マスク着用と患者の相談行動心理

―文献名―
田村恵理、岸本桂子、福島紀子.薬剤師のマスク着用が患者の相談行動心理に及ぼす影響.薬学雑誌.2013;133(6):737-745

―背景-
 院内でビデオレビューを行った際に、マスクを着用して診察していたのを見た指導医から「マスクを着用すると表情が見えなくなるので、着用しない方が良いのでは」というコメントを受けた。マスクに感染症予防の十分なエビデンスがないことは知られていたが、マスクを着用することについて、患者の目線からは「表情が見えづらく、コミュニケーションが取りづらい」という意見と、「しっかり感染対策をとっている、安心できる医院」という意見の両方があるのではないかと考えた(実際、インターネットの相談サイトでは上記の議論がされていた)。
 今回、医師ではなく薬剤師で調べられた研究ではあるが、「患者の相談行動心理」という家庭医にとっても重要と思われる問題を取り上げた文献が見つかったので、読んでみた。

―要約―
【諸言】
 患者の保有する病原体が空気中に飛び散った場合に、医療従事者のマスク着用が感染予防となるかの科学的根拠は明らかになっていない。また、患者の医療従事者に対する印象については、看護師の領域では複数報告されているが、研究結果には一貫した傾向がみられていない。医師の領域では、小児患者とその両親にとって、マスクと透明なフェイスシールドのどちらが懸念要素となるか調査しており、表情が見えるフェイスシールドの方がよい選択である可能性を示した。
 薬剤師は看護師や医師などの医療従事者と同様に、マスクを着用する医療職である。しかし、マスクをすると顔の一部分が隠れ、薬剤師の表情が見えづらくなることが、患者が薬剤師に相談し難いと感じる要因になる可能性が考えられる。本研究では、薬剤師と信頼関係を構築していない患者にとって、薬局薬剤師のマスク着用が服薬指導時に患者の相談行動を妨げる要因となるか検証を行う。

【方法】
 協力の得られたドラッグストアで2012年8月2,3,9,10,13,14日に調査を実施。研究への参加同意が得られた来店者を被験者とした。服薬指導映像を映像a(マスク非着用)と映像b(マスク着用)の2種類用意し、被験者には映像aを視聴後その映像について質問紙に回答、次に映像bを視聴後その映像について質問紙に回答とした。質問紙の測定内容は、主要アウトカムとして(1)薬剤師に対する相談意思、副次的アウトカムとして(2)薬剤師に対する印象、その他に(3)被験者属性とした。(1)として6個の下位尺度で構成される「相談行動の利益・コスト尺度改訂版(全26項目)」を使用した。6個の下位尺度は「1.ポジティブな結果(8項目)」、「2.否定的応答(6項目)」、「3.秘密漏洩(3項目)」、「4.自己評価の低下(3項目)」、「5.問題の維持(3項目)」、「6.自助努力による充実感(3項目)」である。(質問紙の内容は文献のFig.1参照)

【結果】
 映像aと映像bで、下位尺度ごとに対応のあるt検定を行った結果、「5.問題の維持」のみ有意差がみられた(p=0.025)。また、「5.問題の維持」について多重ロジスティック回帰分析を行ったところ、被験者属性の「年齢」「マスク使用頻度」が有意に関連していた。

【考察】
 「5.問題の維持」は、相談を行わずに自分一人で悩んでいる場合に問題が維持されるかどうか、被験者の思考を測る下位尺度である。研究結果からは、自分一人で悩みを抱え込む傾向にある患者にとっては、薬剤師のマスク着用が服薬指導時の相談行動を妨げる要因となる可能性があると言える。
 また、多重ロジスティック回帰分析の結果から、マスクを着用する習慣がない患者ほど、薬剤師のマスク着用によって相談行動が妨げられる傾向にあること、また年齢は負の因子として相関していたため、若年者に比べ高齢者層では薬剤師のマスク着用が相談意思に及ぼす影響が小さい可能性がある。

―考察―
 研究については、被験者が服薬指導している2種類の映像を順次見るという形式なので、実際に対面するのと印象が異なる可能性、また先に見た映像aへの質問紙回答を基準に次の映像bへの質問紙回答をするという順序効果が生じる可能性については、文献の考察でも触れられていた。そして、研究自体が薬剤師について調査されたものなので、家庭医ではまた違った結果になる可能性もあるが、参考になる点も多いと感じた。
 研究結果で有意差の見られた項目は少なかったが、「5.問題の維持」に関する質問内容は「相談すると、相手が真剣に相談に乗ってくれる」「相談すると、相手が励ましてくれる」「悩みを相談することは、自分の弱さを認めることになる」となっており、家庭医としては無視できない部分かと思われた。
 一方で、マスクを着用することにより「きちんと感染対策をしている医療機関だな」と思ってもらえる、といったマスクによるポジティブな反応についてはこの研究では検討されておらず、特にインフルエンザ等の流行時期にはマスクを着用した方が患者にとっては好印象なのでは?という疑問は拭えなかった。

【開催日】
2015年5月20日(水)