‐文献名-
エビデンスを嫌う人たち 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか
リー・マッキンタイア著 西尾義人訳 国書刊行会 2024年5月初版
‐要約-
はじめに
著者は、科学哲学・科学史家で、現在某トン大学哲学・科学史センター研究員。
科学否定論についての本で、そのような人々とのより良い向き合い方について考察している。科学否定論とは科学で広く支持されている事実や証拠、合意を否定する考えを示す。例えば、地球温暖化をはじめとする気候変動は人類の活動のせいではない、ワクチンは有効どころか有害である、などである。また民間療法を信じるあまりに標準治療の効果を否定したり、極端なものになると、地球は球体ではなくただの平面であるという、フラットワース説まである。この本では、一連の科学否定論の否定や論破ではなく、理解することを諦めて「危きに近寄らず」とばかり彼らから遠ざかるわけでもない。その逆に、科学否定論者ひとり一人に会い、共感し、敬意をもって傾聴し、対話し、信頼関係を育む、こうした親身な姿勢が、彼らとのより良い向き合い方へのつながる、というのが主旨である。
科学否定論の5つの共通項
科学否定論の歴史は、20世紀前半にタバコがアメリカ全土へ普及していた。それが1950年台の喫煙と肺がんの因果関係を示す研究が増えはじめ、それに対してタバコ産業界が、巨額の資金をバックにして、喫煙と肺がんの因果関係に疑問を呈するキャンペーンを繰り広げた。キャンペーンの目的は、何もないところに論争を作り出す、ことであった。
1) 証拠のチェリーピッキング:自分に都合良い証拠や文献だけをつまみ食いすること。
2) 陰謀論への傾倒:闇の勢力が世間には秘匿された陰謀を企てていると信じ込むこと。
3) 偽物の専門家への依存:専門家として権威を持つように見せかけつつ、科学的合意と矛盾したことを述べる人物を信 頼すること
4) 非論理的な推論:藁人形論法*や飛躍した結論等の誤った推論のこと
5) 科学への現実離れした期待:科学に「完璧な証明」をもとめ、不確実性がわずかに残る説や合意は信頼すべきではな いと判断すること
*藁人形論法の例:「温室効果ガスが増加した原因は人間活動だけではない」という意見が、否定論者から出されるが、それに反対する気候科学者はいない。重要なのは温室効果ガスの主な原因が、人間の活動にあるかどうかであって、他の原因の存在が人為的な気候変動に対する反対意見になる、と考えること
このような5つの特徴は、相互に絡み合うことで科学否定論者の信念をより強固なものにしている。
科学否定論者の考えを変えるにはどうしたらいいか
彼らに情報不足や不合理な点を自覚してもらい、彼らの証拠集めや推論方法がいかに不適切であるかを教えればきっとわかってくれるはず、という方法は限界がある。筋金入りの科学否定論者となると、科学の否定が、自分のアイデンティティになっている場合もあり、そのような場合は、自分の主張に不利な証拠に触れることは、これまでの価値観やコミュニティへの帰属意識に脅威をもたらし、より一層、アイデンティティを守ろうとして科学否定にのめり込んでいくこともある。
そこで、まずは彼らに「共感・敬意・傾聴」を示し、信頼関係を構築した後に、それに基づく対話をすることである。質問してみたり、客観的な証拠を見せるなどして、疑いの種をまく。誰がどうやって証拠を提示するか、という視点がポイントである。
【開催日】2025年7月2日