PPIが高齢者の認知症リスクを上昇させる可能性

-文献名-
Willy Gomm et al. Association of Proton Pump Inhibitors With Risk of dementia: A Pharmacoepidemiological Claims Data Analysis. JAMA Neurol. 2016;DOI: 10.1001/jamaneurol.2015.4791.

-要約-
【背景・目的】
 ドイツではPPIの使用量がここ10年で4倍となった。そのうち40-60%が不適切な使用とみなされている。一方で、PPIが認知機能の低下に関連していることを示唆する研究が報告されている。
 先行研究(AgeCoDe研究 約3000人対象)では高齢者においてPPI使用による認知症発症のハザード比はHR1.38[95%CI 1.04-1.83]であった。そこで先行研究の結果を確認するために大規模な前向きコホート研究を実施した。
【方法】
 対象はドイツ最大の健康保険であるAOKの 2004-2011年の診療記録を用い、入院患者と外来患者の診断名とPPI内服歴を調査した。(AOKは全ドイツ人の1/3、高齢者の1/2をカバー)
 PPI内服の定義:各四半期でPPIの処方歴をもって「PPI内服」と定義。最初の18か月の内、すべての四半期で「PPI内服」である患者を「PPI定期内服群」とした。すべての四半期でPPI処方歴がなかった患者を「PPI非内服群」とした。
 先行研究にならい認知症の評価は18か月毎。その時点で認知症と診断されなかった人は引き続き次の18か月も観察対象とした。追跡は2011年末まで行った。
 主要アウトカム:認知症の新規診断として、先行研究から推測される交絡因子(table1参照)はCox回帰モデルにて調整してPPIの使用と認知症の関係を解析した。
島田先生図

【結果】
 対象集団(Figure1)
  ・「PPI定期内服群」は2950人「PPI非内服群」は70729人 (Table1)
  ・PPIのハザード比 1.44(95%CI 1.36-1.52)
島田先生図2
 サブ解析
  オメプラゾール(オメプラール®)   1.51(1.40-4.64)
  パントプラゾール(国内未承認)    1.58(1.40-1.79)
  エソメプラゾール(ネキシウム®)  2.12(1.82-2.47)
【研究の限界】
 ・他の既知の認知症の危険因子(ApoE4や教育レベル)という因子を調整できていない。
 ・認知症の病型を区別していない
【結論】
 PPIの服用回避で認知症発症を抑制するかもしれない。PPIにより脳内アミロイドβが増加したというマウス実験や薬物疫学の一次データの裏付けになるだろう。さらなる検討のためランダム化前向き臨床試験が待たれる。
【参考】「高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015(案)」
 ・STOPP::H2RA(高齢者において認知機能低下、せん妄のリスクあるため可能な限り使用を控える)
 ・START:PPI (GERD/NERDに対して。但し1年以上わたる常用量を越える投与は避ける)

【開催日】
2016年3月16日(水)

正常体重で中心性肥満は死亡率とどう関係する?

-文献-
Karine R.et al.Normal-Weight Central Obesity: Implications for Total and Cardiovascular Mortality.Ann Intern Med. 2015;163(11):827-835.

-要約-
【背景】
 中心性肥満とBMI正常である成人の生存率との関係性はよくわかっていない。
【目的】
 中心性肥満かつ正常BMIである者と総死亡と心血管死亡リスクを調べること。
【デザイン】
 層化多段確率抽出法
【セッティング】
 第3次全米健康栄養調査 NHANES III (Third National Health and Nutrition Examination Survey)
【対象】
 18~90歳の15,184人(女性52.3%)
【方法】
 多変量コックス比例ハザードモデルを用い肥満のパターン(BMIとwaist-to-hip ratio (WHR))と総/心血管死亡リスクを交絡因子を調整したうえで求めた。
【結果】
 正常体重かつ中心性肥満者が最も長期生存率が悪かった。例えば、BMI正常(22kg/m2)かつ中心性肥満はBMI正常かつ中心性肥満がない者よりもハザード比1.87[95%CI 1.35-1.62]と最も死亡リスクが高く、肥満気味かつ中心性肥満のない者と比べるとハザード比2.24 [CI, 1.52 to 3.32]もしくは肥満かつ中心性肥満がない者ハザード比2.42 [CI, 1.30 to 4.53]であった。女性では正常体重かつ中心性肥満は正常体重かつ中心性肥満のない者に比べて高い死亡率であった。BMI正常かつ中止性肥満がある者とではハザード比1.48 [CI, 1.35 to 1.62]であり、BMI肥満があり中心性肥満がない者とではハザード比1.32 [CI, 1.15 to 1.51]であった。予測推定生存は年齢とBMIで調整した場合、常に中心性肥満がある者が短い結果となった。  
【研究限界】
 脂肪分布を身体計測でのみしか評価しなかった点。併存疾患を自記式にて情報収集した点。
【結語】
 正常BMIだが中心性肥満の者はBMIにて肥満がある者よりも死亡率が高いことが分かった。またそれは中心性肥満がない者との間で顕著に死亡率の差があった。
【primary funding source】
National Institutes of Health, American Heart Association, European Regional Development Fund, and Czech Ministry of Health

-考察とディスカッション-
 今回は米国大規模コホート研究において正常体重でありながら中心性肥満を有した成人が最も長期生存予後が悪い結果となった。今までのAHA/ACC/Obesity SocietyのガイドラインでもBMIが高値の場合にのみ腹囲を測定するよう推奨されているにすぎず、WHRの計算は推奨されておらず、BMIが正常であれば脂肪分布は全く考える必要がないとされていた。
今回の結果を受けて、研究限界や人種の差、測定の煩雑さなどの適応の限界はあるとはいえ、中心性肥満への関心が自分としては高まった。
 さて、皆さんは今まで中心性肥満をどのように捉え活用されていましたか?また、本結果をどのように臨床現場に活用できそうでしょうか?

【開催日】
 2016年3月16日(水)

「心房細動+安定した冠動脈疾患=抗凝固薬+抗血小板薬」が適切とは限らない

―文献名―
Morten lamberts, et al. Antiplatelet Therapy for Stable Coronary Artery Disease in Atrial Fibrillation Patients Taking an Oral Anticoagulant; A Nationwide Cohort Study. Circulation. 2014;129:1577-1585.

―この文献を選んだ背景―
 プライマリケアのセッティングにおいて、冠動脈ステント後で抗血小板薬内服中の患者を紹介され長期間フォローするケースは比較的多い。さらに、AFを合併した場合には抗凝固薬の適応となり、以前から併用されている場合もあれば、我々が新規導入する場合も少なくない。しかし、高齢・胃潰瘍既往・NSAIDS内服・腎機能障害など他の出血リスクを合併している患者も多く、漫然と抗凝固薬と抗血小板薬を併用することの有用性について疑問を感じていたところ、ある医学雑誌の記事に本問題に関する特集があり元文献を読んでみた。

―要約―
【背景】
 安定した冠動脈疾患(stable CAD:MI発症またはPCI後12ヶ月以上経過)を合併したAF患者に対する適切な抗血栓治療については明らかにされておらず、一般的に抗凝固薬に抗血小板薬1剤が追加される。本研究ではstable CADを合併したAF患者に対して、ビタミンK拮抗薬(VKA:ワルファリン等)に抗血小板薬を追加することの有効性と安全性を調査した。

【方法】
 デンマークの国内データベースを用いた観察研究。2002-2011年の間にstable CADを合併したAF患者8,700人(平均74.2歳/女性38%)を追跡し、心血管イベントと重篤な出血イベントのリスクについて修正Cox回帰モデルを用いて解析した。

【結果】
 平均3.3年間の追跡で、MI/心血管死・血栓塞栓症・入院を要する重篤な出血の発生率はそれぞれ7.2・3.8・4.0(/100人年)だった。VKA単剤と比較し、VKA+アスピリン(HR 1.12[95%CI 0.94-1.34])またはVKA+クロピドグレル(HR 1.53[95%CI 0.93-2.52])のMI/心血管死リスクは同等であった。血栓塞栓症リスクもVKAを含むすべてのレジメンで同等であった。一方で、出血リスクはVKA単剤と比較し、VKA+アスピリン(HR 1.50[95%CI 1.23-1.82])またはVKA+クロピドグレル(HR 1.84[95%CI 1.11-3.06])で増加した。

【結論】
 stable CADを合併したAF患者に対して、VKAに抗血小板薬を追加することは、心血管イベントや血栓塞栓症の再発リスク減少とは関連せず、一方で出血リスクを有意に増加した。

【研究の限界】
 介入研究ではない。ステントの種類に関してはデータの登録がなく不明である。

【参考】
 本研究の結果を受けて、2014年のヨーロッパ心臓病学会ガイドライン(European Heart Journal. 2014;35:3155-3179)では、AF患者がCADを合併(ACS発症またはPCI施行)した場合、CHA2DS2-VASc score(血栓塞栓症リスク)やHAS-BLED score(出血リスク)の値に関わらず、1年間以降は抗凝固薬単剤を推奨している。

―考察とディスカッション―
 欧米での研究ではあるが、日本人は欧米人に比べ一般的に出血リスクが高いことを考えると、同様に1年後以降はVKA単剤でも良いのではと思った。もちろん抗血小板薬中止の際には、患者の個別性を踏まえた丁寧な医学的評価とコミュニケーションが必要である。なお、NOACは本研究で扱われていないため注意を要する。

<ディスカッション>
 ① これまで本問題に対してどのような対応を行ってきましたか?
 ② 本研究の結果を受けて、今後のプラクティスはどのように変わり得るでしょうか?

【開催日】
 2016年2月17日(水)

プロフェッショナルマネージャーの仕事はたった1つ

―文献名―
高木晴夫.プロフェッショナルマネージャーの仕事はたった1つ.2013.かんき出版.223p

―要約―
【マネジメントは経営資源を配分する仕事】
 マネジメントという仕事は、ヒト、モノ、カネ、情報という4つの経営資源を、部下を中心とした人々に「配る」ことの繰り返しである。若手(現場)マネージャーが配るもののうち最も大切なものは「情報」である。

【部下が目標達成するために必要とする5つの情報】
 マネージャーが部下に配る情報とは、部下が目標を達成するために必要となる情報である。これには次の5つがある。
  1. 状況情報:会社や部署の市場におけるポジションや現在の業績、合併や提携の話など
  2. 方向性情報:会社や部署がどちらに向いていくか
  3. 評価に関する情報:上司であるあなたからの評価、顧客からの評価
  4. 個別業務情報:業務の手続きや規則をどうするか
  5. 気持ち情報:上司であるあなたの気持ちを適切に伝える

【「配る」が部下の動機付けをあげる】
 マネージャーには4つの仕事がある。⑴部門目標の達成、⑵部下への仕事の割り振り、⑶部下の教育・育成、⑷部下の動機付け、である。このうち、最も大切な仕事は「⑷部下の動機付け」である。マネージャーの仕事は「すでにいる部下」に「仕事を与える」ことからはじまるため、仕事を与える前から、その部下が動機付けを高く持っていてくれることが必須になる

 情報を配ることは部下の「動機付け」に極めて重要である。動機付けのメカニズムはシンプルで、Aさんが自分の仕事に対してなんらかの「働きかけ」を行うと、仕事から「手応え」が戻ってくること。この条件さえ保たれていれば、動機付けは高く維持される。この「働きかけ」と「手応え」というサイクルをまわすときに、次のような疑問を持ち、それを理解し、結論を得ようとする。

 ① どんな状況で、それがどんな意味をもつのか
 ② なぜその仕事を担当するのか
 ③ その仕事はどう評価されるのか
 ④ 上司であるあなたは何を考えているのか

 上司の見える範囲の高さは部下よりも上の階層からの視点になり、部下よりも格段に物事がよく見えている。だから、上司は自分が見えているものを部下に配ることで、部下により正確で正しい「認識」(①ー④のこと)を持ってもらえる。補助業務の人は、自分の仕事が目標達成の役に立ってはいるものの、その手応えというのが本人のところには戻らないため、ますます情報を配る重要性が高くなる。

―考察とディスカッション―
 ここまでで、現場マネージャーが配分する経営資源は主に情報であること、情報を配ることは部下が目標を達成したり、動機づけるために特に重要であることを確認した。

<ディスカッション>
 1. 部下を動機付けるために、部下にはどんな情報が足りていなくて、どんな情報を配ればよいか、意識していますか?
 2. あなたが部下に①−④に関する情報を配っている場合は、それによって部下は動機づけられていると感じますか?もしそう感じない場合は、
   それはなぜだと思いますか?
 3. プレイイングマネージャーはマネージャーとして機能するための時間が限られているため、情報を配ることがおろそかになりかねませんが、
   ここがおろそかになるとチームが機能不全に陥る可能性が高まります。情報を配ることがおろそかにならないように、皆さんが取り入れている
   工夫にはどんなものがありますか?

【開催日】
 2016年2月17日(水)

【EBMの学び】アレンドロンからデノスマブへ

STEP1 臨床患者に即したPI(E)CO
【評価を行った日付】
 2016年2月6日
【臨床状況のサマリー】
 89歳女性。歩行は問題なし。閉経後で、骨粗鬆症に対してビスホスホネート製剤(BP薬)を内服中。しかし認知症が進行しており、内服忘れなどが目立つようになってきた。近所に住む息子さんが早朝と朝食後に薬を運ぶようにしていたが、負担に感じていた。そんな折に、半年に1回の注射製剤(デノスマブ:プラリア®)があると聞いたため調べることとした。カルテでは2014年1月から当院フォロー。当院フォロー後からBP薬内服の記載あり。T-score -6.22。

 P;閉経後のBP薬を使用している女性
 I(E);BP薬からデノスマブへ変更した場合
 C;BP薬のままのときと比べて
 O;骨粗鬆症に関連する骨折の頻度が増えない

STEP2 検索して見つけた文献の名前
【見つけた論文】
Effects of Denosumab on Bone Mineral Density and Bone Turnover in Postmenopausal Women Transitioning From Alendronate Therapy
  1.up to dateで「骨粗鬆症」を検索
  2.「Overview of the management of osteoporosis in postmenopausal women」の「Overview of available therapies」の項目に
    「Denosumab」あり。効果に関しては”Denosumab for osteoporosis”を参照する様に書かれていたのでリンクを参照。
  3.「Efficacy」の「Effect on BMD」に「After Alendronate」の項目あり。参照論文が一つあったのでそれを選択した。

STEP3;論文の評価
STEP3-1.論文のPECOは患者のPECOと合致するか?

 P;アレンドロン酸70mg/wで6か月以上治療している55歳以上の閉経後女性
 I(E);デノスマブ60㎎皮下注+プラセボ内服
 C;プラセボ皮下注+アレンドロン酸継続
 O;12か月後のtotal hip BMDの変化率
 →患者のPECOと (合致する ・ 多少異なるがOK ・ 大きく異なるため不適切)
  P:アレンドロン酸の量が異なる。日本では35mg/wが一般的。年齢について55歳以上は合致するが、Tableを参照すると、89歳という高齢女性は
    組み込まれていない。また全員がカルシウム1000mg/日、最低でもビタミンD400IU/日を内服しているが、これも合致しない。
  I,C:特に異なる点はなし。
  O: 立てていたアウトカムは骨折の頻度であったが、論文ではBMDの変化率であった。これは合致しない。

STEP3-2 論文の研究デザインの評価;内的妥当性の評価
①研究方法がRCTになっているか?隠蔽化と盲検化はされているか?
  →ランダム割り付けが ( されている ・  されていない )
  →隠蔽化が      ( されている ・  されていない )
  →盲検化が      ( されている ・  されていない )
 実際のTableで介入群と対照群は同じような集団になっているか?
  →( なっている ・ なっていない)
   どう異なるか?:介入群の方が、女性の割合が高い
② 解析方法はITT(intention to treat)か?
 →ITTが (されている  ・  されていない)

STEP3-3 論文で見いだされた結果の評価
Outcomeについて、以下の値を確認する
【① 治療効果の有無; P値を確認する】
 T-score変化率はデノスマブで1.90%(95%CI 1.61-2.18%)
 アレンドロン酸で1.05%(95%CI 0.76-1.34%)
 変化率は0.85%(95%CI:0.44-1.25%)

【②治療効果の大きさ;比の指標と差の指標を確認する】
 上記は変化率の計算だったので、絶対値に換算(T-score -4.0とした場合)
  デノスマブ:0.076(0.064-0.087)
  アレンドロン酸:0.042(0.03-0.053)
  変化量は0.034(0.02-0.05)

【③治療効果のゆらぎ;信頼区間を確認する】
 95%CI 0.44-1.25% であり、-0.35%をまたがない。

STEP4 患者への適用
【①論文の患者と、目の前の患者が、結果が適用できないほど異なっていないか?】
 適用すべき患者の年齢と骨密度検査値が論文のPatientとは違う。また、当院では橈骨遠位端でのBMD検査である。カルシウムやビタミンのサプリ内服もしていない。BP薬の内服量も違うということもあり異なる点は多いが、適応不能ではないと判断。
【②治療そのものは忠実に実行可能か?】
 アレンドロン酸よりは実行可能と思われる。保険適応の問題もない。
【③重要なアウトカムはコストや害を含めて全て評価されたか?】
 アレンドロン酸35㎎は安くて314.7円。デノスマブ60㎎は28482円。
 1年が52週とすると、アレンドロン35㎎(16364円)、70㎎(32728円)。
 デノスマブ60㎎は56964円。金額的にはかなり差がある。更にデノスマブは長期予後・副作用が明らかでない。
 副作用は両群間に差はなかった。低カルシウム血症はデノスマブ群で1例見られたが、一時的なものであった。骨折については副作用として何例か報告されているが有意差はなし。
 FRAXを計算し、元々のT-score -6.22で、最大0.087上昇したとすると、Hip fracture 44%→46%になる。
【④患者の考え・嗜好はどうなのか?】
 認知症のため、正確に評価は難しい。今後は施設入所も考えており、皮下注射があることで入所制限がかかる可能性も考慮する必要がある。通院が可能であれば早朝に起きて飲むよりは楽と思われる。患者は認知症のため、朝から薬を持って行っているのは近くに住む息子さんである。早朝と、朝食後の2回に分けて薬を持っていくのは負担になっており、導入は負担の軽減につながると考える。

付記
★FRAX(10年間の骨折発生リスクについて)WHO
転倒による顔面骨折既往歴あり
★アドヒアランスに関する論文
Influence of patient perceptions and preferences for osteoporosis medication on adherence behavior in the Denosumab Adherence Preference Satisfaction study
★8年間の追跡研究
The effect of 8 or 5 years of denosumab treatment in postmenopausal women with osteoporosis: results from the FREEDOM Extension study.
★非劣性試験と同等性試験について
https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02971_04

【開催日】
2016年2月10日(水)

小児の滲出性中耳炎へ私たちがなにを行えるか?

―文献―
Effect of nasal balloon autoinflation in children with otitis media with effusion in primary care: an open randomized controlled trial. CMAJ. 2015 Jul 27

―要約―
【背景】
 滲出性中耳炎は4-5歳で46%の有病率を有するありふれた疾患であるが、抗生物質や抗ヒスタミン薬を始めとする非手術療法では根拠に基づく治療法はないと言われている。そんななか鼻でバルーンを膨らませる自己耳管通気はプライマリケアで幅広く使われる可能性を秘めているが、その有効性を示す根拠はいくつかの病院セッティングの小さな試験に限られてきた。そこで私たちは、プライマリケアの場面でみつかった小児の滲出性中耳炎に対する自己耳管通気の臨床的有効性についての実用的試験での知見を報告する。

【方法】
 2012年1月~2013年2月までの英国の17のプライマリケアトラストのなか43の総合診療部門で患者を募った。学校に通う4-11歳の子供を適応基準としたうえで、過去3か月の難聴や耳に関連した問題の病歴を聴取し、滲出性中耳炎の確定に耳鏡とティンパノメトリーが実施され、片側ないし両側typeBを滲出性中耳炎と定義した(Table 1)。直近の中耳炎や手術の既往や予定、ラテックスアレルギーや直近の鼻出血を認める場合除外した。
上野先生図3
 介入の性質上、プラセボを用いることは不可能であり自己耳管通気を1日3回に通常ケアを加えた群と通常ケア群に割り付け、1ヵ月後・3ヵ月後にティンパノグラムと耳関連のQOL尺度であるOMQ-14を用いて評価を行った。

【結果】
 1235人の子供が適格基準に当てはまり、320人が無作為割り付けされた。脱落は1ヵ月後で8.4%、3ヵ月後で12.2%と良好に追跡されていた。通常ケア群と比べて、自己耳管通気を受けた子供では鼓膜聴力検査上の改善が多くみられ、1ヵ月後には補正相対リスク比で1.36(95%CI:0.99-1.88)、3ヵ月後で1.37(95%CI:1.03-1.83)となり、NNT=9だった。一つ一つの耳ごとに改善を見た場合は1ヵ月後でも有意な結果となった。3ヵ月後のOMQ-14の研究開始時からの変化の平均も自己耳管通気群でより向上が見られた。通常ケアとの補正変化量は-0.42ポイント(95%CI:-0.63 – -0.22)となった。
 開始1か月で89%の親が「ほとんど使用できた」、もしくは「毎回使用できた」と回答した。副作用には鼻出血の頻度がわずかな違いしかみられなかったが、上気道感染は治療群でより多くみられた(15% v 10%)ただ多くは軽度の熱のでない鼻風邪程度だった。
上野先生図4上野先生図5

【結論】
 この研究で若い学童期の子供の滲出性中耳炎への自己耳管通気はプライマリケアで実用的で、中耳の浸出液を排除し、耳に関連した症状と子供と親のQOLを改善させる有効性が示された。NNT9という数値は滲出性中耳炎治療の現状に利益をもたらす非侵襲的治療の選択肢と考えられ、OMQ-14の中等度の改善は重要で勇気づけられる結果となった。ひろく自己耳管通気が行われることで、現状の決め手に欠ける滲出性中耳炎に立ち向かえる日が来るかもしれない。

―考察とディスカッション―
 室蘭のセッティングでは急性中耳炎の治療に関わる機会は多いものの、症状に乏しく遷延した状態の滲出性中耳炎の診療に関わる機会があまりなかった。論文を読み、耳鼻科通院でなかなかよくならないという話を振り返ると滲出性中耳炎診療の限界と困難さをうかがい知るとともに、プライマリケアから新たなエビデンスを創出しようという気概を感じ、総合診療といいながら滲出性中耳炎を耳鼻科の領域として関わろうとしてこなかった自分に気づくことができた。

ディスカッションポイント
 ①滲出性中耳炎の診療経験とそこで得られた気づきはありましたか?Otoventは使えそうですか?
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%BA%E3%83%AF%E3%83%B3-AS-ONE-8-1650-01-%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%B9%C3%971%E3%80%81%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%B3%C3%975/dp/B005UT1AQY/ref=sr_1_sc_1?ie=UTF8&qid=1448993708&sr=8-1-spell&keywords=otovnet
 ②滲出性中耳炎のように根拠のある治療方針がなく、困った経験はありませんか?

【開催日】
 2016年2月3日(水)

大人の発達障害

―文献名―
青木 省三, 村上 伸治.大人の発達障害を診るということ 診断や対応に迷う症例から考える.医学書院, 2015

―要約―
背景:
 幼少期から「少し変わった子」だと気づかれながらも診断や支援を受けてこなかった例、また多少の徴候はあっても気づかれずに児童期を過ごし、青年期や成人期に学校や職場などで対人関係などの問題が生じ抑うつなどの様々な症状を呈して精神科を受診する例が増えている(そのような例は、大半は児童期に児童精神科や発達障害を専門とする小児科医の診断を受けてない)。

目的:
「発達障害的なところがあるが診断してよいか迷うようなグレーゾーン」の患者について、その患者の中の発達障害特性に気づくことで患者理解が進み、その特性に応じた適切な対応が出来ること。

内容:
<特徴>
●発達障害特性は、状況に応じて変化する。
 例)ストレスの強弱によって、イライラやこだわり行動や独り言が強く現れたり見えにくくなったりする。
   「ある職場では発達障害, 別の職場へ行けば定型発達」
●発達障害と定型発達は、その間に明確な境界線を引くことが出来ない。
安藤先生図

<診断>
●発達障害の診断とは、白黒をつけることではなく、患者の行動を予測できるようになることである(灰色診断)。
 その人の発達障害特性はどのようなものであり、生活障害としてどのように現れるかを詳しく把握する。
 それにより、今後本人が遭遇するであろう生活上の困難を予測し、きめ細かい支援を行うことが出来る。
●生活上の具体的なエピソードから発達障害特性を一つずつ同定し、灰色診断を行う。
 発達障害に関する本を2-3冊、本人や家族に読んでもらう。その記載に似たエピソードを話してもらう。

<支援>
●常に周りに相談しながら生きていく人生を提案する。
●全ての人が必要としているのは「解説者」である。
 障害者手帳や障害者就労などの公的支援は、必要がある人もいれば必要がない人もいる。
 発達障害特性を持つ人は、目の前の状況を正しく理解できないことがあるため苦労する。
 同時通訳のように状況を解説してくれる人が必要である。本人に関わる全ての人が解説者になりうる。
●周りに相談できる人になってもらう。
 予後を決めるのは障害の重さではなく、助けてもらうパターンを身につけたかどうか、である。

<その他>
●現在の精神医学体系は、定型発達であることを前提に診断分類を行ってきた。
 発達障害特性を基盤にする事例は、非典型的病像を呈しやすい。
 →統合失調症/うつ病/不安障害などと並列して発達障害があるのではなく、全ての精神疾患のベースに発達障害があると考えたい。

―考察とディスカッション―
 誰もが定型発達と発達障害それぞれの要素を持ち合わせているため、はっきりとした「発達障害」の診断をつけなくても、個々の患者さんの特性を把握しそれに合わせて患者さんと付き合い必要な支援を提供していくとよい、という内容は普段の臨床経験から考えると腑に落ちるものでした。

ディスカッションポイント
 ① 発達障害の特性を持ち合わせている患者さんとの面接について、どのような経験があるか。
 ② ①の際、面接の際に気を付けていることや工夫していることは何か。

【開催日】
 2016年2月3日(水)

困難な学習者へのアプローチ

―文献名―
AMEE2015におけるワークショップ“Managing Trainees in Difficulty”より
Managing Trainees in Difficulty (version 3) -Practical Advice for Educational and Clinical Supervisors- Oct 2013 NACT UK: Supporting Excellence in Medical Education

―この文献を選んだ背景―
 「困難な学習者」はいつの時代も世界のどこでも、教育実践をする者にとって、最も困惑させ、最も教育的である。今回、AMEE2015で「Managing Trainees in Difficulty」というWSを受講し、アプローチとして学ぶべき点が多くあった。今回この学びを共有させていただき、教育経験豊富な指導医陣から、実戦的な対応方法についての交流できたらと考えた。

―要約―
General Principles
1)早期の問題の同定と介入が必要不可欠である
患者の安全や教育担当者の脅威になるような案件を取り上げる事は、指導医とそのチームの責任である。

使い勝手のよい「早期の警告サイン」は「Understanding doctors’ performance」から引用している。
  1.The “ disappearing act”:コールに出ない、姿を消す、遅刻する、病欠する
  2.Low work rate:段取り(患者に赴き、説明し、決定する)が遅い。早く出勤し、帰宅も遅いわりに、納得できる仕事量をこなしていない
  3.Ward rage:感情の爆発、相手を怒鳴る、現実ないし想像での軽蔑
  4.Rigidity:不確実性に耐えられない、妥協を許さない、優先順位をつけられない、不適切な「内部告発」をする
  5.Bypass syndrome:後輩や看護師が、当事者の意見やヘルプを避けている
  6.Career problem:試験に受からない、キャリア選択が曖昧、医学へ幻滅している
  7.Insight failure:建設的批判を拒絶する、自己防御する、言い返す
  8.Lack of engagement in educational processes:評価できない、事例から学ぶ事が遅い、ポートフォリオ作成にモチベーションが低い、
   振り返りが乏しい

  9.Lack of initiative/appropriate professional engagement:確固たるヒエラルキーのある文化で医学教育を受けてきたような学習者に
   よくみられる。そのような学習者は、上級医が決めた患者のマネジメントについて疑問を投げかけることや、健全な自己主張をしない

  10.Inappropriate attitudes:男性主導型の文化的背景があり、学習者は女性と同等の立場で働く事に慣れていない

2)環境や事実を出来るだけ素早く明らかにし、多くの情報を取り寄せる
 多くの案件は早期に、教育担当者と学習者の間で、現実的な学習プランを作成する中で、述べられている。オープンで支援的な文化であれば、臨床チームは、学習者のスキルを伸ばすように教育するし、改善すべきパフォーマンスや現状の困難さに建設的なフィードバックをするだろう。
 全ての情報を集めて照合し、判断を形成する。
 患者や当事者の安全に関わる問題は他の全てに優先する

3)パフォーマンスが低いのは症候であって、診断ではない。その根本の原因を探索する事が必要不可欠である
 1.臨床能力の問題(知識、技術、コミュニケーション技量)
 2.個人的、人格的、行動上の問題(プロフェッショナリズム、モチベーション、文化的宗教的背景も含む)
 3.病気(個人もしくは家族のストレス、キャリアに対する不満、経済的問題)
 4.環境の問題(組織、業務負担量、ハラスメント)

4)確実で詳細な診断によって、効果的な再教育ができる:異なる問題は異なる解決方法がある
 糖尿病やメンタルヘルスの問題を抱えた医師は、個人の力量や洞察力が欠けている医師とはまた違ったアプローチが必要である。前者は、産業医や総合診療医の助けが必要になる。後者は、支援的なモニタリング、頻回の臨床的アドバイス、望ましくない行動の裏にある信念を変えるフィードバックが必要であろう。

5)明文化する
 学習者に対する全ての議論や介入は、文書化され、学習者とキーパーソン(信頼、学校長ないしGMC)とのコミュニケーションツールとなる。また教育担当者、プログラム責任者、学校長のような重責のある者にフォローアップされ、このプロセスが適切に管理できているか、きちんと結論づけられるかを確認する必要がある。

6)不安は伝えるべきである、記録はつけるべきである、改善策を探るべきである
 問題が解決されるまで進化は止まったままであろう

銘記する事:適切で同時並行の文書化は必要不可欠である。

宮地&長図

―考察とディスカッション―
考察
 このワークショップでは、実際に、このフレームワークを用いて、困難な学習者とおぼしき4名が例示され、その学習者が本当に困難な学習者なのか診断の後で、困難な学習者について「非公式なおしゃべり」「360度評価」「患者からの苦情」「MiniCEX」などの様々な情報が提示され、対応策を考えるものであった。情報の中には、同僚医師からの妬みを表現しているものも含まれており、多様な情報を集めることが重要だというtake home messageもあった。また記録をし続けることも重要だと説明された。

ディスカッションポイント
 ・早期発見において10の警告サインがありますが、自身の直感・経験を踏まえて、納得できる点と納得できない点はありましたか?
 ・対応経験とフローチャートのフレームワークを比べて、うまくいっていたところ、こうすればよりよかったと感じるところはありますか?

【開催日】
2016年1月20日(水)

【EBMの学び】認知症患者の治療

STEP1 臨床患者に即したPI(E)CO
【評価を行った日付】
2015年12月9日
【臨床状況のサマリー】
ある日の施設回診の一場面。
79歳女性 今年9月から特養入所中 鉄欠乏性貧血や頻尿でもともと当院へ通院されていた。アルツハイマー型認知症については3年前に他病院で診断・フォローされている。当院でのHDS-Rは8点(2年前)。今年7月からリバスタッチパッチ(リバスチグミン)導入されており9月頃から背中の貼付部位に皮膚炎出現。他病院の処方医に相談すると足底に貼るよう指示されたとのことで変更したところ大きな水疱を形成。10月よりレミニール(ガランタミン)4mg2T2×内服に変更された。施設看護師「レミニールに変更後は以前より眠りがちです・・もともと認知症の周辺症状は強くなくおとなしい方です・・」
現在のADLは一部介助で車椅子レベル。
この方が認知症治療薬を飲み続ける必要はあるのか?

P;重度アルツハイマー型認知症で認知症治療薬を内服している高齢女性
I(E);内服を継続している場合
C;内服を中断する場合
O;予後を改善するか?

STEP2 検索して見つけた文献の名前
【見つけた論文】
◆Up to dateのCholinesterase inhibitors in the treatment of dementiaにはDuration of therapyの項目があり、ChEIの中断によりしばしば悪化することがあるとの記載。関連する論文はいずれもRCTではなく横断研究だった。
横断研究:http://www.uptodate.com/contents/cholinesterase-inhibitors-in-the-treatment-of-dementia/abstract/67?utdPopup=true
      http://www.uptodate.com/contents/cholinesterase-inhibitors-in-the-treatment-of-dementia/abstract/68?utdPopup=true

Galantamineの項には36ヶ月は効果持続するとあり、その根拠となっている論文を読んでみた。
The Cognitive Benefits of Galantamine Are Sustained for at Least 36 Months
 http://www.uptodate.com/contents/cholinesterase-inhibitors-in-the-treatment-of-dementia/abstract/33?utdPopup=true
→Pubmedでhttp://archneur.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=785390
軽症~中等度認知症患者を対象としており、患者のPICOには合わない…

◆Dynamed のAlzheimer dementiaでの薬物治療の項目にはcontinuing donepezil may slow cognitive decline compared to discontinuing donepezilとある。この根拠となったRCTがこちら
Donepezil and memantine for moderate-to-severe Alzheimer’s disease.
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1106668

◆認知症疾患治療ガイドライン2010ではその時点ではリバスチグミン・ガランタミンは本邦未発売だったが、重度AD患者へのドネペジル24週間治療の有効性についてのRCTが紹介されている。
 http://www.neurology-jp.org/guidelinem/nintisyo.html

STEP3;論文の評価
STEP3-1.論文のPECOは患者のPECOと合致するか?

P;地域に住み、3ヶ月以上ドネペジルを内服しておりそのうち少なくとも最近6週間は10mg内服している、中等度~重度(SMMSE5-13点)の
アルツハイマー型認知症(疑い)患者
I(E);ドネペジルを続ける/メマンチンを使用する/ドネペジルとメマンチンを併用するのは(ドネペジル・メマンチンの単独または併用治療は)
C;ドネペジルをやめる/メマンチンを使用しない/ドネペジルとメマンチンを併用しないのに比べて(プラセボに比べて)
O;52週後のSMMSEスコアやBADLSスコアの値は良くなるか
→患者のPECOと (合致する ・ 多少異なるがOK ・ 大きく異なるため不適切)

STEP3-2 論文の研究デザインの評価;内的妥当性の評価
①研究方法がRCTになっているか?隠蔽化と盲検化はされているか?
→ランダム割り付けが ( されている ・  されていない )
→隠蔽化が      ( されている ・  されていない )
→盲検化が      ( されている ・  されていない )
実際のTableで介入群と対照群は同じような集団になっているか?
→( なっている ・ なっていない)
どう異なるか? 介入群の方が、女性の割合が高い
② 解析方法はITT(intention to treat)か?
→ITTが (されている  ・  されていない)

STEP3-3 論文で見いだされた結果の評価
Outcomeについて、以下の値を確認する
【① 治療効果の有無; P値を確認する】
 ・ドネペジル継続群ではドネペジル中止群と比較してSMMSEスコアが平均で1.9ポイント高かった(95%信頼区間1.3-2.5、P<0.001)。
  BADLSスコアは平均で3.0ポイント低かった(95%信頼区間1.8-4.3、P<0.001)。
 ・メマンチン投与群ではメマンチン非投与群と比較してSMMSEスコアが平均で1.2ポイント高かった(95%信頼区間0.6-1.8、P<0.001)。
  BADLSスコアは平均で1.5ポイント低かった(95%信頼区間0.3-2.8、P = 0.02)
 ・ドネペジルとメマンチンの有効性には互いに有意な差がみられなかった。(SMMSE:p=0.14、BADLS:p=0.09)
 ・ドネペジルとメマンチン併用ではドネペジル単独を上回る効果は見られなかった。(SMMSE:p=0.07、BADLS:p=0.57)

【②治療効果の大きさ;比の指標と差の指標を確認する】
 連続変数である症状スコアが指標となっており率が求められない。
 分析にあたって、SMMSEは1.4ポイント、BADLSは3.5ポイントの差をもって臨床的に意義のあるスコアとしている。
【③治療効果のゆらぎ;信頼区間を確認する】
 P値と同様の項目で有意差あり。

STEP4 患者への適用
【①論文の患者と、目の前の患者が、結果が適用できないほど異なっていないか?】
 使用している薬剤は同じChEIだがそもそもドネペジルとガランタミン、リバスチグミンで種類は異なる。
 また施設入所中の患者である点も異なる。
【②治療そのものは忠実に実行可能か?】
 内服そのものは施設介護者が手助けしてくれ、拒食や拒薬の症状はみられないため、ドネペジル10mg内服継続という治療は有害事象がなければ実行可能と考えられる。
【③重要なアウトカムはコストや害を含めて全て評価されたか?】
 ドネペジル10mgは後発品でも1日300点以上。ガランタミン16mgだと400点。コストはかかる。
 そもそもガランタミンとリバスチグミンは軽度~中等症の認知症に対して保険適応となっており重症について保険適応があるのはドネペジルとメマンチン。
 内服前に比べて傾眠の副作用が前面に出る場合は転倒のリスクもあり、内服継続は望ましくない。
【④患者の考え・嗜好はどうなのか?】
 現時点で本人は施設での生活に満足しており、介護者も認知症による症状で困難を感じていない。重症の認知症患者と考えると認知症治療薬を内服継続することで僅かのMMSEやBADLSの値の改善がその後の生活を大きく変えるとは考えにくい。

 

【開催日】
2015年12月9日(水)

仏教と医療

―文献名―
池口惠觀:仏教は医療にどう関わるべきか.日救急医会誌.2015;16:539-544

―要約―
(文献のうち、「仏教界あるいは本邦の宗教界の医療への関わりについて」に該当する部分を要約する)
【諸言】
 原始、医療は宗教の一部であった。西洋ではヒポクラテス、東洋では釈迦がそうだった。本来、医療と宗教の両者は結びついていなければならないものだった。そこに、江戸時代に西洋医が導入され、区別されるようになった。医療は病を治す技術者としてその道を究め、宗教は心を癒す道に邁進してきたはずである。しかし宗教(この場合は仏教)は組織化と儀式化、そして学問化に邁進して布教という本来の職務を忘れてしまった。布教とはただ信者の獲得手段ではなく、信者の多くの心の支えとなり、庶民の生活に馴染んでいた。信仰は、身についてこそ緊急の場面で生きてくるが、それがなくなってしまっている。明治元年に施行された神仏分離令により、収入の道が閉ざされたことによる。

【仏教者の医療協力は必要か】
 近年、その仏教が再確認されるに至った。臨床医ならぬ「臨床僧」としての役目がありはしないか、という模索だが、当面のところ無理である。その理由を述べる。
 アメリカは多くの病院に礼拝堂が見られる。それは祈りの場としてキリスト教では馴染みの場所だが、日本では仏教が葬式を収入の道として開いたがために、病院内に薬師堂や涅槃堂を設けると、死のイメージに甘んじなければならなかった境遇を跳ね返す力を持たなかったことも含む。
 明治元年から昭和20年までの間、国は仏教を儀式に閉じ込め、日本人は個人の心を癒す宗教を失った。現在では仏教者自身が「道徳性」を崩壊または忘却してしまっている。有名な寺院は観光化し、檀家寺は葬式と副業に専心して、医療の場に役立つような有能な人材を育て得なかった。西洋のチャプレンに匹敵する「臨床僧」が成立するには、新たな宗教者の育成が不可欠である。それには医師に匹敵する優秀な学生を集めて教育しなければならず、そのためには魅力ある職業としての環境を整える必要があり、時間がかかる。

【諸行無常と共通の磁場】
 現代仏教が医療に役立つとすれば、医療者に対する教育に於いて発揮できる。仏教は万物の「無常」を説く。「生老病死」の4つの苦は、肉体に対するもので、今日は医療が担当している。釈迦は、この4つの苦を「真理」すなわち動かし難い宿業と悟れば、苦から解放されると説いた。万物は、必ず滅する。これを生きている者が真理として共通の認識を持つならば、死すなわち苦とはならない。そして自己の鍛錬と我欲の克服を日常の生活と成せば、いかなる死をも恐れる必要がない。
 この諸行無常の教えを医療の「慈悲」に繋げる。人の命は「須臾」の間、息を吸って吐く間と言われる。この時間をどう生きるのか。暗く生きるよりも明るく生きよと教えられている。仏教は一分一秒、刻々の生ある時を慈しむ生活の智慧であった。
 しかし医療は、死の世界から蘇らせる究極を天職とした。死を敗北とするだけに日常の学習は厳しく、日進月歩の医学についていかなければならない。それによって自己の人間性を損なっていないか、それを確認する時間もないままに新知識の獲得に追われる。これが医学生、臨床医のおかれた現実である。しかし、知識の量は進化しても、精神や体力はむしろ退化していると思われる。これでは精神が健全でいられるはずがない。
 宗教教育は、こうした精神の滋養に対する共通の認識、相互理解の磁場のようなものを培うことによって一瞬の「生」を慈しみ、お互いが助け合う心、補い合う心を育てるのではないか。

―考察とディスカッション―
考察
文献のまとめ:
 医療と宗教は元来結びついていたものだったが、江戸時代に西洋医が導入され、さらに明治時代となり、仏教者自身が心を癒す宗教を失ってしまっている。そのため臨床現場で役立つ仏教者は今のところ現れず、教育するにも長い時間がかかる。現代仏教が医療に役立つ場面としては、医療者に対する教育である。日進月歩の医学についていくため日々学んでいるが、それに追いつくための精神が培われていない現状があるため、宗教教育によってお互いに助け合う心を育てることができるかもしれない。

 「現代医学は、死を敗北とする」というところと、「生老病死は真理であり万物に必ず訪れる宿業と悟れば、死は苦とならない」というところが対比されているように見える。ヒーラーとしての家庭医や終末期ケアを行う医療者にとってはこういった心の持ちようも重要であるように思える。一方で、患者さんに対して思うだけでなく、自分自身も年をとり、病気にかかり、死ぬということも考えなければならない。自分は普段あまり病気をしないのでつい認識が薄れがちだが、自分自身の身体や心を大事にする必要もあるなぁと感じた。

ディスカッション
 ・皆様自身あるいは患者さんで、宗教によって心が救われていると感じた経験はありますか?

【開催日】
 2015年12月2日(水)