終末期の患者における死の喘鳴に対する予防的皮下臭化ブチルスコポラミンの効果

―文献名―
van Esch HJ, van Zuylen L, Geijteman ECT, et al. Effect of Prophylactic Subcutaneous Scopolamine Butylbromide on Death Rattle in Patients at the End of Life: The SILENCE Randomized Clinical Trial. JAMA. 2021;326(13):1268-1276. doi:10.1001/jama.2021.14785

―要約―
Introduction:
死前喘鳴は上気道にたまった分泌物により起こるうるさい呼吸として定義され、比較的死戦期の患者でよくみられる。2014年のシステマティックレビューでは死前喘鳴の有病率は12~92%とされる。死前喘鳴の管理は、一般的に患者の負担を軽減するために患者の体位を変えたり、親族や他の観察者に情報提供をして安心させることである。しかし、情報提供するだけでは、親族や観察者の体験を改善するには十分でない場合もある。いくつかの臨床ガイドラインでは非薬物療法が奏功しなかった場合に死前喘鳴を抑えるために抗コリン薬を推奨しているが、その有効性に関するエビデンスは不足している。抗コリン薬が粘液を減少させる効果があることを考えると、予防的に投与することがより適切であるかどうか不明である。2018年に死戦期の患者に臭化ブチルスコポラミンを予防的に投与することと、死前喘鳴が起きた時に臭化ブチルスコポラミンを投与することを比較したRCTでは臭化ブチルスコポラミンを予防的に投与された患者は良い結果を示した。そこで臭化ブチルスコポラミンの予防投与が死前喘鳴を減少させるかどうかをさらに検討するためにSILENCE試験が実施された。

Objective:臭化ブチルスコポラミンを予防的に投与することで死前喘鳴を減らすかどうかを検討する
Design,Setting,and Participants:
オランダの6つのホスピスにおいて多施設ランダム化二重盲検プラセボ対照試験を実施した。ホスピスに入院後、予後が3日以上の患者に対して、2017年4月10日から2019年12月31日までに事前にインフォームドコンセントを求めた。患者はホスピスへの入院が死亡するまで続くことを認識しており、研究に関する情報を理解することができる患者で、気管切開や気管カニューレを装着していた場合、抗コリン薬の全身投与、オクレオチドを使用していた場合、活動性の呼吸器感染症に罹患していた場合は除外した。
死戦期と認識された時点で、適格基準を満たした患者を無作為化した。229人のインフォームドコンセントを得た患者のうち、最終的に162人が無作為化した。

Interventions:臭化ブチルスコポラミン20mg1日4回を皮下注射(N=79) もしくは プラセボ(n=78)で実施。
瀕死の段階は患者が寝たきりであること、水分を一口しか食べられないこと、飲み込むことや経口薬を飲むことができないこと、半昏睡状態であることなどいくつかの兆候を考慮して、多職種チームの臨床判断により死が差し迫ったときに死戦期の段階が始まる。治療は死ぬまでか、4時間間隔で2回連続してgrade2かそれ以上の死前喘鳴が生じるまで続けた。
Main outcomes and measures
Primary outcomesは4時間の間隔で2回測定された、Backらの論文で定義されたグレード2以上の死前喘鳴とした(範囲0-3、Backらの4段階評価[0=音が聞こえない 1=患者に近づくと聞こえる 2静かな部屋でベッドサイドに立つ状態で聞こえる 4静かな部屋で患者から20フィート(約6m)の距離で聞こえる])。Secondary outcomesは死戦期だと認識してから死前喘鳴が発生するまでの時間と抗コリン薬による有害事象(e.g落ち着かなさ、口渇、尿閉など)の発生状況であった。
Results
ランダム化された162人の患者のうち157名(97%、年齢中央値76歳[IQR,66-84歳];女性56%,癌患者86%)が主要分析に含まれた(base line=table1)。
Primary outcomes
死前喘鳴は臭化ブチルスコポラミン群では10人(13%)発生したのに対して、プラセボ群では21人(27%)に発生した(Table2差14%,95%CI,2%~27%,P=0.02)。最終的に死亡しなかった5名の患者を治療失敗者として含むpost hoc 感度分析では、臭化ブチルスコポラミン群で死前喘鳴を発症した患者の割合はプラセボ群に比べて優位に低かった。
Secondary outcomes
secondary outcomesについては死前喘鳴が出るまでの時間を分析した結果(Figure2)、部分分布ハザード比(HR)は0.44(95%CI,0.20-0.92,P=0.03,48時間後の累積発生率:スコポラミン群8%,プラセボ群17%)。1点の死前喘鳴でその後改善しなかった場合で解析した感度分析では部分分布ハザード比0.41(95%CI,0.22-0.78 P=0.006)
臭化ブチルスコポラミン群対プラセボ群では、それぞれ落ち着きのなさが22/79人(28%)対18/78人(23%)、口渇が8/79(10%)対12/78(15%),尿閉6/25(23%)対3/18(17%)認められた。いずれも有意差なし。(table 2)
Exploratory outcomes 死戦期はスコポラミン群(median 42.8hours IQR20.9-80.1 hours;95%CI 32.8-55.2)はプラセボ群(median,29.5hours;IQR,21.1-41.7hours;95%CI 21.1-41.7 P=0.04)に比べHR0.71で優位に長かった(95%CI,0.52-0.98;P=0.04)。

Discussion:
この多施設共同RCTは予防的な臭化ブチルスコポラミンの皮下投与が優位に死前喘鳴の発生率を減少させることがわかった。有害事象は2グループ間で実質的に差がなかった。
今回の研究では抗コリン薬を死戦期に利用することで生じる有害事象の割合が増えるという明確なエビデンスは明らかにならなかった。臭化ブチルスコポラミン群とプラセボ群に間に、痛み、呼吸苦、嘔気、嘔吐の症状において有意差はなかった。一つの例外としてスコポラミンを使用したプラセボ対照試験があり、スコポラミンは有意に痛みを増やすという結果がある。その研究では、意識のない患者では疼痛の評価が難しく、その研究の著者らは落ち着きのなさや焦燥感を疼痛の兆候と解釈したのかもしれない。一方で本研究では治療群間で痛みや落ち着きのなさに大きな違いは見られなかった。
この研究ではプラセボ群に肺癌患者、併存症としてCOPDの患者が多く含まれ、喫煙歴も長かった。この患者群の偏りがプラセボ群での死前喘鳴の発生率を高める要因となった可能性がある。しかし、事後解析の結果では、これらの症状を持つプラセボ治療を受けた患者のサブグループにおける死前喘鳴の発生率はプラセボグループ全体の発生率より低いことがわかった。
 この研究では予防的に臭化ブチルスコポラミンの投与を受けた患者の方が、プラセボを投与された患者より死期が長かったことがわかりました。これは探索的な結果ではあるが、この知見は過去に報告されたランダム化試験において、死戦期の平均時間がスコポラミンの予防投与を受けた患者で45.2時間であったのに対して、終末期になってから治療を受けた患者では41.1時間であったという結果と一致する。

Limitation
 ①最終的な分析対象者が、調査期間中にホスピスに入院した全患者の10%であったこと。この参加率の低さはホスピスに入院した患者の半数近くが情報を理解できないことや死が間近に迫っていため基準に該当しなかったこと、意思決定前に症状が悪化したことが挙げられる。
 ②これらの結果は必ずしも呼吸器感染症の患者には当てはまらないかもしれないが、今回は除外基準だった。
 ③医療従事者が死期を迎えたと認識した時点ですでに死前喘鳴を発症したいた患者もした。本研究では医療従事者が決定権を持つ「臨終期のケアに関するガイドライン」に基づいて終末期を認識した。しかし、現在のところ、死戦期の始まりを評価するための有効なツールが存在しないため全ての死期が近い患者に死前喘鳴をおこらないようにすることはできない。
 ④薬物の皮下投与は全てのセッティングにおいて必ずしも望ましいまたは可能とは限らない。
 ⑤114/157人の患者(約73%)が一つのホスピスから参加した。ベッド数がもっとも多いホスピスで、研究期間中ずっと参加をしていたため、予想外なことではなかった。
Conclusions
死戦期に近い患者において予防的な臭化ブチルスコポラミンの皮下投与はプラセボと比較して、有意に死前喘鳴の発生を減少させた。

【開催日】
2021年11月10日(水)