結婚生活の破綻は心不全リスクを高める:前向き研究

ー文献名ー
Marital Failure and Subsequent Heart Failure: A Prospective Study
Xia R, Lin L, Li Y, Zhang Z, Peng Y, Yang W, Huang Y, Chen S, Wu S, Gao X. Marital Failure and Subsequent Heart Failure: A Prospective Study. J Am Heart Assoc. 2025 Sep 16;14(18):e040791. doi: 10.1161/JAHA.124.040791. Epub 2025 Sep 4. PMID: 40905653.

‐要約-
Introduction (はじめに)
心不全(HF)は世界的に公衆衛生上の大きな課題となっており、世界で推定6,430万人が診断されています。安定した夫婦関係は死亡リスクの低下と関連することが以前から分かっていますが 、離婚などの親密な関係の喪失は心血管疾患の発症に寄与する可能性がある有害なライフイベントです。
先行研究では、不安定な婚姻状態が虚血性心疾患や脳卒中などの心血管疾患リスクの上昇と関連することが示されていますが、夫婦関係の破綻がその後の心不全の発症リスクと関連するかどうかについては、限定的なエビデンスしかありませんでした。したがって、著者たちは大規模な前向きコホート研究(Kailuan Study IおよびII)のデータを利用し、夫婦関係の破綻とその後の心不全リスクとの関連を調査しました 。
Method (方法)
この研究は、中国のKailuan Study IおよびKailuan Study IIのデータを利用したコホート研究です 。
対象者とデザイン
ベースライン時に婚姻状況が記録されていた166,042人の参加者から、40歳未満、がんまたは心不全の既往がある参加者を除外し、最終的に125,042人を解析に含めました 。
参加者の中央値追跡期間は13.5年でした 。
婚姻状態の評価
婚姻状態は、複数回の自己申告によるアンケートを通じて収集・更新されました 。
参加者は以下の3つのグループに分類されました:
夫婦関係の安定(Marital stability): 既婚を報告し、離婚・死別・再婚の記録がない者、または未婚から既婚に移行した者 。
夫婦関係の破綻(Marital failure): 既婚から未婚、離婚、または死別に移行した者。
その他の婚姻状態(Other marital status): 上記以外(例:一貫して未婚のまま)の参加者。
心不全(HF)の特定
心不全の症例は、隔年インタビュー、病院記録、社会保険、死亡登録の4つの情報源を相互参照して特定され、2人の経験豊富な心臓専門医によって確認されました 。
統計解析
夫婦関係の破綻と心不全リスクとの関連は、Cox比例ハザードモデルを用いて分析されました 。
分析モデルは、社会人口統計学的および生活習慣因子、生化学的パラメーター、病歴を調整しました(モデル4)。
サブグループ解析として、教育レベルやライフスタイルスコア(喫煙、飲酒、身体活動、塩分摂取、BMIに基づき0~5点で評価)との交互作用も検討されました 。
婚姻破綻後の短期から長期にわたる影響を調べるため、1年、2年、5年のラグ解析も実施されました 。
Results (結果)
基本特性
参加者125,042人中、**6,042人(4.83%)**が夫婦関係の破綻を経験していました 。
中央値13.5年の追跡期間中に、3,779件の新規心不全症例が記録されました 。
夫婦関係の破綻と心不全リスク
夫婦関係の安定と比較して、夫婦関係の破綻は心不全のより高いリスクと関連していました 。
社会人口統計学的および生活習慣因子、生化学的パラメーター、病歴を調整した最終モデル(モデル4)では、夫婦関係の破綻における心不全のハザード比(HR)は1.30(95%信頼区間[CI], 1.14–1.49)でした。
その他の婚姻状態(一貫して未婚など)のハザード比は1.00(95% CI, 0.77–1.30)で、心不全リスクとの有意な関連は認められませんでした。
時間経過による関連の減衰(ラグ解析)
夫婦関係の破綻と心不全リスクとの関連は、時間とともに
減衰する傾向が見られました 。
この結果は、結婚の破綻による潜在的な影響が短期的な心不全リスクに対してより強いことを示唆しています 。
サブグループ解析 (教育とライフスタイル)
夫婦関係の破綻と心不全リスクとの関連は、以下のグループでより顕著でした 。
教育レベルが高い個人:
大学以上: HR 1.69(95% CI, 0.87–3.28)
高校: HR 1.54(95% CI, 1.30–1.82)
小学校以下: HR 0.95(95% CI, 0.73–1.22)
交互作用のP値は0.001で、有意でした。
ライフスタイルスコアが低い個人(不健康な生活習慣):
低スコア(0-2):HR1.59(95% CI, 1.24–2.04)
高スコア(5):HR0.98(95% CI, 0.65–1.48)
交互作用の**P値は0.01**で、有意でした。
健康的な生活習慣は、夫婦関係の破綻が心不全リスクに及ぼす潜在的な悪影響を緩和する可能性があることが示されました 。
Discussion (考察)
本研究は、夫婦関係の破綻がその後の心不全リスク上昇と関連することを特定した、初めてのコミュニティベースの前向き研究です 。
関連性の背後にある機序
夫婦関係の破綻は、低い社会的支持と高い社会的孤立リスクに関連しており、これが行動的および生物学的経路を通じて心血管系の脆弱性を悪化させます 。
持続的な心理社会的ストレスは、交感神経系の活性化、コルチゾールの上昇、炎症性サイトカインの増加を引き起こし、これらすべてが心血管の健康に悪影響を及ぼします 。
配偶者からのケアや経済的サポートの喪失は、医療の利用を制限し、高血圧や糖尿病などの修正可能な心血管リスク因子の早期介入の遅れにつながる可能性があります 。
教育レベルに関する知見
高い教育レベルを持つ参加者で関連がより顕著であったという発見は、先行研究とも一致しています 。
この層の個人は、配偶者に深い感情的・実質的なサポートを期待しているため、夫婦関係の破綻がより広範囲な心理的・感情的苦痛を与える可能性があります 。
研究の限界と残された課題
婚姻状態の誤分類の可能性: アンケートに基づく婚姻状態の分類では、安定した非婚の同棲を単身と区別できず、誤分類バイアスが生じる可能性があります。ただし、中国における同棲の有病率が低いことで、このバイアスの影響は軽減されると予想されます 。
心不全発生率の過小評価: 軽度で無症候性の心不全で医療機関を受診していない個人の症例は記録されていない可能性があり、心不全の発生率が過小評価されているかもしれません 。
心理的要因の欠如: Kailuan Studyでは2016年以前の心理的・感情的な幸福度に関するデータが収集されておらず、社会的孤立や抑うつなどの心理的要因が観察された関連の根底にあるかどうかを検証できませんでした 。
女性の少ないサンプルサイズ: 性別と婚姻状態の関連を評価する統計的検出力が不足しており、性差に関する結果を解釈する際には注意が必要です 。
一般化可能性の限定: Kailuan Studyは全国的に代表性のあるコホートではないため、研究結果の一般化可能性が限定される可能性があります 。
結論
本研究は、夫婦関係の破綻が心不全のより高いリスクと関連しており、特に教育レベルが高い個人や不健康な生活習慣を持つ個人でこの関連が強いことを示しました 。
夫婦関係の破綻は、リスクの高い集団を特定し、それに応じた支援戦略(特に健康的なライフスタイルの促進)を策定する上で、注目すべき社会経済的要因である可能性を強調しています 。今後の研究では、この関連の根底にある心理社会的メカニズムに焦点を当てるべきです 。

【開催日】2025年10月1日

多職種連携チームにおけるフォロワーシップ

ー文献名ー
Barry ES, Teunissen P, Varpio L.
Followership in interprofessional healthcare teams: a state-of-the-art narrative review.
BMJ Leader. Published Online First: 2023.

‐要約-
Introduction
 効果的なIHT(=interprofessional healthcare team):多職種連携チームは、医療過誤の削減、患者アウトカムの改善、資源の効率的利用に寄与することが研究で示されています。しかし、医学教育におけるこれまでの学術研究は、主にリーダーシップ開発に焦点が当てられており、フォロワーシップの責任や、リーダーシップとフォロワーシップの役割間を移行する能力にはあまり注意が払われてきませんでした。リーダーシップとフォロワーシップの両者は、医療チームが最適に機能するために医療従事者に求められるものです。本レビューは、IHTにおけるフォロワーシップの現在の概念化に至るまでの歴史的発展を明らかにし、この理解がIHTの教育、訓練、開発を導く新たな研究方向性を提案することを可能にすると述べています。

Method
 本研究は、構築主義的な研究指向に基づいた「State-of-the-Art: SotA文献レビュー」として実施されました。SotA文献レビューは、ある現象に関する知識がどのように進化してきたかを時系列で概観し、「現在地(これが現在の考え方)」「ここまでどうやって来たか(現在の考え方がどう進化してきたか)」「次にどこへ向かうべきか(将来の研究がどのように有用に方向づけられるか)」の3部構成で要約を提示します。本レビューは、バリーらが提唱する6段階のSotAレビュープロセスに準拠しました。
 PubMed、Embase、CINAHL、PsycINFO、Web of Scienceの5つのデータベースで英語文献を検索しました。初期検索で679件の論文が特定され、重複を除いた383件から、IHTにおけるフォロワーシップに関する48件の論文が最終的な分析対象となりました。
 分析は2段階で行われました。パート1では、各論文からフォロワーシップに関する定義、枠組み、議論されたスキル・資質・行動、フォロワースタイル、理論・概念化などの情報を抽出しました。パート2では、帰納的アプローチを用いて、IHTにおけるフォロワーシップの歴史的発展を検討し、変化、進化、ギャップ、前提などを分析しました。研究チームは、レビューが主観的指向に基づいているため、個々の研究者の視点が分析に影響を与えることを認識し、内省を行いました。

Results

1. IHTにおけるフォロワーシップの初期:1993年~2010年
 IHTにおけるフォロワーシップは、1993年に初めて論文で取り上げられました。この初期の時期の論文では、フォロワーシップはリーダー中心に捉えられており、フォロワーはリーダーに従属的であるとされていました。リーダーは能動的な言葉で、フォロワーは受動的な言葉で記述され、「指示を受け入れ、それを受けて適切な行動をとる者」や「リーダーへの服従の立場」と定義されていました。

2. フォロワーシップ焦点の転換点
 医療分野以外では、Robert Kelley (1988年)、Ira Chaleff (1995年)、Barbara Kellerman (2008年) といった学者が、フォロワーの新しい視点を提唱しました。
• Kelleyは、フォロワーを「受動的から能動的への軸」と「依存的で批判的思考をしないから、個人的で批判的思考をするへの軸」という2つの次元に沿って5つのタイプに分類することを提案し、フォロワーがリーダーの命令をただ受動的に実行する者ではなく、チームの努力に能動的に貢献する者であるという新しい概念化の基礎を築きました。
• Chaleffは、「グループの信頼の管理者としてリーダーに完全に加わる」ことができる「勇敢なフォロワー」の5つの次元を提案しました。これには、責任を負う、奉仕する、異議を唱える、変革に参加する、道徳的行動をとる、といった要素が含まれます。
• Kellermanは、エンゲージメントの低いフォロワーから、情熱的にコミットし能動的なフォロワーまで、5つのフォロワータイプを提案しました。 これらの学者の理論は、2011年以降、IHTにおけるフォロワーシップに関する査読付き文献に徐々に浸透し、2015年以降はこれらの理論が一般的に引用されるようになりました。この期間は、医療機関からの重要な報告書(例:Institute of Medicineの2000年報告書「To Err is Human」)の刊行と一致しており、これらの報告書とフォロワーシップ学者が、リーダー中心のチーム思考からより協調的なIHT実践へと焦点を移すのに貢献したと示唆されています。

3. IHTにおけるフォロワーシップの現在:2011年~現在
 2011年以降、IHTにおけるフォロワーシップに焦点を当てた論文が毎年多数発表されるようになり、世界中の研究チームが貢献しています。現在、フォロワーシップはIHT研究の重要な焦点として確立されていますが、論文全体にわたって2つの矛盾する特徴が存在します。
1. フォロワーは能動的なチームメンバーである:
 2011年以降の論文では、フォロワーシップがすべてのチーム作業(患者ケアの意思決定を含む)への積極的な参加として定義され、リーダーとフォロワー間の相互関係的な役割に焦点が当てられています。共有型リーダーシップモデルが普及している今日のIHTにおいては、「誰もが常にリーダーであるわけではなく、フォロワーは、特に自律性が望ましい専門職においては、受動的であることはめったにない」と強調され、個人がリーダーとフォロワーの役割間を流動的に移行できることが一般的に認識されています。
2. フォロワーシップに関する古い考え方が依然として存在する:
 フォロワーを能動的なIHTメンバーと認識することが一般的であるにもかかわらず、フォロワーシップに関する文献の一部では、依然として「従順な部下」といった伝統的な見方が強く残っています。これは、フォロワーという言葉が「やや侮蔑的な役割」として、あるいはリーダーの役割に「二次的」であると捉えられることがあるためです。
 この矛盾は、良いフォロワーシップに関連する資質の多様性を生み出しています。しかし、能動的なチームメンバーとしての役割を支持する以下の具体的なスキルや資質が強調されています。
チームと組織のより大きな目標を理解すること
意思決定と批判的思考へのより深い関与
効果的なコミュニケーション
成長志向を持つこと
状況への適応能力
自己認識と感情管理能力、他者の感情を認識し管理する能力
新しい能動的な協調的役割を担う勇気
正直で、信頼できる、信用できる存在であること
 さらに、現在のIHTにおけるフォロワーシップ研究では、フォロワーを力づけるために心理的に安全な環境を構築することの重要性が主張されています。

Discussion
 本研究の目的は、IHTに関連するフォロワーシップの現在の概念化につながった歴史的発展を明らかにすることでした。初期のリーダー中心の視点から、Kelley, Chaleff, Kellermanらの学者や、医療機関からの重要な報告書が、フォロワー中心の視点を推進し、IHTにおける協調的アプローチの発展に貢献しました。
 現在、フォロワーシップはIHT研究の重要な焦点となっていますが、フォロワーが能動的なチームメンバーであるという現代的な概念と、古い受動的なフォロワーシップの考え方が同時に存在するという矛盾があります。共有型リーダーシップが従来の階層ベースのチーム協調の期待に取って代わりつつあるため、フォロワーシップはIHTの有効性に寄与する重要な要因であると本研究は示唆しています。医療従事者をリーダーとフォロワーの両方として訓練することは、IHTがより現代的で平等主義的な協調的デザインを採用することを可能にします。フォロワーシップに必要とされるスキルは文脈に深く影響されるため、すべての医療状況に当てはまる万能な解決策はありません。しかし、心理的に安全な環境は、普遍的に必要とされる文脈的考慮事項であると強調されています。古い階層的なフォロワーの概念が文献に残っている限り、現代的な協調的デザインの実現は阻害されるでしょう。
 本研究は、リーダーシップとフォロワーシップが密接に関連した概念であることを明らかにしました。今日のIHTにおいてリーダーとフォロワーが能力を発揮するためには、より現代的なフォロワーシップの概念が実践に導入され、伝統的なリーダーシップの概念は放棄されなければなりません。能動的なフォロワーと共有型リーダーシップのモデルは、学習者がチームの能動的なメンバーとなり、リーダーの役職を持たない場合でもリーダーシップの役割に移行できるような教育現場で教えられるべきです。

Conclusion
 効果的なIHTのコラボレーションは、今日の医療の要石です。フォロワーシップに関して、概念的・実践的に古い考え方がまだ残っていますが、フォロワーがチームの能動的なメンバーであり、共有型リーダーシップモデルが効果的に使用されるという、より現代的なフォロワーシップの概念を採用する必要があります。この知識により、リーダーとフォロワーの育成に関する教育と訓練、および今後の研究は、IHTにおける共有型リーダーシップをより最適化できるようになります。

【開催日】2025年9月10日

高齢者の心房細動のマネジメント

‐文献名-
Parks AL, Frankel DS, Kim DH, Koh D, Kramer DB, Lidstone M, Fang MC, Shah SJ.
Management of atrial fibrillation in older adults. BMJ. 2024;386(e076246):1-12.
doi:10.1136/bmj-2023-076246

‐要約-
長いのでポイントを列挙
1.心房細動患者の80%は65歳以上で、加齢に伴い指数関数的に増え、65歳の人の1/3はいつか心房細動は細動を発症する(図1 ここでは省略)。
2.高齢の心房細動患者の39〜51%がフレイル。多疾患併存やポリファーマシーもよくある。
3.高齢者への心房細動のケアは個別化するアプローチが必要(図2)
4.高齢者にはガイドラインをそのまま適用できないことも多い
5.多疾患併存のある患者の治療負担や望まないケアを減らす効果的な方法として、 Patient Priorities Careがある。
6.予後が短い場合や、治療の害が利益を上回ると思われる場合には、治療の縮小も必要。
7.脳梗塞やTIAの既往のない一般住民への心房細動のスクリーニングの効果は不明(図3省略 図4)。
8.ライフスタイルへの介入がフレイルや多疾患併存のある高齢心房細動患者に有用かどうかは不明。予後が短い患者にはしないほうがよさそう。(図5)
9.高齢者の心房細動の症状は、若年者と異なり、疲労感や倦怠感が主症状になることもある。
10.ACC/AHA/ACCP/HRSによる2023年のガイドラインでは、レートコントロールよりもリズムコントロールの方が推奨されている。フレイルや多疾患併存のある人への一般化はまだ考えなくてはならないが、高齢者も比較的研究されている。
11.リズムコントロールの方法として、カテーテルアブレーションの方が抗不整脈薬よりも良く、元気な高齢者には推奨できる。フレイルや多疾患併存がある場合には個別に検討。(図6)
12.HFrEFが併存する場合は、早期のリズムコントロールによる洞調律の維持が推奨される。抗不整脈薬よりもカテーテルアブレーションの方が良い。
13.75歳以上のすべての心房細動患者は脳梗塞リスクが高いと考えられ、抗凝固療法が推奨されるが、高齢者、フレイルでポリファーマシーの患者、認知機能障害がある人などへの抗凝固療法についてのエビデンスは十分ではない(図7省略)。
14.出血リスク予測スコア(HAS-BLED、HEMORR2HAGES、ATRIAなど)は使用しないことを推奨。
15.抗凝固療法にはワーファリンよりもDOACを推奨。アスピリンは避けるべき。
16.重度のCKD、出血リスクが高まる薬剤の併用、低体重、重度の出血の既往がある高齢者への、低用量エドキサバンは有用そう。
17.eGFR30-59mL/minまたはstage3aや3bのCKDがある患者への抗凝固療法は有益だが、末期腎不全患者への抗凝固療法の有益性を示した研究はない。
18.抗凝固療法に関連する出血リスクを減らす方法として、抗血小板薬の併用を中止すること、高血圧やNSAIDsなどの出血リスク因子を減らす、複数の抗血栓薬を使うときはPPIを併用することがある(図8 省略)。
19.心房細動に関連する脳梗塞を予防するために高齢者に抗凝固療法を導入したり維持したりするには、注意深く個別化した意思決定が必要(図9)。
20.左心耳閉鎖は、元気な高齢者にはガイドラインに則って推奨、フレイルや多疾患併存の患者は個別に検討、終末期患者には適応なし。
21.アップルウォッチでのスクリーニング、第Ⅺa因子や第Ⅻa因子を標的にした抗凝固療法、カテーテルアブレーション後の抗凝固療法、適切なshared decision makingの方法について、現在も研究中。

<Introduction>
心房細動は高齢者に多いですが、ほとんどのRCTやガイドライン、レビューは他と切り離した単独の心房細動に焦点を当てています。心房細動だけに罹患している高齢者には適しますが、心房細動患者の多くはフレイルで、少なくとも1つの老年症候群や、複数の疾患を持ち、治療の優先順位も変わります。こうした高齢患者に、既存のエビデンスやガイドラインを、コンテクストを無視してそのまま当てはめることは、利益より害が上回るかもしれず、患者にとって最も問題になるものを扱っていないかもしれません。このレビューは、心房細動と多疾患併存の高齢者のマネジメントにおける主要な進歩を扱い、目的を指向するアプローチを使います。まず、心房細動患者が持つ併存疾患や老年症候群を特徴づけます。続いて心房細動のケアの領域のエビデンスを調査しました。

<Method>
私達は、特に高齢者に関連する入手可能な心房細動の文献を包括的に含むように文献調査をしましたが、現存するすべての文献は調べませんでしたし、効果を見積もるためのメタアナリシスもしませんでした。このレビューはPRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)2020ガイドラインに沿って作成しました。医学司書が、Ovid MEDLINE(1946年から現在まで)、Embase.com(1947年から現在まで)、Web of Science Core Collection(1900年から現在まで)、Cochrane Central Register of Controlled Trials(CENTRAL) via Ovid(1991年から現在まで)、ClinicalTrials.gov(1999年から現在まで)を使って、2023年5月に文献検索しました。検索方策には、高齢者、RCTs、心房細動の統制語彙およびフリーテキストの同義語を組み込みました。言語による制限はしませんでした。2010年以降の文献に絞り込み、方法や年齢でのフィルターを使用しました。同定された研究はすべて EndNoteとEPPI-Reviewerを使用して重複を排除して組み合わせ、Covidence systematic review softwareにアップロードしました。少なくとも2人の研究者が抄録を調査し、それぞれの章の著者が全文を読んで関連性を調べました。2024年8月にESCのガイドラインが改定されており、私達も2021年のESCガイドラインに代わって新しいものを参照しました。

<高齢者における心房細動と多疾患併存の疫学>
心房細動は加齢と関連していて、心房細動患者の80%は65歳以上です。心房細動が高齢者に多いというだけでなく、様々な危険因子で調整した後でも、心房細動の発症率は年齢とともに指数関数的に増えています。Framingham Studyの分析では、65歳の人の心房細動の生涯有病率は33%でした。
他の高齢者に集中する多くの疾患同様に、心房細動も老年症候群と併存しています。たとえば、心房細動をもつ高齢アメリカ人のコホートでは、20%が転倒で外傷を受傷し、25%がなんらかのADLで介助が必要でした。フレイルは高齢の心房細動患者によくあります(39〜51%)。心房細動をもつ高齢患者は、多疾患併存やポリファーマシーの強い負担も負っています。
病気の累積的な負担は、心房細動を新規に診断された高齢者の診断後1年以内の死亡率が20〜25%になるとの複数の疫学研究に示されています。これらを踏まえると、心房細動をもつ高齢者のケアには、複数の慢性疾患をもつ高齢者の、疾患のすべての負担や個々の健康目標を考慮した、全人的アプローチが必要です。

<高齢者の心房細動マネジメントの個別化>

高齢者での心房細動の増加やケアの複雑さは多くの人に馴染みのあるものとなっていますが、臨床ケアを最適に適応させる方法は依然として課題です。最新の心房細動ガイドラインはこれらの複雑さを認めていて、統合された多職種からなる医療機関、「個別化されたケアのパッケージ」、患者の価値観を探ること、shared deci- sion makingを推奨しています。しかしこれを実装するのかは難しいままです。図2に心房細動の高齢患者のマネジメントを、多疾患併存、フレイル、予後によって個別化するアプローチの提案を示します。
Fig 2 | Proposed approach to tailor clinical management of atrial fibrillation (AF) to older adults
<ガイドラインを高齢者に外挿することの問題点>
心房細動ガイドラインは心房細動の症状を減らしたり、合併症を予防したりすることを目的とする臨床試験から得られたエビデンスに基づいて推奨が作られています。一般に疾患のガイドラインは、同じ健康目標を共有する単一の疾患をもつ患者に適しています。
多疾患併存やフレイルのある高齢者がRCTには組み込まれていないので、高齢者全員にガイドラインの推奨を単純に外挿することは困難です。高齢者を含んだ研究でも、雑多な健康状態を捉えきれていないでしょう。高齢者の多疾患併存や関連する治療負担は、生活機能やQOLにマイナスの影響をおよぼし、心房細動の治療薬や手術によって害が生じる危険性もあります。多疾患併存やフレイルのある高齢者は、健康上の優先課題が競合することが多く、健康目標にも大きな個人差があります。

<個別化されたケアを実践するアプローチ>
心房細動での全人的な個別化されたケアを実践するエビデンスに基づいた方法の1つに、患者の健康問題の優先事項を考慮して治療を組み立てることがあります。適切な意思決定をするために、臨床家はそれぞれの患者の機能やフレイルの状態を把握するべきです。身体機能やフレイルさを評価する方法には、Clinical Fraility ScaleやComprehensive geriatric assessmentがあります。予後を推定することは難しいですが、    ePrognosisは多疾患併存のある高齢者の予後を推定するためのツールとして使えます。こうした情報で、個別の特定の目標による最適の治療計画は決められます。こうしたアプローチの一例として、Patient Priorities  Careがあります。これは今までのところ、多疾患併存のある患者の治療負担や望まないケアを減らす最も効果的な方法です。

<治療の縮小>
死期が近い高齢者では、症状やQOLや快適さに焦点を当てた緩和ケアが適切です。治療関連の害の方が利益よりも上回ると考えられるときや、病気が進行して治療の利益がよくわからなくなった時には、治療の縮小を検討すると良いです。抗凝固薬の中止は、患者の予後や出血リスクと塞栓リスク、QOLに影響する要素、患者や家族の意向を考慮して個別に考えるべきです。

<住民レベルの計画的なスクリーニング>
脳梗塞やTIAを起こした患者に心房細動のスクリーニングをする有用性は明らかですが、一般住民に対するスクリーニングのエビデンスはわかっていません。スクリーニングによって心房細動の診断率が上がることはRCTで示されていますが、それによって脳梗塞が減少したり健康状態がより良くなったりするかどうかは、まだわかりません。

Fig 4 | Summary of recommendations for atrial fibrillation screening in older adults. ESC=European Society of Cardiology; USPSTF=United States Preventive Services Task Force

<2次予防のためのライフスタイルへの介入>
元気な患者の心房細動を予防したり治療したりするために、肥満の予防、体重を減らすこと、中等度の運動、血圧のコントロール、そしてもしかしたら禁酒も有用であることがわかっています。これらの知見を多疾患併存やフレイルのある高齢者にどのように適用するかは、さらなる研究が必要です。余命が短い人にとって、生活習慣を変えることは目的にかないそうもありませんし、得られる利益も限られたものになりそうです。

Fig 5 | Summary of recommendations for atrial fibrillation (AF) lifestyle interventions
<心房細動の症状と臨床的特徴>
心房細動の症状は非特異的で間欠的なものかもしれないし、高齢者は若年者と異なって出現するかもしれません。動機、めまい感、息切れ、胸部不快感はすべての年齢で見られますが、高齢者では疲労感や全身倦怠感を主な症状として自覚しやすいです。失神は他の伝導疾患が合併していなければ稀です。多疾患併存がある高齢者では、こうした症状の原因を心房細動に求めることが、より難しくなります。
症状を緩和することは多くの心房細動患者にとって主要な目標です。様々な治療戦略がQOLに与える影響について、医師や患者が報告したものが、多くの臨床研究で使われてきましたし、患者が有効であると報告した方法は臨床的にも使われています。患者が報告する心房細動に特有のアウトカムを長期にわたって臨床実践に統合したところ、点数が悪いほど心房細動の負担や医療利用の頻度が高く、レートコントロールよりもリズムコントロールを使用することが多いことに相関していました。患者の経験を体系的に測定することで、心房細動の症状とQOLへの幅広い影響を把握し、治療目標を明確にし、推奨される治療法を導き出し、進歩し続けることに役立ちます。
心房細動やその治療による症状がある患者は、専門医に紹介することが有益な可能性があります。

<レートコントロールとリズムコントロール>
ACC/AHA/ACCP/HRSによる2023年の心房細動の診断と治療のガイドラインは、発作性および持続性心房細動の両方に対して、以前のガイドラインと比較して、リズムコントロールの方をレートコントロールよりも多く、そしてより早く使用する方向に大きく動き出すことを推奨しました。これらのガイドラインに影響を与えている研究では、リズムコントロールは幅広い臨床指標を改善し、安全性も確認されています。フレイルや多疾患併存のある人への一般化はまだ考えなくてはなりませんが、高齢者も比較的研究されています。
これらのガイドラインは高齢者のリズムコントロールを、心不全がある場合は強い推奨、症状があったり診断後1年以内であったりする場合には中等度の推奨としています。ガイドラインは現代の技術を活用した厳格な臨床試験を引用していて、それらの試験は一貫してレートコントロールよりもリズムコントロールの方を臨床結果が良いため支持しています。例えば、レートコントロールに比べて、リズムコントロールの方が、心血管死や脳卒中、心不全増悪による入院や急性冠症候群が顕著に少なかったため(3.9vs5.0/100人年;ハザード比0.79,95%CI0.66~0.94)、平均5年の追跡期間で試験が中途終了となったものもあります(EAST-AFNET4)。ただし、QOLは両群間で差がありませんでした。
EAST-AFNET4はリズムコントロールに抗不整脈薬とカテーテルアブレーションの両方を含みましたが、他の研究では、カテーテルアブレーションの方が洞調律を維持でき、治療合併症頻度が少ないという点で優れていることがわかりました。例えばCABANA試験です。
早期のデータでは、カテーテルアブレーションが心房細動のある高齢者の認知機能を改善するかもしれないということが示唆されました。観察研究では心房細動と脳容量の減少や認知機能の低下、認知症発症リスクの上昇に関連していることが示されていました。洞調律に回復するとこれらのリスクを減らすことができるのかどうかは、活発に調べられる分野になっています。96人の抗不整脈薬を使用している心房細動患者を、薬剤継続とアブレーションに無作為に割り付けた研究では、アブレーション群は治療後に14%で認知機能が低下していましたが、これは主に麻酔や無症候性の脳塞栓によるもので、1年以内に回復しており、さらに、1年後には14%に認知機能の改善が見られました。一方薬剤群では1年後の認知機能の改善は見られませんでした。
これらの研究の平均年齢は、70歳だったり68歳だったりするので、65歳以上の元気な心房細動患者には早期のリズムコントロール、とくにカテーテルアブレーションを提案するのが良いでしょう。しかし、カテーテルアブレーションにするか抗不整脈薬にするかは、多疾患併存やフレイルな高齢者には個別に考えるべきです。抗不整脈薬は他の薬剤と広範囲な相互作用がありますし、肝障害や腎障害のある場合には薬剤代謝が変動します。これらの危険性は、特に多疾患併存やフレイルな患者では、短期的な麻酔やアブレーション治療合併症と注意深く比較する必要がありますし、個別の状況に応じた治療を検討する必要があります。併存疾患が多かったり、予後が短いと想定されたりする患者では、早期リズムコントロールによって、寿命やQOLへの利益はあまりないと考えるかもしれませんが、必ずしもそうではありません(例えば心不全などについては)。多疾患併存によって心房細動のある高齢者でのリズムコントロールは難しくなりますが、心房細動による負担を減らすことは大きな影響をもつものかもしれません。人生の最終段階では、リズムコントロールが症状緩和以外の重要性をもつとは、あまり考えられません。

Fig 6 | Summary of recommendations for rate and rhythm control in older adults with atrial fibrillation (AF). AAD=anti-arrhythmic drug; LVEF=left ventricular ejection fraction

<心不全と心房細動>
心不全のある患者の心房細動の治療は特別な考慮を必要とします。というのは、心不全と心房細動は相互に影響しあい、心不全があると心房細動の頻度は増え、心房細動は心不全の予後を悪化させるからです。心房細動と心不全が併存することは多いです。この状況での推奨される治療は、主に若い世代のデータから外挿されたものです。HFrEFが併存する場合は、早期のリズムコントロールによる洞調律の維持が推奨され、しかも、長期の抗不整脈薬の使用よりはカテーテルアブレーションの方を検討すべきです。HFrEFでは非ジヒドロピリジンCa拮抗薬(ジルチアゼムやベラパミル)や、ドロネダロンは、医原性の悪影響があるので禁忌です。フレカイニドやソタロールは、催不整脈作用によって禁忌です。ポリファーマシーや副作用症状を減らすもう一つの方法は、ペースメーカーの挿入を行い、房室接合部のアブレーションを検討するものです。

<塞栓予防のための経口抗凝固剤の利害のバランスをとること>
経口抗凝固薬は心房細動に関連する脳梗塞を減らしますが、出血が増えるという代償もあります。加齢は利害評価、もしくは「真の臨床的利益」の多くの面に影響します。加齢とともに脳梗塞のリスクは高まりますが、抗凝固による出血リスクも高まります。心房細動が多い層であるのに、塞栓予防の抗凝固療法のRCTは80歳以上の人をあまり入れていません。さらに、人が年をとって平均寿命に達するにつれて、抗凝固療法による脳卒中の予防の潜在的利益は、それと拮抗する脳梗塞以外に関連する死亡や障害の危険によって減ってしまいます。最近のコンセンサスガイドラインでは、75歳以上のすべての患者を、心房細動関連脳梗塞の高リスク群で抗凝固療法が推奨されるとしています。しかし最近出されたESCガイドラインでは、「高齢者、フレイルでポリファーマシーの患者、認知機能障害がある人などへの抗凝固療法についてのエビデンスは十分ではない」と明白に述べています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインで、出血する人としない人を識別できないことや、可逆的な出血の危険因子を軽く見積もることなどを理由に、出血リスク予測スコア(HAS-BLED、HEMORR2HAGES、ATRIAなど)を使用しないことを推奨していることは重要です。ガイドラインは一般に、ワーファリンよりもDOACを推奨しています。効果が同等で、全般的に出血率が低く、薬物相互作用が少なく、モニタリングの必要性が少ないからです。妥協案として抗凝固薬の代わりにアスピリンを使おうとするのは避けるべきです。出血リスクは同等なのに脳梗塞予防効果は劣っており、心房細動にアスピリンを使用するのはClassⅢの危険であると考えられているからです。2023年に更新されたアメリカ老年医学会のBeers Criteriaでは、抗凝固療法を始めるならワーファリンよりもDOAC、さらにその中でもアピキサバンが出血リスクが低いので推奨されています。抗凝固薬同士の比較はまだ進行中です。
すべての高齢者に抗凝固療法は真の利益があるというパラダイムに異を唱えた研究もあります。平均寿命を超えた人には、抗凝固療法の利益は、拮抗する心房細動以外の原因による死の危険のために大幅に減っていくことを示した研究もあります。これらの研究から、最近のガイドラインを適用するには、加齢や多疾患併存の負担を考慮にいれるもっと微妙なアプローチが必要と言えます。

<フレイルや多疾患併存の高齢者での抗凝固療法>
最近の研究から、多疾患併存やフレイルの高齢者での抗凝固療法についてのガイダンスが得られています。重度のCKD、出血リスクが高まる薬剤の併用、低体重、重度の出血の既往がある日本人高齢者への、低用量エドキサバンの研究(ELDERCARE-AF)では、低用量エドキサバンは出血リスクや全死因死亡を増やさず、脳卒中や全身の塞栓症を減らすことがわかりました。メディケアのデータを調査した結果、あらゆるフレイルのグループで、アピキサバンはワーファリンと比べて、死亡、脳梗塞、大出血を1/3減らすことがわかりました。ダビガトランやリバロキサバンはフレイルではない患者にのみ、イベント発生率を減らしました。出血リスクの少なさからはアピキサバンが推奨されていますが、Beersクライテリアではワーファリンを使用している患者には、DOACに切り替えないことを推奨しています。ワーファリンからDOACに切り替えたら、出血合併症が増加し、塞栓合併症の減少が見られなかったとするFRAIL-AF研究によるものです。

<慢性腎臓病>
eGFR30-59mL/minまたはstage3aや3bのCKDがある患者への抗凝固療法は有益な可能性があります。末期腎臓病の心房細動患者に対して抗凝固療法が本当に有益だと示したRCTはありません。透析療法中の患者に抗凝固薬を使うと、出血率や死亡率が高くなります。末期腎臓病患者への抗凝固療法とプラセボを比較する試験がいくつか行われている最中です。末期腎臓病に対しては、DOACはワーファリンに代わる許容可能な選択肢であると示した研究はありますが、DOACが良いのかワーファリンが良いのかはまだ不明です。ガイドラインでは、軽度から中等度のCKD患者にはワーファリンやDOACの使用を支持し、重度のCKD患者にはワーファリンまたはアピキサバンの使用を弱く推奨しています。

<抗凝固療法に関連する出血>
抗凝固療法に関連する出血リスクを減らす方法がいくつかあります。ひとつは抗血小板薬の併用を中止することです。抗血小板薬を併用しても塞栓リスクは減りませんが、出血リスクは1.5―2倍に上がるのです。専門家のコンセンサスガイダンスでは、心血管疾患予防のためのアスピリンを避けること、高リスクの状況のごく短期間(最近PCIしたばかりなど)を除いて3剤療法(DAPT+抗凝固)を避けること、抗血小板薬と抗凝固薬の適応となる患者(虚血性心疾患でACSやPCI後6−12ヶ月経過しているなど)への抗凝固薬単剤療法とすること、頸動脈ステントを留置していない脳血管疾患の患者に抗凝固療法単剤とすることを推奨しています。他の方法として、高血圧やNSAIDsなどの可逆的な出血危険因子は減らし、複数の抗血栓薬を使用する場合には消化管出血を予防するためにPPIを検討します。
結局、心房細動に関連する脳梗塞を予防するために高齢者に抗凝固療法を導入したり維持したりするには、注意深くて個別化した意思決定が必要となります。余命が長い患者には抗凝固療法は最大限の効果があり、その利益は年とともに減っていきます。フレイルや多疾患併存を含めて多くの患者にはワーファリンよりはDOACの方が好まれますが、意思決定には値段や患者の好みや服用回数なども考慮して意思決定をしなくてはなりません。終末期の患者、つまり抗凝固療法の利益が見込めないくらい余命が短かそうな患者や害に苦しみそうな患者は、抗凝固薬をやめるよう努力すべきです。

<左心耳閉鎖>
左心耳閉鎖の合理性は、心房細動患者の左房内血栓のほとんどが左心耳にできるという観察研究に由来します。左心耳閉鎖にはワーファリンと同等の脳塞栓予防効果があり、出血合併症を避けられます。左心耳閉鎖とDOACの比較にはしっかりしたデータがなく、さらなる研究結果に注意することが求められます。
左心耳閉鎖の効果と安全性は、ワーファリンと比較した非劣性試験が2つ行われています。当初はこれら2つの結果は相反するものでした。PROTECT AF試験では、脳梗塞、全身の血栓症、心血管死に非劣性が示されましたが、それより高齢で、もっと多疾患併存の患者を組み込んだPREVAIL試験では、非劣性は示せませんでした。これらの相違はその後5年間の患者レベルでのメタアナリシスで弱められ、プライマリアウトカムで2.8/100人年(左心耳閉鎖)vs3.4/100人年(ワーファリン)でした。さらに、左心耳閉鎖群に割り付けられた患者は、脳出血や脳卒中後遺症が少なかったのです。
左心耳閉鎖がワーファリンと比較して研究されたことは重要です。アピキサバンなどもっと脳梗塞予防に効果的で出血リスクも低いものが好まれるようになって、ワーファリンの使用頻度は減っています。DOACと比較しても左心耳閉鎖の有効性は非劣性であるとするエビデンスも前に出されましたし、いまもRCTが進行中です。
あらゆる処置と同じように、合併症は高齢者で特に考えなくてはいけないことです。PREVAIL試験では4.2%の合併症発生率でした。左心耳閉鎖装置の認可後の観察分析では、この割合は2.2%まで下がっています。80歳より高齢の患者では、入院中の有害事象がもう少し高くなっていました。入院中の転機を超えて、フレイルな高齢者には、顕著に高い有害事象が退院後に生じていました。
左心耳閉鎖から最も利益を得られそうな患者を選ぶことに関しては、実践とエビデンスに大きな溝があります。経口抗凝固療法なしと比べると、左心耳閉鎖がもっとも確実に塞栓リスクを減らしそうですが、出血リスクを考慮して経口抗凝固療法を受けそうもない患者は、認可前の研究からもっとも除外されていそうです。老年症候群が併存している患者は、経口抗凝固療法を受けることが少なそうですが、重大な処置合併症が起きる頻度が増しそうですし、左心耳閉鎖後に永続するアスピリンでの抗血小板療法による出血合併症の頻度も増しそうです。
メディケアやメディケイドは、長期の経口抗凝固療法が禁忌の患者にのみ、左心耳閉鎖を認めています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインでも、左心耳閉鎖は、不可逆的な原因によって長期の抗凝固療法が禁忌の患者に中等度推奨、出血リスクが高い患者に弱い推奨となっています。
高齢患者も左心耳閉鎖を支持するRCTに多く組み込まれました。だから元気な患者は、65歳以上であってもガイドラインの推奨に従って左心耳閉鎖を提案されるべきです。多疾患併存やフレイルな高齢患者は、リスクへの耐性や、処置合併症、長期的な抗凝固療法以外の抗血栓療法の利益を考慮して、個別に意思決定するとよいでしょう。終末期の患者は、左心耳閉鎖の適応にはなりません。

<新しい治療法>
新しい治療戦略は、高齢の心房細動患者のケアに影響するかもしれません。スクリーニングでは、消費者のデバイスによって心房細動の発見を強化して治療することが脳梗塞を減らすかどうかという基本的な疑問が、アップルウォッチでのスクリーニングに無作為割付するHEARTLINE研究が行われています。出血リスクを減らしつつ血栓リスクを減らすと仮定される、これまでと異なる凝固カスケード蛋白(第Ⅺa因子、第Ⅻa因子)を標的にした新規抗凝固薬について行われているRCTでは、高齢の心房細動患者が主要な被験者層になっています。カテーテルアブレーション後の最適な抗凝固療法については、抗凝固療法が中止可能なのかどうかも含めて調べられています。また、持続的なリズムモニタリングに並行して間欠的に抗凝固療法を行う方法も調べられています。最後に、Shared decision makingは高齢者に対しては賞賛される目標ですし、ガイドラインで推奨もされますが、最適なフォーマットや、それが臨床結果を改善するかどうかについてはいくつかの研究が行われています。

<ガイドライン>
心房細動のマネジメントについてはいくつかの臨床ガイドがあります。このレビューを編集している最中、2024年8月にRSCガイドラインが更新されました。これらのガイドラインは、認知機能障害のある心房細動の高齢患者の抗凝固療法についての性を設けていて、今回報告したエビデンスやガイダンスに概ね一致しています。2024年のESCガイドラインでは、フレイルや認知症を含む多疾患併存のある高齢患者について、抗凝固療法を支持するエビデンスが欠如していることを新たに強調しています。2023年のACC/AHA/ACCP/HRSガイドラインでは、Shared decision makingについての短い議論を組み込みましたが、主にそれが臨床的な良い結果につながるというデータが欠けていることに焦点が当てられていました。2021年に更新された英国からのNIHのガイダンスでは、心理的サポート、社会的サポート、つながりを作る情報、教育的な情報を含む、「個人化されたケアのパッケージ」を求めています。最後に、2020年のCanadian Cardioligy Societyのガイダンスは、心房細動ケアの多職種モデルも提案しています。

‐結論-
心房細動を何十年も研究して臨床現場でケアしてきたので、罹患率や死亡率は劇的に減ってきました。ですが、心房細動は加齢に伴う典型的な疾患のままですし、疾患に焦点を当てたアプローチだけを使うと、木を見て森を見ないことにつながってしまいます。私達は現存するエビデンスを雑多なニーズをもつ高齢者に適用する枠組みを提示しました。そうする中で、増え続ける心房細動の高齢患者に対して個別化されたケアを行うためのエビデンスを強化することに努力する必要性にも焦点を当てました。複雑でフレイルな患者を組み込み、高齢者にとって認知のような重要な結果を調べる、実践的な研究が増えているので、励まされます。今後の臨床研究では、厳格な除外基準を設けず、私達の現場で出会う患者を反映した患者を組み込んで行うべきです。患者の主観的結果を使う事が増えており、臨床研究のプライマリアウトカムやセカンダリアウトカムも、狭い臨床的イベントから抜け出して患者の優先項目に基づくべきです。エビデンスに基づくshared decision makingは、抗凝固療法についてもっとも進んでいますが、心房細動のマネジメントのあらゆる面に広げるべきです。ほとんどの心房細動患者は、他にも複数の悩ましい慢性疾患のガイドラインに従わなくてはならないことを認識して、私達は患者の目標を思考したケアに基づいた枠組みを受け入れなくてはなりません。

【開催日】2025年9月3日

GLP-1受容体作動薬は魔法の薬なのか?-目の前の患者へ適用する際に注意すべきこと,メンタルヘルスの観点から-

‐文献名-
Ueda P, Söderling J, Wintzell V, Svanström H, Pazzagli L, Eliasson B, Melbye M, Hviid A, Pasternak B.
GLP-1 Receptor Agonist Use and Risk of Suicide Death.
JAMA Intern Med. 2024 Nov 1;184(11):1301-1312. doi: 10.1001/jamainternmed.2024.4369. Erratum in: JAMA Intern Med. 2024 Nov 1;184(11):1396. doi: 10.1001/jamainternmed.2024.6163.
PMID: 39226030; PMCID: PMC11372654.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39226030/

‐要約-(Abstract)
重要性・背景 グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬の使用と,自殺念慮および自傷行為のリスク増加との関連について懸念が提起されている.肥満手術後にGLP-1が増加することが知られていることもあって(Ann Surg 2009; 250: 234-241),GLP-1受容体作動薬で自殺念慮が増加する可能性が懸念されていた.2型糖尿病の治療および減量のために使用されるGLP-1受容体作動薬と自殺念慮との関連に関する懸念は,米国食品医薬品局(および欧州医薬品庁)に提出された症例報告に続いて提起された.
目的 日常的な臨床現場におけるGLP-1受容体作動薬の使用と自殺死のリスクとの関連を評価すること.
デザイン,設定,参加者 この実薬対照・新規使用者コホート研究では,2013年から2021年までのスウェーデンとデンマークの全国的な登録データを使用した. GLP-1受容体作動薬または比較薬であるナトリウム・グルコース共輸送体-2(SGLT2)阻害薬による治療を開始した18歳から84歳の成人を対象とした. データは2024年3月から6月にかけて分析された.
曝露 GLP-1受容体作動薬またはSGLT2阻害薬による治療の開始.
主要アウトカムと測定項目 主要アウトカムは,死因登録に記録された自殺死であった. 副次アウトカムは,自殺死と非致死的自傷行為の複合,およびうつ病と不安関連障害の新規発症の複合であった. 傾向スコア重み付けを用いて,ハザード比(HR)と95% CIを両国で個別に計算し,メタアナリシスで統合した.
結果 合計で124,517人の成人がGLP-1受容体作動薬を,174,036人がSGLT2阻害薬を開始した. GLP-1受容体作動薬使用者の中で,平均(SD)年齢は60(13)歳であり,45%が女性であった. 平均(SD)2.5(1.7)年の追跡期間中に,GLP-1受容体作動薬使用者で77件,SGLT2阻害薬使用者で71件の自殺死が発生した.重み付け後の発生率は,1000人年あたり0.23件対0.18件(HR, 1.25; 95% CI, 0.83-1.88)であり,絶対差は1000人年あたり0.05(95% CI, -0.03~0.16)件であった. 自殺死と非致死的自傷行為のHRは0.83(95% CI, 0.70-0.97)であり,新規発症のうつ病および不安関連障害のHRは1.01(95% CI, 0.97-1.06)であった.
結論と関連性 主に2型糖尿病患者を含むこのコホート研究では,GLP-1受容体作動薬の使用と自殺死,自傷行為,または新規発症のうつ病および不安関連障害のリスク増加との関連は示されなかった.GLP-1受容体作動薬使用者における自殺死は稀であり,信頼区間の上限は,1000人年あたり0.16件以下の絶対リスク増加と矛盾しないものであった.

‐結果-

Discussion(本文中のものを抜粋)
•測定されていない交絡因子: 精神障害や社会経済的地位など,多くの潜在的な交絡因子を調整したが,測定されていない交絡 
が結果に影響を与えた可能性は否定できない.
•一般化可能性の問題: この研究の対象は主に2型糖尿病患者であった.そのため,糖尿病ではない肥満患者にこの結果をその
まま当てはめることはできない可能性がある.
•薬剤ごとの影響: 使用された薬剤は主にリラグルチド(ビクトーザ)とセマグルチド(オゼンピック,ウゴービ,リベルサ
ス)であった.個々の薬剤ごとに自殺念慮との関連が異なる可能性はあるが,イベント数が少なかったため,薬剤ごとの詳細
な分析はできなかった.
•追跡期間: GLP-1受容体作動薬使用者の平均追跡期間は2.7年だった.より長期間使用した場合にリスクが現れる可能性は残
っている.
•アウトカムの誤分類と過少報告:
 o一部の自殺死が誤って分類されている可能性がある.
 o特にデンマークでは,致死的でない自傷行為は過少報告される傾向があり,このアウトカムの絶対リスクは過小評価されて
いる可能性が高い.
 o自殺死や医療機関での診断に至らなかった自殺念慮や自傷行為は評価できていない.
•統計的検出力の限界: 自殺死のリスクが低かったため,研究の検出力には限界があり,より小さなリスクの差を検出すること
はできなかった.

【開催日】2025年8月13日

ありのままを物語る:完全ではない医療実践の多様な物語から学ぶ

ー文献名ー
Bearman M, Molloy E, Varpio L. Narrative candour: Learning from diverse stories of imperfect medical practice. Med Educ. 2025;1‐8.

‐要約-
<序論>
医学教育ではストレスやバーンアウトを引き起こすことが多く、研修医の苦悩に寄与する要因となる。この論文では物語理論を基盤に、これまでの「英雄的な医師の神話」と「例外主義の言説」がこれらの苦悩にどのように寄与するかを考察し、「ありのままで率直な」小さな物語を活用することでこれらの神話を相殺し、より協力的で包摂的な教育実践を促進する可能性を提言している。

<理論的枠組み>
従来の「英雄的な医師」の神話は自己犠牲と卓越性を促進しますが、同時に日常の行為や医療チーム全体の貢献を覆い隠しています。医師の多様な役割を評価するためには、より多様な物語が必要かもしれません。代替的な物語(カウンターナラティブを含む)は、日常の臨床教育における支配的な物語に挑み、通常は聞き逃されがちな声を強調することで、新たな視点を提供し、慣習を打破する貴重な洞察をもたらす可能性があります。

<概念化 >
「物語の率直さ」は、実践における理想的でない物語を明らかにすることで学習を促進する教育アプローチとして提示されます。これは、非公式な実践の相互作用、正式なカリキュラム、儀式的な機会において適用可能です。日常の不完全な4つの物語——例えば、医師が主人公ではない瞬間、偉大さのない感動、解決されない問題—は、物語の率直さを現実のものとする手段として提示されます。

これらの物語は四つの機会で伝えられる可能性があります:正式な表彰式(例えば卒業式)でコミュニティのベテランメンバーによって語られる、同輩と共有される、日常の医療提供の非公式な物語に組み込まれる、など。

<結論>
物語の率直さは、医師を複雑で多様な人間として理解し、単なる「例外的な英雄」のステレオタイプを超越するため、個人、関係性、そしてより広いコミュニティに大きな影響を与える可能性がある。

本文抜粋
この論文では教育者にとってどのような種類の代替手段が利用可能かを理解するためにカウンターナラティブというアイデア・概念を用いた。医学教育において、ストーリーテリングは、医療現場の多様で地域に根ざした経験を矛盾した質感のある例証として提供することで、英雄的な医師神話を直接覆すことが可能となる。
これまでも医学教育における物語の力は、すでに広く認識され、医療専門家の物語に焦点を当てることで、ナラティブの力を教育に活用できると提言しきてきたが、私たちは「物語の率直さ」という新しい概念を提案します。これは、人間が等しく共有する不完全さへの共感を育むための手段です。同時に、教育者の物語が実践における不完全さを明らかにすることで、信頼性を失わせる可能性があることにも留意します。

物語の率直さは、個人やコミュニティを形作る可能性のある「小さな物語」の力に支えられた教育技術として概念化されています。 教育と学習の場面で小さな物語がどのように機能するかを考える上で、私たちは知的な率直さというアイデアからインスピレーションを得ています。これは医療現場における小さな物語、つまり理想的とは言えない、不確実で、未解決で、不安定で、おそらくは平凡な物語を明らかにすることだと私たちは考えています。このような小さな物語は、無私の超人を中心とした医療現場の核となる考え方に反します。この教育的アプローチは、創発的で、手探りで、脆弱な思考を明らかにすることに焦点を当てています。

<4つの率直な物語>
5.1 日常の不完全さの物語
小さな失敗の物語を語ることに焦点を当てること。

5.2 医師が脇役として登場する物語
医師は、自らが主人公ではない物語を語ることがあります。主人公が全くいない物語もありますが、代わりにチームが協力してケアを提供する物語もあります。時には、並外れたチーム、つまり全体が個々の部分の総和をはるかに超える特別な仕事関係についての物語を語る価値があるのです。

5.3 偉大さを伴わずに感動を与える物語
日常生活の平凡な瞬間(花を買う、交通をナビゲートするなど)が認識と反省の強力な瞬間となり得る。匿名の人々とささやかながらも力強い瞬間を共有することなど、医師としての日常業務をきちんとこなすことが十分であり、かつ重要であるという物語を共有しています。

5.4 解決のない物語
多くの医師にとって、劇的な解決は日常的な経験ではありません。また医師はしばしば物語の結末を知りません。簡単には終わらない物語を提供することで、私たちは患者の状態がしばしば不明確(曖昧)であり、場合によっては予測不可能(不確定)である臨床診療の現実を反映しています。

<率直な物語を共有する4つの機会>
6.1 卒業式、表彰式、その他同様の公式行事
6.2 上司、メンター、その他の経験豊富な臨床医からの日常の話
6.3 ピア共有フォーラム
6.4 教育シナリオ

< 率直な語りによって何が生まれるのか?>
物語の率直さによって人間の弱さが臨床業務の必要な部分であることを強調し、それによって、特に疎外された人々の恥、罪悪感、燃え尽き症候群を軽減できるのではないかと提案します。また関係性のレベルでは、物語の率直さが信頼を築く可能性を示唆しています。語り手と受け手を人間らしく見せることができ、年上の同僚に対する認識論的権威を変える可能性もあります。最終的には医療の文化的慣行に影響を与えたいということです。学習者は卓越性を目指して例外主義ではなく努力することができ、他の人の成功が自分の失敗ではないことを理解できるようになります。

<制限事項と今後の課題>
今後の研究者は経験的データがほとんどない新たな現象を探求し、モデル化することができる。このアイデアが経験的に研究され、将来の研究を通じて確認、反論、または拡張される可能性がある

<結論>
私たちは、医師の英雄神話と医学教育に蔓延する例外主義の言説に立ち向かう必要があると提言します。物語の率直さは、それらが課す制約を緩和し、同時に、協力、支援、苦闘、そしてありふれた日常業務といった多様な物語を価値あるものにするための余地を生み出すのに役立つと提言します。小さな物語を通して、謙虚さを尊重し、協力的な信頼を築き、そして集団的価値観を変えるという困難な作業を実現できるのではないかと提言します。

【開催日】2025年8月6日

不十分なエビデンスに基づき商業化されたがんのスクリーニング検査とどう向き合うか

-文献名-
Juntaro Matsuzaki, et al. Prediction of tissue-of-origin of early stage cancers using serum miRNomes. JNCI Cancer Spectrum, 2023, 7(1), pkac080.

-要約-

【背景】
悪性新生物(がん)は本邦の死因順位の第1位であり、全死亡者の25%以上を占めており、がん死亡を減少させるために、簡便ながんの早期診断技術の開発が待望されている。各臓器に特化した様々な診断技術が着実に進歩している一方、単一の低侵襲検査システムによって多種の悪性腫瘍を一度にスクリーニングできる「多がん早期検出(multi-cancer early detection: MCED)」技術の実用化が検討されている。MCEDの検出対象物として最も有望なのは血液であり、そこに含まれる細胞外DNA(cell-free DNA:cfDNA)、細胞外RNA、エクソソームなどの細胞外小胞、血小板(tumor-educated platelet)中のRNAなどによる検査技術開発が進行している。血中の細胞外RNAのうち、最も量が多く含まれているものがマイクロRNA (miRNA)です。miRNAは細胞外小胞に包含されるなどの様式で細胞外へ分泌され、他の細胞に取り込まれることによって、細胞間コミュニケーションツールとしての役割を担うことがある。腫瘍サイズが小さい段階から、腫瘍細胞やその周辺の細胞などが通常とは異なるmiRNAの分泌を自律的に開始することから、従来の腫瘍マーカーよりもその変化が早く血中に現れやすく、がん早期診断に適しているのではないかと考えられている。
2014年より国立研究開発法人日本医療研究開発機構の次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業の支援を受け、『体液中マイクロRNA測定技術基盤開発プロジェクト』が実施された。
【方法】
国立がん研究センターバイオバンク、国立長寿医療研究センターバイオバンク等を活用し、固形がん9,921例[乳がん675例、膀胱がん399例、胆道がん402例、大腸がん1,596例、食道扁平上皮がん566例、肺がん1,699例、胃がん1,418例、肝細胞がん348例、膵がん851例、前立腺がん1,027例、卵巣がん400例、骨軟部肉腫299例、脳腫瘍241例]と非がん対照5,643例、および各種良性疾患626例の血清miRNAプロファイルを解析した。

【結果】
全体の5分の4に相当するサンプル数で機械学習モデルにmiRNAデータを学習させ、残りの5分の1のデータによってがんの種類を予測したところ、診断予測精度は全ステージで0.88(95%信頼区間:0.87-0.90)、特に早期診断の意義が高いステージ0からIIに限っても精度0.90(95%信頼区間:0.88-0.91)と高い性能が得られた(Figure2)。数字は正しく診断された割合(%)を示す。診断ステージ0からIIにおいても、ステージIII~IVと同等の性能がみられ、早期診断ツールとしての活用が期待できる。胆道がんは他がんに比べて診断難易度が高いことも判明した。(BR: 乳がん、BL: 膀胱がん、BT: 胆道がん、CR: 大腸がん、ES: 食道扁平上皮がん、GA: 胃がん、GL: 脳腫瘍、HC: 肝細胞がん、LU: 肺がん、OV: 卵巣がん、PA: 膵がん、PR: 前立腺がん、SA: 骨軟部肉腫)

Figure2


なお、この性能は機械学習アルゴリズムによって大きな差異があり、機械学習の最適化の重要性も明らかとなった。研究グループでは、血中miRNA診断に最適なアルゴリズムとして、深層学習を含む階層的アンサンブルアルゴリズム (the Hierarchical Ensemble Algorithm with Deep learning: HEADモデルと命名)を構築し、上記の診断予測精度を達成したが、用いる機械学習アルゴリズムによっては、HEADモデルよりも診断性能が大きく劣っていた。さらに本研究で作成したデータベースに加えて、公開されているmiRNA情報も活用することで予測精度を向上させる「転移学習」が活用できることや、この統合情報より、がんの種類を予測するために重要なmiRNAの絞り込みを行った結果も報告した。

【考察】
本研究の成果は、バイオバンクに保管された血清を用いて得られたものである。新たに収集した血清検体でもこの結果が再現されるかどうか、検証を進めています。また本研究で見出した、特に注目すべきmiRNAの血中での含有量が、どのようなメカニズムで調節されているのかを引き続き追究している。本研究で得られたmiRNAデータと、解析に用いた機械学習コードはすべて公開しており、この研究領域のさらなる活性化を促進するためのリソースとしての活用が期待される。

【開催日】2025年7月9日

エビデンスを嫌う人たちへの対応を考え直す

‐文献名-
エビデンスを嫌う人たち 科学否定論者は何を考え、どう説得できるのか
リー・マッキンタイア著 西尾義人訳 国書刊行会 2024年5月初版

‐要約-
はじめに
著者は、科学哲学・科学史家で、現在某トン大学哲学・科学史センター研究員。
科学否定論についての本で、そのような人々とのより良い向き合い方について考察している。科学否定論とは科学で広く支持されている事実や証拠、合意を否定する考えを示す。例えば、地球温暖化をはじめとする気候変動は人類の活動のせいではない、ワクチンは有効どころか有害である、などである。また民間療法を信じるあまりに標準治療の効果を否定したり、極端なものになると、地球は球体ではなくただの平面であるという、フラットワース説まである。この本では、一連の科学否定論の否定や論破ではなく、理解することを諦めて「危きに近寄らず」とばかり彼らから遠ざかるわけでもない。その逆に、科学否定論者ひとり一人に会い、共感し、敬意をもって傾聴し、対話し、信頼関係を育む、こうした親身な姿勢が、彼らとのより良い向き合い方へのつながる、というのが主旨である。

科学否定論の5つの共通項
科学否定論の歴史は、20世紀前半にタバコがアメリカ全土へ普及していた。それが1950年台の喫煙と肺がんの因果関係を示す研究が増えはじめ、それに対してタバコ産業界が、巨額の資金をバックにして、喫煙と肺がんの因果関係に疑問を呈するキャンペーンを繰り広げた。キャンペーンの目的は、何もないところに論争を作り出す、ことであった。
1) 証拠のチェリーピッキング:自分に都合良い証拠や文献だけをつまみ食いすること。
2) 陰謀論への傾倒:闇の勢力が世間には秘匿された陰謀を企てていると信じ込むこと。
3) 偽物の専門家への依存:専門家として権威を持つように見せかけつつ、科学的合意と矛盾したことを述べる人物を信  頼すること
4) 非論理的な推論:藁人形論法*や飛躍した結論等の誤った推論のこと
5) 科学への現実離れした期待:科学に「完璧な証明」をもとめ、不確実性がわずかに残る説や合意は信頼すべきではな いと判断すること 
*藁人形論法の例:「温室効果ガスが増加した原因は人間活動だけではない」という意見が、否定論者から出されるが、それに反対する気候科学者はいない。重要なのは温室効果ガスの主な原因が、人間の活動にあるかどうかであって、他の原因の存在が人為的な気候変動に対する反対意見になる、と考えること
このような5つの特徴は、相互に絡み合うことで科学否定論者の信念をより強固なものにしている。

科学否定論者の考えを変えるにはどうしたらいいか
彼らに情報不足や不合理な点を自覚してもらい、彼らの証拠集めや推論方法がいかに不適切であるかを教えればきっとわかってくれるはず、という方法は限界がある。筋金入りの科学否定論者となると、科学の否定が、自分のアイデンティティになっている場合もあり、そのような場合は、自分の主張に不利な証拠に触れることは、これまでの価値観やコミュニティへの帰属意識に脅威をもたらし、より一層、アイデンティティを守ろうとして科学否定にのめり込んでいくこともある。
そこで、まずは彼らに「共感・敬意・傾聴」を示し、信頼関係を構築した後に、それに基づく対話をすることである。質問してみたり、客観的な証拠を見せるなどして、疑いの種をまく。誰がどうやって証拠を提示するか、という視点がポイントである。

【開催日】2025年7月2日

プレハビリテーション介入とその構成要素の相対的有効性

‐文献名-
Daniel I McIsaac, Gurlavine Kidd, Chelsia Gillis, Karina Branje, Mariam Al-Bayati, Adir Baxi, Alexa L Grudzinski, Laura Boland, Areti-Angeliki Veroniki, Dianna Wolfe, Brian Hutton. Relative efficacy of prehabilitation interventions and their components: systematic review with network and component netwerk meta-analyses of randomised controlled trials. BMJ 2025;388:e081164

‐要約-
Introduction
プレハビリテーションとは、運動、栄養強化、心理的サポート、認知トレーニング、またはこれらの要素の組み合わせを通じて、患者を手術に向けて積極的に準備することを意味する。大手術の後には、術後合併症や機能回復障害が多く見られる(それぞれ20%を超える発生率)が、プレハビリテーションは、手術前に患者の身体的、生理的、心理的、または認知的予備力を高めることで、これらの合併症を予防する有望な介入となる。
一方で、手術を控えている患者に対するプレハビリテーションの日常的な適用を阻む障壁がエビデンスからいくつか浮かび上がっている。多くのレビューでは、プレハビリテーションは合併症や入院期間を減らし、機能回復を改善する保護効果があるかもしれないと示唆している。しかし、利益の全体的な確実性はいくつかの理由から低い。プレハビリテーションは患者の健康行動を直接的に対象とし、参加するには個人の努力が必要となるが入手可能なシステマティックレビューのほとんどは質が低いと評価されており、患者や一般の視点が含まれていない。レビューでは通常、単一のプレハビリテーション要素 (例: 運動のみ) に対して1つの効果を推定するか、異質な介入をまとめて推定する。プレハビリテーションは、多くの場合複数の要素(例えば、運動と栄養)が互いの有効性を変化させる可能性のある複数の要素から構成される介入であるため、どのような要素、あるいは要素の組み合わせが最も効果的である可能性が高いかを把握することが困難となっている。その結果、患者と臨床医は、どのようなプレハビリテーションアプローチを臨床実践に取り入れるべきか確信を持てず、将来のプレハビリテーション介入や試験を最適に設計することを目指す研究者は、限られた知見しか得られていない。
プレハビリテーションの研究を進めるには、関連する一次研究を特定するためのベストプラクティスの方法と、さまざまなプレハビリテーションの構成要素の相対的な有効性を推定できる適切な分析に基づいた、高品質のエビデンス統合が必要となる。ネットワークメタアナリシスと構成要素ネットワークメタアナリシスでは、直接比較と間接比較により、それぞれ特定の構成要素の組み合わせと個々の構成要素の個別の効果を推定できる。我々は、統合された知識移転フレームワークを使用し、患者と一般のパートナーシップから得た情報に基づいて、ネットワークメタアナリシスと構成要素ネットワークメタアナリシスとともに系統的レビューを実施した。手術の準備をしている成人の重要な術後転帰(合併症、入院期間、健康関連の生活の質、および身体的回復)を改善する可能性が最も高いプレハビリテーションの構成要素と構成要素の組み合わせを特定することを目的とした。

Method:
検索戦略
情報専門家が検索戦略を策定し、Ovid Medline、Embase、CINAHL、PsycINFO、Web of Science、Cochrane CENTRAL Register of Controlled Trialsにおいて、ベストプラクティスに基づくピアレビューを実施した。また、臨床試験登録ウェブサイトを調査して未発表データを特定し、対象研究の参考文献リストを調査して引用漏れを特定した。文献検索は2022年3月1日に初回実施され、2023年10月25日に更新された。

介入の定義
プレハビリテーションの普遍的な定義は存在しないが、我々はプレハビリテーションを、手術の 7 日前以上に実施される運動(有酸素運動、筋力トレーニング、機能トレーニング、ストレッチング、呼吸器に重点を置いた介入など)、栄養(カウンセリング、サプリメント、経口摂取または経腸摂取を改善するためのその他の介入など)、認知(認知機能を改善または維持するための介入など)、心理社会的(気分、感情、または動機を改善するための介入など)のトレーニングまたはサポートからなる単一様式の介入、または運動、栄養、認知、または心理社会的要素を組み合わせた複合様式の介入、もしくはそれらの組み合わせと定義した。毎日または全体のプログラムの期間、場所、または監督方法については制限を設けなかった。

包含基準と除外基準
選択的手術を受ける成人(18歳以上)を登録し、プレハビリテーション介入群と対照介入群、あるいは通常治療または標準治療群に割り付けられ、重要なアウトカムが報告されているランダム化比較試験を本研究に含めた。術前リスク因子管理(例:禁煙、貧血治療、疾患管理)のみを評価した研究、プレハビリテーション介入期間が7日間未満、または研究デザインが準実験的または非ランダム化であった研究は除外した。出版言語に関する制限は設けなかった。

成果
統合的な知識移転アプローチを用いることで、患者、臨床医、医療システムのリーダー、そして科学者からの意見に基づき、以下の4つのアウトカムを事前に特定することができた。(1) 術後入院期間または術後30日までのあらゆる医学的または外科的合併症、(2) 入院期間、(3) 健康関連の生活の質(一般的または疾患特有のもの:術後90日まで)、(4) 身体的回復(例:6分間歩行テストおよび短時間身体能力バッテリー:術後90日まで)。対象試験において、重要なアウトカムの指標が複数報告されている場合、事前に規定された優先順位付けスキームを用いて、データ統合のための具体的なアウトカム指標を選択した。臨床的に意味のある可能性のある結果の解釈を導くために、以下の効果サイズを使用した:合併症(オッズ比 <0.80)、入院期間(1日)、健康関連の生活の質(ショートフォーム36の身体的要素スケールで3ポイント)、身体的回復(6分間歩行テストで20メートル)。

Results:
6106件のタイトルと抄録をスクリーニングし、続いて1114件の全文レビューを実施した結果、186件のランダム化比較試験(n=15,684)が含まれた。組み入れた研究には、患者または公的機関との連携に関する報告はなかった。組み入れた試験のうち、バイアスリスクが低いと回答したのは43件(23%)、中等度が66件(36%)、高リスクが77件(41%)であった。
試験参加者の平均年齢は62歳で、女性または女性と特定された参加者の割合の中央値は45%であった。手術種別の分布は、整形外科43件(23%)、非腫瘍関連主要手術20件(11%)、心臓血管関連手術20件(11%)、腫瘍関連手術84件(45%)、混合19件(10%)であった。運動プレハビリテーションの要素は、ランダム化比較試験133件(72%)、栄養関連が68件(37%)、心理社会的関連が31件(17%)、認知関連が4件(2%)で報告されていた。

合併症
8816名を対象とした106件の試験で合併症が報告された。報告された合併症の種類は、主に全ての合併症(49件、46%)、心肺合併症(21件、20%)、感染性合併症(21件、20%)の複合となっていた。単独の心理社会的プレハビリテーションを除くすべての介入は、通常ケアと比較して合併症のオッズを減少させた。通常ケアと比較して最も効果があったと評価された4つの治療法は、運動単独のプレハビリテーション(オッズ比 0.50(95% CI 0.39~0.64)、Pスコア 0.85、エビデンスの確実性は非常に低い)、運動+栄養療法(0.52(0.26~1.05)、Pスコア 0.75、確実性は非常に低い)、栄養単独のプレハビリテーション(オッズ比 0.62(0.50~0.77)、Pスコア 0.62、確実性は非常に低い)、および運動、栄養、心理社会的ケアのプレハビリテーションの併用(オッズ比 0.64(0.45~0.92)、Pスコア 0.59、確実性は非常に低い)であった。積極的治療法間に有意差は認められなかった。ネットワーク全体で統計的異質性は中程度であった(I 2 =30.7%、τ 2 =0.15)。手術の種類に関するネットワークメタ回帰分析では統計的異質性は低減せず、ベースラインリスクメタ回帰分析を実施した場合、モデルの適合性は主要モデルと比較して低下した。直接比較によるエビデンスの確実性は、運動と栄養療法と通常ケアの比較を除き、すべての治療比較において「非常に低い」と評価された。確実性の低下は、主に研究内バイアスと不正確さに関する懸念によるものであった。

図3:治療効果は、治療レベルネットワークメタアナリシスから得られた全てのアウトカム(積極的介入と通常ケア、術後合併症、入院期間、生活の質、身体的回復)について得られた。治療順位のPスコア指標も提供されている(範囲は0~1で、1に近いほど好ましい介入を示す)。cog = 認知機能、exe = 運動、nut = 栄養、psy = 心理社会的機能、UC = 通常ケア

入院期間
入院期間は118件のランダム化比較試験(n=10,060)で報告された。治療レベルでのネットワークメタアナリシスでは、単独の認知プレハビリテーションを除くすべての介入が、通常のケアと比較して入院期間を方向性を持って短縮することが明らかになった。上位4つの治療法はすべて、通常のケアと比較して、入院期間を約1日短縮するという、潜在的に臨床的に意味のある差がありました。これには、運動と心理社会的プレハビリテーションの併用(平均差 –2.44 日 (95% CI –3.85 ~ –1.04)、P スコア 0.97、エビデンスの確実性が非常に低い)、運動と栄養の併用(–1.22 日 (–2.54 ~ 0.10)、P スコア 0.71、確実性は中程度)、栄養プレハビリテーション単独(–0.99 日 (–1.49 ~ –0.48)、P スコア 0.67、確実性が非常に低い)、運動プレハビリテーション単独(–0.93 日 (–1.27 ~ –0.58)、P スコア 0.63、確実性が非常に低い)が含まれた。運動、栄養、心理社会的介入(–1.91日(–3.47から–0.36)、非常に低い確実性)、心理社会的介入単独(–2.18日(–4.08から–0.29)、非常に低い確実性)、認知介入単独(–2.80日(–4.79から–0.82)、非常に低い確実性)であり、その他の実治療比較との間に有意差は認められなかった。

健康関連の生活の質
健康関連の生活の質は53件のランダム化比較試験(n=4135;図2、パネルC)で報告され、さまざまな尺度で測定されたが、最も一般的なのはSF-36またはSF-12身体項目スコア(n=14研究; 26%)とEQ-5D視覚アナログ尺度(n=8; 15%)であった。結果は、SF-36身体項目スコアへの逆変換後の平均差として示されている。治療レベルネットワークメタアナリシスでは、単独の心理社会的プレハビリテーションと運動+認知プレハビリテーションを除くすべての介入が、通常のケアと比較して健康関連の生活の質の指標を方向性を持って改善することが判明した。通常のケアと比較して、最もランクの高い 2 つの治療法は、健康関連の生活の質を潜在的に臨床的に意味のある差 (平均差=3) 増加させ、運動、心理社会的ケア、栄養 (平均差 3.48 (95% CI 0.82 ~ 6.14)、P スコア 0.81、エビデンスの確実性が非常に低い) および栄養単独のプレハビリテーション (3.28 (–5.03 ~ 11.60)、P スコア 0.68、中程度の確実性) が含まれていた。運動単独のプレハビリテーション (2.29 (0.96 ~ 3.62)、P スコア 0.66、非常に低い確実性)、および運動+心理社会的ケア (1.31 (–3.36 ~ 5.98)、P スコア 0.51、低い確実性) は、通常のケアと比較して 3 番目と 4 番目にランクが高かったが、プールされた点推定値は潜在的に意味のある差 (図 3、生活の質) を超えなかった。ネットワーク全体の統計的異質性は中程度であった(I 2 =60.0%; τ 2 =0.09)。直接効果推定値の確実性は、介入1件(栄養vs.通常ケア)で中程度、3件(運動+栄養、運動+心理社会的ケアvs.通常ケア、運動vs.心理社会的ケア)で低く、比較4件(運動、心理社会的ケア、運動+認知ケア、運動、栄養、心理社会的ケアvs.通常ケア)で非常に低かった。格下げは主に、研究内バイアスと不正確さに関する懸念によるものであった(付録17)。手術の種類と対照群の標準化平均に関するネットワークメタ回帰分析では、モデルの適合性は改善されなかった。

身体の回復
身体回復は59件のランダム化比較試験(n=3267)で報告され、様々な尺度で測定されたが、最も一般的に用いられたのは6分間歩行テスト(34件)であった。結果は、6分間歩行テストへの逆変換後の平均差として示されている。治療レベルネットワークメタアナリシスでは、すべての介入が通常ケアと比較して身体回復を方向性を持って改善することが示された。通常ケアと比較して、最もランクの高い4つの治療法はすべて、臨床的に意味のある差(6 分間歩行テスト 20 m)で身体的回復を延長させ、これには運動、心理社会的ケア、栄養(通常ケアとの平均差43.43 m(95% 信頼区間 5.96 ~ 80.91)、P スコア 0.72、エビデンスの確実性が非常に低い)、運動と栄養(40.52 m(-32.33 ~ 113.38)、P スコア 0.65、確実性が非常に低い)、心理社会的ケア単独(34.50 m(-45.75 ~ 114.76)、P スコア 0.60、確実性が非常に低い)、運動単独(25.73 m(6.11 ~ 45.35)、P スコア 0.54、確実性が低い))が含まれた。ネットワーク全体の統計的異質性は中程度から高い(I 2 =66.0%、τ 2 =0.16)。効果推定値の確実性は、主に研究内バイアス、不正確さ、および非一貫性に関する懸念により、全ての治療比較において非常に低かった。手術の種類に関するネットワークメタ回帰分析では、モデルの適合性は改善されなかった。

Discussion:
15,000人以上の参加者を対象とした186件のランダム化比較試験を対象に、治療レベルネットワークおよび構成要素ネットワークのメタアナリシスを用いた本システマティックレビューにおいて、運動または栄養に基づくプレハビリテーション介入、あるいは運動を含む多構成要素介入は、大手術を控えた成人の合併症率と入院期間を有意に短縮し、健康関連の生活の質と身体的回復を改善する可能性があるという、一貫した方向性のあるエビデンスが得られた。試験レベルのバイアスリスクと不正確さにより効果推定値の確実性は低下したが、統合効果サイズは臨床的に意義のある改善を示す可能性があり、運動と栄養に関する推定値はバイアスリスクの高い試験を除外した後でも堅牢であった。これらのデータは、運動、栄養、および多構成要素プレハビリテーションの有益性と一般化可能性を高い確実性で確認するためには、バイアスリスクの低い多施設試験が必要であることを示唆している。患者、臨床医、そして医療システムのリーダーは、有望なプレハビリテーション戦略、特に運動と栄養を術前ケアに実現可能に導入するための戦略を同時に検討する必要がある。
プレハビリテーションは、通常複数の要素から構成される複雑な介入であり、参加者の行動に大きな変化を要求し、プログラムを提供するスタッフの専門知識に依存し、参加者のスキル開発を必要とする。さらに、プレハビリテーションは、様々な状況(例:在宅または施設ベース)、様々な方法(例:直接指導またはバーチャルプログラミング)で実施できる。複雑な介入の開発、評価、実施の各段階では複数の要素を考慮する必要があるが、介入の有効性を判断することは依然として重要な段階である。プレハビリテーションの場合、100件を超えるランダム化比較試験と数十件のシステマティックレビューが発表されているにもかかわらず、どの要素、または要素の組み合わせが重要なアウトカムの改善に有効であるかについては、依然として明確ではない。この不確実性は多因子だが、主な要因としては、既存のレビューの実施における厳密さの欠如、プレハビリテーション介入の多要素性に適合しない定量的手法の使用、および試験レベルでのバイアスリスクが挙げられる。バイアスのリスクが低い多施設プレハビリテーション試験が必要とされている。

‐結論-
治療レベルでのネットワークおよびコンポーネントネットワークメタアナリシスを用いたシステマティックレビューにおいて、大手術を控えた成人患者において、合併症発生率の低減、入院期間、健康関連の生活の質、身体的回復における臨床的に意義のある改善を示す、中等度の効果量を伴うプレハビリテーションの有効性を示すエビデンスが得られた。最も強力なエビデンスは、単独の運動および栄養プレハビリテーション、ならびに運動を含む複合的な介入を支持するものであった。しかしながら、このエビデンスの全体的な確実性は低から非常に低く、代表的な外科患者集団において現実的かつ意義のある効果量を検出するために、バイアスリスクが低く、適切な検出力を備えた多施設共同試験が緊急に必要であることを反映している。

【開催日】2025年6月11日

利便性か継続性か:患者はいつ自分の主治医の診察を待つのか?

‐文献名-
Gregory Shumer et al.
Convenience or Continuity: When Are Patients Willing to Wait to See Their Own Doctor?
Ann Fam Med. 2025 Mar 24;23(2):151-157. doi: 10.1370/afm.240299.

‐要約-
【目的】
チームベースのプライマリ・ケアに関する文献の多くは、医師の生産性、仕事量、バーンアウトに焦点を当てている。チーム医療が患者の満足度にどのように影響するか、また継続性とアクセスのトレードオフに関する認識についてはあまり知られていない。本研究では、プライマリ・ケア医(PCP)と他のチーム医療医との受診に対する家庭医療患者の嗜好を、受診形態と待ち時間に基づいて評価した。
【方法】
我々の横断的オンライン調査では、プライマリケアクリニック、PCP、ポータルサイトの利用、自己申告による健康状態、および人口統計について患者に質問した。多変量解析では、調査データを用いた重み付けロジスティック回帰分析を用いて最尤推定値を算出し、これをオッズ比に変換した。年齢と自己申告による健康状態を連続変数として、人口統計をカテゴリー変数としてコントロールした。結果 4,795人の成人患者を調査し、2,516人(52.5%)から回答を得た。半数以上の患者が、年1回の検診(52.6%)、慢性疾患の経過観察(54.6%)、精神疾患の経過観察(56.8%)のためにPCPのみを受診することを希望した。同様に、精密検査を必要とする可能性のある問題(68.2%)、精神的な健康状態に関する新たな懸念(58.9%)、慢性疾患に関する新たな懸念(61.1%)については、過半数の患者が3~4週間待ってPCPを受診することを希望した。
【結論】
今回の調査結果は、患者がPCPを持つこと、PCPとの継続性を維持することを重視していることを示している。また、患者がどのような場合に自分のPCPの診察を待つことを好むか、他の臨床医に早く診てもらうことを好むかについての洞察も得られた。医療提供とスケジューリングが進化し続ける中、これらの知見はプライマリ・ケアのリーダーに指針を与えるものである。

【開催日】2025年6月4日

社会の精神医学化に対する応答としての対話?オープンダイアローグアプローチの可能性

-文献名-
von Peter, Sebastian et al.
“Dialogue as a Response to the Psychiatrization of Society? Potentials of the Open Dialogue Approach.”
Frontiers in sociology vol. 6 806437. 22 Dec. 2021

-要約-
この論文では、心理社会的ケアと精神科ケアシステムの利用が世界的に増加している現状に対し、「精神医学化」の概念を提示し、その解決策として「オープンダイアローグ(OD)」アプローチの可能性を探っています。
• 精神医学化とは:
・ 精神医学的概念や治療形態が社会に普及する現象。
・ 診断カテゴリーの拡大、向精神薬の使用増加、人生の課題の病理化などが含まれる。
• オープンダイアローグ(OD)とは:
・ 心理社会的危機に対する多職種による継続的かつ、ニーズと外来患者中心のモデル。
・ サービス利用者とその社会的環境を巻き込んだネットワークミーティングを重視。
・ フィンランドで開発され、30カ国以上で適用されている。
• ODの脱精神医学化の可能性:
・ 神経遮断薬の使用を制限する。
・ 精神疾患の発生率を低下させる。
・ 精神科サービスの利用を減少させる。
• ODの具体的な要素:
・ 日常用語と非精神医学的な言語の使用。
・ 参加者間での意味形成の重視。
・ 専門家は対話の促進者としての役割を担う。
・ 関係者全員が参加するネットワーク会議。
• ODの構造的側面:
・ 地域の医療構造の再構築を伴う。
・ 外来およびアウトリーチ治療の優先。
・ 精神薬理学的アプローチを軽減または不要にする。
• ODの課題と限界:
・ 精神医学的影響からの完全な脱却は不可能。
・ 形式化、普遍化による本来の「オープン」な状態が損なわれる危険性。
・ ODは万能薬ではない。
• 結論:
・ ODは脱精神医学化の可能性を持つが、実施方法やケアの文脈に大きく依存する。
・ ODの導入は、メンタルヘルスケアシステムに必要な変化をもたらす一つの要素である。

論文のポイント
• 精神医学的ケアの現状に対する問題提起と、新たなアプローチの提案。
• 「対話」を通じた心理社会的ケアの可能性の探求。
• 「精神医学化」という現代社会における重要なテーマへの考察。
この論文は、精神医学的ケアに関わる専門家だけでなく、社会におけるメンタルヘルスのあり方に関心を持つ人々にとっても有益な情報を提供しています。

 過去数十年にわたり、心理社会的ケアおよび精神科ケアシステムの利用は世界中で増加しています。最近の論文では、精神医学的概念や治療形態の普及の原因となっている複数のプロセスを説明する枠組みとして、精神医学化の概念が提案されています。
 この記事の目的は、精神医学化の程度が低い心理社会的サポートに取り組むためのオープンダイアログ(OD)アプローチの可能性を探ることです。
 本論文では、ODは脱精神医学化の包括的な解決策ではないかもしれませんが、ODには「1)神経遮断薬の使用を制限する、2)精神衛生上の問題の発生率を減らす、3)精神科サービスの利用を減らす」可能性があることを示す以前の研究を参照しています。ODの内部論理、言語の使用、意味形成のプロセス、専門職の概念、対話の促進、およびODの構造的設定方法を探ることで、心理社会的サポートを脱精神医学化する可能性を実証しています。結論では、OD アプローチの吸収、形式化、普遍化の危険性に触れ、心理社会的危機に対処するには、より社会的で素人の能力が必要であることを強調しています。

<イントロダクション>
近年、精神障害の発生率や有病率は比較的安定しているにもかかわらず、心理社会的ケアと精神科ケアシステムの利用は世界的に増加しています。この現象の背景には、「精神医学化」という概念が存在します。精神医学化とは、精神医学的概念や治療形態が社会に普及する過程を指し、政治や精神医学の主体だけでなく、一般市民や利用者によっても促進されます。その結果、診断カテゴリーの拡大、向精神薬の使用増加、人生の課題の病理化など、さまざまな社会的悪影響が生じる可能性があります。

このような状況下で、精神医学化の進行を抑制するために、本論文では「オープンダイアローグ(OD)」というアプローチに焦点を当てています。ODは、心理社会的危機に対して、多職種が連携し、利用者中心のケアを提供するモデルであり、フィンランドで開発され、世界30カ国以上で導入されています。ODの最大の特徴は、利用者とその社会的ネットワークが治療プロセス全体に積極的に参加し、共同で治療計画を立てていく点です。ネットワークミーティングを通じて、危機に対する相互理解を深め、ネットワークの創造性とリソースを活用し、今後の行動方針を決定します。必要に応じて、個人心理療法、投薬、看護、ソーシャルワークなどの追加治療要素も統合されます。

フィンランドでは、ODはヘルプシステム全体の再編成と密接に連携しており、危機的状況への即時支援、ソーシャルネットワークの積極的な関与、柔軟で機動的な対応、治療チームによる継続的なサポート、心理的継続性の確保などを原則としています。これらの原則に基づき、ODはクライアントに多くの利益をもたらし、現代の人権観にも合致するモデルとして、世界中で注目されています。

本論文では、精神医学的負担の少ない支援方法として、ODアプローチの可能性を探求します。精神医学化が一方通行ではないことを踏まえ、ODがすでに進行した精神医学化を逆転させ、または未然に防ぐ可能性について議論します。特に、ODが精神医学に起源を持つサービスであり、著者らがODを提供する立場であることから、トップダウンの脱精神医学化プロセスに焦点を当てています。

<ODの効果>
オープンダイアローグ(OD)は、フィンランドの西ラップランド地方で開発され、初発精神病患者を対象とした5つのコホート研究でその効果が検証されてきました。現在では、英国で大規模なランダム化比較試験(ODDESSI試験)も実施されています。これらの研究から、ODは入院期間の短縮、再発率の低下、就労・就学への復帰率の向上、神経遮断薬の使用量の減少など、多くの点で有望な結果を示しています。

具体的には、参加者の最大84%が仕事や教育に復帰し、神経遮断薬の使用は介入当初から介入期間中にかけて大幅に減少しました。また、精神病エピソードの短縮化、残存症状の減少、精神科サービスの利用頻度の低下、障害手当の受給者数の減少なども報告されています。これらの結果は、1992年から2005年までのコホート全体を通して安定しており、時間の経過とともに改善する傾向さえ見られました。

これらの研究結果は、薬物療法に依存し、社会経済的コストの高い従来の精神病治療とは対照的です。ODは、神経遮断薬の使用を制限し、精神疾患の発生率を低下させ、診断カテゴリーの使用を抑制し、精神科医療サービスの利用を全体的に減少させるなど、精神医学的概念や精神科治療サービスの拡大を抑制する可能性を示唆しています。

ただし、これらの成果はフィンランドの特定の地域における包括的な構造変化があって初めて達成されたものであり、同様の構造変化なしにODがどこまで脱精神医学化に貢献できるかは不明です。したがって、ODの脱精神医学化の可能性が、どのような方法や治療要素によってもたらされるのかを解明することが今後の課題となります。

<ODの5つの潜在的に決定的な要素>
1 言語の使用

オープンダイアローグ(OD)におけるネットワークミーティングの主な目的は、参加者間の多角的な対話を促進することであり、そのために特定の言語の使用を重視します。具体的には、日常用語や非精神医学的な言葉を用いることで、参加者全員が理解しやすく、自分の言葉で語れる場を提供します。

ファシリテーターは、あらかじめ決められた議題や診断的な質問に固執せず、参加者の言葉や話に注意深く耳を傾け、重要な表現やテーマを拾い上げ、それを繰り返したり、さらに展開させたりすることで、対話を促進します。また、沈黙を許容し、キーワードに注目することで、参加者間のコミュニケーションの中心となる主観的な概念を明確にし、今後の行動指針を共に考えることができます。

ODでは、医学的な専門用語や精神医学的な分類を用いるのではなく、個々の意味を詳細に掘り下げ、それぞれの物語を共有し、日常生活に根ざした言葉を使用することに重点を置いています。行動や相互作用は、診断名で説明されるのではなく、ストレスの多い状況への適応や、参加者の人生経験として理解されます。これにより、参加者間の相互理解が深まり、協力して解決策を見出すことが可能になります。

精神医学的な言葉の解釈権を解体することは、ODの重要な要素であり、脱精神医学化の可能性を高める上で不可欠です。参加者は、精神医学的な言語や概念に縛られることなく、自分たちの状況を独自の言葉で説明し、解決策を見つけることができます。これは、参加者が自らの経験に対する専門知識を獲得することを意味します。

脱精神医学化の観点から見ると、ODは個々の言語を尊重し、危機を理解し対処するためのツールとして活用することで、長期的に参加者の日常生活に根ざした言葉を育みます。また、ODは危機に関連する多様な言語を育み、参加者の多層的な現実に適応することで、自己エンパワーメントを促進します。

2 意味形成のプロセス
オープンダイアローグ(OD)は、フィンランドで1960年代から1980年代にかけて、統合失調症プロジェクトの一環として開発されたニーズ適応型治療法を起源としています。家族療法、ネットワーク療法、精神分析の概念を統合したこの治療法は、参加者がネットワークミーティングを通じて危機の新たな意味を共同で見出すことを重視します。危機は、精神病理や神経生物学的要因ではなく、困難な人生経験への自然な反応として理解され、文脈的な視点から解釈されます。

ネットワークミーティングでは、参加者の言葉に注意深く耳を傾け、意味のある説明を共に探求します。行動を「間違い」や「狂気」として捉えるのではなく、参加者とチームが対話を通じて徐々に意味のある物語を形成し、言葉にできない経験やジレンマを理解しようとします。急性期には、完全な物語よりもキーワードの探求が重要となる場合があり、共通理解を深め、新たな行動の可能性を生み出します。

ODの実践者は、外的ポリフォニー(多様な視点の尊重)と内的ポリフォニー(内なる声の認識)を通じて意味生成を支援します。OD会議は、専門家と一般人の両方が知識、意味、経験、感情を共有し、脱精神医学化を促進する場となります。

参加者の中には、危機を生物学的または医学的問題として捉える人もいますが、ODはこれらの視点も尊重しつつ、対話を通じて他の解釈を模索します。医学的視点に固執する背景には、過去の心理社会的システムとの接触経験がある場合があり、ODはこれらのボトムアップの精神医学化プロセスに疑問を投げかけ、再検討する機会を提供します。

3 プロフェッショナリズムの概念
オープンダイアローグ(OD)における非精神医学的言語の使用、対話の促進、対話的な態度は、ODに携わる人々の役割を大きく変化させ、職業的アイデンティティにも影響を与えます。特に精神科医は、ネットワークミーティングを効果的に進めるために、どのような専門知識、能力、知識体系が必要かを再考する必要があります。ODコミュニティでは、このテーマが繰り返し議論されています。

ODの中心的な専門性は、メンタルヘルス従事者による知識の伝達ではなく、対話と視点の平等な交換を促進する能力にあります。治療方針や問題の定義は、専門家から一方的に与えられるのではなく、ネットワークミーティングでの参加者間の対話から生まれます。参加者は、話し合いの内容、サポートの焦点、頻度、必要性を決定できます。専門家は、これらの決定に対して暫定的な助言を提供することはありますが、主な役割は対話プロセスを促進し、調整することです。また、治療プロセス全体を通してスタッフの継続性を保ち、参加者のニーズに柔軟かつ機動的に対応します。

ネットワークミーティングの実践者は、必要に応じて個人的な経験や専門的な知識を共有しますが、それは内省的かつ個人的な視点から行われます。専門知識を提供する場合は、参加者からの要望があり、多様な視点の一つとして位置付けられる場合がほとんどです。さらに、実践者はネットワークミーティングのプロセスを振り返り、参加者の前で専門家同士がリフレクティング(内省的な話し合い)を行います。このリフレクティングは、専門知識を共有する効果的な方法であり、医学的な説明よりも受け入れられやすい傾向があります。実践者は、医療用語で議論を支配するのではなく、質問を通じて参加者の思考を促し、自身の経験や知識を提供します。つまり、ネットワークに関する知識と専門性は参加者自身にあり、実践者は対話を促進することで貢献するのです。

ODでは、参加者一人ひとりが独自の視点を持っていることを前提とし、実践者は「知らない」という立場を取ります。参加者の経験や理解は容易に理解できるものではなく、オープンな質問と交換を通して明らかにされます。視点や問題が完全に理解されることはないため、性急な解決策や決定は避けるべきです。特に危機的な状況では、不確実性への寛容さが重要となります。ファシリテーターは、開かれた心で情報交換を促進し、新たな視点や危機の説明が生まれる場を提供します。

透明で開かれたコミュニケーション(考えや感情を共有すること)は、ODの実践における重要な原則です。トラウマ体験や無力感が心理社会的危機の発症に深く関わるため、実践者の透明性は安心感と安全性を育みます。ODの専門性には、スタッフが誠実であり、恐れ、希望、不安をオープンに共有することが求められます。実践者は、危機的な状況から距離を置くのではなく、その中に共にいます。ネットワークミーティングは参加者の自宅で行われることが多いため、実践者はゲストとして状況に適応し、状況に応じた支援を提供します。

ODアプローチは、専門職の概念を再定義します。ネットワークミーティングにおいて、専門家は感情を持つ人間として参加し、誤りを犯す可能性や不確実性を受け入れます。知識や経験は提供できますが、具体的な解決策は参加者自身が見つける必要があります。脱精神医学化の観点から見ると、ODは精神医学の専門家を、疾患や障害の専門家ではなく、対話を促進する専門家として再構築します。これにより、精神医学化が他の生活領域に拡大することを防ぐ効果も期待できます。

4 対話の促進
オープンダイアローグ(OD)では、参加者間の対話的な交流を促進するために、専門家間でのミーティング内容の検討、関係性に関する質問、参加者の平等な発言機会の確保など、様々な実践が行われます。

ネットワークミーティングは常にチームで実施され、専門家間でのオープンな検討や交流(リフレクティング)が参加者の面前で行われます。専門家は、現在の出会いを重視し、自身も対話の一部であることを認識します。過去の症例や症状の詳細よりも、ミーティングの「今ここ」で起こっていることを重視し、参加者間の実際のやり取りから新たな意味や解決策を生み出すことを目指します。

ODは、参加者の広範なネットワークを積極的に巻き込む点で、従来の精神科診療とは大きく異なります。初回ミーティング前に、参加者は危機に影響を与える可能性のある人物や参加すべき人物を尋ねられます。ネットワークには、家族、友人、支援者などが含まれ、多様な背景を持つ人々が参加することで、様々な知識や経験が交流されます。

暴力、権力関係、不平等、孤立などの社会的な問題も議論の対象となり、ODが社会的な視点だけでなく、ミクロ政治的な視点も重視していることが示されます。危機は特定の場所に限定されず、精神科の境界も固定されていません。ODは、異なる世界を結びつけ、参加者の現実を変えることを目指します。

危機支援の焦点を外部の専門家から参加者との共同対話に移すことで、精神医学的評価が参加者の現実から乖離するリスクを減らします。対話の促進は、精神医学的評価におけるトップダウンの精神医学化プロセスを防ぐ効果があります。

5 ODの構造的側面
オープンダイアローグ(OD)の構造的側面は、日常診療やメンタルヘルスケア全体におけるその実施方法を指します。ODはマニュアル化された心理療法ではなく、ネットワークのニーズに応じて柔軟に適用される一連の原則に基づいています。その中核は「オープン性」であり、従来のトップダウン型精神医学的アプローチとは対照的に、真にニーズに適応したケアを提供します。

フィンランドでは、ODの導入に伴い、地域の医療構造が大幅に再構築されました。病床数と入院施設の削減、外来・アウトリーチ治療の優先化が進められ、ミーティングは参加者の生活環境(自宅、学校、職場など)で行われるようになりました。この点で、ODはFACTやACTチームなど、他の統合ケアアプローチと共通点があります。

ODの重要な目標の一つは、精神病危機における精神薬理学的アプローチへの依存を軽減または排除することです。神経遮断薬の必要性を削減できたかどうかは、重要な評価指標でした。この焦点は、ODが心理社会的危機に対する非医療的な対応を重視していることを示しています。ODは、精神科サービスの脱医療化を促進し、脱精神医学化の中核目標を達成するためのツールと見なすことができます。

ネットワークミーティングを中心とし、危機を文脈的に理解することで、ODは体系的な治療法として機能します。心理社会的危機、その責任、解決策は、関係者間で共有されます。ODは、従来の個人中心の精神医学的アプローチとは異なり、より広範な社会的ネットワークを背景とした理解を促進します。危機を理解し、管理し、克服する責任は、個人だけでなく社会全体に帰属します。参加者全員が解決策を見つけるために協力し、権限を与えられていると感じるべきです。

ただし、これらの構造的側面が機能するかどうかは、ケアの状況に大きく依存します。多くの国では、精神ケアシステムが断片化され、個人支援に特化しているため、ODの原則を十分に実施することが困難です。継続的かつ体系的なサポートが不足しています。しかし、ODがフィンランドのように完全に実施されれば、これらの構造的側面は脱精神医学化の可能性を大きく高めるでしょう。

<悪魔の弁護人>
オープンダイアローグ(OD)は、心理社会的危機に対する万能な解決策ではなく、精神医学的影響から完全に逃れることもできません。ODは精神医学の専門家によって発展してきたため、その起源、方向性、概念は精神医学と密接に関連しています。

ODには、アウトリーチアプローチによる精神医学的リスクがあります。アウトリーチ治療は利点がある一方で、心理社会的サポートを参加者の生活環境に移すことは、精神医学的概念を日常生活に浸透させ、精神医学の役割を強化する可能性があります。

また、ODは心理社会的危機のケアに組織的な対応が必要であるという前提に基づいています。社会全体で危機に対処するのではなく、専門家による組織的な対応に依存することは、対応の選択肢を限定する可能性があります。

さらに、ODは医療精神医学の枠組み内で実施されることが多く、専門的な認定や法的規制、ケアシステムの組織条件などがODの実施方法に影響を与えます。

国際的にODを提供する施設のスタッフは、ほとんどが精神科専門職であり、精神科施設で社会化され、キャリア後半にODのトレーニングを受けることが多いです。ピアサポートオープンダイアローグ(POD)の開発は、ODの民主的で非階層的な方向性を促進する可能性がありますが、ピアエキスパートの参画は、精神科治療のルーチンや役割との整合性に関する疑問も提起します。

これらの点から、ODも精神医学化の影響から免れることはできません。精神医学化は社会全体の発展であり、ODが既存のメンタルヘルスケアシステム内で実施される限り、脱精神医学的な対応には限界があります。

ODは主に公衆メンタルヘルスサービスで採用されていますが、一部の独立した協会では精神医学的ケアの枠外で提供されています。しかし、これらのプロジェクトは例外であり、資金基盤がなければ存続が困難です。

<結論>
この論文では、オープンダイアローグ(OD)アプローチが心理社会的危機への支援において、脱精神医学化にどの程度貢献できるかを評価することを目的としています。ODは精神医学の言説と実践に起源を持ち、多くのケースでその枠組み内で実施されていますが、脱精神医学化の可能性を秘めていることが過去のコホート研究からも示唆されています。また、ODアプローチの理論的根拠、言語の使用方法、スタッフの役割、そして精神保健医療システム内での構造的な位置づけからも、その可能性を説明することができます。

しかし、ODの提供方法と利用者の体験は大きく異なる可能性があり、著者らは専門家、実践者、研究者としての立場からトップダウンの視点しか提供できません。したがって、ODが社会全体の脱精神医学的変化を促すかどうかを判断することは困難です。この点については、学際的な研究や経験的データが必要となります。

また、フィンランドにおけるODの効果は、当時の社会状況と密接に関連している可能性があります。過去数十年の間に精神医学は神経生物学的モデルを重視するようになり、関連分野や社会全体も変化しました。そのため、現在の状況下でODが同様の脱精神医学化の効果を発揮できるかは不明です。

さらに、ODが精神医学的治療システムを覆い隠すための手段として利用される危険性も指摘されています。特に、民主的で人権に基づいた支援システムへの要望が高まる一方で、従来の慣習を変える意欲が低い場合には、ODの開放性が独自のイデオロギーによって占有されてしまう可能性があります。したがって、ODの脱精神医学的効果は自明ではなく、実施方法やケアの文脈に大きく左右されます。

ODコミュニティ内では、その正式化や実施の忠実性について議論が続いています。一部の研究では標準化への抵抗が見られる一方で、組織の忠実性を評価する尺度の開発も進んでいます。これらの尺度はODの重要な側面を適切に評価できますが、詳細な記述はニーズに適応した開放性を制限し、解決策を厳密に規定してしまう可能性があります。

最後に、ODは万能薬ではなく、あらゆる心理社会的危機に対応できるわけではありません。過度な理想化や宣伝は、利用者や関係者に誤った希望や期待を抱かせる可能性があります。国際的な研究を通じて、ODがどのような条件で、どのように適用されるべきかを明らかにすることが重要です。ODは、メンタルヘルスケアシステムに必要な変化をもたらすための一つの要素として捉えるべきでしょう。

【開催日】2025年3月12日