情動の敏捷性

―文献名―
スーザン・デイビッド,リスティーナ・コングルトン.不安や疑念と向き合うスキル ガティブな感情をコントロールする法.ハーバード・ビジネス・レビュー10月号 p118-125

―要約―
 物事を肯定的に考え、明るく振る舞ったほうがよいと思っていても、胸の内では批判や疑念、不安など否定的な考えや感情が生まれてくるものだ。それ自体は健全な心の働きだが、問題は否定的感情に囚われ、がんじがらめになることだ。この点において、優れたリーダーは自分の思考や感情をうまく制御する「情動の敏捷性」(emotional agility)を身につけている。このスキルを養うための認知行動療法に基づく4つの方法−自分の思考パターンを認識する、湧き起こる考えや感情に名前をつける、それらを受け入れる、価値観に基づいて行動する−について論じる。
 社会通念上、やっかいな考えや感情は職場では排除すべきものとされている。経営幹部、とりわけリーダーは感情を表に出さず平然としているか、明るく振る舞うかしなければならない。自信をみなぎらせ、胸の内に湧き起こるいかなる否定的思考や感情も振り払うべきなのである。
 しかし、これは人間の本質に反することだ。健全な人間なら、だれでも胸の内でさまざまな考えや感情が生まれるし、批判や疑念、不安も生じる。これは単に、我々の心が本来の機能を果たそうとしているだけである。つまり、先を見通し、問題を解決し、落とし穴となりそうなものを避けようとしているのだ。
 優れたリーダーたちは自分の内側で起きていることを鵜呑みにしたり押し殺そうとしたりすることはない。むしろそれらに気を配り、自分の価値観に基づいた生産的な方法で向き合う。すなわち、我々が呼ぶところの「情動の敏捷性」を養っているのだ。

(1) 自分のパターンに気づく
 情動の敏捷性を養う第一段階は、内なる考えや感情に囚われたら、それに気づくことである。これは難しいが、すぐにわかる手がかりがある。一つは思考が硬直的になり、堂々めぐりすることだ。また、自分の思考が繰り返し語る内容に覚えがあり、まるで過去の経験が甦ったかのように感じられる。何かを変えようとする前に、自分が袋小路に迷い込んでいることに気づかなければならない。

(2) 自分の考えや感情に名前をつける
 自分の考えや感情に囚われると、それにばかり気を取られて、頭がいっぱいになる。その考えや感情を吟味する余裕がなくなってしまうのだ。自分の置かれている状況をより客観的に検討するための一つの戦略として、名前をつけるというシンプルな作業が役立つかもしれない。スペードを「スペード」と呼ぶように、湧き上がってきた考えを「考え」、感情を「感情」と名づけるのである。
 たとえば、「同僚が間違っている。彼は頭にくる」という思いが込み上げてきたら、「私は同僚が間違っているという考えを持ち、怒りを感じている」とする。名前をつけることで、自分の考えや感情が、ありのままに捉えられるようになる。つまり、今後役に立つかどうかはわからない一時的なデータ・ソースとなる。

(3) 自分の考えや感情を受け入れる
 制御の反対は受容である。あらゆる考えに逐一反応したり、否定的な思いに甘んじたりせずに、自分の考えや気持ちに心を開いて向き合い、注意を向け、それを味わうようにする。ゆったりと深呼吸を10回繰り返し、その瞬間に起きていることに注目するとよい。
 こうすることで気持ちは楽になるが、必ずしも満足感が得られるとは限らない。それどころか、いかに自分が取り乱しているかを身に染みて感じることもあるだろう。大事なのは、自分自身(そして他者)に思いやりの気持ちを示し、現状が実際にどうなっているかを吟味することである。自分の内と外で、何が起きているのだろうか。

(4) 価値観に基づいて行動する
 やっかいな考えや感情から解放されると、選択肢が広がる。自分の価値観に即して行動することを決められるようになるのだ。
 我々はリーダーたちに、実効可能性(workability)という概念に注目することを勧めている。あなたの対応は、あなた自身やあなたの組織に長期的にも短期的にもメリットをもたらすか。それは、全体的な目的を前進させる方向に人々を導くうえで助けになるか。あなたは、何よりもなりたかったリーダーや、何よりも送りたいと思っていた人生に向かって前進しているだろうか。
 頭のなかで思考はたえず流れ、気持ちは天気のように移り変わる。だが、価値観はいついかなる状況でも指針とすることができる。

やっかいな考えや感情を遮断することは不可能である。優れたリーダーたちは内側で起きていることに気づいているが、それに囚われてはいない。彼らは内なる資源を解き放つ術を心得ており、自身の価値観に即した行動に全力を傾けている。

【開催日】
2014年10月22日(水)