ー文献名ー
Wanchun X,Yuk KY,Yanyu P,et al.Effectiveness and safety of using statin therapy for the primary prevention of cardiovascular diseases in older patients with chronic kidney disease who are hypercholesterolemic: a target trial emulation study(https://syleir.hatenablog.com/entry/2024/04/21/134347).Lancet Healthy Longevity.2025; 6:1-12.
‐要約-
Introduction
慢性腎臓病は世界中で蔓延している疾患であり、その有病率は年齢とともに上昇することが知られている。 英国では、75歳以上の個人の32.7%が慢性腎臓病に罹患している。 米国では、65歳以上の人々に慢性腎臓病が一般的である(34%)。 香港では、2型糖尿病患者における慢性腎臓病の有病率は29.7%と報告されており、高血圧患者における慢性腎臓病の発生率は1000人年あたり約22人である。スタチンは、慢性腎臓病患者における心血管疾患のリスクを軽減するために広く使用されている。しかし、75歳以上の慢性腎臓病患者における一次予防のためのスタチン療法の使用に関してはコンセンサスが得られていない。2018年の米国心臓病学会および米国心臓協会のガイドラインは、40~75歳で10年間の心血管疾患リスクが7.5%以上の慢性腎臓病患者へのスタチン使用を推奨しているが、75歳以上の成人については言及していない。2023年の英国国立医療技術評価機構のガイドラインは、慢性腎臓病患者の心血管疾患の一次予防としてアトルバスタチン20mg/日を年齢制限なく推奨している。 Kidney Disease: Improving Global Outcomesの臨床実践ガイドラインも、50歳以上の慢性腎臓病患者にスタチン治療を推奨しているが、高齢患者(75~84歳)および超高齢患者(85歳以上)に関する具体的な推奨はない。本研究は、慢性腎臓病を有する高齢者(75~84歳)および超高齢者(85歳以上)における心血管疾患の一次予防のためのスタチン療法の有効性と安全性を評価することを目的とした。
Method
香港の公的な電子健康記録を利用して、2008年1月から2015年12月まで、条件を満たすCKD患者を毎月抽出することにした。香港の国勢調査報告によると、人口の約90%が中国系であり、非中国系人口には主にフィリピン人、インドネシア人、南アジア人が含まれる 。組み入れ対象は、CKDと診断された60歳以上で、脂質異常症(LDLコレステロール2.6mmol/L(100mg/dL)以上(mg/dL=mmol/L✕38.67))もある患者とした。スタチンによる予防投与を開始した人と、スタチンを使用しなかった人に分類して登録し、これを96カ月分のデータに適用した。ベースラインで既にスタチンや脂質異常症治療薬の使用歴がある患者は除外した。スタチン療法は、シンバスタチン、アトルバスタチン、フルバスタチン、ロスバスタチン、ロバスタチン、ピタバスタチン、またはプラバスタチンによる治療と定義した 。患者の年齢に基づいて60~74歳、75~84歳、85歳以上に層別化し、患者死亡または終了予定日(2018年12月)まで追跡した。3つの年齢群のエミュレートされたターゲット試験において、心血管疾患および全死因死亡の予防に関するintention-to-treat効果とper-protocol効果を推定した 。主要評価項目は、あらゆる心血管疾患の発症率とした。副次評価項目は心筋梗塞、心不全、脳卒中、総死亡率、主要な有害事象とした。
Results
96カ月分のデータから抽出した4万5460人の患者を分析対象とした。内訳は、60~74歳が1万9423人、75~84歳が2万2565人、85歳以上が8811人だった。追跡期間の中央値は5.3年(四分位範囲3.8-7.1)になった。(図2)
Intention-to-treat解析において、スタチン非使用者と比較したスタチン使用者のあらゆる心血管疾患のハザード比は、60~74歳が0.92(95%信頼区間0.86-0.97)、75~84歳は0.94(0.89-0.99)、85歳以上が0.88(0.79-0.99)だった。総死亡のハザード比は、60~74歳が0.89(0.83-0.94)、75~84歳は0.87(0.82-0.91)、85歳以上が0.89(0.81-0.98)だった(いずれもintention-to-treat解析)。スタチン非使用者と比較した使用者の、あらゆる心血管疾患の推定5年絶対リスク差は、60~74歳が-1.3%(-2.1から-0.4、検出力は0.827)、75~84歳は-1.5%(-2.7から-0.4、0.802)、85歳以上では-4.0%(-7.0から-1.0、0.846)だった。5年間に心血管疾患の発症を1件回避するための治療必要数(NNT)は、60~74歳が77(46-224)、75~84歳は67(38-295)、85歳以上では25(14-101)だった。ミオパチーと肝機能障害のリスク増加は、どの年齢層でも観察されなかった。(Per-protocol解析は割愛)
Discussion
我々の研究は、スタチン療法が高コレステロール血症を伴う高齢者(75歳以上)の慢性腎臓病患者において、心血管疾患および全死因死亡の一次予防に有効であることを示唆している 。さらに、我々の知見は、この集団におけるスタチン療法に関連する主要な有害事象の有意なリスク増加がないことも示している 。
我々の参照年齢群(60~74歳)での結果は、JUPITER試験の結果と類似しており、推定糸球体濾過率が60 ml/min/1.73 m²未満の高齢患者(年齢中央値70歳)において、心血管疾患(0.55 [95% CI 0.38-0.82])および全死因死亡(0.56 [0.37-0.85])のリスク減少が示された 。この知見の類似性は、我々の解析の妥当性と結果の信頼性を示している 。
我々の知る限り、本研究は、高齢の慢性腎臓病患者の2つの異なる年齢群(75~84歳と85歳以上)における一次予防のためのスタチン療法の有効性を調査した最初の研究である 。ターゲット試験エミュレーションを用いた米国の先行コホート研究では、75歳以上の慢性腎臓病患者のサブグループ解析で、スタチン使用と主要心血管疾患発生との間に潜在的な関連性が示されたが(HR 0.93、0.86-1.01)、全死因死亡では有意なリスク減少が認められた(0.89、0.82-0.97) 。我々の研究は、より大きなサンプルサイズを用いることで、統計的検出力を高めて一次予防のためのスタチン使用の有効性を検証することができた 。さらに、我々の研究は、超高齢者(85歳以上)の慢性腎臓病患者におけるスタチン療法の有効性に関するエビデンスも提供した 。注目すべきことに、我々の研究におけるper-protocol解析での75~84歳および85歳以上の高齢者で心血管疾患イベントを1件防ぐための5年間のNNTは、ベンチマーク年齢群や、慢性腎臓病患者(ステージ1~3に限定)の高齢者(平均または中央値年齢50~70歳)において心血管イベントを1件防ぐためのNNTが32(95% CI 23-50)であったメタアナリシスで示されたNNTよりも低かった 。これらの知見は、高齢の慢性腎臓病患者におけるスタチン使用の有益な効果を示している 。我々の研究はまた、主要な有害事象に関して、高齢者および超高齢者に対するスタチン療法の安全性を確認した 。人口ベースの実臨床データを用いることで、スタチンを開始した慢性腎臓病患者においてミオパチーおよび肝機能障害のリスク増加がないことを検証し、高齢者および超高齢者におけるスタチン療法の安全性に関する既存のエビデンスを拡張した 。
我々の研究にはいくつかの限界がある。第一に、我々の結果は、食事や身体活動などのライフスタイル要因を含む測定されていない交絡因子の影響を受ける可能性がある 。第二に、我々の研究におけるアウトカムイベントの特定は、電子医療記録のICPC-2およびICD-9-CMの診断コードに基づいており、誤分類バイアスを引き起こす可能性がある 。第三に、スタチンの用量に関するデータは解析に利用できなかった 。第四に、ベースライン共変量の欠損値に対処するために完全ケース解析を採用し、パーソントライアルの約34.5%が解析から除外されたため、ベースラインでの選択バイアスが生じる可能性がある 。第五に、我々の研究結果はすべての集団に一般化できるわけではないかもしれない 。
【開催日】2025年10月8日