帯状疱疹およびRSウイルス感染症に対するAS01アジュバントワクチン接種による認知症リスクの低減

ー文献名ー
Maxime Taquet, John A Todd, Paul J Harrison. Lower risk of dementia with AS01-adjuvanted vaccination against shingles and respiratory syncytial virus infections. NPJ Vaccines
. 2025 Jun 25;10(1):130

‐要約-
Introduction(はじめに)
これまでに分かっていること: 帯状疱疹の予防接種、特にAS01アジュバントを含む組換えワクチン(Shingrix)が、認知症の発症リスク低下と関連しているという証拠が蓄積しています 。著者らの先行研究でも、AS01アジュバントを含むShingrixは、アジュバントを含まない従来の生ワクチン(Zostavax)よりも、認知症リスクの低下効果が高いことが示唆されています 。

分かっていないこと: AS01アジュバント添加ワクチンがなぜ認知症を予防するのか、そのメカニズムは不明です 。主な仮説として、以下の2つが考えられています 。

①感染予防仮説:
帯状疱疹ウイルス自体が認知症リスクを高めるため、ワクチンの高い有効性(AS01による)が感染を強力に防ぎ、結果として認知症を予防する。

②アジュバント直接効果仮説:
AS01アジュバント自体が、免疫系を介して(マウスモデルで示唆されているように)認知症に対して直接的な保護作用を持つ。

本研究の目的: これらの仮説を検証するため、本研究では、帯状疱疹ワクチン(Shingrix)と同じAS01アジュバントを含むRSV(呼吸器合胞体ウイルス)ワクチン(Arexvy)に着目しました 。 もし「アジュバント直接効果仮説」が正しければ、RSVワクチンも帯状疱疹ワクチンと同様に認知症リスクを低下させるはずです。そこで著者らは、これら2つのAS01含有ワクチンと、対照としてインフルエンザワクチンを比較し、接種後18ヶ月間の認知症診断リスクを評価しました 。

Method(方法)
研究デザイン:米国の電子健康記録(EHR)データベース「TriNetX」を用いた、後ろ向きコホート研究です 。

対象コホート:2023年5月1日以降にワクチンを接種した60歳以上の人々を対象としました。以下の3つの曝露群を設定しました 。

①AS01 RSVワクチンのみ 接種群 (N=35,938)
②AS01帯状疱疹ワクチンのみ 接種群 (N=103,798)
③両方 接種群 (N=78,658)

比較対照とマッチング:比較対照として、AS01を含まないインフルエンザワクチン接種群を用いました 。 年齢、性別、人種、併存疾患(高血圧、糖尿病、呼吸器疾患など)を含む66の共変量を用いて、曝露群と対照群を1:1の傾向スコアマッチング(Propensity score 1:1 matching)で調整しました。マッチング後、すべての共変量において群間のバランスは良好でした(全SMD < 0.1)。 アウトカムと統計解析: 主要アウトカムは、ワクチン接種後3ヶ月から18ヶ月までの「初回認知症診断」(アルツハイマー病、血管性認知症などを含む)としました 。 統計解析では、比例ハザード性の仮定が満たされなかったため、Coxモデルの代わりに制限付き平均時間喪失(RMTL; restricted mean time lost)を用いて群間比較を行いました 。RMTL比が1未満の場合、アウトカム(認知症診断)を経験せずに過ごした時間がより長いこと、すなわちリスクが低いことを示します 。 Results(結果) AS01ワクチン vs インフルエンザワクチン(対照群):Fig. 2に示す通り、インフルエンザワクチン群と比較して、AS01ワクチンを接種した群はすべて、18ヶ月間の認知症診断リスクが有意に低下しました 。

・RSVワクチンのみ群(RMTL比 0.71 / インフルエンザ群比29%改善)
対照群より平均して 87日間、認知症と診断されずに過ごす時間が長かった 。

・帯状疱疹ワクチンのみ群(RMTL比 0.82 / インフルエンザ群比18%改善)
対照群より平均して 53日間、認知症と診断されずに過ごす時間が長かった 。

・両方接種群(RMTL比 0.63 / インフルエンザ群比37%改善)
対照群より平均して 113日間、認知症と診断されずに過ごす時間が長かった 。

AS01ワクチン間の比較:RSVワクチンのみ群と帯状疱疹ワクチンのみ群の間で、認知症リスクに有意な差は見られませんでした(RMTL比1.15, P=0.077)。また、両方のワクチンを接種した群は、どちらか一方のワクチンのみを接種した群(RSVのみ、または帯状疱疹のみ)と比較しても、リスクに有意な差はありませんでした 。

Discussion(考察)
結果の解釈:本研究により、AS01アジュバントを含む帯状疱疹ワクチンとRSVワクチンは、どちらも認知症リスクの低下と関連していることが示されました 。

重要な点は、両方のワクチンを接種しても、片方だけを接種した場合と比べて追加の保護効果(相加効果)が見られなかったことです。もし、それぞれのワクチンが「RSV感染予防」と「帯状疱疹感染予防」という別々のメカニズムで認知症を防いでいるのであれば、両方接種すれば効果は上乗せされるはずです。

この結果(相加効果の欠如)と、ワクチン接種後比較的短期間(数ヶ月)で効果が見られること を踏まえると、認知症予防効果は、ウイルス感染予防(仮説1)だけでは説明が困難です。 むしろ、両方のワクチンに共通するAS01アジュバント自体が、何らかの免疫学的経路を介して認知症に保護的に作用している(仮説2)可能性が強く示唆されます 。

考えられるメカニズム:著者らは、AS01の成分(MPLやQS-21)がTLR4の刺激などを介して免疫細胞を活性化し 、最終的に産生されるインターフェロンガンマ(IFN-γ)が、アミロイド斑の沈着を抑制するなど神経保護的に働いているのではないかと考察しています 。 1回のワクチン接種(RSVは1回、帯状疱疹は2回接種)でこの免疫学的メカニズムが「飽和」に達するため、両方接種しても追加の効果が見られなかったのではないか、と推測しています 。

本研究の限界(Limitations):
EHRデータ固有の問題(診断の正確性、ライフスタイル要因の欠如など)があります 。
観察研究であるため、未知の交絡因子によるバイアスの可能性は残ります 。

最大の限界点として、EHRデータ上、RSVワクチンがAS01を含む「Arexvy」とAS01を含まない「Abrysvo」を区別できていない可能性があります 。著者らの推定では、RSVワクチン群の約24%がAS01を含まないAbrysvoを接種したと見られ 、この「混入」により、AS01(Arexvy)の真の保護効果は過小評価されている可能性があります 。

残された課題(今後の展望): AS01アジュバントが認知症予防に寄与する可能性が示唆されましたが、そのメカニズムは未確定です 。今後は、この保護効果の強さと持続期間を検証し、具体的な免疫学的メカニズムを解明するための、さらなる臨床研究や基礎研究が必要です 。

【開催日】2025年11月5日