民間航空会社の機内における医療イベント

-文献名-
Paulo M. Alves, Karan R. Kumar, Justin Devlin, et al.In-Flight Medical Events on Commercial Airline Flights. JAMA Netw Open. 2025;8;(9):e2533934.

-要約-
■Introduction
2025年には約50億人の乗客が飛行すると予測されており、搭乗者数が増え続けるにつれて機内での医療緊急事態の可能性も高まる。機内は資源が限られ、確定的治療へのアクセスが遅れる環境である。ほとんどのイベントは比較的軽度であるが、その頻度、特徴、管理、および結果に関するデータは依然として不足している。先行研究は機内医療イベントの特性を明らかにしようとしてきたが、そのほとんどは単一の航空会社や特定の地理的地域に限定されていた。本研究は、大規模な多国籍データセットを使用して、その疫学、資源利用、および結果を調査し、世界の民間航空における機内医療イベントの包括的な特性を提供することを目的としている。

■Methods
2022年1月1日から2023年12月31日までの民間航空機における機内医療イベントの観察コホート研究を実施した。ソースデータは、MedAireの臨床データベース(5大陸、100以上の航空会社に専門的なリアルタイム医療ガイダンスを提供する世界的な地上サポートセンター)の問い合わせを通じて取得した。このセンターは、研究期間中の全世界の民間航空交通の約31%を占めていた。この医療サポートセンターは米国の外傷センターにあり、遠隔医療、航空会社プロトコル、飛行生理学の専門知識を持つ、常駐の専任救急医によって運営されている。航空機のドアが閉まった後に起こったイベントを対象としたが、離陸前に発生した事象(地上引き返し)および乗務員に関する事象は除外した。本研究では、飛行距離を短距離(<1500km)、中距離(1500~3999km)、長距離(4000~12000km)、超長距離(>12000km)のカテゴリを使用して定義した。主要評価項目は、医療緊急事態による航空機の目的地変更であり、副次評価項目は着陸時の病院への搬送および機内死亡であった。目的地変更の決定はプロトコル化されておらず、通常は地上医師や機内の医療ボランティアからの意見が求められたが、目的地を変更する最終決定は機長の手に委ねられ、医療的、運用的、および物流的な要因の組み合わせによって影響を受けた。統計解析Rソフトウェアを使用してデータを分析し、単変量および多変量ロジスティック回帰分析を実施した。

■Results
研究期間中、84の航空会社で発生し、地上医療サポートセンターに報告された77,790件の機内医療イベントが分析に含まれた。関与した乗客(女性 42,316人 [54.4%]、男性 33,142人 [42.6%])の年齢中央値(IQR)は43(27-61)歳であった.報告されたイベントのほとんどは国際線(52,594件[67.6%])で発生し、長距離路線(38,599件 [49.6%])が最大の割合を占めた。(表1)。

機内医療イベントの発生率は、全世界のサンプルでは延べ乗客100万人あたり39件、または10億RPK(有償旅客キロメートル)あたり17件であった。一方、米国の9つの航空会社とその地域子会社では、発生率は延べ乗客100万人あたり33件、10億RPKあたり15件、またはフライト212回に1件であった。機内医療イベントの発生率の中央値(IQR)は、フライト199回(139-291回)に1件であり、航空会社間でかなりのばらつきがあった(フライト114回に1件からフライト480回に1件) 。(表2)

全機内医療イベントのうち、だいたい(41,220件 [53.0%])は機内での助言と治療のみを必要とし、着陸時にそれ以上の介入を必要としなかった。12,263件(15.8%)の患者が現場での治療のみであり、5,959件(7.7%)がさらなる治療のために病院への搬送を必要とし、4,536件(5.8%)が医療支援を辞退し、312件(0.4%)が死亡し、13,500件(17.4%)はその他の転帰であった。(下図)

医療的背景を持つ乗客ボランティアは、25,570件のイベント(32.9%)で支援し(表1)、そのほとんどのケースで医師がケアを提供した。医療ボランティアは、目的地変更の1,056件(79.2%)および死亡に至った246件(78.9%)に関与した。医師が支援したイベントは、他の医療専門家が関与したイベントと比較して、目的地変更のオッズが高いことと関連していた。医療緊急事態による航空機の目的地変更は、1,333件(1.7%)で発生した。目的地変更に関与した乗客の年齢中央値(IQR)は56(40-70)歳であった。目的地変更の最も一般的な原因は、神経系の問題(542件 [40.7%])および心血管系の状態(359件 [26.9%])であった。
酸素療法は最も頻繁な介入であり、31,707件(40.8%)の機内医療イベントで使用され、目的地変更に至った842件(63.2%)の症例も含まれていた。医療機器キットは、症例の17,789件(22.9%)で使用されており、非麻薬性鎮痛剤(11,788件 [15.2%])および制吐剤(11,624件 [14.9%])が最も頻繁に投与された治療薬であった。心肺蘇生(CPR)は293件(0.4%)で行われ、自動体外式除細動器(AED)によるショックは42例で実施された(表3)。合計312人の乗客(0.4%)が飛行中に死亡し、その年齢中央値(IQR)は70(60-78)歳であり、死亡の大半(276件[88.5%])は急性心疾患によるものであった。

多変量解析では、航空機の目的地変更のオッズが最も高かった要因は、脳卒中疑い(AOR,20.35)、急性心疾患(AOR,8.16)、および意識変容(AOR,6.96)であった(表4)。超長距離フライト(AOR, 1.84)および医師の乗客ボランティアの関与(AOR,7.86)も、目的地変更のオッズが高いことと関連していた。脳卒中疑い(AOR,4.48)および発作(AOR,2.45)は、その後の病院への搬送と関連していた 。

■Discussion
この研究では、機内医療イベントの発生率(延べ乗客100万人あたり39件、フライト212回に1件)が、先行研究が報告した率(延べ乗客100万人あたり16件、フライト604回に1件)よりも高いことがわかった。メディカルツーリズムの増加傾向も、機内での医療事象の発生に拍車をかけていると考えられる。また航空旅行特有の生理的ストレス要因(例えば、運動制限、客室内の気圧低下、相対的な低酸素状態など)は、既存の疾患を悪化させたり、急性疾患を引き起こしたり、乱気流などの機内における危険によって負傷につながる可能性がある。私たちは、大規模な多国籍データセットを活用し、機内医療事象の疫学、管理、および短期的な転帰を特徴づけ、航空機の緊急着陸や着陸後の医療処置に関連する主要な要因を特定した。先行研究と同様に、機内医療イベントのほとんどは機内での助言のみで対応可能であることが分かった。本研究における目的地変更は1.7%と、先行研究(4%~15%)と比較して低い値を示しているが、より最近のデータとは一致しており、これは遠隔医療の進歩や航空会社の医療プロトコルの改善を反映している可能性がある。しかし、この結果は、現在では地上医療支援センターの利用がより一般的になり、以前は最も深刻な症例に限定されていた電話相談の敷居が低くなったことに関連している可能性が高いと考えられる。この変化は、機内医療イベントの発生率が、Petersonらが報告した100万人乗客あたり16件、604便あたり1件という発生率と比較して、本研究では100万人乗客あたり39件、212便あたり1件と高い値を示していることからも裏付けられる。医療ボランティアは症例の32.7%で支援を提供し、不可欠な役割を果たした。医師が最も頻繁に関与し(全イベントの20.1%)、その関与は目的地変更のオッズの有意な増加と関連していた。しかし、我々のデータは関連性のみを示し、因果関係を確立するものではないため,医療ボランティアの関与が目的地変更の増加につながったのか、あるいはこれらのイベントの複雑性の高さを反映しているのかは不明である。医療従事者の関与と航空機の目的地変更との間に観察された関連性は、医師がより重篤な事象で呼ばれることが多いことから、適応による交絡を反映している可能性が高いと考えられる。航空機を目的地変更する決定は、医学的要因を超え、複雑な運用上の考慮事項を含み、最終的には機長に委ねられる。脳卒中、急性心疾患、意識変容といった特定の状態は目的地変更と強く関連しているが、天候、燃料搭載量、適切な医療機関への近さ、患者を機内で安定させられるかどうかも最終決定に寄与する。

Strengths and Limitations
本研究には、大規模なサンプルサイズ、構造化データセット、および世界的な対象範囲といったいくつかの強みがあるが、一方で重要な限界も存在する。第一に、遡及的分析であるため、データ入力エラーの可能性があり、第二に着陸直後の転帰を超える患者の経過を評価できなかった点がある。第三に、医療イベントの正確な発生時期と飛行の残りの飛行時間との正確な関係を考慮できなかった点がある。これは特に最終降下中にイベントが発生した場合、目的地変更の可能性に影響を与える可能性がある。最後に、我々の分析は地上医療サポートセンターに報告された機内医療イベントに限定されていた。センターの関与はかなり異なり、これは航空会社固有のプロトコル(いつ地上サポートに相談を求めるか)によって引き起こされる可能性が高い。

■Conclusions
77,790件の機内医療イベントを対象としたこのコホート研究では、このようなイベントが以前に報告されたよりも頻繁に発生していることがわかった。世界的な民間航空の拡大が続く中、機内医療イベントは避けられない課題であり続け、協調した対応と明確に定義された医療プロトコルが必要とされる。これらのイベントを正確に理解することは、航空会社の方針を策定し、客室乗務員の訓練を最適化し、機内の医療準備体制を強化するために不可欠である。

【開催日】2025年11月12日

帯状疱疹およびRSウイルス感染症に対するAS01アジュバントワクチン接種による認知症リスクの低減

ー文献名ー
Maxime Taquet, John A Todd, Paul J Harrison. Lower risk of dementia with AS01-adjuvanted vaccination against shingles and respiratory syncytial virus infections. NPJ Vaccines
. 2025 Jun 25;10(1):130

‐要約-
Introduction(はじめに)
これまでに分かっていること: 帯状疱疹の予防接種、特にAS01アジュバントを含む組換えワクチン(Shingrix)が、認知症の発症リスク低下と関連しているという証拠が蓄積しています 。著者らの先行研究でも、AS01アジュバントを含むShingrixは、アジュバントを含まない従来の生ワクチン(Zostavax)よりも、認知症リスクの低下効果が高いことが示唆されています 。

分かっていないこと: AS01アジュバント添加ワクチンがなぜ認知症を予防するのか、そのメカニズムは不明です 。主な仮説として、以下の2つが考えられています 。

①感染予防仮説:
帯状疱疹ウイルス自体が認知症リスクを高めるため、ワクチンの高い有効性(AS01による)が感染を強力に防ぎ、結果として認知症を予防する。

②アジュバント直接効果仮説:
AS01アジュバント自体が、免疫系を介して(マウスモデルで示唆されているように)認知症に対して直接的な保護作用を持つ。

本研究の目的: これらの仮説を検証するため、本研究では、帯状疱疹ワクチン(Shingrix)と同じAS01アジュバントを含むRSV(呼吸器合胞体ウイルス)ワクチン(Arexvy)に着目しました 。 もし「アジュバント直接効果仮説」が正しければ、RSVワクチンも帯状疱疹ワクチンと同様に認知症リスクを低下させるはずです。そこで著者らは、これら2つのAS01含有ワクチンと、対照としてインフルエンザワクチンを比較し、接種後18ヶ月間の認知症診断リスクを評価しました 。

Method(方法)
研究デザイン:米国の電子健康記録(EHR)データベース「TriNetX」を用いた、後ろ向きコホート研究です 。

対象コホート:2023年5月1日以降にワクチンを接種した60歳以上の人々を対象としました。以下の3つの曝露群を設定しました 。

①AS01 RSVワクチンのみ 接種群 (N=35,938)
②AS01帯状疱疹ワクチンのみ 接種群 (N=103,798)
③両方 接種群 (N=78,658)

比較対照とマッチング:比較対照として、AS01を含まないインフルエンザワクチン接種群を用いました 。 年齢、性別、人種、併存疾患(高血圧、糖尿病、呼吸器疾患など)を含む66の共変量を用いて、曝露群と対照群を1:1の傾向スコアマッチング(Propensity score 1:1 matching)で調整しました。マッチング後、すべての共変量において群間のバランスは良好でした(全SMD < 0.1)。 アウトカムと統計解析: 主要アウトカムは、ワクチン接種後3ヶ月から18ヶ月までの「初回認知症診断」(アルツハイマー病、血管性認知症などを含む)としました 。 統計解析では、比例ハザード性の仮定が満たされなかったため、Coxモデルの代わりに制限付き平均時間喪失(RMTL; restricted mean time lost)を用いて群間比較を行いました 。RMTL比が1未満の場合、アウトカム(認知症診断)を経験せずに過ごした時間がより長いこと、すなわちリスクが低いことを示します 。 Results(結果) AS01ワクチン vs インフルエンザワクチン(対照群):Fig. 2に示す通り、インフルエンザワクチン群と比較して、AS01ワクチンを接種した群はすべて、18ヶ月間の認知症診断リスクが有意に低下しました 。

・RSVワクチンのみ群(RMTL比 0.71 / インフルエンザ群比29%改善)
対照群より平均して 87日間、認知症と診断されずに過ごす時間が長かった 。

・帯状疱疹ワクチンのみ群(RMTL比 0.82 / インフルエンザ群比18%改善)
対照群より平均して 53日間、認知症と診断されずに過ごす時間が長かった 。

・両方接種群(RMTL比 0.63 / インフルエンザ群比37%改善)
対照群より平均して 113日間、認知症と診断されずに過ごす時間が長かった 。

AS01ワクチン間の比較:RSVワクチンのみ群と帯状疱疹ワクチンのみ群の間で、認知症リスクに有意な差は見られませんでした(RMTL比1.15, P=0.077)。また、両方のワクチンを接種した群は、どちらか一方のワクチンのみを接種した群(RSVのみ、または帯状疱疹のみ)と比較しても、リスクに有意な差はありませんでした 。

Discussion(考察)
結果の解釈:本研究により、AS01アジュバントを含む帯状疱疹ワクチンとRSVワクチンは、どちらも認知症リスクの低下と関連していることが示されました 。

重要な点は、両方のワクチンを接種しても、片方だけを接種した場合と比べて追加の保護効果(相加効果)が見られなかったことです。もし、それぞれのワクチンが「RSV感染予防」と「帯状疱疹感染予防」という別々のメカニズムで認知症を防いでいるのであれば、両方接種すれば効果は上乗せされるはずです。

この結果(相加効果の欠如)と、ワクチン接種後比較的短期間(数ヶ月)で効果が見られること を踏まえると、認知症予防効果は、ウイルス感染予防(仮説1)だけでは説明が困難です。 むしろ、両方のワクチンに共通するAS01アジュバント自体が、何らかの免疫学的経路を介して認知症に保護的に作用している(仮説2)可能性が強く示唆されます 。

考えられるメカニズム:著者らは、AS01の成分(MPLやQS-21)がTLR4の刺激などを介して免疫細胞を活性化し 、最終的に産生されるインターフェロンガンマ(IFN-γ)が、アミロイド斑の沈着を抑制するなど神経保護的に働いているのではないかと考察しています 。 1回のワクチン接種(RSVは1回、帯状疱疹は2回接種)でこの免疫学的メカニズムが「飽和」に達するため、両方接種しても追加の効果が見られなかったのではないか、と推測しています 。

本研究の限界(Limitations):
EHRデータ固有の問題(診断の正確性、ライフスタイル要因の欠如など)があります 。
観察研究であるため、未知の交絡因子によるバイアスの可能性は残ります 。

最大の限界点として、EHRデータ上、RSVワクチンがAS01を含む「Arexvy」とAS01を含まない「Abrysvo」を区別できていない可能性があります 。著者らの推定では、RSVワクチン群の約24%がAS01を含まないAbrysvoを接種したと見られ 、この「混入」により、AS01(Arexvy)の真の保護効果は過小評価されている可能性があります 。

残された課題(今後の展望): AS01アジュバントが認知症予防に寄与する可能性が示唆されましたが、そのメカニズムは未確定です 。今後は、この保護効果の強さと持続期間を検証し、具体的な免疫学的メカニズムを解明するための、さらなる臨床研究や基礎研究が必要です 。

【開催日】2025年11月5日

CKDを有する後期高齢者へのスタチン投与

ー文献名ー
Wanchun X,Yuk KY,Yanyu P,et al.Effectiveness and safety of using statin therapy for the primary prevention of cardiovascular diseases in older patients with chronic kidney disease who are hypercholesterolemic: a target trial emulation study(https://syleir.hatenablog.com/entry/2024/04/21/134347).Lancet Healthy Longevity.2025; 6:1-12.

‐要約-
Introduction
慢性腎臓病は世界中で蔓延している疾患であり、その有病率は年齢とともに上昇することが知られている。 英国では、75歳以上の個人の32.7%が慢性腎臓病に罹患している。 米国では、65歳以上の人々に慢性腎臓病が一般的である(34%)。 香港では、2型糖尿病患者における慢性腎臓病の有病率は29.7%と報告されており、高血圧患者における慢性腎臓病の発生率は1000人年あたり約22人である。スタチンは、慢性腎臓病患者における心血管疾患のリスクを軽減するために広く使用されている。しかし、75歳以上の慢性腎臓病患者における一次予防のためのスタチン療法の使用に関してはコンセンサスが得られていない。2018年の米国心臓病学会および米国心臓協会のガイドラインは、40~75歳で10年間の心血管疾患リスクが7.5%以上の慢性腎臓病患者へのスタチン使用を推奨しているが、75歳以上の成人については言及していない。2023年の英国国立医療技術評価機構のガイドラインは、慢性腎臓病患者の心血管疾患の一次予防としてアトルバスタチン20mg/日を年齢制限なく推奨している。 Kidney Disease: Improving Global Outcomesの臨床実践ガイドラインも、50歳以上の慢性腎臓病患者にスタチン治療を推奨しているが、高齢患者(75~84歳)および超高齢患者(85歳以上)に関する具体的な推奨はない。本研究は、慢性腎臓病を有する高齢者(75~84歳)および超高齢者(85歳以上)における心血管疾患の一次予防のためのスタチン療法の有効性と安全性を評価することを目的とした。

Method
 香港の公的な電子健康記録を利用して、2008年1月から2015年12月まで、条件を満たすCKD患者を毎月抽出することにした。香港の国勢調査報告によると、人口の約90%が中国系であり、非中国系人口には主にフィリピン人、インドネシア人、南アジア人が含まれる 。組み入れ対象は、CKDと診断された60歳以上で、脂質異常症(LDLコレステロール2.6mmol/L(100mg/dL)以上(mg/dL=mmol/L✕38.67))もある患者とした。スタチンによる予防投与を開始した人と、スタチンを使用しなかった人に分類して登録し、これを96カ月分のデータに適用した。ベースラインで既にスタチンや脂質異常症治療薬の使用歴がある患者は除外した。スタチン療法は、シンバスタチン、アトルバスタチン、フルバスタチン、ロスバスタチン、ロバスタチン、ピタバスタチン、またはプラバスタチンによる治療と定義した 。患者の年齢に基づいて60~74歳、75~84歳、85歳以上に層別化し、患者死亡または終了予定日(2018年12月)まで追跡した。3つの年齢群のエミュレートされたターゲット試験において、心血管疾患および全死因死亡の予防に関するintention-to-treat効果とper-protocol効果を推定した 。主要評価項目は、あらゆる心血管疾患の発症率とした。副次評価項目は心筋梗塞、心不全、脳卒中、総死亡率、主要な有害事象とした。

Results
 96カ月分のデータから抽出した4万5460人の患者を分析対象とした。内訳は、60~74歳が1万9423人、75~84歳が2万2565人、85歳以上が8811人だった。追跡期間の中央値は5.3年(四分位範囲3.8-7.1)になった。(図2)
 Intention-to-treat解析において、スタチン非使用者と比較したスタチン使用者のあらゆる心血管疾患のハザード比は、60~74歳が0.92(95%信頼区間0.86-0.97)、75~84歳は0.94(0.89-0.99)、85歳以上が0.88(0.79-0.99)だった。総死亡のハザード比は、60~74歳が0.89(0.83-0.94)、75~84歳は0.87(0.82-0.91)、85歳以上が0.89(0.81-0.98)だった(いずれもintention-to-treat解析)。スタチン非使用者と比較した使用者の、あらゆる心血管疾患の推定5年絶対リスク差は、60~74歳が-1.3%(-2.1から-0.4、検出力は0.827)、75~84歳は-1.5%(-2.7から-0.4、0.802)、85歳以上では-4.0%(-7.0から-1.0、0.846)だった。5年間に心血管疾患の発症を1件回避するための治療必要数(NNT)は、60~74歳が77(46-224)、75~84歳は67(38-295)、85歳以上では25(14-101)だった。ミオパチーと肝機能障害のリスク増加は、どの年齢層でも観察されなかった。(Per-protocol解析は割愛)

Discussion
 我々の研究は、スタチン療法が高コレステロール血症を伴う高齢者(75歳以上)の慢性腎臓病患者において、心血管疾患および全死因死亡の一次予防に有効であることを示唆している 。さらに、我々の知見は、この集団におけるスタチン療法に関連する主要な有害事象の有意なリスク増加がないことも示している 。
 我々の参照年齢群(60~74歳)での結果は、JUPITER試験の結果と類似しており、推定糸球体濾過率が60 ml/min/1.73 m²未満の高齢患者(年齢中央値70歳)において、心血管疾患(0.55 [95% CI 0.38-0.82])および全死因死亡(0.56 [0.37-0.85])のリスク減少が示された 。この知見の類似性は、我々の解析の妥当性と結果の信頼性を示している 。
 我々の知る限り、本研究は、高齢の慢性腎臓病患者の2つの異なる年齢群(75~84歳と85歳以上)における一次予防のためのスタチン療法の有効性を調査した最初の研究である 。ターゲット試験エミュレーションを用いた米国の先行コホート研究では、75歳以上の慢性腎臓病患者のサブグループ解析で、スタチン使用と主要心血管疾患発生との間に潜在的な関連性が示されたが(HR 0.93、0.86-1.01)、全死因死亡では有意なリスク減少が認められた(0.89、0.82-0.97) 。我々の研究は、より大きなサンプルサイズを用いることで、統計的検出力を高めて一次予防のためのスタチン使用の有効性を検証することができた 。さらに、我々の研究は、超高齢者(85歳以上)の慢性腎臓病患者におけるスタチン療法の有効性に関するエビデンスも提供した 。注目すべきことに、我々の研究におけるper-protocol解析での75~84歳および85歳以上の高齢者で心血管疾患イベントを1件防ぐための5年間のNNTは、ベンチマーク年齢群や、慢性腎臓病患者(ステージ1~3に限定)の高齢者(平均または中央値年齢50~70歳)において心血管イベントを1件防ぐためのNNTが32(95% CI 23-50)であったメタアナリシスで示されたNNTよりも低かった 。これらの知見は、高齢の慢性腎臓病患者におけるスタチン使用の有益な効果を示している 。我々の研究はまた、主要な有害事象に関して、高齢者および超高齢者に対するスタチン療法の安全性を確認した 。人口ベースの実臨床データを用いることで、スタチンを開始した慢性腎臓病患者においてミオパチーおよび肝機能障害のリスク増加がないことを検証し、高齢者および超高齢者におけるスタチン療法の安全性に関する既存のエビデンスを拡張した 。
 我々の研究にはいくつかの限界がある。第一に、我々の結果は、食事や身体活動などのライフスタイル要因を含む測定されていない交絡因子の影響を受ける可能性がある 。第二に、我々の研究におけるアウトカムイベントの特定は、電子医療記録のICPC-2およびICD-9-CMの診断コードに基づいており、誤分類バイアスを引き起こす可能性がある 。第三に、スタチンの用量に関するデータは解析に利用できなかった 。第四に、ベースライン共変量の欠損値に対処するために完全ケース解析を採用し、パーソントライアルの約34.5%が解析から除外されたため、ベースラインでの選択バイアスが生じる可能性がある 。第五に、我々の研究結果はすべての集団に一般化できるわけではないかもしれない 。

【開催日】2025年10月8日

結婚生活の破綻は心不全リスクを高める:前向き研究

ー文献名ー
Marital Failure and Subsequent Heart Failure: A Prospective Study
Xia R, Lin L, Li Y, Zhang Z, Peng Y, Yang W, Huang Y, Chen S, Wu S, Gao X. Marital Failure and Subsequent Heart Failure: A Prospective Study. J Am Heart Assoc. 2025 Sep 16;14(18):e040791. doi: 10.1161/JAHA.124.040791. Epub 2025 Sep 4. PMID: 40905653.

‐要約-
Introduction (はじめに)
心不全(HF)は世界的に公衆衛生上の大きな課題となっており、世界で推定6,430万人が診断されています。安定した夫婦関係は死亡リスクの低下と関連することが以前から分かっていますが 、離婚などの親密な関係の喪失は心血管疾患の発症に寄与する可能性がある有害なライフイベントです。
先行研究では、不安定な婚姻状態が虚血性心疾患や脳卒中などの心血管疾患リスクの上昇と関連することが示されていますが、夫婦関係の破綻がその後の心不全の発症リスクと関連するかどうかについては、限定的なエビデンスしかありませんでした。したがって、著者たちは大規模な前向きコホート研究(Kailuan Study IおよびII)のデータを利用し、夫婦関係の破綻とその後の心不全リスクとの関連を調査しました 。
Method (方法)
この研究は、中国のKailuan Study IおよびKailuan Study IIのデータを利用したコホート研究です 。
対象者とデザイン
ベースライン時に婚姻状況が記録されていた166,042人の参加者から、40歳未満、がんまたは心不全の既往がある参加者を除外し、最終的に125,042人を解析に含めました 。
参加者の中央値追跡期間は13.5年でした 。
婚姻状態の評価
婚姻状態は、複数回の自己申告によるアンケートを通じて収集・更新されました 。
参加者は以下の3つのグループに分類されました:
夫婦関係の安定(Marital stability): 既婚を報告し、離婚・死別・再婚の記録がない者、または未婚から既婚に移行した者 。
夫婦関係の破綻(Marital failure): 既婚から未婚、離婚、または死別に移行した者。
その他の婚姻状態(Other marital status): 上記以外(例:一貫して未婚のまま)の参加者。
心不全(HF)の特定
心不全の症例は、隔年インタビュー、病院記録、社会保険、死亡登録の4つの情報源を相互参照して特定され、2人の経験豊富な心臓専門医によって確認されました 。
統計解析
夫婦関係の破綻と心不全リスクとの関連は、Cox比例ハザードモデルを用いて分析されました 。
分析モデルは、社会人口統計学的および生活習慣因子、生化学的パラメーター、病歴を調整しました(モデル4)。
サブグループ解析として、教育レベルやライフスタイルスコア(喫煙、飲酒、身体活動、塩分摂取、BMIに基づき0~5点で評価)との交互作用も検討されました 。
婚姻破綻後の短期から長期にわたる影響を調べるため、1年、2年、5年のラグ解析も実施されました 。
Results (結果)
基本特性
参加者125,042人中、**6,042人(4.83%)**が夫婦関係の破綻を経験していました 。
中央値13.5年の追跡期間中に、3,779件の新規心不全症例が記録されました 。
夫婦関係の破綻と心不全リスク
夫婦関係の安定と比較して、夫婦関係の破綻は心不全のより高いリスクと関連していました 。
社会人口統計学的および生活習慣因子、生化学的パラメーター、病歴を調整した最終モデル(モデル4)では、夫婦関係の破綻における心不全のハザード比(HR)は1.30(95%信頼区間[CI], 1.14–1.49)でした。
その他の婚姻状態(一貫して未婚など)のハザード比は1.00(95% CI, 0.77–1.30)で、心不全リスクとの有意な関連は認められませんでした。
時間経過による関連の減衰(ラグ解析)
夫婦関係の破綻と心不全リスクとの関連は、時間とともに
減衰する傾向が見られました 。
この結果は、結婚の破綻による潜在的な影響が短期的な心不全リスクに対してより強いことを示唆しています 。
サブグループ解析 (教育とライフスタイル)
夫婦関係の破綻と心不全リスクとの関連は、以下のグループでより顕著でした 。
教育レベルが高い個人:
大学以上: HR 1.69(95% CI, 0.87–3.28)
高校: HR 1.54(95% CI, 1.30–1.82)
小学校以下: HR 0.95(95% CI, 0.73–1.22)
交互作用のP値は0.001で、有意でした。
ライフスタイルスコアが低い個人(不健康な生活習慣):
低スコア(0-2):HR1.59(95% CI, 1.24–2.04)
高スコア(5):HR0.98(95% CI, 0.65–1.48)
交互作用の**P値は0.01**で、有意でした。
健康的な生活習慣は、夫婦関係の破綻が心不全リスクに及ぼす潜在的な悪影響を緩和する可能性があることが示されました 。
Discussion (考察)
本研究は、夫婦関係の破綻がその後の心不全リスク上昇と関連することを特定した、初めてのコミュニティベースの前向き研究です 。
関連性の背後にある機序
夫婦関係の破綻は、低い社会的支持と高い社会的孤立リスクに関連しており、これが行動的および生物学的経路を通じて心血管系の脆弱性を悪化させます 。
持続的な心理社会的ストレスは、交感神経系の活性化、コルチゾールの上昇、炎症性サイトカインの増加を引き起こし、これらすべてが心血管の健康に悪影響を及ぼします 。
配偶者からのケアや経済的サポートの喪失は、医療の利用を制限し、高血圧や糖尿病などの修正可能な心血管リスク因子の早期介入の遅れにつながる可能性があります 。
教育レベルに関する知見
高い教育レベルを持つ参加者で関連がより顕著であったという発見は、先行研究とも一致しています 。
この層の個人は、配偶者に深い感情的・実質的なサポートを期待しているため、夫婦関係の破綻がより広範囲な心理的・感情的苦痛を与える可能性があります 。
研究の限界と残された課題
婚姻状態の誤分類の可能性: アンケートに基づく婚姻状態の分類では、安定した非婚の同棲を単身と区別できず、誤分類バイアスが生じる可能性があります。ただし、中国における同棲の有病率が低いことで、このバイアスの影響は軽減されると予想されます 。
心不全発生率の過小評価: 軽度で無症候性の心不全で医療機関を受診していない個人の症例は記録されていない可能性があり、心不全の発生率が過小評価されているかもしれません 。
心理的要因の欠如: Kailuan Studyでは2016年以前の心理的・感情的な幸福度に関するデータが収集されておらず、社会的孤立や抑うつなどの心理的要因が観察された関連の根底にあるかどうかを検証できませんでした 。
女性の少ないサンプルサイズ: 性別と婚姻状態の関連を評価する統計的検出力が不足しており、性差に関する結果を解釈する際には注意が必要です 。
一般化可能性の限定: Kailuan Studyは全国的に代表性のあるコホートではないため、研究結果の一般化可能性が限定される可能性があります 。
結論
本研究は、夫婦関係の破綻が心不全のより高いリスクと関連しており、特に教育レベルが高い個人や不健康な生活習慣を持つ個人でこの関連が強いことを示しました 。
夫婦関係の破綻は、リスクの高い集団を特定し、それに応じた支援戦略(特に健康的なライフスタイルの促進)を策定する上で、注目すべき社会経済的要因である可能性を強調しています 。今後の研究では、この関連の根底にある心理社会的メカニズムに焦点を当てるべきです 。

【開催日】2025年10月1日

多職種連携チームにおけるフォロワーシップ

ー文献名ー
Barry ES, Teunissen P, Varpio L.
Followership in interprofessional healthcare teams: a state-of-the-art narrative review.
BMJ Leader. Published Online First: 2023.

‐要約-
Introduction
 効果的なIHT(=interprofessional healthcare team):多職種連携チームは、医療過誤の削減、患者アウトカムの改善、資源の効率的利用に寄与することが研究で示されています。しかし、医学教育におけるこれまでの学術研究は、主にリーダーシップ開発に焦点が当てられており、フォロワーシップの責任や、リーダーシップとフォロワーシップの役割間を移行する能力にはあまり注意が払われてきませんでした。リーダーシップとフォロワーシップの両者は、医療チームが最適に機能するために医療従事者に求められるものです。本レビューは、IHTにおけるフォロワーシップの現在の概念化に至るまでの歴史的発展を明らかにし、この理解がIHTの教育、訓練、開発を導く新たな研究方向性を提案することを可能にすると述べています。

Method
 本研究は、構築主義的な研究指向に基づいた「State-of-the-Art: SotA文献レビュー」として実施されました。SotA文献レビューは、ある現象に関する知識がどのように進化してきたかを時系列で概観し、「現在地(これが現在の考え方)」「ここまでどうやって来たか(現在の考え方がどう進化してきたか)」「次にどこへ向かうべきか(将来の研究がどのように有用に方向づけられるか)」の3部構成で要約を提示します。本レビューは、バリーらが提唱する6段階のSotAレビュープロセスに準拠しました。
 PubMed、Embase、CINAHL、PsycINFO、Web of Scienceの5つのデータベースで英語文献を検索しました。初期検索で679件の論文が特定され、重複を除いた383件から、IHTにおけるフォロワーシップに関する48件の論文が最終的な分析対象となりました。
 分析は2段階で行われました。パート1では、各論文からフォロワーシップに関する定義、枠組み、議論されたスキル・資質・行動、フォロワースタイル、理論・概念化などの情報を抽出しました。パート2では、帰納的アプローチを用いて、IHTにおけるフォロワーシップの歴史的発展を検討し、変化、進化、ギャップ、前提などを分析しました。研究チームは、レビューが主観的指向に基づいているため、個々の研究者の視点が分析に影響を与えることを認識し、内省を行いました。

Results

1. IHTにおけるフォロワーシップの初期:1993年~2010年
 IHTにおけるフォロワーシップは、1993年に初めて論文で取り上げられました。この初期の時期の論文では、フォロワーシップはリーダー中心に捉えられており、フォロワーはリーダーに従属的であるとされていました。リーダーは能動的な言葉で、フォロワーは受動的な言葉で記述され、「指示を受け入れ、それを受けて適切な行動をとる者」や「リーダーへの服従の立場」と定義されていました。

2. フォロワーシップ焦点の転換点
 医療分野以外では、Robert Kelley (1988年)、Ira Chaleff (1995年)、Barbara Kellerman (2008年) といった学者が、フォロワーの新しい視点を提唱しました。
• Kelleyは、フォロワーを「受動的から能動的への軸」と「依存的で批判的思考をしないから、個人的で批判的思考をするへの軸」という2つの次元に沿って5つのタイプに分類することを提案し、フォロワーがリーダーの命令をただ受動的に実行する者ではなく、チームの努力に能動的に貢献する者であるという新しい概念化の基礎を築きました。
• Chaleffは、「グループの信頼の管理者としてリーダーに完全に加わる」ことができる「勇敢なフォロワー」の5つの次元を提案しました。これには、責任を負う、奉仕する、異議を唱える、変革に参加する、道徳的行動をとる、といった要素が含まれます。
• Kellermanは、エンゲージメントの低いフォロワーから、情熱的にコミットし能動的なフォロワーまで、5つのフォロワータイプを提案しました。 これらの学者の理論は、2011年以降、IHTにおけるフォロワーシップに関する査読付き文献に徐々に浸透し、2015年以降はこれらの理論が一般的に引用されるようになりました。この期間は、医療機関からの重要な報告書(例:Institute of Medicineの2000年報告書「To Err is Human」)の刊行と一致しており、これらの報告書とフォロワーシップ学者が、リーダー中心のチーム思考からより協調的なIHT実践へと焦点を移すのに貢献したと示唆されています。

3. IHTにおけるフォロワーシップの現在:2011年~現在
 2011年以降、IHTにおけるフォロワーシップに焦点を当てた論文が毎年多数発表されるようになり、世界中の研究チームが貢献しています。現在、フォロワーシップはIHT研究の重要な焦点として確立されていますが、論文全体にわたって2つの矛盾する特徴が存在します。
1. フォロワーは能動的なチームメンバーである:
 2011年以降の論文では、フォロワーシップがすべてのチーム作業(患者ケアの意思決定を含む)への積極的な参加として定義され、リーダーとフォロワー間の相互関係的な役割に焦点が当てられています。共有型リーダーシップモデルが普及している今日のIHTにおいては、「誰もが常にリーダーであるわけではなく、フォロワーは、特に自律性が望ましい専門職においては、受動的であることはめったにない」と強調され、個人がリーダーとフォロワーの役割間を流動的に移行できることが一般的に認識されています。
2. フォロワーシップに関する古い考え方が依然として存在する:
 フォロワーを能動的なIHTメンバーと認識することが一般的であるにもかかわらず、フォロワーシップに関する文献の一部では、依然として「従順な部下」といった伝統的な見方が強く残っています。これは、フォロワーという言葉が「やや侮蔑的な役割」として、あるいはリーダーの役割に「二次的」であると捉えられることがあるためです。
 この矛盾は、良いフォロワーシップに関連する資質の多様性を生み出しています。しかし、能動的なチームメンバーとしての役割を支持する以下の具体的なスキルや資質が強調されています。
チームと組織のより大きな目標を理解すること
意思決定と批判的思考へのより深い関与
効果的なコミュニケーション
成長志向を持つこと
状況への適応能力
自己認識と感情管理能力、他者の感情を認識し管理する能力
新しい能動的な協調的役割を担う勇気
正直で、信頼できる、信用できる存在であること
 さらに、現在のIHTにおけるフォロワーシップ研究では、フォロワーを力づけるために心理的に安全な環境を構築することの重要性が主張されています。

Discussion
 本研究の目的は、IHTに関連するフォロワーシップの現在の概念化につながった歴史的発展を明らかにすることでした。初期のリーダー中心の視点から、Kelley, Chaleff, Kellermanらの学者や、医療機関からの重要な報告書が、フォロワー中心の視点を推進し、IHTにおける協調的アプローチの発展に貢献しました。
 現在、フォロワーシップはIHT研究の重要な焦点となっていますが、フォロワーが能動的なチームメンバーであるという現代的な概念と、古い受動的なフォロワーシップの考え方が同時に存在するという矛盾があります。共有型リーダーシップが従来の階層ベースのチーム協調の期待に取って代わりつつあるため、フォロワーシップはIHTの有効性に寄与する重要な要因であると本研究は示唆しています。医療従事者をリーダーとフォロワーの両方として訓練することは、IHTがより現代的で平等主義的な協調的デザインを採用することを可能にします。フォロワーシップに必要とされるスキルは文脈に深く影響されるため、すべての医療状況に当てはまる万能な解決策はありません。しかし、心理的に安全な環境は、普遍的に必要とされる文脈的考慮事項であると強調されています。古い階層的なフォロワーの概念が文献に残っている限り、現代的な協調的デザインの実現は阻害されるでしょう。
 本研究は、リーダーシップとフォロワーシップが密接に関連した概念であることを明らかにしました。今日のIHTにおいてリーダーとフォロワーが能力を発揮するためには、より現代的なフォロワーシップの概念が実践に導入され、伝統的なリーダーシップの概念は放棄されなければなりません。能動的なフォロワーと共有型リーダーシップのモデルは、学習者がチームの能動的なメンバーとなり、リーダーの役職を持たない場合でもリーダーシップの役割に移行できるような教育現場で教えられるべきです。

Conclusion
 効果的なIHTのコラボレーションは、今日の医療の要石です。フォロワーシップに関して、概念的・実践的に古い考え方がまだ残っていますが、フォロワーがチームの能動的なメンバーであり、共有型リーダーシップモデルが効果的に使用されるという、より現代的なフォロワーシップの概念を採用する必要があります。この知識により、リーダーとフォロワーの育成に関する教育と訓練、および今後の研究は、IHTにおける共有型リーダーシップをより最適化できるようになります。

【開催日】2025年9月10日

高齢者の心房細動のマネジメント

‐文献名-
Parks AL, Frankel DS, Kim DH, Koh D, Kramer DB, Lidstone M, Fang MC, Shah SJ.
Management of atrial fibrillation in older adults. BMJ. 2024;386(e076246):1-12.
doi:10.1136/bmj-2023-076246

‐要約-
長いのでポイントを列挙
1.心房細動患者の80%は65歳以上で、加齢に伴い指数関数的に増え、65歳の人の1/3はいつか心房細動は細動を発症する(図1 ここでは省略)。
2.高齢の心房細動患者の39〜51%がフレイル。多疾患併存やポリファーマシーもよくある。
3.高齢者への心房細動のケアは個別化するアプローチが必要(図2)
4.高齢者にはガイドラインをそのまま適用できないことも多い
5.多疾患併存のある患者の治療負担や望まないケアを減らす効果的な方法として、 Patient Priorities Careがある。
6.予後が短い場合や、治療の害が利益を上回ると思われる場合には、治療の縮小も必要。
7.脳梗塞やTIAの既往のない一般住民への心房細動のスクリーニングの効果は不明(図3省略 図4)。
8.ライフスタイルへの介入がフレイルや多疾患併存のある高齢心房細動患者に有用かどうかは不明。予後が短い患者にはしないほうがよさそう。(図5)
9.高齢者の心房細動の症状は、若年者と異なり、疲労感や倦怠感が主症状になることもある。
10.ACC/AHA/ACCP/HRSによる2023年のガイドラインでは、レートコントロールよりもリズムコントロールの方が推奨されている。フレイルや多疾患併存のある人への一般化はまだ考えなくてはならないが、高齢者も比較的研究されている。
11.リズムコントロールの方法として、カテーテルアブレーションの方が抗不整脈薬よりも良く、元気な高齢者には推奨できる。フレイルや多疾患併存がある場合には個別に検討。(図6)
12.HFrEFが併存する場合は、早期のリズムコントロールによる洞調律の維持が推奨される。抗不整脈薬よりもカテーテルアブレーションの方が良い。
13.75歳以上のすべての心房細動患者は脳梗塞リスクが高いと考えられ、抗凝固療法が推奨されるが、高齢者、フレイルでポリファーマシーの患者、認知機能障害がある人などへの抗凝固療法についてのエビデンスは十分ではない(図7省略)。
14.出血リスク予測スコア(HAS-BLED、HEMORR2HAGES、ATRIAなど)は使用しないことを推奨。
15.抗凝固療法にはワーファリンよりもDOACを推奨。アスピリンは避けるべき。
16.重度のCKD、出血リスクが高まる薬剤の併用、低体重、重度の出血の既往がある高齢者への、低用量エドキサバンは有用そう。
17.eGFR30-59mL/minまたはstage3aや3bのCKDがある患者への抗凝固療法は有益だが、末期腎不全患者への抗凝固療法の有益性を示した研究はない。
18.抗凝固療法に関連する出血リスクを減らす方法として、抗血小板薬の併用を中止すること、高血圧やNSAIDsなどの出血リスク因子を減らす、複数の抗血栓薬を使うときはPPIを併用することがある(図8 省略)。
19.心房細動に関連する脳梗塞を予防するために高齢者に抗凝固療法を導入したり維持したりするには、注意深く個別化した意思決定が必要(図9)。
20.左心耳閉鎖は、元気な高齢者にはガイドラインに則って推奨、フレイルや多疾患併存の患者は個別に検討、終末期患者には適応なし。
21.アップルウォッチでのスクリーニング、第Ⅺa因子や第Ⅻa因子を標的にした抗凝固療法、カテーテルアブレーション後の抗凝固療法、適切なshared decision makingの方法について、現在も研究中。

<Introduction>
心房細動は高齢者に多いですが、ほとんどのRCTやガイドライン、レビューは他と切り離した単独の心房細動に焦点を当てています。心房細動だけに罹患している高齢者には適しますが、心房細動患者の多くはフレイルで、少なくとも1つの老年症候群や、複数の疾患を持ち、治療の優先順位も変わります。こうした高齢患者に、既存のエビデンスやガイドラインを、コンテクストを無視してそのまま当てはめることは、利益より害が上回るかもしれず、患者にとって最も問題になるものを扱っていないかもしれません。このレビューは、心房細動と多疾患併存の高齢者のマネジメントにおける主要な進歩を扱い、目的を指向するアプローチを使います。まず、心房細動患者が持つ併存疾患や老年症候群を特徴づけます。続いて心房細動のケアの領域のエビデンスを調査しました。

<Method>
私達は、特に高齢者に関連する入手可能な心房細動の文献を包括的に含むように文献調査をしましたが、現存するすべての文献は調べませんでしたし、効果を見積もるためのメタアナリシスもしませんでした。このレビューはPRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)2020ガイドラインに沿って作成しました。医学司書が、Ovid MEDLINE(1946年から現在まで)、Embase.com(1947年から現在まで)、Web of Science Core Collection(1900年から現在まで)、Cochrane Central Register of Controlled Trials(CENTRAL) via Ovid(1991年から現在まで)、ClinicalTrials.gov(1999年から現在まで)を使って、2023年5月に文献検索しました。検索方策には、高齢者、RCTs、心房細動の統制語彙およびフリーテキストの同義語を組み込みました。言語による制限はしませんでした。2010年以降の文献に絞り込み、方法や年齢でのフィルターを使用しました。同定された研究はすべて EndNoteとEPPI-Reviewerを使用して重複を排除して組み合わせ、Covidence systematic review softwareにアップロードしました。少なくとも2人の研究者が抄録を調査し、それぞれの章の著者が全文を読んで関連性を調べました。2024年8月にESCのガイドラインが改定されており、私達も2021年のESCガイドラインに代わって新しいものを参照しました。

<高齢者における心房細動と多疾患併存の疫学>
心房細動は加齢と関連していて、心房細動患者の80%は65歳以上です。心房細動が高齢者に多いというだけでなく、様々な危険因子で調整した後でも、心房細動の発症率は年齢とともに指数関数的に増えています。Framingham Studyの分析では、65歳の人の心房細動の生涯有病率は33%でした。
他の高齢者に集中する多くの疾患同様に、心房細動も老年症候群と併存しています。たとえば、心房細動をもつ高齢アメリカ人のコホートでは、20%が転倒で外傷を受傷し、25%がなんらかのADLで介助が必要でした。フレイルは高齢の心房細動患者によくあります(39〜51%)。心房細動をもつ高齢患者は、多疾患併存やポリファーマシーの強い負担も負っています。
病気の累積的な負担は、心房細動を新規に診断された高齢者の診断後1年以内の死亡率が20〜25%になるとの複数の疫学研究に示されています。これらを踏まえると、心房細動をもつ高齢者のケアには、複数の慢性疾患をもつ高齢者の、疾患のすべての負担や個々の健康目標を考慮した、全人的アプローチが必要です。

<高齢者の心房細動マネジメントの個別化>

高齢者での心房細動の増加やケアの複雑さは多くの人に馴染みのあるものとなっていますが、臨床ケアを最適に適応させる方法は依然として課題です。最新の心房細動ガイドラインはこれらの複雑さを認めていて、統合された多職種からなる医療機関、「個別化されたケアのパッケージ」、患者の価値観を探ること、shared deci- sion makingを推奨しています。しかしこれを実装するのかは難しいままです。図2に心房細動の高齢患者のマネジメントを、多疾患併存、フレイル、予後によって個別化するアプローチの提案を示します。
Fig 2 | Proposed approach to tailor clinical management of atrial fibrillation (AF) to older adults
<ガイドラインを高齢者に外挿することの問題点>
心房細動ガイドラインは心房細動の症状を減らしたり、合併症を予防したりすることを目的とする臨床試験から得られたエビデンスに基づいて推奨が作られています。一般に疾患のガイドラインは、同じ健康目標を共有する単一の疾患をもつ患者に適しています。
多疾患併存やフレイルのある高齢者がRCTには組み込まれていないので、高齢者全員にガイドラインの推奨を単純に外挿することは困難です。高齢者を含んだ研究でも、雑多な健康状態を捉えきれていないでしょう。高齢者の多疾患併存や関連する治療負担は、生活機能やQOLにマイナスの影響をおよぼし、心房細動の治療薬や手術によって害が生じる危険性もあります。多疾患併存やフレイルのある高齢者は、健康上の優先課題が競合することが多く、健康目標にも大きな個人差があります。

<個別化されたケアを実践するアプローチ>
心房細動での全人的な個別化されたケアを実践するエビデンスに基づいた方法の1つに、患者の健康問題の優先事項を考慮して治療を組み立てることがあります。適切な意思決定をするために、臨床家はそれぞれの患者の機能やフレイルの状態を把握するべきです。身体機能やフレイルさを評価する方法には、Clinical Fraility ScaleやComprehensive geriatric assessmentがあります。予後を推定することは難しいですが、    ePrognosisは多疾患併存のある高齢者の予後を推定するためのツールとして使えます。こうした情報で、個別の特定の目標による最適の治療計画は決められます。こうしたアプローチの一例として、Patient Priorities  Careがあります。これは今までのところ、多疾患併存のある患者の治療負担や望まないケアを減らす最も効果的な方法です。

<治療の縮小>
死期が近い高齢者では、症状やQOLや快適さに焦点を当てた緩和ケアが適切です。治療関連の害の方が利益よりも上回ると考えられるときや、病気が進行して治療の利益がよくわからなくなった時には、治療の縮小を検討すると良いです。抗凝固薬の中止は、患者の予後や出血リスクと塞栓リスク、QOLに影響する要素、患者や家族の意向を考慮して個別に考えるべきです。

<住民レベルの計画的なスクリーニング>
脳梗塞やTIAを起こした患者に心房細動のスクリーニングをする有用性は明らかですが、一般住民に対するスクリーニングのエビデンスはわかっていません。スクリーニングによって心房細動の診断率が上がることはRCTで示されていますが、それによって脳梗塞が減少したり健康状態がより良くなったりするかどうかは、まだわかりません。

Fig 4 | Summary of recommendations for atrial fibrillation screening in older adults. ESC=European Society of Cardiology; USPSTF=United States Preventive Services Task Force

<2次予防のためのライフスタイルへの介入>
元気な患者の心房細動を予防したり治療したりするために、肥満の予防、体重を減らすこと、中等度の運動、血圧のコントロール、そしてもしかしたら禁酒も有用であることがわかっています。これらの知見を多疾患併存やフレイルのある高齢者にどのように適用するかは、さらなる研究が必要です。余命が短い人にとって、生活習慣を変えることは目的にかないそうもありませんし、得られる利益も限られたものになりそうです。

Fig 5 | Summary of recommendations for atrial fibrillation (AF) lifestyle interventions
<心房細動の症状と臨床的特徴>
心房細動の症状は非特異的で間欠的なものかもしれないし、高齢者は若年者と異なって出現するかもしれません。動機、めまい感、息切れ、胸部不快感はすべての年齢で見られますが、高齢者では疲労感や全身倦怠感を主な症状として自覚しやすいです。失神は他の伝導疾患が合併していなければ稀です。多疾患併存がある高齢者では、こうした症状の原因を心房細動に求めることが、より難しくなります。
症状を緩和することは多くの心房細動患者にとって主要な目標です。様々な治療戦略がQOLに与える影響について、医師や患者が報告したものが、多くの臨床研究で使われてきましたし、患者が有効であると報告した方法は臨床的にも使われています。患者が報告する心房細動に特有のアウトカムを長期にわたって臨床実践に統合したところ、点数が悪いほど心房細動の負担や医療利用の頻度が高く、レートコントロールよりもリズムコントロールを使用することが多いことに相関していました。患者の経験を体系的に測定することで、心房細動の症状とQOLへの幅広い影響を把握し、治療目標を明確にし、推奨される治療法を導き出し、進歩し続けることに役立ちます。
心房細動やその治療による症状がある患者は、専門医に紹介することが有益な可能性があります。

<レートコントロールとリズムコントロール>
ACC/AHA/ACCP/HRSによる2023年の心房細動の診断と治療のガイドラインは、発作性および持続性心房細動の両方に対して、以前のガイドラインと比較して、リズムコントロールの方をレートコントロールよりも多く、そしてより早く使用する方向に大きく動き出すことを推奨しました。これらのガイドラインに影響を与えている研究では、リズムコントロールは幅広い臨床指標を改善し、安全性も確認されています。フレイルや多疾患併存のある人への一般化はまだ考えなくてはなりませんが、高齢者も比較的研究されています。
これらのガイドラインは高齢者のリズムコントロールを、心不全がある場合は強い推奨、症状があったり診断後1年以内であったりする場合には中等度の推奨としています。ガイドラインは現代の技術を活用した厳格な臨床試験を引用していて、それらの試験は一貫してレートコントロールよりもリズムコントロールの方を臨床結果が良いため支持しています。例えば、レートコントロールに比べて、リズムコントロールの方が、心血管死や脳卒中、心不全増悪による入院や急性冠症候群が顕著に少なかったため(3.9vs5.0/100人年;ハザード比0.79,95%CI0.66~0.94)、平均5年の追跡期間で試験が中途終了となったものもあります(EAST-AFNET4)。ただし、QOLは両群間で差がありませんでした。
EAST-AFNET4はリズムコントロールに抗不整脈薬とカテーテルアブレーションの両方を含みましたが、他の研究では、カテーテルアブレーションの方が洞調律を維持でき、治療合併症頻度が少ないという点で優れていることがわかりました。例えばCABANA試験です。
早期のデータでは、カテーテルアブレーションが心房細動のある高齢者の認知機能を改善するかもしれないということが示唆されました。観察研究では心房細動と脳容量の減少や認知機能の低下、認知症発症リスクの上昇に関連していることが示されていました。洞調律に回復するとこれらのリスクを減らすことができるのかどうかは、活発に調べられる分野になっています。96人の抗不整脈薬を使用している心房細動患者を、薬剤継続とアブレーションに無作為に割り付けた研究では、アブレーション群は治療後に14%で認知機能が低下していましたが、これは主に麻酔や無症候性の脳塞栓によるもので、1年以内に回復しており、さらに、1年後には14%に認知機能の改善が見られました。一方薬剤群では1年後の認知機能の改善は見られませんでした。
これらの研究の平均年齢は、70歳だったり68歳だったりするので、65歳以上の元気な心房細動患者には早期のリズムコントロール、とくにカテーテルアブレーションを提案するのが良いでしょう。しかし、カテーテルアブレーションにするか抗不整脈薬にするかは、多疾患併存やフレイルな高齢者には個別に考えるべきです。抗不整脈薬は他の薬剤と広範囲な相互作用がありますし、肝障害や腎障害のある場合には薬剤代謝が変動します。これらの危険性は、特に多疾患併存やフレイルな患者では、短期的な麻酔やアブレーション治療合併症と注意深く比較する必要がありますし、個別の状況に応じた治療を検討する必要があります。併存疾患が多かったり、予後が短いと想定されたりする患者では、早期リズムコントロールによって、寿命やQOLへの利益はあまりないと考えるかもしれませんが、必ずしもそうではありません(例えば心不全などについては)。多疾患併存によって心房細動のある高齢者でのリズムコントロールは難しくなりますが、心房細動による負担を減らすことは大きな影響をもつものかもしれません。人生の最終段階では、リズムコントロールが症状緩和以外の重要性をもつとは、あまり考えられません。

Fig 6 | Summary of recommendations for rate and rhythm control in older adults with atrial fibrillation (AF). AAD=anti-arrhythmic drug; LVEF=left ventricular ejection fraction

<心不全と心房細動>
心不全のある患者の心房細動の治療は特別な考慮を必要とします。というのは、心不全と心房細動は相互に影響しあい、心不全があると心房細動の頻度は増え、心房細動は心不全の予後を悪化させるからです。心房細動と心不全が併存することは多いです。この状況での推奨される治療は、主に若い世代のデータから外挿されたものです。HFrEFが併存する場合は、早期のリズムコントロールによる洞調律の維持が推奨され、しかも、長期の抗不整脈薬の使用よりはカテーテルアブレーションの方を検討すべきです。HFrEFでは非ジヒドロピリジンCa拮抗薬(ジルチアゼムやベラパミル)や、ドロネダロンは、医原性の悪影響があるので禁忌です。フレカイニドやソタロールは、催不整脈作用によって禁忌です。ポリファーマシーや副作用症状を減らすもう一つの方法は、ペースメーカーの挿入を行い、房室接合部のアブレーションを検討するものです。

<塞栓予防のための経口抗凝固剤の利害のバランスをとること>
経口抗凝固薬は心房細動に関連する脳梗塞を減らしますが、出血が増えるという代償もあります。加齢は利害評価、もしくは「真の臨床的利益」の多くの面に影響します。加齢とともに脳梗塞のリスクは高まりますが、抗凝固による出血リスクも高まります。心房細動が多い層であるのに、塞栓予防の抗凝固療法のRCTは80歳以上の人をあまり入れていません。さらに、人が年をとって平均寿命に達するにつれて、抗凝固療法による脳卒中の予防の潜在的利益は、それと拮抗する脳梗塞以外に関連する死亡や障害の危険によって減ってしまいます。最近のコンセンサスガイドラインでは、75歳以上のすべての患者を、心房細動関連脳梗塞の高リスク群で抗凝固療法が推奨されるとしています。しかし最近出されたESCガイドラインでは、「高齢者、フレイルでポリファーマシーの患者、認知機能障害がある人などへの抗凝固療法についてのエビデンスは十分ではない」と明白に述べています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインで、出血する人としない人を識別できないことや、可逆的な出血の危険因子を軽く見積もることなどを理由に、出血リスク予測スコア(HAS-BLED、HEMORR2HAGES、ATRIAなど)を使用しないことを推奨していることは重要です。ガイドラインは一般に、ワーファリンよりもDOACを推奨しています。効果が同等で、全般的に出血率が低く、薬物相互作用が少なく、モニタリングの必要性が少ないからです。妥協案として抗凝固薬の代わりにアスピリンを使おうとするのは避けるべきです。出血リスクは同等なのに脳梗塞予防効果は劣っており、心房細動にアスピリンを使用するのはClassⅢの危険であると考えられているからです。2023年に更新されたアメリカ老年医学会のBeers Criteriaでは、抗凝固療法を始めるならワーファリンよりもDOAC、さらにその中でもアピキサバンが出血リスクが低いので推奨されています。抗凝固薬同士の比較はまだ進行中です。
すべての高齢者に抗凝固療法は真の利益があるというパラダイムに異を唱えた研究もあります。平均寿命を超えた人には、抗凝固療法の利益は、拮抗する心房細動以外の原因による死の危険のために大幅に減っていくことを示した研究もあります。これらの研究から、最近のガイドラインを適用するには、加齢や多疾患併存の負担を考慮にいれるもっと微妙なアプローチが必要と言えます。

<フレイルや多疾患併存の高齢者での抗凝固療法>
最近の研究から、多疾患併存やフレイルの高齢者での抗凝固療法についてのガイダンスが得られています。重度のCKD、出血リスクが高まる薬剤の併用、低体重、重度の出血の既往がある日本人高齢者への、低用量エドキサバンの研究(ELDERCARE-AF)では、低用量エドキサバンは出血リスクや全死因死亡を増やさず、脳卒中や全身の塞栓症を減らすことがわかりました。メディケアのデータを調査した結果、あらゆるフレイルのグループで、アピキサバンはワーファリンと比べて、死亡、脳梗塞、大出血を1/3減らすことがわかりました。ダビガトランやリバロキサバンはフレイルではない患者にのみ、イベント発生率を減らしました。出血リスクの少なさからはアピキサバンが推奨されていますが、Beersクライテリアではワーファリンを使用している患者には、DOACに切り替えないことを推奨しています。ワーファリンからDOACに切り替えたら、出血合併症が増加し、塞栓合併症の減少が見られなかったとするFRAIL-AF研究によるものです。

<慢性腎臓病>
eGFR30-59mL/minまたはstage3aや3bのCKDがある患者への抗凝固療法は有益な可能性があります。末期腎臓病の心房細動患者に対して抗凝固療法が本当に有益だと示したRCTはありません。透析療法中の患者に抗凝固薬を使うと、出血率や死亡率が高くなります。末期腎臓病患者への抗凝固療法とプラセボを比較する試験がいくつか行われている最中です。末期腎臓病に対しては、DOACはワーファリンに代わる許容可能な選択肢であると示した研究はありますが、DOACが良いのかワーファリンが良いのかはまだ不明です。ガイドラインでは、軽度から中等度のCKD患者にはワーファリンやDOACの使用を支持し、重度のCKD患者にはワーファリンまたはアピキサバンの使用を弱く推奨しています。

<抗凝固療法に関連する出血>
抗凝固療法に関連する出血リスクを減らす方法がいくつかあります。ひとつは抗血小板薬の併用を中止することです。抗血小板薬を併用しても塞栓リスクは減りませんが、出血リスクは1.5―2倍に上がるのです。専門家のコンセンサスガイダンスでは、心血管疾患予防のためのアスピリンを避けること、高リスクの状況のごく短期間(最近PCIしたばかりなど)を除いて3剤療法(DAPT+抗凝固)を避けること、抗血小板薬と抗凝固薬の適応となる患者(虚血性心疾患でACSやPCI後6−12ヶ月経過しているなど)への抗凝固薬単剤療法とすること、頸動脈ステントを留置していない脳血管疾患の患者に抗凝固療法単剤とすることを推奨しています。他の方法として、高血圧やNSAIDsなどの可逆的な出血危険因子は減らし、複数の抗血栓薬を使用する場合には消化管出血を予防するためにPPIを検討します。
結局、心房細動に関連する脳梗塞を予防するために高齢者に抗凝固療法を導入したり維持したりするには、注意深くて個別化した意思決定が必要となります。余命が長い患者には抗凝固療法は最大限の効果があり、その利益は年とともに減っていきます。フレイルや多疾患併存を含めて多くの患者にはワーファリンよりはDOACの方が好まれますが、意思決定には値段や患者の好みや服用回数なども考慮して意思決定をしなくてはなりません。終末期の患者、つまり抗凝固療法の利益が見込めないくらい余命が短かそうな患者や害に苦しみそうな患者は、抗凝固薬をやめるよう努力すべきです。

<左心耳閉鎖>
左心耳閉鎖の合理性は、心房細動患者の左房内血栓のほとんどが左心耳にできるという観察研究に由来します。左心耳閉鎖にはワーファリンと同等の脳塞栓予防効果があり、出血合併症を避けられます。左心耳閉鎖とDOACの比較にはしっかりしたデータがなく、さらなる研究結果に注意することが求められます。
左心耳閉鎖の効果と安全性は、ワーファリンと比較した非劣性試験が2つ行われています。当初はこれら2つの結果は相反するものでした。PROTECT AF試験では、脳梗塞、全身の血栓症、心血管死に非劣性が示されましたが、それより高齢で、もっと多疾患併存の患者を組み込んだPREVAIL試験では、非劣性は示せませんでした。これらの相違はその後5年間の患者レベルでのメタアナリシスで弱められ、プライマリアウトカムで2.8/100人年(左心耳閉鎖)vs3.4/100人年(ワーファリン)でした。さらに、左心耳閉鎖群に割り付けられた患者は、脳出血や脳卒中後遺症が少なかったのです。
左心耳閉鎖がワーファリンと比較して研究されたことは重要です。アピキサバンなどもっと脳梗塞予防に効果的で出血リスクも低いものが好まれるようになって、ワーファリンの使用頻度は減っています。DOACと比較しても左心耳閉鎖の有効性は非劣性であるとするエビデンスも前に出されましたし、いまもRCTが進行中です。
あらゆる処置と同じように、合併症は高齢者で特に考えなくてはいけないことです。PREVAIL試験では4.2%の合併症発生率でした。左心耳閉鎖装置の認可後の観察分析では、この割合は2.2%まで下がっています。80歳より高齢の患者では、入院中の有害事象がもう少し高くなっていました。入院中の転機を超えて、フレイルな高齢者には、顕著に高い有害事象が退院後に生じていました。
左心耳閉鎖から最も利益を得られそうな患者を選ぶことに関しては、実践とエビデンスに大きな溝があります。経口抗凝固療法なしと比べると、左心耳閉鎖がもっとも確実に塞栓リスクを減らしそうですが、出血リスクを考慮して経口抗凝固療法を受けそうもない患者は、認可前の研究からもっとも除外されていそうです。老年症候群が併存している患者は、経口抗凝固療法を受けることが少なそうですが、重大な処置合併症が起きる頻度が増しそうですし、左心耳閉鎖後に永続するアスピリンでの抗血小板療法による出血合併症の頻度も増しそうです。
メディケアやメディケイドは、長期の経口抗凝固療法が禁忌の患者にのみ、左心耳閉鎖を認めています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインでも、左心耳閉鎖は、不可逆的な原因によって長期の抗凝固療法が禁忌の患者に中等度推奨、出血リスクが高い患者に弱い推奨となっています。
高齢患者も左心耳閉鎖を支持するRCTに多く組み込まれました。だから元気な患者は、65歳以上であってもガイドラインの推奨に従って左心耳閉鎖を提案されるべきです。多疾患併存やフレイルな高齢患者は、リスクへの耐性や、処置合併症、長期的な抗凝固療法以外の抗血栓療法の利益を考慮して、個別に意思決定するとよいでしょう。終末期の患者は、左心耳閉鎖の適応にはなりません。

<新しい治療法>
新しい治療戦略は、高齢の心房細動患者のケアに影響するかもしれません。スクリーニングでは、消費者のデバイスによって心房細動の発見を強化して治療することが脳梗塞を減らすかどうかという基本的な疑問が、アップルウォッチでのスクリーニングに無作為割付するHEARTLINE研究が行われています。出血リスクを減らしつつ血栓リスクを減らすと仮定される、これまでと異なる凝固カスケード蛋白(第Ⅺa因子、第Ⅻa因子)を標的にした新規抗凝固薬について行われているRCTでは、高齢の心房細動患者が主要な被験者層になっています。カテーテルアブレーション後の最適な抗凝固療法については、抗凝固療法が中止可能なのかどうかも含めて調べられています。また、持続的なリズムモニタリングに並行して間欠的に抗凝固療法を行う方法も調べられています。最後に、Shared decision makingは高齢者に対しては賞賛される目標ですし、ガイドラインで推奨もされますが、最適なフォーマットや、それが臨床結果を改善するかどうかについてはいくつかの研究が行われています。

<ガイドライン>
心房細動のマネジメントについてはいくつかの臨床ガイドがあります。このレビューを編集している最中、2024年8月にRSCガイドラインが更新されました。これらのガイドラインは、認知機能障害のある心房細動の高齢患者の抗凝固療法についての性を設けていて、今回報告したエビデンスやガイダンスに概ね一致しています。2024年のESCガイドラインでは、フレイルや認知症を含む多疾患併存のある高齢患者について、抗凝固療法を支持するエビデンスが欠如していることを新たに強調しています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインでは、Shared decision makingについての短い議論を組み込みましたが、主にそれが臨床的な良い結果につながるというデータが欠けていることに焦点が当てられていました。2021年に更新された英国からのNIHのガイダンスでは、心理的サポート、社会的サポート、つながりを作る情報、教育的な情報を含む、「個人化されたケアのパッケージ」を求めています。最後に、2020年のCanadian Cardioligy Societyのガイダンスは、心房細動ケアの多職種モデルも提案しています。

‐結論-
心房細動を何十年も研究して臨床現場でケアしてきたので、罹患率や死亡率は劇的に減ってきました。ですが、心房細動は加齢に伴う典型的な疾患のままですし、疾患に焦点を当てたアプローチだけを使うと、木を見て森を見ないことにつながってしまいます。私達は現存するエビデンスを雑多なニーズをもつ高齢者に適用する枠組みを提示しました。そうする中で、増え続ける心房細動の高齢患者に対して個別化されたケアを行うためのエビデンスを強化することに努力する必要性にも焦点を当てました。複雑でフレイルな患者を組み込み、高齢者にとって認知のような重要な結果を調べる、実践的な研究が増えているので、励まされます。今後の臨床研究では、厳格な除外基準を設けず、私達の現場で出会う患者を反映した患者を組み込んで行うべきです。患者の主観的結果を使う事が増えており、臨床研究のプライマリアウトカムやセカンダリアウトカムも、狭い臨床的イベントから抜け出して患者の優先項目に基づくべきです。エビデンスに基づくshared decision makingは、抗凝固療法についてもっとも進んでいますが、心房細動のマネジメントのあらゆる面に広げるべきです。ほとんどの心房細動患者は、他にも複数の悩ましい慢性疾患のガイドラインに従わなくてはならないことを認識して、私達は患者の目標を思考したケアに基づいた枠組みを受け入れなくてはなりません。

【開催日】2025年9月3日

GLP-1受容体作動薬は魔法の薬なのか?-目の前の患者へ適用する際に注意すべきこと,メンタルヘルスの観点から-

‐文献名-
Ueda P, Söderling J, Wintzell V, Svanström H, Pazzagli L, Eliasson B, Melbye M, Hviid A, Pasternak B.
GLP-1 Receptor Agonist Use and Risk of Suicide Death.
JAMA Intern Med. 2024 Nov 1;184(11):1301-1312. doi: 10.1001/jamainternmed.2024.4369. Erratum in: JAMA Intern Med. 2024 Nov 1;184(11):1396. doi: 10.1001/jamainternmed.2024.6163.
PMID: 39226030; PMCID: PMC11372654.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39226030/

‐要約-(Abstract)
重要性・背景 グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬の使用と,自殺念慮および自傷行為のリスク増加との関連について懸念が提起されている.肥満手術後にGLP-1が増加することが知られていることもあって(Ann Surg 2009; 250: 234-241),GLP-1受容体作動薬で自殺念慮が増加する可能性が懸念されていた.2型糖尿病の治療および減量のために使用されるGLP-1受容体作動薬と自殺念慮との関連に関する懸念は,米国食品医薬品局(および欧州医薬品庁)に提出された症例報告に続いて提起された.
目的 日常的な臨床現場におけるGLP-1受容体作動薬の使用と自殺死のリスクとの関連を評価すること.
デザイン,設定,参加者 この実薬対照・新規使用者コホート研究では,2013年から2021年までのスウェーデンとデンマークの全国的な登録データを使用した. GLP-1受容体作動薬または比較薬であるナトリウム・グルコース共輸送体-2(SGLT2)阻害薬による治療を開始した18歳から84歳の成人を対象とした. データは2024年3月から6月にかけて分析された.
曝露 GLP-1受容体作動薬またはSGLT2阻害薬による治療の開始.
主要アウトカムと測定項目 主要アウトカムは,死因登録に記録された自殺死であった. 副次アウトカムは,自殺死と非致死的自傷行為の複合,およびうつ病と不安関連障害の新規発症の複合であった. 傾向スコア重み付けを用いて,ハザード比(HR)と95% CIを両国で個別に計算し,メタアナリシスで統合した.
結果 合計で124,517人の成人がGLP-1受容体作動薬を,174,036人がSGLT2阻害薬を開始した. GLP-1受容体作動薬使用者の中で,平均(SD)年齢は60(13)歳であり,45%が女性であった. 平均(SD)2.5(1.7)年の追跡期間中に,GLP-1受容体作動薬使用者で77件,SGLT2阻害薬使用者で71件の自殺死が発生した.重み付け後の発生率は,1000人年あたり0.23件対0.18件(HR, 1.25; 95% CI, 0.83-1.88)であり,絶対差は1000人年あたり0.05(95% CI, -0.03~0.16)件であった. 自殺死と非致死的自傷行為のHRは0.83(95% CI, 0.70-0.97)であり,新規発症のうつ病および不安関連障害のHRは1.01(95% CI, 0.97-1.06)であった.
結論と関連性 主に2型糖尿病患者を含むこのコホート研究では,GLP-1受容体作動薬の使用と自殺死,自傷行為,または新規発症のうつ病および不安関連障害のリスク増加との関連は示されなかった.GLP-1受容体作動薬使用者における自殺死は稀であり,信頼区間の上限は,1000人年あたり0.16件以下の絶対リスク増加と矛盾しないものであった.

‐結果-

Discussion(本文中のものを抜粋)
•測定されていない交絡因子: 精神障害や社会経済的地位など,多くの潜在的な交絡因子を調整したが,測定されていない交絡 
が結果に影響を与えた可能性は否定できない.
•一般化可能性の問題: この研究の対象は主に2型糖尿病患者であった.そのため,糖尿病ではない肥満患者にこの結果をその
まま当てはめることはできない可能性がある.
•薬剤ごとの影響: 使用された薬剤は主にリラグルチド(ビクトーザ)とセマグルチド(オゼンピック,ウゴービ,リベルサ
ス)であった.個々の薬剤ごとに自殺念慮との関連が異なる可能性はあるが,イベント数が少なかったため,薬剤ごとの詳細
な分析はできなかった.
•追跡期間: GLP-1受容体作動薬使用者の平均追跡期間は2.7年だった.より長期間使用した場合にリスクが現れる可能性は残
っている.
•アウトカムの誤分類と過少報告:
 o一部の自殺死が誤って分類されている可能性がある.
 o特にデンマークでは,致死的でない自傷行為は過少報告される傾向があり,このアウトカムの絶対リスクは過小評価されて
いる可能性が高い.
 o自殺死や医療機関での診断に至らなかった自殺念慮や自傷行為は評価できていない.
•統計的検出力の限界: 自殺死のリスクが低かったため,研究の検出力には限界があり,より小さなリスクの差を検出すること
はできなかった.

【開催日】2025年8月13日

ありのままを物語る:完全ではない医療実践の多様な物語から学ぶ

ー文献名ー
Bearman M, Molloy E, Varpio L. Narrative candour: Learning from diverse stories of imperfect medical practice. Med Educ. 2025;1‐8.

‐要約-
<序論>
医学教育ではストレスやバーンアウトを引き起こすことが多く、研修医の苦悩に寄与する要因となる。この論文では物語理論を基盤に、これまでの「英雄的な医師の神話」と「例外主義の言説」がこれらの苦悩にどのように寄与するかを考察し、「ありのままで率直な」小さな物語を活用することでこれらの神話を相殺し、より協力的で包摂的な教育実践を促進する可能性を提言している。

<理論的枠組み>
従来の「英雄的な医師」の神話は自己犠牲と卓越性を促進しますが、同時に日常の行為や医療チーム全体の貢献を覆い隠しています。医師の多様な役割を評価するためには、より多様な物語が必要かもしれません。代替的な物語(カウンターナラティブを含む)は、日常の臨床教育における支配的な物語に挑み、通常は聞き逃されがちな声を強調することで、新たな視点を提供し、慣習を打破する貴重な洞察をもたらす可能性があります。

<概念化 >
「物語の率直さ」は、実践における理想的でない物語を明らかにすることで学習を促進する教育アプローチとして提示されます。これは、非公式な実践の相互作用、正式なカリキュラム、儀式的な機会において適用可能です。日常の不完全な4つの物語——例えば、医師が主人公ではない瞬間、偉大さのない感動、解決されない問題—は、物語の率直さを現実のものとする手段として提示されます。

これらの物語は四つの機会で伝えられる可能性があります:正式な表彰式(例えば卒業式)でコミュニティのベテランメンバーによって語られる、同輩と共有される、日常の医療提供の非公式な物語に組み込まれる、など。

<結論>
物語の率直さは、医師を複雑で多様な人間として理解し、単なる「例外的な英雄」のステレオタイプを超越するため、個人、関係性、そしてより広いコミュニティに大きな影響を与える可能性がある。

本文抜粋
この論文では教育者にとってどのような種類の代替手段が利用可能かを理解するためにカウンターナラティブというアイデア・概念を用いた。医学教育において、ストーリーテリングは、医療現場の多様で地域に根ざした経験を矛盾した質感のある例証として提供することで、英雄的な医師神話を直接覆すことが可能となる。
これまでも医学教育における物語の力は、すでに広く認識され、医療専門家の物語に焦点を当てることで、ナラティブの力を教育に活用できると提言しきてきたが、私たちは「物語の率直さ」という新しい概念を提案します。これは、人間が等しく共有する不完全さへの共感を育むための手段です。同時に、教育者の物語が実践における不完全さを明らかにすることで、信頼性を失わせる可能性があることにも留意します。

物語の率直さは、個人やコミュニティを形作る可能性のある「小さな物語」の力に支えられた教育技術として概念化されています。 教育と学習の場面で小さな物語がどのように機能するかを考える上で、私たちは知的な率直さというアイデアからインスピレーションを得ています。これは医療現場における小さな物語、つまり理想的とは言えない、不確実で、未解決で、不安定で、おそらくは平凡な物語を明らかにすることだと私たちは考えています。このような小さな物語は、無私の超人を中心とした医療現場の核となる考え方に反します。この教育的アプローチは、創発的で、手探りで、脆弱な思考を明らかにすることに焦点を当てています。

<4つの率直な物語>
5.1 日常の不完全さの物語
小さな失敗の物語を語ることに焦点を当てること。

5.2 医師が脇役として登場する物語
医師は、自らが主人公ではない物語を語ることがあります。主人公が全くいない物語もありますが、代わりにチームが協力してケアを提供する物語もあります。時には、並外れたチーム、つまり全体が個々の部分の総和をはるかに超える特別な仕事関係についての物語を語る価値があるのです。

5.3 偉大さを伴わずに感動を与える物語
日常生活の平凡な瞬間(花を買う、交通をナビゲートするなど)が認識と反省の強力な瞬間となり得る。匿名の人々とささやかながらも力強い瞬間を共有することなど、医師としての日常業務をきちんとこなすことが十分であり、かつ重要であるという物語を共有しています。

5.4 解決のない物語
多くの医師にとって、劇的な解決は日常的な経験ではありません。また医師はしばしば物語の結末を知りません。簡単には終わらない物語を提供することで、私たちは患者の状態がしばしば不明確(曖昧)であり、場合によっては予測不可能(不確定)である臨床診療の現実を反映しています。

<率直な物語を共有する4つの機会>
6.1 卒業式、表彰式、その他同様の公式行事
6.2 上司、メンター、その他の経験豊富な臨床医からの日常の話
6.3 ピア共有フォーラム
6.4 教育シナリオ

< 率直な語りによって何が生まれるのか?>
物語の率直さによって人間の弱さが臨床業務の必要な部分であることを強調し、それによって、特に疎外された人々の恥、罪悪感、燃え尽き症候群を軽減できるのではないかと提案します。また関係性のレベルでは、物語の率直さが信頼を築く可能性を示唆しています。語り手と受け手を人間らしく見せることができ、年上の同僚に対する認識論的権威を変える可能性もあります。最終的には医療の文化的慣行に影響を与えたいということです。学習者は卓越性を目指して例外主義ではなく努力することができ、他の人の成功が自分の失敗ではないことを理解できるようになります。

<制限事項と今後の課題>
今後の研究者は経験的データがほとんどない新たな現象を探求し、モデル化することができる。このアイデアが経験的に研究され、将来の研究を通じて確認、反論、または拡張される可能性がある

<結論>
私たちは、医師の英雄神話と医学教育に蔓延する例外主義の言説に立ち向かう必要があると提言します。物語の率直さは、それらが課す制約を緩和し、同時に、協力、支援、苦闘、そしてありふれた日常業務といった多様な物語を価値あるものにするための余地を生み出すのに役立つと提言します。小さな物語を通して、謙虚さを尊重し、協力的な信頼を築き、そして集団的価値観を変えるという困難な作業を実現できるのではないかと提言します。

【開催日】2025年8月6日

不十分なエビデンスに基づき商業化されたがんのスクリーニング検査とどう向き合うか

-文献名-
Juntaro Matsuzaki, et al. Prediction of tissue-of-origin of early stage cancers using serum miRNomes. JNCI Cancer Spectrum, 2023, 7(1), pkac080.

-要約-

【背景】
悪性新生物(がん)は本邦の死因順位の第1位であり、全死亡者の25%以上を占めており、がん死亡を減少させるために、簡便ながんの早期診断技術の開発が待望されている。各臓器に特化した様々な診断技術が着実に進歩している一方、単一の低侵襲検査システムによって多種の悪性腫瘍を一度にスクリーニングできる「多がん早期検出(multi-cancer early detection: MCED)」技術の実用化が検討されている。MCEDの検出対象物として最も有望なのは血液であり、そこに含まれる細胞外DNA(cell-free DNA:cfDNA)、細胞外RNA、エクソソームなどの細胞外小胞、血小板(tumor-educated platelet)中のRNAなどによる検査技術開発が進行している。血中の細胞外RNAのうち、最も量が多く含まれているものがマイクロRNA (miRNA)です。miRNAは細胞外小胞に包含されるなどの様式で細胞外へ分泌され、他の細胞に取り込まれることによって、細胞間コミュニケーションツールとしての役割を担うことがある。腫瘍サイズが小さい段階から、腫瘍細胞やその周辺の細胞などが通常とは異なるmiRNAの分泌を自律的に開始することから、従来の腫瘍マーカーよりもその変化が早く血中に現れやすく、がん早期診断に適しているのではないかと考えられている。
2014年より国立研究開発法人日本医療研究開発機構の次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業の支援を受け、『体液中マイクロRNA測定技術基盤開発プロジェクト』が実施された。
【方法】
国立がん研究センターバイオバンク、国立長寿医療研究センターバイオバンク等を活用し、固形がん9,921例[乳がん675例、膀胱がん399例、胆道がん402例、大腸がん1,596例、食道扁平上皮がん566例、肺がん1,699例、胃がん1,418例、肝細胞がん348例、膵がん851例、前立腺がん1,027例、卵巣がん400例、骨軟部肉腫299例、脳腫瘍241例]と非がん対照5,643例、および各種良性疾患626例の血清miRNAプロファイルを解析した。

【結果】
全体の5分の4に相当するサンプル数で機械学習モデルにmiRNAデータを学習させ、残りの5分の1のデータによってがんの種類を予測したところ、診断予測精度は全ステージで0.88(95%信頼区間:0.87-0.90)、特に早期診断の意義が高いステージ0からIIに限っても精度0.90(95%信頼区間:0.88-0.91)と高い性能が得られた(Figure2)。数字は正しく診断された割合(%)を示す。診断ステージ0からIIにおいても、ステージIII~IVと同等の性能がみられ、早期診断ツールとしての活用が期待できる。胆道がんは他がんに比べて診断難易度が高いことも判明した。(BR: 乳がん、BL: 膀胱がん、BT: 胆道がん、CR: 大腸がん、ES: 食道扁平上皮がん、GA: 胃がん、GL: 脳腫瘍、HC: 肝細胞がん、LU: 肺がん、OV: 卵巣がん、PA: 膵がん、PR: 前立腺がん、SA: 骨軟部肉腫)

Figure2


なお、この性能は機械学習アルゴリズムによって大きな差異があり、機械学習の最適化の重要性も明らかとなった。研究グループでは、血中miRNA診断に最適なアルゴリズムとして、深層学習を含む階層的アンサンブルアルゴリズム (the Hierarchical Ensemble Algorithm with Deep learning: HEADモデルと命名)を構築し、上記の診断予測精度を達成したが、用いる機械学習アルゴリズムによっては、HEADモデルよりも診断性能が大きく劣っていた。さらに本研究で作成したデータベースに加えて、公開されているmiRNA情報も活用することで予測精度を向上させる「転移学習」が活用できることや、この統合情報より、がんの種類を予測するために重要なmiRNAの絞り込みを行った結果も報告した。

【考察】
本研究の成果は、バイオバンクに保管された血清を用いて得られたものである。新たに収集した血清検体でもこの結果が再現されるかどうか、検証を進めています。また本研究で見出した、特に注目すべきmiRNAの血中での含有量が、どのようなメカニズムで調節されているのかを引き続き追究している。本研究で得られたmiRNAデータと、解析に用いた機械学習コードはすべて公開しており、この研究領域のさらなる活性化を促進するためのリソースとしての活用が期待される。

【開催日】2025年7月9日

エビデンスを嫌う人たちへの対応を考え直す

‐文献名-
エビデンスを嫌う人たち 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか
リー・マッキンタイア著 西尾義人訳 国書刊行会 2024年5月初版

‐要約-
はじめに
著者は、科学哲学・科学史家で、現在某トン大学哲学・科学史センター研究員。
科学否定論についての本で、そのような人々とのより良い向き合い方について考察している。科学否定論とは科学で広く支持されている事実や証拠、合意を否定する考えを示す。例えば、地球温暖化をはじめとする気候変動は人類の活動のせいではない、ワクチンは有効どころか有害である、などである。また民間療法を信じるあまりに標準治療の効果を否定したり、極端なものになると、地球は球体ではなくただの平面であるという、フラットワース説まである。この本では、一連の科学否定論の否定や論破ではなく、理解することを諦めて「危きに近寄らず」とばかり彼らから遠ざかるわけでもない。その逆に、科学否定論者ひとり一人に会い、共感し、敬意をもって傾聴し、対話し、信頼関係を育む、こうした親身な姿勢が、彼らとのより良い向き合い方へのつながる、というのが主旨である。

科学否定論の5つの共通項
科学否定論の歴史は、20世紀前半にタバコがアメリカ全土へ普及していた。それが1950年台の喫煙と肺がんの因果関係を示す研究が増えはじめ、それに対してタバコ産業界が、巨額の資金をバックにして、喫煙と肺がんの因果関係に疑問を呈するキャンペーンを繰り広げた。キャンペーンの目的は、何もないところに論争を作り出す、ことであった。
1) 証拠のチェリーピッキング:自分に都合良い証拠や文献だけをつまみ食いすること。
2) 陰謀論への傾倒:闇の勢力が世間には秘匿された陰謀を企てていると信じ込むこと。
3) 偽物の専門家への依存:専門家として権威を持つように見せかけつつ、科学的合意と矛盾したことを述べる人物を信  頼すること
4) 非論理的な推論:藁人形論法*や飛躍した結論等の誤った推論のこと
5) 科学への現実離れした期待:科学に「完璧な証明」をもとめ、不確実性がわずかに残る説や合意は信頼すべきではな いと判断すること 
*藁人形論法の例:「温室効果ガスが増加した原因は人間活動だけではない」という意見が、否定論者から出されるが、それに反対する気候科学者はいない。重要なのは温室効果ガスの主な原因が、人間の活動にあるかどうかであって、他の原因の存在が人為的な気候変動に対する反対意見になる、と考えること
このような5つの特徴は、相互に絡み合うことで科学否定論者の信念をより強固なものにしている。

科学否定論者の考えを変えるにはどうしたらいいか
彼らに情報不足や不合理な点を自覚してもらい、彼らの証拠集めや推論方法がいかに不適切であるかを教えればきっとわかってくれるはず、という方法は限界がある。筋金入りの科学否定論者となると、科学の否定が、自分のアイデンティティになっている場合もあり、そのような場合は、自分の主張に不利な証拠に触れることは、これまでの価値観やコミュニティへの帰属意識に脅威をもたらし、より一層、アイデンティティを守ろうとして科学否定にのめり込んでいくこともある。
そこで、まずは彼らに「共感・敬意・傾聴」を示し、信頼関係を構築した後に、それに基づく対話をすることである。質問してみたり、客観的な証拠を見せるなどして、疑いの種をまく。誰がどうやって証拠を提示するか、という視点がポイントである。

【開催日】2025年7月2日