ヶ月後の変化量はレカネマブ群でプラセボ群より有利であった。副次評価項目も同様であった。
・CDR-SBスコアの臨床意義については確立されていないが、プロスペクティブに定義された治療差の目標を上回っていた。
・認知症ステージの進行のハザード比についても、プラセボよりもレカネマブが有利であった。
・レカネマブ群におけるARIA-Eの発症率は12.6%、ARIA-Hの発症率は17.3%であった。
ARIA-Eは一般に最初の3ヶ月間に発生し、軽度で無症状であり、4ヶ月以内に消失することが多かった。
ARIA-E(症候性・全て)の発生率は、いずれもApoE ε4ホモ接合体で最も高かった。
・研究限界:18ヶ月間の治療データしか含まれていない。COVID-19流行に伴う介入不実施、評価の遅延、疾患の併発などがあり、脱落率は17.2%に上った。ARIAの発生に関して、参加者や治験担当医師が試験群の割り付けを認識していた可能性がある。
・現在、各種の追加試験が計画・実施されている。
・結論:早期アルツハイマー病患者において、レカネマブは脳アミロイド蓄積を減少させ、18ヶ月後の認知機能および各種の評価項目についてプラセボと比較して中等度の低下・抑制を示したが、有害事象を伴った。早期アルツハイマー病患者におけるレカネマブの有効性と安全性を決定するためには、より長期間の試験が必要である。

【開催日】2023年9月13日(水)

低用量アスピリンの連日投与による鉄欠乏と貧血

※この時期のUpToDateにある”What’s new in family medicine”のTopicで参考にされている文献です。
-文献名-
Zoe K McQuilten, et al. Effect of Low-Dose Aspirin Versus Placebo on Incidence of Anemia in the Elderly : A Secondary Analysis of the Aspirin in Reducing Events in the Elderly Trial. Ann Intern Med. 2023; 176(7): 913-921.

-要約-
●Introduction
・高齢者の貧血(男性Hb 12.0 g/dl未満、女性Hb 11.0 g/dl未満 (WHOの定義))は重要な健康問題。
・75歳以上の人の貧血の割合:約30%(入院患者例)、約12%(コミュニティベース)。
・高齢者の貧血の原因としては、鉄欠乏・腎性・慢性炎症性が多いが、1/3は原因不明。
・貧血は、機能障害・病的状態・死亡率と関連。ただし因果関係は不明。因果関係があったとして、貧血が健康に及ぼす潜在的な影響が介入可能なものなのかどうかも不明確。

・米国では約50%の高齢者が予防的にアスピリン内服していたが、最近の非推奨に伴い減少中。
・アスピリンの害は大出血、とりわけ消化管出血で、出血イベントは高齢者に多い。
・顕性出血とアスピリンの関係は明らかだが、貧血との関係を研究した報告はほとんどない。
・不顕性出血により鉄欠乏を起こし貧血となる可能性、一方で炎症を抑える機序で貧血に抑制的に働くかも。

・The ASPREE (ASPirin in Reducing Events in the Elderly)試験は、二重盲検、無作為、プラセボ対照試験で、70歳以上(*米国の黒人・ヒスパニックにおいては65歳以上)の健常者において、アスピリン100 mg内服群がプラセボ群と比較して、無障害生存期間を延長するかどうかを主要評価項目に置いた研究。(*大田注:結論としては延長させなかった。N Engl J Med 2018; 379(16): 1519-1528.)
・全参加者は毎年Hb値測定し、一部は試験開始時と3年後に生化学採血も実施。
・ASPREE試験のpost hoc解析(事後解析)の
主な目的)健常高齢者において、低用量アスピリンの連日投与が貧血の発症率に及ぼす影響を評価する
副次的目的)Hb値、Fer、鉄欠乏の変化に対するアスピリンの影響を探索する

●Method
・ASPREE試験について
2010年3月~2014年12月 市中在住の19114人組み入れ。オーストラリアのプライマリ・ケア提供者or 米国の臨床試験センターを通じて。*除外:貧血あり、出血の高リスク群(例:消化性潰瘍既往、食道静脈瘤)、アスピリンを二次予防で使用、他の抗血小板薬や抗凝固薬使用、心血管イベント歴、Af、予後5年以内が想定される疾患併存、認知症。*NSAIDs使用は必要最小限に限り許可された。
アスピリン群・プラセボ群を1:1に振り分け。年1回受診とカルテレビュー、定期的な電話での確認で補足。年1回採血。

・フェリチン:割付時と、3年後フォロー時の血液検体で可能な範囲で測定。

・アウトカムの定義
プライマリアウトカム:貧血の発症率(男性Hb 12.0 g/dl未満、女性Hb 11.0 g/dl未満 (WHOの定義))。
*毎年のHb値測定データを利用。
セカンダリエンドポイント:大出血(脳出血、有意な頭蓋外出血(輸血・入院・入院期間延長・手術を要した、死亡につながった))

・統計学的解析
-鉄欠乏の定義は、Fer <45 µg/Lを採用(米国消化器病学会)
-毎年Hb値測定し、貧血出現までの期間を分析するためにコックス比例ハザードモデルを使用。
-累積発症率の測定にはAalen-Johansen estimatorを使用(Kaplan–Meier estimatorのmulti-state (matrix) version)
-一次解析は調整なし、二次解析では貧血のリスクと関連し得る予後因子で調整(性別、年齢、人種、居住状況、喫煙、アルコール摂取量、eGFR、癌の既往(メラノーマ以外の皮膚腫瘍を除く))、糖尿病、CKD(尿Alb/Cr 30 mg/gCr以上 or eGFR 60未満で定義)、高血圧、NSAIDs使用、PPI使用)。
-ASPREE試験の一次結果では、プラセボ群と比較してアスピリン群では癌罹患およびステージIVの癌による死亡リスクが高かった→貧血リスクに対するアスピリンの効果が癌罹患とは独立しているかどうかを評価するために、試験期間中の癌イベントを競合リスクとして扱う感度分析を行った。
-アスピリンとHb値の経時的変化の関連を調べるために、予後因子で調整した多変量線形混合効果モデルを用いた。
-予後因子が欠損している参加者は、解析から除外した。
-アスピリンとFer値の関係を調べるために、線形回帰モデルを用いた。
-全解析はITTで。統計ソフトはR ver 4.0 or Stata/SE17を用いた。

●Results
・フォローアップ期間の中央値は各グループ、4.7年(四分位範囲(IQR):3.6-5.7年)。
・各群の特徴:大きな差はない(Table)

各群、平均74歳くらい、オーストラリア在住の白人種が8割強、癌の既往は2割、過去のアスピリン使用歴は1割、CKD 26%、ベースのHb値14.2 g/dl、高血圧74%、NSAIDs使用1割弱、PPI使用24%。

・貧血の発症率:アスピリン群では1000人年あたり51、プラセボ群では1000人年あたり43 と、アスピリン群で有意に高い
・5年以内に貧血を発症する可能性は、アスピリン群で23.5%(95%信頼区間:22.4%-24.6%)、プラセボ群で20.3%(19.3%-21.4%):HR 1.20 (1.12—1.29) ← 癌の発症に関する感度分析や、貧血リスクを上げる要素について調整後も有意なまま。(Fig. 2)

・Hb値は、アスピリン群で、プラセボ群に比べ5年当たり0.6 g/L低下(0.3-1.0 g/L)。(Fig. 3)
・Fer値は、アスピリン群で、プラセボ群に比べ3年目のFer値が45μg/L未満(31例)および100μg/L未満(32例)である可能性が高かった(それぞれ、465例[13%]対350例[9.8%]、1395例[39%]対1116例[31%])。(Fig. 4) (*大田注:Fer<45が、本研究での鉄欠乏の定義)
・試験期間中、465人(2.6%)が少なくとも1回の大出血を経験した: アスピリン群で273例(3.0%)、プラセボ群で192例(2.1%)であった。

●Discussion
・感度分析により、臨床的に重要な出血イベントの差は、貧血の発生やFer値の減少の全体的な差を説明するものではないことが示された。→アスピリン投与群における貧血リスク増加の原因としては、不顕性出血が考えられる。
・不顕性出血の機序としては、アスピリンによる血小板凝集低下作用のほか、COX-1阻害により消化管のプロスタグランジン産生を抑制し粘膜保護作用が低下することで、不顕性の消化管出血を起こすことが想定される。
・アスピリン内服は通常長期になることから、定期的な採血での貧血の評価が必要となるのではないか。

・本研究の限界
-貧血が年1回のレビューの間に試験外の医師によって発見され治療された可能性があり、貧血発生率の過小評価につながった可能性がある。
-臨床的に重大な出血の定義は、病院での治療例のみを含んでおり、外来で治療した重症の鼻出血のような他の出血事象は考慮していない。
-貧血の原因に関するデータはない。

【開催日】2023年9月6日(水)

高齢者における健康的なライフスタルと記憶力低下の関連性:10年間の集団ベースの前向きコホート研究

―文献名-
Jianping Jia,1 Tan Zhao,1 Zhaojun Liu, et al.
Association between healthy lifestyle and memory decline in older adults: 10 year, population based, prospective cohort study.
BMJ. 2023; 380: e072691

―要約-
【背景】
わかっていること:記憶力は日常生活の基本機能であり、年齢が上がるにつれて継続的に低下する。 記憶力低下の 多因子にわたる生物学的原因を考えると、遺伝的に記憶力が低下しやすい人であっても、最適な効果を得るためには、 健康的なライフスタイルの要因の組み合わせが必要かもしれない。記憶に影響を与える可能性のある因子として、加 齢、アポリポ蛋白 E(APOE)ε4 遺伝子型、慢性疾患、生活パターンなどの研究が行われている。

今回わかったこと:APOEε4 対立遺伝子を持つ人を含め、認知的に正常な高齢者において、健康的でポジティブな行 動の組み合わせは、記憶の低下速度を遅くすることと関連している これらの結果は、高齢者を記憶の低下から守るため の公衆衛生上の取り組みに重要な情報を提供するかもしれない。

【目的】 高齢者における記憶力低下を予防するための最適なライフスタイルプロファイルを明らかにする。
【デザイン】 母集団に基づく前向きコホート研究。
【設定】 中国の北、南、西の代表的な地域から参加者を集めた。
【参加者】 60 歳以上で認知機能が正常であり、2009 年のベースライン時に APOE 遺伝子型判定を受けた個人。
【主なアウトカム評価】 参加者は、死亡、中止、または 2019 年 12 月 26 日まで追跡調査された。健康的なライフス
タイルの 6 つの要因を評価した:
①健康的な食事(対象食品 12 品目のうち少なくとも 7 品目の推奨摂取量を遵守)、
②定期的な身体運動(中強度の 150 分以上または強度の 75 分以上、週あたり)、
③活発な社会接触(≧週 2 回)、
④活発な認知活動(≧週 2 回)、
⑤喫煙をしない、またはしたことがない、
⑥アルコールを飲まない。
参加者は、健康的なライフスタイルの要因が 4〜6 個あれば好ましいグループに、2〜3 個あれば平均的なグループに、0
〜1 個あれば好ましくないグループに分類された。記憶機能は WHO/University of California-Los Angeles Auditory Verbal Learning Test(AVLT※)で、グローバル認知機能は Mini Mental State Examination で 評価した。線形混合モデルを用いて、研究対象者の記憶に対する生活習慣要因の影響を調査した。

※AVLT:即時再生、短期遅延自由再生(3 分後)、長期遅延自由再生(30 分後)、長期遅延認識の測定を 行う。テストでは、評価者が 15 個の名詞からなる単語リストを読み、その直後に、参加者はできるだけ多くの単語を繰り 返してもらう。即時再生の得点は 0〜60 点、その他のテストの得点は 0〜15 点であった。標準 z スコアは、それぞれの 平均値と標準偏差のテストスコアに基づいて計算される。記憶機能の複合 z スコアは、各テストの z スコアを平均すること によって構成される。

【結果】
29,072 名の参加者(平均年齢 72.23 歳、女性 48.54%(n=14113)、APOE ε4 キャリア 20.43%
(n=5939)) が対象となった。10 年間の追跡期間(2009-19 年)において、好ましいグループの参加者は好まし くないグループの参加者に比べて記憶の低下が遅かった(0.028 ポイント/年、95%信頼区間 0.023-0.032、P< 0.001)。APOE ε4 のキャリアの中では、好ましいライフスタイル群(0.027、95%信頼区間 0.023 から 0.031)お よび平均的ライフスタイル群(0.014、0.010 から 0.019)は、好ましくないライフスタイルの人々よりも遅い記憶力低 下を示していた。APOE ε4 のキャリアでない人々では、好ましい群(0.029 ポイント/年、95%信頼区間 0.019〜 0.039)および平均群(0.019、0.011〜0.027)で、好ましくない群の参加者と同様の結果が観察された。APOE ε4 の状態とライフスタイルのプロファイルは、記憶力の低下に対して有意な相互作用を示さなかった(P=0.52)。 記憶力低下に対する各生活習慣構成要素の寄与を評価した。その結果、健康的な食事が記憶に対して最も強い影響を与え(β=0.016、95%信頼区間 0.014〜0.017、P<0.001)、次に活発な認知活動(β=0.010、 0.008〜0.012、P<0.001)、規則正しい身体的運動(β=0. 007, 0.005〜0.009, P<0.001)、活発な社 会的接触(β=0.004, 0.002〜0.006, P<0.001)、喫煙をしないまたはしたことがない(β=0.004, 0.000〜 0.008, P0.026)、飲酒しない(β=0.002, 0.000〜0.004, P0.048)の順だった(サプリメント表 6)。 【ディスカッション】 強み:この大規模な研究は、異なるライフスタイルプロファイル、APOE ε4 の状態、およびそれらの相互作用が、10 年 間の追跡期間にわたって縦断的な記憶の軌跡に及ぼす影響を推定した、我々の知る限り初めての研究である。その結 果、遺伝的に記憶力が低下しやすい人を含め、認知的に正常な高齢者では、健康的なライフスタイルが記憶力の低下 速度の緩やかさと関連していることが明らかになった。 このような変化のメカニズムは本研究では明らかにされていないが、脳血管リスクの低減、認知予備能の向上、酸化スト レスや炎症の抑制、神経栄養因子の促進などが考えられる。 弱み: ①ライフスタイル要因の評価は自己報告に基づいており、したがって測定誤差が生じやすい。 ②数名の参加者は、データの欠損やフォローアップ評価のために戻ってこないという理由で除外され、選択バイアスにつな がった可能性がある。 ③不健康な人は研究に参加しにくいので、不健康なライフスタイルを持つ人の割合は、我々の研究では過小評価された かもしれない。 ④我々の研究デザインの性質上、健康的なライフスタイルの維持が、研究への登録時点で既に記憶に影響を与え始め ていたかどうかを評価することはできなかった。 ⑤我々は、記憶機能全体を包括的に反映していない単一の神経心理学的検査を用いて記憶を評価した。 【結論】 健康的なライフスタイルは、APOE ε4 対立遺伝子がある場合でも、より緩やかな記憶力の低下と関連してい る。この研究は、高齢者を記憶力低下から守るための重要な情報を提供するかもしれない。

【開催日】2023年2月8日(水)